2019年9月10日火曜日

2019リミックス直前、アビイ・ロードの7つの事実<前篇>

1.このアルバムだけソリッドステートの卓ミキサーで録音された。


アビイ・ロードの録音の前、1968年11月EMIアビイ・ロード第2スタジオのミキ
シング・コンソールが新しいソリッドステート(1)型TG12345に変更された。
つまり真空管から半導体トランジスタ製に置き換わった(2)ということだ。

前年のホワイト・アルバム録音の後半(1968年7月)EMIにやっと8トラック・
レコーダーが導入されたわけだが、従来のミキシング・コンソールREDD .3、
REDD .51では対応能力に限界があったようだ。





TG12345はEMIのエンジニアが開発した最新型のコンソールで、マイク入力
24系統、出力8系統、エコー4系統を有し、すべての入力チャンネルにイコライ
ザー、コンプレッサー/リミッターをかけることができた。


小型の半導体搭載により、より高密度の回路が実現しスペックが向上した。
EMIは新型のTG12345について、これまでのREDD .3、REDD .51に比べると、
よりクリーンでブライトでパンチのある音、より深く、ふっくらした、リッチ
な音が得られる、と説明している。


確かにトランジスタ製はよりダイナミック、ブライト、歪みが少なくクリアー、
リッチなサウンドが得られると思う。が、深み、ふっくらした、という点では
むしろ真空管に軍配があがるのではないか。
真空管特有の太く、温かみのある音に比べトランジスタはソリッド(硬質)だ。





この違い、ギター・アンプを使用している方ならご存知だと思う。
いまだにチューブ・アンプ(真空管製)を好むギタリストは多い。
ファットで野太いサウンド、甘いディストーションは真空管ならではだ。

ビニール・レコードを好むオーデォオ・ファンの間でも真空管アンプの温かみ
のある柔らかくて滑らかな音の方がいい、とマッキントッシュ、ラックスマン
などは今でも人気が高い。



ちょっと専門的な話になってしまうが。。。。
真空管アンプは信号増幅時に偶数次の歪みが多く付加される。
超高域がカットされたCD音源には含まれないが、自然の音には含まれるもの。

真空管アンプは人間が好む倍音を増加させる
それに対して、トランジスタアンプは音の情報量は多く、ノイズは少なめで、
広範囲の音域をカバーしてくれる一方、真空管アンプと比べるとどことなく
冷たく、耳にきつい音と言われる。






engadget日本版「ハンドメイドなハイブリッド真空管アンプ」より転載)




エンジニアのジェフ・エメリックもこの新型コンソールに困惑したそうだ。
それまでのビートルズの音とは明らかに違う音痩せと彼は表現している。

エメリックはホワイト・アルバムの録音の中盤、ビートルズの険悪ムードに
嫌気がさし出て行ったのだが、ポール直々の依頼でアビイ・ロードの録音で
復帰することになった。


1969年1月のゲット・バック・セッションはトゥイッケナム映画スタジオ〜
アップル本社の地下スタジオで収録されており、ビートルズがEMIで録音する
のはホワイト・アルバム以来である。
つまり新しいミキシング・コンソールを使用するのはこれが初めてだった。

ジェフ・エメリックもジョージ・マーティンもホワイト・アルバム録音途中で
退出し、ゲット・バック・セッションも事実上グリン・ジョンズに任せていた
から、前年に設置されたTG12345を使用したことがなかったのだろう。







エメリックは、過去の作品との違和感がないよう音作りに苦労したという。
具体的な処理は分からないが、イコライジングで音をまろやかにするとか、
もしかしたらやや歪ませて倍音を発生させる、という技も使ったのか。


エメリックは「耳のいい人が聴くとアビイ・ロードが他のアルバムと音が違う
のが分かる」と言っているが、少なくとも当時はまったく気にならなかった。

それよりも翌年フィル・スペクターが手がけたレット・イット・ビーの方が
「今までのビートルズと音が違う」(3)と感じたものだ。


2019リミックスではその辺、どう扱われるのだろう?





なにしろリミックス=ミックスダウン前の個々のトラックに遡って、現代に
通用する音へと再構築するわけである。


エメリックの言う「真空管の音に近づける努力」が録音時に施されていたなら、
つまりエフェクトをかけながら録音されたなら、マルチトラックの元テープは
既に処理済みのはず。

素で録音したテープをミックスダウンする際、真空管の音に近づける処理が行わ
れていたとしたら、イコライジング前のテープが残っているということになる。

なんて、どうでもいい細かいことが気になってしまう(笑)


プロデューサーのジャイルズ・マーティンとミキシング・エンジニアのサム・
オケルから今回の作業で気を使った点、苦労話が出てくるのを期待しよう。




↑オー!ダーリンのテイク4が公式にYouTubeにアップされています。
ポールは声の調子のいい朝一に1テイクだけ録音する、という作業を連日繰り
返したという。このテイクでは途中で諦めたのか。でもカッコいい。



2. マルチトラックで余裕のある録音ができた。


前年のホワイト・アルバム録音の後半やっとEMIに8トラックが導入された。
ゲット・バック・セッションもやはり8トラックだが、前半はトゥイッケナム
映画スタジオ、後半はアップル本社の地下スタジオに急遽、機材を持ち込んで
の録音だった。

