1992年10月NYマディソンスクエア・ガーデンで行われたボブ・ディラン30
周年記念コンサートに出演。ブッカー・T&ザ・MG'sをバックに演奏。
個人的にはクラプトンのベストパフォーマンスの1つである。
↑クリックするとDon't Think Twice, It's All Rightが聴けます。
初めて短髪を披露。アルマーニのラウンド型メタルフレームの眼鏡。
アルマーニのネイビーのスーツ。インナーは黒のバンドカラーのシャツ。
<迷ったら原点回帰、ブルースに戻る>
1994年発表のアルバムFrom the Cradleは全曲ブルースのカバー。
アンプラグドでの成功後「原点回帰」を念頭に製作されたアルバムである。
ほぼ全曲が一発録りで制作された。(2曲のみオーバーダブしている)
From the Cradle発売に合わせて1994~1995年にかけNothing But The
周年記念コンサートに出演。ブッカー・T&ザ・MG'sをバックに演奏。
個人的にはクラプトンのベストパフォーマンスの1つである。
↑クリックするとDon't Think Twice, It's All Rightが聴けます。
初めて短髪を披露。アルマーニのラウンド型メタルフレームの眼鏡。
アルマーニのネイビーのスーツ。インナーは黒のバンドカラーのシャツ。
<迷ったら原点回帰、ブルースに戻る>
1994年発表のアルバムFrom the Cradleは全曲ブルースのカバー。
アンプラグドでの成功後「原点回帰」を念頭に製作されたアルバムである。
ほぼ全曲が一発録りで制作された。(2曲のみオーバーダブしている)
From the Cradle発売に合わせて1994~1995年にかけNothing But The
Bluesツアーを行う。演奏したのは全曲ブルースのカバーだった。
マーティン・スコセッシ監督が1994年11月フィルモアでのコンサートを撮影
したドキュメンタリー作品Nothing But The Bluesはお薦めだ。
↑Nothing But The Bluesツアーのポスター。クラプトンの愛犬たち。
マーティン・スコセッシ監督が1994年11月フィルモアでのコンサートを撮影
したドキュメンタリー作品Nothing But The Bluesはお薦めだ。
↑Nothing But The Bluesツアーのポスター。クラプトンの愛犬たち。
クリックするとNothing But The Bluesが観れます(字幕付き)
僕は1995年10月武道館公演をアリーナ2列目正面で見ることができた。
ストラトにプラグインするカシャッという音、オフマイクでのメンバー間の
やりとりまで聴こえる。汗まで見えた。
クラプトンは通算9回生で見たが、この日のステージが最高だった。
はES-335 1959リシュー)を使用。
アコースティック・セットでは1939年製マーティン000-42にビル・ローレンス
の着脱式マグネット・ピックアップをサウンドホールに装着し、立ちマイクで
拾った生音とブレンドしていた。
(クラプトンはブラッキー、000-42に手を加えるのを嫌がった、とエンジニア
は証言している。この後マーティンが000-28と00-42のシグネチャー・モデル
を作るが、ピエゾ・ピックアップ内蔵だった。新品は気にしないらしい)
↑某セレクトショップの役員に「クラプトン、黒いTシャツでしたね」と言った
ら「アルマーニの3枚パックですよ。間違いない」とのこと。
1996年9月クラプトンはプリンストラスト・コンサートのトリを務める。
ハイドパークの野外ステージで15万人の観衆を前にクリーム時代から1970年代、
1980年代のクラプトン・クラシックスというべき代表曲のオンパレード。
From the Cradleに収録されているブルースのカヴァー曲も多かった。
これもクラプトンのベストパフォーマンスの一つ。(DVD化されている)
スティーヴ・ガッド(ds)がクラプトン・バンドに加わった。
↑クリックするとHave You Loved A Womanが観れます。
VネックのTシャツ、リーバイス501にレザーのテイラードジャケット。
チェリーレッドのES-335が映える。
1997年サイモン・クライミーと共同のT.D.F.名義でRetail Therapyを発表。
ブルースとは真逆の打ち込みを駆使したハウス系アンビエント。
クラプトンと恋仲だったシェリル・クロウの声もサンプリングされている。
アルマーニのファッションショーで使われる音楽を想定して作られたそうで、
クラプトンがブランドものを買い漁っていたことからRetail Therapy
(ショッピング療法)という皮肉めいたタイトルがつけられた。
↑クラプトンとアルマーニ。服は当然アルマーニでしょ。(写真:gettyimages)
