2026年5月1日金曜日

ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ランを見て(私的雑感)



「マン・オン・ザ・ラン」はビートルズ解散後のソロ活動〜ウイングス結成〜解散
までポール・マッカートニーの軌跡を辿るドキュメンタリーである。

MAN ON THE RUNがポールの最高作の誉高いアルバム、Band On The Runの
捩りであることは、彼のファンならすぐピンと来るだろう。

直訳すると「逃走中の男、忙しく動き回る男」(1)で、ポールの性格を考えると
後者の意味も含まれているような気がする。


ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン 予告 プライムビデオ



<作品の概要>

監督はモーガン・ネヴィル。
アメリカの映画プロデューサー、監督、脚本家で、マディー・ウォーターズ、
ジョニー・キャッシュ、スタックス・レコードのドキュメンタリーでグラミー賞
にノミネートされたことがある。
渋めの作品を作る人だが、なぜポールがこの人に依頼したのかは謎。

キービジュアルの写真でポールがダルメシアンを飼ってたことを初めて知った。
もしかしたら今まで知らなかったポールを見れるかも?とちょっと期待。

甘かった。





「マン・オン・ザ・ラン」は既視感の強い、目にタコ?の見たことがある映像を
駆け足でコラージュした薄っぺらく深みのない作品、という感想を抱いた。
それこそ、MAN ON THE RUNである。

ポール本人、リンゴ、ショーン・レノン、エルトン・ジョン、なぜかクリッシー
・ハインドらのインタビュー音声が使われるが、本人たちは出演しない。

制作総指揮はポール。つまりポールの意向が反映されているということ。
映像はストック動画素材だけで作れ、自分も含め現在の映像は使うな、という
オーダーだったのか・・・



<「WINGSPAN」との違い>

2001年に2枚組CDと一緒に制作された映像作品「WINGSPAN」(夢の翼〜
ヒッツ&ヒストリー)の方がよっぽど楽しめた。





監督のアリステア・ドナルドはポールのシングル、The World Tonightの
安上がりなプロモ・ビデオを手がけたことがある。
2001年時点でドナルドはポールの次女メアリー・マッカートニーの配偶者だった。
プロデューサーはポール名義だが、メアリーがプロジェクトを仕切っていたのでは
ないかと思われる。

「WINGSPAN」ではメアリーがポールにウイングスのこと、亡き母リンダのこと
やアルバム制作時のことなどを訊き、ポールが答えギターで実演してみせる。


Paul McCartney Talks Songwriting with Mary McCartney 
- Rare Wingspan Extra 2001



最初のソロアルバム「McCartney」のジャケットはリンダが撮った写真で「ジャ
ケットの中の赤ちゃんがお前だよ」とか、親子の会話がよかった。





「マン・オン・ザ・ラン」ではメアリーとステラのインタビュー音声は聞けるが、
本人たちは出演していない。印象的な話もなかった。
歴代のウィングス生き残りメンバーのインタビューがあってもよかったのに。



<レアだと思ったシーン>

目新しさという点では収穫のない作品だが、目(耳)を惹く部分も少しあった。

一つは1973年にジョンがアラン・クレイン(3)を解雇した直後に英国のTV局、
ITNの政治・時事番組「Weekend Television」のインタビューに答える映像。
ジョンは「ポールが正しかった」と素直に認めている(4)






もう一つは1974年にビートルズの法的な争いがようやく終結し、解散が正式に
認められた時の映像。
複数の書類にサインするポールとジョージが映っている。2人とも嬉しそう。
(リンゴは既にサイン済み、ジョンは後日フロリダでサインした)



↑右奥でジョージがサインしてる。



最後の一つは、ウイングスのメンバーたちの報酬についてのポールの発言
僕は経理じゃないから知らない。要望があるなら自分で交渉すればいいんだ
と突き放すように言っている。

いかにもポールらしい。自分さえ良ければいいという金銭感覚。
ビートルズ時代も自分だけロイヤリティを高くするよう交渉していた。(5)
この時も他メンバーの非難に「自分で交渉すればいい」とどこ吹く風。



ウイングスのメンバーたちは固定給で雇われていた
レコードが売れても、楽曲と原盤のロイヤリティはポールとリンダにだけ入る。
作曲のクレジットに入らない限りは(つまり共作名義の曲じゃないと)。





ただしライヴの収益はメンバーたちに配分される。
ウイングスが売れて全米ツアーをしていた時期はメンバーたちも潤っただろう。
しかし最初にバスで英国内の大学を回ってた頃はボランティアみたいなものだ。
リンダが妊娠する度にツアーは延期メンバーたちの生活は困窮した。(6)

ウイングスのメンバーが頻繁に変わるのは、ポールのワンマン体制のせいだけ
ではなく、報酬への不満もあった・・・と思う。






<MAN ON THE RUNで語られるビートルズ解散後のポール>

ジョンの脱退宣言(表面化しなかったが)、ビートルズの事実上解散でポール
はうつ状態に陥り、酒浸りに。
ロンドンを離れ、妻リンダと共にスコットランドの農場に引きこもる。



