ジミー・ペイジの音楽性、ギター・スタイルがブリティッシュ・トラッドフォーク、
アイリッシュ、カントリー、インド音楽、アラブ音楽の影響を受けているということ
を前回書いたが、それがよく表れている曲が「Black Mountain Side」だ。
レッド・ツェッペリンのデビュー・アルバムのB面2曲目に入っている2分ちょっとの
短いインストゥルメンタル曲であるが、B面の流れを作るのに重要なブリッジとなり、
またアルバム全体にオリエンタルな独特のスパイスを与えている。
1曲目の「Your Time Is Gonna Come」がフェイドアウトしきらないうちに、イン
ド音楽風のアコースティック・ギターとタブラ(北インドの太鼓)による「Black
Mountain Side」が始まる。
その演奏がふっと唐突に終わり次の「Communication Breakdown」のイントロへ。
何度聴いてもカッコいい。
↑1970年BBCライヴ演奏の「Black Mountain Side」が聴けます。
ペイジはD♭A♭D♭G♭A♭オープン・チューニングのギブソンJ-200を弾いている。
CIA(Celtic, Indian & Arabic)チューニングをさらに半音下げているのだ。
テンションが緩いため共鳴弦のドローン効果が増し、東洋的な響きが得られる。
ペイジはこのチューニングについて以下のように語っている。
「ぼく流のケルトとインドとアラブの融合さ。
あのギターはインドのシタールのスタンダード・チューニングに似せてあるんだよ。
と言ってもインド風なところもあればアラブ的なところもあってね。
それらの組み合わせで出来上がった曲は最終的には西洋音楽色が強いかな」
ツェッペリンのファンにはよく知られている話だが、この「Black Mountain Side」
にはバート・ヤンシュ(1)の「Blackwaterside」という元ネタがある。
ヤンシュが英国トラッド・フォーク歌手アン・ブリッグス(2)に伝授されたアイルラ
ンド民謡「Down by Blackwaterside」(3)を独自のギター奏法でアレンジした曲だ。
ヤンシュの4枚目のアルバム「Jack Orion」(1966年)に初収録されている。
ツェッペリンのデビュー(1969年)の3年前のことだ。
ヤンシュのチューニングはDADGADまたはドロップD(DADGBE)らしい。
3フレットにカポをして(2フレットの時もある)弾いている。
↑バート・ヤンシュの「Blackwaterside」が視聴できます。
ペイジはこのヤンシュ版「Blackwaterside」の特徴的なギター奏法を自作のインス
ト曲に組み入れた「Black Mountain Side」を発表した。(4)
度を越した改竄、パクリ、盗作ではないかという人も多い。
ヤンシュは激怒したそうだ。
「有名なロックバンドのよく知られているやつがその演奏を持って行ったったんだ。
自分たちの録音にそのまま使っているよ」と言っている。
別のインタビューでは「もともとトラッドだから誰がどう演奏してもいい」と正反対
の答えをしてる。心中複雑なものがあったのではないだろうか。
地道にフォーク・クラブ(5)でキャリアを積み上げてきたヤンシュとしては、鳴り物入
りでデビューした人気バンドに無断でリフを使われて不愉快だったのは間違いない。
広い視野に立てば、音楽とは先人たちの礎に影響されながら形成されて行くものだし
、ツェッペリンという偉大なロック・バンドを刺戟し音楽的に成長させたヤンシュの
功績は大きいと言える。
ツェッペリンの「Black Mountain Side」をきっかけにヤンシュを聴くようになった
人も多いはずだ。さらに掘り下げてアン・ブリッグスを知った人もいるだろう。
問題は作曲クレジットである。
ヤンシュの「Blackwaterside」は(trad.arr.Jansch)と表記されていた。
ところがツェッペリンの「Black Mountain Side」は(Page)になっている。
作曲家・演奏家としては著作権(=印税)という現実的な問題も孕んでいるわけで、
元々は作者不詳の伝承歌をアレンジしたものを「自作」と称して印税を稼ぐのは
どうなのよ、ということになる。
またヤンシュの施したアレンジと奏法は著作隣接権の対象になるはずで、転用する
のであればヤンシュの名前がクレジットされるべきだろう。
キースがライ・クーダーのリフをパクった件も同じ。
でもそのおかげで「Honky Tonk Women」という名曲が世に出たのも事実。
1977年のインタビューでペイジは「あの曲は全部が僕のオリジナルじゃないんだ。
フォーク・クラブの功績さ。最初にあのリフを聴いたのはアン・ブリッグスの演奏だ。
同じように弾いたよ。次にバート・ヤンシュのヴァージョン。僕が知る限り、彼が
アコースティック演奏を結晶させたんだ」と転用を認めている。
また「一時は本当にバート・ヤンシュに心酔していた」ともペイジは語っている。
↑バート・ヤンシュとアン・ブリッグスの「Blackwaterside」が視聴できます。
実は初期のツェッペリの楽曲の中にはメンバーたちの著作権認識が甘く、後に問題
になり作曲クレジットを変更した例がいくつかある。(6)
「Black Mountain Side」は原曲がトラデッィショナルだったせいか訴訟問題に
は至らなかったが、作曲クレジットを(Trad. arranged by Jansch and Page)
に改めるべきだったのかもしれない。ヤンシュが生きているうちに。
しかしペイジはヤンシュの奏法を拝借したことは認めたものの、クレジットは変えず
(Page)のままで通している。なぜだろう?
