2024年6月18日火曜日

フレンチポップスの女神、フランソワーズ・アルディが死去。




フレンチポップスを代表する歌手の1人で、1960年代のスタイルアイコンでもある
フランソワーズ・アルディが6月11日に亡くなった。(享年80歳)

一番好きな女性歌手で、憧れの女性でもあった。とても残念だ。


2004年に悪性リンパ腫と診断され、長く闘病生活を送っていたそうだ。(1)
それでも音楽活動は続けていた。
2018年に最後のアルバム「Personne d'autre」を発表。

2021年に病状の悪化から歌手活動を引退している。
ル・モンド紙によると、死因は喉頭がんだったとのこと。
昨年「あまり苦しまずに早く逝きたい」と語ったとパリ・マッチ誌は報じている。
安楽死を認める議論を復活させるよう、マクロン大統領に訴えていたそうだ。

安らかにお眠りください。




(写真:GettiImages)



アルディは1962年、18歳で自作のデビュー曲「Tous les Garcons et les Filles
(男の子と女の子)」がヒット。一躍スターになった。

明るい3連ロッカバラード(4/4拍で1拍が3連符。タタタ・タタタ・・・)だが、
「同じ歳頃の男の子と女の子は並んで歩くけど私は一人」と孤独感を歌っている。



↓「Tous les Garcons et les Filles(男の子と女の子)」






(写真:GettiImages)



ちょうどシャンソンから英米のロックの影響を受けた「イエイエ」(2)と呼ばれる
フレンチポップスへと潮目が変わり出した頃である。
当時、大人気アイドルだったのが前年にデビューしたシルヴィ・バルタンだ。(3)





↑シルヴィ・バルタンと。



シルヴィ・バルタンが気が強くワガママなクラスの女王様(笑)なら、フランソ
ワーズ・アルディは一人静かに窓の外を眺める大人っぽい娘のイメージだろうか。






イエイエの時代において、華やかなエンターテイナーとしてステージで本領発揮した
バルタンとは対照的に、ギターを弾きながら淡々と歌うアルディは、シンガー&ソン
グライター然とした珍しい歌手だった。

ギターなしで歌う時は、派手な動きもなく不器用で素人っぽい印象すら与える。
そこが、かえって魅力だった。






アルディは正規のボイストレーニングを受けていない。
しかし「素朴で人を虜にする歌声」という天賦の才能を持っていた。

透明感のあるウィスパーヴォイスは哀愁に満ちていて、それが内省的な歌にとても
よく似合っている。
「アンニュイの妖精」と呼ばれる独特の空気を纏っていた。


2023年ローリングストーン誌は「史上最も偉大な歌手トップ200」に、フランソワ
ーズ・アルディをフランス人で唯一選んでいる。






類稀な美貌と180cmという長身、足の長さ、中性的なシルエット、飾り気のない
エレガンス、着こなし、落ち着いた物腰。フォトジェニックである。

流行り始めていたミニスカートやパンタロンをいち早く着用し、ジーンズやレザー
ジャケット、レザーパンツなどロックのテイストも着こなし、ファッションアイコン
としても注目を集めた。







ソルボンヌ大学在学中からヴォーグ誌のモデル、イヴ・サンローランやパコ・ラバ
ンヌ、アンドレ・クレージュのモデルを務めた。(4)

ヴォーグ誌は「アルディは反バルドー的存在だった。ブリジッド・バルドーのような
セクシーさを前面に出した女らしさを古臭いものにした」と書いている。
アルディは女優としても活躍。ジャン=リュック・ゴダーの映画にも出演している。







フランソワーズ・アルディは英米ロック・アーティストのミューズでもあった。
デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、ボブ・ディランも彼女のファンである。



↑ミック・ジャガーとアルディ(似てる?という人もいる。カーリー・サイモンも)



ディランは4枚目のアルバムの裏ジャケットに、アルディに捧げる詩を載せている。
1966年のパリでの初ライブの日、「フランソワーズ・アルディが来てくれないとス
テージに上がらない」とディランが言い出し(ガキかよ)関係者を慌てさせた。


アルディが会場に来てくれたことで、ディランは納得してステージに上がる。
コンサートの後、ディランは新作「Blonde On Blonde」をアルディに聴かせた。
アルディは「今まで聴いたことがない音楽で驚いた」と感想を述べている。




