<ビートルズ完コピ願望>
高校に入ってギターを始めた。最初はFやE♭が難関だ(よね?)
なんてったってビートルズを弾きたい!
新興楽譜出版の「ビートルズ80」という楽譜集を買ってみた。
歌メロの譜面にコードダイアグラムが記載されてあるタイプのだ。
しかしその通り弾いてもビートルズっぽくならない。歌メロは合っているのに。
おそらく音大出の人とかに原曲を聴かせて、歌メロに合ったコードをアサイン
しているのだろう。
曲によってはキーも違う。これも日本人でも歌いやすくという配慮か。
いやいや、ビートルズはそういうふうに弾いてないでしょ!
彼らはセオリー通りのコードを選んでるのではなく、自分たちの好きな和音の響き、
多少強引でも斬新なコード進行、思いがけない効果を狙ってるのだから。
そして耳コピを始めた。最初はなかなか分からなかった。
映画を見て、そんなことをやってたのか!と目から鱗だったことも多い。
やってるうちにジョン、ポール、ジョージの手癖も分かってくる。
いわゆる「ビートル・コード」という押さえ方があるのだ。
You've Got To Hide Your Love Away(Lennon-McCartney)を例に挙げよう。
出だしのローコードのGで2弦開放のBではなく3フレットを押さえてDにしている点、
その後Dsus4→F9→C→Gと常に1弦3フレットのGを8小節までキープし続けている点
に注目していただきたい。
9〜10小節のD→D on C→D on B→D on Aとルート音がクリシェで下降するのも、
ジョンの得意技だ。
この曲はジョンのコード使いの妙、ストローク感さえ覚えれば、ほとんどの人が
オリジナルキーのままで歌える。
ギター一本でもサマになるし、カヴァーしやすいナンバーと言えるだろう。
が、いかんせんビートルズの曲は大概キーが高い。高すぎる。
ジョンとポールがユニゾンの部分も歌ってて苦しいが、ジョンが下でポールが上で
ハモる時のポールの高音部はもうお手上げだ。
ポールは高音部でもか細くならず、リトル・リチャード顔負けのシャウトができる。
かと思うとファルセットへの切り替えも上手い。
バラードでは美しいベルベット・ボイス、カントリー調のトーキングブルース(これ
も日本人にはなかなか真似できない)もお得意だ。
つまり演奏を完コピしたところで歌は無理。歌うな、ということですな(笑)
1980年代後半〜今まで聴いたことないようなビートルズのアウトテイクやデモ音源
が良質なブートCD化され出回るようになった。
曲の初期段階やオーバーダブする前の音源は、バッキングでどういう弾き方をしてる
のか、よく聴き取れる。耳コピの精度は上がった。
加えて機材の進化。
リズムプログラマーがあればリンゴ役を探さなくても、打ち込みでビートルズっぽい
ドラム演奏もできてしまう。
安価なカセットの4TR・MTRでも1回くらいのバウンス(ピンポン)なら使える。
1996年にはMD4式の4TRデジタルMTRが登場した。
これによってバウンス(ピンポン)を繰り返しても、ベーシックトラックは従来ほど
退行して聴こえない。
コピペもできるし、パンチイン・アウトも不自然じゃなくなった。
音源モジュールとMIDIでつなげばデジタルピアノはどんな音でも出せるし、スピード
は維持したままキーを変えることだってできる。
1990年代後半は機材の恩恵で、だいぶビートルズに近いオケができるようになった。
しかーし、ボーカルで一気にクオリティが落ちてしまう⤵︎のだ。
そもそも歌唱力がトホホだし。
近年は多重録音でそこそこの演奏に下手な歌を乗せて台無しにするのはもう諦め、
1音下げたギター一本で鼻歌ビートルズで楽しんでいる。
それでもBlackbird、Mother’s Nature’s Son、Her Majesty、I Wll、 I Me Mine、
Across The Universe、I’m Only Sleeping、Cry Baby Cry、 Revolution No.1…
どれも完コピしたギターで、気分だけビートルズで歌う。
何も完コピしなくても僕たちなりにやればいいじゃないですか、という人もいる。
僕は言い返す。僕たちなりができるのは上手でその人固有のものを持っている人だけ。
僕らのような下手な人間はオリジナルにどこまで近づけることができるか、少しでも
ビートルズの出してる音を解きあかせればそこに達成感があるんですよ、と。
少なくとも僕には「僕なりのビートルズ」はない。ビートルズ追求で精一杯だ。
もちろん世界中の一流アーティストたちがビートルズをカヴァーしている。
が、僕にとってはオリジナルを凌駕するようなものはほとんどない。
シナトラやエルヴィスがSomethingを歌ってもそれほどいいとは思わない。
ギャロッピング・スタイルの独自のギター・インストゥルメンタルに昇華させている
チェット・アトキンスのビートル・メドレーは大好きだけど。
<ビートルズを違う解釈で弾き語り〜の☆☆☆例>
ビートルズに関してはコンサヴァでオリジナルに勝るカヴァーなしと思ってる僕だが、
中にはこの弾き語りはクールだなー、こういう解釈もあるのか、と感心する例もある。
その3つの例をご紹介しよう。
僕も実際にそのカヴァーをコピーして譜面にしてみた。キーも無理なく歌える。
それぞれコード進行も一部歌詞も変えて、自分流ビートルズに仕立て直しているところ
がうまいと思う。
