「イエスタデイ」という映画が近年、2つ公開された。
その1つは2019年公開の英国映画「イエスタデイ」(原題Yesterdayそのまま)
本国、北米、日本でも興行的に成功し話題になった。(1)
<映画のあらすじ>
英国の海辺の町に住むジャックは、バイトで生計を立てながらシンガー・ソングライタ
ーとして活動しているが、一向に売れない。夢を諦めかけていた。
幼なじみの親友エリーはマネージャー兼ドライバーとして彼を健気に支えている。
ある日、世界規模で12秒間の停電が発生。
その時ジャックはバスに撥ねられ、昏睡状態に陥り入院する。
退院後、快気祝いで集まった友人に新しいギターをもらったジャックはビートルズの
「イエスタデイ」を聴かせ、みんなを魅了する。
エリーは驚き「いつ作ったの?」とジャックに尋ねる。
ジャックは「ポール・マッカートニーの曲だよ。ビートルズさ」と事も無げに答えるが、
誰も知らない。ビートルズ?虫か?車か?
帰宅後ネットで「ビートルズ」を検索するがまったく情報はヒットしない。
ジャックは異変に気づいた。
↑写真をクリックすると映画「イエスタデイ」2019の予告編が視聴できます。
彼が今いる世界では史上最も有名なビートルズが存在せず、数々の名曲を知っている
のはジャックだけらしい。
ジャックはビートルズの曲を自分の曲として成り上がろうとする。
彼の楽曲に可能性を感じたエド・シーラン(本人がカメオ出演)(2)は自身のライブ
のオープニング・アクトに採用したいとジャックの自宅を訪れる。
ライブ後の打上げで、エドはジャックにソングライティング対決を持ちかける。
ジャックが歌うザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードを聴いたエドは敗北
を認めた。
↑映画「イエスタデイ」2019、エド・シーランとの作曲対決シーンが見れます。
アルバム発売の告知のため、ジャックは故郷のホテルの屋上でコンサートを行う。
終了後、楽屋に2人のファンが訪れた。
2人はビートルズの存在を覚えており、ジャックがビートルズを自作の曲として
発表していることも知っていた。彼らはある人の住所のメモをジャックに渡す。
メモを頼りにジャックが訪れたのは海辺に住む78歳のジョンの家だった。
ミュージシャンにならず、船乗り(3)になったため暗殺を免れたのだ。
ジョンは穏やかに語る。質素ながら愛する女性と幸福な人生を送っていた。
↑映画「イエスタデイ」2019、ジョン・レノンに会いにいくシーンが見れます。
幸せになるためには、有名になる必要はない。
幸せに生きるには、愛する人に愛を伝え、うそをつかないことだ。
ジョンに諭されたジャックはエリーに告白。
ウェンブリー・スタジアムでのエドのライブに飛入り演奏(4)したジャックは、
観客にこれまで自作として発表した楽曲がビートルズあることを伝えた。
得られるはずの富や名声、栄誉を全て投げうったジャックは音楽教師に復職し、
エリーと結婚。2人の子供を授かり、ささやかながらも幸せな生活を送った。
<感想>
自分にビートルズみたいな才能があれば。。。多くの人がそう思っただろう。
この作品はビートルズがいないパラレル・ワールドという設定だ。
ちょっと似てると思ったのが、かわぐちかいじのコミック「僕はビートルズ」
(2010-2012年モーニングに連載)である。
ビートルズのコピーパンドが1961年の東京にタイムスリップしてしまう話だ。
吉祥寺の駅舎は木造でサンロードにはまだアーケードがなくバスが走っている。
当時の日本で生演奏はハワイアンが主流でロックはなかなか受け入れられない。
ある女性プロデューサーが彼らの演奏するビートルズの曲に可能性を感じる。
4人はビートルズに先行してどんどん彼らの曲を発表して行く。
そうすればビートルズはさらにすごいことをやるんじゃないか、と期待しつつ。
しかしビートルズは解散してしまう。彼らはビートルズに会いに行き謝罪する。
ビートルズは曲がいい。それは誰もが認めるところだ。
でもビートルズの凄いところは楽曲の良さ、だけじゃないよね?