↑ディランと舞台袖で。なんか気まずそうな。。。



アルディは1971年にアメリカのフォーク・ロックを英語で歌うアルバム「If You 
Listen」を発表している。
バフィ・セントメリーやニール・ヤングの曲をカヴァーしているが、ディランの
曲はなかった。


ビートルズについては「レコードは聴いてるけどよく知らない。来週オランピアに
見に行くわ※」と答え、Twist and Shoutを歌うか?と訊かれると「いいえ、私
が歌うのは自分の曲がほとんど。もっとスローで感傷的ね」と否定している。
(1964年1月7日 英国ITNのインタビュー)
※9日後の1月16日にビートルズはオランピア劇場で初パリ公演を行なっている。





(写真:GettiImages)




日本では、アイドルにしては大人っぽすぎ、敷居が高すぎたのかもしれない。

「アイドルを探せ」「あなたのとりこ」、レナウン「ワンサカ娘」CMがヒットした
シルヴィ・バルタン(5)、「夢見るシャンソン人形」がバカ売れのフランス・ギャル、
「天使のらくがき」「オー・シャンゼリゼ」のダニエル・ビダルと違って、アルディ
の日本における知名度、人気はイマイチだった。




↑シルヴィ・バルタンと。





FMで流れていた「さよならを教えて(Comment te dire adieu)」という曲が
好きで、フランソワーズ・アルディのLPを買ったのは18才の秋だったと思う。
日本ではなぜか本国より5年遅れの1973〜1974年にヒットしていた。
(曲については次回、深掘りします)


↓「さよならを教えて(Comment te dire adieu)




この曲が入ってるアルバムを探したが、なかなかお目にかかれない。
銀座のヤマハや山野楽器まで行けばよかったのだが、当時は行動範囲が狭かった。
パイド・パイパー・ハウス(6)もまだない。
ようやく吉祥寺のレコード店で「Françoise」という国内盤LPを見つけ購入した。






余談だが「ふたりだけの窓」(7)という1966年の英国映画を見て驚いた。
リバプールのレコード店のレジにフランソワーズ・アルディのLPが飾ってあった。
英国では早くから人気があり、レコードも入手しやすかったらしい。




さて、このLP。アートワークが目を惹く。
いい曲ばかり網羅してるので、国内編集盤だと思っていたが違っていた。


フランスのヒポポタム・レーベルからリリースされた1967-1968年既発曲の編集盤
LPをエピック・ソニーが契約して1973年頃に発売したらしい。

(ちなみにフランスでは一度、1970年にコンサートホール・レーベルから発売され、
1973年にヒポポタム・レーベルが収録曲を入れ替えて再発している)





↑見開き中面にはこんな微笑ましい写真が載っていた。
ヒポポタマス(hippopotamus)=カバ、という洒落だろうか?




このLPにはラマかアルパカと一緒に映ってる写真もあったような記憶がある。
(LPは現在持っていないので確かめようがないが)





アルディは動物好きらしく、ゾウやチータや馬を愛てる写真がある。
その一方で毛皮のコートを着てる、という矛盾した行動(?)もとっている。

まあ、ブリジット・バルドーも(やや過激な)動物愛護活動家になったのは30歳
前で、それまでは公然と毛皮のコートを着てたわけで。




↑抱いているのはベンガルという猫種です。





フランソワーズ・アルディは1974年に初来日している。こっそり?
記者会見をしてるが「さよならを教えて」ヒット御礼みたいな感じだろうか。
4月16日から4月20日の5日間、日本に滞在。公演は行っていない。
一人息子が病気との知らせが届き、予定を変更して急遽パリに戻ったそうだ。




(「ロードショー」1974年7月号)



1991年4月末、伊勢丹主催のプライヴェート・トークショー(原宿クエストホール
にて2日間開催)のために来日し、2週間ほど滞在したらしい。




(プライベート・トークショー告知の新聞広告)



