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2026年8月30日日曜日

カントリーの女王ドリー・パートンとI Will Always Love You。



ドリー・パートンが8月25日にテネシー州ナッシュビルで死去した。享年80歳。
腎臓結石と自己免疫系の治療を受け、最後は癌との闘病で亡くなったそうだ。



<ドリー・パートンの功績>

ドリー・パートンは13歳でデビュー。
60年以上にわたって3000曲以上を手掛けた。
70枚以上のアルバムをリリース。全世界で1億6000万枚以上の売り上げを記録。

史上最も売れた女性カントリー・シンガー&ソングライターであり、「カントリー
の女王」としてアメリカ国内はもちろん海外でも親しまれていた。






女優としても活躍している。
1980年の映画「9時から5時まで」ではジェーン・フォンダと共演。
1989年の「マグノリアの花たち」ではジュリア・ロバーツやサリー・フィールド
、シャーリー・マクレーンと共演した。






<ドリー・パートンとチェット・アトキンス>

日本でドリー・パートンを知っている人は多くないだろう。
かなりニッチな層なのかな。僕も含めて。


僕がドリー・パートンを知ったきっかけは、チェット・アトキンスである。
2人ともRCAレコード所属(1)で、カントリー・ミュージックの大御所だ。
ナッシュビルに居住し、ナッシュビルで活動し続けた点も同じ。





2人は仲良しで、TVやコンサートで共演することも多かったようだ。
でも共演の公式録音は(僕が知る限り)1976年のこの曲だけ(2)だと思う。

チェットのギターだけというシンプルな伴奏で、くつろいだ雰囲気で楽しそう
に歌ってる。(時々、笑い声なんかも入ってる)

Chet Atkins & Dolly Parton - Do I Ever Cross Your Mind 




↑これはBlack Smoke's a-Risin'という曲を演奏しているところ。



↓このライヴでは同曲を後半、超高速で演奏。おふざけが大好きらしい。
45回転のレコードを78回転で再生した音を再現してるそうです(笑

Do I Ever Cross Your Mind Live at The Dolly Show 1977





<誰もが知ってるあの歌が!ドリー・パートンの名曲とは>

ドリー・パートンは素晴らしい歌手でエンタテイナーであると同時に、優れた
作詞・作曲家でもあった。
女性シンガー&ソング・ライターの先駆けと言ってもいい。



↑赤いバンダナ柄のウエスタン・シャツの裾を無造作に結ぶ。
ナッシュビルでは今もカントリー・スタイルの女性を見かけるんでしょうか・・・



たとえばオリヴィア・ニュートン=ジョンが1976年にヒットさせたJolene。
ドリー・パートンが1973年に発表した楽曲で、本人の歌もカントリー・チャート
1位を獲得している。
ビヨンセ、マイリー・サイラスも後年カヴァーした。








そして誰もが聴いたことがある「エンダァァァァァ」のあの曲。
1992年の映画「ボディガード」の主題歌「I Will Always Love You」は翌年に
かけ全米シングルチャートで14週連続ナンバー1を記録した。
日本のオリコン洋楽シングルチャートでも、27週連続1位を獲得した大ヒット曲だ。

主演を務めたホイットニー・ヒューストンの持ち歌と思っている人が多いのではないか。
実は違う。





ドリー・パートンが1973年に発表したアルバムに収録されていた楽曲で、彼女自身
による作詞作曲である。翌1974年6月にアルバムからの2枚目のシングルとして発売
され、米ビルボード誌のカントリーチャートで1位を獲得している。
(先に紹介したDo I Ever Cross Your MindはシングルB面曲だった)




<ドリー・パートンの曲が映画主題歌に選ばれた経緯>

映画「ボディガード」の主題歌候補は当初、音楽担当プロデューサーのデヴィッド・
フォスターによって別な曲が用意されていた。
しかし、ホイットニーはその曲に納得しなかったという。

映画の共演者ケヴィン・コスナーの勧めでI Will Always Love Youを聴いたホイ
ットニーは気に入り、これだ!と確信する。





ケヴィン・コスナーがホイットニーに聴かせたのは、ドリー・パートンのオリジナル
ではなく、リンダ・ロンシュタットによるカヴァーだった。
(コスナーは同曲が収録されたリンダのアルバムを愛聴(3)していた)



