2023年3月16日木曜日

グレッチだけではない!チェット・アトキンスのギターの魅力。



チェット・アトキンスといえばグレッチ、グレッチといえばチェット。

だが、グレッチ以外にもチェットのサウンドを特徴づけるギターがある。




<ナイロン弦のクラシック・ギターという選択肢>

その一つがナイロン弦のクラシックギター、フラメンコギターである。
チェットはセゴビアの影響を受け、度々クラシックの名曲を演奏する。

クラシックギター奏者は足台に載せた左足の上にギターを構えるが、
チェットは右足の上でクラシックギターを弾く。
(つまりエレキやフラットトップを座って弾く時のフォームのままだ)



                         (写真:Gettyimages)

またクラシックギターの時もサムピックを使用する。
タレガ作曲「Recuerdos de la Alhambra(アルハンブラの思い出)」
や「Lagrima(涙)」もチェットはサムピックで弾き、原曲にはない
音を一箇所だけ入れる、という別解釈の遊びで余裕を見せる。


サムピックを付けた親指は弦に対し並行を保て、親指の疲労が少ない
人差し指〜薬指の可動範囲も広くなる。
強く弾かなくても音量を確保でき、低音部の音質をクリアに響かせる
ことが可能。低音部のミュートも指弾きより遥かに容易になる。

(指弾きに比べて細かなニュアンスが出しにくいいという理由で使用を
嫌うギタリストもいる)

チェットは「こんなに便利なモノはない。棺桶に入れて欲しいくらい」
と言っていた。(たぶん本当にそうしてもらったのだろう)





ナイロン弦ギターの使用についてチェットは「フラットトップギター
のライトゲージ弦は爪を痛めるため」と答えている。
サムピックで弾く6〜4弦の鳴りに負けないくらい、3〜1弦を人指し指
〜薬指で強くスチール弦を弾くと爪が傷ついたり割れるのかもしれない。

もちろんナイロン弦の温かみのある音がチェットは好きなのだろう。
カントリーだけでなく、ジャズ、クラシックラテン、ポピュラー、と幅
広げたいチェットにはナイロン弦の表現力の方が適していた



                           (写真:Gettyimages)


<チェットのナイロン弦ギターを堪能できるアルバム>

チェットのアルバムは「その時々のヒット曲、旬な曲を中心に様々な
アレンジで聴かせる」に力点が置かれ、アルバムのテーマやトーンが
明確でないことが多い。(特に1950年代〜1960年代は)

その中でナイロン弦ギターをたっぷり聴かせてくれる、あるいは全曲
ナイロン弦ギターというアルバムを選んでみた。



The Other Chet Atkins (1960)
全曲がナイロン弦ギターで演奏されたラテン系の曲で構成されており、
カントリー色がないユニークな作品となる。



https://youtu.be/kc7WN762c0w
↑クリックすると「The Other Chet Atkins」全曲が聴けます。




Class Guitar」(1967)
ラテン系(メキシコ、スペイン)の曲からクラシックまで、全曲で
チェットのナイロン弦ギター演奏が聴ける名盤。
ゆったりとした曲、メランコリックな曲が多い。演奏は高度である。



https://youtu.be/3CJGfNmqiUU
↑Manhã De Carnaval (Theme From "Black Orpheus")が聴けます。





<チェット・アトキンスが使用したナイロン弦ギター>

チェット使用のナイロン弦ギターはいろいろあるが判別が難しい。
クラシックギターはエレキと違って概ね似たような外観だ。


ホセ・ラミレスの最上位機種を所有していたが、「ラミレスは私にとっ
てはうるさいだけのギターだった」とインタビューで語っている。(1)
「ヘルナンデスはヘッドの形が醜いけどいい音がする」とも。


↓ヘッドの形が醜いのはこれか?




(ゴテゴテした装飾付きのヘッドはどのクラシックギターも同じだが)
たぶんスペインのホアン・エルナンデスのギターのことではないか。
(Juan Hernandez →スペイン語では最初のHは発音しない)



1970年代はスペインの工房ホアン・エストルッチ(Juan Estruch)
イエロー・ラベルをよく使用していた、という記載もある。
ジャケット写真にも登場しているらしい。


https://youtu.be/AuacVhzW0D8
↑量産モデルとは思えないくらいバランスの取れた明るい音。




1976年にTV番組「Pop! Goes the Country」(2)に出演した際は、
ジョン・ノウルズから借りたギターで「Vincent」(ドン・マクリーン
作曲)を演奏。



https://youtu.be/G_xG2fTfkXo
↑「Vincent (Starry Starry Night)」の演奏が観られます。
6弦をD、5弦をGにドロップしている。後半のハーモニクスが美しい。
使用してるのはジョン・ノウルズから借用したギター。




