2023年11月11日土曜日

ビートルズ最後の新曲「Now And Then」を深掘り。<前篇>



ビートルズ最後の新曲「Now And Then」が11月3日に発表された。
報道番組を始めいろいろなメディアで紹介されてる。
既に耳にした方も多いだろう。

主要な配信チャートで1位をつけ、全英シングル・チャートで1位を獲得。
1969年リリースの「The Ballad Of John And Yoko」以来54年ぶり。
通算18曲目となるそうだ。(エルヴィスの通算21曲に次ぐ歴代2位




↓「Now And Then」を試聴できます。
https://youtu.be/AW55J2zE3N4?si=yZXQp4ytOej7445F




<「Now And Then」はなぜこんなに注目され話題になっているのか?>

生前のジョンが自宅で録音したカセットテープのデモ音源からジョンの声だけ
抜き出し、生存するメンバーが演奏や歌を加えビートルズの曲として蘇らせた。

その点は1995年の「Anthology」プロジェクトで発表された「Free As A Bird」
「Real Love」と同じである。
それぞれ全英シングル・チャートで2位、4位をつけたが、それほど大きな話題
にはならなかった。


今回の「新曲」がこれだけクローズアップされてるのはなぜだろう?

ビートルズという偉大なロック・バンドが解散して半世紀が過ぎ、ジョン・レノン
の死から40年以上、ジョージ・ハリソンも2001年に他界し20年以上経っている。

1995年のリユニオンの際は限界があった「音質の悪いデモテープからジョンの
声をクリアーに抜き出す」作業が、最新テクノロジーのAIを使うことで可能にな
り、ビートルズの曲として完成した。

平たく言うと「AI」というキーワード × 「ビートルズというレジェンドの再生」
が人々の心の琴線に触れたのではないだろうか。





↓「Now And Then」のミュージック・ビデオが観られます。
https://youtu.be/Opxhh9Oh3rg?si=Krb4UA7osQhLiIji




<配信に加え、レコードとカセットテープでの発売>

配信+アナログ・レコードとカセットテープという発売形態も話題になった。




7インチ・シングルはブラック、クリア、ブルー、マーブル(ブルー&白)の4色。
10インチ・シングルはブラック。
12インチ・シングルはブラック、レッドの2色。

カセットテープはノーマル・ポジション。

要望が多かったせいか、後からCDの限定発売も追加された。





ジャケットのカヴァーアートは寒色の地に白抜きのタイトルだけ、とシンプル。
そっけないというか、寂しい感じもする。切ない曲調を踏まえてのことだろう。
「NOW AND THEN」を強調する狙いもあるのかもしれない。
12インチのレコードが店頭に並んだら、それなりにインパクトがありそうだ。



ジャケットの裏面はポップ。「THE BEATLES」のクレジットが入る。




B面はデビュー曲「Love Me Do」の2023リミックス。

赤盤・青盤の2023リミックス(ほぼ全ての曲がデミックス技術を使った最新
ステレオミックス、CDとLPで発売)への呼水、といったところか。
青盤の最後に「Now And Then」も収録されるらしい。






<ジョンが残したデモテープとは?>

ジョンは1970年代後半、主夫業に専念し音楽活動から遠ざかっていた。
「何年もギターは壁にかけたまま埃をかぶっていた」とジョンは言っていたが、
実際は時々ピアノやギターを弾きながら作曲をしカセットに録音していた。





1994年に「Anthology」プロジェクトが持ち上がり、ポールがオノ・ヨーコに
相談すると、ジョンの遺作3曲が入ったカセットテープを渡されたという。
ラベルに「For Paul」と手書きされたテープには「Free As A Bird」「Real 
Love」「Now And Then」の3曲が録音されていた。


実はジョンが残したデモ音源は他にも存在する。(1)
1996年にはそれらを編集したブート盤がVig-O-Toneレーベル系列のPeg Boy
から発売された。





↓ジョンがダコタハウスで録音したデモ音源集が聴けます。
https://youtu.be/E1CK4MV-zpM?si=Qq6nnpqOw4lALzPU







































1〜3曲目はヨーコがポールに委ねた音源。
「Real Love(Take 4)」のギター弾き語りヴァージョンは、映画「イマジン」の
冒頭で使われた。
「Anthology」で使用された Take 1(ピアノ弾き語り)より出来がいいと思う。

