2024年6月8日土曜日

ジミ・ヘンドリックスの名曲「リトル・ウィング」<前篇>



ロック史上最も偉大のギタリスト(1)と評価されるジミ・ヘンドリックス。
卓越した演奏技術と表現方法もさることながら、アフロヘアにサイケデリックな
衣装、ギターを歯で弾いたり(2)背中に回して弾いたり、床に叩き付けて火をつける、
などステージでのパフォーマンス(3)も伝説となっている。


ウッドストックでの「星条旗 (アメリカ国歌)」の爆音も強烈だった。
(ベトナム戦争の空爆と泣き叫び逃げまどう人々を音で再現したという)(4)



しかしワイルドなイメージとは逆に、ジミには繊細で美しい音楽性もあった。
レコーディング時の音作りにもこだわっていたという。






1967年12月に発表された「Little Wing」はそのいい例だ。
曲の構成もコード進行もシンプルでスローなR&Bバラードだが、ジミならではの
動き回るギター」がとにかくカッコいい。


↓ジミ・ヘンドリックスの「Little Wing」
https://www.youtube.com/watch?v=j1gfAStPNlU



腕に覚えのあるギタリストなら弾いてみたいと思うだろう。
イントロを弾き始めると、その場の空気感が一気に変わるはずだ。

が、ジミのようにカッコよく弾きこなすのは至難の技かもしれない。





<ジミ・ヘンドリックス流・半音下げチューニング>

まず耳コピしようとすると、あれ?となる。キーが合わないのだ。

ジミはほとんどの曲で半音低くチューニングしている。
(ベースのノエル・レディングもジミに合わせ半音落としていたようだ)




弦の張力が下がり、弾きやすくなる。
ベンディング(チョーキング)+ヴィブラートがやりやすい
たとえば「Voodoo Child」のライヴ映像を見ると、ジミは2フレット辺りで
3弦を持ち上げ揺らしている。(本来ならけっこう力が要るはずだ)

ジミが活躍していた時代、09のライトゲージがなかったためという説もある。
が、アーニーボール社が既に発売しているのでそれは違うだろう。


弦の張力が下がると響き方が変わり、若干ダークでヘヴィーなトーンになる
また声域が狭くキーが低いジミにとって、半音下げた方が歌いやすい、という
メリットがあったと思われる。






<「リトル・ウィング」の曲構成とコード進行>

曲の構成は極めてシンプルで、イントロと同じ10小節の演奏がそのまま歌の
2コーラス、それに続くギターソロ(フェイドアウト)でも使われる。

コード進行もシンプルで、Em→G→Am→Em→Bm-B♭→Am-C→G-F add9
→C(ここのみ2/4拍子)→D→4拍休符(ドラムのフィル)を繰り返す。





<ジミ・ヘンドリックス独自の押弦・運指スタイル>

自在に指板を動き回る右手(ジミは左利き)、唸るようなベース音のグリッ
サンドハンマリングオンの多様開放弦の共鳴トレモロアーム、とあら
ゆる技で表情豊かなバッキングを披露している。

ジミの動画や写真を見て唖然とした。
6弦と5弦は常に親指で押弦し、グリッサンドも親指で行っている。
(ほとんどのギタリストは人差し指で6弦・5弦を滑らせる)




この場合、通常より下に角度をつけた斜めのグリップになる。
残りの4本の指の可動範囲は制限されるが、ジミは難なく運指している。

それは手がバカでかいことの恩恵であるようだ。
身長178cmとさほど大柄ではないにもかかわらず、手だけは本当にでかい。


実際に同じことをやってみた。
スケール22.75インチ (578mm)、ネック幅1.6インチ (40.6mm)のミニ・ス
トラト(5)で、なんとか押弦できる。(うまくは弾けない)

この「親指シフト」とでも呼びたくなる押弦方法は、コードチェンジにおいても、
他の4本指で小技を効かせる時も、慣れないとスムーズに行かない。
でもあのサウンドは、ジミ独特の常識破りな指使いだからこそ生まれるのだ。





イントロ頭は12フレットをミュートしながらダウン〜アップでピックを当て、
一気にグリッサンドで下降する。

12フレットを人差し指か薬指でバレー(セーハ)するのが一般的な奏法だろう。
だが、ジミの演奏では6弦と2〜1弦の音しか聴こえない。
(6弦すべてバレーなら、ミュートした5〜3弦も微かに鳴るはずだ)

