2026年8月30日日曜日

カントリーの女王、ドリー・パートンの安らかな眠りを願う



ドリー・パートンが8月25日にテネシー州ナッシュビルで死去した。享年80歳。
腎臓結石と自己免疫系の治療を受け、最後は癌との闘病で亡くなったそうだ。



<ドリー・パートンの功績>

ドリー・パートンは13歳でデビュー。
60年以上にわたって3000曲以上を手掛けた。
70枚以上のアルバムをリリース。全世界で1億6000万枚以上の売り上げを記録。

史上最も売れた女性カントリー・シンガー&ソングライターであり、「カントリー
の女王」としてアメリカ国内はもちろん海外でも親しまれていた。






女優としても活躍している。
1980年の映画「9時から5時まで」ではジェーン・フォンダと共演。
1989年の「マグノリアの花たち」ではジュリア・ロバーツやサリー・フィールド
、シャーリー・マクレーンと共演した。






<ドリー・パートンとチェット・アトキンス>

日本でドリー・パートンを知っている人は多くないだろう。
かなりニッチな層なのかな。僕も含めて。


僕がドリー・パートンを知ったきっかけは、チェット・アトキンスである。
2人ともRCAレコード所属(1)で、カントリー・ミュージックの大御所だ。
ナッシュビルに居住し、ナッシュビルで活動し続けた点も同じ。





2人は仲良しで、TVやコンサートで共演することも多かったようだ。
でも共演の公式録音は(僕が知る限り)1976年のこの曲だけ(2)だと思う。

チェットのギターだけというシンプルな伴奏で、くつろいだ雰囲気で楽しそう
に歌ってる。(時々、笑い声なんかも入ってる)

Chet Atkins & Dolly Parton - Do I Ever Cross Your Mind 




↑これはBlack Smoke's a-Risin'という曲を演奏しているところ。



↓このライヴでは同曲を後半、超高速で演奏。おふざけが大好きらしい。
45回転のレコードを78回転で再生した音を再現してるそうです(笑

Do I Ever Cross Your Mind Live at The Dolly Show 1977





<誰もが知ってるあの歌が!ドリー・パートンの名曲とは>

ドリー・パートンは素晴らしい歌手でエンタテイナーであると同時に、優れた
作詞・作曲家でもあった
女性シンガー&ソング・ライターの先駆けと言ってもいい。



↑赤いバンダナ柄のウエスタン・シャツの裾を無造作に結ぶ。
ナッシュビルでは今もカントリー・スタイルの女性を見かけるんでしょうか・・・



たとえばオリヴィア・ニュートン=ジョンが1976年にヒットさせたJolene
ドリー・パートンが1973年に発表した楽曲で、本人の歌もカントリー・チャート
1位を獲得している。
ビヨンセ、マイリー・サイラスも後年カヴァーした。








そして誰もが聴いたことがある「エンダァァァァァ」のあの曲。
1992年の映画「ボディガード」の主題歌「I Will Always Love You」は翌年に
かけ全米シングルチャートで14週連続ナンバー1を記録した。
日本のオリコン洋楽シングルチャートでも、27週連続1位を獲得した大ヒット曲だ。

主演を務めたホイットニー・ヒューストンの持ち歌と思っている人が多いのではないか。
実は違う。





ドリー・パートンが1973年に発表したアルバムに収録されていた楽曲で、彼女自身
よる作詞作曲である。翌1974年6月にアルバムからの2枚目のシングルとして発売
され、米ビルボード誌のカントリーチャートで1位を獲得している。
(先に紹介したDo I Ever Cross Your MindはシングルB面曲だった)




<ドリー・パートンの曲が映画主題歌に選ばれた経緯>

映画「ボディガード」の主題歌候補は当初、音楽担当プロデューサーのデヴィッド・
フォスターによって別な曲が用意されていた。
しかし、ホイットニーはその曲に納得しなかったという。

