2019年10月21日月曜日

アビイ・ロード2019リミックスはどうだった?

9月27日発売のアビイ・ロード2019リミックス、みなさんはもう聴かれましたか?
えっ?2009リマスターを買ったから必要ない?
うーん、それはそれでいいけど。リミックスはリマスターと全く別物(1)ですよ。

音楽誌で特集が組まれ、評論家の方が解説してると思うので参考にして下さい。


Amazonのレビューを見てみると、思ったとおり賛否両論である。(2)

思ったとおりというのは、クリアーで迫力のある音に新鮮な感動を覚えたという人
と、リアルタイムで聴いた人たちの多くは否定的(中域に固まった音こそビートルズ
2009リマスターの方がいい)と票が分かれるのは予想できたからだ。







<リアルタイムで聴いたビートルズ世代にとってのリミックス>

僕は最後のビートルズ世代である。アビイ・ロードもリアルタイムで聴いた。
しかし、たいしたオーディオ機器で聴いていたわけではない。
カセット・レコーダー(デッキでさえない)で聴くことも多かった。

だから当時の音にこだわりがない。というか正直、よく分かっていなかった。
ただヤマハの視聴会とか、いいオーディオで聴くとぜんぜん違って聴こえるもの
だなあ、とは思っていた。

大人になって中程度のコンポを揃えて、英国盤LPを大人買いした。
それでも思春期に聴いた印象とさほど変わらない。






1986-1987年の初CD化で、ずいぶんクリアーに聴こえるようになったと思った。
(CD創世記のリリースだから今聴くと音痩せしてガサツに思えてしまうが)


本当にいい音だと感じたのは2009年のリマスターである。
1st.プレスの英国盤を高級オーディオで聴くとこんな感じだったんだろうなー、と。
マスタリング技術向上で、庶民でも手軽にCDでHi-Fiを楽しめる時代になったのだ。






一方で大胆なリミックスのイエロー・サブマリン・ソングブック(1999)、素肌だが
継ぎ接ぎ整形美人と揶揄されたネイキッド(2003)、マッシュアップのラヴ(2006)、
も(往年のファンには冒涜と言う人もいるが)僕は大歓迎だった。

音がクリアー(3)今まで気づかなかった音が聴こえる、というのは新鮮である。
新しい解釈による楽器やボーカルの定位も嬉しい



1960年代のオリジナル盤のステレオ・ミックスは不自然であまり好きではない。
たとえば名盤ラバー・ソウルが左右泣き別れ、しかもボーカルが方チャンネルだけ
というのはジョージ・マーティン卿の失策と個人的には思う。
他にもドラムが左右どちらかに偏ってたり、左右を動き回ったり入れ替わったり、
特にヘッドホンで聴くと違和感ありありだ。

長年聴いてきたビートルズだからこそ、リミックスは新鮮に感じる人もいれば、
慣れ親しんできた音のイメージを壊してほしくない人もいる
前者には2019リミックスはお薦めする。後者ならやめておいた方がいい。




↑このオバハンは通りがかりか?スタイリストには見えない。あんたたち誰?みたいな。




<アビイ・ロード2019リミックス 個人的な感想ーサウンド>

まず今回のリミックスで一番得をしたのはリンゴだな、と思った。
得をした、という言い方は変かもしれない。

ドラムの音の大きさ、左右に広がる響き、迫力にのっけから圧倒された。
バスドラの強いアタック感。そしてハイハット、シンバルのキレの良さ。
スネア、フロアタム、バスタムの巧みな使い方。

リンゴってすごい!と改めて思った人も多いだろう。





それはアビイ・ロードだからこそ。コンソールによるところが大である。

このアルバムは唯一EMIスタジオの新型コンソール(4)で録音された。
真空管からトランジスタ式に変更された直後だったのだ。
クリーンでブライトでパンチのある、リッチな(しかし硬質な)音になった。

新型コンソールは8トラック・レコーダーに対応すべく入力は24系統。
ドラムのレコーディングがより複雑でモダンな形でできるようになった。
写真でも分かるようにリンゴのドラムには5本のマイクがセットされている。


ミキシングしながら1〜2トラックに録音したか、数トラックに分けて後から
リダクションしたのだろう。(後者の可能性が強い曲も確認できた)
リミックスではリダクション前の元トラックの音を拾い直すことができる
だから立体的で奥行きがある、臨場感のあるドラムの音が録れたのだ。



次に目を引く、じゃなくくて耳を惹くのはポールのブンブンうなるベースだ。
カム・トゥゲザー、サムシングなどもともとベースの存在感が大きい曲では、
ここまでやるか!というくらい攻めている。






