前回007の話が少し出たので今日はそのことについて書きたい。
007と言えば絶対ショーン・コネリーだ。僕らの世代なら誰もがそう答える。
毒蜘蛛が体を這う時のギョッとした顔、爆弾の止め方が分らず焦る顔、美女
をたらし込む時の目つき、気障な台詞も身のこなしもカッコイイ。
しかし原作者のイアン・フレミングは当初コネリー起用に反対だったらしい。
コネリーはスコットランド訛りの野性味溢れる男で、監督のテレンス・ヤング
がスーツの着こなしや上流階級の話し方を指導したと言われる。
コネリー自身は付けまつげやカツラでハンサムになるのを嫌がってたそうだ。
さて、ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリーなのだが、僕が初めて見た
007はあろうことか「女王陛下の007 」(1969)なのである。
僕が見たのは中学三年の終わりで、高校受験も終わって開放感からみんなで
映画でも見ようかと名画座で2年遅れで上映していたこの作品を見た。
見終わって、何で女王陛下が出て来ないのに「女王陛下の」なんだろう?
と不思議に思ったものである(笑)
初007が「女王陛下の007 」というのは思いっきりハズしてしまった。
なぜかと言うとボンド役がショーン・コネリーではなかったのだ。
コネリーの降板の後、ボンド役に起用されたのはオーストラリア人でモデル
出身のジョージ・レーゼンビーだった。
コネリーに比べると線が細くいまいちインパクトがない。
さらに「女王陛下の007 」という作品自体がシリーズでは異色だった。
ボンドは追い詰められ衰弱していた。
そしてボンドは助けてくれた女性に本気で恋をして結婚してしまうのだ。
結婚した相手は最後に殺される。
任務を終えて美女とよろしくやる、というそれまでのお約束ではなかった。
オープニングタイトルも女性のシルエットというパターンは踏襲しているが、
過去の作品のシークエンスが出て来たり、あまり美しい出来ではない。
テーマ曲も印象に残らない。
ボンドを探す銃口〜逆にボンドに撃たれて画面に血が流れるというお馴染みの
ガン・バレル(銃口)のオープニングでも音楽が間延びして緊張感がない。
アストンマーチンもほとんで出て来ない。
しかし僕にとっては(初007ということもあるのか)忘れ難い映画である。
何年に一回か無性に見たくなる。
アルプスの山頂の閉鎖的研究所、そこから脱出してスキーで逃走するシーン
とかボブスレーのシーンとか見所もあってなかなか楽しめる映画である。
↓挿入歌はルイアームストロングの「We Have All The Time in The World」
「女王陛下の007 」のボンド・ガール、ダイアナ・リグも僕の好みである。
シリーズ中、最も色気のないボンド・ガールかもしれないけど(笑)
余談であるが、ボンド・ガールでは「ドクター・ノオ」 (1965)のウルスラ・
アンドレスと「サンダーボール作戦 (1965)」のクローディーヌ・オージェも
好きだ。
人気投票では「ゴールドフィンガー」 (1964)のオナー・ブラックマンや
「ロシアより愛をこめて」 (1963)のダニエラ・ビアンキが上位らしい。
この2作品は映画を見たな〜という満足感が味わえる007の王道ですね。
↓左上)ウルスラ・アンドレス、右上)ダニエラ・ビアンキ、左下)クロー
ディーヌ・オージェ、右下)ダイアナ・リグ