映画の共演者ケヴィン・コスナーの勧めでI Will Always Love Youを聴いたホイ
ットニーは気に入り、これだ!と確信する。





ケヴィン・コスナーがホイットニーに聴かせたのは、ドリー・パートンのオリジナル
ではなく、リンダ・ロンシュタットによるカヴァーだった。
(コスナーは同曲が収録されたリンダのアルバムを愛聴(3)していた)



I Will Always Love You - Linda Ronstadt

Dolly Parton - I Will Always Love You - 1974





フォスターはすぐドリー・パートンに連絡し使用許可を求める。
ドリー・パートンは快諾。
リンダのカヴァーではVerse3(3番の歌詞)が歌われていないことを指摘。
その上でホイットニーのために、ドリー・パートン自ら歌詞の一部を加筆修正する。






ホイットニー版「I Will Always Love You」はデヴィッド・フォスターのアレンジ
とプロデュース手腕によって、ドラマチックなバラードに仕上がった

ホイットニーのファルセットに続くテナーサックス・ソロも効果的だ。
後半の転調後の展開は、さらにスケール感が重厚である。

I Will Always Love You - Whitney Houston






この曲はホイットニーのアカペラで始り、静かにオケが入る。
アカペラを強く押したのは曲の推薦者でもあるケヴィン・コスナーだった。
フォスターは反対したが、最終ミックスを聴いて納得したという。



「ボディガード」のサウンドトラック盤は、1994年の第36回グラミー賞で「最優秀
アルバム賞」「最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス(女性)」を受賞
シングルカットされた「I Will Always Love You」は世界中で2400万枚以上を
売り上げ、ホイットニー最大のヒットにして彼女の代表作となる





ドリー・パートンのオリジナル、リンダのカヴァー、ホイットニーのカヴァー。
あなたはどれが好きですか?
僕はドリー・パートンが切々と静かに歌うカントリー・バラードが好きです。
ホイットニーのは大袈裟すぎて・・・(個人的感想です)




<エルヴィスに歌わせなかったI Will Always Love You>

実はパートンが「I Will Always Love You」をヒットさせた後、エルヴィスから
この曲をカヴァーしたい(いかにも歌いそう)という申し出があった。
しかしマネージャーのトム・パーカー大佐から出版権の半分を譲渡することが条件(4)
言われ、パートンは拒否した。

エルヴィスはこの曲の録音を諦め、ドリー・パートンはその後何年にも渡って同曲の
印税を得た上、1982年の再リリースの際にもカントリー・チャートで再び1位を獲得。
さらに「ボディガード」主題歌の世界的大ヒットで、パートンは莫大な印税を手にする
彼女はそれを慈善活動や寄付(5)に充てた。





エルヴィス側の話に乗っていたら、その後の流れは変わっていたかもしれない。
運命と決断とは不思議である。




<ドリー・パートンの死を悼むメッセージ>

訃報を受けて、ドリー・パートンと親交のあった多くのアーティストたちが追慕、
惜別の念をソーシャルネットワークで綴っている。
テイラー・スウィフト、ビヨンセ、ミック・ジャガー、ロッド・スチュワートなど。
一緒に活動していた時期もあるリンダ・ロンシュタットは喪失感を伝えた





ポール・マッカートニーはインスタグラムに1974年の初対面時の写真を投稿して、
こう綴っている。いい文章なのでほぼ全文紹介しよう。


偉大なるスターのドリー・パートンが亡くなった知り、本当に悲しいです。
本当に素晴らしい女性でした。
とても快活で生命力に溢れていた女性なので、亡くなったというニュースをなかなか
受け入れられません。
彼女の作曲力、その歌声、慈善活動はカントリー・ミュージック界において比類なき
もので、ドリー・パートンのいない世界で生きていくことなど想像もつきません。
彼女は非常に聡明なビジネス・ウーマンであり、自身の音楽の価値(6)、そして何より
自分が世界中の人々に与える影響力を理解していました。(中略)