1996年7月末、アルバム「Le Danger」のプロモーションのために来日。
これがアルディ最後の来日となった。



日本滞在、ファンとの交流への思い出もあったのだろうか。
東日本大震災の際は多額の寄付をした、という記事を新聞で読んだ。





↓以下の記事を参考にし、記載内容と写真を転用させていただきました。
ご協力に感謝します。
素晴らしい内容ですのでご参照ください。リンクを貼りました。

マーメイド号の紙ジャケだけじゃ生きてゆけない!本日の中古盤 FRANCOISE 
HARDY/FRANCOISE
http://blog.livedoor.jp/mermaid555/archives/52093252.html

Kontaの歓びの毒牙 フランソワーズ・アルディ Françoise Hardy の初来日 1974
https://k0nta.hatenablog.com/entry/2018/02/18/162059

僕らの日々 フランソワーズ・アルディの思い出@1991
https://ameblo.jp/jametjohn/entry-12797452652.html



<脚注>

2024年6月8日土曜日

ジミ・ヘンドリックスの名曲「リトル・ウィング」<前篇>



ロック史上最も偉大のギタリスト(1)と評価されるジミ・ヘンドリックス。
卓越した演奏技術と表現方法もさることながら、アフロヘアにサイケデリックな
衣装、ギターを歯で弾いたり(2)背中に回して弾いたり、床に叩き付けて火をつける、
などステージでのパフォーマンス(3)も伝説となっている。


ウッドストックでの「星条旗 (アメリカ国歌)」の爆音も強烈だった。
(ベトナム戦争の空爆と泣き叫び逃げまどう人々を音で再現したという)(4)



しかしワイルドなイメージとは逆に、ジミには繊細で美しい音楽性もあった。
レコーディング時の音作りにもこだわっていたという。






1967年12月に発表された「Little Wing」はそのいい例だ。
曲の構成もコード進行もシンプルでスローなR&Bバラードだが、ジミならではの
「動き回るギター」がとにかくカッコいい。


↓ジミ・ヘンドリックスの「Little Wing」
https://www.youtube.com/watch?v=j1gfAStPNlU



腕に覚えのあるギタリストなら弾いてみたいと思うだろう。
イントロを弾き始めると、その場の空気感が一気に変わるはずだ。

が、ジミのようにカッコよく弾きこなすのは至難の技かもしれない。





<ジミ・ヘンドリックス流・半音下げチューニング>

まず耳コピしようとすると、あれ?となる。キーが合わないのだ。

ジミはほとんどの曲で半音低くチューニングしている。
(ベースのノエル・レディングもジミに合わせ半音落としていたようだ)




弦の張力が下がり、弾きやすくなる。
ベンディング(チョーキング)+ヴィブラートがやりやすい。
たとえば「Voodoo Child」のライヴ映像を見ると、ジミは2フレット辺りで
3弦を持ち上げ揺らしている。(本来ならけっこう力が要るはずだ)

ジミが活躍していた時代、09のライトゲージがなかったためという説もある。
が、アーニーボール社が既に発売しているのでそれは違うだろう。


弦の張力が下がると響き方が変わり、若干ダークでヘヴィーなトーンになる。
また声域が狭くキーが低いジミにとって、半音下げた方が歌いやすい、という
メリットがあったと思われる。






<「リトル・ウィング」の曲構成とコード進行>

曲の構成は極めてシンプルで、イントロと同じ10小節の演奏がそのまま歌の
2コーラス、それに続くギターソロ(フェイドアウト)でも使われる。

コード進行もシンプルで、Em→G→Am→Em→Bm-B♭→Am-C→G-F add9
→C(ここのみ2/4拍子)→D→4拍休符(ドラムのフィル)を繰り返す。





<ジミ・ヘンドリックス独自の押弦・運指スタイル>

自在に指板を動き回る右手(ジミは左利き)、唸るようなベース音のグリッ
サンド、ハンマリングオンの多様、開放弦の共鳴、トレモロアーム、とあら
ゆる技で表情豊かなバッキングを披露している。

ジミの動画や写真を見て唖然とした。
6弦と5弦は常に親指で押弦し、グリッサンドも親指で行っている。
(ほとんどのギタリストは人差し指で6弦・5弦を滑らせる)




この場合、通常より下に角度をつけた斜めのグリップになる。
残りの4本の指の可動範囲は制限されるが、ジミは難なく運指している。

それは手がバカでかいことの恩恵であるようだ。
身長178cmとさほど大柄ではないにもかかわらず、手だけは本当にでかい。


実際に同じことをやってみた。
スケール22.75インチ (578mm)、ネック幅1.6インチ (40.6mm)のミニ・ス
トラト(5)で、なんとか押弦できる。(うまくは弾けない)