↑リンダの横にいるのは羊ではなくオールド・イングリッシュ・シープドッグ
のマーサ。Martha My Dearで歌われているのはこの子です。


何かできることをとあ曲を作り宅録した結果が最初のアルバム「McCartney」。
これはよく語られる話。

スコットランドの農場で作曲を始めたのは事実だが、宅録作業はロンドンのカヴ
ェンディッシュ・アベニューにある自宅で行われている。
アビーロード・スタジオ(自宅から歩いて行ける距離)から4トラック・レコー
ダーStuder J37を拝借し自宅に持ち込んだ。これは語られない。



↑EMIは1968年に8トラックを導入。1970年には16トラックも登場。
だから、ほぼ用済みの4トラックは借りやすかったのかもしれない。
ポールにとってはビートルズで慣れ親しんだ機材。扱いやすかったはずだ。



ミキシング・コンソールもVUメーターもないため、マイクをレコーダーに直挿し
して録音していた。これもよく語られる話。

必要に応じて、アビーロード・スタジオやモーガン・スタジオで追加録音やミキ
シングが行われた。この部分は割愛される。

「McCartney」はビートルズ時代に作られた曲も多く、ビートルズっぽさが
感じられる一枚であり、こぢんまりした手作り感も個人的には好みである。
しかし酷評された。





奮起したポールは次作のレコーディングをニューヨークで行う。
ポール&リンダの名義のアルバムRumを最高作と評価する声も多い

オフコースも真似したDear Boyの重厚コーラス、軽快なカントリーソングの
Heart of the Country、Uncle Albert/Admiral Halseyメドレー、
ビートルズ時代に書いたThe Back Seat of My Carなど聴きどころは多い。
しかも完成度が高い。大雑把な曲もあるが、それもまたポール。




↑珍しくギブソン・ファイアバードを弾いている。



Rumではニューヨークの一流スタジオ・ミュージシャンを雇い、オーケストラ
も導入された。
この時のドラマー、デニス・シーウェルがウイングスの初代ドラマーとなる。
これは語られる。



↑右がデニス・シーウェル。Wild Lifeジャケ写撮影時の写真だろう。



ギターのデヴィッド・スピノザも誘ったが断られたという。
売れっ子のスピノザなら固定給で雇われるよりニューヨークで稼いだ方がいい。
ここは触れられなかった。



↑RAMレコーディン中のポールとデヴィッド・スピノザ。
Heart Of The Countryをやってるのかな?
この写真、レアじゃないですか?見つけた時、うれしくなりました♫♪♫
手前の子供はメアリー・マッカートニー。




<ウイングス結成〜最盛期>

元ムーディーブルースのデニー・レインを誘い4人体制でウイングス結成。
その後ギタリストのヘンリー・マッカロクが参加。





バスで英国内の大学を廻り格安ギャラでライヴをやった話が語られる。




ポールはバス好きらしい。
Magical Mystery TourとYellow Submarineの世界観に通じる塗装。
2階にはベビーベッドまで置かれたいたという。



駄作と言われるWild Life、次のRed Rose Speedwayは触れられない。

1973年に英国ATVで放送されたJames Paul McCartneyと題した特番。
Live and Let Die、Mary Had a Little Lamb、My Loveのシーン。
ロンドンブーツを履いたポールがダンサーたちと踊るミュージカルなどが
ちらっと映る。




↑ポールのアコギ弾き語りメドレー。
James Paul McCartneyで一番おいしいシーンだった。



で、いよいよBand On The Run制作秘話というかお馴染みの苦労話。



思いつきでラゴスのEMIスタジオでレコーディングすることに。
ラゴス行き反対のデニスとヘンリーが脱退。
ポール夫妻とデニー・レインの3人でレコーディングに臨む




↑ポールは一人何役もこなす。ドラムの腕はキース・ムーンに評価された。



スタジオがお粗末だった話、強盗に襲われたエピソードなど。




↑ポールの右はリンダの連子ヘザー(Let It Beでスタジオで遊んでた子)、
右はメアリー、手前は今や世界的デザイナーのステラ・マッカートニー。



リンダの発案で囚人が脱走するジャケットに。俳優を雇って撮影・・・



1974年にTV放送用に収録されたもののお蔵入りとなったスタジオ・ライヴ
One Hand Clappingをちょっとだけ紹介。




ギタリストのジミー・マカロックと短期間在籍したドラマーのジェフ・ブリ
トンが参加している。
ポールは「この頃が一番よかった」と言ってる。ふーん、そうなんだ・・・






<ウイングス後半〜解散>

続くVenus and Marsについては語られない。これも名盤なのに。

翌1976年の全米ツアー。いつものRock Show(2)の映像を少しだけ。
リマスターされクリアーになっていた。





Wings at Speed of Sound、再び3人体制で制作されたLondon Town
については語られなかった。


全英シングルチャート9週連続1位の大ヒットとなったMull of Kintyre
については語られる。
スコットランドのポール宅の屋外でギター、ボーカル、地元のバグパイプ・
バンドの演奏を録音したことなどが紹介される。




