あの日のあの曲。お気に入りのアルバム。いろいろな音楽にまつわるエピソードや思い出を、ジャンルを問わず徒然なるままに書きつづります。(ブログのタイトルは故大瀧詠一氏へのトリビュートの意味をこめてつけました)
2014年12月30日火曜日
クリスマスはまだ終わらない。
世間では25日が過ぎるとさっさとツリーを片づけて門松を準備したりしてる。
僕はクリスマスが終わっても年の瀬までクリスマスアルバムを聴くのが好きだ。
ということで、僕のお気に入りのクリスマス・アルバム、ベスト5!
シナトラ・ファミリーのクリスマス。(1968年)2009年CD化。
家族全員で歌う「グリーンスリーブズ」はとろけそう。
(写真をクリックするとYouTubeで聴けます)
特にフランクとナンシー親子のデュエットは白眉もの。
フランク・シナトラは神様から特別な声をもらった一人なんだなあ。
フィンガーピッキングの名手ミュリエル・アンダーソンがハープギターで
奏でる静謐なクリスマス。(2007年)
(写真をクリックすると試聴ページが開きます)
ミュリエル・アンダーソンとジャン・フェリックス・ララーンの共演。
二人ともチェット・アトキンスの流れを汲むフィンガーピッキング・ギター
奏者である。(1995年)
選曲もアレンジもいいし、控えめな二人の演奏は安心して聴ける。
僕にとっては愛犬と一緒に聴いた思い出がある特別なアルバム。
(写真をクリックすると試聴ページが開きます)
カントリー系の実力派ギタリスト&シンガーソングライター、スティーブ・
ウォリナーのクリスマスアルバム。(1992年)
日本では、いやアメリカでもナッシュビル以外ではあまり知られていないかも
しれないがバランスの取れたすばらしいアーティストだ。
歌声も艶やかで歌唱力もある。
(写真をクリックするとYouTubeで聴けます)
ちなみにこの曲はこの人のオリジナル。
ハワイアンスラッキー・ギターのクリスマス。和みます。
ウイリアム・アッカーマンが作ったスラッキー専門レーベル、Dancing Cat
から出ていたアルバム。(1992年)
ハワイ語で歌われる「きよしこの夜」は絶品!
(写真をクリックするとYouTubeへ。「きよしこの夜」は48'42"から)
2014年12月25日木曜日
毎日がクリスマスなら。
クリスマス・アルバムの名盤4枚を挙げるなら、ビーチボーイズ、エルヴィス、
ベンチャーズ、フィル・スペクターと萩原健太氏(たぶん)が書いていた。
同感である。フィルス・ペクターは持っていないけど。
エルヴィスの「毎日がクリスマスなら」は我が家では定番のアルバムだ。
ポップアップはエルヴィスの豪邸グレースランドを再現したもの。
今年はちょっとびっくりするものを発見した。
エルヴィスがBlue Christmasをデュエットしている映像だ。
エルヴィスがライブに復帰するきっかけとなった伝説の1968年のTVショー、
「カムバック・スペシャル」(視聴率は32%)でのシットダウン・ショーと
呼ばれるシーンだ。
エルヴィスがお馴染みのスコッティ・ムーア、DJ ・フォンタナと一緒に顔を
突き合わせくつろいだ雰囲気で演奏する、アンプラグドの先駆けとも言える
ようなセッションである。
しかし女性シンガーが一緒に歌うシーンは見たことがない。
今まで未発表のアウトテイクか?
と思ったら、CGによる合成だそうだ。
カントリーのシンガーソングライター、マルティナ・マクブライドがあたかも
セットに登場する演出はみごと!
映像処理もオーディオ的にもぜんぜん違和感ない。
何でもできちゃう時代なんですね。
天国のエルヴィスからの嬉しいクリスマス・プレゼントでした。
2014年12月20日土曜日
ビートルズのやっつけクリスマス・ソング。
意外なことにビートルズはクリスマス・レコードを出していない。
ファンクラブ会員には1963年から1969年までソノシートを配布していた。
内容は4人の他愛ないおしゃべり、クリスマス・メッセージと即興の歌。
1967年には珍しくオリジナルのクリスマス・ソング「Christmas Time Is
Here Again」も録音されソノシートに収録された。
これは1995年のAnthologyプロジェクトの際、Free As A Birdのシングル盤に
めでたく収録された。
1968年と1969年のクリスマス・レコードは不仲になっていたせいか4人が
揃うことなく各々ばらばらに録音している。
ポールは1968年と1969年それぞれ書き下ろしなのか即興なのか?弾き語り
の曲を披露している。
特に1969年のA Merry Merry Christmasはかっこいい!
