キンの歌手としての将来性を確信したポール・マッカートニーは、すぐに彼女の1枚
目のアルバム制作に取りかかった。
メリーの1st.アルバム「Post Card」は英国で1969年2月21日に発売。
ジャケット写真はこの後ポールと結婚が決まっていたリンダ・マッカートニー。
裏ジャケットには絵葉書を模して、ポール&リンダからのメッセージとして収録曲が
手書きで書き込まれていた。
選曲はポール好みのスタンダード・ナンバーからメリーが得意とするフォーク・ソン
グまでバラエティに富んだ、良くも悪くもバラけ感があり楽しめる内容になっている。
曲目の右側の◎△×は僕の好みによる独断的な評価。
Side A
1. Lord of the Reedy River (悲しみのリーディー・リヴァー) ◎
2. Happiness Runs (幸福はかけめぐる ) △
3. Love Is the Sweetest Thing ( (恋はとっても甘いもの) ×
4. Y Blodyn Gwyn (ブロイディン・グウィン) △
5. The Honeymoon Song (ハネムーン・ソング) ◎
6. The Puppy Song (パピー・ソング) ◎
7. Inch Worm (シャクトリ虫の唄) △
Side B
8. Voyage of the Moon (恋は月をめざして) ◎
9. Lullaby of the Leaves (木の葉の子守歌) △
10. Young Love (ヤング・ラヴ) ◎
11. Someone to Watch Over Me (サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー)×
12. Prince En Avignon (アヴィニオンの王子様) ◎
13. The Game (ザ・ゲーム) △
14. There's No Business Like Show Business (ショーほどすてきな商売はない) ×
「Lord of the Reedy River」「Happiness Runs」「Voyage of the Moon」の3曲
はポールがドノヴァンに頼みこのアルバムのために書き下ろしてもらった新曲。
ドノヴァンは「Yellow Submarine」の曲作りに関与したり「A Day In The Life」
のレコーディンング中に遊びに来たり、ビートルズとは親しくしていた。
1968年2月にはビートルズと共にインドのリシケシに赴き、マハリシの下で超越
瞑想を体験し、ジョンとポールにフィンガーピッキングを伝授している。
このおかげでジョンとポールの作風が広がった。
「Julia」の作曲にもドノヴァンは関わり、ドノヴァンの「Hurdy Gurdy Man」
はジョージと一緒に作ったという。
「Lord of the Reedy River」はインド滞在中に作った曲で、テンション・コード
を多用したドノヴァンらしい不思議な響きのある美しい幻想的な作品になっている。
初期のヴァージョンは「The Swan(in the Reedy River)」という仮タイトルだった。
レコーディングにもドノヴァンが参加。
アコースティック・ギターを弾き、後半メリーに寄り添うように歌っている。
この曲は1969年4月公開の映画「火曜日ならベルギーよ」(1)にドノヴァン本人が
出演し、弾き語りで歌っている。
後に彼の9枚目のアルバム「H.M.S. Donovan」(1971年)にも収録された。
↑クリックするとドノヴァンの「Lord of the Reedy River」が視聴できます。
「Happiness Runs」も自然と人間へのやさしい眼差しが感じられる魅力的な曲。
「Happiness runs in a circular motion(幸せは輪を描いて駆け巡る)」というリフ
レインはインド思想の影響を思わせるが、ビートルズとのインド滞在より前の曲。
ドノヴァンはインドに行く前からマハリシに会っていたようだ。
この曲は「Pebble And The Man」というタイトルで1967年11月にカリフォルニア
州アナハイムで行われたドノヴァンのコンサートで既に演奏されている。(2)
ドノヴァンの7枚目のスタジオ・アルバム「Barabajagal」(1969年8月)にも「
Happiness Runs」として収録された。
が、この時点(1969年初頭)ではメリーのための新曲として提供されている。
この曲でもドノヴァンがアコースティック・ギターで参加。
後半はブラスや子供のコーラスが加わるにぎやかなアレンジに仕上げられ、ハッピ
ー♪な曲に聴こえるが、オリジナルのシンプルな良さが損なわれた。
「Voyage of the Moon」は絵本のようなやさしいメルヘンチックな曲だ。
ドノヴァンがアコースティック・ギターでアルペジオを弾いている。
それにからむアコースティック・ギターのオブリガードはポールである。
これだけでも聴く価値あり!