エレキギターの音も艶が出た。
ジ・エンドのバッキング、各自のソロではすぐ近くで弾いてるような臨場感だ。

アイ・ウォント・ユーではバンド・サウンド、ビリー・プレストンによるオル
ガンの黒っぽさ、ジョンが周囲の反対を押し切って入れたシンセの爆音ノイズ
もほどよい厚みに聴こえる。



アコギに関してはこのアルバムでは以外と出番が少ない。
ヒア・カムズ・ザ・サン、ポリシーン・パン〜シー・ケイム・イン・スルー〜
ハー・マジェスティの4曲。いずれもクリアーな音になった。


ボーカルの艶が増しブライトになったが、曲によってやや硬質な印象も。






↑写真をクリックするとオー・ダーリン!の2019リミックスが聴けます。


オー・ダーリン!のポールのシャウトはますます力強くなったし、サビのダブル
トラッキングの処理もいい。
ポールのボーカルの陰に埋もれていたコーラスが浮かび上がって美しい
こんなふうに歌ってたのか〜と感動した。

ヒア・カムズ・ザ・サンのジョージのボーカルも張りが出てよくなったと思う。




<アビイ・ロード2019リミックス 個人的な感想ー定位と音量バランス>

カム・トゥゲザーは大きな定位の変化はない。
が、右寄りに固まっていたドラムが左右に広がり、存在感が増した
ベースはセンターのまま。うなり音が大きすぎてボーカルを邪魔してる気がする。

間奏、アウトローのジョージのギターが以前より艶っぽく聴こえる
テレキャスターのフロントPUの音だろうか。歪みはなく甘さがあっていい。
アウトローのCome together,Yeahの合間にジョンの別な声が聞けるのが嬉しい。







サムシングも大きな定位の変化はない。
初っ端のドラムのダダダダンがオリジナルはモコッと聴こえたのが、リミックス
では奥の方からズドドドと鳴り響き圧倒される
she movesの後のタムの響き方もだいぶ印象が違う。
ベースは以前よりやや中央寄りの右で存在感大。ボーカルの邪魔にはならない。
I don’t wanna leave nowで入るオルガンが左右から聴こえる(こういうの好き)

サビのハイハット連打は右、タム連打は中央、4拍目のスネアは左と以前にはない
ステレオ感がめいっぱい楽しめる。
ジョージの声もオリジナルより前に出ている。
サビではセンターと右のダブルトラッキングでステレオ感が出て盛り上がる。
I don’t knowの2回目のI〜の上はポールも歌っているような。

間奏のギターソロは以前かかっていたコンプが外されたのではないか。
コンプ特有の音の頭が潰れがなくなった。
以前よりまろやかに聴こえ、レスポールなのかテレなのかますます分からない(笑)
ま、ジミー・ペイジもレスポールとテレは似てるんだよ、と言ってたしね。
スライド奏法はないだろう(本人もビートルズでスライドはやってないと証言)
ベンディングのダウンが巧みだからそう聴こえるのだ。


マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマーは左右泣き別れが解消され聴きやすい。
左だったベースがセンターへ。右だったドラムはセンターやや右よりへ。
ギターのオブリとハンマーはどセンターからやや右よりへ。
ハンマーの音が小さくなって耳障り感が解消された。
中盤から入るアコギはセンターから右へ。
Maxwell,Maxwell,free、Do-do-do-doはセンターから左右に広がり美しい


オー・ダーリン!は左のピアノはそのまま。センターだったベースが右よりへ。
ドラムが左に配された。ボーカルを際立たせる処理だろう。
Oooh…Ahhhのコーラスが左右に広がる。美しい。これにはかなり感動。
最後のヴァースでのコーラスのバリエーションもよく分かる。







オクトパス・ガーデンは真ん中に固まっていたのだが大きな変化はない。
ドラムがやや右へ。Ooohは左右で同じ。ピアノの音はマイルドになった。
左だったジョンのスリーフィンガーが左〜センターへと広がるようになった。
ジョージのギター・ソロの間、左右に移動していたトレモロを効かしたAhhhは
センターで固定。一緒に動いていたブクブクの泡音は左右から聴こえる。
この曲を聴くと金属的という評価は?むしろ以前よりメロウになったと思う。


アイ・ウォント・ユーは定位というより音色の印象がだいぶ変わった。
まず前半のヒスノイズが無くなったジョンの声も艶やかで膨らみが出た
イントロのジョンのアルペジオは以前はカリカリしてたがファットな音になった。
本来のエピフォン・カジノの音はこれだと思う。
ジョージのテレキャスターが左から右へディレイがかかり絡んでくる
ベースのやや右は変わらず。ギターとの対比もちょうどいいと思う。
ドラムは左からややセンターよりへ、フロアタムは右と広がりを見せる。
ビリー・プレストンのハモンドオルガンの音がブルージーで実にいい。
後半のシンセがかぶる音の厚みは格段に増した。
その代わり、シンセによる爆風ノイズは控えめでマイルドになった印象だ。