僕の一押しはベン・テイラーの I Will だ。
ベンはジェイムス・テイラーとカーリー・サイモンの息子である。
地味な存在だが、ジェイムス・テイラー直系の声質や歌い方、ギターの弾き方を受け
継ぐユニークなシンガー&ソングライターだ。
この I Wll は1995年に映画「Bye Bye, Love」挿入歌として録音され、同映画のOST
盤に収録されている。彼のソロ・アルバムには入っていない。
ベンはまだ18歳で初々しい。なかなかのイケメンである。(近年はそうでもない)
↑クリックするとBen Taylor - I Willが聴けます。
※プロモーション・ビデオ版はOSTとギターの弾き方がところどころ違う。
また最後のFOもプロモーション・ビデオ編の方が長い。
コード進行を独自の解釈で変えてしまっているところが耳新しく感じる。
ビートルズ版 I Will はキーがF。
Verse
F→Dm→Gm→C7→F→Dm→Am→F7→B♭→Am→Dm→Gm→C7→F→(F7)
Bridge
B♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7→B♭→Am→Dm→G→C7
※Chorus部のFmaj7とGはポールならではの隠し味(エンデイング近くのD♭7も)
上記の実音表記を度数表記(ディグリーネーム)にしてみよう。
キーのトニック(この場合はF)からの度数、役割、コード進行が理解しやすい。
別なキーに転調されていても、応用が利くというメリットがある。
Verse
I→VIm→IIm→V7→I→ VIm→IIIm→I7→IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I→(I7)
Bridge
IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I maj7→IV♭→IIIm→IVm→II→V7
ベン・テイラー版の I Will 。キーはB。2フレットにカポでAを弾く。
※PVではギブソン・ハミングバードの4フレットにカポをして弾いている。
これは以下の理由からだと思われる。
1) クルーソンのチューナーが固く周りにくいため上がりきらない→1音下げた。
2) 緩めに合わせると低音弦の振幅が大きくなる。さらにカポをすると音が締まり、
低音弦がよく響く(ドノヴァンもJ-45でこの方法を取っている)
3) 1960年代のギブソンはネックが細く2〜5フレットでカポをした方が弾きやすい。
ベンは父親譲りのMark Whitebook、Olsonの他、数多くのギターを所有しているが、
ギブソンのヴィンテージがお気に入りらしい。J-50も愛用している。
さて実際に弾いてるコードポジションのAをキーとしてコード進行を見てみよう。
Verse
A add9→F#m7→Gmaj7→Em7→A add9→F#m7→Gmaj7→A7→D→E7
→A add on F#→D→E7→A(A7)
Bridge
D→E7→A add9 on F#→D→E7→A maj7→D→E7→A add9 on F#→F#m7
→B7→E7
度数表記(ディグリーネーム)にしてみると。。。。
Verse
I→VIm7→VII♭maj7→Vm7→I→ VIm7→VII♭maj7 on E→I 7→IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I(I 7)
Bridge
IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I maj7→IV→V7→I add9 on VI→IV→VIm7→II 7→V7
ビートルズの I Will とはかなり違うことが分かる。
オリジナルのヴァースの最初はF→Dm→Gm→C7(I→VIm→IIm→V7)。
循環コードの王道だ。
ベン・テイラーの方はA add9→F#m7→Gmaj7→Em7(I→VIm7→VII♭maj7→Vm7)。
循環コードなら3小節目でBm7→E7に行くはずだが、いきなりGmaj7で意表をつく。
長年ビートルズで慣れ親しんだ耳には斬新、まさに耳からじゃなかった、目から鱗だ。
ビートルズ版サビはB♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7と哀愁の下降コード。
(Fmaj7はポールらしい味付け、2回目のGmをGに変え展開を見せる裏技も最高)
対してベン・テイラーはD→E7→Aを繰り返し、F#m7→B7→E7でヴァースのAに
帰結させるドライな展開になっている。
以下TAB譜の一部を載せるので参考にしてください。
歌い方もベン・テイラーは父親譲りのJT節というか、ややぶっきら棒な歌い回し。
歌詞も一部、変えている。
最後のヴァース、And When I at last I find you は And when I finally find youに。
エンディングもビートルズ版ではポールの美しいファルセット二重唱。
Mm mm mm…..Da da da da…..で終わる(ここが高くて出ないんだよね)
ベン・テイラー版はI Willを繰り返しながらFO。(PVはOSTより長い)
そりゃビートルズの I Will は美しいけどベン・テイラー版もクールでしょ?