↑右の女の子は次女のメアリー・マッカートニー。
アルバムMcCartneyでポールの胸元にすっぽり入ってたあの赤ちゃん。
すでに垂れ目のマッカートニー家系の顔になっている。


バグパイプのキーに合わせるため途中から転調しているが、これが印象的
で功を奏した。という話は省いていたような。




セッション前夜、泥酔したジミー・マカロックが農場で暴れたため、激怒
したポールがジミーを解雇した件については触れられなかった(笑





ウイングス最後のアルバム Back to the Eggについてもスルー。
ギターにローレンス・ジュバー、ドラムにスティーヴ・ホリーを迎え、
ウイングス史上最も演奏力があったのに。いい曲もあったし。





デヴィッド・ギルモア、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ
も参加したロケストラについても一言もなし。



↑右端、ロニー・レインの後のドラムがジョン・ボーナムなのでは?
フィル・スペクターみたいな大編成録音をやってみたかったのか?
残念ながらウォール・オブ・サウンド(7)にはなっていない。


日本で大麻所持で逮捕、ジョン射殺でショックを受けた話で終わる。




<MAN ON THE RUNの評価>

Amazonの視聴者評価は4.8(5点満点)、 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎の割合 85%。
かなり高評価である。

IMDb(ストリーミングコンテンツに関連する情報を集めたオンライン
データベース)は7.5/10。(個人および批評家のレビューが含まれる)
実はIMDbもAmazonの子会社が運営してる。

Redditの評価は賛否両論。
低評価の意見は概ね僕と同じであった。





この作品はAmazon Prime独占配信で2026年2月27日から始まった。
僕は初日に見た。

視聴後、Amazonからレビューの依頼メールが来た。
正直に書いた。低評価である。
Amazonからお礼と「レビューが反映されました」というお知らせ。
しかし僕の評価は載っていない。

ちなみに同時期、Amazon Prime独占配信でニコール・キッドマン主演
の「スカーペッタ」(原作:パトリアシア・コーンウェル)が始まった。
1話目を見てつまらなかったので続きは見ないことにした。
辛口のレビューを書いたが、これまた反映されていない。

他の商品の評価はちゃんと載っている。
Amazon Primeオリジナル作品の低評価が嫌で揉み消した?
まあ、いいんだけどね。



<脚注>


(1) MAN ON THE RUN
1949年公開の英国映画にMAN ON THE RUNという作品がある。
戦後イギリスで逃亡生活を送る陸軍脱走兵が強盗事件に巻き込まれ、指名
手配されてしまう。
警察の追跡を逃れながら逃亡し、無実を証明しようと真犯人を探す。
この映画でのMAN ON THE RUNは「逃走中の男」だ。

(2)Rock Show
ウイングスは1976年5月から6月にかけての全米ツアー31回の公演で60
万人もの観客動員数を記録。
本作は67,100人を集めた6月10日のシアトル・キングドーム公演を中心
に5月25日、6月22日、6月23日のステージを収録した映像作品である。

(3)アラン・クレイン
1960年代〜70年代にビートルズやローリングストーンズのマネジメント
を手掛けた、米国出身の悪名高い音楽マネージャー・実業家。
卓越したビジネス手腕でアーティストの利益を最大化する一方、強引な
手法でアーティストの収益を搾取したり横領していた。

(4)「ポールが正しかった」と素直に認めている。
Let’s say that possibly Paul’s suspicions were right
... and the time was right refers to his decision to 
fire business manager Allen Klein.

(5)自分だけロイヤリティを高くするよう交渉。
1969年にマネージャーを選ぶ際ポールは義父のイーストマン氏を推すが、
他の3人は「ポールがまた自分に有利になる算段をしてる」と懐疑的になり、
アラン・クレインを支持する。
ビートルズの分裂〜法廷闘争やバンド内紛争の引き金となる。

(6)メンバーたちの生活は困窮。
入れ代わりの激しいウイングスにおいて最後までポールを支えたデニー・
レインも経済的な困窮により破産。ポールから借金をしたと言われる。
その際、借金返済の担保として、彼がポールと共作したウィングスの大
ヒット曲「Mull of Kintyre」を含む楽曲の権利をポールに売却した。
デニーの経済的困窮は薬物依存も一因と言われている。

(7)ウォール・オブ・サウンド(Wall of Sound)
1960年代にプロデューサーのフィル・スペクターが確立した音楽制作手法。
多数のミュージシャンをスタジオに集めて同時に演奏させ、モノラル録音
で強いリバーブ(残響)をかけることで、重厚で迫力のある「音の壁」の
ような一体感を生み出した。
スペクターはジョージ・ハリソンのAll Things Must Passでステレオ
でもウォール・オブ・サウンドが成立することを証明した。


<参考資料:Gearspace、The Beatles Complete U.K.Discography、
The Paul McCartney Project、Quora、IMDb、Reddit、YouTube、
en.wikipedia.org、Far Out Magazine、The Beatles Bible、他>

21 件のコメント:

kanariasan さんのコメント...