↑写真をクリックするとアイ・ウォント・ユーの2019リミックスが聴けます。




ヒア・カムズ・ザ・サンはイントロのアコギが左端からややセンターよりへ。
シンセが重なるがが双方の音がそれぞれクリアなので気持ち良い。
ジョージの声は艶が増した。
Here comes the sun, du du…のコーラスが左右に広がり美しく響く
ベースはセンター、ドラムはセンターから左へ、という定位は変わっていない。
が、Sun sun…の手拍子と共に入るタムのドコドコドコが右よりに広がった。
後半の音の厚み、エンディングのアコギの響きの美しさはすばらしい

Amazonのレビューでヒア・カムズ・ザ・サンの12弦ギターの音が美しいという
レビューがあったが、あれはグラマーのジャンボサイズのギターだと思う。
(バングラディッシュ・コンサートで使用したメイプル・ボディーのもの)



↑写真をクリックするとヒア・カムズ・ザ・サンの2019リミックスが聴けます。



ビコーズは左のマーティン卿のハプシコード、右のジョンのギターがやや中央
によせられた。ギターの音色の印象が変わった。ふくよかさが出たというか。
ポールのベースはセンターのまま。
大きく違うのは三声のハーモニーだ。センターで固まっていたのが左右に広がる。
3人が各パートを3回歌ったそうだ。元トラックをマルチミックスしたのだろう。
サビのブラスはマイルドになった。
エンディング近くで入るシンセも冷たさがが消えやさしい音になった


ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーの定位は出だしはほぼ同じ。
左右の定位がやや中央によせられ聴きやすくなった。
が、Out of collegeからは一転。右から聴こえたポールのボーカルはセンターへ
ベースはど真ん中でブンブンうなる。ドラムは右からやや中央よりになった。
All the magic feelingで入るギターが艶やかに。
このギターが途中からセンターに動くのが気になってたのが解消された
Ah…のコーラスは左右に広がり美しい

One sweet dreamからの左、中央、右のギターが何をやってるかよく分かる
On two three four…のコーラスが左右に動くのも不自然だと思っていたが、
2019リミックスでは中央から左右に広がり固定
この間入るやや音数が多すぎのオブリは音量が抑えられやや右へ。

ウィンドチャイムとコオロギのSEも美しく広がり次のサン・キングにつながる。





写真をクリックするとサン・キングの2019リミックスが聴けます。




サン・キングギターの音が鮮明になった。左右に移動するのは同じ。
左のベース、右のドラムはややセンターよりで聴きやすくなった。
さて、この後の三声ハーモニーが大きく変わった
センターの奥から聴こえてたのが、前面に出て左右にふわっと広がる
ジョンのダブルトラックのパートもわずかに左右にずれていい感じだ。


ミーン・ミスター・マスタードは左にファズベース、右にドラム。
ギター、オルガン、ボーカルは塊でセンターというミックスが変わった。
左にファズベース、オルガン、タンバリン(涼やかになった)。
右にギター、ドラム。
ジョンのボーカルはセンター、ポールのハモりは左右に広がる。


ポリシーン・パンの定位はほとんど変化なし。
イントロのD→A→Eのアコギがセンターでガツンと鳴り、ストラミングに入ると
左に引っ込むのだが、その極端なレベル差が解消された
左でジョンがかき鳴らしてるのが聴こえる。
このアタック感は12弦ではなく、J-200ではないかと思う。
右のジョージのギターの表情もよく分かる。
ベースはセンター、ドラムもセンターから左右に立体的に聴こえるようになった。
ジョンのボーカルはセンター、ハモりは左右に広がる。


シー・ケイム・イン・スルー〜は前の曲と続けて録音されており定位も同じ。
この曲もボーカル(ポール)はセンター、ハモりは左右に広がる
Ah…Ohhhのメロディラインが際立つ。ジョンのアコギ(左)も勢いがある。







ゴールデン・スランバーも定位は同じ。左右はそれぞれセンターよりになった。
右からポールのピアノ、センターにポールのボーカルとベース(ジョージが弾く
フェンダー・ジャズベースだろう)、左からリンゴのドラムが入る。
この曲については、ベースはむしろ抑えられた気がする。


続けて録音されたキャリー・ザット・ウェイトも定位は同じ。
でも最初のドラムのフィルインは力強い。
右からオーヴァーダブしたと思われるスネアの音が聴こえる。
Boy, You’re gonna…のユニゾンもI never give your…のリフレインもセンター。


ジ・エンド前半の主役はリンゴ左から右へ縦横無尽に力強いドラムが聴ける
そのためかギター2台もベースもセンターで団子状態だったのだが、ギターはやや
左右に振られ、ベースは真ん中でくっきり。聴き分けやすくなった。
Love you….は以前は左右に動いて不自然だったが、センターから広がるような
定位に固定された