I Will Always Love You - Linda Ronstadt

Dolly Parton - I Will Always Love You - 1974





フォスターはすぐドリー・パートンに連絡し使用許可を求める。
ドリー・パートンは快諾。
リンダのカヴァーではVerse3(3番の歌詞)が歌われていないことを指摘。
その上でホイットニーのために、ドリー・パートン自ら歌詞の一部を加筆修正する。






ホイットニー版「I Will Always Love You」はデヴィッド・フォスターのアレンジ
とプロデュース手腕によって、ドラマチックなバラードに仕上がった。

ホイットニーのファルセットに続くテナーサックス・ソロも効果的だ。
後半の転調後の展開は、さらにスケール感が重厚である。

I Will Always Love You - Whitney Houston






この曲はホイットニーのアカペラで始り、静かにオケが入る。
アカペラを強く押したのは曲の推薦者でもあるケヴィン・コスナーだった。
フォスターは反対したが、最終ミックスを聴いて納得したという。



「ボディガード」のサウンドトラック盤は、1994年の第36回グラミー賞で「最優秀
アルバム賞」「最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス(女性)」を受賞。
シングルカットされた「I Will Always Love You」は世界中で2400万枚以上を
売り上げ、ホイットニー最大のヒットにして彼女の代表作となる。





ドリー・パートンのオリジナル、リンダのカヴァー、ホイットニーのカヴァー。
あなたはどれが好きですか?
僕はドリー・パートンが切々と静かに歌うカントリー・バラードが好きです。
ホイットニーのは大袈裟すぎて・・・(個人的感想です)




<エルヴィスに歌わせなかったI Will Always Love You>

実はパートンが「I Will Always Love You」をヒットさせた後、エルヴィスから
この曲をカヴァーしたい(いかにも歌いそう)という申し出があった。
しかしマネージャーのトム・パーカー大佐から出版権の半分を譲渡することが条件(4)
と言われ、パートンは拒否した。

エルヴィスはこの曲の録音を諦め、ドリー・パートンはその後何年にも渡って同曲の
印税を得た上、1982年の再リリースの際にもカントリー・チャートで再び1位を獲得。
さらに「ボディガード」主題歌の世界的大ヒットで、パートンは莫大な印税を手にする。
彼女はそれを慈善活動や寄付(5)に充てた。





エルヴィス側の話に乗っていたら、その後の流れは変わっていたかもしれない。
運命と決断とは不思議である。




<ドリー・パートンの死を悼むメッセージ>

訃報を受けて、ドリー・パートンと親交のあった多くのアーティストたちが追慕、
惜別の念をソーシャルネットワークで綴っている。
テイラー・スウィフト、ビヨンセ、ミック・ジャガー、ロッド・スチュワートなど。
一緒に活動していた時期もあるリンダ・ロンシュタットは喪失感を伝えた。





ポール・マッカートニーはインスタグラムに1974年の初対面時の写真を投稿して、
こう綴っている。いい文章なのでほぼ全文紹介しよう。


偉大なるスターのドリー・パートンが亡くなった知り、本当に悲しいです。
本当に素晴らしい女性でした。
とても快活で生命力に溢れていた女性なので、亡くなったというニュースをなかなか
受け入れられません。
彼女の作曲力、その歌声、慈善活動はカントリー・ミュージック界において比類なき
もので、ドリー・パートンのいない世界で生きていくことなど想像もつきません。
彼女は非常に聡明なビジネス・ウーマンであり、自身の音楽の価値(6)、そして何より
自分が世界中の人々に与える影響力を理解していました。(中略)



↑1974年の写真。左からポール、リンダ、ドリー・パートン、ポーター・ワグナー。
手前は次女メアリー、長女のヘザー。ステラ・マッカトニーはまだ生まれていない。


一緒に「Let It Be」を歌えた(7)ことは私にとってとても光栄なことでした。
彼女と知り合えたことを誇りに思います。そのユニークな才能を尊敬しています。
私や世界中に素晴らしい音楽を届けてくれたドリー・パートンに感謝しています。
いつまでもあなたを愛し続けるでしょう(We will always love you)。
神の御加護を、安らかに。あなたは最高でした。




<脚注>

2026年8月1日土曜日

待ちに待った「ラバーソウル」2026リミックスがやっと発売。



<アンソロジー優先で一年遅れとなったラバー・ソウル>

心待ちにしてた「ラバー・ソウル」リミックス盤の発売(10月2日)が発表された。
オリジナル盤は1965年。本来なら昨年、60周年記念盤として発売されるべきだ。

ところがアンソロジー30周年が優先されて立ち消えになったらしい。
ビートルズの歴史を総括し、未発表音源を初お披露目という企画だったわけだが、
そのアンソロジーから既に30年経過してる、という事実に改めて驚く。