チェットは早くからナイロン弦ギターにピエゾ型ピックアップを取り
付け(生音とミックスして)レコーディングを試みている。
アルバム「Solo Flights」(1968)に収録された「Music To Watch 
Girls By(3)で聴くことができる。



https://youtu.be/lKDmuT3G-_c
↑クリックすると「Music To Watch Girls By」(1968)が聴けます。
さらっと弾いてるけどとても難しい。



Lover's Guitar」1969
Theme From "Zorba The Greek"、The Look Of Love、Cajita De Musica
 (Little Music Box)、Cancion Del Viento (Song Of The Wind)、
Estudio Brillante、La Madrugada (The Early Dawn)、The Odd Folks 
Of Okracoke、Recuerdos De La Alhambraとナイロン弦ギターによる
ロマンチックな曲が多く聴きやすい。





Alone」(1973)
タイトルどおりチェットのソロ演奏がたっぷり楽しめる名盤。
前半ナイロン弦ギター、後半エレキとパーカッションとタップだけ
The Clawはジェリー・リードの曲。ナイロン弦ギターの速弾きは圧巻。
Spanish Fandangoはスペインの優雅な舞踏曲。
Me And Bobby McGeeのみリゾネーターギター(後述)が使用された。


https://youtu.be/WYz_a5iVXqk
↑クリックすると「Alone」全曲が聴けます。



Me And My Guitar」(1977)
タイトル曲はジェイムス・テイラー作品。チェットの歌はご愛嬌
全曲ではないが、Cascade、All Thumbs、Vincent、Struttin'、
My Little Waltzとナイロン弦ギターの名演が聴ける。



https://youtu.be/H1JFjnG4RUo
↑クリックするとTV出演時の「Cascade」の演奏が観られます。
流れるような運指の速弾きには脱帽。。。




The First Nashville Guitar Quartet」(1979)
美人ギタリストのリオナ・ボイド、ジョン・ノウルズ、ジョン・ペル
とのクァルテット。






1980年頃からチェットはナッシュビルのギター・ビルダー、ポール・
マクギル制作のナイロン弦ギターを使用するようになる。

ポール・マクギルにもピエゾ型ピックアップ付きカッタウェイのナイ
ロン弦ギターの試作を依頼しており、これがナイロン弦ソリッドギター
への構想に発展する。




チェットはこのアイディアをグレッチに持ちかけるが「そんなギター
は誰も買わない」と相手にされず(グレッチは業績不振で新製品開発
の余裕がなかったのか)、エンドースメント契約を打ち切る。

代わりに契約したのはギブソンだった。
ギブソンはカーク・サンズをチーフとしチェットが描くナイロン弦ソリ
ッドギターを開発し、1982年には量産化する。



↑チェットの要望で通常のクラシックギターに見えるデザインを採用。
スプルース・トップにマホガニー・ボディー。
チェンバー(空洞)が設けられたとはいえかなり重量があった。




マホガニー・ネックのグリップ感は最高で、エボニー指板も弾きやすい。
L.R.Baggs社の6弦独立型ピックアップが直接サドルになっていた。
レスポンスに優れているが、サステインのコントロールが難しい。

ギブソンのChet Atkins CE Classical(4)ナイロン弦のソリッドボディ
という新しいカテゴリーを作り、大成功した。
楽器業界では「1980年以降のギブソン唯一のいい仕事」という評価
あるくらいだ。プロのミュージシャンも愛用している。




https://youtu.be/vlav47-gUSg
↑1987年のTVショー「A Session With Chet Atkins」より。
「Waltz For The Lonely」が観れます。





同じ1982年、長年籍を置いたRCAレコードを去り、コロムビアに移籍。
以降コロムビアから発売したチェットのアルバムは、ギブソンのナイ
ロン弦ソリッドギター、Chet Atkins CE Classicalと新たにギブソン
で開発したシグネチャー・モデル、カントリー・ジェントルマンが主に
使用されている。

(これによりグレッチはカントリー・ジェントルマン、ナッシュビル、
テネシアンなどチェット・アトキンス・モデルの名称を使えなくなった)


1990年代にギブソンから独立したカーク・サンズの工房のナイロン弦
ソリッドギターをチェットは愛用するようになる。





Almost Alone」(1996)
全曲チェットのソロ演奏
カーク・サンズのナイロン弦ソリッドギターがたっぷり聴ける。



https://youtu.be/8Aj5h_W2Xbg
 ↑1996年、TV番組Charlie Rose Showに出演。
 「Waiting for Susie B.」(5)をカーク・サンズのギターでソロ演奏。





<デル・ベッキオのリゾネーターギター>

チェットの音作りを特異なものにしてる、隠し味的なギターがある。
それがデル・ベッキオのディナミコ・リゾネーターギター(6)だ。

デル・ベッキオはブラジル・サンパウロの老舗ギター・メーカー。
リゾネーターギターが有名である。




チェット愛用のデル・ベッキオはロス・インディオス・タバハラスの
ギタリスト、ナト・リマからプレゼントされたもの。
1965年より使用し始め、以降ほとんどのアルバムで聴くことができる。