この「親指シフト」とでも呼びたくなる押弦方法は、コードチェンジにおいても、
他の4本指で小技を効かせる時も、慣れないとスムーズに行かない。
でもあのサウンドは、ジミ独特の常識破りな指使いだからこそ生まれるのだ。





イントロ頭は12フレットをミュートしながらダウン〜アップでピックを当て、
一気にグリッサンドで下降する。

12フレットを人差し指か薬指でバレー(セーハ)するのが一般的な奏法だろう。
だが、ジミの演奏では6弦と2〜1弦の音しか聴こえない。
(6弦すべてバレーなら、ミュートした5〜3弦も微かに鳴るはずだ)

これも6弦12フレットは親指で、2〜1弦を人差し指か中指か薬指で押さえ、
グリップした状態のままグリッサンドしてるのだろう。




<カーティス・メイフィールドのR&Bが原型>

ジミの歌伴の演奏スタイルはカーティス・メイフィールドの影響が大きい。
無名時代、アイズレー・ブラザーズ、アイク&ティナ・ターナー、リトル・リチ
ャードなど黒人R&Bシンガーのバックで演奏しツアーにも同行していた。



↑ウィルソン・ピケットのバックを務めた時の写真。


中でもカーティス・メイフィールドからは、リズムのフィルやコードアレンジ
など短期間に多くのことを学んだとジミ本人が認めている。



1966年、ジミは渡英する前にR&Bデュオ、The Icemenと一緒にR&Bバラード 
「(My Girl)She's a Fox」を録音している。
ここで聴けるカーティス・スタイルのギターは、「Little Wing」の原型になった
のではないかと思われる。


↓The Icemen- [My Girl] She's a Fox
https://www.youtube.com/watch?v=ZTBBzU5-9I8





↑ロネッツのバックで演奏した時の写真。
変わった弾き方をして目立ちたがるから、解雇され転々としてたらしい。




<ジミ・ヘンドリックスのストラトキャスター>


「フェンダーのストラトキャスターにとてもこだわっている。
うまくセッティングすれば最強だし、世界一だからね」
                     
ジミ・ヘンドリックス(ロサンゼルス・フリープレス誌1967年8月25日号)






黒人シンガーの雇われバック・ギタリストだった頃のジミはエピフォンのコル
ネット、フェンダーのデュオソニックやジャズマスターを使用していた。





1966年にニューヨークに拠点を移し自身のバンドで活動を開始する際に、スモ
ールヘッド、ローズウッド指板の白いCBS初期ストラトキャスターを入手。

ジミがストラトを選んだ理由は定かでない。
バディ・ガイやアイク・ターナーの影響かもしれないし、ジミが憧れていたディ
ランがストラトを弾き「Like A Rolling Stone」(後にジミもカヴァー。ライヴ
での定番曲となる)を歌う姿に自身を投影してたのかもしれない。(7)


渡英してからはホワイト、ブラック、サンバースト、レッドと色は様々だが、
スモールヘッド、ローズ指板のストラトを使用していた。







1967年6月、モンタレー・ポップフェスティバルに出演し、アメリカで成功を
収めてから、ラージヘッド&ローズ指板へと切り替わる。



1968年秋から彼の代名詞となるラージヘッド&貼りメイプルを使用し始める。
(その1台、オリンピックホワイトがウッドストック・ストラトと呼ばれる)






「Little Wing」が録音されたのは1967年10月。
ラージヘッド&ローズ指板のストラトを使っていた時期である。

しかし、ハーフトーン(後述)を用いてることから、セレクタースイッチに
改造を加えた別な個体を使った可能性もある。

1967年10月~1968年2月まで使用してた1964年製ローズウッド指板のスト
ラトは、3つの独立したトグル・スイッチに改造してある。(8)
ピックアップ個別のオン/オフ、ハーフトーンの出力も容易だっただろう。







<あえて右利き用ストラトキャスターを使い続けた理由>

左利きのジミが右利き用のストラトを逆さまにして弾いていたのはなぜか?
クラプトンは「当時、英国では左利き用のストラトが入手しにくかった」と
言っている。が、理由はそれだけではないと思われる。