この人は力を抜いてさらっとやっつけで作った曲の方がいいんだよね。
2014年12月16日火曜日
水車はあの日のまま唄っている。
ガロのマークこと堀内護さんが亡くなった。
今ごろ天国でトミーと仲良くセッションでもやってるのだろうか。
僕は和製フォークをあまり聴かなかったが吉田拓郎とガロは大好きだった。
両方ともジメジメ貧乏くさくないのと洋楽の匂いがするのがよかった。
ガロにはいい曲がいっぱいあるが一番思い出深いのは「水車は唄うけど」だ。
これはガロのオリジナルではなく山上路夫/すぎやまこういちの作品である。
レコード会社の意向で歌謡曲の作家に頼ることになった(本人たちとしては
いささか不本意だっただろう)2枚目のアルバムに入っている。
それでもアコースティックの美しいアレンジに仕上げているのはさすがだ。
ピアノは大野克夫氏が弾いている。
↓写真をクリックすると試聴できるページに飛びます。
高校3年の春だったと思う。
友人と僕は放課後、誰もいない古びた講堂でこの曲を録音した。
いくつか音が出ない鍵盤のあるくたびれたピアノを僕が弾き友人が歌った。
ソニーのカセットレコーダーで録音し、家に帰って生ギターでリフを重ねた。
演奏はたどたどしい。ノイズも多い。
充分な機材もないから多重録音といっても左右の泣き別れである。
残響が多い講堂とデッドな僕の部屋で録った音では違和感もある。
それでも僕たちは喜んだ。その録音はいまでも残っている。
9年前に今では遠く離れたその友人が遊び来てくれた。
僕たちはギター2台で「水車は唄うけど」と「四葉のクローバー」をやった。
つかの間だけど僕たちは高校生に戻った。あの日のままだった。
2014年12月11日木曜日
夜明けはいつものうす茶色、始発電車が走ってく。
学生の頃、吉祥寺に住んでいた。
終電に乗り遅れるとタクシーで帰るお金もないから、深夜喫茶でまずいコーヒー
とこれまたまずいロールケーキで始発電車まで時間をつぶしたものだ。
吉田拓郎の「おはよう」を聴くとその頃のことを懐かしく思う。
「うす茶色、始発電車」は中央線のこと。本当はくすんだオレンジ色かな。
夜明けはいつものうす茶色 始発電車が走ってく
今ごろホームでは働きものの酔っぱらいが目覚めてる
光に眉をくすぐられて
おはよう! 死んだふりはやめなさい
おはよう! 生きていくのが下手な男たち
(作曲:吉田拓郎 作詞:岡本おさみ)
この曲は「今はまだ人生を語らず」というアルバムに入っていたのだが、
廃盤のままである。
1曲目の「ペニーレインでバーボン」に差別的表現があるためらしい。
原宿でバイトをしてた頃はペニーレインにもよく行った。
バーボンを飲むのは隣のライムライト(同じ経営)だったけど。
※写真は当時走っていた101系車両。
(僕は鉄道マニアではないのでよく分らないけどこれには愛着がある)
混色編成http://www.konshoku.com/からお借りしました。感謝です。
※写真をクリックすると「今はまだ人生を語らず」の試聴ページが開きます。
2014年12月7日日曜日
笑う歌姫。
パッと見は、胸の大きなケバいコテコテおばさん?と思うかもしれないけど。
ドリー・パートンはアメリカのカントリー・ミュージックの第一人者であり、
女優でもあり(映画「9時から5時まで」)、優れたシンガーソングライター
である。
オリヴィア・ニュートンジョンで大ヒットした「Jolene」も、ホイットニー・
ヒューストンの「アンナ〜ウア〜♪」の熱唱が有名な「I Will Always Love You」
もこの人の曲なのだ。
僕は2曲ともドリー・パートンのオリジナルの方が好きである。
彼女の声、歌い方が好きだ。
ドリー・パートンはよくキャハハとかフフッとか歌いながら笑う。
聴いてる方もなんだか楽しくなる。
写真は1994年にテネシー州にある彼女のテーマパーク、Dollywoodで録音された
ライブ・アルバム。
マーチンの小ぶりな00-21が彼女によく似合っている。
写真をクリックするとドリー・パートンと僕の大好きなチェット・アトキンスが
楽しそうに共演している動画のページに飛びます。
2014年12月2日火曜日
マイケルは好きですか?
と訊かれたら、たぶん「いいえ」か「あまり」だろう。
すごく大雑把に言うなら。
好きだった時期もあるのだ。
僕が好きでよく聴いたのは1979〜1983年のマイケル・ジャクソン。
アルバム「オフ・ザ・ウォール」と「スリラー」の頃だ。
「オフ・ザ・ウォール」はクインシー・ジョーンズをプロデューサーに
迎え、マイケルは曲作りやアイディアでも貢献している。
クインシー・ジョーンズは黒っぽさとコンテンポラリーな要素のバランス
感覚というか、さじ加減が絶妙だった。
いわゆるブラコンの走りである。
「Don't Stop 'Til You Get Enough」「Rock With You」は大好きだった。
PVにはぜんぜん金がかかっていない。
マイケルのステップも自由だ。でもめちゃくちゃかっこいい。
(この後は計算され尽くした振り付けになってしまった)
それにこの頃のマイケルは実にいい顔をしている。(整形する前だ)
本人も「オフ・ザ・ウォールを作っていた頃が楽しかった」と言っている。
「オフ・ザ・ウォール」の成功で次のアルバムに期待が集まるのは当然だ。
マイケルとクインシーにはプレッシャーになったらしい。
しかし次の「スリラー」でマイケルは自身の記録を破ることになる。
「スリラー」はさらにアワーアップしていた。
ヴァン・ヘイレンをリードギターに起用した「Beat It」、ムーンウォークが
話題になった「Billie Jean」、そして「Thriller」のゾンビ・ダンス。
MTVはマイケルのPVを流し続けた。
もはや社会現象。マイケルは怪物になってしまった。
整形に伴い、黒っぽさも彼の音楽からだんだん薄れて行ったように思う。
黒すぎるのも苦手だけど上塗りしすぎのブラックミュージックもつまらない。
「オフ・ザ・ウォール」のさじ加減が僕にはちょうどよかった。
1987年にマイケルが来日した時は後楽園球場に見に行った。
最初は喜んでいたのだが、途中から飽きてしまった。何か違うのだ。
最初から最後までプログラムされたショーでマイケルの動きも秒単位で決め
られ、彼はそれを正確にこなしていた。
「オフ・ザ・ウォール」で自由に動き楽しそうだったマイケルではなかった。
それ以降、僕はマイケルから離れた。
マイケルは好きですか?と訊かれたら。。。。、
たぶん「いいえ」か「あまり」だろう。好きだった時期もあるけどね。