「Grow Old With Me」は生前ジョンが「結婚式で流れるようなスタンダード
・ナンバーにしたい」と願っていたそうだ。
ジョージ・マーティンによるストリングスが加えられ、1998年発売の「John 
Lennon Anthology」に収録された。

公式発表されていないが、「India」も個人的には好きな曲だ。

ヨーコは前述の3曲がビートルズとして完成させるのに相応しい(深読みすると、
「Grow Old With Me」はジョンの作品でありポールに委ねたくない?)と判断
したのだろうか。



<1994年「Anthology」プロジェクトでの取り組み>

当初は「Anthology1、2、3」それぞれに、ジョンの遺作に残された3人が演奏
と歌を加えた3曲を収録する予定だった。

ジョージの推薦でジェフ・リンがプロデューサーとなり、ピアノを弾きながら
歌うジョンの声だけを抜き出す試みが行われた。

(1994年当時はたぶんボーカル成分の1kHz周辺の音だけ残し、ピアノやノイズ
の周波数帯域をカットする、という作業が行われたのではないかと推測する)



Free As A Bird」は文句なしにいい曲だった。
それでいてサビは歌詞ができていなくていい加減に歌ってる。
ポール、ジョージ、リンゴが考えて手を加える余地があり、ジョンと一緒に演奏
してるような感覚で楽しかったという。

「後は君たちで完成させてくれ、とジョンがスタジオを出て行った」と考える
ことにしたんだ、とポールは言っていた。




一方「Real Love」は既に曲として完結していたため、ジョンの歌にオーヴァー
ダブを行う作業で、あまり気が乗らなかったという。

テンポアップのためか?テープ速度を上げ、キーが1音高くなっている。
その結果、ジョンの声は不自然に聴こえる。

(デジタル編集でキーを変えずに速度を上げられるようになるのは10年後。
この時点では、テープの回転数を上げる=ピッチが上がる方法しかなかった)


またコーラスやジョージのスライドギターも盛りすぎで、原曲の良さを損なっ
てるという印象を抱いた。
(ギター弾き語りヴァージョンのTake4と比べるとよけいそう思う)



3曲目の「Now And Then」は着手したものの、1日で中止となった。
元のテープの音質が悪くて断念したと言われるが、それは他の2曲も同じだが。
この音源には家電製品のビーというハムノイズや生活音も混ざっていた

早い段階でジョージが「この曲はやりたくない」と難色を示したらしい。
音質だけでなく、曲調や曲の構成についてもやりにくさを感じたためか。
ポールはジョージの意見を尊重して、「Now And Then」を諦めたのだろう。






<近年の驚異的な技術の進歩で蘇った「Now And Then」>

「Now and Then」は近年、奇跡的に進歩したスタジオの恩恵を受けている。

2021年に配信公開された3部作の長編ドキュメンタリー「Get Back」では、
ピーター・ジャクソン監督のチームが4人の会話と演奏をAIに学習させ、アルゴ
リズムを使って個々の成分を抽出し音を分離させるソフトウェアMALを開発

これにより複数の音が混ざり合っていても、ジョンの声、ポールの声、ギター、
ピアノ、とそれぞれクリアーに個別に取り出せるようになった。


このソフトウェアを使った「デミックス」と呼ばれる新しい手法はジャイルズ・
マーティンによって、「Revolver」2022リミックスに応用される。



この一連の技術革新を目の当たりにしたポールは、AIによるデミックスを使えば、
一度は諦めた「Now and Then」を完成させられる、と確信したようだ。

ポールは「Now and Then」を諦めきれずにいたのだろう。
リンゴも賛成し、2022年からポールとジャイルズ・マーティンのプロデュース
で再びこの曲が取り上げられ完成に至った。





その結果「Now and Then」は「Free As A Bird」の時よりいい音になった
ジョンの声は鮮明で生々しく、まるでアビイロード・スタジオで録音された
もののように聴こえる。

