ロックバンドのツアーに同行取材することになった少年の姿と淡い恋を描い
た青春ロードムービーだ。
15歳でローリングストーン誌の最年少記者となりオールマン・ブラザーズ、
レッドツェッペリン、ザ・フー、イエス、デヴィッド・ボウイ、エルトン・
ジョン、ニール・ヤングなど数多くの大物ミュージシャンへのインタビュー
に成功したキャメロン・クロウの実体験をもとにした作品である。
キャメロン・クロウ本人が製作・脚本・監督を担当。
この作品はゴールデングローブ賞作品賞とアカデミー賞脚本賞を受賞した。
脚本を気に入ったスピルバーグ率いるドリーム・ワークスが全面協力。
音楽はクロウの妻で元ハートのギタリスト、ナンシー・ウィルソンが担当。
<物語のあらすじ>
11歳のウィリアムの母親は大学教授で、自身の子供たちに厳格な教育方針。
その厳しさに19歳の姉アニタは反抗し、ボーイフレンドと家を出て行く。
別れ際にウィリアムの肩を抱き耳元で囁く。
「いつかあなたはクールになれるわ。ベッドの下を見て。自由がある」
One day you'll be cool. Look under your bed.It’ll set you free.(1)
ウィリアムがベッドの下を覗くと大量のロックのレコードが置いてあった。
ザ・フーの「トミー」のジャケットを開くとメモが出てきた。
「ロウソクを灯して聴いて。未来がすべて見えるから」。
Listen to Tommy with a candle burning, and you’ll see your entire future.
ウィリアムはその言葉どおりロウソクに火をつけ「トミー」に針を下ろす。
姉の残したレコードをかたっぱしから聴きロックにのめり込んで行く。
↑写真をクリックすると「あの頃ペニー・レインと」のトレーラーがみられます。
15歳になったウィリアムはロック評論家を目指しクリーム誌に投稿し続ける。
編集長レスター・バングス(実在の人物)にも会い「正直であれ。辛辣に書け」
とアドヴァイスをもらう。(2)
「ブラック・サバスのインタビューを取って来い」と課題も与えられた。
コンサート会場に赴くも、裏口で門前払いをくらい途方にくれるウィリアム。
が、前座のスティルウォーターの楽屋入りの際、その場で彼らの演奏に的確な
意見を述べ、「入れよ」と気に入られる。
ウィリアムはバックステージの世界(3)を初めて目の当たりにする。
そこでペニーレインと名乗る16歳の少女とウィリアムは仲良くなる。
スタッフパスも彼女が手に入れてくれた。
「私たちはロックスターと寝るだけのグルーピーとは違う、バンドを助ける
バンド・エイドなの」と微笑む彼女にウィリアムは恋をしてしまう。
が、ペニーレインはスティルウォーターのギタリスト、ラッセルがお目当て。
そんなウィリアムにローリングストーン誌から電話で仕事の打診が来る。
クリーム誌に投稿した記事が編集者の目にとまったのだ。
驚いたウィリアムだが、子供と悟られないよう声色を変えて応対する。
「スティルウォーターは?」というウィリアムの提案に編集者は賛成。
「スティルウォータ?いいね。じゃあ、さっそく記事を書いてくれ」
ウィリアムはスティルウォーターのツアーに同行することにした。
スタッフたち、グルーピーたちの間でもすっかり顔になったウィリアム。
一方ペニーレインはラッセルと関係をもつようになった。
彼女に淡い恋を抱くウィリアムは苦悩する。
思うようにインタビューが取れず、記事はなかなか書けない。
ローリングストーン誌からは原稿を催促され、切羽詰まったウィリアムは
深夜クリーム誌の編集長レスター・バングスに電話し悩みを打ち明ける。
「正直に書け、バンドに対しては無慈悲であるべき」と助言を受けたウィリ
アムはバンド内の不和まで赤裸々に書く。
ローリングストーン誌はウィリアムの記事の内容、卓越した文章力を絶賛。
しかし裏取りをすると、スティルウォーター側は全面否定。
事実と確認が取れない記事は採用されない。
失望したウィリアムは空港で家出した姉と偶然再会。一緒に母の元に帰る。
そこに訪ねてきたのは思いがけずラッセル。ペニーレインの計らいだった。
ラッセルとの恋に破れ自殺を図った彼女を救ったウィリアムへの気持ちだ。
ラッセルは記事を事実と認め、すべて話すと言う。
ウィリアムは改めてラッセルにマイクを向けインタビューを始めるのだった。
