高校の頃よく授業をサボって名画座で映画を観た。悪友が誘うのだ。
映画は行き当たりばったり。西部劇やB級サスペンスが多かった。
二本立てを観て外に出るとまだ明るい。「つまんなかったな」と彼はいつも言う。
だが数日後また僕を誘った。「よう、午後からふけて映画観に行こうぜ」
どの映画を観たのかほとんど憶えてない。
だが三つだけ、なぜか鮮烈に記憶に残っている映画がある。
その一つが「課外教授」(1)というアメリカのB級学園ミステリー(1971)。
アメリカの田舎町の高校で起きた女生徒連続殺人事件を描いた作品だ。
フットボールのコーチも担当している教頭のタイガー(ロック・ハドソン)は
野生的で、女子学生たちから人気がある。が、彼には裏の顔があった。
心理テストと称して部屋を締め切り、何人もの女子生徒と関係を持っていたのだ。
タイガーに疑いの目を向ける腕きき刑事にテリー・サバラス。
まだ初体験がない男子学生ポンセに手ほどきをする色っぽい代理教師をアンジー・
ディキンソンが演じていた。
ポンセはチアリーダーの死体を発見。学園内の殺人は続く。。。
原題は「Pretty Maids All In A Row」。
かわいいチアリーダーたちがずらっと一列に並んだ光景を想像してしまう。
この映画の「Pretty Maids」は次々タイガーの生贄になる女子学生たちだった。
名盤の誉れ高いイーグルスのアルバム「Hotel California」のB面3曲目に
「Pretty Maids All In A Row」という、映画の原題と同じ曲名がある。
ジョー・ウォルシュによる静かで壮大なスローワルツだ。
ギタリストのジョーがピアノを弾き、ヴォーカルもとっている。
曲の内容を見てみよう。
Pretty Maids All In A Row (Joe Walsh 拙訳:イエロードッグ)(2)
Hi there, How are ya? it's been a long time
やあ、元気かい? ひさしぶりだな
Seems like we've come a long way
俺たちもえらくなったもんだ
My, but we learn so slow
俺は、いや、俺たちは学ぶのに時間がかかるからな
And heroes, they come and they go
いろんなやつらが現れては消えていった
And leave us behind as if we're supposed to know why
俺たちは置いてけぼりさ どうしてそうなるのが分かってたみたいにね
Why do we give up our hearts to the past?
俺たち、どうして昔の気持ちに浸っちゃうんだろう?
and why must we grow up so fast?
どうして大慌てで成長しなければならないんだろう?
And all you wishing well fools with your fortunes
幸せになりたい、と君はいつも願っていたっけ
Someone should send you a rose with love from a friend,
誰かが君にバラを贈ればいいのかな 友より愛をこめってってね
it's nice to hear from you again and the storybook comes to a close
また連絡してくれてうれしいよ じゃあ、この話しはもうおしまい
Gone are the ribbons and bows Things to remember places to go
プレゼントをあげたのは遠い昔のこと 大切なのはどこへ向かうかってこと
Pretty Maids all in a Row...
愛しき日々よ
↑クリックするとイーグルスの「Pretty Maids All In A Row」が聴けます。
「Pretty Maids All In A Row」という一節は最後に出てくるだけだ。
この曲を書いた時ジョー・ウォルシュは30歳になるかならないかくらい。
一年前にイーグルスの正式メンバーとなったばかりだ。
ジェイムス・ギャング、バーンストーム、ソロと活動して来てイーグルスのメン
バーまで登りつめたジョーが、それまでの人生に想いを馳せているかのようだ。
ジョーが青春を過ごした1960年代、アメリカが豊かで輝いていた時代への憧憬、
とも取れる。
われわれ日本人にはあまり馴染みがないが「Pretty Maids All In A Row」は、
マザー・グース(3)の「へそ曲がりのメリー(Mary, Mary, Quite Contrary)」
に出てくる一節である。
Mary, Mary, quite contrary, How does your garden grow?
メリー、メリー、本当にへそ曲がりさん、あなたのお庭はどんな感じ?
と訊かれ、ひねくれ者のメリーは花の名を答えるかわりにこう返す。
With silver bells and cockleshells, And pretty maids all in a row.
銀の鈴や貝殻や かわいい女の子たちが並んでいるの
(Mother Goose 拙訳:イエロードッグ)
↑クリックすると「Mary, Mary, Quite Contrary」が聴けます。
実際はスズラン、カイガラソウ。女の子たちというのは何の花だろう?