1995年にアンソロジー企画の目玉として、ジョンの遺作のデモテープを生存してた
3人が完成させ3つの新曲を発表することになっていた。
Free As A BirdとReal Love2曲はうまく行ったが、残りの1曲Now And Then
は頓挫しお蔵入りになる。

1995年の技術では分離できなかったカセットテープのジョンの声が現在のAIデミッ
クス(1)を使えば可能だ。
であればFree As A BirdとReal Loveもやり直せる、断念したNow And Thenも
なんとか完成させたいポールの執念もあり、アンソロジー企画優先に働いたという
事情もあるだろう。


↑1965年当時のLP出荷前の最終確認


アンソロジーとラバー・ソウルが同年発売だったとしても、買う人は両方買う。
しかし、アップルとユニバーサル・ミュージックの市場分析と意思決定は違った。

「ラバー・ソウル」リミックス2025はどうなる?延期か?無くなるのか?
CDの新譜がほとんどなくなった昨今、今までのようなパッケージ販売は無理か?
多くのファンが心配していたはずだ。2ヶ月後に発売の朗報が入りホッとしている。




<ビートルズ中期の名盤「ラバー・ソウル」の重要性>

「ラバー・ソウル」はビートルズの進化における転換点となった重要な作品だ。
楽曲制作、使用楽器、レコーディング技法において、従来のポップミュージックの
慣習を超え、冒険的なアプローチを試みた野心作といえるだろう。

1曲1曲の完成度が高いだけでなく、アルバム全体として統一された色に彩られた
芸術性の高い、見方によっては長編作品でもあり、後にコンセプト・アルバムと
称される形式の作品の先駆けとなり、高く評価されている。





ブライアン・ウィルソンは「ラバー・ソウル」に触発されて「ペット・サウンズ」
を制作し、ビーチボーイズの新しい音楽性を開拓した。(2)

「ラバー・ソウル」はさらに革新的な次作「リボルバー」への起点となった。(3)
そして世界中を驚かせた「サージェント・ペパーズ」へと続く。


「ラバー・ソウル」は1965年10〜11月の2ヶ月間で制作されている。
2〜5月に映画「ヘルプ!」の撮影、その合間を縫ってアルバム「ヘルプ!」の制作、
8月には全米ツアー、と4人は忙殺されていた。

ヒットメーカーのレノン=マッカートニーもさすがに曲作りの時間が取れない。
アルバム14曲分を揃えるのは難しかった。
そのためジョン曰く「穴埋め」的なやっつけの曲(4)や「ヘルプ!」でボツにした
曲(5)の再利用でなんとか体裁を整えている。





それでもアルバムを通して聴くと完成度が高いと感じるのは、名曲が多いのと
平均点以下でもいい曲に仕上げてしまう4人のアレンジ・演奏力、つまり時代を
制したビートル・マジックなのかもしれない。


1曲目のDrive My Carのど迫力、グルーヴ感でまず圧倒されるだろう。
Michelle、Girlはとことん美しく切ない。
Norwegian Wood、In My Life、Nowhere Man、と内省的な名曲が多い。
I'm Looking Through Youはポールの軽快なカントリー・ロック。
If I Needed Someoneはジョージの代表曲の1つとなった。






<「ラバー・ソウル」では使用楽器も新たに追加される>

ポールはリッケンバッカー4001Sベースを使用するようになる。
Michelleではルート外しのベースラインを披露。ベースの新境地を開く。
この曲ではアコギ(エピフォンFT-19Nテキサン)も弾いている。



↑エピフォンFT-19Nテキサンの5フレットにカポ。
Michelleを弾いてると思われる。



↑リッケンバッカー4001Sを弾くポール。5フレットにカポを付けている。
VOXのアンプに立てかけてあるのは、ジョンのフラマス12弦ギター。


ジョージは初めてNorwegian Woodでシタールを弾く。
お馴染みのグレッチ、リッケンバッカーの12弦に加え、ストラトキャスター、
エピフォン・カジノ、ギブソンES-345TDと音のバリエーションが増える。