↑ベン・テイラー&父のJT
ジェイムス・テイラーのワーナーブラザーズ時代のアルバム6タイトルが、やっと
リマスターされ6枚組ボックスセットで7月19日に発売される。
JAMES TAYLOR The Warner Bros Albums 1970-1976
Amazonではだいぶ前から出ていたがCDの販売価格がずっと未定のまま。
今朝見たらなんと3,133円。おおっ、これは安い!すぐポチッ。
夕方見たら5,029円に上がっていた。Amazon価格は猫の目のように変わる。
最低価格が保証されるので、僕は3,133円で注文しておいてよかった。
★追記:その後Amazon価格はころころ変わり発送も2ヶ月先になってしまった。
マーケットプレイスで英国の業者が送料込みで2,740円で出品してたので、
そとらに注文し直した。既に発送済みだが、今週中に届くかな?
近年多いCD5枚組の簡素なボックスの廉価版とは一線を画す装丁だ。
しかもリマスターが施され6枚組。
残念なのはピクチャー・ディスクが慣れ親しんだバーバンク・スタジオのパーム
ツリー・ストリートのレーベルではなく、抹茶色の後年のレーベルである点だ。
★訂正:ジャケットの印刷の質は高い。レーベルは初期3枚が抹茶色、 Walking
Man 以降がバーバンクのパームツリー・レーベルでした。
今回はワーナーブラザーズのライセンスの下RHINOレーベルからのリリースだ。
またしてもRHINO、いい仕事をしてます。
内容は1970〜1976年にワーナーブラザーズよりリリースされたJTのオリジナル・
アルバム6枚、JTの黄金期の名盤が最新のリマスターで聴ける。
Sweet Baby James (1970)
ビートルズのアップル社からデビューしたものの不発に終わり、失意のもと
帰国したJTが心機一転、ワーナーブラザーズと契約し発表した再デビュー盤。
フォーク、カントリー、ブルース色が濃いがどこか洗練されているのが魅力。
プロデューサーはピーター・アッシャー。(1)
旧友のダニー・コーチマー(g)、以降JTのバックを務めるラス・カンケル(ds)、
キャロル・キング(p)、ランディー・マイズナー(b)が参加している。
Mud Slide Slim And The Blue Horizon (1971)
2枚目も同じ路線を踏襲。You've Got a Friendのヒットで不動の地位を得た。
プロデューサーは同じくピーター・アッシャー。
ダニー・コーチマー(g)、ラス・カンケル(ds)、ルーランド・スクラー(b)と
後にザ・セクションのメンバーとなる3人が揃った。
キャロル・キング(p)、ジョニ・ミッチェル(cho)が参加している。
One Man Dog (1972)
クレイグ・ドージ(p)が加わり初めてザ・セクション(2)というバンド名となる。
ジョン・マクラフリン(g)、ブレッカー・ブラザーズの参加により音楽的にも
深みが出ている。
マクラフリンが使用しているマーク・ホワイトブックのギターをJTは気に入り、
自分と妻となるカーリー・サイモンのためにオーダーしている。
キャロル・キング、リンダ・ロンシュタット、カーリー・サイモン、そして
アレックス、ヒュー。ケイトとJTの3人の兄弟たちがコーラスで参加。
プロデューサーはピーター・アッシャー。
スクイブノケットにあるJTの別荘の納屋に作られたスタジオで録音された。
Walking Man (1974)
前作から2年を経て心機一転、NYCでレコーディングを行う。