ポールは「魔法のような素晴らしい経験だった」とBBCラジオ1に話した。
「スタジオにいると、ジョンの声が耳に入ってくるから、すぐ隣のボーカル・
ブースにジョンがいると想像できた。
また一緒に曲を作っているんだと思えて、とてもうれしかった」と。
リンゴも「ジョンが部屋にいるみたいな感覚で最高だった」と言う。




「Now And Then」は1978年に録音したジョンの声、1994年にポール、ジョ
ージ、リンゴが加えた演奏とボーカル、そして2022年にポールとリンゴが新た
に録音した演奏と歌、と時代を超えてビートルズ4人全員が参加している。

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの全員がクレジットされる曲としては最後
のものになるかもしれない、と言われる。
ロック史上最も偉大なバンド、ビートルズのラスト・ソングだ。



「Now And Then」はジョンが「君が恋しい」と歌っている「切ない」曲だ、
聴く人が「愛する気持ち」になってくれるといい、ビートルズは愛を広めようと
していたから、「気持ち」がキーワードだと思うとポールは言っている。




<音楽業界の「Now and Then」への評価>

ローリングストーン誌は「ビートルズとファンに実にふさわしい、見事な最後
の作品だ」と評した。
「今も昔も君が恋しい(Now and then I miss you)」という歌詞が出てくる
瞬間は、控えめに言っても実に強烈な印象だ」としている。

BBCラジオ6ミュージックのローレン・ラヴァーンは「ひたすら美しくて泣いて
しまった」と話した。

英国ガーディアン紙は星5つのうち4つをつけて「バンドの絆を愛情たっぷりに
たたえた」曲だと評した。




音楽サイトCLASH は「幸福感に満ちたセンチメンタルな曲で、素晴らしい感染力
がある」と評している。

一方で、これまでのビートルズの曲には匹敵しないという意見も出ている。
英国テレグラフ紙は3つ星をつけたうえで「ビートルズの最高級のバラードに見合
うほどの高みには届かない」と指摘した。

米芸能業界誌ヴァラエティは「ビートルズの全作品とメンバー各自のソロ全作品
という偉大過ぎる業績に匹敵するか?という質問は不公平だ」としている。
「もちろん匹敵しない。それでも、思わぬ喜びを与えてくれた」と。



<「Now and Then」を聴いた印象>

以前デモ音源を聴いた時は「Mind Games(1973) 」以降のジョンの作品にあり
がちな、ちょっと陰鬱な曲という印象を受けた。
「Double Fantasy(1980)」に入ってても違和感がないだろう。

同時にこれをビートルズの楽曲として完成させるのは難しい、とも思った。



しかし2023年の新曲「Now and Then」は喪失感は残しつつも、陰鬱さは払拭
し、きれいにまとまっている。しかも、いろいろなアイディア、仕掛けが満載だ。

次回詳しく書くが、唐突感のある転調の2nd.ヴァース(サビ)をカットして1st.
ヴァースとコーラス部だけにしたのは正解だったと思う。
ジョンだけではなくジョージへのオマージュも感じる工夫もされている。





ヴァラエティ誌が評しているように、過去の作品と比べるのはフェアじゃない。
既にこの世にいない2人と生き残った2人、最新技術のおかげで4人の共演が実現
し、2023年にビートルズの「新曲」を聴けたことを素直に喜ぶべきだろう。


※次回は、カットされたサビと曲構成、加筆された歌詞、ポールが歌った部分、
ギターの間奏、凝ったコード進行と巧みな転調など、深掘りします。



<脚注>

2023年8月14日月曜日

ランディ・マイズナー、ロビー・ロバートソンの死を悼む。



1970年代のロック史に名を残す優れたミュージシャンが相次いで二人、
亡くなった。


一人は元イーグルスのベーシスト、ランディ・マイズナー。
7月26日、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の合併症により死去。77歳没。

2004年頃から心臓疾患を患い、人前で演奏する機会は減ったらしい。
2016年に再婚した妻が銃の暴発で命を落とす。
ランディもアルコール依存症や双極性障害に苦しんでいたそうだ。


もう一人はザ・バンドのメンバーであったロビー・ロバートソンだ。
8月9日、80歳で逝去。長い闘病の末に、と書かれている。
音楽関係筋によると、パーキンソン病だったという説もある。