写真をクリックするとジ・エンドの2019リミックスが聴けます。
このギターは何でしょう?ジ・エンドで弾いてるのはレスポールだと思うけど。



例の3人のギター・ソロは以前はすべて真ん中だったが、2019ミックスではポール
(やや左)→ジョージ(やや右)→ジョン(センター)とソロを回してる臨場感
が出るようになった
その間のLove you….も以前は左に移動してたが、センターから広がる定位のまま

And in the end…もハモりが左右に広がり美しくなった
ストリングスも厚みが出ている。ドラムは最後まで左右で力強く響く


ハー・マジェスティは音が大きくなった以外、ほとんど変化なし。
右から左へ流れるのも同じ。ポールはマーティンD-28を弾いている。
じっくり聴きたい人はアウトテイクで、ということで。


(次回はアウトテイク集についてレビューします)

※5.1chサラウンドとドルビーアトモスについては、再生可能なオーディオ環境では
なく、Blue-Ray Audio付きスーパー・デラックスじゃないので分かりません。



↑VW社は自社の車が路肩に乗り上げ違法駐車してることに心を痛めていたとか。
それでわざわざこんな写真を撮ったそうな(^^v)


<脚注>

2019年10月11日金曜日

「薄幸」のイメージ化で生まれた怨歌<後篇>

前回のおさらい↓
https://b-side-medley.blogspot.com/2019/03/blog-post_27.html

(半年も間が空いてしまって申し訳ない)






1969年にデビューした藤圭子は、演歌の既成概念を破る新しい歌手だった。

夜の世界に生きる女を描いた暗く哀切な恨み節。
ドスの効いたハスキーボイスと独特の凄みのある歌いまわし。
日本語のブルースとロックを内包している、とも言えた。

そして可憐な風貌とのギャップ。
激動の1969年が終わり、無力感、あきらめ感が漂う若者の心を掴んだ。




人気絶頂期の最中、藤圭子はファンに対して二つの裏切りをしてしまった
と元RCAレコードのディレクター、榎本襄氏は言う。


一つは、1971年8月の前川清との結婚である。






内山田洋とクール・ファイブのボーカルだった前川清と藤圭子は同じRCA所属。
共演する機会も多かった。
「演歌の競演 清と圭子」というアルバムは第8集まで出している。




当時アイドル的な人気を集めていた藤圭子だが、前川清との結婚で若い男性
ファンは離れていった。(1)



また大衆が支持したのは藤圭子の圧倒的な不幸感だ。
悲しい境遇、貧困から這い上がってきたからこそ共感したのである。
幸せになってしまったら、怨歌ではなくなってしまう。

結婚は一年しか続かず、翌1972年に離婚。ままごと結婚と揶揄された。(2)







もう一つの裏切りとは、任侠路線である。

藤圭子を育てた作詞家兼マネージャーの石坂まさをは任侠映画が好きだった
藤純子のファンだったという。
おそらく藤圭子(本名・阿部純子)という芸名も藤純子にあやかったのだろう。

石坂が愛した夜の新宿のネオン街は、藤圭子の舞台装置として最適だった。
しかし今度は任侠の世界感を藤圭子に持ち込むという。
周囲は反対したが、石坂は頑として譲らなかった。



1970年7月、4枚目のシングル「命預けます」を発売。
同年、松竹映画「涙の流し唄 命預けます」にも出演している。
前川清との結婚がその翌月だから、ファンは立て続けに面食らったことだろう。





「命預けます」の売上枚数は47万枚。オリコン・チャート最高位3位。
充分ヒットであるが、「女のブルース」75万枚「圭子の夢は夜ひらく」77万枚
の比ではない。


その後も23万枚→16万枚と売上げは落ちていく。
デビュー時の凄み、恨み節、一途なブルース演歌は感じられなくなっていた

それでも石坂まさをは任侠に固執した。
1971年5月発売の「恋仁義」は8万枚。さらに売れなくなって行った。
同年10月の「知らない町で/圭子の網走番外地」は3万枚。







藤圭子はまだ終わっていない。石坂まさをは苦渋の決断をした。
自らが歌詞を手がけることを諦め、新鋭の阿久悠(3)に作詞を依頼したのだ。

阿久悠は1971年、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」(作曲:筒美京平)で100
万枚近いヒットを生み、日本レコード大賞と日本歌謡大賞を受賞していた。


阿久悠作の「京都から博多まで」に、石坂は愕然としたという。
男を追い京都から博多へ、瀬戸内を走る列車に乗る女の心情と風景を描いた歌
で、石坂がこだわり続けた新宿がどこにも出てこないからだ。

