2015年5月12日火曜日

シュガー・タウンは恋の町♪


この間書いたばかりだけどまたナンシー・シナトラが気になる。
最近よく流れるトヨタのプリウスのCMで彼女の曲が使われているからだ。




シュシュッシュ〜シュシュッシュ〜♪というキャッチーなリフレインが
覚えやすく口ずさみやすい。すてきなポップソングだ。
8年前にはキャメロン・ディアスが出演していたソフトバンクのCMにも
使われていた。

「シュガー・タウンは恋の町(原題:Sugar Town)」という曲だ。
以下は前半の歌詞と拙訳。


I got some troubles but they won't last   
I'm gonna lay right down here in the grass
And pretty soon all my troubles will pass

'Cause I'm in shoo-shoo-shoo, shoo-shoo-shoo
Shoo-shoo, shoo-shoo, shoo-shoo sugar town

I never had a dog that liked me some   
Never had a friend or wanted one
So, I just lay back and laugh at the sun

'Cause I'm in shoo-shoo-shoo, shoo-shoo-shoo
Shoo-shoo, shoo-shoo, shoo-shoo sugar town


イヤなことっていろいろあるけど続かないのよね。 
ここで草の中に寝転ぶとするでしょ。 
あっという間にイヤなこと、ぜーんぶ消えちゃうの。 

だってシュシュッシュ、シュシュッシュ。 
私がいるのはシュガータウンだから。 

飼ってた犬は私を好きじゃない。 友達はいないし欲しくもなかった。 
だから寝そべってお日様に笑いかけるの。 

だってシュシュシュ、シュシュシュ。 
私がいるのはシュガータウンだから。 

written by Lee Hazlewood (対訳:イエロードッグ) 






シュガータウンにいるからハッピー♪という能天気な歌のように思えるが、
実はドラッグ・ソングである。

草(grass)はマリファナ、シュガーはヘロインやコカインの隠語。
草の中に身をまかせれば悩みも吹っ飛ぶ。そのものズバリじゃないの(笑)

こういう隠れた意味があることをプレゼンで知らされていたら、スポンサー
のトヨタもCMで使うことに難色を示したかも(続く)

2015年5月3日日曜日

加瀬邦彦さんを悼む 。


2週間経ってしまったが、加瀬邦彦さんが亡くなった。

加瀬邦彦と言えばワイルドワンズであり「想い出の渚」だろう。
でも僕はそれ以降の作曲家、プロデューサーとしての加瀬邦彦が好きだった。

タイガースに提供した「シー・シー・シー」や沢田研二の「危険なふたり」
「胸いっぱいの悲しみ」「ウィンクでさよなら」など。
「きわどい季節」を聴くと、ああ、加瀬さんだなあと思う。




沢田研二の衣装デザイナーにグラフィック畑の早川タケジを起用したのも
化粧を提案したのもパルコのCM出演を仕掛けたのも加瀬邦彦である。


数年前にNHK教育の趣味悠々で「エレキギターを弾こう」というおもしろい
企画をやってて、加瀬さんがベンチャーズの「十番街の殺人」を弾いていた。
さすが!の腕である。この人のルーツはこれなんだと改めて思った。

加瀬邦彦は事務所(ホリプロ)の方針でスパイダーズに入る。
しかし3カ月で脱退し寺内タケシの誘いを受けブルージーンズに加入。
「エレキの若大将」で加山雄三のバックで演奏している姿も見られる。



ビートルズの来日公演でブルージーンズが前座を務めることになった。
厳戒態勢下のため前座のバンドは演奏後、楽屋に外から施錠されてしまう。

この頃ベンチャーズよりもビートルズへの思いが強くなっていた加瀬邦彦は
「ビートルズの演奏が見られない」とブルージーンズを脱退した。
加瀬さんは名誉あるビートルズの前座として出演することより、客席で生で
ビートルズを見ることを選んだのだ。


その後ワイルドワンズを結成。
バンド名のThe Wild Ones(野生児)は慶応の先輩、加山雄三である。
ワイルドワンズのサウンドの要でもある加瀬邦彦の12弦エレクトリックギター
(ヤマハ特注)はジョージ・ハリソンの影響だろう。

ワイルドワンズは再結成して現役で活動していた、
2009年には沢田研二を迎え入れたジュリー with ザ・ワイルドワンズで新曲
を発表し、コンサートを行った。

この人は気味よいくらい元気な爺さんでまだまだ現役だと思っていた。
加瀬さん、音楽をありがとう。
天国でもギターを弾いてください。

2015年4月22日水曜日

和製マージービートの実力。


NOBODYはキャロル解散後の矢沢永吉のバックメンバーであった相沢行夫、
木原敏雄の二人によるソングライティング・チームでありバンドである。

'60年代マージービートを'80年代風に仕上げたカッコイイ音を出していた。
そしてこの二人はヒットメーカーで多くの歌手に楽曲を提供している。

アン・ルイスの「LUV-YA」「六本木心中」、吉川晃司の「モニカ」、JAL沖縄
キャンペーンCMソングになった山本達彦の「Marylin」もNOBODYの作品だ。


