「マン・オン・ザ・ラン」はビートルズ解散後のソロ活動〜ウイングス結成〜解散
までポール・マッカートニーの軌跡を辿るドキュメンタリーである。
MAN ON THE RUNがポールの最高作の誉高いアルバム、Band On The Runの
捩りであることは、彼のファンならすぐピンと来るだろう。
直訳すると「逃走中の男、忙しく動き回る男」(1)で、ポールの性格を考えると
後者の意味も含まれているような気がする。
<作品の概要>
監督はモーガン・ネヴィル。
アメリカの映画プロデューサー、監督、脚本家で、マディー・ウォーターズ、
ジョニー・キャッシュ、スタックス・レコードのドキュメンタリーでグラミー賞
にノミネートされたことがある。
渋めの作品を作る人だが、なぜポールがこの人に依頼したのかは謎。
キービジュアルの写真でポールがダルメシアンを飼ってたことを初めて知った。
もしかしたら今まで知らなかったポールを見れるかも?とちょっと期待。
甘かった。
「マン・オン・ザ・ラン」は既視感の強い、目にタコ?の見たことがある映像を
駆け足でコラージュした薄っぺらく深みのない作品、という感想を抱いた。
それこそ、MAN ON THE RUNである。
ポール本人、リンゴ、ショーン・レノン、エルトン・ジョン、なぜかクリッシー
・ハインドらのインタビュー音声が使われるが、本人たちは出演しない。
制作総指揮はポール。つまりポールの意向が反映されているということ。
映像はストック動画素材だけで作れ、自分も含め現在の映像は使うな、という
オーダーだったのか・・・
<「WINGSPAN」との違い>
2001年に2枚組CDと一緒に制作された映像作品「WINGSPAN」(夢の翼〜
ヒッツ&ヒストリー)の方がよっぽど楽しめた。
監督のアリステア・ドナルドはポールのシングル、The World Tonightの
安上がりなプロモ・ビデオを手がけたことがある。
2001年時点でドナルドはポールの次女メアリー・マッカートニーの配偶者だった。
プロデューサーはポール名義だが、メアリーがプロジェクトを仕切っていたのでは
ないかと思われる。
「WINGSPAN」ではメアリーがポールにウイングスのこと、亡き母リンダのこと
などを訊き、ポールが答えギターで実演してみせる。
最初のソロアルバム「McCartney」のジャケットはリンダが撮った写真で「ジャ
ケットの中の赤ちゃんがお前だよ」とか、親子の会話がよかった。
「マン・オン・ザ・ラン」ではメアリーとステラのインタビュー音声は聞けるが、
本人たちは出演していない。印象的な話もなかった。
歴代のウィングス生き残りメンバーのインタビューがあってもよかったのに。
<レアだと思ったシーン>
目新しさという点では収穫のない作品だが、目(耳)を惹く部分も少しあった。
一つは1973年にジョンがアラン・クレイン(3)を解雇した直後に英国のTV局、
ITNの政治・時事番組「Weekend Television」のインタビューに答える映像。
ジョンは「ポールが正しかった」と素直に認めている。(4)
もう一つは1974年にビートルズの法的な争いがようやく終結し、解散が正式に
認められた時の映像。
複数の書類にサインするポールとジョージが映っている。2人とも嬉しそう。
(リンゴは既にサイン済み、ジョンは後日フロリダでサインした)
最後の一つは、ウイングスのメンバーたちの報酬についてのポールの発言。
「僕は経理じゃないから知らない。要望があるなら自分で交渉すればいいんだ」
と突き放すように言っている。
いかにもポールらしい。自分さえ良ければいいという金銭感覚。
ビートルズ時代も自分だけロイヤリティを高くするよう交渉していた。(5)
この時も他メンバーの非難に「自分で交渉すればいい」とどこ吹く風。
ウイングスのメンバーたちは固定給で雇われていた。
レコードが売れても、楽曲と原盤のロイヤリティはポールとリンダにだけ入る。
作曲のクレジットに入らない限りは(つまり共作名義にならないと)。
ただしライヴの収益はメンバーたちに配分される。
ウイングスが売れて全米ツアーをしていた時期はメンバーたちも潤っただろう。
しかし最初にバスで英国内の大学を回ってた頃はボランティアみたいなものだ。
リンダが妊娠する度にツアーは延期。メンバーたちの生活は困窮した。(6)
ウイングスのメンバーが頻繁に変わるのは、ポールのワンマン体制のせいだけ
ではなく、報酬への不満もあった。
<MAN ON THE RUNで語られるビートルズ解散後のポール>
ジョンの脱退宣言(表面化しなかったが)、ビートルズの事実上解散でポール
はうつ状態に陥り、酒浸りに。
ロンドンを離れ、妻リンダと共にスコットランドの農場に引きこもる。
のマーサ。Martha My Dearで歌われているのはこの子です。
何かできることを曲を作り宅録した結果が最初のアルバム「McCartney」。
これはよく語られる話。
スコットランドの農場で作曲を始めたのは事実だが、宅録作業はロンドンのカヴ
ェンディッシュ・アベニューにある自宅で行われている。
アビーロード・スタジオ(歩いて行ける距離)で使用していた4トラック・レコー
ダーStuder J37を拝借し自宅に持ち込んだ。これは語られない。
ミキシング・コンソールもVUメーターもないため、マイクをレコーダーに直挿し