ジョンは愛器ギブソンJ-160Eと前作「ヘルプ!」でも使用したフラマスの12
弦ギターを弾いている。

リンゴはラディックのドラムセットだが「フォー・セール」からバスドラム
の口径が22インチと大型化している。



↑アビイロード第2スタジオ。ラバーソウルで使用した楽器が並んでいる。




<「ラバー・ソウル」リミックス切望の理由>

「ラバー・ソウル」は最もリミックスが期待されるアルバムと言っていい。
オリジナルのステレオミックスは左チャンネルに演奏、右チャンネルにボーカル、
と極端な左右泣き別れで、とても不自然だった。

ステレオ盤をモノラルのプレーヤーで再生した時にバランスよく聴こえるように、
とジョージ・マーティンが判断したためらしい。(6)
また一体型のコンソールで左右のスピーカーがあまり離れていないステレオシステム
でも、左右泣き別れの方がステレオ感を味える、という判断もあったのではないか。





1986年に初CD化された際、ジョージ・マーティンによってやや中央よりのミック
スに修正。それでも不自然な左右泣き別れは踏襲されている。
LP時代との違和感がないように、という配慮だったのだろう。

2009年にビートルズ全アルバムがリマスターされるが、「ラバー・ソウル」は
1986ミックス、1965当時のミックスの両方が収録(以前として不自然)。



今回の2026リミックスについては、プロデューサーのジャイルズ・マーティン
とエンジニアのサム・オケルによって、マスタリング以前の音源まで遡り、AI
デミックス(1)も駆使し新しいステレオミックスが行われた。


The Beatles - Rubber Soul (Pre Order Ad)




 

<「ラバー・ソウル」への思い入れ>

「ラバー・ソウル」は初めて買ったビートルズのLPだった。

中学生のお小遣い事情では、なかなか2000円のLPをポンと買うことができない。
僕たちはシングル、コンパクト盤の収集から始め、持ち回りで「まだ聴いてない
LP」を買ってはカセットテープに録音して聴いていた。

僕が買った「ラバー・ソウル」は国内盤だった。
東芝音楽工業(後の東芝EMI)から発売されたものでレーベルはオデオン。(7)





解説書には「ラバー・ソウルは若者の移ろいやすい心、ゴムのようなはずむ心」
を表している」と書いてあった。大嘘だった。

1965年当時、ローリングストーンズのことを黒人のブルースマンが「プラスチッ
クソウル」と揶揄したのをポールが気に入ってよく口にしていた。
「ラバー・ソウル」はそれをもじったものだ。


収録曲の邦題を見て、どの曲か分からず一瞬迷う。今は英題がスタンダードだ。
「嘘つき女」って何だ?「君はいずこへ」ってどれのこと?


Side A 
ドライヴ・マイ・カー  Drive My Car
ノルウェーの森  Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
ユー・ウォント・シー・ミー  You Won't See Me
ひとりぼっちのあいつ  Nowhere Man
嘘つき女  Think For Yourself
愛の言葉   The Word 
ミッシェル  Michelle

Side B 
消えた恋 What Goes on
ガール   Girl
君はいずこへ I'm Looking Through You
イン・マイ・ライフ  In My Life
ウェイト  Wait
恋をするなら If I Needed Someone
浮気娘 Run For Your Life






「ノルウェーの森」はすばらしい邦題だが、実は誤訳。(8)

森なら複数形のWoodsのはずだ。
Norwegian Woodは内装や家具に使う安価なノルウェイ産の松材のこと。
当時ロンドンでは、労働階級のアパートに使われる安い木材だったらしい。

でも「ノルウェーの森」というタイトルは(たとえ誤訳でも)、「鬱蒼とした
北欧の森」をイメージさせ、なんだか意味深でいいですね。




<「ラバー・ソウル」2026の発売形態>

1CD デジスリーヴ入り+20ページのブックレット付き

スペシャル・エディション 2CD  
Disc2は未発表のセッション録音やデモ音源、シングル 16曲



スペシャル・デラックス・コレクション 4CD
88ページのハードカバーブック付き
Disc2は未発表のセッション録音やデモ音源、シングル 23曲
Disc3はオリジナル・モノ・マスター
Disc4はオリジナル・キャピトルUS盤(収録曲が英国盤と違う)(9)



Blu-ray(スペシャル・エディション)
2026アトモス・ミックス
2026ステレオ・ミックス 96kHz/24bit PCM
デイ・トリッパー/恋を抱きしめよう ビデオ各2ヴァージョン