こんにちは ポールの映画バンド・オン・ザ・ランについて知らなかったので近々Amazonプライムで是非見てみたいと思います(^^) ポールといえば高校の頃 今はなき東芝銀座セブンで Rock Showを見たのは'81年だったと思います。ジョン派でしたがポールも凄いんだなって圧倒されました。デニーが可愛かった(笑)今日はフランソワーズ アルディさんの2度目の命日なので久しぶりにアメブロに投稿しましたのでよかったらご覧くださいい「さよならを教えて」作者アーノルド・ゴーランドが フィル・スペクターのアレンジャーをした方でウォールオブサウンドの作業をしていたとか。それから上のURLリンクはnoteのものです。こちらにも「さよならを教えて」について書きましたのでお時間のある時にどうぞ(^^)♪ではでは

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasanさん

こんにちは。お元気でしたか?
映画のタイトルはマン・オン・ザ・ラン(Man On The Run)です。
もちろん最高作の誉れ高いBand On The Runにかけてるわけですが。
本文に書いたように駆け足ヒストリーですので、ファンにとってはあまり見所のない、
ポールに詳しくない人の方が楽しめるかも、という内容です。
東芝銀座セブンって7丁目のライオン隣でしたっけ?今は何があるんだろう?
ブログも拝見させていただきますね(^^v)

kanariasan さんのコメント...

あっ やってしまいました。なるほど Manでしたね^^;どうしてもBand on The Runの印象がすごくて…そうです 7丁目のビルはライオンの隣でした。“ぴあ“もなかった頃 銀座を知らない高校生がたどり着くのは大変でした。ワンマンなところは やはりポール。Wings他メンバーは苦労してたんですね。 Eaglesのドン・ヘンリーとグレン以外のメンバーみたい…? そこまで酷くないか(笑)少し前ですがポールの楽しい動画が話題になってました。モンキーズのテーマを歌う映像がありました⬇️ 
https://youtu.be/Ja3EjY2BSZY?si=mb3npQ168X27s7HR
(2分19秒頃)。MonkeesとBearlesはマスコミの煽りとは違いけっこう交流が特にポールとミッキーは特に仲良しだそうです。
それから前のコメントに補足ですがnoteにはアジア音楽の思い出を書いていて さよならを教えての中国語バージョンの事など書きました。ニックネームにリンクしました。

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasanさん

ウイングス解散後、再びジョージ・マーティンにプロデュースを頼んだポールは言われたそうです。
「どうして自分より下手なミュージシャンとばかりやるんだ?」と。
ウイングスの演奏はガサツでした。
最初期はその雑さがガレージバンドっぽくて良いとも言えますが。
まあ、下手なメンバーをよく全米ツアーをやるレベルに鍛えたと感心はします。
ポールのワンマン体制ならではですね。
メンバーたちはポールの言いなりでした。ポールに意見するだけの実力もない。

イーグルスもグレンとドンの独裁でしたけど、主にギャラの配分と楽曲の決定権です。
演奏力、アレンジ力については他のメンバーたちも負けないくらい実力があり対等でしたよ。

モンキーズ、大好きでしたね。はじレコ(初めて買ったレコード)もモンキーズ。
洋楽の入り口はモンキーズでした。
Sgt.Peppersのレコーディングをマイクとミッキーが見学してる映像があります。
kanariasanさんモンキーズでは誰のファンでしたか?

さて、noteですが。
kanariasanさんのブログのどこにリンクがあるのか分からなくて・・・
いただいたコメントのニックネームをクリックすると「見つかりません」になります。
さよならを教えての中国語バージョンはちょっとイヤかも(笑

kanariasan さんのコメント...

https://note.com/kanaria_san
すみませんm(_ _)m リンクはこちらになります。
まだ少ししか記事がないのですが……^^; 

Monkees!実は 私もまさに洋楽のはじレコはMonkeesのベスト版レコードになります。1980年頃東京12チャンネルの「おはスタ」でモンキーズショーが取り上げられ日本だけのモンキーズリバイバルが起きたんですよ 私はその頃にファンになりミッキードレンツ来日公演(82年日比谷公会堂)がはじめて行った洋楽コンサートになります。他の人には行ってないのですが。つまりミッキードレンツ推しです。サージャントペッパーズでマイクとミッキーが見学?ジャケットにはいませんよね 是非まぜて欲しかったですね

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

note のリンク、ありがとうございます。拝見しました。
アジアの音楽はさっぱり?です。すみません。


僕はTBSの「ザ・モンキーズ」をリアルタイムで見てたんです。
毎週金曜日の夕方7時。楽しみにしてました。
父は長髪でエレキ(と美女)を抱えて楽しくやってる、みたいな
のを不良と思ってたから、見るなと言われだいぶ喧嘩しました。
でも、めげずに見てました。
クラスの女子はデイビーのファンが多かったっけ。