<ランディ・マイズナーの足跡>

1969年、元バッファロー・スプリングフィールドのリッチー・フュー
レイ、ジム・メッシーナらとポコを結成。
しかしフューレイ、メッシーナとの対立から、デビュー・アルバムの
リリース前にランディは脱退する。



↑ポコ時代の
ランディ・マイズナー(中央)右がジム・メッシーナ。


ジェームス・テイラーのセッションへの参加、LAのトルバドール出演
など、ベーシストとしてランディは実績を重ね評価を得ていく。
黒人ベーシストにも通じる弾むリズム感を持ち合わせていた)

ボーカルの音域も広く高域パートを歌えるため、ビーチボーイズやCSN
の流れを汲むカリフォルニア流のハーモニー構築に重宝された。


1971年夏、リンダ・ロンシュタットのバック・バンドに採用される。
そこでドン・ヘンリー、グレン・フライ、バーニー・レドンと出会う。
イーグルスを結成し、アサイラム・レコードと契約。(1)
1972年にデビュー・アルバムを発売。

4枚目のアルバムではランディが作曲し歌ったTake It To The Limit
が、イーグルス初のミリオンセラー・シングルとなる
彼ならではのハイトーンが冴える曲で、コンサートでも盛り上がった。



↑左がランディ・マイズナー。


↓1977年のコンサートより。Take it to the limitが聴けます。
https://youtu.be/awfqcbZa8VI




グリッサンドが印象的なOne of These Nights、レゲエのリズム感を
取り入れたHotel Californiaなど、ランディのベースラインが骨格を成
している曲も多い

愛器はフェンダー・プレシジョンベース、ジャズベース、リッケンバッ
カー4001で、指弾きしている。





バンドがドン・ヘンリー、グレン・フライの専制的になったこと(2)
ジョー・ウォルシュ加入でバンドの音がよりハード路線になったこと、
Hotel Californiaの大ヒットで多忙な生活に疲れたことなどが重なり、
1977年9月にイーグルスを脱退する。

イーグルスのツアーはアンコールでTake It Easyをやるのがお約束で、
最後のランディーのハイトーンで観客が盛り上がる。
ランディーは毎回これをやるのにうんざりしてたという。
グレン・フライに強要されたが、ステージに上がるのを拒んだため
「それなら辞めろ」と解雇通告されたそうだ。(グレン・フライ談)




<イーグルス、脱退後のランディ・マイズナーの来日>

イーグルスの初来日は1976年2月のOne Of These Nightsツアーだ。

オーディエンス録音のブートを聴くと、「ランディー」と女性ファン
の声が入っている。
それを嘲るようにグレン・フライが「Randy,Randy」と言っている。
日本ではランディーが女の子に人気があったのだ。




1979年9月のThe Long Runツアーはランディは脱退後だった。
後任のティモシー・シュミットもポコ出身でハイトーンを得意とした。
バンドの不仲、まとまりの悪さが伝わり、残念なコンサートだった。
(この後、イーグルスは活動停止、正式解散を発表する)


イーグルスのメンバーとしてのランディ・マイズナーを見る機会はな
かったが、1990年、1991年にまさかのポコ再結成で来日している。
僕は1991年7月、渋谷オーチャードホールで見た。



↑再結成したポコ。右から2人目がランディ・マイズナー。



ジム・メッシーナ、ラスティ・ヤング、ランディ・マイズナーの3人
によるアコースティック・セッションである。

やっとランディ・マイズナーを生で見ることができた。
Take It To The Limit、Midnight Flyerも歌ってくれた。





しかもポコの前にバニー・レドンがイーグルス時代の持ち歌を含めて
5~6曲歌ったのだ。何て「おいしい」コンサートだろう!
1979年のイーグルス(武道館)よりよっぽどいい。



1996年イーグルスがロックの殿堂入りを果たし新旧メンバーが一堂
に会した際、ランディ・マイズナーとバニー・レドン、ドン・フェル
ダーもスピーチをし、演奏にも加わった。(2)
ランディ・マイズナーの姿を見たのはこれが最後だったと思う。