セッション・ギタリストのデヴィッド・スピノザ(3)をプロデューサーに起用。
スピノザ(g)、ヒュー・マックラケン(g)、ドン・グロルニック(p)、リック・
マロッタ(ds)などNY勢で固め、今までのR&B、カントリー色は退行し都会的で
洗練されたサウンドとなった。
ジャケットのモノクロ写真はリチャード・アヴェドンによるもの。
Gorilla (1975)
再びLAに戻りレコーディング。
NYCで得たソリッドなエッセンスと西海岸の解放的な明るい空気感が融合。
ウエストコースト・ロックの立役者、ラス・タイトルマン(4)、レニー・ワロッカ
(5)がプロデュースを担当し、ワーナーのバーバンク・スタジオで録音された。
ダニー・コーチマー(g)、ラス・カンケル(ds)、ルーランド・スクラー(b)の常連、
アル・パーキンス(ps)、デヴィッド・グリスマン(m)、ローウェル・ジョージ(g)、
ジム・ケルトナー(ds)、ウィリー・ウィークス(b)、デヴィッド・サンボーン(s)、
ニック・デカロ(ac)、クラレンス・マクドナルド(p)と豪華な顔ぶれ。
特筆すべきは、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、カーリー・サイ
モン、ヴァレリー・カーターによる美しい透明感のあるコーラスだ。
ジャケットの写真は数々のアーティストを手がけたノーマン・シーフが撮影。
In The Pocket (1976)
ワーナーでの最後のアルバム。プロデューサーも前作と同じで続編的な内容。
ザ・セクションの4人がまた集結。
ワディ・ワクテル(g)、アーニー・ワッツ(s)、マイケル・ブレッカー(s)の他、
スティービー・ワンダーが1曲ハーモニカで参加している。
アート・ガーファンクルとのデュエットも聴きもの。
ジャケ写は引き続きノーマン・シーフ。
裏ジャケットでスーツの中に前作GorillaのTシャツと洒落が効いている。
以上6枚のオリジナル・アルバムが収められている。
アウトテイク、未発表曲、デモ音源などのボーナス・トラックは一切なし。
近年の傾向としてアルバムはリリース時と同じ形態で、ボーナス・ディスクで
レアな音源をというのが主流だが、そのボーナス・ディスクもない。
JTはコロムビアに移籍する前に、ワーナーからGreatest Hitsを出している。
その中でアップル・デビュー時の作品、Something in the Way She Moves、
Carolina in My Mindを1976年に新たに録音している。
またこのベスト・アルバムにはSteamrollerのライブ音源が収録されている。
今回この3曲は残念ながら聴けない。
さらに言わせてもらうと、One Man Dog (1972) とWalking Man (1974)の
間が空いたため、ワーナーはライブ盤を出そうとしていた。
1972年オークランドで収録された音源だ。当然、公式録音なので音質は良い。
どうせならこの未発表ライブ盤も目玉として付けて欲しかった。
1974年にNY勢をバックにカーネギー・ホールで行われたライブ音源(カーリー
・サイモンが飛び入りでMockingbirdをデュエット)も素晴らしい内容だ。
いずれも良質なブートが出ている。
この2枚は今後のRHINOに期待するとしよう。
まだ現物が届いていないのでレビューもできないが、YouTubeに公式で3曲
アップされているので、ヘッドホンで聴いてみた。
確かに一つ一つの音はクリアで臨場感は増している。が、大きな差異はない?