アビイ・ロードは古巣のEMI第2スタジオで、黄金期のスタッフ、ジョージ・
マーティン、ジェフ・エメリックのコンビが復活して録音している。
4人の演奏や歌の癖も知り尽くし、マイクのセッティングからオーヴァーダブ
の工程まで、ビートルズのレコーディングの手順を心得ている二人だ。

メンバーたちは作業しやすかったに違いない。
たとえ誰かさんがスタジオにダブルベッドを持ち込んで居座ったとしても(笑)


アビイ・ロードはサージェント・ペパーズほどオーヴァーダブを重ね作り込まれ
たアルバムではないし、ホワイト・アルバムほどストレートでもない。
その中間、といったところか。

サージェント・ペパーズの時は4トラックを2台シンクロさせる裏技を駆使しつつ
、リダクションとオーヴァーダブを繰り返した。
アビイ・ロードは8トラックで録音。かつオーヴァーダブも少ない。
リダクション(バウンス)も1回で済んだのではないか。

だから余裕のあるレコーディングができ、その余裕が音質面にも出ている




↑コントロール・ルームで自分たちの演奏をモニターする3人。(ジョンは不在)
ジョージがジャックパーセルを履いてるのに注目!



ポールは8トラックを使用できるようになった時、贅沢だと思ったそうだ。

英国EMIは(ビールズの再三の要請があったのに)8トラック導入が遅れ、
ビートルズは不満を漏らしていた。


ビーチボーイズは既に1965年のペット・サウンズで8トラックを使用している。
サージェント・ペパーズ録音時EMIに8トラックがあれば、もっとスムーズに作業
ができ、リダクション〜オーヴァーダブが少なくなるので音も良かったはずだ。


ビールズは1968年7月ヘイ・ジュードを独立系トライデント・スタジオで録音。
気分転換と、トライデントの8トラックを試してみたかったからである。
EMIへの抗議、8トラック早く使わせろアピールもあったとのだろう(^^)(4)

リダクションしたテープがEMIの機材と規格が合わず、音質が悪かったのでジェフ
・エメリックがイコライジングでなんとか補正したという苦労話もある。





そういえばアイ・ウォント・ユーは2月にトライデント・スタジオで録音したベー
シック・トラックが後半部に使われているけど、今回は機材の規格の違いで音が
劣化、という事態はなかったのかな?なんて細かいことがまた気になる(笑)



とにかくアビイ・ロードがビートルズ史上、最も音がいいのは周知の事実。
それがリミックスで新しく蘇るのだから楽しみだ。



↑リンゴのドラムの前に立てられたマイクの数!
バスドラムに1本、スネアに1本、フロアタムに1本、2個のタムタムに2本、ハイ
ハットに1本、上の方にトップシンバル用の1本と贅沢にセットされている。
TG12345がマイク入力24系統も有しているからできたことだろう。

もちろんマイクの本数にトラックがアサインされるわけではなく、卓上でバランス

を取った上で1〜2トラックに録音していたと思われる。

後篇に続く


<脚注>



(1)ソリッドステート
固体自身の電子現象を利用した回路・装置。空間利用の真空管に対していう。
トランジスター・ダイオード・IC(集積回路)など。
ソリッドステートは死語になりつつあったが、昨今のLEDや有機EL、PCでHDD
に替わる半導体メモリを用いた記録媒体SSD(ソリッドステート・ドライブ)など、
再びソリッドステートという言葉が使われている。


(2)真空管から半導体トランジスタ製への移行
1960年代後半、ラジオ、テレビ、ステレオ、カセットレコーダーなどが真空管式
からトランジスター・ダイオード製に急速に替わって行った。
IC(集積回路)を売り文句にした製品も発売された。


(3)フィル・スペクター・サウンド
有名なウォール・オブ・サウンドである。
フィル・スペクターはすべてのトラックにエコーをかけまくってからミックス
を行うらしい。
通常エコーをかければ音の輪郭はぼけ、奥に引っ込んだように聴こえる。
しかしフィルがエコーをかけた音はよりクリアで前に出てくる。
これが不思議でならない。誰か分かる方、教えてください!
彼が手がけたレット・イット・ビーは賛否両論だが、それまでのジョージ・マー
ティン・サウンドよりブライトで各楽器の分離が良い。


(4) 8トラック・レコーダーの導入
EMIが重い腰を上げ8トラックを導入されたのは1968年9月。
翌年の1969年にトライデント・スタジオは早くも16トラックを導入。
エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」は16トラックで録音されている。

日本での8トラックが普及はさらに遅く1970年代初頭。
1970年代〜1980年代半ばは業務用としては最大2インチ幅のテープを用いて、
16あるいは24トラック録音(アナログ)が一般的であった。

32トラックのレコーダーも登場したが、機械への負担から故障が多い。
トラック幅が狭くS/N比が悪いので、ノイズリダクションを用いる必要もあった。


<参考資料:Waves Behind Abbey Road Studios’ EMI TG12345 Consoles、
Wikipedia、ビートルズ録音年表、SAKIDORI プリメインアンプのおすすめ、
THE BEATLES RECORDING SESSIONS、YouTube、
engadget日本版「ハンドメイドなハイブリッド真空管アンプ」
ジェフ・エメリック「ザ・ ビートルズ・サウンド 最後の真実」、他>

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