「Black Mountain Side」をヤンシュの「Blackwaterside」に対する単なるオマー
ジュというだけではなく、ペイジの鋭敏な感性と考察によって換骨奪胎され、新たに
甦った混合体(アマルガム)と捉えるならば、それはもうペイジのオリジナルの領域ま
で昇華された作品と解釈することもできる。
だから彼は(Page)というクレジットに固執したのかもしれない。
↑プラントがブルースハープを吹いている。屋外で何の曲を録音してるのだろう?
余談だがツェッペリンのオフィシャル・フォーラムでは「Bron-Y-Aur Stomp」
もヤンシュの「The Waggoner's Lad」をベースにしているのではないか?いや
、違う曲だ、という論議がされている。
「The Waggoner's Lad」もトラディショナルで本来は歌がある。
ジョーン・バエズの歌を聴くと「Bron-Y-Aur Stomp」とはまったく違う曲。
ヤンシュのヴァージョンはインストゥルメンタルだ。
確かにギター奏法を聴くとペイジはこれを参考にしているようにも思えるけど、
まあ、これくらいいいじゃないの、名曲なんだから(笑)
ちなみにBron-Y-Aur Stompはウェールズ州スノウドニア地方ブロンイアーにある
コテージのこと。電気も通ってないらしい。
ツェッペリンのメンバーたちはここで休暇を過し曲作りをした。
Stompは足踏みの意。ステップを踏んで踊るダンスのこと。
「Bron-Y-Aur Stomp」はロバート・プラントが愛犬ストライダーに捧げた曲。
犬好きの僕としては嬉しくなってしまう。(7)
↑クリックすると1975年のライヴ演奏「Bron-Y-Aur Stomp」が視聴できます。
<脚注>
(1)バート・ヤンシュ
スコットランドのフォーク・シンガー&ギタリスト。
ニール・ヤング、ポール・サイモン、ジミー・ペイジらに多大な影響を与えている。
1960年代前半ヨーロッパを放浪し、バーやカフェへ飛び込みで演奏をしていた。
ロンドンに移り住み、ギタリストのデイヴィ・グレアム、アン・ブリッグスらフォー
クシンガーとの交流を深める。1965年に初のソロアルバムをレコーディング。
蹄鉄フォーク・クラブでジョン・レンボーンと一緒に演奏し、2台のギターが複雑に
絡み合うフォーク・バロック様式を生み出した。
ジャッキー・マクシー、ダニー・トンプソン、テリー・コックスが加わり、ペンタン
グルを結成した。
奏法の特徴はベイシックなクロウハンマー・スタイルのフィンガーピッキング。
テンションを多用した複雑なコードで音に「さざなみ」を生み出している。
半音ベンドでややシャープまたはフラットさせ微妙な音を出すのも特徴の一つ。
(2)アン・ブリッグス
アン・ブリッグスは1960年代に英国で起きたトラッド・フォーク回帰の立役者で
カリスマ的な存在だった。
独特の節回しの素朴な弾き語りで、英国・アイルランドの伝承民謡を歌った。
また恋仲であったヤンシュに「Blackwater Side」を伝授した。
しかし商業的な成功には興味がなかったようでソロ・アルバム発表は1971年と遅い。
そこで初めて「Blackwater Side」が収録された。(ツェッペリンのデビュー後)
(3)アイルランド民謡「Down by Blackwaterside」
失恋した女性の話。相手は彼女を騙して抱き黒い河のほとりで婚約を破棄した。
結婚を信じた彼女をその男はあざ笑い、父親の元に帰れと言う。
男は「結婚前にセックスをした自分に責任があるのさ」と彼女に言った。
彼女は男が二度と戻らないことを知り、嘘を信じた自分を責める。
黒い河とは木の茂った湿地や沼地を通る水深が深く流れが遅い河川のことである。
川底に堆積した枯れ葉などからタンニンがしみ出し、水は透明な黒〜茶色に見える。
ドゥービー・ブラザーズの「Black Water」はミシシッピー川のこと。
ロンドン市内を流れるテムズ川もでは水は海水と混ざり少し黒い色をしている。
アイルランドにもそういう黒い河があるのだろう。
(4)「Blackwaterside」の特徴的なギター奏法を組み入れた曲。
ペイジはヤードバーズ時代(1967年)に変則チューニングの「White Summer」
という曲を発表していて、これを発展させたものが「Black Mountain Side」だ、
という指摘もある。
個人的にはこの2曲は似てる部分もあるが別物だと思う。
ヤンシュの影響があったとしても「White Summer」は「Blackwaterside」の
リフを転用してるわけではなく、違う楽曲という印象だ。
ペイジはライヴでは「White Summer」と「Black Mountain Side」を
続けて演奏することがあった。
(5)フォーク・クラブ
フォーク・ミュージックやトラディショナル・ミュージックに特化した定期的、
継続的なイベントやその会場のこと。
1960〜1970年代に英国とアイルランドの都市部で起こった現象。