特に楽器やコーラスの多重が多い後半のアルバムは、塊で聴こえて来るせいか。
Shower the Peopleの美しく重厚なコーラス、ダブルトラッキングで録られた
ギター、はリマスターではなくリミックスで左右に広がったらどんなに美しい
だろう、と思った。
実際にディスクを再生して部屋の空気に流すともっと良さが分かるのかも。
★追記:Amazonにレビューが1件。あまり音が良くなった感はないそうだ。
アメリカのAmazonは入荷が8/2予定でまだレビューもなかった。
★追記:8/6到着。 1枚目を聴いてみた。音はクリアで温かみも深みもある。
J-50の生音も以前より聴こえる。一番驚いたのはFire And Rainでのラス・カン
ケルのドラミングの迫力だ。他のアルバムも楽しみ〜♪
↑クリックするとFire and Rain (2019 Remaster)が聴けます。
↑クリックするとShower the People (2019 Remaster)が聴けます。
それにしても、JTのワーナー時代のリマスターは本当に長い間、待たされた。
待ちくたびれたという思いと、何で今さら?感もある。
JTが1970〜1976年にワーナーブラザーズに残した彼の黄金期ともいえる6枚の
アルバムが初CD化されたのは1984年であった。
まだCD創世記で16bitサンプリングのAAD(アナログ編集)である。
当然のことながら音は粗く痩せている。ふくよかさも広がりも奥行きもない。
それでも当時はLPよりクリアに聴こえる、と喜んだものだ。
1990年に入るといろいろな作品がリマスターされ出した。
JTのコロムビア移籍後、1977年以降のアルバムは1990年にやっとCD化されたが、
2000年にはすぐにリマスターされ格段に音が良くなった。
(その際、1991年リリースのNew Moon Shine以降の作品は対象外だった。
つまりアナログ録音の1977〜1988年のアルバムだけをリマスターし、1991年以降
最初からデジタルレコーディングされた作品はそのままでよし、という考えだろう。
そのためNew Moon Shine(1991)より、後からリマスターJされたT(1977)、Flag
(1979)の方が音圧が高く、よりブライトな音という逆転現象が起きた)
しかしワーナー時代のアルバムは一向にリマスターされない。
ワーナー洋楽部のJTのA&R(宣伝担当)に訊いてみたら「一度リマスターはしてる
んですけどね」ということだった。
JTのワーナー時代6作品が日本盤として発売されたのは1991年である。
それはリシューであり、リマスターではない。
US盤はそのままで、日本だけ独自にリマスターが施されるわけがない。
サンプル盤をもらって聴いてみたが、最初に出たUS盤と音は変わらなかった。
「初回ロットが1000枚行かないんですよ」とA&Rが嘆いていたのを記憶している。
そりゃそうだ。買う人は輸入盤を既に買っている。僕だってそうだ。
まあ、日本ではその程度で好きな人に細々と売れる1970年代のシンガー・ソング
ライターという捉えられ方が正直なところで、そんなに売れないだろう。
だから、あえてお金をかけてリマスターしても・・・というのは分かる。
が、アメリカでは団塊世代、ポスト団塊を中心に根強いファンが多いはずだ。
彼らがコンサート会場で涙しながら合唱するのは、やはり1970年代の曲なのだ。
当然CDの進化に伴って、もっといい音で聴きたいニーズも生まれるはずだ。
JTはいまだに美声が衰えず、ライブ・パフォーマンスもが完成度が高い。
スローペースだが新譜(代わり映えしない)も出している。
本人としては俺は懐メロ歌手じゃない、今の歌声を聴いてくれ、という現役意識が
強いのかもしれない。
1990年代後半にはビートルズを発端にAnthologyブームが起き、レコード会社も
ここぞ商機とばかりいろいろなアーティストのボックスセットをリリースした。
その多くは駆け足でアーティストの軌跡を追いつつ、未発表曲、デモ音源、別テイク、
未発表ライブ音源、などの目玉が加えられ、ついその餌に惹かれて買ってしまう。
そんな最中、JTとジャクソン・ブラウンはAnthologyを出さなかった。
ジャクソン・ブラウンは現役意識が強く、過去ばかり評価されるのを嫌がっている、
という話は聞いたことがある。
JTも過去の曲は宝としながら、今のパフォーマンスで聴いてほしいという気持ちが
強かったのではないだろうか。
公式ライブ盤もLive(1993)、One Man Band(2007)、Live at the Troubadour
(2010)と近年のものしかリリースしていない。
ブートで出回っていたジョニ・ミッチェルとの共演音源、BBC In Concert(1970)
もようやく2004年にマイナー・レーベルから発売された。
ジョニと出演したAmchitka(1971)も2009年に発売されたが知る人ぞ知る存在。
前述のように1970年代のいい時期のライブ音源があるのにと思ってしまう。
さて、ここまで頑としてリマスターを怠り続けたJTが(満を持しすぎた感もあるが)
やっとリマスターに踏み切った理由は何だろう?
おそらく原盤権の問題ではないか?と思う。
来年には1970年リリース作品が50年経ち、原盤の独占権が消失する。
そうなると、創世記のCDをコピーしたブート盤が大っぴらに出まわるだろう。
それを見据えて、重い腰を上げ今回のリマスターが実現したのではないだろうか。
<脚注>
リンダ・ロンシュタット初のライブ盤「Live in Hollywood」が発売された。
ファンにとっては画期的なことだ。
リンダほどの大物でライブ・パフォーマンスに定評があるシンガーが、なぜ今まで
ライブ盤を出していなかったのか?不思議なくらいだ。
キャピトル、アサイラム、いずれのレーベルからもライブ盤リリースの企画はもち
上がったはずだし、収録された音源もあったと思うのだが。。。
今回の未発表ライブ音源はアメリカのTV局HBOの特別番組のために収録されたもの。
1980年4月24日ハリウッドのテレビジョン・センター・スタジオで録音された。
ニューウェーヴ路線を取り入れたアルバム「Mad Love」リリース直後のライブで、
ジャケットのデザインも「Mad Love」を踏襲している。
観客を入れての公開録音のようだ。オーディエンスの声も臨場感がある。
バランスのとれたステレオ音源(1)で音質も非常に良い。
「Live in Hollywood」は以前からブートで出回ってたけど音が悪いと言われてた。
今回は新たに発見されたマスターテープからのリマスターである。
過去にリンダのマネージャーでもあったジョン・ボイラン(2)がマスターテープの
存在を知り、リリースの実現に至ったという。
レーベルはRHINO。大手レーベルがやらない再発ものを得意としている。
RHINO、今回もいい仕事してます!