<スティルウォーターとは>
劇中のスティルウォーターは1973年に売り出し中という架空のバンド。
「あの頃ペニー・レインと」の原題は「Almost Famous」。(4)
「ブレイク寸前、ほとんど成功したようなもの」と訳せばいいだろうか。
日本での配給会社はペニーレインへの淡い恋を売りにしたようだ。
ビートルズの楽曲名であるペニーレインなら興味をそそられるだろう、と
いう目論見もあったと思う。
スティルウォーターは、キャメロン・クロウがツアーに同行しローリングス
トーン誌に記事を書いたオールマン・ブラザーズ・バンドがモデル。(5)
当時のオールマンも同じように人気上昇株だった。
音的にはフリー、バッド・カンパニー、ハンブルパイに近い?という印象。
見た目はブリティッシュっぽさは感じられないが。
ギターのラッセルは若き日のクラプトン、デュアン・オールマンを足して二
で割ったようなイメージを狙ったそうだが、個人的には「One Man Dog」
の頃のジェームス・テイラーにちょっと似ているような気がした。
(グレン・フライをイメージしたという説もあるが、似てないと思う)
またクロウは当初ブラッド・ピットをラッセル役も考えていたらしい。
ピーター・フランプトン(元ハンブルパイ、劇中でローディ役でカメオ出演し
ている)がライブ演奏のギターの弾き方、パフォーマンスを特訓したそうだ。
ヴォーカルのジェフはバッド・カンパニーのポール・ロジャースの歌い方、
マイクの持ち方までそっくり。本人の許可を得て真似たらしい。
実際の音入れはパール・ジャムのマイク・マクレディ、プロデューサー兼ミュ
ージシャンのマーティ・フレデリクセンが行った。
スティルウォーターが劇中で演奏する曲はクロウと妻のナンシー・ウィルソン、
ピーター・フランプトンにより作られたもので、バッド・カンパニーとジェスロ
タルの中間のようなイメージを狙ったという。
<クロウの体験を元にしたエピソード>
スティルウォーターを載せた専用機が乱気流に揉まれ不時着するシーンは、
キャメロン・クロウの二回の実体験を元にしている。
ザ・フーのツアーに同行した時とハートとの同乗の時だそうだ。
ちなみにメンバーたちがバディ・ホリーの「ペギー・スー」を歌い出すのは、
バディ・ホリーが1958年にチャーター機の墜落で死亡したため。
ラッセルがなかなかインタビューに応じてくれないのは、ジミー・ペイジが
実際にそうだったことを元にしている。
ツェッペリンを酷評していたローリングストーン誌を嫌っていたせいもある。
劇中でもジェフが「どうせ悪口を書くんだろ?」と言っている。
スティルウォーターがローリングストーン誌の表紙を飾ることになるとウィリ
アムが告げると、メンバーたちはブレイク寸前であるを確信し興奮する。(6)
酔ったラッセルがウィリアムに「おまえはスパイだ」と悪態をつくシーンは、
グレッグ・オールマンがドラッグによる妄想癖でキャメロン・クロウをFBI
のスパイと思い込んでいた(7)というエピソードが活かされた。
キャメロン・クロウは劇中のウィリアムと同じくサンディエゴで育った。
母親は実際に大学の法学教授で厳しかったそうで、姉が家出したのも事実。
空港で姉と偶然、再会するのも本当にそうだったらしい。
ウィリアムがグルーピーたちに童貞を奪われるシーンもクロウの実体験(笑)
クリーム誌の編集長レスター・バングスは実在の人物。
ウィリアムに執筆を依頼するローリングストーン誌の中国系アメリカ人、
ベン・フォン・トレスも実在の人物。
原稿を持ってきたのが15歳の少年であることにトレスが驚くシーンがある。
ベン・フォン・トレスはキャメロン・クロウと電話で話した際「若いのは分か
っていたがせいぜい18か19だと思ってた、まさか15歳の少年があれだけの
記事を書くとは!」と驚いたことを明かしている。
<ツェペリンへのオマージュがいっぱい>
スティルウォーターがツアーで滞在するホテルにツェッペリンが泊まっている
ことが分かり、さっきプラントに会ったと興奮するファンの様子が描かれてい
るが、本当にツェッペリンがいるかのような錯覚にとらわれる。(8)
撮影は実際に当時ツェッペリンが泊まっていたハリウッドのハイアットハウス、
ニューヨークのドレイクホテルで行われた。
ニューヨークでのリムジンの中の様子はツェッペリンの1973年のマディソンス