ヴィニール盤は5LP+7インチシングル、2LP、LPで発売。
カラーLP(オレンジ)もHMV、タワーレコード限定で発売。






<未発表のセッション録音やデモ音源>

スペシャル・エディション(2CD)の16曲で充分かな。
バッキングの演奏がほとんどで、あまり目玉はないように思う。

1. Day Tripper (Songwriting work tape)
2. Day Tripper (2023 mix)
3. We Can Work It Out (Paul’s demo)
4. We Can Work It Out (2023 Mix)

5. Wait (Take3 instrumental backing track)
6. Run For Your Life (Takes1-5 instrumental backing)
7. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)(2nd.ver.Take2)
8. Drive My Car (Takes1&2 instrumental backing track)
9. If I Needed Someone (Take1 instrumental backing)
10. In My Life (Take1)
11. Nowhere Man (2nd.version Take5 inst. backing)
12. Michelle (Take1)
13. What Goes On (Take1 instrumental backing track)
14. I’m Looking Through You (2nd.version Take3)
15. The Word (Takes 1&2 instrumental backing track)
16. Girl (Take2 instrumental backing track)





Day Tripperのワークテープ?は何だろう(ワクワク!)
We Can Work It Outのポールのデモはブートで出回っていた。
Norwegian Wood Take2は最終形に近いが、キーが低く怠い雰囲気。

In My Life (Take1)はアンソロジー4に収録済み

Nowhere Manの演奏とコーラスも、アンソロジー4に収録済み
I’m Looking Through You Take3は初音源?

Michelle (Take1)が公開された。既に美しい。ほぼ最終形。



スペシャル・デラックス・コレクション(4CD)のDisc2に収録される
ジョンのデモ「Little Girl」は初登場音源のようだ。
興味があるが、たぶん数回聴けば納得〜という程度ではないかと思う。
Run For Your Life の原型の可能性もある。





<脚注>

2025年2月28日金曜日

ガース・ハドソンの緩慢な死とザ・バンドの消滅。




ザ・バンド最後の生存者だったガース・ハドソン(87歳)が先月亡くなった。

ニューヨーク州ウッドストック近郊の介護施設で、安らかに眠るように息を引き
取ったという。
いかにもこの人らしい穏やかな旅立ちのような気がする。

彼が亡くなった場所は、1967年にザ・バンドがボブ・ディランと地下室で歴史的
的セッションを行ったビッグ・ピンクから数マイルしか離れていない場所だった。






一昨年には元ザ・バンドのロビー・ロバートソンが亡くなっている。
最後の一人となったガース・ハドソンはこの時、声明を出していない。
彼がウェルビーイングの状態(よい人生を送っている)かも不明であった。

ガース・ハドソンの死去によって、ザ・バンドというロック・グループが地球上
から完全に消滅したことになる。







ザ・バンドについてはあまり多くを語ることができない。知らないからだ。
薦められてアルバムを2枚買って聴いたが、どうしても好きにはなれなかった。
バッファロー・スプリングフィールドの時と同じだ。

↓一昨年ロビー・ロバートソン追悼でザ・バンドについては少し書いている。
僕が知ってるのはこのくらいだ。
https://b-side-medley.blogspot.com/2023/08/blog-post.html



サイケデリックからプログレッシブへとロックの潮流が変わり、ツェッぺリン
が登場した1960年代末。
ザ・バンドはR&Bやゴスペルなどアメリカ南部音楽をルーツとした土臭いサウ
ンドを作り出していた。






時代に争うかのような彼らの泥臭さは、それはそれで画期的だった。
ザ・バンドほど洗練、進化という言葉と程遠いロックはなかっただろう。


同じスワンプ・ロックでも、リトル・フィートは16ビートのフュージョンや
ファンクを取り入れたジャムを得意とし、もっと柔軟に変化して行った。

オールマン・ブラザーズ・バンドもスイング感のあるブルースを中心に、
、サンバ、カントリー、フュージョンを取り入れ多彩な音楽を作っていた。
CCRはストレートなR&Rでキャッチーだったため
、ヒットにも恵まれた。




さて、ザ・バンドにおけるガース・ハドソンの立ち位置はどうだったのか?
ガース・ハドソンを知ってる日本人ってどれくらいいるのだろう?






