というわけで(?)今回はサウンドのお話。
一つ前のクリーム再結成の記事で触れたゲートリバーブについて深掘りしたい。
なにしろ1980年代のロック界を一世風靡したサウンドである。
猫も杓子もゲートリバーブみたいな勢いで、あれれ!この人までと驚くくらい。
英国で生まれたゲートリバーは世界中に大流行した。(1)
では、ゲートリバーブとは何か?
深めにかけたリバーブ(残響音)をノイズゲート回路を通して、意図的に残響の
途中でスパッと大胆に切り落とすエフェクトの手法のこと。
残響音の減衰時間が極端に短く、強制的に終了する。
その結果、強いアタック感が得られる。
スネアドラムにかけることが多い。バシッ!バシッ!と強調された音になる。
言葉で表現するなら。。。
通常のスネアの音 → タン
リバーブをかけた音 → スターーン
ゲートリバーブを通した音 → ズタンッ!
こんな感じだろうか。
初期のころはゲートエコーと呼ばれていたが、英語表記のGated Reverbに合わせて
ゲートリバーブと呼ばれるようになった。
英国のプロデューサー/エンジニア、ヒュー・パジャム(2)がピーター・ガブリエルの
3枚目のソロ・アルバム(1980)製作時に、フィル・コリンズと共にこのサウンドを
生み出した。(3)
↑クリックするとゲートリバーブの解説が見られます。なかなかおもしろいです。
(昨今のDTMソフトにはゲートリバーブが入ってて誰でも簡単に使える)
以降パジャムはピーター・ガブリエル、フィル・コリンズなどジェネシス一派の
プロデュースを手がけことになる。
ヒュー・パジャムが名を馳せるようになったのはフィル・コリンズのソロ・ アルバム
Face Value(1981)とシングルカットされたIn The Air Tonight (夜の囁き)だろう。
ゲートリバーブは瞬く間に業界中に飛び火して、最先端のエフェクト処理として
ミキシング現場ではもてはやされることになった。
No Jacket Required(1985)ではローランド製のドラム・マシーンとフィル・コリ
ンズのドラムをミックスさせゲートリバーブ処理を施すという先進的手法を試みる。
当時のミキシング・エンジニアに対して与えた影響は大きかった。
ヒュー・パジャムはXTCのレコーディングにも関わっている。
アルバムBlack Sea(1980)ではチーフ・エンジニアとしてゲートリバーブ処理を行う。
(ピーター・ガブリエル3と同時期)
アルバムEnglish Settlement(1982)ではプロデューサー/エンジニアとして参加。
収録曲のBall and Chainでは、ドラムスのアンビエンス(空間音)用マイクで拾っ
た音をSSL社製ミキシング・コンソール内蔵のリミッター回路を通し、大胆なドラム
・サウンドを作り出している。
※この手法は後にパワーステーションも行っている(後述)
↑クリックするとXTCのBall And Chainが聴けます。
ポリスのプロデュースもアルバムGhost in the Machine(1981)から行う。
5枚目の出世作Synchronicityでもパジャムのゲートリバーブ処理が聴ける。
またスティングのソロ作品でも貢献している。
ポール・マッカートニーもPress To Play(1986)で、ヒュー・パジャムを共同プロ
デューサーに迎えている。
ゲートリバーブ以外にも、ロングディレイやロングリバーブなど、様々なミキシング・
テクニックが聴ける作品である。
ど派手なサウンドはポールっぽくないと不評だったが(4)今聴くと悪くないと思う。
↑クリックするとポールのPressが聴けます。典型的なヒュー・パジャム・サウンド。
ヒュー・パジャムは後にポールの音作り、ミキシングは意外と大雑把だった、と
語っている。
↑ポールが描いたミックスのイメージ図。
この他にもホール&オーツのH2O(1982)、デヴィッド・ボウイのTonight(1984)、
チャカ・カーンのDestiny(1986)、ヒューマン・リーグ、ハワード・ジョーンズ、
ポール・ヤングなど、1980年代のMTV全盛期の音楽の多くにヒュー・パジャムの
ゲートリバーブ・サウンドが貢献している。
そして前回ちょっと触れたクラプトンのBehind the Sun(1985)。
それまでの南部、ブルース色が後退し、ポップな音作りになった。(5)
ヒュー・パジャムではないが、フィル・コリンズをプロデューサーに迎え、
彼自身がドラムを叩き、ゲートリバーブ処理をしている。
しかしゲートリバーブのビシバシとい強烈なドラム・サウンドも、ずっと聴いて
いると食傷気味で疲れるのも事実だ。
今や1980年代の過去の遺物という感もまぬがれない。あ〜流行ったよね〜的な。
最後に今、聴いてもカッコいい!と思える強烈なサウンドを紹介しよう。
パワー・ステーションが1985年にリリースしたSome Like It Hotという曲。
このドラムから入るイントロはボディーブローみたいなドスンと来る迫力だ!