↑左が
ランディ・マイズナー。




<ロビー・ロバートソンの足跡>

ザ・バンドはアメリカ南部のスワンプ・ロックのグループだが、アメ
リカ人はリヴォン・ヘルムだけで、他の4人はカナダ人である。

ロバートソンは1965年にディランのバックバンド、ホークスに加入。
(ディランがアコギからエレキに持ち替え、世界中の会場でブーイング
を浴び、物を投げつけられた時代だ)


ホークスはザ・バンドと改名し、1968年にアルバム「Music From The
Big Pink」でデビューする。



ロビー・ロバートソン(右)以外はむさ苦しいオッサンっぽかった


サイケデリックとプログレッシブがロックの主流だった1960年代末に、
R&Bやゴスペルなどアメリカ南部音楽の深淵をなぞるような、土臭い
サウンドを作り出していたのが画期的だった。





デイヴ・メイソン、クラプトン、ジョージ・ハリソンら英国のミュージ
シャンもザ・バンドの虜になった。
クラプトンとジョージはザ・バンド加入を申し出たくらいだ。

映画「イージー・ライダー」にThe Weightが使われたこと、1969年8
月のウッドストック・コンサート、ワイト島フェスティバルへの出演
多くの人に知られ、トップクラスのライブバンドとしての名声を得る。





リーダー的存在のロビー・ロバートソンのギター・スタイルを特徴づけ
ていたのが、チョーキング&ビブラートとピッキング・ハーモニクスだ。
ピッキング・ハーモニクスは、ピックを斜めに当てながら親指の腹で
ミュートさせ、独特のコキコキという音を生み出す奏法である。(3)


僕は正直言ってザ・バンドの土臭い音楽がそれほど好きではない。
だけどロビー・ロバートソンはカッコよかった。

ザ・バンド以外のセッションでの演奏も特徴的だからすぐ分かる。
ロビー・ロバートソンが弾くと渋みが加わって曲が引き締まるのだ。
ライ・クーダーと同じ職人気質の名脇役といったところだろうか。





↓クラプトンとディランのデュエット、Sign Language。
ロビー・ロバートソンの表情豊かな渋〜いギターが聴けます。




ザ・バンドは9枚のアルバムを発表し、1976年に解散した。
ロバートソンはアルバム制作重視の意向で、ツアー活動にこだわる他
メンバーとの対立が激しくなる。
特にリヴォン・ヘルムとロバートソンの確執は大きかった。
リチャード・マニュエルはストレスから酒とドラッグに溺れてしまう。

問題を抱える中、ロバートソンは1976年にライヴ活動の停止を発表。
11月にサンフランシスコでラスト・コンサート(実質は解散コンサート
となった)が行われ、ディラン、クラプトン、ニール・ヤング、ジョニ・
ミッチェル、エミルー・ハリスなど大物ミュージシャンが参加した。




この模様はマーティン・スコセッシ監督が撮影し、映画「ラスト・ワル
ツ」として公開。サントラ盤もリリースされている。



↓クラプトンのギター・ストラップが外れ、ロビー・ロバートソンがソ
ロでつなぐ有名なシーン。
https://youtu.be/78gR3Dlj7l0





※ロビー・ロバートソンのストラトキャスターに注目!
センターのピックアップを外しフロントとリアだけにしてある。
たぶん配線も直列に変え、フロント+リアでハムバッキング効果が出る
ようにしてあるのだろう。

この他にセンターのピックアップをリアと並べて配しているブロンズの
ストラトキャスターも使用している。(上のディランと共演してる写真)



ロバートソンの独断で強行されたこの企画にリヴォン・ヘルムは反対。
他のメンバーも解散を望んでいなかった。
このことからロバートソンと他の4人との間に確執が生まれてしまい、
後の再結成の際にはロバートソンは参加しなかった




<ザ・バンド再結成と来日>

1983年ロバートソン抜きで再結成しツアーを行なう。初来日も果たす。
ザ・バンド名義で1987年、1994年にも来日公演を行なっている。




1992年ディランのデビュー30周年コンサートにザ・バンドが出演。
(ロビー・ロバートソンは不参加)