最初に買ったのは「灰色の影」という内省的な曲。
https://youtu.be/cHGP9-xShbs?si=aHwQpKodJRZ6Qa4l
一番のヴァースはデイビー、二番はピーターが歌ってるんですよ。
ホルンの間奏とかね。もうたまらなく好きで。
地味な曲だからレコード店になくて取り寄せてもらいました。

中二の時かな?母と東大阪の親戚の家に行ったんです。
子供の頃遊んでくれたお兄ちゃんが社会人になってて「部屋に
遊びにおいで」と言ってくれて。
秘密基地みたいな小さな部屋で、ビートルズ来日時の雑誌、
モンキーズ日本公演のパンフレットを見せてくれ「あげるよ」と。
ビートルズやアストロノウツのシングル盤もくれました。
その日は夢のようでしたねー(遠い目)

最初はデイビーが歌う曲が好きでしたけど、マイクの良さも
しだいに分かってきました。作曲力も歌も。

3人になってジョニー・キャッシュ・ショーに出演した時の映像。
https://youtu.be/cHPxjdC2Wyg?si=VM5I0Ngp-sPR0-wS
これもマイク作曲。
考えてみたらカントリーの入り口はマイクでした。


さて、モンキーズは1967年2月10日にビートルズを訪ねています。
あ、ピーターもいました。
https://www.reddit.com/r/TheBeatles/comments/18qtuxi/beatles_befriended_the_monkees_instead_of_looking/

この日ビートルズはA Day In The Lifeのオーケストラのレコー
ディング中でした。
5'49"〜奥さん?と、ジョンと話し込んでいるマイクが映ります。
https://youtu.be/9s0ZOgNlA3U?si=WVj_H9E8RI-s5zdH

モンキーズ・ネタで長くなってしまいました〜😅

kanariasan さんのコメント...

こんにちは たくさんリンクありがとうございます。shades of grey ☺️I wanna be free ともによく よく口ずさんでいましたよ。リバイバル時でも圧倒的にディビーが人気者でしたが私の友人はマイク推しでしたよ。ジョニーキャッシュショーのマイク素敵ですね✨️最近カントリーもよく聞きます。きっかけはオーディション番組のアメリカンアイドル。 カントリーでエントリーしてくる若者のレベルの高さ。昨年の2位だったJohn Fosterや一昨年のWill Moselyなど 
https://youtu.be/G1nOOQDUi_E?si=dVSQB-98P5yqjmQd じつはアメリカンアイドルでは2位(ランナーアップ)の方が売れるとか。
https://youtu.be/C4t4zWLPLT0?si=1WNbxegk8PybCMRf
あのテイラー・スウィフトもカントリーからのスタートでしたね!

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

I Wanna Be Freeもいいですね。
英語の歌詞を覚えてる数少ない曲の一つかな(笑
中学生の頃はデイビーの声が好きでした。

大人になって初期イーグルス、ジェイムス・テイラーのような
カントリー色の強いロックを聴くと、マイクの良さが分ります。
ファースト・ナショナル・バンドも全アルバム持ってますよ。

オーディション番組のリンク、ありがとうございます。
John Fosterは見事にカントリーのDNAを受け継いでますね👏

テイラー・スウィフトは20年前カントリー専門レーベルからデビュー
してますよね。ウエスタンブーツで歌ってたっけ。
名前はジェイムス・テイラーが好きだったことに由来してるとか。
こんなに大物になるとは!

kanariasan さんのコメント...

ジェイムス・テイラーについてはよく知らなかったのですが ジャクソン・ブラウンが好きなので色々見てたらオススメでジェイムス・テイラーとのステージがでてたの思いだしました。シェリル・クロウも一緒です。曲名は Nick of time
https://youtu.be/nIvVRw8ZwmE?si=SYA01NDXJHhZsOsq
ジェイムス・テイラーとジャクソン・ブラウンはツアーを一緒にしてたんだとか(^^) 

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

1970年代〜1980年代初めのジェイムス・テイラーとジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタットは大好きでした。
この3人はレコーディングやツアーのミュージシャンが同じメンバーでサウンドも近かったりします。
武道館にも行きましたよ。

それとイーグルス、ドゥービー・ブラザーズ。(もちろん武道館で見ました)
イーグルスはリンダ・ロンシュタットのバックバンドからスタートしてるし、グレン・フライとジャクソン・ブラウンは一緒に作曲してます(Take It Easyとか)
グレン・フライとジャクソン・ブラウンは同じアパートに住んでて、階下のジャクソン・ブラウンが弾くピアノを聴いてグレン・フライは作曲の術を学んだと言ってました。
同じアパートに住んでたJDサウザーはジャクソン・ブラウンが毎日同じフレーズを弾くので「締め殺してやりたい」と思ったとか(笑

