Netflixで映画「リプリー(The Talented Mr. Ripley)」を観た。
アラン・ドロンの出世作、1960年の「太陽がいっぱい(Plein Soleil)」(1)
のリメイクと話題になったが、より原作に忠実なプロットになっている。
<「太陽がいっぱい」では描かれなかった経緯>
主人公トム・リプリーはニューヨークで暮らす貧しく孤独な青年。
時代は1950年代終わり頃。この設定は同じ。
トムはピアノ弾きの代役を務めたパーティーで、大富豪グリーンリーフに「息子
のディッキーと同じプリンストン大学の卒業生」と勘違いされる。
着ていた借りもののジャケットがプリンストンのエンブレム入りだったせいだ。
トムは「ディッキー(「太陽が」ではフィリップ)を知ってる」と話を合わせる。
グリーンリーフはトムを気に入り「地中海で遊び呆けているディッキーを連れ戻
してくれないか」と頼む。報酬が高額だったため、トムは引き受けてしまう。
ジャズ好きというディッキーと話を合わせるために、トムはジャズを猛勉強し、
イタリアに向かう。
ディッキーを見つけたトムは「同窓生だ。憶えてないか」と話しかける。
初めは疎ましく思ったディッキーだが、ジャズの話で意気投合し、周りにいない
タイプという物珍しさもあり、トムを連れ回して遊ぶようになる。
この辺のくだりが「太陽がいっぱい」では省略されていた。(2)
<「リプリー」のあらすじ、「太陽がいっぱい」との違い>
ディッキーにはマージという恋人(「太陽が」ではマルジュ)がいる。
マージとディッキー、トムの3人は、南イタリアで贅沢なバカンスを楽しむ。
ディッキーは傲慢で身勝手で奔放だが、上流階級のエレガンスを身につけた
気前よく陽気な男であった。当然モテるから他の女にも手を出す。
トムは彼の優雅な生活に憧れるが、いつしかディッキーに愛情を抱き始める。
「太陽がいっぱい」では描かれなかったが、トムはゲイだった。(3)
トムの物珍しさにも飽きたディッキーは徐々に彼の存在が疎ましくなる。
激しい罵りで別れを告げられたトムは、発作的にディッキーを撲殺してしまう。
漂うボートの上で愛しそうにディッキーの死体に寄り添うのだった。
「太陽が」のトム(アラン・ドロン)は虐られた怒りから、フィリップを殺して
彼になりすまし財産を奪う、という冷酷で大胆な殺人計画を緻密に練っていた。
しかも、手口をフィリップに暴露してから実行している。
一方「リプリー」のトム(マット・デイモン)はホテルのフロントでディッキー
と間違われたことから、なりすましを思いつく。計画的ではなかった。
トムとディッキーを巧みに使い分け、悠々自適な生活を続けるトムだったが、
ディッキーの旧友フレディが訪ねて来て詰め寄り、窮地に立たされる。
トムの嘘に気付き階段を上がり部屋に入って来たフレディを撲殺するシーン、
泥酔した友人を介抱するふりして、死体を車に乗せるシーンは「太陽が」でも
お馴染みのシーンだ。
そしてディッキーがフレディを殺し、それを苦に自殺したと偽装する。
マージはトムを怪しむ。
ディッキーの父親は息子が過去に暴行事件を起こしているため「フレディ殺しを
悔やんで自殺」というトムの話を信じ、内密にする条件でディッキーへの仕送り
をトムが受け取るようにする。
「太陽が」と違うのは、トムがマージに対して恋愛感情がないことだ。
遺産強奪に彼女を利用する、という発想もない。
そもそもディッキーからすべてを奪うという野心はなく、突発的な殺人だった。
トムはゲイの青年ピーターと恋仲になり、船旅に出かける。
しかし、船上で名家の令嬢メレディスと出会ってしまう。
彼女はトムをディッキーと信じ、愛していた。そこをピーターに見られる。
嘘をつき続けることに苦しむトムは、愛するピーターをも手にかける。
この2人とのエピソード、3人目の殺人は「太陽が」では描かれていない。
そして「太陽が」のあのドラマチックなエンディング↓とはだいぶ異なる。(4)
<キャストとキャラクター設定、ファッション>
主人公トム・リプリー役はマット・デイモン。(5)
孤独で冴えない青年を演じている。野暮ったさもいい塩梅だ。
トムはネイビーのブレザー、カーキ色のチノパン、ボタンダウン・シャツに
ニットタイ、ブローグシューズ、ウェリントンの眼鏡(アメリカン・オプチカル
の1950年代ヴィンテージ)と典型的なアメリカ東部の学生といった服装。
美しいイタリアのアマルフィ海岸には不釣り合いで、浮きまくっている。
コーデュロイのジャケットも夏の地中海では場違いである。
ディッキー役のジュード・ロウの服飾術ははそれと対照的に洗練されている。
彼のワードローブはすべてイタリアで完璧に仕立てられた、粋でクラシカル
なものばかり。
上流階級しか醸し出す事ができない優雅さと上質さを感じさせる。
しかもそれが自然にライフスタイルになっているのだから素敵だ。
たとえ殺されても仕方ないないと思えるくらいサイテーな男だとしても。
↑無造作にロールアップされた白いパンツ、素足に白のローファー。
左のマット・デイモンはボトムが重い。せめてソックスと靴は明るい色に。