して録音していた。これもよく語られる話。
必要に応じて、アビーロード・スタジオやモーガン・スタジオで追加録音やミキ
シングが行われた。この部分は割愛される。
「McCartney」はビートルズ時代に作られた曲も多く、ビートルズっぽさが
感じられる一枚であり、こぢんまりした手作り感も個人的には好みである。
しかし酷評された。
奮起したポールは次作のレコーディングをニューヨークで行う。
ポール&リンダの名義で発表されたアルバムRumを最高作と評価する声も多い。
オフコースも真似したDear Boyの重厚コーラス、軽快なカントリーソングの
Heart of the Country、Uncle Albert/Admiral Halseyメドレー、
ビートルズ時代に書いたThe Back Seat of My Carと聴きどころは多い。
しかも完成度が高い。大雑把な曲もあるが、それもまたポール。
Rumではニューヨークの一流スタジオ・ミュージシャンを雇い、オーケストラ
も導入された。
この時のドラマー、デニス・シーウェルがウイングスの初代ドラマーとなる。
これは語られる。
↑右がデニス・シーウェル。Wild Lifeジャケ写撮影時の写真だろう。
ギターのデヴィッド・スピノザも誘ったが断られたという。
売れっ子のスピノザなら固定給で雇われるよりニューヨークで稼いだ方がいい。
ここは触れられなかった。
↑RAMレコーディン中のポールとデヴィッド・スピノザ。
Heart Of The Countryをやってるのかな?
この写真、レアじゃないですか?見つけた時、うれしくなりました♫♪♫
手前の子供はメアリー・マッカートニー。
<ウイングス結成〜最盛期>
元ムーディーブルースのデニー・レインを誘い4人体制でウイングス結成。
その後ヘンリー・マッカロクが参加。
バスで英国内の大学を廻り格安ギャラでライヴをやった話が語られる。
↑ポールはバス好きらしい。
Magical Mystery TourとYellow Submarineの世界観に通じるような。
駄作と言われるWild Life、次のRed Rose Speedwayは触れられない。
1973年に英国ATVで放送されたJames Paul McCartneyと題した特番。
Live and Let Die、Mary Had a Little Lamb、My Love、
ロンドンブーツを履いたポールがダンサーたちと踊るミュージカルなどが
ちらっと映る。
↑ポールのアコギ弾き語りメドレー。
James Paul McCartneyで一番おいしいシーンだった。
で、いよいよBand On The Run制作秘話というかお馴染みの苦労話。
思いつきでラゴスのEMIスタジオでレコーディングすることに。
ラゴス行き反対のデニスとヘンリーが脱退。
ポール夫妻とデニー・レインの3人でレコーディングに臨む。
↑ポールは一人何役もこなす。ドラムも叩き評価された。
スタジオがお粗末だった話、強盗に襲われたエピソードなど。
↑ポールの右はリンダの連子ヘザー(Let It Beでスタジオで遊んでた子)、
右はメアリー、手前は今や世界的デザイナーのステラ・マッカートニー。
リンダの発案で囚人が脱走するジャケットに。俳優を雇って撮影・・・
1974年にTV放送用に収録されたもののお蔵入りとなったスタジオ・ライヴ
One Hand Clappingの映像がちらっと映る。
ギタリストのジミー・マカロックと短期間在籍したドラマーのジェフ・ブリ
トンが参加している。
ポールは「この頃が一番よかった」と言ってる。ふーん、そうなんだ・・・
<ウイングス後半〜解散>
続くVenus and Marsについては語られない。これも名盤なのに。
翌1976年の全米ツアーについて。
Rock Show(2)の映像はリマスターされクリアーになっていた。
Wings at Speed of Sound、再び3人体制で制作されたLondon Town
については語られなかった。
全英シングルチャート9週連続1位の大ヒットとなったMull of Kintyre
については語られる。
スコットランドのポール宅の屋外でギター、ボーカル、地元のバグパイプ・
バンドの演奏を録音したことなどが紹介される。
↑右の女の子は次女のメアリー・マッカートニー。
アルバムMcCartneyでポールの胸元にすっぽり入ってたあの赤ちゃん。
すでに垂れ目のマッカートニー家系の顔になっている。
バグパイプのキーに合わせるため途中から転調しているが、これが印象的
で功を奏した。という話は省いていたような。
セッション前夜、泥酔したジミー・マカロックが農場で暴れたため、激怒
したポールがジミーを解雇した件については触れられなかった(笑
ウイングス最後のアルバム Back to the Eggについてもスルー。
ギターにローレンス・ジュバー、ドラムにスティーヴ・ホリーを迎え、
ウイングス史上最も演奏力があったのに。いい曲もあったし。
デヴィッド・ギルモア、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ
も参加したロケストラについても一言もなし。
↑右端、ロニー・レインの後のドラムがジョン・ボーナムなのでは?