右利き用のストラトを逆さまに構えると、コントロール・ノブとトレモロアー
ムが上に来る。
一見、演奏の邪魔になりそうだ。



ライヴ映像を見ると、頻繁にボリュームやトーンのノブをいじっている。
それらが上(手元)にあった方が、弾きながら細かい調整がしやすい。
またいちいち手を伸ばさなくても、アームに手を乗せたまま弾けるのも、ジミ
にとっては好都合だったのではないか。





クラプトンは左利き用のストラトを購入しジミを喜ばせようとしていた(ジミ
の死でそれは叶わなかった)が、右利き用ストラトを愛していたジミにとって
はありがた迷惑だったかも・・・?






<ハーフトーンを発見したのはクラプトンではなくジミ?>

「Little Wing」でジミは、ギターの音色を最適なものにしようといろいろ試み
、ストラトキャスターのピックアップ・セレクターをフロントとミドルの中間
に留めると独特の「ハーフトーン」が出せることを発見した。(9)

ストラトの3つのピックアップはそれぞれ単体で鳴る設計だが、セレクターを
中途半端な位置に固定すると、ショーティング(2つのピックアップが同時に
接続)されてしまう。




この際、シリーズ(直列配線)ならハムバッキングのように出力が増強される。
ストラトはパラレル(並列配線)のため、単体の時より細く少しこもったような
ユニークなミックス・サウンドになる。



これに着目したのがクラプトンで、1970年のデレク&ザ・ドミノスで多用。
ストラトのハーフトーンはレイドバック時代のクラプトンの象徴となる。
(今や常識で、ストラトのトグルスイッチは5ポジションが標準である)




しかしジミが3年前に「Little Wing」で試みたのが最初のハーフトーンだ。
そもそもクラプトンがギブソンからストラトに転向したのはジミの影響で、
ハーフトーンに気づいたのも「Little Wing」を聴いたせいかもしれない。

(デレク&ザ・ドミノスで「Little Wing」をカヴァーしてることからも、その
可能性はありえる)




「Little Wing」は軽くクランチをかけたクリーントーンもポイントである。
ジミヘンといえばストラト+マーシャルの歪んだ爆音だが、この曲の録音では
コンソールにダイレクトに入力した音とロータリースピーカー(後述)を経由
した音をミックスしたのではないかと思う。




<様々なサウンド・エフェクト>

ジミとレコーディングエンジニアのエディ・クレイマー(10)は、ギターの音を
増幅しうねらせるために、ハモンドオルガンに使われるレズリーのロータリー
スピーカーに繋ぐ。(11)
結果としてフェイザーやトレモロのようなエフェクトがギターに加わった。




ジミはスタジオに転がっていたグロッケンシュピール(鉄琴)を見つけ、この
曲に使うことにした。
フランジャーがかかったハーフトーンのストラト、ドラム、ベースの間を縫って
つきまとうように鳴るグロッケンは、歌詞の内容(後述)と相まって妖精が飛ん
でいるような幻想的なイメージを創り上げた。

ジミのボーカルもADT、フェイザー、イコライザー、ロータリースピーカーで
加工されている。






<2分25秒でフェイドアウト、短すぎるギターソロ>

トレモロアームによる開放弦の下降音(レオ・フェンダーは「そういう使い
方をするんじゃない!」と怒ったとか)に続き、ギター・ソロが始まる。

ソロ前の和音は12フレット開放弦のハーモニクスを弾いている人が多い。
(自分には4〜2弦の12フレットを押弦しているように聴こえるのだが)


2コーラス目にさしかかり、これから盛り上がるか?というタイミング(2分
25秒)でフェイドアウトして終わってしまう。




プロデューサーのチャス・チャンドラー(12)は「3分以内のコンパクトな曲」
にまとめ上げることを要求していたらしい。
それが当時のシングル盤のスタンダードで、ラジオのオンエア確率が高い(=
ヒット確率が高い)ということだろう。

しかし本作はシングルカットされたわけではなく、2nd.アルバム「Axis: Bold 
As Love」収録曲である。
アルバムのほとんどの曲が2〜3分の長さで、4分を超えるのは2曲のみ。

