ドリー・パートンが8月25日にテネシー州ナッシュビルで死去した。享年80歳。
腎臓結石と自己免疫系の治療を受け、最後は癌との闘病で亡くなったそうだ。
<ドリー・パートンの功績>
ドリー・パートンは13歳でデビュー。
60年以上にわたって3000曲以上を手掛けた。
70枚以上のアルバムをリリース。全世界で1億6000万枚以上の売り上げを記録。
史上最も売れた女性カントリー・シンガー&ソングライターであり、「カントリー
の女王」としてアメリカ国内はもちろん海外でも親しまれていた。
女優としても活躍している。
1980年の映画「9時から5時まで」ではジェーン・フォンダと共演。
1989年の「マグノリアの花たち」ではジュリア・ロバーツやサリー・フィールド
、シャーリー・マクレーンと共演した。
<ドリー・パートンとチェット・アトキンス>
日本でドリー・パートンを知っている人は多くないだろう。
かなりニッチな層なのかな。僕も含めて。
僕がドリー・パートンを知ったきっかけは、チェット・アトキンスである。
2人ともRCAレコード所属(1)で、カントリー・ミュージックの大御所だ。
ナッシュビルに居住し、ナッシュビルで活動し続けた点も同じ。
2人は仲良しで、TVやコンサートで共演することも多かったようだ。
でも共演の公式録音は(僕が知る限り)1976年のこの曲だけ(2)だと思う。
チェットのギターだけというシンプルな伴奏で、くつろいだ雰囲気で楽しそう
に歌ってる。(時々、笑い声なんかも入ってる)
Chet Atkins & Dolly Parton - Do I Ever Cross Your Mind
↓このライヴでは同曲を後半、超高速で演奏。おふざけが大好きらしい。
45回転のレコードを78回転で再生した音を再現してるそうです(笑
Do I Ever Cross Your Mind Live at The Dolly Show 1977
<誰もが知ってるあの歌が!ドリー・パートンの名曲とは>
ドリー・パートンは素晴らしい歌手でエンタテイナーであると同時に、優れた
作詞・作曲家でもあった。
女性シンガー&ソング・ライターの先駆けと言ってもいい。
ナッシュビルでは今もカントリー・スタイルの女性を見かけるんでしょうか・・・
たとえばオリヴィア・ニュートン=ジョンが1976年にヒットさせたJolene。
ドリー・パートンが1973年に発表した楽曲で、本人の歌もカントリー・チャート
1位を獲得している。
ビヨンセ、マイリー・サイラスも後年カヴァーした。
Dolly Parton - Jolene
そして誰もが聴いたことがある「エンダァァァァァ」のあの曲。
1992年の映画「ボディガード」の主題歌「I Will Always Love You」は翌年に
かけ全米シングルチャートで14週連続ナンバー1を記録した。
日本のオリコン洋楽シングルチャートでも、27週連続1位を獲得した大ヒット曲だ。
主演を務めたホイットニー・ヒューストンの持ち歌と思っている人が多いのではないか。
実は違う。
ドリー・パートンが1973年に発表したアルバムに収録されていた楽曲で、彼女自身
による作詞作曲である。翌1974年6月にアルバムからの2枚目のシングルとして発売
され、米ビルボード誌のカントリーチャートで1位を獲得している。
(先に紹介したDo I Ever Cross Your MindはシングルB面曲だった)
<ドリー・パートンの曲が映画主題歌に選ばれた経緯>
映画「ボディガード」の主題歌候補は当初、音楽担当プロデューサーのデヴィッド・
フォスターによって別な曲が用意されていた。
しかし、ホイットニーはその曲に納得しなかったという。
映画の共演者ケヴィン・コスナーの勧めでI Will Always Love Youを聴いたホイ
ットニーは気に入り、これだ!と確信する。
ケヴィン・コスナーがホイットニーに聴かせたのは、ドリー・パートンのオリジナル
ではなく、リンダ・ロンシュタットによるカヴァーだった。
(コスナーは同曲が収録されたリンダのアルバムを愛聴(3)していた)
I Will Always Love You - Linda Ronstadt