第2次ブリティッシュ・フォーク・リバイバルにきわめて重要な役割を果たした。
アメリカではフォークの復興、アコースティックだけでなくロック・グループの
成長にも貢献している。
尚、ヤンシュが演奏していた蹄鉄フォーク・クラブ」(Horseshoe Folk Club)と
いうのは、1960年代半ばジョン・レンボーンはロンドン市内のトテナム・コート
通りにを開いた店のこと。
ペイジが言ってるのは前述のイベントのフォーク・クラブのことだろう。
(6)クレジットが問題になった初期のツェッペリの楽曲。
「Babe I'm Gonna Leave You」はジョーン・バエズの1962年のライブ・アル
バムでの歌唱を参考に、ツェッペリン流にカヴァーしたもの。
バエズはこの時点では作者がいることを知らず(Traditional)とクレジットした。
ツェッペリンもそれに倣い(Traditional)として扱っている。
が、その後アン・ブレドンの作曲であることが分かった。
1990年以降のリマスターでは彼女の作曲者名がクレジットされている。
「How Many More Times」ではハウリン・ウルフの「How Many More Year」、
アルバート・キングの「The Hunter」から歌詞が引用されているが、作曲者のクレ
ジットは(Page, Jones & Bonham)になっている。
後に著作権問題に発展し、示談で解決した。
「Dazed and Confused」はジェイク・ホルムズの作品をペイジがヤードバーズ
時代に改作したもので、さらに即興演奏の要素が強くなっている。
これもクレジットは(Page)のみ。ホルムズは盗作で訴えたが却下された。
近年は「inspired by Jake Holmes」とクレジットされている。
「The Lemon Song」はハウリン・ウルフの「Killing Floor」にロバート・ジョ
ンソンの「Travelling Riverside Blues」の歌詞が織り交ぜられている。
後にウルフに抗議されたが和解。ウルフの本名(Chester Burnett)が加えらた。
「Whole Lotta Love」は歌詞がマディ・ウォーターズの「You Need Love」か
ら流用されており、著作権問題で訴えられた。
1997年以降は作者にウィリー・ディクスンの名が加えられるようになった。
「Bring It on Home」は前後にサニー・ボーイ・ウィリアムソンIIの同名曲を
流用。中間部にツェッペリンのオリジナル演奏が入る。
当初のクレジットは(Page/Plant)だったがディクスンに改められ、中間のパート
のみ「Bring It on Back」と題しメンバー4人のクレジットになっている。
(7)「ロバート・プラントの愛犬ストライダーに捧げた曲。
Tell your friends all around the world,
Ain't no companion like a blue eyed merle.
世界中のみんなに言おう、ブルーアイド・マールは無二の友さ
(※ストライダーはオーストラリアンシェパードのブルーマールという犬種)
Yeah, ain't but one thing to do Spend my natural life with you,
You're the finest dog I knew, so fine.
そう、やるべきことはただ一つ お前とありのままに人生を送ることだけ
お前は最高の犬だよ、本当に最高さ
When you're old and your eyes are dim,
There ain't no old Shep gonna happen again,
We'll still go walking down country lanes,
I'll sing the same old songs, Hear me call your name.
お前が年老いて目が曇っても安楽死させたりすることは絶対ない
僕らはあいかわらず田舎道を歩きながら同じ歌を歌うんだ
お前の名前を呼ぶ声が聞こえるかい (拙訳:イエロードッグ)
(※Old Shepはレッド・フォリーの1933年の曲。ハンク・スノウやエルヴィスが
カヴァーした。少年時代から飼っていた犬が年老い自らの手で殺すという歌。
個人的にはジョニー・キャッシュのカヴァーが一番好き。)
<参考資料:Guitar Player magazine in 1977、Turn Me On, Dead Man、
Led Zeppelin Official Forum、Stefan Grossman's Guitar Workshop、
Acoustic Routes、Fingerstyle Guitar、Guitar Player、Wikipedia、他>
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