↑1974年の写真。左からポール、リンダ、ドリー・パートン、ポーター・ワグナー。
手前は次女メアリー、長女のヘザー。ステラ・マッカトニーはまだ生まれていない。


一緒に「Let It Be」を歌えた(7)ことは私にとってとても光栄なことでした。
彼女と知り合えたことを誇りに思います。そのユニークな才能を尊敬しています。
私や世界中に素晴らしい音楽を届けてくれたドリー・パートンに感謝しています。
いつまでもあなたを愛し続けるでしょう(We will always love you)。
神の御加護を、安らかに。あなたは最高でした。




<脚注>

2026年8月1日土曜日

待ちに待った「ラバーソウル」2026リミックスがやっと発売。



<アンソロジー優先で一年遅れとなったラバー・ソウル>

心待ちにしてた「ラバー・ソウル」リミックス盤の発売(10月2日)が発表された。
オリジナル盤は1965年。本来なら昨年、60周年記念盤として発売されるべきだ。

ところがアンソロジー30周年が優先されて立ち消えになったらしい。
ビートルズの歴史を総括し、未発表音源を初お披露目という企画だったわけだが、
そのアンソロジーから既に30年経過してる、という事実に改めて驚く。


1995年にアンソロジー企画の目玉として、ジョンの遺作のデモテープを生存してた
3人が完成させ3つの新曲を発表することになっていた。
Free As A BirdとReal Love2曲はうまく行ったが、残りの1曲Now And Then
は頓挫しお蔵入りになる。

1995年の技術では分離できなかったカセットテープのジョンの声が現在のAIデミッ
クス(1)を使えば可能だ。
であればFree As A BirdとReal Loveもやり直せる、断念したNow And Then
なんとか完成させたいポールの執念もあり、アンソロジー企画優先に働いたという
事情もあるだろう。


↑1965年当時のLP出荷前の最終確認


アンソロジーとラバー・ソウルが同年発売だったとしても、買う人は両方買う。
しかし、アップルとユニバーサル・ミュージックの市場分析と意思決定は違った。

「ラバー・ソウル」リミックス2025はどうなる?延期か?無くなるのか?
CDの新譜がほとんどなくなった昨今、今までのようなパッケージ販売は無理か?
多くのファンが心配していたはずだ。2ヶ月後に発売の朗報が入りホッとしている。




<ビートルズ中期の名盤「ラバー・ソウル」の重要性>

「ラバー・ソウル」はビートルズの進化における転換点となった重要な作品だ。
楽曲制作、使用楽器、レコーディング技法において、従来のポップミュージックの
慣習を超え、冒険的なアプローチを試みた野心作といえるだろう。

1曲1曲の完成度が高いだけでなく、アルバム全体として統一された色に彩られた
芸術性の高い、見方によっては長編作品でもあり、後にコンセプト・アルバムと
称される形式の作品の先駆けとなり、高く評価されている。





ブライアン・ウィルソンは「ラバー・ソウル」に触発されて「ペット・サウンズ」
を制作し、ビーチボーイズの新しい音楽性を開拓した。(2)

「ラバー・ソウル」はさらに革新的な次作「リボルバー」への起点となった。(3)
そして世界中を驚かせた「サージェント・ペパーズ」へと続く。


「ラバー・ソウル」は1965年10〜11月の2ヶ月間で制作されている。
2〜5月に映画「ヘルプ!」の撮影、その合間を縫ってアルバム「ヘルプ!」の制作、
8月には全米ツアー、と4人は忙殺されていた。

ヒットメーカーのレノン=マッカートニーもさすがに曲作りの時間が取れない。
アルバム14曲分を揃えるのは難しかった。
そのためジョン曰く「穴埋め」的なやっつけの曲(4)や「ヘルプ!」でボツにした
(5)の再利用でなんとか体裁を整えている。





それでもアルバムを通して聴くと完成度が高いと感じるのは、名曲が多いのと
平均点以下でもいい曲に仕上げてしまう4人のアレンジ・演奏力、つまり時代を
制したビートル・マジックなのかもしれない。


