以前はムーグ・シンセサイザーと表記されていることが多かった。
一般的な英語の読み方だとMoog はムーグになるからだと思われる。
だが博士はオランダ系アメリカ人で彼の姓はモウグという発音が正しい。
初期のモーグ・シンセサイザーは複数の音源モジュール(音声生成部)がキャビ
ネットに 組み込まれていて、独立した鍵盤をつないで演奏するようになっていた。
。。。。と言ってもなんのことか分からないですね。
キース・エマーソンがハモンドオルガンの上に乗せていたのがシンセサイザーの
鍵盤で、その後にそびえ立っていた配線むき出しの機材が音源モジュール部。
そこに色々な音色が入っていてケーブルをつなぎを変えることで、違った音色を
出すことができる。。。と言えばなんとなく理解できるのでは?
↑写真をクリックすると当時BBCが制作したモーグ・シンセサイザーについて
解説した映像(なかなかおもしろい)が見られます。
モーグ・シンセサイザーは音色を自在に変えられることに加え、一つの鍵盤にア
サインされた音程を自由に連続で変えることができた。
ビュイ〜ンと低い音から高い音に一気に変わる、シンセ独特のあの音である。
モーグ博士は多くのミュージシャンの意見を聞きその意見を反映しながら、カス
タム・オーダーのモジュールとコントローラーを製品化して行った。
ロック界でいち早くモーグ・シンセサイザーを購入し曲に取り入れたのは、意外
にもモンキーズのミッキー・ドレンツである。
1967年に発売された「スターコレクター(原題:Pisces, Aquarius, Capricorn
& Jones Ltd. )」に収録された「デイリー・ナイトリー」「スターコレクター」
の2曲で実に効果的に使っている。
こういうのは「やり過ぎない」のが肝心だと思う。
モンキーズとプロデューサーのチップ・ダグラスはさじ加減を心得ていた。
↑ジャケット写真をクリックすると「スターコレクター」が聴けます。
みのもんたの「セイ!ヤング」(1)で使われていたので憶えてる人も多いかも。
これは日本盤のジャケット(2)。 当時の雰囲気がよく分かりますね。
モーグ・シンセサイザーを最も世に知らしめたのは1968年にウェンディ・カル
ロス(3)が発表した「スイッチト・オン・バッハ(Switched On Bach)」だ。
カルロスはモジュール開発についてモーグ博士に協力した一人である。
全編モーグ・シンセサイザーを使ったバッハ作品の演奏という斬新なアルバムは、
新しいバッハ演奏の規範として一世を風靡した。
グレン・グールドも絶賛。高橋悠治、冨田勲、ジョン・ケイジに影響を与えた。
映画「時計じかけのオレンジ」(4)でも主人公の愛聴盤として出て来る。
このアルバムはシンセサイザーによるアルバムで初のミリオンセラーを樹立。
以後大小レコード会社各社から「スイッチト・オン…」系作品の乱立を生んだ。
カルロス自身も「スウィッチト・オン・ベートーベン」など続編を制作している。
僕は中学一年の時、友だちの家で聴かせてもらった。
みんなで「へ〜、ふーん」と感心したものだ。
↑ジャケット写真をクリックするとカルロスのスタイルを再現したもの?が試聴
できます。(カルロス自身の音源は見つからなかった)
ジョージ・ハリスンもモーグ・シンセサイザーを購入した一人である。
1969年5月にザップル・レーベル(アップル・レコードのサブ・レーベルで実験
的な作品を扱う)から「電子音楽の世界(原題:Electronic Sound)」を発売。
調律していないシンセサイザーの音をそのまま録音した前衛的な内容であった。
↑ジャケット写真をクリックすると「電子音楽の世界」のプロモ映像が見れます。
ビートルズの作品にモーグ・シンセサイザーが初めて使われたのは、同年4月に
レコーディングされた「オールド・ブラウン・シュー」(5)である。
ブリッジではジョージが弾くフェンダーの6弦ベースとユニゾンでモーグ・シン
セサイザーが鳴っているのが聴ける。
シタールの次にジョージがビートルズに持ち込んだのはシンセサイザーだった。
さらに同年8月「アビー・ロード」セッションでは絶妙な使い方をしている。
Maxwell's Silver Hammer → 間奏、後半ヴァースで流れるメロディー
I Want You (She's So Heavy) → 後半のリフの繰り返しと轟音
Here Comes the Sun → イントロ後のヒュ〜、Sun sun sun…の変拍子部