「イングリッシュ・ペイシェント」も手がけたゲイリー・ジョーンズが衣装
を担当している。
ジャケットはすべてイタリア製で肩のラインを強調しないソフトなデザイン。
時代考証の上でディッキーのシャツはジャストサイズにデザインされている。
ヴィンテージの服も参考にしたそうだ。
劇中の衣装の色合いは、タンやグリーン、深みのあるブルーなど地中海的な
色みで仕上げたそうだ。
一見レジメンタル・ストライプのようだけど、やっぱりイタリアだなー。
ディッキーの恋人マージは、「太陽が」のマルジュ(マリー・ラフォレ)の
ような惹きつける魅力、存在感がまったくない。
その代わり「太陽が」には出てこない富豪の令嬢役で、ケイト・ブランシェット
が出演している。
彼女はトムを自分と同じ上流階級のグリーンリーフの子息ディッキーであると
信じ込み、好意を寄せる。
この人は裕福で上品な女性の役がよく似合う。
まだ30歳くらいのケイト・ブランシェットは本当に美しい。
トムと恋仲になるゲイの青年ピーターも「太陽が」には出てこない人物だ。
ディッキーの友人フレディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は「太陽が」
の時と風貌も、陽気だけど横柄な態度もそっくりだった。
<車、バイク>
フレディの愛車は赤い1956年製アルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー。
映画好きの方なら分かると思うが、「卒業」でダスティ・ホフマンが乗って
いたものと車種も色も同じだ。
この車はしばしばディッキーも借りて乗り回している。
ディッキー役のジュード・ロウがピンク色のショーツに上半身裸で島の女
(ディッキーが孕ませて投身自殺する)と話をするシーンがある。
この時、彼が乗っているスクーターはベスパである。
トム役のマット・デイモンがランブレッタの後ろにケイト・ブランシェット
を乗せて街を走るシーンもあった。
ベスパとランブレッタは人気を2分するイタリア製スクーターであった。(6)
<音楽>
音楽のブログなのに最後になってしまった(笑
「太陽がいっぱい」はニーノ・ロータによるテーマ曲が印象的だった。
あの映画が世界的なヒット作となり、愛され続けるのはアラン・ドロンの魅力
とニーノ・ロータ(7)の音楽があってこそ、と言っても過言ではない。
「リプリー」の音楽はガブリエル・ヤレドというフランスの作曲家が担当。
この人は作曲家・アレンジャー・オーケストレーターとしてジャック・デュ
トロン(8)、フランソワーズ・アルディ、ミレイユ・マチューなどフランスの
歌手のレコーディングに携わっていたらしい。
劇中の音楽は、前半は明るくジャズやイタリアの大衆音楽に彩られている。
トム(マット・デイモン)が歌う「My Funny Valentine」は弱々しい声で抑揚
を抑えた歌唱だが、あえてチェット・ベイカー風に歌った(9)のだろう。
トムはディッキーに会う前にジャズを片っ端から聴き、頭に叩きこんでいた。
声色を真似るのは、トムにとっては朝飯前だったはずだ。
映画のタイトル、The Talented(多才な、器用な) Mr. Ripleyのとおり。
My Funny Valentine ~ The Talented Mr. Ripley (OST)
My funny valentine, Sweet comic valentine
You make me smile with my heart
Your looks are laughable, Unphotographable
Yet you're my favorite work of art
私の愉快なバレンタイン 優しくて面白いバレンタイン
私を心から笑顔にしてくれる
見た目は笑えるし 写真映えしない
でも、あなたは私のお気に入りの芸術作品
トムが歌うと自虐的にも聴こえるが、ディッキーはどう思ってたのか。
後半はトムの心象風景を反映したかのような、ヤレドによる沈鬱なオリジナル・
スコアが続く。
下降旋律と不協和音を含むコードは不安な気持ちにさせる。
シニード・オコナー(10)が歌うLullaby For Cainもヤレドの作曲で耽美な曲だ。
「カインのための子守唄」というのは、旧約聖書に登場するアダムとイヴの息子
たち、カインとアベルの兄弟の兄カインのことらしい。
カインはアベルを殺してしまう。人類最初の殺人と言われる。
ディッキーを殺したトムをカインに準えているのではないかと思われる。
監督のアンソニー・ミンゲラが歌詞のコンセプトを考え、シニード・オコナー
が詞を書き歌ったようだ。
Lullaby For Cain ~ The Talented Mr. Ripley (OST)
この曲の旋律が、他のインストゥルメンタルでバリエーションとして使われる。
個人的にはこのオリジナル・スコアが耽美で魅力的だと感じた。
OST(オリジナル・サウンドトラック)盤も発売されている。
サウンドトラックあるあるで、ジャズ、イタリア大衆音楽、オペラなどいろい
ろな音楽とオリジナル・スコアが一緒くたで散漫な印象は拭えない。
<脚注>