ビートルズはたたき上げのライヴ・バンドだった。
彼らならではのビート、グルーヴ感。一体となってガツンと出てくる音。
卓越した演奏力、アレンジ力、応用力、幅広い音楽性、サウンドへのこだわり。
ジョン、ポール、ジョージの異なる声質が生み出す魔法のような和声の美しさ。
ジョン、ポールという奇跡のソングライティング・チーム。
独自の世界観で控えめながらバンドに陰影を与えたジョージ。
鉄壁かつ重いリズム、ユニークなパターンやフィルを叩けるリンゴ。
ジョージ・マーティンのプロデュース力とオーケストレーション、スタジオで
生み出された数々のトリッキーな発明。そして1960年代ならではの音。
そう、1960年代というマジックもビートルズに加勢したんだと思う。
「イエスタデイ」ではジャックが誰も知らないのをいいことにビートルズを
パクって一人で(ライブはミュージシャンを従えて)歌っているにすぎない。
バンドの個性とエゴがぶつかり合って生まれる音楽じゃない。
↑映画「イエスタデイ」2019でのヒメーシュ・パテルの歌と演奏について。
ジャック役のヒメーシュ・パテルはすべて自分で歌い演奏していて上手だ。
が、もちろんジョンやポールのような神がっかった歌にはならないし、演奏も
突出してるわけではない。(声質的にはジョージの曲に一番ハマっている)
それとジャック。悪いけど見た目がカッコよくない。
ビートルズってカッコよかったよね。すべてが。これ、すごい大事な点。
2018年の世界でこの映画のようにジャックがまだ「誰も聴いたことがない」
ビートルズを歌ったとして、はたしてヒットするだろうか?
1960年代から史上最高のバンドとして君臨し続け世界中で愛されているから、
どこかで誰かが歌っても「いい曲」になるんじゃないの?
だいたいビートルズがいなかったら、エルトン・ジョンもビリー・ジョエルも
10CCもクイーンもオアシスもU2もエド・シーランもいないでしょ!
まあ、偉大じゃないジョンが静かにまだ生きているというのが、この映画の
感慨深いところ、というか救いではあったけど。(他の3人は登場しない)
ジャックを献身的に支えるエリーがなかなかいい感じだった。
けど、偽りの成功を捨てて地道な愛を選ぶ、というお約束のロマンスがこの
映画をさらに凡庸にしてしまっているのは否めない。
ロックな青春映画というよりビートルズに負んぶに抱っこのラブコメ感が強い。(5)
と僕は辛口評価だが、素直にビートルズの名曲を題材にしたラブコメとして
なら楽しめるのではないか。ポールも「とても気に入った」と言ってるらしい。
もう1つの「イエスタデイ」はノルウェー製作の2014年の映画。(6)
日本では2016年公開。原題はなんと「Beatles」。The が付かない。
The Beatlseの商標を侵害しないからオッケーということなのか。
劇中でビートルズのシー・ラヴズ・ユー、レット・イット・ビー(シングル盤
ヴァージョン)が使用されている。
だからこの作品は(タイトルも含め)ビートルズ側も公認ということだ。
日本では歴史的にザを略してビートルズと呼ばれることが多かった。
青春への郷愁も込めて、「イエスタデイ」という邦題に変更したのだろう。
ノルウェーなど海外の映画祭で賞を獲得。
日本では全国20館で上映され、そこそこの評価(7)を得たようだ。
上述の2019年の映画「イエスタデイ」公開で存在感が薄くなってしまった。
<映画のあらすじ>
舞台は1967年のオスロ。
タイトルバックにラジオ・ルクセンブルクの放送が途切れがちに入る。(8)
授業で「手本にしてる人物は誰か?」をテーマで主人公のキムが作文を書く
ところから物語が始まる。
ビートルズに刺激された高校生4人組はバンドを結成し練習を始める。
主人公のキムはタレ目で子供の頃ちょっとポールに似てたのでポール役。
声がいいグンナーはジョン役。セブはギターが上手い。オラは楽隊の太鼓担当。
最初はロクに楽器も持ってないくらいだった。
バンド名のスネイファスは「状況はいつも通りボロクソ」の略語だとか。
セブの父親は仕事で英国に行く機会が多く、リバプールやロンドンでビートルズ
の新譜を買ってきてくれた。
茶色の包み紙を開け、英国Parlaphoneレーベルのサージェント・ペパーズの
ジャケットを眺め、わくわくしながらプレーヤーに針を落とし興奮する4人。
↑ノルウェー映画「イエスタデイ」2014の予告編が視聴できます。
ある日、キムは映画館でニーナという女の子と出会い突然キスをされる。
キムはニーナが誰でどこに住んでるかもわからないまま彼女への想いを募らせ、
渡すあてのないラブレターを書き続けた。
やがてキムのクラスにセシリアという美少女の転校生が入ってくる。
セシリアは裕福な家庭の子。彼女にとってキムは空気より薄い存在だった。(9)
課外授業でセシリアのピンチを救ったことで2人の距離は近くなる。
キムに新しい恋が芽生え始めた。
セシリアはいわゆるツンデレで焦らしながらキムを惹きつけていく。
キムはセシリアの家に食事に招待される。お父さんは言葉が通じない。(10)
自分は努力に努力を重ねてここまでなった、とキムに言う。
お母さんは食事に参加せず。何かあるようだった。
みんな、それぞれ問題を抱えていた。
セブの両親は離婚する。
グンナーは家業の配達先の裕福な人妻に誘惑され関係を持つが夫にばれて、
袋叩きに遭う。しかしその人妻にフェンダーのマスタングを買ってもらう。
スネイファスは演奏する機会を得る。セシリアもキムに熱い視線を送る。
そこになんと!映画館で遭ったニーナが出現し「会いたかった」と言う。
ショックを受けたセシリアは出て行く。急なモテ期到来。どうする、キム?