「京都から博多まで」は1972年1月に発売され14万枚、次作も阿久悠による
「別れの旅」で20万枚と持ち直すが、その後また低迷していく。





ヒットに恵まれなくなった藤圭子は1973年、1974年とNHK紅白歌合戦出場に
落選し、本人はかなりショックを受けていたらしい。



一方で藤圭子は、恩師である石坂まさをへの不満、不信感を募らせていた。
デビュー前は原盤制作資金として石坂に毎月40万円を渡し、デビュー後は当初
聞いていた歩合制ではなく月給制で月2万円、5万円、8万円、「圭子の夢は
夜ひらく」が大ヒットしてやっと50万円。

石坂まさをに言いくるめられて、鳳企画、キングレコードの契約を反故にしたのに、
石坂まさをの事務所の方が金銭的に待遇は悪く、労働面でも過酷だった。

藤圭子は騙されたと思ったはずだ。
が、石坂が大スターにしてくれたのも事実。強く言えなかったのだろう。



ヒット曲を生みたい、スターを育てたい石坂の野心はいささか過剰すぎた。
人前でも圭子に手を挙げることも多かったという。

石坂に管理、支配され続けることに藤圭子は反感を持つようになる。
藤圭子はスター歌手であることに少しずつ苦しむようになっていった。








おもしろいエピソードがある。

1973年、四国の高松公演中、藤圭子はいつものようにホテルに缶詰状態だった。
石坂から「圭子を一歩も外に出すな」ときつく指示されたいた現場マネージャー、
成田忠幸氏は「一時間でいいから外に出たい」と彼女に懇願され、不憫に思い
外出を許可した。

戻ってきた藤圭子はトレードマークの長い髪をばっさり切ってショートにして、
パーマをかけていた。

なんとなく切りたくなって、通りがかりの美容院に飛びこんで頼んだという。
驚いたのは頼まれた美容師で、本当に切っていいんですか?と何度も念を押しな
がら、こわごわカットしてくれたそうだ。



成田氏は「もうおしまいだ」と観念し報告したが、石坂は意に介さない。
このハプニングを逆手にとって、全国の美容室にショートヘアーの藤圭子のポスター
を貼ってもらい、PRに利用したのだ。






こうした転んでもただでは起きない抜け目のなさ、売名行為のために何でもやる
強引さ(弱視の母を盲目とPRに利用するなど)は、圭子をさらに苛立たせた。


後に藤圭子は恩師である石坂まさをを「この世で一番憎んでいる」と述べている。




1973年12月5日デビュー5周年特別記念盤として藤圭子「演歌全集」を発売。
古今の演歌の名曲を網羅した、全曲新録音による演歌の集大成。

LP8枚組のボックスで、LPはそれぞれ「憂愁」「恋心」「故郷」「艶姿」「任侠」
「港灯」「巷歌」「出発」というタイトルが付けられていた。






この全集のため88曲を歌う、という過酷なレコーディングが連日行われた。
流しで鍛えた藤圭子の喉は強かったが、ついに声が出なくなった

声帯結節(ポリープ)と診断され、極秘のうちに切除手術が行われた。
休養後、復帰して残りの曲を収録し終えた。



声の変化にいち早く気づいたのはRCAレコードの榎本襄氏だった。
藤圭子本人も「声が変わってしまった」と感じていた

決定的だったのは、目の不自由な母が思わず語った言葉だったという。
圭子が音合わせをしている時、舞台の袖で聴いていた母が傍にいる人に訊ねた。

純ちゃん(藤圭子)の歌をとても上手に歌っている人がいるけどあれは誰かしら?







ブルースとロック色を備えた演歌の天才歌手、藤圭子は23歳で消えてしまった。
自分の声を失くした藤圭子は絶望の淵に置かれ、引退を考えるようになる。



1979年、藤圭子は27歳で引退を表明し渡米。自由に生活したいという思いから。
そしてアメリカに行ってロックを歌いたい(4)ということだった。

RCAのディレクター、榎本襄氏が藤圭子の歌を聴いて最初に感じた「当時の演歌の
基準には合わないが、ロックだったら成功するかも」という勘は鋭かった。







引退発表後のインタビューで藤圭子は、作家の沢木耕太郎にこう打ち明けている。


つらいのはね、あたしの声が聴く人の心に引っかからなくなってしまったことなの。
歌っていうのは聴いてる人に、あれっと思わせなくちゃいけないんだ。
あれっと思わせ、もう一度、と思ってもらなはくては駄目なんだよ。
だけど、あれっと立ち止まらせる力があたしの声になくなっちゃったんだ。

確かにある程度は歌いこなせるんだ。
人と比較するんなら、そんなに負けないと思うこともある。
でも残念なことに、私は前の藤圭子をよく知ってるんだ。
あの人と比較したら、もう絶望しかなかったんだよ。