これも6弦12フレットは親指で、2〜1弦を人差し指か中指か薬指で押さえ、
グリップした状態のままグリッサンドしてるのだろう。




<カーティス・メイフィールドのR&Bが原型>

ジミの歌伴の演奏スタイルはカーティス・メイフィールドの影響が大きい。
無名時代、アイズレー・ブラザーズ、アイク&ティナ・ターナー、リトル・リチ
ャードなど黒人R&Bシンガーのバックで演奏しツアーにも同行していた。



↑ウィルソン・ピケットのバックを務めた時の写真。


中でもカーティス・メイフィールドからは、リズムのフィルやコードアレンジ
など短期間に多くのことを学んだとジミ本人が認めている。



1966年、ジミは渡英する前にR&Bデュオ、The Icemenと一緒にR&Bバラード 
(My Girl)She's a Fox」を録音している。
ここで聴けるカーティス・スタイルのギターは、「Little Wing」の原型になった
のではないかと思われる。


The Icemen- [My Girl] She's a Fox
https://www.youtube.com/watch?v=ZTBBzU5-9I8





↑ロネッツのバックで演奏した時の写真。
変わった弾き方をして目立ちたがるから、解雇され転々としてたらしい。




<ジミ・ヘンドリックスのストラトキャスター>


「フェンダーのストラトキャスターにとてもこだわっている。
うまくセッティングすれば最強だし、世界一だからね」
                     
ジミ・ヘンドリックス(ロサンゼルス・フリープレス誌1967年8月25日号)






黒人シンガーの雇われバック・ギタリストだった頃のジミはエピフォンのコル
ネット、フェンダーのデュオソニックやジャズマスターを使用していた。





1966年にニューヨークに拠点を移し自身のバンドで活動を開始する際に、スモ
ールヘッド、ローズウッド指板の白いCBS初期ストラトキャスターを入手

ジミがストラトを選んだ理由は定かでない。
バディ・ガイやアイク・ターナーの影響かもしれないし、ジミが憧れていたディ
ランがストラトを弾き「Like A Rolling Stone」(後にジミもカヴァー。ライヴ
での定番曲となる)を歌う姿に自身を投影してたのかもしれない。(7)


渡英してからはホワイト、ブラック、サンバースト、レッドと色は様々だが、
スモールヘッド、ローズ指板のストラトを使用していた。







1967年6月、モンタレー・ポップフェスティバルに出演し、アメリカで成功を
収めてから、ラージヘッド&ローズ指板へと切り替わる。



1968年秋から彼の代名詞となるラージヘッド&貼りメイプルを使用し始める。
(その1台、オリンピックホワイトがウッドストック・ストラトと呼ばれる)






「Little Wing」が録音されたのは1967年10月。
ラージヘッド&ローズ指板のストラトを使っていた時期である。

しかし、ハーフトーン(後述)を用いてることから、セレクタースイッチに
改造を加えた別な個体を使った可能性もある。

1967年10月~1968年2月まで使用してた1964年製ローズウッド指板のスト
ラトは、3つの独立したトグル・スイッチに改造してある。(8)
ピックアップ個別のオン/オフ、ハーフトーンの出力も容易だっただろう。







<あえて右利き用ストラトキャスターを使い続けた理由>

左利きのジミが右利き用のストラトを逆さまにして弾いていたのはなぜか?
クラプトンは「当時、英国では左利き用のストラトが入手しにくかった」と
言っている。が、理由はそれだけではないと思われる。

右利き用のストラトを逆さまに構えると、コントロール・ノブとトレモロアー
ムが上に来る
一見、演奏の邪魔になりそうだ。



ライヴ映像を見ると、頻繁にボリュームやトーンのノブをいじっている。
それらが上(手元)にあった方が、弾きながら細かい調整がしやすい
またいちいち手を伸ばさなくても、アームに手を乗せたまま弾けるのも、ジミ
にとっては好都合だったのではないか。





クラプトンは左利き用のストラトを購入しジミを喜ばせようとしていた(ジミ
の死でそれは叶わなかった)が、右利き用ストラトを愛していたジミにとって
はありがた迷惑だったかも・・・?