JDサウザーとグレン・フライも作曲コンビ。
JDサウザーとリンダはかつて恋仲で、JDはリンダに曲も提供してます。
リンダとジェイムス・テイラーはピーター・アッシャーがマネージャーとプロデューサーを務めています。
サウンドの傾向も似てるし、ジャケットも同じジョン・コッシュが手がけててポップです。

この大胆なジャケットがレコード店に並んだ時はすごいインパクトでした。
裏面はブルーとグリーンなんです。
A面(レーベルがピンクと黄色)はハードな曲、B面(青と緑)はソフトな曲が並びます。
そのB面5曲目はジェイムスがフランス語で作った曲。これ、大好きなんです。

Chanson Francaise
https://youtu.be/xg8Ul9tbwfc?si=zuoYdVfpmXCHgdH_
比較的、平易なフランス語ですよね。kanariasanさんには物足りないかな?
これも歌詞を覚えてる数少ない曲の一つ。意味は半分くらいしか分かってないけど(笑

シェリル・クロウは1960〜1970年代の英米ロックを感じさせますよね。
ストーンズ、クラプトンとも共演してます。

kanariasan さんのコメント...

ジェイムス・テイラーの珍しいフランス語の曲 リンクありがとうございました。単純なフランス人へのラブソングではなさそうなところが興味深いです。歌詞をネットで見てみましたが
たぶんわざとスペルミスを残して 英語でなくフランス語で頑張って作ってる感を表現してるのかな?なんて思いました。(la vielle même choisi は la vieille même choseでは?) スピッツのジュ・テーム?という曲があるのですが 日本語で愛を語るのは照れくさいので敢えてje t'aime と恋人に伝えるラブソングがあります。ソングライターの草野マサムネさんはものすごく音楽に詳しいのでもしかしたらジェイムス・テイラーのこの曲を知って発想したのかも?なんて思いました。
スピッツ ジュ・テーム?
https://youtu.be/ot8FiOu05KU?si=4Ktk3vwX71acmuh1
他にもジェイムス・テイラー氏にはフランス語を混ぜた曲があるんですね!
https://youtu.be/8fJnDU8FVTM?si=Ngz4m5vriRKWJaXT
Ananas=パイナップル だそうです。
カナダのケベック州の人などジェイムス・テイラーのファン多いのかもしれませんね。
ジャクソン・ブラウンとはまた違う魅力のジェイムス・テイラーさん もっと聞いてみたくなりました。

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

Chanson Francaiseを聴いてくださってありがとうございます。
LPの内袋の歌詞はla vieille même choseだったと記憶しています。
写真のピンクの一番右上部分。読みにくいですが、なんとか判別できると思います。
https://atlasrecords.co.uk/products/james-taylor-flag-lp-vinyl-589505?srsltid=AfmBOorOnmzloxRbWk9erBxKmtTrtQdfpXFeVW-HSYQQIRqOiBMK251s#gallery-1

いくつか歌詞サイトを確かめましたが、la vieille même choseでした。
https://www.marcogiunco.com/Testi/001612_11.htm
https://www.azlyrics.com/lyrics/jamestaylor/chansonfranaise.html

アメリカ人の発音だとla vielle même choisiと聴こえるのでしょうか。
choseなら最後のSは本当は発音しないとか?僕にはよく分りませんが・・・

ケベック州はQuébecでフランス語圏ですよね。
大学で同じクラスの帰国女子がモントリオール出身。
第二外国語でフランス語を習ったと言ってました。

英語の歌に一部フランス語を入れるだけで、どこか洒落た雰囲気が出ますよね。
有名なMichelleも2番目のヴァースをフランス語で歌ってます。

ドノヴァンのJennifer Juniperも4番がフランス語で歌われます。
パティ・ボイドの妹、ジェニファーのことを歌った曲んですって。
https://youtu.be/luBqESCm7sI?si=Xv06TsbSmRgXvCaf

Jennifer Juniper, vit sur la colline
Jennifer Juniper, assise très tranquille
Dort-elle? Je ne crois pas
Respire-t-elle? Oui, mais tout bas
Qu'est-ce que tu fais, Jenny, mon amour?

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasanさん

日本の歌謡曲でもJe t'aimeはよく使ってましたよね。
僕がよく覚えてるのは沢田研二の「魅せられた夜」かな。
フランスのジャン・ルナールの作詞・作曲。日本語歌詞は安井かずみ。
Je t'aimeのリフレインが難しそう・・・
https://youtu.be/noiswCu-60A?si=uzGu-DSHkD7-NMj2

kanariasanさんはスピッツがお好きなんでしたよね。
30年前になりますが「白線流し」というドラマの主題歌がスピッツでした。
ご覧になってましたか?