1曲目のDrive My Carのど迫力、グルーヴ感でまず圧倒されるだろう。
Michelle、Girlはとことん美しく切ない
Norwegian Wood、In My Life、Nowhere Man、と内省的な名曲が多い。
I'm Looking Through Youはポールの軽快なカントリー・ロック。
If I Needed Someoneはジョージの代表曲の1つとなった。






<「ラバー・ソウル」では使用楽器も新たに追加される>

ポールはリッケンバッカー4001Sベースを使用するようになる。
Michelleではルート外しのベースラインを披露。ベースの新境地を開く。
この曲ではアコギ(エピフォンFT-19Nテキサン)も弾いている。



↑エピフォンFT-19Nテキサンの5フレットにカポ。
Michelleを弾いてると思われる。



↑リッケンバッカー4001Sを弾くポール。5フレットにカポを付けている。
VOXのアンプに立てかけてあるのは、ジョンのフラマス12弦ギター。


ジョージは初めてNorwegian Woodでシタールを弾く。
お馴染みのグレッチ、リッケンバッカーの12弦に加え、ストラトキャスター、
エピフォン・カジノ、ギブソンES-345TDと音のバリエーションが増える。

ジョンは愛器ギブソンJ-160Eと前作「ヘルプ!」でも使用したフラマスの12
弦ギターを弾いている。

リンゴはラディックのドラムセットだが「フォー・セール」からバスドラム
の口径が22インチと大型化している。



↑アビイロード第2スタジオ。ラバーソウルで使用した楽器が並んでいる。




<「ラバー・ソウル」リミックス切望の理由>

「ラバー・ソウル」は最もリミックスが期待されるアルバムと言っていい。
オリジナルのステレオミックスは左チャンネルに演奏、右チャンネルにボーカル、
極端な左右泣き別れで、とても不自然だった。

ステレオ盤をモノラルのプレーヤーで再生した時にバランスよく聴こえるように、
とジョージ・マーティンが判断したためらしい。(6)
また一体型のコンソールで左右のスピーカーがあまり離れていないステレオシステム
でも、左右泣き別れの方がステレオ感を味える、という判断もあったのではないか。





1986年に初CD化された際、ジョージ・マーティンによってやや中央よりのミック
スに修正。それでも不自然な左右泣き別れは踏襲されている。
LP時代との違和感がないように、という配慮だったのだろう。

2009年にビートルズ全アルバムがリマスターされるが、「ラバー・ソウル」は
1986ミックス、1965当時のミックスの両方が収録(以前として不自然)。



今回の2026リミックスについては、プロデューサーのジャイルズ・マーティン
とエンジニアのサム・オケルによって、マスタリング以前の音源まで遡り、AI
デミックス(1)も駆使し新しいステレオミックスが行われた。


The Beatles - Rubber Soul (Pre Order Ad)




 

<「ラバー・ソウル」への思い入れ>

「ラバー・ソウル」は初めて買ったビートルズのLPだった。

中学生のお小遣い事情では、なかなか2000円のLPをポンと買うことができない。
僕たちはシングル、コンパクト盤の収集から始め、持ち回りで「まだ聴いてない
LP」を買ってはカセットテープに録音して聴いていた。

僕が買った「ラバー・ソウル」は国内盤だった。
東芝音楽工業(後の東芝EMI)から発売されたものでレーベルはオデオン。(7)





解説書には「ラバー・ソウルは若者の移ろいやすい心、ゴムのようなはずむ心」
を表している」と書いてあった。大嘘だった。

1965年当時、ローリングストーンズのことを黒人のブルースマンが「プラスチッ
クソウル」と揶揄したのをポールが気に入ってよく口にしていた。
「ラバー・ソウル」はそれをもじったものだ。


収録曲の邦題を見て、どの曲か分からず一瞬迷う。今は英題がスタンダードだ。
「嘘つき女」って何だ?「君はいずこへ」ってどれのこと?