<ハーフトーンを発見したのはクラプトンではなくジミ?>

「Little Wing」でジミは、ギターの音色を最適なものにしようといろいろ試み
、ストラトキャスターのピックアップ・セレクターをフロントとミドルの中間
に留めると独特の「ハーフトーン」が出せることを発見した。(9)

ストラトの3つのピックアップはそれぞれ単体で鳴る設計だが、セレクターを
中途半端な位置に固定すると、ショーティング(2つのピックアップが同時に
接続)されてしまう。




この際、シリーズ(直列配線)ならハムバッキングのように出力が増強される。
ストラトはパラレル(並列配線)のため、単体の時より細く少しこもったような
ユニークなミックス・サウンドになる。



これに着目したのがクラプトンで、1970年のデレク&ザ・ドミノスで多用。
ストラトのハーフトーンはレイドバック時代のクラプトンの象徴となる。
(今や常識で、ストラトのトグルスイッチは5ポジションが標準である)




しかしジミが3年前に「Little Wing」で試みたのが最初のハーフトーンだ。
そもそもクラプトンがギブソンからストラトに転向したのはジミの影響で、
ハーフトーンに気づいたのも「Little Wing」を聴いたせいかもしれない。

(デレク&ザ・ドミノスで「Little Wing」をカヴァーしてることからも、その
可能性はありえる)




「Little Wing」は軽くクランチをかけたクリーントーンもポイントである。
ジミヘンといえばストラト+マーシャルの歪んだ爆音だが、この曲の録音では
コンソールにダイレクトに入力した音とロータリースピーカー(後述)を経由
した音をミックスしたのではないかと思う。




<様々なサウンド・エフェクト>

ジミとレコーディングエンジニアのエディ・クレイマー(10)は、ギターの音を
増幅しうねらせるために、ハモンドオルガンに使われるレズリーのロータリー
スピーカーに繋ぐ(11)
結果としてフェイザーやトレモロのようなエフェクトがギターに加わった。




ジミはスタジオに転がっていたグロッケンシュピール(鉄琴)を見つけ、この
曲に使うことにした。
フランジャーがかかったハーフトーンのストラト、ドラム、ベースの間を縫って
つきまとうように鳴るグロッケンは、歌詞の内容(後述)と相まって妖精が飛ん
でいるような幻想的なイメージを創り上げた。

ジミのボーカルもADT、フェイザー、イコライザー、ロータリースピーカー
加工されている。






<2分25秒でフェイドアウト、短すぎるギターソロ>

トレモロアームによる開放弦の下降音(レオ・フェンダーは「そういう使い
方をするんじゃない!」と怒ったとか)に続き、ギター・ソロが始まる。

ソロ前の和音は12フレット開放弦のハーモニクスを弾いている人が多い。
(自分には4〜2弦の12フレットを押弦しているように聴こえるのだが)


2コーラス目にさしかかり、これから盛り上がるか?というタイミング(2分
25秒)でフェイドアウトして終わってしまう。




プロデューサーのチャス・チャンドラー(12)は「3分以内のコンパクトな曲」
にまとめ上げることを要求していたらしい。
それが当時のシングル盤のスタンダードで、ラジオのオンエア確率が高い(=
ヒット確率が高い)ということだろう。

しかし本作はシングルカットされたわけではなく、2nd.アルバム「Axis: Bold 
As Love」収録曲である。
アルバムのほとんどの曲が2〜3分の長さで、4分を超えるのは2曲のみ。

「Little Wing」は最も長尺でヘヴィーな「If 6 Was 9」の前ということも
あり、チャンドラーは簡潔さを望んだのかもしれない。(13)







<ライヴ・ヴァージョン>

「Little Wing」はライブ録音も残されている。
スタジオ録音よりギターソロが少し長いが、せいぜい3〜4分の演奏が多い。
ジミもこの曲は長尺にせず、短くまとめた方がいいと判断したのだろう。


Little Wing (Olympic Studios, London, UK, October 25, 1967)
https://www.youtube.com/watch?v=wLlWYrDQTmA



これは1967年10月25日のロンドン、オリンピック・スタジオで行われた
レコーディング・セッションの初期テイク
ラフな演奏だが、力強くていい。エフェクトもかけていない。
後半ワイルドなギターソロもたっぷり聴ける





ライヴではフェイドアウトできないため、違うエンディングが用意された。
G→F add9→Cの後、 Dに行かずE♭へ。
VOXのワウペダルを効かせたフレーズでテンポを落とし、G add9で終わる。
Honeyのユニヴァイヴで音を揺らしていたのではないかと思う。


Little Wing (Live 10/12/68 Winterland, San Francisco, CA)
https://www.youtube.com/watch?v=eoJk7wpj3jk

Little Wing (Live at the Royal Albert Hall, London, UK, February 24, 1969)
https://www.youtube.com/watch?v=uUpAnmWJa2M









<デモ演奏動画>

YouTubeにはいろいろな人がデモ演奏をアップしている。みんな上手い!