1994年、ザ・バンドはロックの殿堂入りを果たす。
式にはロバートソンも参加。反発したリヴォン・ヘルムが参加を拒否。
5人が揃って演奏することは叶わなかった。






<ロビー・ロバートソンの活動と来日>

ザ・バンド解散後はセッション・ギタリスト、音楽プロデューサーと
して活動。マーティン・スコセッシの映画で音楽監督を務める。

1987年に初のソロ・アルバムを発表。
ユダヤ系カナダ人とモホーク族インディアンの混血であることを明かし、
その出自について歌った作品であるとコメントした。


2作目の「Storyville」(1991)はニューオーリンズ音楽の影響が伺える。
ミーターズ、アーロン・ネヴィル、ニール・ヤングがゲスト参加。

このアルバム発売に合わせて来日。
プレスミーティングに招待され、ロビー・ロバートソンに会って来た。





映画「ラスト・ワルツ」の印象でクラプトンと背格好は同じくらいと
思ってたが、かなり大柄な人だった。

ロバートソンはクラプトンと同じグレンチェックのシャツを着ていた。
会場にいたワーナーの女性A&Rにそのことを言うと「あー、あれ、アル
マーニですよ。日本でも76,000円で売ってます」とのこと。
青山のアルマーニに行ったら本当に76,000円で売ってた。無理。。。
ユナイテッドアローズで似た雰囲気のシャツを見つけ(セールになるの
を待って)買った(笑)


その後もインディアンの伝統音楽に影響を受けた作品を発表する。
2008年にはザ・バンドとともにグラミー賞特別功労賞を受賞。
ローリングストーン誌の歴史上最も偉大な100人のギタリスト(2011
年)で59位に選ばれている。







2019年カナダでドキュメンタリー映画「ザ・バンド かつて僕らは兄弟
だった」(Once Were Brothers: Robbie Robertson and the Band)
が公開された(日本では2020年公開)。






↓映画の予告編が見れます。
https://youtu.be/43nM_Z2Fuj4



マーティン・スコセッシが監督だからいい作品に仕上がってるはずだ。
貴重な演奏シーンもあるだろうから見てみたい。

しかし他のメンバーが既に他界し、ロビー・ロバートソンの視点だけ
で語られるザ・バンドというのはフェアではないと思う。
唯一の生存者、ガース・ハドソンのインタビューもカットされてる。


どのグループにも確執はあるのは分かる。
でもロビー・ロバートソンとリヴォン・ヘルムの痼りは尋常じゃない。

メンバー5人のうち4人が他界してしまった。
ザ・バンドは天国で再会し仲良く演奏することもないだろう。





<脚注>

2023年7月21日金曜日

「夏こそロックTシャツ!」と言いたい。

 いやー、それにしても暑い。暑い、暑いっ!
この国は温帯モンスーン気候から亜熱帯気候に変わったのだろうか。

夏はTシャツ1枚で過ごすことが多い。
それだけにグラフィックTシャツは趣味=ロックで遊びたい。
さりげなく、控えめに。

個人的にはアビイロードのジャケットをプリントしたTシャツとか、
誰が見ても分かるようなものはちょっと苦手かな。
分かる人にしか分からない、くらい捻りが効いてるのが好きだ。



たとえば、この「Revolution No.9」とか。
20年くらい前に原宿のビートルズ専門店「GET BACK」で買ったもの。
オフィシャル製品。地のTシャツはAlstyle Apparel  & Active Wear製。
ヘビーウェイトのリングスパン・コットン。




あえて古着のように褪色したロゴ、袖や背面にも配された☆がいい。
生地は薄めでUネック、7分袖。裾裏のオレンジのステッチも凝ってる。
オフィシャル製品で斉藤和義×BIGI。2010年か2011年だったと思う。




このポンド・マークは何なの?と思われる方も多いだろう。
EMI傘下のパーラフォン・レーベルのロゴだ。
ビートルズがデビューから1968年アップル社設立まで在籍してた。
英国盤を買ってた人にとっては思い入れのあるマークだと思う。




グレッチといえば、チェット・アトキンス、カール・パーキンス、ジョ
ージ・ハリソンらが愛用したギターが有名である。
が、ドラムセットのメーカーでもある。
アート・ブレイキー、エルヴィン・ジョーンズ、などのジャズドラマー、
ジャズ畑出身のメル・テイラー、チャーリー・ワッツも愛用してた。
僕はこのグレッチのドラム・ロゴが好きだ。




半欠けのタイポグラフィ。ピンクフロイドと読みにくい点がいい。
そもそもピンクフロイドはロゴが一定してない。作品ごとに違う。
では、このタイポグラフィはいつ?どのアルバムで使ったのか?