Side A 
ドライヴ・マイ・カー  Drive My Car
ノルウェーの森  Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
ユー・ウォント・シー・ミー  You Won't See Me
ひとりぼっちのあいつ  Nowhere Man
嘘つき女  Think For Yourself
愛の言葉   The Word 
ミッシェル  Michelle

Side B 
消えた恋 What Goes on
ガール   Girl
君はいずこへ I'm Looking Through You
イン・マイ・ライフ  In My Life
ウェイト  Wait
恋をするなら If I Needed Someone
浮気娘 Run For Your Life






「ノルウェーの森」はすばらしい邦題だが、実は誤訳(8)

森なら複数形のWoodsのはずだ。
Norwegian Woodは内装や家具に使う安価なノルウェイ産の松材のこと。
当時ロンドンでは、労働階級のアパートに使われる安い木材だったらしい。

でも「ノルウェーの森」というタイトルは(たとえ誤訳でも)、「鬱蒼とした
北欧の森」をイメージさせ、なんだか意味深でいいですね。




<「ラバー・ソウル」2026の発売形態>

1CD デジスリーヴ入り+20ページのブックレット付き

スペシャル・エディション 2CD  
Disc2は未発表のセッション録音やデモ音源、シングル 16曲



スペシャル・デラックス・コレクション 4CD
88ページのハードカバーブック付き
Disc2は未発表のセッション録音やデモ音源、シングル 23曲
Disc3はオリジナル・モノ・マスター
Disc4はオリジナル・キャピトルUS盤(収録曲が英国盤と違う)(9)



Blu-ray(スペシャル・エディション)
2026アトモス・ミックス
2026ステレオ・ミックス 96kHz/24bit PCM
デイ・トリッパー/恋を抱きしめよう ビデオ各2ヴァージョン

ヴィニール盤は5LP+7インチシングル2LPLPで発売。
カラーLP(オレンジ)もHMV、タワーレコード限定で発売。






<未発表のセッション録音やデモ音源>

スペシャル・エディション(2CD)の16曲で充分かな。
バッキングの演奏がほとんどで、あまり目玉はないように思う。

1. Day Tripper (Songwriting work tape)
2. Day Tripper (2023 mix)
3. We Can Work It Out (Paul’s demo)
4. We Can Work It Out (2023 Mix)

5. Wait (Take3 instrumental backing track)
6. Run For Your Life (Takes1-5 instrumental backing)
7. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)(2nd.ver.Take2)
8. Drive My Car (Takes1&2 instrumental backing track)
9. If I Needed Someone (Take1 instrumental backing)
10. In My Life (Take1)
11. Nowhere Man (2nd.version Take5 inst. backing)
12. Michelle (Take1)
13. What Goes On (Take1 instrumental backing track)
14. I’m Looking Through You (2nd.version Take3)
15. The Word (Takes 1&2 instrumental backing track)
16. Girl (Take2 instrumental backing track)





Day Tripperのワークテープ?は何だろう(ワクワク!)
We Can Work It Outのポールのデモはブートで出回っていた。
Norwegian Wood Take2は最終形に近いが、キーが低く怠い雰囲気。

In My Life (Take1)はアンソロジー4に収録済み

Nowhere Manの演奏とコーラスも、アンソロジー4に収録済み
I’m Looking Through You Take3は初音源?

Michelle (Take1)が公開された。既に美しい。ほぼ最終形。



スペシャル・デラックス・コレクション(4CD)のDisc2に収録される
ジョンのデモ「Little Girl」は初登場音源のようだ。
興味があるが、たぶん数回聴けば納得〜という程度ではないかと思う。
Run For Your Life の原型の可能性もある。





<脚注>

2026年5月1日金曜日

ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ランを見て(私的雑感)