↑クリックするとパワー・ステーションのSome Like It Hotが聴けます。
パワー・ステーションはデュラン・デュランのアンディー・テイラー(g)とジョン・
テイラー(b)+シックのトニー・トンプソン(ds)、ロバート・パーマー(vo)、
プロデューサーはシックのバーナード・エドワーズ、という豪華なユニットだ。
もともとデュラン・デュランでアンディーが目指したサウンドはファンクとハード
ロックの融合であったという。(1st.アルバムを聴くとそれが分かる)
しかし、だんだん商業主義的なビジュアル系のアイドル・グループになって行った
ため、アンディーがジョンを誘って新しいプロジェクトを始めることになった。
ファンクの要としてシック(6)のリズム・セクション、ベースのバーナード・エド
ワーズとドラムのトニー・トンプソンに声をかけた。
トニー・トンプソンは黒人だがファンクだけでなく、縦ノリのハードロックのビート
も叩けるドラマーである。
バーナード・エドワーズはプロデュースに回ったが、アンディーによるとレコーディ
ングではベースはジョンではなくバーナード・エドワーズが弾いたという説もある。
(スラップベース(チョッパー)の巧さを聴くと確かに。。。という気もするが)
ボーカルはアンディーがファンだったロバート・パーマーに依頼した。
ロバート・パーマーは英国人のブルー・アイド・ソウル(白人のR&B)シンガーで、
イタリア仕立てのスーツを粋に着こなす洒落者である。
バンド名はアルバムのレコーディングで使用したニューヨークのザ・パワー・ステー
ション・スタジオに由来している。
アルバムを1枚残しただけだが圧倒的なパワー感は今も語り草になっている。
ロバート・パーマーのソウルフルなボーカルや、ハードなファンク・サウンドもさる
ことながら、このバンドの魅力は空間処理を取り入れた大胆な音作りにある。
トニー・トンプソンのドラムはかなり広い部屋で演奏し、残響音ごと録音したらしい。
(この手法はツェッペリンでボンゾもやっている)
その残響音にゲートリバーブ処理をしてるわけだが、ヒュー・パジャムのようなノイズ
ゲートを使用した受動的な処理ではなく、SSL社のコンピューター・オートメーション
でリバーブに対して細かくデータを書き込む能動的なノイズゲート処理をしている、
という点が違う。
機械的にリバーブ成分をカットした音と比べると、テンポに合わせて任意のタイミング
でリバーブ成分がカットされているため、不自然さのない、それでいて迫力のあるサウ
ンドになっていているのだ。
ヒュー・パジャムが考案したゲートリバーブの新たな解釈、進化系である。
パワー・ステーション・スタジオのエンジニア、ジェイソン・カーサロが編み出した。
この音処理方法は後にパワー・ステーション・サウンドと呼ばれるようになった。
それにしてもカッコいいなあ。オマケにもう1曲、聴いてください。
↑クリックするとパワー・ステーションのGet It On (Bang A Gong)が聴けます。
T-REXとは違った解釈でオリジナルを凌駕する傑作に仕上がってます。
1985年の夏、1ヶ月LA滞在中に毎日フリーウェイで聴くカーラジオからこの曲が
ヘビロテで流れてたっけ。。。(遠い目)
ロバート・パーマーもトニー・トンプソンもバーナード・エドワーズも、エンジニア
のジェイソン・カーサロも既に死去。いい仕事をしてくれました。
<脚注>