2014年発表の最後のアルバム「The Endless River(邦題:永遠)」
裏ジャケットにこの半欠け文字でPINK FLOYDと記されていた。




2008年に死去したリック・ライトが残したセッション音源に
デイヴ・ギルモアとフィル・マンザネラ (ロキシー・ミュージック)、
ユース (キリング・ジョーク)、が音を重ねたインストゥルメンタル。
ニック・メイスンは参加してるが、ロジャー・ウォーターズは不在だ
し、ピンクフロイドの作品というにはいささか難があると思う。






ピンクフロイドの「Atom Heart Mother(原子心母)」のジャケット
から牛さんだけ切り取ってモノクロのアップにしたデザイン。
ちなみに世界一有名なこの牛はルルベルIII世という名前だそうだ。




グレイトフル・デッドのファンではないが、アートワークは好きだ。
トレードマークにもなっているマーチング・ベア(ダンシング・ベア
と紹介されてることが多いが行進してる)が掠れた色合いで、グレー
と白のタイダイの地によく合ってる。(Abercrombie&Fitch製)
知らない人はアニメ好きの老人と思うかも。だから外では着ない(笑)




これもグレイトフル・デッドのライヴ盤「Skull & Roses」に使用さ
れたデザインで、彼らのアイコンの一つとなっている。
掠れた色合いが、強すぎるインパクトを中和してくれている。
(Abercrombie&Fitch製)
近年、上述のクマといいこのスカルといい、いろいろなブランド、
ショップがこデッドのアートワークを取り入れている。
音楽を聴いたことはないけど、グレイトフル・デッドの名前だけは
知ってる、という人も多そうだ。




以前も紹介したが、ニルヴァーナのカート・コバーンが生前好んで
着ていたダニエル・ジョンストンの不思議なイラストのTシャツ。
これは人気らしくコピー商品が出回っている。
が、文字の位置、宇宙人?の大きさ、線の太さなどビミョーに違う。
これはロックTシャツで定評があるアメリカのWORN FREE社製。
みごとにいい具合に再現している。
カート・コバーンが着てたTシャツは半袖ではなく長袖だった。




同じくWORN FREE社製カート・コバーンのレプリカTシャツ。
Sound Magazineというアメリカの音楽誌(廃刊)のロゴである。
(カート・コバーンが着てたのはスウェット・シャツだったが)

スノーマンのメンバーがよく似たデザインのTシャツ着ている。
セントマイケルというブランドだそうだ。


オマージュかパロディーなのだろう。
Sound Magazine自体が既に廃刊で商標的にも問題ないはずだ。
スノーマンのファンはセントマイケルが本物で、
Sound Magazine
のレプリカがそれをパクってる?と思うかもしれないね。




デュラン・デュランもよく聴いたな。武道館に見に行ったし。
これは1984年の全米ツアー・Tシャツのレプリカ。
アルバム「Seven And The Ragged Tiger」をモチーフとしている。
背面にはツアーの日程と会場が記されている。
ベージュ地でソフトな色使い。生地も柔らかく着心地がいい。
(Abercrombie&Fitch製)




ツェッペリンの1975年全米ツアー・Tシャツのレプリカ。
ちょっと気後れしたが、実物はスワン・レーベルもバンド名も
どぎつくなく、きれいな配色だった。(Hollister製)
ネル・シャツの下に着ることが多い。




ぎょえー!やっちゃいましたね。ベタすぎる?
ストーンズの1978年全米ツアー・Tシャツのレプリカ。
実物は掠れた黒地に、赤や青も掠れた感じでなかなかいい。
妻が着てます。



さて、最後にご紹介するのはバンドTシャツではないが。
2019年にDIESELが販売したTシャツである。
粗いタッチで描かれたエレキギターを持つ狼(らしい)。
イエィ!ロックだぜぃっ!って感じしませんか?



黒地に白、赤地に黒があって僕は後者を買った。
(着用モデルは筆者ではありません)