Dolly Parton - I Will Always Love You - 1974
フォスターはすぐドリー・パートンに連絡し使用許可を求める。
ドリー・パートンは快諾。
リンダのカヴァーではVerse3(3番の歌詞)が歌われていないことを指摘。
その上でホイットニーのために、ドリー・パートン自ら歌詞の一部を加筆修正する。
ホイットニー版「I Will Always Love You」はデヴィッド・フォスターのアレンジ
とプロデュース手腕によって、ドラマチックなバラードに仕上がった。
ホイットニーのファルセットに続くテナーサックス・ソロも効果的だ。
後半の転調後の展開は、さらにスケール感が重厚である。
I Will Always Love You - Whitney Houston
この曲はホイットニーのアカペラで始り、静かにオケが入る。
アカペラを強く押したのは曲の推薦者でもあるケヴィン・コスナーだった。
フォスターは反対したが、最終ミックスを聴いて納得したという。
「ボディガード」のサウンドトラック盤は、1994年の第36回グラミー賞で「最優秀
アルバム賞」「最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス(女性)」を受賞。
シングルカットされた「I Will Always Love You」は世界中で2400万枚以上を
売り上げ、ホイットニー最大のヒットにして彼女の代表作となる。
ドリー・パートンのオリジナル、リンダのカヴァー、ホイットニーのカヴァー。
あなたはどれが好きですか?
僕はドリー・パートンが切々と静かに歌うカントリー・バラードが好きです。
ホイットニーのは大袈裟すぎて・・・(個人的感想です)
<エルヴィスに歌わせなかったI Will Always Love You>
実はパートンが「I Will Always Love You」をヒットさせた後、エルヴィスから
この曲をカヴァーしたい(いかにも歌いそう)という申し出があった。
しかしマネージャーのトム・パーカー大佐から出版権の半分を譲渡することが条件(4)
と言われ、パートンは拒否した。
エルヴィスはこの曲の録音を諦め、ドリー・パートンはその後何年にも渡って同曲の
印税を得た上、1982年の再リリースの際にもカントリー・チャートで再び1位を獲得。
さらに「ボディガード」主題歌の世界的大ヒットで、パートンは莫大な印税を手にする。
彼女はそれを慈善活動や寄付(5)に充てた。
エルヴィス側の話に乗っていたら、その後の流れは変わっていたかもしれない。
運命と決断とは不思議である。
<ドリー・パートンの死を悼むメッセージ>
訃報を受けて、ドリー・パートンと親交のあった多くのアーティストたちが追慕、
惜別の念をソーシャルネットワークで綴っている。
テイラー・スウィフト、ビヨンセ、ミック・ジャガー、ロッド・スチュワートなど。
一緒に活動していた時期もあるリンダ・ロンシュタットは喪失感を伝えた。
ポール・マッカートニーはインスタグラムに1974年の初対面時の写真を投稿して、
こう綴っている。いい文章なのでほぼ全文紹介しよう。
偉大なるスターのドリー・パートンが亡くなった知り、本当に悲しいです。
本当に素晴らしい女性でした。
とても快活で生命力に溢れていた女性なので、亡くなったというニュースをなかなか
受け入れられません。
彼女の作曲力、その歌声、慈善活動はカントリー・ミュージック界において比類なき
もので、ドリー・パートンのいない世界で生きていくことなど想像もつきません。
彼女は非常に聡明なビジネス・ウーマンであり、自身の音楽の価値(6)、そして何より
自分が世界中の人々に与える影響力を理解していました。(中略)
↑1974年の写真。左からポール、リンダ、ドリー・パートン、ポーター・ワグナー。
手前は次女メアリー、長女のヘザー。ステラ・マッカトニーはまだ生まれていない。
一緒に「Let It Be」を歌えた(7)ことは私にとってとても光栄なことでした。
彼女と知り合えたことを誇りに思います。そのユニークな才能を尊敬しています。
私や世界中に素晴らしい音楽を届けてくれたドリー・パートンに感謝しています。
いつまでもあなたを愛し続けるでしょう(We will always love you)。