「Little Wing」は最も長尺でヘヴィーな「If 6 Was 9」の前ということも
あり、チャンドラーは簡潔さを望んだのかもしれない。(13)







<ライヴ・ヴァージョン>

「Little Wing」はライブ録音も残されている。
スタジオ録音よりギターソロが少し長いが、せいぜい3〜4分の演奏が多い。
ジミもこの曲は長尺にせず、短くまとめた方がいいと判断したのだろう。


Little Wing (Olympic Studios, London, UK, October 25, 1967)
https://www.youtube.com/watch?v=wLlWYrDQTmA



これは1967年10月25日のロンドン、オリンピック・スタジオで行われた
レコーディング・セッションの初期テイク。
ラフな演奏だが、力強くていい。エフェクトもかけていない。
後半ワイルドなギターソロもたっぷり聴ける。





ライヴではフェイドアウトできないため、違うエンディングが用意された。
G→F add9→Cの後、 Dに行かずE♭へ。
VOXのワウペダルを効かせたフレーズでテンポを落とし、G add9で終わる。
Honeyのユニヴァイヴで音を揺らしていたのではないかと思う。


Little Wing (Live 10/12/68 Winterland, San Francisco, CA)
https://www.youtube.com/watch?v=eoJk7wpj3jk

Little Wing (Live at the Royal Albert Hall, London, UK, February 24, 1969)
https://www.youtube.com/watch?v=uUpAnmWJa2M









<デモ演奏動画>

YouTubeにはいろいろな人がデモ演奏をアップしている。みんな上手い!

この人はジミと同じように半音下げたチューニングで演奏している。
https://www.youtube.com/watch?v=ru_mlNYjBOU

これはスタンダード・チューニングで演奏されている。
https://www.youtube.com/watch?v=TpQ4mOKeD1U


4拍ベタにならないよう、R&Bの跳ね感(たぶんジミは自然にこうなるのだ)
を意識して、ノリとしてはシャッフル気味で弾くといいと思う。





次回は歌詞の内容とジミのボーカルについて。


<脚注>

2024年5月8日水曜日

追悼 デュアン・エディ。トゥワンギー・ギターとは何か。




デュアン・エディが86歳で亡くなった。ご冥福をお祈りします。

日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、R&R史上最も商業的に成功した
インストゥルメンタル・ミュージシャンと言われている。
「Rebel-'Rouser」「Peter Gunn」「Because They're Young」がヒット。
1963年までで1200万枚のレコードを売上げた。
1960年英国NME誌の人気投票ではエルヴィス、シナトラを抜き1位を獲得。


ジョン・フォガティはエディを「最初のR&Rの神様」と呼び、ライ・クーダー、
ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニー、ジェイムス・バートン、リッチ
ー・ブラックモアも彼を敬愛している。
ベンチャーズ、シャンティーズ、ビーチボーイズなどサーフ・ミュージックに
与えた影響も大きい。

1994年にはロックの殿堂入りを果たした。
全世界でのレコード売上げはこれまで6000万枚以上である。

デュアン・エディはトゥワンギー・ギターと呼ばれる独特の奏法を考案し、
音数が少なく分かりやすい曲で聴く人の心を掴んだ。






↓デュアン・エディの「Shazam」が視聴できます。
https://youtu.be/lDIMpQHXBsk?si=Flek4qZ-PWWi8MbO





ところで、トゥワンギーって何?

初めてこの言葉を知ったのは中学の頃だったと記憶している。
ビートルズの「Revolver」東芝音楽工業盤のライナーノーツに「And Your 
Bird Can Sing」の間奏は2台のトゥワンギー・ギターと書いてあった。

トゥワンギー・ギターって何だ?
よく分からない。ああいうビンビン響く音のことかなあ。もやもや・・・

ちなみにこの間奏についてジョージは「覚えてないがジョンかポールと自分が
弾いた」と曖昧で、ポールは「自分とジョージが弾いた」と明言している。




さて、トゥワンギー。ギター弾きじゃない限り、耳慣れない言葉かも。
Twangは英語で「弦楽器が弾かれビーンと鋭く鳴る」音の形容らしい。
鼻声なまりを指す場合もあるようだ。
例:He has a strong Texan twang. (彼には強いテキサスなまりがある)