クエア・ガーデンでのコンサートを映画化した「狂熱のライブ」を彷彿させる。
LSDでハイになったラッセルが「俺は金色に輝く神だ(I am a golden God)」
と叫び屋根からプールにダイブするシーンは、ロバート・プラントがLAのハイ
アットハウスのベランダで叫んだという逸話が元ネタ。
ケイト・ハドソン演じるペニーレインは女ロバート・プラント?と思うくらい
そっくりで、当時のプラントの髪型から服、表情や雰囲気を真似ている。
グルーピー仲間が楽屋のドアを開けるときペニーラインが言う「みんな笑い声
を覚えてる?(Does anybody remember laughter?)」は「天国への階段」
の途中でロバートプラントが客席に投げかけた言葉。(9)
そして劇中でツェッペリンの楽曲が5曲使用されたことも話題になった。
これまでツェッペリンは自分たちの楽曲の商業使用を許可していなかったのだ。
キャメロン・クロウは映画のラフ編集をプラントとペイジに見せ、特別に許可を
もらったらしい。
「Misty Mountain Hop,」「Bron Yr Aur」「The Rain Song」「Tangerine」
「‘That’s the Way」と選曲のセンスがいい。うれしくなる。
特にラストのモンタージュ、ウィリアムの家族、スティルウォーターの成功、
ウィリアムの記事が載ったローリングストーン誌、ペニーレインが夢見ていた
モロッコへ旅立つ、スティルウォーターのツアーバスがオレンジ色の景色の中を
走っていくバックに流れる「Tangerine」(10)は最高だ。
タイトル「Still Waters Run Deep」は「深い川は静かに流れる」の意。
「中身がある人は悠然としてやたらに騒がない」というたとえ。
スティルウォーターが実派の大物であることをうまく言い表している。
★写真をクリックすると「Tangerine」が流れる映画のラストがみられます。
<配役の妙>
主人公のウィリアム役のはロックについてはまったく知識がなく、レッド・ツェ
ッペリンって人の名前?と思ったそうだ。
ペニーレインを演じたケイト・ハドソンは女優ゴールディー・ホーンの娘。
この役を獲るために、1970年代のロック・シーンやファッションを研究してオー
ディションに臨んだらしい。
クロウ監督は彼女を見て「この子だ!」と思ったそうだ。(11)
ペニーレインはペニー・トランブルというクロウ自身の友人がモデル。
元モデルで数多くのミュージシャンと浮名を流したビビ・ビュエル(リブ・タイ
ラーの母親)もペニーレインの人物像になっている。
ウィリアムの厳格な母親役のフランシス・マクドーマンドはさすがの演技力。
コーエン兄弟の映画「ファーゴ」(1996年)でアカデミー主演女優賞を獲得。
トニー賞、エミー賞を受賞し、演劇の三冠王を達成したベテラン女優だ。
こういう渋い配役がこの映画をビシッと締めているような気がする。
もう一人、クリーム誌編集長レスター・バングスを演じた名優フィリップ・シー
モア・ホフマン(12)の存在感も大きい。
<ロックへの愛情があふれる作品>
インタビューできず思い悩むウィリアムにバングスが電話で語りかけるシーン。
「俺もお前もダサいよな(Uncool)。でも昔から芸術はモテないヤツが恋に
破れた気持ちを糧につくりだしてきた。芸術は劣等感から産まれるんだ」
バングスはこうも言っている。
「ロックは終わった。クールな産業(Industry of Cool)になったんだ。
カッコいいロックスター売れるという時代になって、俺たちが愛した音楽は死
んだのさ」
クールなロックスターとグルーピーたち。クールと正反対のロック・オタク。
その切なさを知っているキャメロン・クロウが描くから心に響くのだ。
そして劇中で使用された数々の楽曲。
ツェッペリンの5曲もそうだが、他の選曲もクロウのセンスが光る。
こう来ましたか!と意表をつかれたのがビーチボーイズの「Feel Flows」。
トッド・ラングレンの「It Wouldn't Have Made Any Difference」、
キャット・スティーヴンスの「The Wind」もよかった。
とにかくキャメロン・クロウのロックへの愛情があふれる映画である。
劇中でベッドの下に残された大量のレコードはクロウの私物らしい。
<脚注>