神の御加護を、安らかに。あなたは最高でした。
<脚注>
(1)2人ともRCAレコード所属
チェット・アトキンスは長年籍を置いていたRCAレコードでの役職(ナッシュビル部門
の最高責任者など)を1982年に退任し、同年にコロムビア・レコードと契約を結ぶ。
ドリー・パートンは1960年代半ば〜1980年代半ばにRCAレコードに在籍。
1987年にコロムビアに移籍。2007年に自身のドリー・レコードを設立する。
(2)共演の公式録音はこの曲だけ
ライヴ盤In Concert With Host Charley Pride(1975)にドリー・パートン、
チェット・アトキンスそれぞれのパフォーマンスが収録されている。
裏ジャケットには2人ともステージにいる写真が載っているが、聴いてる限りドリー
・パートンの歌のバックでチェットが弾いてるような音は確認できない。
(3)ケヴィン・コスナーが愛聴していたリンダ・ロンシュタットのアルバム
Prisoner in Disguise(1975年発売、リンダのソロとしては6枚目のアルバム)
プロデューサーはピーター・アッシャー。
ニール・ヤング、ジェームス・テイラー、J.D.サウザー、ローウェル・ジョージ、
ジミー・クリフの曲もカヴァーしている。
(4)出版権の半分を譲渡することが条件
エルヴィスは曲作りにはまったく関与していない。
にもかかわらず無理やり共作名義にして、ロイヤリティの半分を横取りという手口。
トム・パーカー大佐の強欲なやり方で、エルヴィス初期のヒット曲を手がけたジェリー
・リーバー&マイク・ストーラーなど優秀な作家は離れて行った。
当然、楽曲の質は落ちる。
くだらない映画を量産してはそのサントラ盤で儲けようという商法が続いた。
ビートルズその他の英国勢がアメリカのヒットチャートを席巻してる間、キングのエル
ヴィスは不在。その状態が1968年のカムバックまで続いた。
(5)ドリー・パートンの慈善活動や寄付
ドリーウッド財団の設立と運営(子どもの識字能力向上、地元地域の奨学金提供、病院
や自然災害(洪水・山火事など)の被災者支援、地元高校生の卒業までの学費支援、
「イマジネーション図書運動設立(世界の貧困家庭へ毎月1冊の本の寄付)、ナッシュビル
のテーマパーク、ドリーランドの運営、2016年のテキサス大火で家を焼失した人への生活
支援(寄付金約13億円)、2020年の新型コロナウイルス感染拡大の際にワクチン開発
研究費(1.5億円)の寄付、など。
(6)聡明なビジネス・ウーマンであり、自身の音楽の価値を理解してた
この文言が、エルヴィスの申し出をきっぱり断るビジネス・センスと自身の音楽への
信念を表している思う。
出版権やロイヤリティなど金銭感覚がしっかりしたポールならではの眼力だと思う。
(7)一緒に「Let It Be」を歌えた
2023年発表のアルバム「Rockstar」収録の「Let It Be」でデュエットしている。
ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、スティング、リッチー・サンボラ、ジョン・
フォガティ、スティーヴィー・ニックス、ミック・フリートウッド、ピーター・フランプト
ン、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ、エルトン・ジョン、サイモン・ル・ボン、
エミルー・ハリス、シェリル・クロウ、マイケル・マクドナルドら超豪華アーティストが
参加した全30曲、収録時間2時間超えの大作ロック・アルバム。
ドリー・パートンの遺作になってしまった。
<参考資料:Always Listening カバーがつなぐ名曲の旅、クランクイン!、Threads、
つれづれなるままにWINGSFAN、VOGUE JAPAN、BBC NEWS JAPAN、Instagram、
YouTube、RollingStone JAPAN、Wikipedia、en.Wikipedia、Facebook、NATIONAL GEOGRAPHIC、他>
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