カントリーやロカビリーにおけるエレクトリックギターの音の形容でもある。
その奏法の先駆者がデュアン・エディなのだ。

プロデューサーのリー・ヘイゼルウッドは「低音弦でメロディーを弾く」と
いうアイディアをエディに提案する。
独自のサウンドが欲しいと考えていたエディは賛成し、4本の低音弦でメロ
ディにそった簡単なメジャースケールのシングルノートを弾く、という独特の
スタイルを完成させた。





デュアン・エディはグレッチ6120(チェット・アトキンスとの共同開発モ
デル、オレンジ色のホロウボディが特徴)を愛用した。

エディはリア・ピックアップだけを使いサウンド作りをしていたようだ。
にもかかわらず、グレッチの箱物ならではの低域の鳴りのおかげで、軽く
痩せた音にならずに、独特な深みのある響きが生まれる。



↓ツインピークスのテーマのギターもそんな感じの音だ。懐かしい・・・
(ギターを弾いてるエディ・ディクソンについてはデータがない)
https://youtu.be/Z30zg9a5M5k?si=gJRmFms6OV_wW3Q_




トワンギー・トーンは、アンプのトレブルをフルにし、ベースを下げながら
必要に応じてミドルを適宜コントロールすることで得られるという。
アンプのリバーブは深めで、トレモロも効かせている。

低音弦をベンドしてからピックを当て下げることで独特のサウンドになる。
同様に右手でビグズビーのアームを抑え、低音弦の音を下げておいてから
ピックで弾き、アームを解放して音を下げるのもデュアン・エディらしさだ。





↓文章では伝わりにくい。こんな感じ(この人、話が長いがデモは上手い)
https://youtu.be/oFXDhLmpO8w?si=3jMk4LxDeeMlnGST




弦は054-011のセットで、3弦は020の巻弦。チューニングは半音下げ。
これは太めの弦でもベンディングしやすくするためと思われる。
ピックはマンドリン・スタイルの小さなものを好んだという。


↓デュアン・エディの「Rebel Rouser」が視聴できます。
https://youtu.be/AahmYs_Lsps?si=-N_299jUQ9mTjJyz




1960年代にはギルドとエンドースメント契約を結び、デュアン・エディ・
シグネチャーモデルDE500(グレッチに似たホロウボディ)が製造される。
エディはステージでギルド、レコーディングではグレッチと使い分けていた。






デュアン・エディのようなロカビリー、ヒルビリー・ミュージックは1970年
以降に商業的に成功したロックの裏で衰退して行く。

しかし1979年にブライアン・セッツァーがストレイキャッツを率いて登場。
ネオロカビリー・ブームで一世を風靡した。



↓ブライアン・セッツァーの「Summertime Blues」が視聴できます。
https://youtu.be/p_mNc6NllWM?si=FyA6mY-4qzQt64w8






セッツァーはグレッチ6120、グレッチ・シルヴァージェットを愛用。
他にシグネチャーモデルの6120SHホットロッドを使用している。

セッツァーのグレッチはフェンダーのBASSMANに繋がれる。
低域の響きが大事なのだろう。
ブライアン・セッツァーはストリングベンダー付テレキャスターも使用した。
(ストリングベンダーはB弦を機械式でC#に上げペダルスチールのような効
果を出す。カントリー・ギタリスト御用達。テレキャスターに装着される)





トゥワンギーはテレキャスターの鳴りを表現する際にも使われる。


1969年から1977年までエルヴィスのステージのリードギターを勤めたジェー
ムズ・バートンはテレキャスターの名手だ。
1969年製ペイズリーのテレキャスターはエルヴィスの希望でステージで愛用
していたが、スタジオでは1953年製テレキャスターを使用していたという。





↓ジェームズ・バートンのソロ。
https://youtu.be/oM8PesCZCmY?si=_j2H9iMb987WD2DV

↓エルヴィスの「See See Rider」でのジェームズ・バートンのソロ。
本人の動画ではないが、こんなふうに弾くらしい。
https://youtu.be/oHoIjNRQadA?si=-syZLsqMCK5EQAio



カントリー、ブルース、ジャズ、ロカビリーを組み合わせレッドネックジャズ
というスタイルを確立したダニー・ガットンもテレキャス使いだった。
(レッドネックは南部やアパラチア山脈周辺に住む、保守的で無学な貧困白人
層を指す用語でもある)