某新聞社は受験出題率No.1。それを訴求するCMを提案することになりました。
競合プレゼンです。

高校生の共感を得るようにと「白線流し」のようなシーンを見せたらどう
かな?と提案したらスタッフ全員賛成。
CMプランナーが「白線流し」を全作見て使えるシーンをつまんでプレゼン用
ビデオコンテを作ってくれました。
うまい具合に新聞を読んでるシーンもあって。これは受けるなと(笑
「空も飛べるはず」を流用しました。

結果、コンペには勝利。「白線流し」とスピッツのおかげです♫
新聞社から「この通り作ってください」と大変気に入っていただけました。
後はクリエイティブ・チームに任せましたが、松本なんとかという女の子
を起用して、地方の古い木造校舎で撮影したみたいです。
スピッツの新曲を使ったはずです。曲名は覚えてません。

kanariasan さんのコメント...

沢田さんの「魅せられた夜」を聞いてからジョニーアリディの原曲を聞いてみましたがぜんぜん違う曲かと思えるくらい違いますね ロカビリー風の激しいアリディの曲をバラードっぽいロックに仕上げたアレンジセンスと沢田研二さんのボーカル恐るべし…70年代 日本の歌謡ポップス界はフランスを向いていたんですね そのあたりは深すぎて追いきれてません。作詞の安井かずみさんはアルディさんのコルシカの自宅に滞在したことがある方でしたよね。加藤和宏さんの最近相手ですね
スピッツ起用ののCMを製作されたなんて凄いですね そのCMは残念ながら記憶になく (_ _;)そもそもドラマの「白線流し」すら見てなくて…90年代は何の勘違いが邦楽をほとんど聞かずひたすらワールドミュージック三昧…m(_ _)m スピッツの良さに気がついたのはアルバム「醒めない」からという…後追い組です。ジェイムス・テイラーの歌詞の件はすみません。たまたま私が見た海外のwebsiteがそうなっていたので…https://genius.com/James-taylor-chanson-francaise-lyrics
歌詞を間違えてフランス語頑張ってる感を演出したのかしらと思いました。もう決してフランス語の歌は書かないよ…Je ne vais jamais écrire
Encore une chanson française
みたいな歌詞のオチだったので ジェイムス・テイラーって歌詞が面白いセンスの方なのでしょうか

kanariasan さんのコメント...

文中訂正 加藤和彦さんの再婚相手

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

AIによると:
「魅せられた夜」(1973年)は、日本の歌手・沢田研二(ジュリー)の8枚目のシングル曲です。
フランスの国民的歌手シルヴィ・バルタンやジョニー・アリディ(Johnny Hallyday)に楽曲を提供していたジャン・ルナール(Jean Renard)が作曲し、イスラエル出身のフレンチポップ歌手マイク・ブラント(Mike Brant)が歌った「Mais dans la lumière」のカバー曲です。

沢田研二の「魅せられた夜」のアレンジは本家マイク・ブラントの「Mais dans la lumière」に近い気がします。
もっと圧が強いけど。どちらかと言うと布施明っぽい感じ?
https://youtu.be/chakrs71Cc0?si=v4SiDmcPu8bM8VxU

マイク・ブラント版は後半テンポアップしますよね。TVショーでは甲高い声出したりシャウトしてます(汗
この後半部のアレンジは、沢田研二の「追憶」の後半、ニーナ、忘れられない♫と繰り返す部分(3'20"〜)の演奏にそっくり。
たぶんパクったんだと思います。ついでに(笑
https://youtu.be/eit30w46f6s?si=Xr0l9T_mJZ-1uQpV

安井かずみが「パリが一番好き」と語っていたのを思い出しました。
とてもお洒落で粋な方でしたね。

僕もドラマには疎いのですが、「白線流し」はなぜか全話見ました。
なんだかんだあったけど卒業時にみんなで伝統の白線流しを、という地方の青春感がよかったです。

kanariasan さんのコメント...

すみません 「魅せられた夜」ジョニー・アリディでなく マイク・ブラントのmais dans la lumière でした。何を勘違いしたんだろうm(_ _)m 沢田さんがカヴァーしたあと 若くして亡くなられたみたいですね ドノヴァンのJanifer juniper 素敵な曲ですね。ドノヴァンといえば スピッツがパンク・ロックから演奏スタイルを変更した時に参考にしたそうです。ポールのMichelle フランス語。学習しだした頃にふと意味がわかってとても感動しました✨️そういえばこの コメ欄はポールがテーマでした(笑)

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

スピッツがパンク出身、ドノヴァンを参考にしたというのは意外😳です。
リッケンバッカーの12弦が印象的だったので、ビートルズやバーズの影響を受けてる人たちかな?と思ってました。

ビートルズのインド滞在時ドノヴァンも同行し、ジョンとポールにスリーフィンガーピッキングを伝授しています。
覚えたてのスリーフィンガーでジョンはJulia、Dear Prudence、Happiness is a Warm Gunを。
ポールはBlackbird、Mother Nature's Sonを作曲しました。

ポールはメリー・ホプキンの1st.アルバム用にドノヴァンに3曲提供するよう頼みます。
ウェールズ地方出身のフォークシンガーだったメリーは、ポールが選んだスタンダードナンバーよりもむしろドノヴァンの曲を気に入ります。

Janifer juniper、気に入っていただけて嬉しいです。
ジャクソン・ブラウン、ジェイムス・テイラーはカントリー、R&Bがルーツ。

一方ドノヴァンはスコットランド出身でケルト色が強い。
ルイス・キャロルやW・B・イェイツの繊細で不思議な世界観のある曲もあります。
kanariasanさんならドノヴァンもお好きかもしれないと思ったしだいです。

かわいい曲、きれいな曲も多いんですよ。アルディーさんが歌って欲しかった・・・と個人的には思ってます。

イエロードッグ さんのコメント...