藤圭子は宇多田照實氏と再婚。1983年にニューヨークで長女を出産する。
「我が子から光が失われないように」という願いを込め「光」と命名した。


圭子は既に母親と同じ網膜色素変性症という視力が低下する病を発症していた。
精神的に不安定になり、激昂しやすくなり、誰も信じられなくなっていた。(5)


2013年3月、藤圭子は西新宿の高層マンション13階から投身、自らの命を絶った。
奇しくも翌日は5ヶ月前に亡くなった「石坂まさをを偲ぶ会」の予定日だった。







娘に「光」と名付けたのは、視力のことだけではないように僕には思える。
いつまでも人生の光を失わないで」という祈りでもあったのではないか。


<脚注>

2019年10月1日火曜日

ヨット・ロックは大嫌いだ。

ボズ・スキャッグスのインタビューがローリングストーン誌に載っていた。
彼はシルク・ディグリーズに代表される自身の1970年代後半のアルバムが
ヨット・ロックと呼ばれることに「ヨット・ロックは大嫌いだ」と答えている。

マイケル・マクドナルドやスティーリー・ダンと同じようにカテゴラズされる
ことが不満なのではなく、ヨット・ロックという呼び方が嫌らしい。



ヨット・ロック。。。はて?そんなジャンル、いつできたのだろう?







最近Apple MusicやSpotifyには「Yacht Rock」というタイトルのプレイリスト
たくさんアップされている。
それらはほとんどが、かつてAORと呼ばれていた曲と重なる

ヨット・ロックという言葉は、2005年〜2010年にアメリカのネットTVチャンネル
101で放送していた「Yacht Rock」という番組から生まれた言葉らしい。




<「Yacht Rock」という番組>

この番組はフェイク・ドキュメンタリーで、架空の音楽評論家、音楽業界人と
実在のミュージシャン(別人がモノマネで演じる)が登場し、名曲の架空の誕生
秘話をでっちあげる、という構成になっている。


たとえば1回目の放送。ヨット・ハーバーに「Yacht Rock」のタイトル。
スティーリー・ダンからドゥービーズに移籍したジェフ・バクスターが、曲が書け
ずに悩む新入りのマイケル・マクドナルドに、ヒット曲を書けといびる。

マイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスの共作、What A Fool Believesは
呑んだくれのジム・メッシーナのことを「お前はなんてバカなの」をたしなめる
曲だったとか。けっこう笑える。
ホール&オーツは「フィラデルフィアの汚いストリート出身」とぞんざいな扱い。




↑クリックするとYacht Rock #1が視聴できます。



2回目はまさにヨット・ロックの象徴、クリストファー・クロスのSailingが登場。
(そういえば、この曲辺りからAORにゲンナリし始めたっんだっけ)


他にもポール・サイモン、ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカー、マイ
ケル・ジャクソン、ジェフ・ポーカロ、スティーブ・ルカサー、ヒューイ・ルイス、
アル・ジャロウ、テッド・テンプルマンと1970年代から1980年代にかけてヒット
を飛ばしたアーティストやプロデューサーの名前が登場する。

毎回ここまでオチョクるか!と思うようなおバカな、ウソで固められた疑似ドキ
ュメンタリーだが、名曲へのリスペクト、愛情は感じられる。
それと、こういうギャグに鷹揚なのもアメリカならではだ。
サタデー・ナイト・ライブにも通じるパロディー精神が支持されるのだろう。



<ヨット・ロックとは何か?>

ヨット・ロックという言葉は、富裕層が好んで聴く洗練された耳障りのいいAOR
に対する軽い茶化しで使われていたのではないかと思う。


もはやハングリーではなく、スピリットも失われビジネス化したロック。
高級なレコーディング・スタジオ、陽光に恵まれた海とプライベート・ヨット。
当時の南カリフォルニアでは定番の華やかな快楽主義のライフ・スタイルである。







リスナーも成熟した音楽を聴くと、あか抜けたリッチな気分になれたのだ。
「Yacht Rock」はそんなライフスタイルをパロディにした番組だ。

番組ではヨット・ロックとは「1976年から1984年にかけてヒット・チャートを
席巻したスムーズな音楽」と紹介している。
まさに、かつてAORともてはやされた大人の鑑賞に耐えうる洗練された、かつ
成熟した都市型ロックとかぶる



<AORとは何か?>

AORという言葉についてはいくつか解釈がある。
1970年代〜1980年代初め米国でAudio-Oriented Rockという言葉が使われた。
音を重視するロック」という点でラウドなロックとは一線を画し、クロスオー
バー(後のフュージョン)・サウンドと大人向けのボーカルが特徴である。