キムはセシリアを追い、今は君しかいないと告げる。
セブのアコギをバックに、キムは即興のトーキング・ブルースでセシリア
への想いを歌うのだった。
<感想>
あまり期待せずに見たが悪くない。英国版「イエスタデイ」2019年よりいい。
ビートルズに憧れる少年たちの成長と恋を描いた甘酸っぱい青春ドラマだ。
ここではビートルズは少年たちの憧れで、バンド結成のモチベーションである。
ガチでビートルズのコピーで有名になろう、なんていう野心は彼らにはない。
その下手さに親近感を覚える。みんな最初はこうだったなーという。
そしてリアルタイムでビートルズを聴いた彼らが、とてもとても不器用な恋をし、
悩んだり笑っている姿が眩い。遠い夏の日への憧憬を抱かせてくれる。
青春の弾けるエネルギーというよりは、落ち着いたノスタルジックな雰囲気。
全体に地味で薄味の印象は否めないが、派手なハプニングてんこ盛りよりいい。
使用されたビートルズのオリジナル楽曲は2曲だけ。
冒頭でかかるシー・ラヴズ・ユー。
歌詞の内容がこの後のキムとセシリアとの関係への伏線になっている。
反戦(反米)デモ(11)のシーンで流れるレット・イット・ビー(シングル盤)。
「なすがままに」の歌詞からこの選曲になったのだろう
でも1967年にはまだ発売されていないよね、とツッコミを入れたくなる。
↑ノルウェー版「Beatles」2014の予告編(原語)が視聴できます。
セシリアが突然キムの家を訪れた時の会話が印象的だ。
セシリア(ポスターを見回し)「ビートルズが好きなんだ。一番好きな曲は?」
キム 「アイ・ウォント・トゥ・ホールド・ユア・ハンド」
セシリア 「一番好きなアルバムは?」
キム 「ラバー・ソウル、ミッシエル以外はね」(12)
セシリア 「いい曲なのに」
キム 「うん」
ポール派のキムにしては意外。ミッシエルはメランコリックすぎたのか?
キムが映画館で出会ったニーナは青いリンゴを持っていた。
ビートルズのアップル・レーベルを匂わせる。
ニーナが着ていた赤いエナメルのコートは、アップル本社ビル屋上ライブで
リンゴが着ていたもの(妻のモーリンのを借りた)を彷彿させる。
街中ではVWビートルをいっぱい目にする。
特に(アビイ・ロードのジャケ写でお馴染みの)ベージュのビートルが多い。
こういうのも匂わせかな?原題Beatlesだし。
一番好きなのはセシリアとピクニックに行くシーン。
セシリア 「何で行くの?」
キム 「自転車」
セシリア 「じゃあ、私は音楽を持っていくわ」
自転車の後の荷台に乗るセシリアは取っ手付きの薄型の白い機械を持っている。
そのデザインが美しく、さすが北欧!と感心した。
ラジオかと思ったら、ポータブルのレコード・プレーヤーである。
湖畔で二人が聴いていたのはレナード・コーエンの「スザンヌ」だった。
終盤のセシリアとニーナが鉢合わせするシーン。修羅場になるかと思いきや。
キムは迷わずセシリアを選びましたねー。
不思議ちゃんニーナも魅力的だけど、振り回されてなんか面倒そう。
勝気なお嬢様セシリアにも苦労しそう、と余計な心配をしてしまった(笑)
<脚注>
(1)英国映画「イエスタデイ」(原題:Yesterday)
2019年公開のミュージカル・コメディ+ラヴ・ロマンス映画。
監督はダニー・ボイル、出演はヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズなど。
(2)エド・シーランのカメオ出演
コールドプレイのクリス・マーティンにオファーしていたが拒否されたため、
エド・シーランが出演することになった。
(3)ジョンが船乗りになっていた。
ジョンの実父が船乗りであったためそういう設定にしたのかもしれない。
(4)ウェンブリー・スタジアムでのエドのライブに飛入り演奏
実際にウェンブリー・スタジアムで行われたエド・シーランのライヴ終了後に
演奏を収録している。
(5)ビートルズに関連する青春映画
スチュアート・サトクリフにフォーカスしてハンブルク時代のビートルズを描い