↑2002年に結婚するメリア・マッケナリー(31歳年下)はアルマーニのセールス
エグゼクティブだった。彼女ともアルマーニのパーティーで知り合ったそうだ。
(写真:gettyimages)
<アルマーニから裏原ブランドへ>
1998年サイモン・クライミーと共同プロデュースでアルバムPilgrimを発表。
今までと毛色が違うソリッドなサウンドだが時々聴きたくなる。
以降サイモン・クライミーによるプロデュース作品が続く。
1999年Pilgrimツアーの一環で14回目の来日。
横浜アリーナでのコンサートをNHKが収録しBSで放送した。
登場シーン、手元や足元のアップなどファンの見たい所をうまく撮っている。
↑クリックすると1999年の武道館コンサートが観れます。
この映像でも分かるが、クラプトンのファッションの傾向が変わった。
リーバイス501(シルエットが太いのは体型のせいでサイズアップした?
1960年代のヴィンテージだから?)、スケーター愛用のステューシーの
シャツなどカジュアル路線へ。
エグゼクティブだった。彼女ともアルマーニのパーティーで知り合ったそうだ。
(写真:gettyimages)
<アルマーニから裏原ブランドへ>
1998年サイモン・クライミーと共同プロデュースでアルバムPilgrimを発表。
今までと毛色が違うソリッドなサウンドだが時々聴きたくなる。
以降サイモン・クライミーによるプロデュース作品が続く。
1999年Pilgrimツアーの一環で14回目の来日。
横浜アリーナでのコンサートをNHKが収録しBSで放送した。
登場シーン、手元や足元のアップなどファンの見たい所をうまく撮っている。
↑クリックすると1999年の武道館コンサートが観れます。
この映像でも分かるが、クラプトンのファッションの傾向が変わった。
リーバイス501(シルエットが太いのは体型のせいでサイズアップした?
1960年代のヴィンテージだから?)、スケーター愛用のステューシーの
シャツなどカジュアル路線へ。
クラプトンは藤原ヒロシ(1)と懇意になり裏原ブランドを好むようになる。
藤原氏の紹介で中村ヒロキが手がけるヴィズヴィム(2)のシューズやウェア、
原宿のインディアンアクセサリーの老舗ゴローズ(goro's)(3)のブレスレット
やネックレス、藤原氏プロデュースのヘッドポーターのバッグを愛用。
一時は日本の某女優を愛人に。。。おっと、やめておこう(笑)
とんかつ福よしのチキンカツは大のお気に入りで、来日の際は必ず行くという。
「世界で最も美味しい食べ物の一つ」とクラプトンは言っている。
↑福よしの前で。クラプトンさんもちゃんと並んで入店してるそうだ。
ジャケットと靴はヴィズヴィム。バッグはヘッド・ポーター。
↑お買い上げはすべてヴィズヴィム。
Riding with the King(2000年)はB.B.キングと競演。再度ブルース回帰。
2001年のReptileはアルバム・タイトル曲のインストゥルメンタルが秀逸。
他はカバー曲が多くよく言えば多様で楽しめるが、悪く言えば散漫な印象。
(以降のアルバムもこんな感じ)
2001年のツアーではReptile、Somewhere Over The Rainbowの2曲で
1948年製ギブソンL-5Pを弾いている。
(音的にも絵的にもストラトとうまい使い分けだ)
ビリー・プレストンのハモンドオルガンもブルージー。
翌年One More Car One More RiderとしてCDとDVDが発売された。
(NHKが収録した2001年の武道館の方がいい絵が撮れてたが)
↑クリックするとReptileが観れます。(2001年のツアー)
2004年3月リリースのMe and Mr. Johnsonは再々度ブルース回帰。
しかも全曲、敬愛するロバート・ジョンソンのカバーである。
同年12月に付随企画で映像版のSessions for Robert J が発売された。
ロンドン、ロサンジェルス、ダラスで収録されたMe and Mr. Johnsonの
レコーディング・セッション、2004年ツアーに向けたリハーサルの模様
を収録したDVD+CDだ。
スティーヴ・ガッド、ネーザン・イースト、ビリー・プレストン、ドイル・
ブラムホールIIといった実力派を従え、クラプトンが奏で歌うブルースは
どっしり安定感があり、温かみがある。それを(目と耳で)堪能できる。
最後のダラス・ホテルは1937年にロバート・ジョンソンがレコーディング
を行った場所で、クラプトンにとっては感慨深い聖地巡礼となった。
その歴史的な部屋でドイル・ブラムホールIIのスライド・ギターとクラプトン
の2人のセッション、クラプトンのソロで旅は終わる。これは買いですよ!