'83年には彼らのルーツでもあるマージービート・メドレーをリリース。

大ヒットしたスターズ・オン45(ビートルズやアバの曲をディスコ調のメドレー
にコピーバンドが歌う)の影響もあったかもしれない。
それはともかくカッコイイ。文句無しで楽しめる。一緒に歌ってしまう。


Part1.は、キンクス、サーチャーズ、ゾンビーズ、ホリーズ、トレモローズ、
スウィンギング・ブルージーンズのメドレー。




Part2.は、マンフレッド・マン、ピーター&ゴードン、ビリーJ・クレーマー、
デイヴ・クラーク・ファイブ、ジェリー&ザ・ペースメイカーズ、アニマルズ、ローリングストーンズ、ビートルズ。




'83年リリース時は小林克也氏がDJだったのがCDでは差し替えられていて残念。
NOBODYのCDはいずれも廃盤で法外な値段がついている。

2015年4月11日土曜日

古き良きアメリカ、栄光のパンナムとシナトラ。


今回はナンシーのパパ、フランク・シナトラのお話。

先週までTVKでアメリカのテレビドラマ「パンナム」を放送していた。
舞台は1963年の輝いていた頃のアメリカ。
パンナムのスチュワーデスやパイロットたちの恋や仕事を描いた話である。





主題歌で使われていたのはフランク・シナトラの「Come Fly With Me」だ。
3年前にBSで放送された際はゴスペラーズ&May J.の「Up, Up And Away」が
使われていたらしい。
本国ではまた違うようだがシナトラの「Come Fly With Me」はぴったりだ。






1963年と言えば、ケネディ大統領のベルリン演説、キング牧師の有名な
「I Have a Dream」の演説、ケネディが暗殺、冷戦真っただ中のモスクワ便
就航、と歴史的な出来事が多かったのだがそれも出て来る。

そしてロンドンではビートルズのブームが起っていた。
(アメリカ上陸は1964年2月)
ドラマではビートルズで大騒ぎのロンドンに居合わせるエピソードもある。

ホテルのフロントが困り顔で「1万人の女の子の悲鳴はジェット機以上です。
ビートルズがこのホテルに滞在してるという噂が出ましてね。デマですよ。
フランク・シナトラならいますけど」と言う。
スチュワーデスは「時代が変わったのよ」と応える。


実際にはシナトラからエルヴィスへ、そしてビートルズと時代が変わった。

シナトラは晩年ポール・マッカートニーに作曲を頼んでいる。
ポールはこれに大喜び。器用な彼はいかにもシナトラっぽい曲を書いた。

           ↓これはポールのデモ。


しかしシナトラは気に入らず却下。トニー・ベネットが歌うことになった。
「Suiside」(自殺)というタイトル。
そしてシナトラが望んでいたのはこういう曲調ではなかったようだ。

シナトラはジョージの「Something」を「世界一美しい曲」と絶賛していた。
この曲もLennon=McCartneyと勘違いしていたのかもしれない。
彼はシナトラっぽくないバラードを歌いたかったのではないだろうか。

でも「Something」もシナトラが歌うとシナトラ節でスイングしてます(笑)






2015年4月4日土曜日

ナンシーのコーラCMにおける無節操ぶり。


中学一年の頃、ナンシー・シナトラのHush, hush, little baby, don't you cry
というドスの利いた歌声がラジオから流れていた。
その曲「Drummer Man」を最後にナンシーはヒットチャートから消える。


僕がナンシー・シナトラを好きになったのは10年ほど前である。

きっかけはコカコーラの'60年代のラジオCMを集めたCDだった。
1965〜1969年に「Things Go Better with Coke」をテーマにやっていたCM
だが、その顔ぶれが信じられないくらいすごい。

レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、マーヴィンゲイ、シュレルズ、
フィフスディメンション、ジャンとディーン、ビージーズ、バニラファッジ、
トム・ジョーンズ、オーティス・レディング、ニール・ダイアモンド、ルル、
レスリー・ゴーア、グラディス・ナイト&ザ・ヒップス、シュープリームス、
そしてナンシー・シナトラ。


中でもナンシーのふてぶてしい歌い方がすごく素敵だった。




コークが一番、絶対飽きない味、いくらでも飲めちゃう、と絶賛している。

が、ナンシーは1967年にロイヤルクラウン・コーラのテレビCMにも出演して、
RCは私がハマっちゃう唯一の味、と歌っているのだ。









どっちが先だったか分らないけどRCコーラが1967年、コカコーラのCMが
1965〜1969年だからすぐ競合のCMに出ちゃってたことになる。

節操ないなー。
ナンシーのファンもどっちを選んでいいか戸惑ったんじゃないだろうか。

それにしても今見るとゆるーいCMですね(笑)