メリーはドノヴァンとポールの伴奏で歌っているわけだ。なんと贅沢な!
この曲もドノヴァンが「H.M.S. Donovan」(1971年)でカヴァーした。
↑クリックするとメリー・ホプキンの「Voyage of the Moon」が聴けます。
ドノヴァンはロンドンのポストオフィス・タワー(現テレコム・タワー)で開催さ
れた「Post Card」発売記念パーティーで歌った(どの曲かは不明)そうだ。
メリーはドノヴァンから提供された3曲をとても気に入っていたという。
裏返せば、それ以外の曲はあまり自分の趣味ではないということかもしれない。
ポールはハリー・ニルソン(3)にもこのアルバムのための楽曲提供を頼んでいた。
「The Puppy Song」は愛犬家でなくても口ずさみたくなる、どこか懐かしい
ボードビル調のかわいらしい曲。メリーの声質にもよく合っている。
If only I could have a puppy I'd call myself so very lucky
もし子犬が飼えたら、わたし、すごくラッキーだわ
Just to have some company to share a cup of tea with me
お茶してくれる仲間ができるんだもの
I'd take my puppy everywhere La la la la I wouldn't care
わたしと子犬はどこに行くにもいっしょ、ラララ♪ それでいいの
ポールはこの曲ではウクレレを弾いている。
メリーもお気に入りらしくテレビ出演やコンサートでしばしば歌っている。
ニルソン本人も自身のアルバム「Harry(ハリー・ニルソンの肖像)」(1971年)
でカヴァーした。
↑クリックするとメリー・ホプキンの「The Puppy Song」が視聴できます。
「Love Is the Sweetest Thing」はレイ・ノーブルの代表曲で1932年にヒット。
ビング・クロスビーもカヴァーしている。
ポールの趣味だが、メリー向きではないように思える。
「The Honeymoon Song」はギリシャの作曲家ミキス・テオドラキスの曲。
映画「Honeymoon(1959)」でマリノ・マリーニ・クァルテットが歌いヒット。
ビートルズ初期のポールの持ち歌の一つで、BBCライヴでも披露している。
「Inchworm」はブロードウェイのヒット作曲家フランク・レッサーの作品。
童話作家アンデルセンを描いた映画「Hans Christian Anderson」(1953)でダニ
ー・ケイが歌った。
「Young Love」はロカビリー歌手リック・カーティの1956年のヒット曲。
よりロック調のアレンジが施されメリーはダブル・トラッキングで歌っている。
「Someone To Watch Over Me」はジョージ&アイラのガーシュウイン兄弟が
1926年のミュージカル「Oh,Kay(邦題:万事円満)」のために書いた曲。
ミュージカルの中で女優のガートルード・ローレンスが歌い大ヒット。
フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンなど大御所も
カヴァーしたスタンダード中のスタンダード。
歌唱力と表現力が求めれれる曲で新人のメリーにはちょっと重すぎた感がある。
「Lullaby of the Leaves」はテイン・パン・アレイの女王と呼ばれたバーニス
・ペトキアが1932年発表した曲。
フレディ・パーレーシズ楽団が演奏したのを初め、チェット・ベイカー、 エラ・フ
ィッツジェラルドがカヴァー。
1961年にベンチャーズがサーフロックにリアレンジして再度ヒットさせた。
メリーの歌はバラード調であるが歌いこなしているとは言い難い。
アレンジも中途半端な印象。
「There's No Business Like Show Business」は1950年に大ヒットしたミュー
ジカル映画「アニーよ銃を取れ」の中で主演女優ベティ・ハットンが歌った曲。
好評だったため、この曲をテーマにしたエセル・マーマン主演のミュージカル映
画(マリリン・モンローも出演)も1954年に作られた。
この曲もメリーには大袈裟すぎるように思える。
↑メリー・ホプキンの「There's No Business Like Show Business」が聴けます。
「Un prince en Avignon」は1960年代にヨーロッパ各国で人気を博したイスラエ
ルの美声歌手&女優エスター・オファリムのヒット曲。
フランス語で歌われるこの曲はメリーの澄んだ声質にもよく合う。