↑クリックするとThey're Red Hotのリハーサルが観れます。
この企画はクラプトンが藤原ヒロシに依頼し実現したものだ。
藤原氏は最初、映像作品を手がけた経験がないため断ったが、クラプトンの
「これはヒロシにやってもらいたい」という熱意に押され承諾したという。
ありきたりの音楽ドキュメンタリーとは別格の、すばらしい出来である。
クラプトンのロバート・ジョンソン愛を理解してるからこそできたのだろう。
2004年6月クロスロード・ギター・フェスティバルの記念すべき第1回を開催。
クラプトンがアンティグア島に設立したアルコール中毒患者救済施設、クロス
ロード・センターを支援するためのコンサートで、多くのギタリストが参加。
2001年からニューヨークのグラフィック・アーティストCrashによるストリート
アートっぽいペイントが施されたストラト(3種類)をメインで使い始める。
これはフェンダーが新たに開発したノイズレス・ピックアップを搭載したクラプ
トンのシグネチャーモデルで、他にメルセデス・ブルー、ミッドナイト・ブルー、
ブラックが作られ現在もクラプトンは愛用している。
ビリー・プレストンのハモンドオルガンもブルージー。
翌年One More Car One More RiderとしてCDとDVDが発売された。
(NHKが収録した2001年の武道館の方がいい絵が撮れてたが)
↑クリックするとReptileが観れます。(2001年のツアー)
2004年3月リリースのMe and Mr. Johnsonは再々度ブルース回帰。
しかも全曲、敬愛するロバート・ジョンソンのカバーである。
同年12月に付随企画で映像版のSessions for Robert J が発売された。
ロンドン、ロサンジェルス、ダラスで収録されたMe and Mr. Johnsonの
レコーディング・セッション、2004年ツアーに向けたリハーサルの模様
を収録したDVD+CDだ。
スティーヴ・ガッド、ネーザン・イースト、ビリー・プレストン、ドイル・
ブラムホールIIといった実力派を従え、クラプトンが奏で歌うブルースは
どっしり安定感があり、温かみがある。それを(目と耳で)堪能できる。
最後のダラス・ホテルは1937年にロバート・ジョンソンがレコーディング
を行った場所で、クラプトンにとっては感慨深い聖地巡礼となった。
その歴史的な部屋でドイル・ブラムホールIIのスライド・ギターとクラプトン
の2人のセッション、クラプトンのソロで旅は終わる。これは買いですよ!