その後シングルチャートではなくアルバム全体としての完成度を重視したロックを
Album-Oriented Rockと呼ぶようになる。



大瀧詠一のジャケットでお馴染みの永井博のイラストは日本のAORの象徴だった。



日本ではレコード業界の勘違いAdult-Oriented Rock(大人向けロック)
と勝手に解釈され、それが浸透していた。
Adult-Orientedってなんか隠微な響きが。。。いや、やめておこう(笑)



<AORの立役者たち>

ボズ・スキャッグスボビー・コールドウェルクリストファー・クロスはAOR
の代表的な存在と言える。


そしてウエストコースト・ロックの雄、ドゥービーズがマイケル・マクドナルド
加入後に放ったWhat A Fool BelievesもAORのアイコンといえるだろう。

数多くのパクリも生まれた。
ロビー・デュプリーのSteal Away、ポインター・シスターズのHe’s So Shine。
松任谷由実の「灼けたアイドル」もそうではないかと思う。

ついでに言うと松任谷由実の「ノーサイド」のイントロはクリストファー・クロス
ニューヨークシティ・セレナーデによく似ている。







スティーヴン・ビショップ、ニック・デカロ、ピーター・アレン、ビル・ラバウン
ティ、ルパート・ホームズ、ポール・デイヴィスなどのシンガー&ソングライター。

東海岸のドナルド・フェイゲン(スティーリー・ダン)、マイケル・フランクス、
ビリー・ジョエルもAORには忘れてはならない立役者だ。

ウエストコースト・ロックで活躍していたJ・D・サウザー、カーラ・ボノフ、ネッ
ド・ドヒニー、ジェームス・テイラー、ジム・メッシーナ、ケニー・ロギンス、
ヴァレリー・カーターもこの時期、AORのシンガーとして名前が挙がる。



AORの特徴は「爽やかでリッチな気分に浸れる大人のロック」と言えるが、その
成り立ちのキーワードとして「転向」「融合」「裏方の台頭」が挙げられる。



<転向>

冒頭のボズ・スキャッグスはスティーヴ・ミラー・バンドに在籍後、ソロになり
ソウル、R&B色の強い泥臭いブルージーな曲を歌っていた。
1970年代後半デヴィッド・ペイチやデヴィッド・フォスターに出会うことで、
ソフトでジャジーでメロウなポップスへと舵を切ることになる。

しかし彼の音楽の底流は変わらない。
クールな音をまとっているが、ブルーアイド・ソウル(白人ソウル)なのだ。







ボビー・コールドウェルもやはりブルーアイド・ソウル(白人ソウル)だ。
デビュー時は白人であることを伏せて黒人チャートでヒットした話は有名だ。


そう、創世記のAORは白人のソフィスティケイテッド・ソウルだったのだ。



元来ワイルドなバンドだったドゥービーズは、マイケル・マクドナルドの加入(同時
にトム・ジョンストンの脱退)で土臭さを一掃。
ジャジーなキーボード主体の都会型ポップ・ロックに大変身してしまった。


ブラス・ロックから転向したシカゴはデヴィッド・フォスターに作曲とプロデュース
を委ね、Hard to Say I'm Sorryをヒットさせる。
その後もビル・チャンプリンが加入し、さらにAOR色を強めた。

ジェイムス・テイラーのバック・バンドだったザ・セクションは1972年という早い
時期からクロスオーバーへのアプローチを試みていた。
ジェイムス・テイラー自身もR&Bやカントリーから、テンション・コードを多用
したより深みのあるロックへと変化して行っている。



<裏方の台頭>

デヴィッド・フォスターは本来、作曲家・アレンジャー・プロデューサーであった。
TOTOやリー・リトナー、ラリー・カールトン、デイヴ・グルーシン、スタッフも
スタジオ・ミュージシャンである。

こうした裏方たちが注目され、全面に出るようになったのがこの時期の特徴だ。
アルバムにはプロデューサーと参加ミュージシャンがクレジットされるようになり、
耳の肥えたファンはそれを保証マークとしてレコードを買う。





ボズのバック・バンドから派生したTOTO、ジェイ・グレイドンとデヴィッド・フォ
スターのユニットであるエプレイは、AORサウンドの雛形となった。
スティーヴ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ、そしてスタッフのスティーヴ・ガット
などは引っ張りだこだった。

トミー・リピューマ、アリフ・マーディン、デイヴ・グルーシン、デヴィッド・フォ
スターは売れっ子プロデューサーとして君臨していた。



<融合>

フュージョンのインストゥルメンタルもブームになった。
ボブ・ジェイムス、アール・クルー、リー・リトナー、ラリー・カールトン、スパ
イロ・ジャイラ、スタッフ、ジョージ・ベンソン、英国のシャカタクなど。