「マン・オン・ザ・ラン」はビートルズ解散後のソロ活動〜ウイングス結成〜解散
までポール・マッカートニーの軌跡を辿るドキュメンタリーである。

MAN ON THE RUNがポールの最高作の誉高いアルバム、Band On The Runの
捩りであることは、彼のファンならすぐピンと来るだろう。

直訳すると「逃走中の男、忙しく動き回る男」(1)で、ポールの性格を考えると
後者の意味も含まれているような気がする。


ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン 予告 プライムビデオ



<作品の概要>

監督はモーガン・ネヴィル。
アメリカの映画プロデューサー、監督、脚本家で、マディー・ウォーターズ、
ジョニー・キャッシュ、スタックス・レコードのドキュメンタリーでグラミー賞
にノミネートされたことがある。
渋めの作品を作る人だが、なぜポールがこの人に依頼したのかは謎。

キービジュアルの写真でポールがダルメシアンを飼ってたことを初めて知った。
もしかしたら今まで知らなかったポールを見れるかも?とちょっと期待。

甘かった。





「マン・オン・ザ・ラン」は既視感の強い、目にタコ?の見たことがある映像を
駆け足でコラージュした薄っぺらく深みのない作品、という感想を抱いた。
それこそ、MAN ON THE RUNである。

ポール本人、リンゴ、ショーン・レノン、エルトン・ジョン、なぜかクリッシー
・ハインドらのインタビュー音声が使われるが、本人たちは出演しない。

制作総指揮はポール。つまりポールの意向が反映されているということ。
映像はストック動画素材だけで作れ、自分も含め現在の映像は使うな、という
オーダーだったのか・・・



<「WINGSPAN」との違い>

2001年に2枚組CDと一緒に制作された映像作品「WINGSPAN」(夢の翼〜
ヒッツ&ヒストリー)の方がよっぽど楽しめた。





監督のアリステア・ドナルドはポールのシングル、The World Tonightの
安上がりなプロモ・ビデオを手がけたことがある。
2001年時点でドナルドはポールの次女メアリー・マッカートニーの配偶者だった。
プロデューサーはポール名義だが、メアリーがプロジェクトを仕切っていたのでは
ないかと思われる。

「WINGSPAN」ではメアリーがポールにウイングスのこと、亡き母リンダのこと
やアルバム制作時のことなどを訊き、ポールが答えギターで実演してみせる。


Paul McCartney Talks Songwriting with Mary McCartney 
- Rare Wingspan Extra 2001



最初のソロアルバム「McCartney」のジャケットはリンダが撮った写真で「ジャ
ケットの中の赤ちゃんがお前だよ」とか、親子の会話がよかった。





「マン・オン・ザ・ラン」ではメアリーとステラのインタビュー音声は聞けるが、
本人たちは出演していない。印象的な話もなかった。
歴代のウィングス生き残りメンバーのインタビューがあってもよかったのに。



<レアだと思ったシーン>

目新しさという点では収穫のない作品だが、目(耳)を惹く部分も少しあった。

一つは1973年にジョンがアラン・クレイン(3)を解雇した直後に英国のTV局、
ITNの政治・時事番組「Weekend Television」のインタビューに答える映像。
ジョンは「ポールが正しかった」と素直に認めている(4)






もう一つは1974年にビートルズの法的な争いがようやく終結し、解散が正式に
認められた時の映像。
複数の書類にサインするポールとジョージが映っている。2人とも嬉しそう。
(リンゴは既にサイン済み、ジョンは後日フロリダでサインした)



↑右奥でジョージがサインしてる。



最後の一つは、ウイングスのメンバーたちの報酬についてのポールの発言
僕は経理じゃないから知らない。要望があるなら自分で交渉すればいいんだ
と突き放すように言っている。

いかにもポールらしい。自分さえ良ければいいという金銭感覚。
ビートルズ時代も自分だけロイヤリティを高くするよう交渉していた。(5)
この時も他メンバーの非難に「自分で交渉すればいい」とどこ吹く風。



ウイングスのメンバーたちは固定給で雇われていた
レコードが売れても、楽曲と原盤のロイヤリティはポールとリンダにだけ入る。
作曲のクレジットに入らない限りは(つまり共作名義の曲じゃないと)。





ただしライヴの収益はメンバーたちに配分される。
ウイングスが売れて全米ツアーをしていた時期はメンバーたちも潤っただろう。
しかし最初にバスで英国内の大学を回ってた頃はボランティアみたいなものだ。
リンダが妊娠する度にツアーは延期メンバーたちの生活は困窮した。(6)