この童謡を描いた絵の中には、花の中に女の子の顔ついてるちょっと怖い、
シュールなものもある。
また、奥に「黒い歴史」が隠されている、という解釈もある。
メリーとは、即位後にプロテスタントを迫害し300人以上処刑したといわれる
イングランド女王のメアリー1世(4)のことで、庭とは処刑された人たちの墓地を
指している、というのだ。
その真偽はともかく「Pretty Maids All In A Row」は愛しい大切なものを表す
メタファー(隠喩)なのだろう。
ひねくれ者のメリーにとっては庭のかわいい花であり、ジョー・ウォルシュがそ
う感じたのは(歌詞の流れから察すると)過去の日々なのではないかと思う。
僕はかねてから「ジョー・ウォルシュ加入前のカントリーロックの頃のイーグル
スが好き」とことあるごとに言ってきた。
しかし、ジョーの加入でイーグルスの音に厚みが増しパワーアップしたこと、
よりコンテンポラリーな音楽を聴かせるバンドになったことは認める。
そしてジョーがファンキーかつワイルドなギタリストであるだけでなく、優れた
ソングライターであり、イーグルスの音楽性を広げたのも事実だ。
脱退したバーニー・レドンの曲について、ドン・ヘンリーとグレン・フライは「
歌詞がでたらめ」と辛辣な評価をしていた。
ドンとグレンが「楽曲の質こそバンドの要」と考えていたからだと思う。
ドン・フェルダーは自分が過少評価されている、後から入ったジョーの曲は採用
されヴォーカルも任されるのに自分にその場が与えられないのは不公平だ、と
不満を述べしばしばグレンと衝突していた。
それはジョーのソングライティング力、歌唱力がドンとグレンのお眼鏡にかなっ
たからであり、残念ながらドン・フェルダーの場合はその域に達していなかった
ということなのだろう。(ギタリストとしての腕は最高だったが)
グレン、ドンとジョーとの付き合いは1974年に遡る。(5)
プロデューサーのビル・シムジク(6)とイーグルスの出会いはジョーがきっかけ。
ジョーをイーグルスに誘ったのはドン・フェルダーだった。
「Pretty Maids All In A Row」はそんな日々に想いを込めた曲ではないか。
そしてこの曲の後もジョー・ウォルシュの友情物語は続くことになる。
1994年イーグルス再結成の話が持ち上がった時、ジョー・ウォルシュはドラッグ
とアルコールの中毒から抜け出せず苦しんでいた。
ドン・ヘンリーとグレン・フライはよれよれだったジョーに手を差し伸べ、「君
が必要だから」とジョーの復活を辛抱強く待ってくれたという。
<脚注>
(1)「課外教授」
1971年公開のアメリカ映画。
「スター・トレック」を手がけたジーン・ロッデンベリーがプロデュースと脚本
を担当し、フランスのロジェ・ヴァディムが監督を務めた学園殺人ミステリー。
ロック・ハドソン、アンジー・ディキンソン、テリー・サヴァラスなど俳優陣も
手堅く、お色気(死語?)とサスペンスもほどよくブレンドされ楽しめる。
(2)「Pretty Maids All In A Row」の和訳について
Hi there 「やあ」という呼びかけの慣用句。
How are ya? yaはyouの俗語。How are youよりフレンドリーな感じになる。
come a long way 「長い道を歩んできた」の他「出世した」の意味もある。
give up our hearts to 「諦める」ではなく「〜の感情に身をゆだねる」
wishing well コインを投げこむと願い事がかなう井戸
fools with 〜をもてあそぶ(→自分の幸運を願う気持ちに翻弄されていた)
ribbons and bows プレゼント用のリボンがけのこと(→プレゼントを指す)
※ちょう結びの部分は bow、紐の部分は ribbon と呼ぶ。
(3)マザー・グース (Mother Goose)
英語の伝承童謡(nursery rhyme)の総称。
(nurseryは子供部屋、rhymeは押韻詩、韻文という意味)
英米では階級にかかわらず広く親しまれ、教養の基礎となっている。
マザー・グース(ガチョウ婆さん)は伝説上の作者として紹介されることも
あるが、実在するわけではない。
1)ガチョウは民話や童話によく登場する動物であった。
2)英国ではお婆さんがガチョウの世話をする習慣の家庭が多かった。
3)お婆さんは伝承童話や童謡の担い手でもあった。
この3つが結びついたものと考えられる。
イギリス発祥の作品が多いが、アメリカ発祥のものもある。
内容は残酷なものやナンセンスなものが多い。
メロディにのせて唄う伝承童謡だけでなく、読んで聞かせる唄(押韻詩)と
しての側面もある。
(4)メアリー1世(メアリー・チューダー)
イングランドとアイルランドの女王(在位:1553年7月〜1558年11月)。
ヘンリー8世と最初の王妃との娘。
イングランド国教会に連なるプロテスタントに対する過酷な迫害から、ブラッディ
・メアリー(血まみれのメアリー)と呼ばれた。↓ほんと、こわそ〜(汗)
(5)ジョー・ウォルシュとイーグルスの出会い
ジョー・ウォルシュの1974年のアルバム「So What」には、グレン・フライ、ドン
・ヘンリー、ランディ・マイズナーが参加している。
ジョーはジェイムス・ギャング時代から一緒に仕事をしていたビル・シムジクを、
イーグルスに引き合わせた。
(6)ビル・シムジク
アメリカのエンジニア/プロデューサー。
B.B.キング、ジェイムズ・ギャング、Jガイルズ・バンドを手がける。
ワイルドなギターの音を聴きやすくコンテンポラリーな音楽に料理するのを
得意としていた。
イーグルスは3枚目のアルバム「On The Border」レコーディング中にグリン・ジ
ョンズを解雇し、新しいプロデューサーとしてビル・シムジクを迎える。
<参考資料:Wikipedia他>
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