フュージョン自体が当初はクロスオーバーと呼ばれ、ロックとジャズの融合である。
ほとんどジャズ畑だが、ロックやR&Bからのアプローチもあった。


ロック・バンドはボーカルが伴うが、ジャズ・ミュージシャンは通常は歌わない。
ジョージ・ベンソンは演奏だけでなく歌える点が強みとなり、ヒットを生んだ。

またリー・リトナーがボーカルを招いてヒットした成功例に倣い、フュージョン界
では1曲ゲスト・ボーカルに歌わせればアルバムは売れる、という認識が広まる。



AORサウンドはブラック・ミュージックにも波及し、ブラック・コンテンポラリー
と呼ばれるようになった。

チャカ・カーン、ジェイムス・イングラム、ホイットニー・ヒューストン、シック、
アニタ・ベイカー、アース・ウィンド&ファイアー、パトリース・ラッシェン、
レイ・パーカーJr.、カール・カールトン、ビリー・オーシャン、シェリル・リン。







そして日本のロック、ポップスもAORの余波を受けた
寺尾聡のReflectionsは日本を代表するAORといっても差し障りないだろう。
山下達郎、竹内まりや、大瀧詠一、角松敏生、南佳孝、山本達彦、稲垣潤一も
和製AORを牽引したシンガー・ソング&ライターだ。



<AORの衰退>

1976年〜1979年AOR、フュージョン創世記は数多くの名盤が生まれた。
ジャズ、ロックからいろいろなミュージシャンが参入し、まさに融合であった。
その科学反応が面白かった新しい音楽が生まれている息吹が感じられる。
新譜を買うたびにワクワクした。



しかし1980年に入るとAORは定型化してしまう。

同じ顔ぶれのミュージシャン、プロデューサー、同じサウンド。変わり映えしない。
ストラトのハーフトーンの16ビート・カッティング、スラップベース(チョッパー)。
コーラスやフランジャーなどのエフェクトも使いすぎ。シンセも鼻につく。


都会的でオシャレなイメージにもいいかげん飽きてしまう
カフェバー遊びに疲れたのと同じだ。ヨットでぎっしりの海なんて行きたくない。








よくAORの代表として挙げられるクリストファー・クロスがデビューした時は、
既に僕自身はもう食傷気味だった。

1984年レコード会社から、これは売れますよとジョン・オバニオンのサンプル盤を
聴かせられた時は、そのナヨッとした線の細い声とお約束AORサウンドに、世も末
だと思ったものだ。

もういやだ、お腹いっぱいNo More AOR ! 



TOTOにしても僕が好きだったのは1978年のデビュー時だけで、Rosanna、Africa
のヒットを放った1982年には好きではなくなっていた。

ドゥービーズも1980年のOne Step Closerは完全にマイケル・マクドナルド支配下で、
原型をとどめない腑抜けのバンドに思えた。ロックはどこに行った?



演奏スタイルやアレンジのせいなのか、レコーディング技術のせいなのか分からない
が、1980年以前のロックは音に「間」があった気がする。
誇張していうなら、適度なスカスカ感、ゆるさがあり、それが心地よかったのだ。




シェリル・クロウのスタジオ。
1970年代の音を再現するため、ヴィンテージ機材、スタジオの空気感にこだわる。



確かフーターズの誰かの言葉だったと記憶しているが、音楽は音と音の隙間が大事、
それがないと呼吸できなくなってしまう、と言ってたっけ。激しく同意。


後期AORはソリッドな音が隙間なくビッシリ詰まっていて、聴いてて疲れる
演奏レベルは高い。が、もはや誰が何を歌おうとみんな同じ。

1980年代半ばに華やかなAORは消えていく。過去の音楽となった。




<AORの復権はあるのか>

最近AORの名盤が紹介されたり、特集が組まれることもある。
1980年代にどっぷり浸かってた世代が、そろそろリタイアの時期に入り、やっぱり
懐かしいな〜いいな〜と思うのか。
カセットテープの再評価なんかもエアチェック世代の心の琴線に触れるのか。

確かにいい曲はあった。名盤もあった。一時代を築いたと思う。
でも若い世代は、それをオールディーズとしては聴かないような気がする。


最近クルマのCMで使われる曲で、あれ?AORっぽい?と思うような曲がある
その一つ、サチモスという日本のバンドはネオ・ソウルやブラックミュージック、
ヒップホップの影響を受けているとか。

ボズ・スキャッグスやボビー・コールドウェルのブルーアイド・ソウルの現代版
ノリと言えなくもない。
AORという恐竜は絶滅したけど鳥に進化して多様化している、みたいな?




↑クリックするとサチモスのStay Tuneが視聴できます。


<参考資料:Rolling Stone Japan、discovermusic.jp、note JAZZ CITY、
Wikipedia、YouTube、レコードコレクターズ>