ガース・ハドソンは誰が見てもロック・ミュージシャンには見えないだろう。
彼はまるで森の賢者のような風貌だった。

近代以前の生活様式で自給自足の生活を営むアーミッシュのようでもある。
中世のイギリスを描いたテリー・ギリアムの映画に出てきそうな雰囲気だ。






ガース・ハドソンは寡黙であり、謎の男であった。
ザ・バンドのインタビューでもほとんど口を開かず、主張しなかった。

歌わない唯一のメンバーということも、彼を目立たなくしていた。
いつも後ろの方で控えめではあるが、とびきり素晴らしい演奏をしていた。







↓アルバム「Music from Big Pink」収録曲の「Chest Fever」。
ガース・ハドソンが弾く荘厳なオルガン(ローリー社のフェスティバル)
によって曲が導かれる。

The Band - Chest Fever
https://youtu.be/es_uhcxXUYk?si=YheDgOToBl8VP2rD




↓映画「Last Waltz」の1シーンだが、ロビー・ロバートソンのギター・ソロ
の合間にガース・ハドソンが極上のサックスのソロを聴かせる(4'30"〜)

The Band - It Makes No Difference (Last Waltz)
https://youtu.be/ZfBqWNFOVo8?si=OB6unIT-L9DuwmjY








ガース・ハドソンはオルガン、ピアノ、アコーディオン、サックス、フィドル、
など多くの楽器を演奏できた。

バッハの讃美歌などクラシック音楽の素養をもち、カントリーやブギウギ、
ホンキートンク、ブルースのスタイルは酒場で身につけた。







謙虚な天才である彼は、開拓者精神に満ちた素朴な音楽を奏でるザ・バンド
というグループを象徴する存在であった。


ザ・バンドのごく初期から、ガース・ハドソンは仲間たちに音楽理論とハ
ーモニーを教え、グループの音楽性を向上させた。






「ガース・ハドソンと共演できるのに、一緒に演奏しない奴はバカだ」と
レヴォン・ヘルムがかつて語っていたことがある。

ロビー・ロバートソンは「ガースはロック界で最も先進的なミュージシャン。
僕らとやるのと同じくらい簡単にコルトレーンやニューヨーク・フィルとも
演奏できるだろう」と言っていた。



ガース・ハドソンはザ・バンドという音楽共同体において、他のメンバー
より何歳も年上で、思慮深い父親のような存在であった。

「ガースの性格のおかげでザ・バンドははあんな良いサウンドになったんだ」
とレヴォン・ヘルムは認めている。







1968年12月、ウッドストックのディランの別荘で過ごしたジョージ・ハリ
ソンは、ザ・バンドのメンバーたちとも親しくなる。

年明けに開始したゲット・バック・セッションで、ジョージがビリー・プレ
ストンを誘ったのは、ガース・ハドソンのような役割がビートルズに必要と
考えたからだ、という説もある。







個人的には、ザ・バンドよりも他のアーティストのセッションに参加した
時のガース・ハドソンの演奏が気に入ってる。


↓「Ballad of a Thin Man」ではディランの歌メロを縫うように、ガース・
ハドソンがオルガンでカウンター・メロディを弾いている。
単音のメロディでありながら、彼の紡ぎ出す音はコード(和音)をイメー
ジさせ、曲に陰影を与えている。



Bob Dylan - Ballad of a Thin Man

https://youtu.be/we37yX3zpKA?si=niMu2fRg4PqckD0d







↓カーラ・ボノフが歌う「The Water Is Wide」(トラディショナル)
では、ガース・ハドソンのアコーディオン・ソロ(1'57")が絶品。
この後ジェイムス・テイラー、J.D.サウザーも加わった美しい3声ハーモ
ニーの後ろで控えめに鳴り続ける。




Karla Bonoff - The Water Is Wide
https://youtu.be/VCR0MllrO-4?si=DtiSlKSimqcKPpwY







↓ジョージ・ハリスンの「Living in the Material World」2024 Mixでは、
ザ・バンド(リチャード・マニュエルを除く4人)が参加したSunshine 
Life For Me が公開された。
カントリーフレーバーたっぷりのフィドルはガース・ハドソンの演奏。




George Harrison - Sunshine Life For Me (Sail Away Raymond)
https://youtu.be/SjQrnhHOpl4?si=ZvCtDZxnvjrXei-E








教授と尊敬されたガース・ハドソンは、友人たちからは親しみを込めて、
「The Bear」(クマさん)の愛称で呼ばれていたそうだ。






<参考資料:U discovermusic.jp、Rollingstone JAPAN、amass、
Wikipedia、YouTube、他>