ウイングスのメンバーが頻繁に変わるのは、ポールのワンマン体制のせいだけ
ではなく、報酬への不満もあった・・・と思う。






<MAN ON THE RUNで語られるビートルズ解散後のポール>

ジョンの脱退宣言(表面化しなかったが)、ビートルズの事実上解散でポール
はうつ状態に陥り、酒浸りに。
ロンドンを離れ、妻リンダと共にスコットランドの農場に引きこもる。



↑リンダの横にいるのは羊ではなくオールド・イングリッシュ・シープドッグ
のマーサ。Martha My Dearで歌われているのはこの子です。


何かできることをとあ曲を作り宅録した結果が最初のアルバム「McCartney」。
これはよく語られる話。

スコットランドの農場で作曲を始めたのは事実だが、宅録作業はロンドンのカヴ
ェンディッシュ・アベニューにある自宅で行われている。
アビーロード・スタジオ(自宅から歩いて行ける距離)から4トラック・レコー
ダーStuder J37を拝借し自宅に持ち込んだ。これは語られない。



↑EMIは1968年に8トラックを導入。1970年には16トラックも登場。
だから、ほぼ用済みの4トラックは借りやすかったのかもしれない。
ポールにとってはビートルズで慣れ親しんだ機材。扱いやすかったはずだ。



ミキシング・コンソールもVUメーターもないため、マイクをレコーダーに直挿し
して録音していた。これもよく語られる話。

必要に応じて、アビーロード・スタジオやモーガン・スタジオで追加録音やミキ
シングが行われた。この部分は割愛される。

「McCartney」はビートルズ時代に作られた曲も多く、ビートルズっぽさが
感じられる一枚であり、こぢんまりした手作り感も個人的には好みである。
しかし酷評された。





奮起したポールは次作のレコーディングをニューヨークで行う。
ポール&リンダの名義のアルバムRumを最高作と評価する声も多い

オフコースも真似したDear Boyの重厚コーラス、軽快なカントリーソングの
Heart of the Country、Uncle Albert/Admiral Halseyメドレー、
ビートルズ時代に書いたThe Back Seat of My Carなど聴きどころは多い。
しかも完成度が高い。大雑把な曲もあるが、それもまたポール。




↑珍しくギブソン・ファイアバードを弾いている。



Rumではニューヨークの一流スタジオ・ミュージシャンを雇い、オーケストラ
も導入された。
この時のドラマー、デニス・シーウェルがウイングスの初代ドラマーとなる。
これは語られる。



↑右がデニス・シーウェル。Wild Lifeジャケ写撮影時の写真だろう。



ギターのデヴィッド・スピノザも誘ったが断られたという。
売れっ子のスピノザなら固定給で雇われるよりニューヨークで稼いだ方がいい。
ここは触れられなかった。



↑RAMレコーディン中のポールとデヴィッド・スピノザ。
Heart Of The Countryをやってるのかな?
この写真、レアじゃないですか?見つけた時、うれしくなりました♫♪♫
手前の子供はメアリー・マッカートニー。




<ウイングス結成〜最盛期>

元ムーディーブルースのデニー・レインを誘い4人体制でウイングス結成。
その後ギタリストのヘンリー・マッカロクが参加。





バスで英国内の大学を廻り格安ギャラでライヴをやった話が語られる。




ポールはバス好きらしい。
Magical Mystery TourとYellow Submarineの世界観に通じる塗装。
2階にはベビーベッドまで置かれたいたという。



駄作と言われるWild Life、次のRed Rose Speedwayは触れられない。

1973年に英国ATVで放送されたJames Paul McCartneyと題した特番。
Live and Let Die、Mary Had a Little Lamb、My Loveのシーン。
ロンドンブーツを履いたポールがダンサーたちと踊るミュージカルなどが
ちらっと映る。