鼻が詰まったような、金属的なのに甘く温かみのある独特な音がする。
特別なセットアップが施してあるそうで、通常のデル・ベッキオを弾い
てもこういう音にはならない、とチェットは言っていた。



https://youtu.be/WE8RbumKkjo
↑「Hawaiian Wedding Song」でデル・ベッキオを弾くのが観れます


リゾネーターギターはボトルネック奏法に使用されるが、チェットは
ふつうのギターと同じように弾く。
左の指でグリッサンド、ベンディング、ビブラートを多用し、主に単音
メロディーを弾くリードギターとして使っていた。





アール・クルーはポール・マクギルにデル・ベッキオのようなリゾネー
ターギターをオーダーし、チェットにプレゼントしている。
が、知ってる限りチェットはデル・ベッキオを生涯愛用していたようだ。




https://youtu.be/K00_-KMTs1Y
↑チェットとアール・クルーの「Goodtime Charlie's Got The Blues」。
アール・クルーのアルバム「Magic In Your Eyes」(1978)に収録された。



<脚注>

(1)ラミレスはうるさいだけのギター

ホセ・ラミレスはステューデント・モデルでも鳴りがすごい。
楽器店で試奏してる時はいいが、家で弾くと出音が大きく疲れる。
コンサート・ギターなのだろう。


(2)「Pop! Goes the Country」
1974年から1982年にかけて週1回放送されたTVバラエティー番組。
毎週カントリーミュージックのゲスト(有名な歌手やミュージシャン
から新人まで)を迎えインタビュー、コメディー、演奏と歌を披露。
(放送時間はで30分弱)
ナッシュビルのライヴ会場、グランド・オール・オプリで収録された。


(3)「Music To Watch Girls By」(1968)
邦題は「恋はリズムにのせて」。
映画の「ウエストサイド物語」の音楽を手がけたシド・ラミンが、
1966年にダイエット・ペプシのCMソングとして作った曲。
アンディ・ウィリアムスが歌ったヴァージョンが有名である。

https://youtu.be/APOUBeDqsWU
↑ペプシのCMが観れます。
男が思わず見ちゃういい女。彼女はダイエット・ペプシでカロリーを
抑えてます。という内容。
撮影はワシントンD.C.の桜並木で行われた。


(4) Chet Atkins CE Classical
細いネックのCE Classicalと通常のクラシックギターと同じ52mm幅
ネックのCEC Classicalと2種類発売された。
尚、指板は途中からローズウッドに仕様変更された。
スチール弦用ソリッドギターGibson Chet Atkins SSTも発売された。


(5)「Waiting for Susie B.」
Susie B.はチェットが晩年育てたカントリーシンガー、スージー・
ボガスのことだと思われる。


(6)リゾネーターギター
日本ではドブロと呼ばれることが多いが、ドブロはメーカー名。
他にはナショナルのリゾネーターギターが有名である。


<参考資料:Chet Atkins / Me and My Guitars、Gruhn Guitars Inc.、
ザ・ギタリスト(音楽之友社 1998)、Wikiland、Wikipedia、
Gettyimages、YouTube、Hot'n Cool、他>

3 件のコメント:

  1. こんにちは。

    Gibson Chet Atkins CEって面白いギターですね。
    クラシックギター(C)みたいなエレキギター(E)?
    アコギ風のソリッドボディって珍しいですよね。
    (コンセントの様な箇所は何を差し込むところなのでしょうか?)
    察するにチェットさんってアコギの空洞で生じるノイズやハウリングが
    嫌いだったんだろうなと。

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  2. 縞梟 さん

    >コンセントの様な箇所は何を差し込むところなのでしょうか?

    回転式のコントロール・ノブです。ボリュームとトーン。
    正面から見えないこのデザイン処理は秀逸です。
    ショルダーにあるのですごく使いやすいです。
    この、ギターは以前持ってました。
    重いのなんのって。ストラップ付けて立って弾くのは無理。
    ボディーが大きい板だから膝の上でゆらゆら安定しない。


    >察するにチェットさんってアコギの空洞で生じるノイズやハウリングが
    嫌いだったんだろうなと。

    人一倍ハウリングには気を使っていたと思います。
    多人数の編成の時、大きな音を出せないし。
    (1977年頃はPAがあったとはいえ、後年ほど優れていない)
    ふつうのナイロン弦はソロ、デュオ、ドラムなしの小編成の時だけでした。

    クラシックギターの音を再現しようという試みではなく、まったく別物
    として割り切っていたんだと思います。

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  3. こんにちは。
    コントロール・ノブでしたか。
    もしアンプに接続するコードや電気コードだったら設計ミスのような
    邪魔さ加減で、実際どうやって弾くんだろうといらぬ想像をしてしまいました(苦笑)

    ハウリングといえばディスト―ションなどのエフェクターが一般的でなかった頃
    アコギのあの空洞の中にギターマイクを固定して、大きなハウリングと
    ノイズの爆音を出していたのが遠藤賢司さんです(笑)

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