収録されたのはリンダ・ロンシュタット自身が選んだお気に入りの12曲だ。
キャピトル時代のカントリー・フレーバーから、アサイラム移籍後オールディ
ーズなどを取り入れロック色が強めた時代、そしてアルバム「Mad Love」のニュー
ウェーヴ路線まで、ほぼベストに近い選曲だ。
↑クリックすると1曲目のI Can't Let Goが聴けます。
以下、収録曲を見て欲しい。
( )内はオリジナル収録のアルバム名、発売年、レーベル。
1. I Can't Let Go (Mad Love 1980 Asylum)
2. It's So Easy (Simple Dreams 1977 Asylum)
3. Willin' (Heart Like a Wheel 1974 Capitol)
4. Just One Look (Living in the USA 1978 Asylum)
5. Blue Bayou (Simple Dreams 1977 Asylum)
6. Faithless Love (Heart Like a Wheel 1974 Capitol)
7. Hurt So Bad (Mad Love 1980 Asylum)
8. Poor Poor Pitiful Me (Simple Dreams 1977 Asylum)
9. You're No Good (Heart Like a Wheel 1974 Capitol)
10. How Do I Make You (Mad Love 1980 Asylum)
11. Back In The USA (Living in the USA 1978 Asylum)
12. Desperado (Don't Cry Now 1973 Capitol)
1曲目のI Can't Let Goはホリーズのカヴァー。
ギターのリフもコーラスも原曲に近い。ホリーズがニューウェーヴに合うとは!
It's So Easyはバディー・ホリーのカヴァー。
プロデューサーのピーター・アッシャーの選曲。彼もコーラスで参加している。
Willin' はリトル・フィートのカヴァー。
Just One LookはR&Bシンガー、ドリス・トロイが1963年にヒットさせた。
Blue Bayouはロイ・オービソンのカヴァー。これもリンダの勝ち〜♪
Faithless LoveはJ.D.サウザー(当時リンダの恋人だった)の曲。
Hurt So Badは1960年代インペリアルズという黒人コーラスグループの持ち歌。
Poor Poor Pitiful Meはウォーレン・ジボンの曲。
You're No Goodは1963年のディー・ディー・ワーウィックのカヴァーだが、
今やリンダのヴァージョンの方が有名だろう。
How Do I Make Youはビリー・スタインバーグ(3)による書き下ろし新曲。
Back In The USAはチャック・ベリー。
Desperadoはイーグルスの名曲だが、リンダの定番曲の一つ。
1976年のアルバム「Hasten Down the Wind」収録曲がないのが少し残念。
バディー・ホリーのThat'll Be the Day、カーラ・ボノフのLose Again(今回の
ライブ盤の前年、日本武道館での1曲目だった)とか。
あとリンダが歌うLove Me Tender、Tumbling Diceも聴きたかった。
人によってストーン・ポニーズ時代が好きとか、ソロ時代、イーグルスを従えて
歌ってた頃がいいとか違うだろうけど、僕は「Hasten Down the Wind」
(1976)から「Get Closer」(1982)までがリンダの最盛期だと思う。
その後はネルソン・リドル・オーケストラをバックにジャズを歌ったり、父親の
ルーツでもあるマリアッチ(メキシコ民謡)、ドリー・パートン、エミルー・ハリス
とトリオ結成、アーロン・ネヴィルとデュエット。。。と迷走し続け、1990年以降
は存在感が薄くなってしまった。(4)
↑エミルー・ハリスと共演。リンダはカブスカウトのコスプレ?(^^)
「Live in Hollywood」はリンダがロックの女王として輝いていた時期のぎりぎり
最後のライブ・パフォーマンス、貴重な音源である。
↑YouTubeのRHINOオフィシャル・チャンネルでYou’re No Goodが観られます。
なるほど、こんな感じでやってたんだ。
↑同じくJust One Look の映像版が観られます。
リンダの思いっきり突き抜けるパワフル・ボイスは健在。
声を張り上げても、セリーヌ・ディオンやホイットニー・ヒューストンみたいに
キーキーうるさくない。(あくまでも個人的好みです)
僕がリンダの声、歌い方を好きなのはカントリーがベースだからなのだろう。
CDの最後に隠しトラックでバンドのメンバーが紹介されている。
ギターとペダル・スティールはお馴染みのダン・ダグモア。
(この人、映画「シャイニング」の少年ダニーに似てる気がするんだけど)
もう一人のギターは前年のワディー・ワクテルからダニー・コーチマーへ。
(ダニー・コーチマーってアル・パチーノに似てません?)