↓ダニー・ガットンの演奏が見れます。
https://youtu.be/GvP2for9pT4?si=vnmS8fpaWNjbQfCG



カントリー・ギタリストでありシンガー&ソングライターのヴィンス・ギル、
カントリー畑の速弾きギタリスト、アルバート・リーもテレキャス名人だ。





↓アルバート・リーのデモ。
https://youtu.be/m2X0n_JX5IE?si=FTrltoXvxoQYie6g




彼らのテレキャスターを使ったカントリー、ロカビリー・サウンドは、しばしば
トゥワンギー・ギターと呼ばれた。

それが転じてテレ独特のサウンド(カラッとして歯切れがいいのに粘り気のある
サウンド)=トゥワンギーという解釈が生まれた。
「トゥワンギーってテレキャスターのリアのパキパキサウンドでしょ」と誤解
してる人も多いと思う。




テレキャスターのトゥワンギーはパキパキよりも、あの粘り気のある野生味の
あるサウンドにあるのではないか。
ハーフトーンではソフトになる。フロントでは太くウォームになる。
カラッとした音に仕上げるには、やはりリア・ピックアップ一択だろう。

近年はフェンダー、セイモア・ダンカン、ディマジオがテレキャスター用のトゥ
ワンギー・ピックアップを製造している。





アンプをクランチ気味にしてリバーブを薄くかけ、低音の巻き弦(6〜5弦の)
を単音でやや強めに弾く、あるいは6弦3フレットのGをAまでベンドしてから
5弦のAに繋げる。
また3〜1弦のプレーン弦ならダブルベンド(2本の弦を同時に持ち上げる)と
ギューンというトゥワンギー・サウンドになる。

↓こんな感じ。
https://youtu.be/iDtbQjQ7LII?si=BbTAI0ILvZStak4C
https://youtu.be/fypk4pFwovg?si=G-hTD_v-epix_dSU




テレキャスターのトゥワンギー・サウンドは3弦でのベンディングが肝だ。
3弦はワウンド弦ではなく、フラット弦であることが前提となる。
今日ではそれがスタンダードだが、1960年代前半は3弦がフラット弦のライト
ゲージのセットはなかった。

ノーキー・エドワーズの要望に応えてモズライトがアーニーボール社に046-
010のセットを発注したのが、最初のライトゲージらしい。



↑ 1965年に来日したノーキー・エドワーズから成毛茂がもらった弦。
パッケージ名称はLead King Strings。electric spanish guitarの表記。
ベンチャーズのロゴはエンドースメント契約終了後に外された。



アーニーボール社はフェンダーにそのライトゲージを売り込むが却下。
ベンディングを多用するジェームズ・バートンの希望で、やっとフェンダーは
ライトゲージを開発するようになったそうだ。



前述の「And Your Bird Can Sing」の間奏は、2人がそれぞれプレーン弦を
ベンドしてハモらせているのがダブルベンドっぽく、トゥワンギー・ギター
とされたのかもしれない。
ポールはエピフォン・カジノを弾いたのだろう。
ジョージは同じくカジノか、この時期使っていたギブソンSGかES-345か。
2人のギターはコンソールでクランチ+コンプをかけられてたはずだ。




デュアン・エディとトゥワンギー・ギターの話は以上でおしまい。
このブログにしては短めで終了したかな(笑) で、少し余談を。




既出のジェームズ・バートンやダニー・ガットン、アルバート・リー以外に、
あなたが思い出すテレキャスター使いのギタリストって誰ですか?


スティーヴ・クロッパー、ロイ・ブキャナン、アルバート・コリンズ、キース
・リチャーズ、アンディ・サマーズ、エイモス・ギャレット、コーネル・デュ
プリー、ジム・メッシーナ、Zep初期のジミー・ペイジ・・・


ストラトはどんな弾き方してもある程度、鳴ってくれるじゃないですか。
テレキャスターってガッツ(死語)がないと弾きこなせないですよね。






<参考資料:T-OD、note、デュアン・エディ/大人のギタリスト講座20。
エレキギター博士、ギターマガジン、TV JONES、amass、Wikipedia、
YouTube、GettyImages、他>