Because → 間奏
Mean Mr. Mustard → ベースとユニゾン
ここでもやはり「やり過ぎない」のが成功の秘訣だとつくづく思わされる。
初期のモーグのモジュラー・システムはローリングストーンズ、ザ・バーズ、
サイモン&ガーファンクル、ジミ・ヘンドリックスも購入しているがどういう
使い方をしているのかよく分からない。
1965年には既に「 ペットサウンズ」 でテルミン(6)を使用していたブライアン・
ウィルソンがモーグ・シンセサイザーをビーチボーイズに導入しなかったのが
今思えば不思議である。
彼がシンセを多用したのは1977年リリースの「Love You」だったが、これは
やりすぎで耳障りだった。
「スイッチト・オン・バッハ」を聴きモーグ・シンセサイザーに興味を持った
キース・エマーソンは、音色のプリセット機能を備えたモジュラー・システム
を購入し、新たに結成したELPのレコーディングとステージに導入した。
本来ライブ演奏向けではなかったシンセサイザーという機材をステージに導入す
ることで「演奏者と機械の格闘」という今までにない視覚的要素をステージ・
エンターテインメントに初めて取り入れた。
ケーブルが複雑に入り組んだパネルのつまみを激しく動かし、全身で演奏するエマ
ーソンの姿は当時は衝撃的でさえあった。
↑写真をクリックしてください。
(3:30くらいからエマーソンがシンセと格闘している姿が見られます)
1970年にはポータブルな44鍵の鍵盤一体型ミニモーグが開発された。
初期のモジュラー・システムが各モジュールをパッチ・ケーブルで接続することで
自由度の高い音色合成を行うのに対し、ミニモーグはワンパッケージになっている。
音色合成の自由度は限定されるが、本体のみで音色や機能をコントロールしやすい。
(外部拡張性のための入出力端子も装備されていた)
使い勝手がよくエマーソンの他、リック・ウェイクマン、ヤン・ハマーなど多くの
キーボード・プレーヤーに愛用された。
1975年にはシンセ音色をフルポリフォニックで鍵盤演奏可能(つまり単音だけでは
なく複数音同時に出せるということ)ポリモーグが発売され、クラフトワーク、ゲ
イリー・ニューマン、イエロー・マジック・オーケストラに使用された。
同じ年にヤマハからGX-1(7)が発売されている。
キース・エマーソンは「Works」以降この白い筐体のGX-1を愛用するようになる。
ジョン・ポール・ジョーンズ、スティーヴィー・ワンダーにも使用された名機だ。
↑写真をクリックするとヤマハGX-1を弾くエマーソンの姿が見られます。
ヤマハの音はきらびやかで硬質である。
他のヤマハの楽器と同じく「優等生のいい音だけど面白みに欠ける」と思った。
この辺は好みの問題だろう。
ガンダムより鉄人28号の方が温かみがあっていいと言ってるようなものだ。
「宇宙家族ロビンソン」(8)のロボット、フライデーや「スターウォーズ」のR2-D2
も機械のくせに妙に人間味があって、レトロ・フューチャリスティックなデザイン
も魅力的だった。
モーグ・シンセサイザーにはそんな魅力があったと思う。
GX-1と同時期、コルグ、ローランド、オーバーハイムなど高機能な競合製品の登場
でモーグ・シンセサイザーの優位性は揺らいでいった。
そして1983年にはヤマハが初のデジタルシンセサイザーDX7(9)を発売したのを皮切
りにコルグ、カシオ、ローランドなど低価格なデジタル製品が登場すると、モーグ
は市場の表舞台から姿を消した。(10)
1990年代にはテクノやハウス系でアナログシンセ再評価の気運が高まる。
モーグ・シンセサイザーはビンテージ・シンセと呼ばれ今でも人気がある。
近年はモーグ・シンセサイザーをはじめ歴代アナログシンセの名機の音がPC上の
ソフトで再現できる(モーグ社は公認していないが)ようになっている。
(1)みのもんたの「セイ!ヤング」
文化放送で平日深夜24:30-27:00に放送されていたラジオ番組。
みのもんたの枠は月曜で1969年4月〜1970年9月まで放送された。
(2)「スターコレクター」の日本盤ジャケット。
米国市場向けジャケットは下の写真。
これじゃ日本では受けないと判断した日本ビクターが独自制作したジャケットが、
本文で紹介したサイケデリックなジャケット。
イラストは田名網敬一。
ジェファーソン・エアプレインの日本盤のジャケット・デザイン(写真)や不二