一人ハードロックしてたワディー・ワクテルも好きなんだけど、ダニー・コーチ
マーのR&B色が濃いギターもいい。「長年の友人」とリンダは紹介している。
ドラムはラス・カンケル。
武道館の時と同じく、Blue Bayouではシンセ・タムを効果的に使用。
ダニー・コーチマーと共にザ・セクション(5)から2人参加しているわけだ。
キーボードはドン・グロルニックからビリー・ペイン(リトル・フィート)に。
これは嬉しい。
ベースのケニー・エドワーズが今回ギターに周りボブ・グロウブがベースを担当。
コーラスはピーター・アッシャー(6)とウェンディ・ウォルドマン。
バンドを紹介するリンダの喋り方もとてもチャーミング。
曲間にやってたはずなので、そのままでもよかったような気がする。
僕がリンダを生で見たのは1979年3月。前述の武道館である。
お世辞にも美人とは言えないかもしれないが、ショートカットで赤いホットパンツ
(死語)を履いて微笑みながらステージに現れたリンダは本当に素敵だった。
そして前述のように1曲目のLose Againを歌い出すと、会場は完全にリンダの虜
になってしまった。1時間20分で20曲。
すごい盛り上がりだった。僕が体験したライブ史ベスト10に入る。
↑1979年3月、日本武道館での1曲目、Lose Againが聴けます。
ワディー・ワクテルの弾くD-28がいい音だなーと感心してたけど、写真を見ると
マーティンじゃなくてMark Whitebookですね。
当時はバーカスベリーのコンタクトピエゾから拾ってたはずだけどいい音です。
この写真はリンダの服装が違うから僕が行ったのとは別な日みたい。
実は武道館のライブはFM東京が収録し、後日放送(全曲ではないが)した。
エアチェックしてよく聴き、あの時の感動を思い出していたのだが、デッキは
壊れ、カセットテープももうヘロヘロだろうと昨年思い切って処分した。
FM東京の収録もとてもいい音質だった。セットリストも演奏も歌もいい。
時期的にも「Living in the USA」リリース後でロックの女王絶頂期である。
が、惜しいかな。リンダのピッチが少し狂う箇所があったのだ。
Blue Bayouの最初のコーラス部、I’m gonna…が上ずって外れてしまった。
定番曲にミスがあるため、FM東京収録の武道館ライブは採用されなかったのか?
リンダが「Mad Love」を含むライブを公式盤としたかったのか?
それは分からないが、「Live in Hollywood」が素晴らしいできのライブ盤で
リンダから我々ファンへのプレゼントであることは確かだ。
一つだけ、ケチをつけさせてもらっていいかな。
リンダが着ているピンクのちょうちん袖の服。似合わない。ロックしてない。
ダイアナ妃じゃないんだから、と言いたい(笑)
見た目は、髪飾り花をつけてジーンズで歌ってた頃のリンダが好き。
手の振り方、足の曲げ方、仕草がすごくチャーミングで。
そうそう、こんな感じ。
↑クリックするとIt's So Easyを視聴できます。1977〜1978年頃のライブ?