この人はジミと同じように半音下げたチューニングで演奏している。
https://www.youtube.com/watch?v=ru_mlNYjBOU

これはスタンダード・チューニングで演奏されている。
https://www.youtube.com/watch?v=TpQ4mOKeD1U


4拍ベタにならないよう、R&Bの跳ね感(たぶんジミは自然にこうなるのだ)
を意識して、ノリとしてはシャッフル気味弾くといいと思う。





次回は歌詞の内容とジミのボーカルについて。


<脚注>



(1)ロック史上最も偉大のギタリスト

ローリングストーン誌は歴史上最も偉大なギタリスト第1位に何度も選んでいる。


(2)ギターを歯で弾く
実際は指で弾いていた?という説もある。


(3)ステージでのパフォーマンス
後年は、観客から激しいステージアクションやギター破壊などばかり求められ、
演奏に集中できないこと、過去のヒット曲じゃないと受けないことに悩む。
白人向けのロックスターとして売れたことで、黒人層から裏切り者と揶揄される
ことにも耐えていたという。


(4)ベトナム戦争を音で再現した
陸軍空挺隊に入隊したが、当時はベトナム戦争が開戦したばかりで、ジミは戦地
には行っていない。パラシュート降下訓練中に負傷し除隊した。


(5)ミニ・ストラト
フェンダー・スクワイヤーのミニ・ストラトキャスター。
ストラトキャスターを約3/4サイズにスケールダウンしてある。
スタンダードなストラトキャスターのスケールは25.5インチ(約647.7mm)、
ネック幅1.685インチ (42.8mm)。
ミニ・ストラトのスケールは7cmも短い。ネック幅も2.2mm細くなる。


(6)カーティス・メイフィールド
シカゴ出身のR&Bシンガー&ソングライター、ギタリスト。
1965年に発表した「People Get Ready」が大ヒット。
アレサ・フランクリンやジェフ・ベックなど多くのアーティストがカバー。
ローリングストーン誌の選ぶ偉大なシンガー、偉大なギタリスト両部門において
40位以内に選ばれている。


(7)ディランがストラトを弾き歌う姿に憧れていた
ディランの比喩表現による詩の世界観、ルーズな歌い方に影響を受けたという。
ジミのディランへの憧れは音楽面だけに留まらず、ファッションやヘアスタイル
まで真似するほどの崇拝ぶりで、黒人社会の中で異質な存在だった。
1965年夏にディランが突如エレキギターに持ち替えた時、ジミのスイッチが
入ったようで、ディラン熱に浮かされるようになったらしい。
生活に困窮している中、ディランのLPを買い漁りすり切れるほど聴いたそうだ。
バック・バンドを転々としながら、進むべき方向性も見出だせず、金もない。
そんな自身の状況と「Like A Rolling Stone」を重ね合わせていたのではないか。


(8)セレクタースイッチの改造
通常の3ウェイ・スイッチでもレバーのスプリングを取り外せばクリックが
なくなり、ハーフトーンが出しやすくなる。


(9)ハーフトーンを使用したレコーディング
同時期に録音された「Wait Until Tomorrow」「One Rainy Wish」のバッキング
でもハーフトーンが聴ける。


(10)エディ・クレイマー
ヴァニラファッジ、ジョー・コッカー、ツェッペリン、ストーンズ、トラフィック
を手がけた音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア。


(11)レズリーのロータリースピーカーで音を揺らす
1966年ビートルズの「Revolver」レコーディング時に、エンジニアのジェフ・
エメリックがジョンのボーカルをレズリーのロータリースピーカーから鳴らし、
フランジャー効果を出したのが最初である。
1969年1月のGet Backセッションでもジョージのギターをレズリーのロータリ
ースピーカーに繋いでいるのが確認できる。


(12)チャス・チャンドラー
アニマルズのベーシストだった。アニマルズは1966年に解散。
ジミ・ヘンドリックスのマネージャーに転身、ノエル・レディング、ミッチ・
ミッチェルをオーディションで選び、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス
を結成させる。(ジミ以外は白人で構成し、白人受けするバンドを狙った)
2枚目のアルバムをプロデュースした。
また、ジミをクラプトンに紹介してクリームと共演する機会を作った。


(13)チャンドラーのポップ・ロック感覚
3作目はジミ本人がプロデュースしてるためか長尺の曲が増えるが、散漫で
聴きやすい作品とは言えない。
チャンドラーのポップ・ロック的な影響力も必要だったのではないか。


<参考資料:ギター・マガジン、no+e セッション定番曲62:Little Wing、
「Music School Life」by ギターレ&エアスト、Wikipedia、YouTube、
ジミ・ヘンドリックス機材名鑑、シャッフルビートとは何か?、K on Pick、
エレキギター博士、他>

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