いくつかドノヴァンの曲をご紹介しますね。いっぱいあってごめんなさい😅
お時間のある時に聴いてください。

Donovan - Lalena (Single Version)
https://youtu.be/1kA3nZwGHHA?si=ewQhfzY4ER-8VtEN

Donovan - The Sun Is A Very Magic Fellow
https://youtu.be/NFVSop2ctM8?si=MVzVzWUeeGr9zHv8

Donovan - The Old-Fashioned Picture Book
https://youtu.be/J16w5uu30T8?si=QBTSLPsFbJmNVEGU


以下3曲はメリー・ホプキンへの提供曲です。

1. Donovan - The Voyage of the Moon
https://youtu.be/5d58Eg-S0Tc?si=N9_SOs8-GM8Z8vJA

参考まで)メリー・ホプキン版(伴奏のギターはドノヴァンとポール!)
https://youtu.be/zIBa0gyB3tk?si=3uaQgho5ow5CP2FG

2. Donovan - Lord Of The Reedy River (1969)
https://youtu.be/f4sLyMrg2js?si=jZROWplHSwEH5R4a
映画「夜空に星のあるように」の1シーンです。

3. Happiness Runs
https://www.youtube.com/watch?v=JAu4mM01tJc



Donovan - Sailing Homewards
https://youtu.be/JchMqFtPAIw?si=opWzqHxQM7nq1paC
映画「ハメルンの笛吹き」のテーマ曲。本人も笛吹き男役で出演してます。

Donovan & Crystal Gayle - Catch The Wind (Live Video)
https://youtu.be/oKaQkkMesM4?si=zX_R9gl96Zgp4EKy
初期のヒット曲をクリスタル・ゲイルとデュエットしてます。

kanariasan さんのコメント...

こんにちは 
ドノヴァンのオススメ曲たくさんありがとうございました。(^^)じっくり聞いてみました。The Sun is magic fellow それから The old fashioned … 本当にアルディさんが気に入りそうな不思議な曲ですね 歌って欲しかったなと私も強く思います。 ホプキンスさんへの提供曲も良い曲ばかりですね くせのない落ち着いた声とアコースティックギターとちょっと不思議な歌詞。 スピッツが参考にしたのも なるほどなぁと思いました。Catch the Wind デビュー曲なんですね。 これ最高に気に入ってしまいました(^^)♪ ありがとうございます。 このライブの低い声デイビー・ジョーンズのバラードにも似ていますね。そういえばデイビーも🇬🇧でしたね。あと 加藤和彦さんのニックネーム"トノバン"もドノヴァンからだそうでしたね あまり話題にならないようですが(私が知らなかっただけなのかも)日本のポピュラー音楽へのドノヴァンの影響は本当に大きいんですね。

イエロードッグ さんのコメント...

>kanariasan さん

聴いてくださってありがとうございました。
ちょっと多すぎたと反省してます😅

The Sun Is A Very Magic FellowもHappiness Runs、Jennifer Juniperはフランス語が合いそうですよね。
他にもメランコリックな曲が多いので、アルディーさんが歌ったらすてきだったと思います。

ドノヴァンはフォーク歌手でデビューした頃、英国のディランとも言われてました。
Catch the WindはディランのBlowin' In The Windへのアンサーソングと言ってた人も多いようです。
ディランがエレキに持ち替えた頃、ドノヴァンもロックに転向しました。
ヤードバーズ加入前のジミー・ペイジ、スタジオ・ミュージシャンだったジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジェフ・ベック・グループがレコ〜ディングに参加しています。

加藤和彦は和製ドノヴァンと言われてましたね。
吉田拓郎はディラン色が強いので有名ですが、ギターはドノヴァンの影響を受けています。
拓郎が「ドノヴァンみたいな音が欲しい」と加藤和彦に相談すると「あれはギブソンのJ-45だよ」と教えられ、加藤和彦は2台持っていたので1台を拓郎に譲りました。
後年アコギの名手、石川鷹彦と拓郎との対談でもドノヴァンのピッキングの話で盛り上がってます。

でも僕の周りでドノヴァンを聴いてる友人はいませんでした。僕もあえて買いませんでした。
高校生の頃は何人かで持ち回りでレコードを買う→カセットに録音、でなんとかやり繰りしてましたからね。
カセットテープだって安くなかったし。当時のお小遣い事情では致し方ありません。