たバック・ビート(1994)やビートルズ結成前の若きジョンを描いたノーウェア・
ボーイ(2009)はお薦め。
伝記的なストーリーなので、ロックな青春映画という趣旨から外れると思う。
以前紹介したロバート・ゼメキス監督の「抱きしめたい」(1978)は、当時のファ
ンの視点で見たビートルズが楽しめた。これはロックな青春映画といえる。
(6)ノルウェー製作映画「イエスタデイ」(原題:Beatles)
2014年の映画。日本では2016年公開。
同年公開の映画Eight Day's A Weekとの相乗効果を狙ったのだろう。
ノルウェーの作家ラーシュ・ソービエ・クリステンセンが1984年に発表した
ベストセラー小説「Beatles」を原作としている。
劇中で流れるビートルズの楽曲はすべてオフィシャルで許諾されたもの。
2曲はビートルズ自身のオリジナル音源が使用されている。
音楽監督はa-haのマグネ・フルホルメン。
監督ペーテル・フリントは、演技経験のない若いキャストたちの良さを引きだし、
初恋と友情と音楽に彩られた少年たちのひと夏の物語を瑞々しく描ききった。
(7)ノルウェー映画「イエスタデイ」の日本での評価
映画レビューサービス「Filmarks」のユーザーが選んだ同月上映映画期待度
ランキングでは第5位にランクイン。
(8)ラジオ・ルクセンブルクの放送が途切れがちに入る。
1966年まで英国にはBBCしか局がなく、しかもポップス・ロックを放送するのは
は週に1時間と限られていた。
英国のリスナーたちは海上の船から放送される海賊ラジオ局を聴くか、遠く離れた
ルクセンブルクからの電波でポップス・ロックを楽しんでいた。
ラジオ・ルクセンブルクも英国のリスナー向け英語放送の時間を設け、英国の
スポンサーのCMを流していたほどだ。
当時のノルウェーの放送は知らないが、ルクセンブルクまでの距離は英国の2倍。
電波の状況はそうとう悪かったのではないかと推察される。
(9)彼女にとって空気より薄い存在
なぜかセシリアは学校ではキムを無視し、別な男子と一緒だった。
彼はセシリアの隣に住む裕福な家庭の子で、ゲイだった思われる。
それを隠すため、セシリアに頼んでボーイフレンドのふりをしていたのだ。
(10)セシリアのお父さんはは言葉が通じない。
ノルウェーでは伝統的な公用語としてブークモールという言語をほとんどの人が
使うようだが、一部にニーノシュクという言葉を使う人たちもいるようだ。
そういう人たちはノルウェーではマイノリティーなのだろう。
セシリアのお父さんは伝統的は富裕層ではなく、少数言語を使う層の出身で自力で
成り上がりだったと思われる。
この辺はノルウェーの歴史が絡んでいるのかもしれない。
(11)反戦(反米)デモ
ちょうどアメリカが本格的に参戦しベトナム戦争が激化して行った頃である。
ノルウェーは西側でNATO加盟国なのに反戦というより反米色が強いのが意外。
1960年代の反戦、1990年代の環境問題にしても、新しいムーヴメントはまず
北欧で起こり、次にドイツ、英国、アメリカの西海岸へ、というのが常だ。
北欧の人たちは意識高い系なのだ。
(12)ラバー・ソウル収録の「ノルウェーの森」について聞きたかった。
ノルウェーの人たちNorwegian Woodをどう解釈してたんだろう?
ご存知のとおり、この邦題は誤訳。
原題はNorwegian Woodと単数形。森ならWoodsと複数形のはず。
当時ロンドンではパイン材の家具や内装をNorwegian Woodと呼んでいた。
ポールも「だってパイン材の家具じゃ歌にならないだろ」と認めている。
https://b-side-medley.blogspot.com/2015/06/blog-post_19.html
<参考資料:LifTe 北欧の暮らし、洋画ほぼ辛口映画レビュー、京都みなみ会館、
Wikipedia、Amazon、YouTube、P. McCartney-Many Years from Now、他>
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