↑ポールのアコギ弾き語りメドレー。
James Paul McCartneyで一番おいしいシーンだった。



で、いよいよBand On The Run制作秘話というかお馴染みの苦労話。



思いつきでラゴスのEMIスタジオでレコーディングすることに。
ラゴス行き反対のデニスとヘンリーが脱退。
ポール夫妻とデニー・レインの3人でレコーディングに臨む




↑ポールは一人何役もこなす。ドラムの腕はキース・ムーンに評価された。



スタジオがお粗末だった話、強盗に襲われたエピソードなど。




↑ポールの右はリンダの連子ヘザー(Let It Beでスタジオで遊んでた子)、
右はメアリー、手前は今や世界的デザイナーのステラ・マッカートニー。



リンダの発案で囚人が脱走するジャケットに。俳優を雇って撮影・・・



1974年にTV放送用に収録されたもののお蔵入りとなったスタジオ・ライヴ
One Hand Clappingをちょっとだけ紹介。




ギタリストのジミー・マカロックと短期間在籍したドラマーのジェフ・ブリ
トンが参加している。
ポールは「この頃が一番よかった」と言ってる。ふーん、そうなんだ・・・






<ウイングス後半〜解散>

続くVenus and Marsについては語られない。これも名盤なのに。

翌1976年の全米ツアー。いつものRock Show(2)の映像を少しだけ。
リマスターされクリアーになっていた。





Wings at Speed of Sound、再び3人体制で制作されたLondon Town
については語られなかった。


全英シングルチャート9週連続1位の大ヒットとなったMull of Kintyre
については語られる。
スコットランドのポール宅の屋外でギター、ボーカル、地元のバグパイプ・
バンドの演奏を録音したことなどが紹介される。




↑右の女の子は次女のメアリー・マッカートニー。
アルバムMcCartneyでポールの胸元にすっぽり入ってたあの赤ちゃん。
すでに垂れ目のマッカートニー家系の顔になっている。


バグパイプのキーに合わせるため途中から転調しているが、これが印象的
で功を奏した。という話は省いていたような。




セッション前夜、泥酔したジミー・マカロックが農場で暴れたため、激怒
したポールがジミーを解雇した件については触れられなかった(笑





ウイングス最後のアルバム Back to the Eggについてもスルー。
ギターにローレンス・ジュバー、ドラムにスティーヴ・ホリーを迎え、
ウイングス史上最も演奏力があったのに。いい曲もあったし。





デヴィッド・ギルモア、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ
も参加したロケストラについても一言もなし。



↑右端、ロニー・レインの後のドラムがジョン・ボーナムなのでは?
フィル・スペクターみたいな大編成録音をやってみたかったのか?
残念ながらウォール・オブ・サウンド(7)にはなっていない。


日本で大麻所持で逮捕、ジョン射殺でショックを受けた話で終わる。




<MAN ON THE RUNの評価>

Amazonの視聴者評価は4.8(5点満点)、 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎の割合 85%。
かなり高評価である。

IMDb(ストリーミングコンテンツに関連する情報を集めたオンライン
データベース)は7.5/10。(個人および批評家のレビューが含まれる)
実はIMDbもAmazonの子会社が運営してる。

Redditの評価は賛否両論。
低評価の意見は概ね僕と同じであった。





この作品はAmazon Prime独占配信で2026年2月27日から始まった。
僕は初日に見た。

視聴後、Amazonからレビューの依頼メールが来た。
正直に書いた。低評価である。
Amazonからお礼と「レビューが反映されました」というお知らせ。
しかし僕の評価は載っていない。

ちなみに同時期、Amazon Prime独占配信でニコール・キッドマン主演
の「スカーペッタ」(原作:パトリアシア・コーンウェル)が始まった。
1話目を見てつまらなかったので続きは見ないことにした。
辛口のレビューを書いたが、これまた反映されていない。

他の商品の評価はちゃんと載っている。
Amazon Primeオリジナル作品の低評価が嫌で揉み消した?
まあ、いいんだけどね。



<脚注>