<脚注>
(1)テレビのステレオ音源
日本でテレビ音声多重放送(2チャンネルステレオ放送/二重音声放送)が開始され
たのは1979年春である。
アメリカでは既に1975年から一部の局で採用され、徐々に広まって行ったらしい。
日本と同じNTSC規格なので音声はFMステレオ方式だろう。
つまりFMラジオ放送と同じ音質ということだ。
今回使用したマスターテープというのは、ステレオ放送用にマルチトラックから
当時ミックスダウンされたものなのか、ミックスダウン前のマルチトラックがまだ
残っていてそこからリミックスされたのか不明だが、たぶん前者だと思う。
(2)ジョン・ボイラン
カントリー・ロックの隆盛期、裏方として貢献したプロデューサー/マネージャー。
ボイランはデヴィッド・ゲフィンと同様に、新バンドの旗揚げに際して各メンバーの
マネージメントやレーベルとの契約関係を素早く整理して、早期に活動開始できる
ようにする実務能力に長けていたらしい。
ボイランと知り合ったリンダ・ロンシュタットは自分のバック・バンドを集めて
欲しいと頼む。ボイランはリンダと恋仲になり、彼女のマネージャーに専念する。
リンダの新しいバンドは入れ替わりがあったが、最終的にドン・ヘンリー、グレン・
フライ、ランディ・マイズナー、バーニー・レドンの4人(後にイーグルスを結成)
に落ち着く。
リンダをキャピトルからデヴィッド・ゲフィンの振興レーベル、アサイラムに移籍
させたのもボイランの功績である。
アサイラムはジャクソン・ブラウン、J.D.サウザー、リンダのバックから独立した
イーグルスが在籍し、リンダと共にウエストコースト・ロックを完成させて行く。
しかしこの移籍と前後してボイランとリンダの恋愛関係が破綻。
二人の仕事面におけるパートナーシップも解消された。
リンダはJ.D.サウザーと付き合い(恋多き女と呼ばれた)、マネージャーにはジェイ
ムス・テイラーを成功させたピーター・アッシャーが就任。プロデュースも兼務する。
(3)ビリー・スタインバーグ
後にマドンナの Like A Virginの他、シンデイー・ローパー、バングルス、ホイットニー
・ヒューストンなどの楽曲を提供するソングライター。
(4)リンダ・ロンシュタットの栄光と衰退
イーグルスとして独立することをドン・ヘンリーがリンダに告げた際、あなたたちは
リンダ・ロンシュタットのバックバンドなのよ、その手堅い仕事を棒にふる気?と
言われたという。
その時点で既にリンダは成功を収めていたが、イーグルスはまだ無名だった。
リンダの1989年のアルバム、Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Windでは一曲、
ブライアン・ウィルソンが多重録音によるバックコーラスで参加している。
それを聞いたヴァン・ダイク・パークスが「あのブライアンがリンダごときのバック
をやるとは」と嘆き、ブライアンを誘いOrange Crate Artを制作したという。
ブライアンは廃人状態でいい仕事をしていなかったし、リンダの方が格下ということ
もないと思うが、アメリカの音楽シーンの浮き沈みは激しいのか。。。。
1990年代半ばリンダは甲状腺の病気を患い、長年闘病生活を送り激太りもした。
2013年にはパーキンソン病を患い、歌手活動をやめたことを表明している。
(5)ザ・セクション
ジャイムス・テイラーのバックを務めていたミュージシャンのユニット。
ダニー・コーチマー(g)、クレイグ・ダーギー(kb)、ラス・カンケル(ds)、ルーランド
・スクラー(b)の4人編成。アルバムも3枚リリースしている。
メンバーのうち何人かがジャイムス・テイラー、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン
・ブラウンなどのバックを務めることが多かった。
「Live in Hollywood」ではダニー・コーチマー、ラス・カンケルが参加している。
(6)ピーター・アッシャー
学友のゴードン・ウォーラーと共にデュオ、ピーター&ゴードンを結成。
エヴァリー・ブラザース風のコーラスを取り入れ、本国イギリスだけでなくアメリカ
でも多大な人気を得た。
ポール・マッカートニーが彼の妹で女優のジェーン・アッシャーの婚約者であり、
アッシャー家にポールが居候していたことから親しくなる。
A World Without Love、Nobody I Know、Womanとポールに楽曲(ビートルズと
して発表することをジョンに却下された曲)を提供してもらい、ヒットさせている。
「Woman」はバーナード・ウェッブ作となっているがポールの変名。
レノン=マッカートニーの評判なしでもヒットするか試すためにポールが故意に
名前を隠して発表したためである。
解散後ピーター・アッシャーはアップル・レコードのA&Rに就任したが閑職に
追いやられ(ポールが妹ジェーン・アッシャーと別れたせいか、アップル社がアラン・
クレインに乗っ取られポールが関与しなくなったせいか)、LAに渡りジェイムス・
テイラー、リンダ・ロンシュタットのプロデューサーとして成功を収める。
二人にオールディーズのカヴァーを薦めたのもピーター・アッシャーの功績である。
<参考資料:amass、West Coast Rock、HISTORY OF THE EAGLES、
amazon,com、YouTube、Wikipedia、他>