2015年9月28日月曜日

ECMお薦めの透明感ある映画音楽レシピ。

しばらく前に「マーサの幸せレシピ」というドイツ映画(1)を見た。
邦題から能天気な女の子の料理のお話かと思っていたらぜんぜん違っていた。

女性シェフのマーサは料理の腕はいいけどオーナーにも客に対しても自分の考え
は曲げない頑固者で、しばしばトラブルを起こし自分でもストレスを溜めている。
パニック障害、拒食症、過呼吸症候群も抱えカウンセリングを受けていた。
一方、新しく入ったイタリア人シェフのマリオは反対に楽天的で明るい。
マーサはマリオをライバル視していた。
ある日、姉夫婦が事故死しマーサは娘リナを引き取ったるがうまく心が通わない。
リナは何も食べようとしない。
手を焼いたマーサはリナを厨房に連れて行く。
が、なんと!陽気なマリオが作ったパスタをリナは食べ出した。
マーサのマリオに対する考え方が変わった。そして自分への考え方も。。。

という女性の心の変化をうまく捉えたとても素敵な映画だった。
この映画が素敵だったのは音楽のセンスがとびきりいいせいもある。


全編で流れるのキース・ジャレットの他、スティーブ・ライヒ、アルヴォ・ペルト
のミニマル・ミュージック(2)
どの曲も澄んでいて美しく、そのせいで映像に透明感を感じるのだ。

それもそのはず。
ECMレコード(3)社長マンフレッド・アイヒャーが音楽監督というから納得だ。
残念なことに本国ドイツでもサントラ盤は発売されなかったようだ。


中でも印象に残ったのはキース・ジャレットの「カントリー」とアルヴォ・ペルト
の「アリーナ」(Arvo Pärt :Für Alina)である。

「カントリー」はキース・ジャレットの1978年の名盤「My Song」収録曲。
ソプラノ・サックスは「北欧のコルトレーン」とも評されるヤン・ガルバレク。
(このアルバムはジャズ・ファンなら買って損はないですよ〜)






アルヴォ・ペルト(4)の「アリーナのために」も僕の大好きな曲だ。
静謐で極限まで削ぎ落とされた鈴鳴りの旋律は哀しくなるくらい美しい。
愛犬の闘病中に聴いたとても思い入れのある曲である。





2015年9月19日土曜日

名脇役。

ライ・クーダーくらい「名脇役」という言葉が似合うプレイヤーはいないと思う。
俳優で例えるならリノ・ヴァンチュラ、ウォーレン・オーツ、アーネスト・ボーグナイン
といったところだろうか。

ライ・クーダーが参加している曲はどれも渋みが増して引き締まるのだ。
彼のスライドギター、ボトルネックは天下一品、唯一無比である。
ローリングストーン誌の「史上最も偉大な100人のギタリスト」で8位に選ばれている。







ルーツ・ミュージックに対する造詣も深い。
僕はギャビー・パヒヌイ(ハワイアン・スラッキーギターの父)(1)もフラーコ・ヒメネス
(テックスメックスのアコーディオン奏者)(2)もライのレコードで知った。


1980年代には映画音楽を多数手がけている。
ウォルター・ヒル監督の「ロング・ライダーズ」「ジョニー・ハンサム」「ストリート・
オブ・ファイヤー」「クロスロード」。

ロードムービーの金字塔と評されるヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」(3)
のライの渇いたギターは圧巻だった。







ライは以前インタビューで「サントラ盤は売れるけどソロアルバムは売れない」と残念
そうに言っていたことがある。
冒頭で「名脇役」と書いたのもそこだ。


「パラダイス・アンド・ランチ」(1974)も「チキン・スキン・ミュージック」
(1976)も「ショー・タイム」(1977)も味わい深いアルバムである。
しかしなぜか愛聴盤にならないなのだ。いいとは思うけど好きとは言えない。

ライの熱心なファンにそう言うととても不思議そうな顔をされる。
なぜだろう?と自分でも思ったが、ある時ふと気がついた。
僕はライの声質と歌い方があまり好きではないらしい。


それとライの音楽はディープ(言葉を変えるとマニアック)である。
他のアーティストのアルバムで何曲かライが演奏しているのを聴くと素晴らしいと思う
し、映画音楽もライのようにジャンルが明快な方が「色」が付いていていいと思う。
しかしソロ・アルバムでは当然のことながらライがほとんどの曲で歌っているし、音的に
も僕には「こってり」しすぎている。

そんな理由もあるのだが、立ち位置としてこの人は真ん中じゃない方がいいように思う。
異例のヒットとなった「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1997)(4)もライが黒子
徹していたのがかえってよかったのではないだろうか。



ライ・クーダーのライブは一度だけ見たことがある。
それも積極的にではなくたまたまキョードートーキョーからタダ券をもらったからだ。
1979年秋かって虎の門にあった久保講堂(5)という小さなホールでデヴィッド・リンドレ
とのデュオだった。

ライはタカミネのエレアコをBOSS CE-1 (6)でエフェクトをかけて弾いていた。
ちょうど「バップ・ドロップ・デラックス」を発表した頃で、アルバムでも聴けるこの
サウンドがお気に入りだったらしい。

できることならお得意のストラトかマホガニーのアコースティックギターで豪快なスライ
やボトルネックを聴かせてもらいたかったのだが。


最後に僕が一番好きなライ・クーダーのパフォーマンスを紹介したい。
インドの音楽家モハン・ヴィシュワ・バッツと共演した「Meeting By the River」
(1993)というアルバムで、ライはボトルネックでアコースティック・ギターを、
バッツはモハン・ヴィーナというシタールとギターの中間のような楽器をやはりボトル
ネックで弾いている。
全編歌なしのアコースティック・インストゥルメンタル。

録音はカリフォルニアの教会でアンビエントを生かした一発録り。
あえてアナログの機材を使うことで音圧は低いが温かみのあるいい音が録れている。

この曲は「パリ、テキサス」ではガットギターで弾いてたテックスメックス風のワルツを
アレンジし直したようだ。
BGMとしても和める。我が家ではカレーを食べる時の定番BGMです(笑)






2015年9月13日日曜日

どうよ、キース?