フィル・スペクターみたいな大編成録音をやってみたかったのか?
残念ながらウォール・オブ・サウンド(3)にはなっていない。
日本で大麻所持で逮捕、ジョン射殺でショックを受けた話で終わる。
<MAN ON THE RUNの評価>
Amazonの視聴者評価は4.8(5点満点)、 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎の割合 85%。
かなり高評価である。
IMDb(ストリーミングコンテンツに関連する情報を集めたオンライン
データベース)は7.5/10。(個人および批評家のレビューが含まれる)
実はIMDbもAmazonの子会社が運営してる。
Redditの評価は賛否両論。
低評価の意見は概ね僕と同じであった。
この作品はAmazon Prime独占配信で2026年2月27日から始まった。
僕は初日に見た。
視聴後、Amazonからレビューの依頼メールが来た。
正直に書いた。低評価である。
Amazonからお礼と「レビューが反映されました」というお知らせ。
しかし僕の評価は載っていない。
ちなみに同時期、Amazon Prime独占配信でニコール・キッドマン主演
の「スカーペッタ」(原作:パトリアシア・コーンウェル)が始まった。
1話目を見てつまらなかったので続きは見ないことにした。
辛口のレビューを書いたが、これまた反映されていない。
他の商品の評価はちゃんと載っている。
Amazon Primeオリジナル作品の評価を下げるのが嫌なので揉み消した?
まあ、いいんだけどね。
(1) MAN ON THE RUN
1949年公開の英国映画にMAN ON THE RUNという作品がある。
戦後イギリスで逃亡生活を送る陸軍脱走兵が強盗事件に巻き込まれ、指名
手配されてしまう。
警察の追跡を逃れながら逃亡し、無実を証明しようと真犯人を探す。
この映画でのMAN ON THE RUNは「逃走中の男」だ。
(2)Rock Show
ウイングスは1976年5月から6月にかけての全米ツアー31回の公演で60
万人もの観客動員数を記録。
本作は67,100人を集めた6月10日のシアトル・キングドーム公演を中心
に5月25日、6月22日、6月23日のステージを収録した映像作品である。
(3)アラン・クレイン
1960年代〜70年代にビートルズやローリングストーンズのマネジメント
を手掛けた、米国出身の悪名高い音楽マネージャー・実業家。
卓越したビジネス手腕でアーティストの利益を最大化する一方、強引な
手法でアーティストの収益を搾取したり横領していた。
(4)「ポールが正しかった」と素直に認めている。
Let’s say that possibly Paul’s suspicions were right
... and the time was right refers to his decision to
fire business manager Allen Klein.
(5)自分だけロイヤリティを高くするよう交渉。
1969年にマネージャーを選ぶ際ポールは義父のイーストマン氏を推すが、
他の3人は「ポールがまた自分に有利になる算段をしてる」と懐疑的になり、
アラン・クレインを支持する。
ビートルズの分裂〜法廷闘争やバンド内紛争の引き金となる。
(6)メンバーたちの生活は困窮。
入れ代わりの激しいウイングスにおいて最後までポールを支えたデニー・
レインも経済的な困窮により破産。ポールから借金をしたと言われる。
その際、借金返済の担保として、彼がポールと共作したウィングスの大
ヒット曲「Mull of Kintyre」を含む楽曲の権利をポールに売却した。
デニーの経済的困窮は薬物依存も一因と言われている。
(7)ウォール・オブ・サウンド(Wall of Sound)
1960年代にプロデューサーのフィル・スペクターが確立した音楽制作手法。
多数のミュージシャンをスタジオに集めて同時に演奏させ、モノラル録音
で強いリバーブ(残響)をかけることで、重厚で迫力のある「音の壁」の
ような一体感を生み出した。
スペクターはジョージ・ハリソンのAll Things Must Passでステレオ
でもウォール・オブ・サウンドが成立することを証明した。
<参考資料:Gearspace、The Beatles Complete U.K.Discography、
The Paul McCartney Project、Quora、IMDb、Reddit、YouTube、
en.wikipedia.org、Far Out Magazine、The Beatles Bible、>
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