こんな名曲を引っ張ってくるなんてポールはかなりマニアックだなあ。
↑エスター・オファリムの「Un prince en Avignon」が視聴できます。
「The Game」はポールがこのアルバムのためにジョージ・マーティンに依頼した
曲で、珍しく歌詞もマーティンが手がけレコーディングにもピアノで参加している。
マーティンならではの起伏のある美しいメロディーと凝った展開が聴ける。
「Y Blodyn Gwyn」は作者のプロファイルが不明だが、ウェールズ地方のトラディ
ショナル ・フォークソングではないかと思う。
メリーはウェールズのインディペンデント・レコードでもこの曲を録音している。
ちなみに英訳すると「The White Flower」だそうだ。
メリーの父親、ハウエル・ホプキンがウェールズ地方の人口1万人の町ボンタードウ
の町会議員がしており、契約時にアルバムに1曲ウェールズ語の曲を入れることを条
件づけしたため収録された。
アルバムには大ヒットした「Those Were The Days(悲しき天使)」およびその
B面「Turn! Turn! Turn!」は収録されなかった。
シングル曲はアルバムには入れないというビートルズ方式を踏襲したと思われる。
アメリカでは3月3日に発売されたが、B-4の「Someone To Watch Over Me」を
外して代わりに「Those Were The Days」が収録された。
日本では遅れて5月10日に「メリー・ホプキン・ファースト」という邦題で発売。
アルバム「Post Card」は英米では2nd.シングルの「Goodbye」リリース(1969
年3月28日世界同時発売)の直前に発売されたが、日本では「Goodbye」の約一ヶ
月後と発売と順序が逆になってしまった。
日本盤でもB-4の「Someone To Watch Over Me」が外されたが、単純に差し替え
ではなく「Those Were The Days(悲しき天使)」がA面1曲目に配された。
美しいがやや地味な「Lord of the Reedy River」よりは大ヒット曲から始まる方
が聴きやすいという判断だったのだろう。(4)
メリーはこのアルバムの制作過程で既にポールが敷いた(強いた?)「世界的な
ポップス歌手」路線に違和感を抱きはじめていたのではないかと思う。
次回は「ケ・セラ・セラ」で反旗を翻したメリー・ホプキンついて書きます。
<脚注>
(1)映画「火曜日ならベルギーよ」
原題:If It's Tuesday, This Must Be Belgium
1969年4月公開のアメリカ映画。
デヴィッド・ショーの原作・脚本をメル・スチュアートが映画化。
バスツアーでロンドンからベルギーに向かう一行を描いたB級観光コメディー。
スザンヌ・プレシェット主演。
フランスのアイドル女優カトリーヌ・スパークやスウェーデン出身の美人女優アニタ
・エクバーグなど何気に豪華な人たちが出演している。
ドノヴァンが弾き語りした「Lord of the Reedy River」はサウンドトラック盤には
収録されなかった。
(2)「Pebble And The Man」
曲の構成が後のスタジオ録音版とは異なる。
またスタジオ録音版では歌っていない一節「All I wanna is….」が入っている。
(3)ハリー・ニルソン
甘く美しいメロディーと美声が持ち味のアメリカのシンガー&ソングライター。
1960年代後半から1970年代にかけて数多くのヒット曲を残した。
代表曲に「Without You」「Me And My Arrow」「Mr. Bojangles」「One」など。
ジョンとポールはニルソンを高く評価していた。
(4)「Post Card」収録曲
1991年のリマスターCDでは各国盤共通で英国盤の収録曲順となり、ボーナストラッ
クに「Turn! Turn! Turn!」「Those Were the Days」のイタリア語ヴァージョン、
スペイン語ヴァージョンが収録された。
2010年のリマスターCDはボーナストラックが変更され、「Turn! Turn! Turn!」
「Those Were the Days」「Goodbye」「Sparrow」「Fields of St. Etienne
(未発表ヴァージョン)」が収録された。
<参考資料:Mary Hopkin Unofficial Site、英国ロック・フォーク・トラッドの世界、
YouTube、Wikipedia他>
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