数年前「家族のうた」というドラマでオダギリジョー扮する落ちめのロックンローラー
がギターでいいリフができる度に、壁のキース・リチャーズのポスターに向かってニン
マリして「どうよ、キース?」と自慢するシーンがあった。(1)


キースのリフは独特でクールだ。その曲の「つかみ」になる。
イントロが聴こえてきた瞬間、おっ!あれだ、とすぐ曲が分かる。
そのリフはいかにもキースであり、これぞストーンズであり嬉しくなってしまう。

キースのリフはオープンGまたはオープンEチューニングでのワイルドなコード・カッテ
ィングが基本でハンマリングが効果的に多用される。
この奏法は彼の持ち前の「雑さ」と荒馬のようなテレキャスターの音にぴったりだ。





キースのこの演奏法は「レット・イット・ブリード」(1969年)辺りからだろうか。

アルバム製作中にブライアン・ジョーンズが脱退し後任のミック・テイラーが加入。
1968年11月ロンドンのオリンピック・スタジオで始まったレコーディングは何度も中
し、翌年10月ハリウッドのワーナー・ブラザーズ・スタジオにまで持ち越された。

レコーディングにはイアン・スチュワート、ニッキー・ホプキンス、ライ・クーダー、
レオン・ラッセル、アル・クーパーらが招かれ演奏している。


当時まだ無名だったライ・クーダーは「虚しき愛」のマンドリンでの演奏がクレジット
されているが、実は彼が貢献したのはそれだけではなかった。

このセッションで録音された(アルバムに収録されず先行シングルとなった)「ホンキ
・トンク・ウィメン」のあの有名なリフは実はライのものである。
つまりキースはパクったのだ。→やりそうだよね(笑)






ライ・クーダーがスタジオに入った時ストーンズのメンバーたちはリハーサルはおろか、
曲さえできていない状態で騒いでいるだけでいつになっても始まらなかった。

キースはどこかに消えてしまう。ジャム・セッションでライは持てる全てを披露した。
ライのギターはしっかりテープに録音されていた。
後日ライがスタジオに行くと、数日前に彼が弾いたフレーズをキースがそっくりそのまま
弾いていたのだ。

それを聴いたライは怒ってさっさと帰ってしまう。
彼のとっておきのフレーズやアイディアは「レット・イット・ブリード」でいろいろ
使われたようで、「ホンキー・トンク・ウィメン」のリフもその一つだということだ。

なるほど、確かに。これはライ本人が弾いてると言われたら納得しそうなくらい似てる。



じゃあ、キースの奏法はすべてライ・クーダーの真似かというとそれは違う気がする。
ライ参加の前に録音された「無情の世界」でキースはオープンEチューニングですばらし
アコースティックギターのリフを弾いている。

それ以前の「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「ストリート・ファイティング・
マン」でも、それぞれオープンE、オープンGで「曲の顔」とも言えるくらいクールな
リフをキースは編み出しているのだ。






何がきっかけだったのかは分からないが、キースがオープンチューニングで開花したのは
「ベガーズ・バンケット」(1968年)セッションからだと僕は思う。

「ホンキー・トンク・ウィメン」は明らかにパクリだが、悪びれずにしっかりいただいち
ゃってそれを自分流に昇華させてしまうところがキースらしいじゃないか。
ギターも女ももらえそうなもんは食っちゃえ〜ってか(笑)


(参考文献:「ジャミング・ウィズ・エドワード」(2)ライナーノーツ/寺田正典氏)

2015年9月6日日曜日

9本の指が奏でる静かなピアノ。

久しぶりで素敵な音楽に出会った。そう思ったのは2年前の今頃だった。

ニルス・フラームというドイツ人ピアニストのソロアルバムだ。 

ジャンルはモダンクラシック。現代音楽だがジャズにも通じるものがある。 
キース・ジャレットのケルン・コンサートが好きな人にはいいと思う。 





ニルス・フラームは注目され着実に活動していた矢先、事故で左手の親指に 
大けがを負い、4本のボルトを埋め込むことになる。 

ピアニストにとっては致命的だ。どれほど失望し悲嘆にくれたことだろう。 



彼は一つのアイデアを思いついた。9本の指で9曲の短い楽曲を作るのだ。 
1日1曲ずつ、彼はレコーディングしてミニアルバム 「Screws」を完成させた。 

曲名はド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シの7曲を「You」と「Me」がはさむ。 





どの曲も音数は少なく、ゆっくりとやさしいメロディーが流れる。 
あえてそうしたのか、そうせざるを得なかったのか。 

くぐもったピアノの音色。空間を感じさせるローファイな録音。 
指のタッチや鍵盤を押し込む音、ノイズまでもが息づかいのように聴こえる。 


静かに流れる時間。部屋の空気感が少しだけ変わったような気がする。 






このアルバムは愛犬エルの死後、初めて買ったCDだ。 
つまり「エルと一緒に聴いた記憶がない音楽」ということになる。 

こうしてエル色に染まっていない新しい思い出が増えて行くんだなあ、と
ちょっと寂しい気がしたものである。