家ルックチョコのウォーカーブラザーズが出演したCMのイラストも手がけている。
(3)ウェンディ・カルロス
アメリカの作曲家でシンセサイザー奏者。
元の名前はウォルターであったが1980年に女性に性転換したことに伴い改名した。
ブラウン大学で音楽を学びコロンビア大学で作曲の修士号を取得した。
1968年デビュー作「スウィッチト・オン・バッハ」でモーグ・シンセサイザーを
駆使したバッハ作品の演奏で一世を風靡した。
映画「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」「トロン」の音楽も担当した。
(4)映画「時計じかけのオレンジ」
イギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説をもとにスタン
リー・キューブリックが映画化(1971年)した作品。
暴力やセックスなど欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と管理された全体主義
社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。
近未来を舞台設定にしている。
(5)「オールド・ブラウン・シュー」のレコーディング
ジョージとリンゴの二人だけでレコーディングが行われた。
ポールも参加したという説もあるが、ピアノ、オルガン、リードギター、シンセ、
フェンダー6弦ベースをすべてジョージが演奏している。
ポールが参加したとしてもコーラスに加わったくらいだろう。
同時期にレコーディングされた「ジョンとヨーコのバラード」はジョンとポール
の二人だけで演奏されている。
この曲ではポールがドラムも叩きマルチプレーヤーぶりを発揮している。
(6)テルミン
1919年にロシアの発明家レフ・セルゲーエヴィチ・テルミンが発明した世界初の
電子楽器。
本体から垂直と水平に2本のアンテナが出ていて、 それに手をかざし音程・音色
を変化させる。
垂直なアンテナが音程のコントロール。
手を近づけることで音程が上がり、 手を離すことにで音程が下がる。
水平なアンテナは音量のコントロール。
アンテナから手を離すと音量が上がり、 手を近づけると音量が下がる。
尚モーグ社からもテルミンが発売されている。
(7)ヤマハGX-1
1975年に当時のエレクトーンの最高機種という位置付けで開発された。
ただし音源部はアナログ・シンセサイザーの基本構造で成り立っており、実体と
してはポリフォニック・シンセサイザーであった。当時の価格は約700万円。
白い筐体の美しいデザインは目を引いた。
キース・エマーソン、ジョン・ポール・ジョーンズ、スティーヴィー・ワンダー
、エイフェックス・ツイン、ロジャー・パウエル(ユートピア)、ベニー・アン
ダーソン(ABBA)、コリン・タウンズ(イアンギラン・バンド)が使用した。
(8)「宇宙家族ロビンソン」
1965年から1968年まで米国CBSネットワークで放送されていたSFドラマ。
日本では1966年〜1968年に第2シーズンまでがTBS系列で放送された。
未知の惑星に不時着した宇宙移民、ロビンソン一家の冒険を描いている。
フライデーの正式名称はB9モデル・マーク3型気圧観測ロボット。
英語版では名前はなく、単にロボットと呼ばれている。
日本での放映時に一般公募で「フライデー」という愛称を得た。
(9)ヤマハDX7
1983年5月にヤマハが発売したデジタルシンセサイザーDXシリーズ第1号機。
61鍵盤のフルデジタルシンセサイザーで、6オペレータ32アルゴリズムのFM
音源を採用していた。
DX7の成功は競合メーカーを刺激し低価格帯のデジタルシンセ普及をもたらす。
MIDI接続による電子楽器の使い方やPCとの応用の一般化、現在にも続く音楽
制作のあり方にも大きく貢献している。
(10)モーグ・シンセサイザーの市場撤退
モーグ・ミュージック社は1986年キーボード製品の製造を終了したが、旧製品
のメンテナンス・サービスは1993年の会社閉鎖前後まで継続された。
2002年にロバート・モーグが商標を取り戻し、社名変更して現在のモーグ・
ミュージック社とし現在もアナログシンセの生産を続けている。
<参考資料:シンセサイザーの歴史、Wikipedia、Kieth Emerson Gear他>
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