↑クリックするとThey're Red Hotのリハーサルが観れます。
この企画はクラプトンが藤原ヒロシに依頼し実現したものだ。
藤原氏は最初、映像作品を手がけた経験がないため断ったが、クラプトンの
「これはヒロシにやってもらいたい」という熱意に押され承諾したという。
ありきたりの音楽ドキュメンタリーとは別格の、すばらしい出来である。
クラプトンのロバート・ジョンソン愛を理解してるからこそできたのだろう。
2004年6月クロスロード・ギター・フェスティバルの記念すべき第1回を開催。
クラプトンがアンティグア島に設立したアルコール中毒患者救済施設、クロス
ロード・センターを支援するためのコンサートで、多くのギタリストが参加。
2001年からニューヨークのグラフィック・アーティストCrashによるストリート
アートっぽいペイントが施されたストラト(3種類)をメインで使い始める。
これはフェンダーが新たに開発したノイズレス・ピックアップを搭載したクラプ
トンのシグネチャーモデルで、他にメルセデス・ブルー、ミッドナイト・ブルー、
ブラックが作られ現在もクラプトンは愛用している。
2005年5月クリームの再結成ライブがロンドンのロイヤル・アルバート・ホール
で行われた。これもクラプトンのベスト・パフォーマンスの1つだ。
↑クリックするとクリーム再結成のI'm So Glad が観れます。
ロックマウントのウエスタンシャツ、ジーンズはシルエットから察するにリー
バイス501XXまたはヴィズヴィム、靴もヴィズヴィム、
眼鏡はサヴィルロウのリムレス。
アンプラグド後、眼鏡はアルマーニのボストン型メタルフレーム、横長リムレス、
エルメスの黒セルフレーム、シルバーのオーバル型、ペルソールのセルフレーム、
を経て、1999年以降しばらくサヴィル・ロウ(Alga Works)のリムレスを愛用。
2014年のツアー以降はウェリントン型のブラウンのセルフレームをかけている。
クラプトンは世界有数のスーパーカー・コレクターとしても知られている。
10台以上のフェラーリとランボルギーニ、ポルシェ、メルセデスを所有している。(5)
↑クラプトンの愛車、4億円(!)の特注フェラーリSP12EC。
2003年に藤原ヒロシがマーティン社にオールブラックとオールホワイトの000-42
を特注し、クラプトンにプレゼントした。
喜んだクラプトンはエルメスにこのギター用にクロコダイルのケースを特注。
Back Home(2005年)のジャケットに写っている。成金の悪趣味〜(汗)
↑2002年に結婚したメリア・マッケナリーとの間に子供もでき、クラプトンは
幸せいっぱい。なんか夫婦というより親子と孫って感じですな。
(写真:gettyimages)
2006年には敬愛する故JJ・ケイルとThe Road to Escondidoを発表。
ひさしぶりでレイドバックしたクラプトンが帰ってきた!
僕はこのアルバムが大好きで夏になるとよく聴く。461の次に好きかな。
↑Two dirty old menだけどやっぱカッコいい。こんな格好してても。
2007年3月JJ・ケイルが特別出演したサンディエゴ公演は白眉の出来だ。
個人的にはクラプトン史上最高のパフォーマンスではないかと思う。
なにしろ前半のJ.J.の入らないセットではTell The Truth、Key To The
Highway、Got To Get Better In A Little While、Little Wing、Anyday、
Laylaとデレク&ザ・ドミノス時代の曲のオンパレードなのだ。
デュアン・オールマンのスライド奏法を継承しそれ以上のテクを持つデレク・
トラックス(6)の参加がこれらの曲の再現に大きく貢献している。
↑クリックするとTell The Truthが観れます。(2016年にCD・DVD化)
クラプトンは2019年春までに通算22回も来日。
日本武道館公演は外国人アーティストとしては最多の96回である。
2014年発売のPlanes, Trains And Ericはクラプトン来日時のライブ映像を
交えながら、関係者のインタビューや移動の様子などを撮影したドキュメンタリ
ー作品で、オフステージのクラプトンが見れてなかなかおもしろかった。
(がっつりフル・コンサートを堪能したいという人には不向きだと思うが)
クラプトンはもうツアーをやめると言ってるが周囲は誰も信じてないとか。
2017年には気管支炎のためLA公演を中止し車椅子で帰国する様子が報じられた。
2018年クラプトンは末梢神経障害のため聴覚障害、背中や足の痛み、指が動かず
以前のようにはギターが弾けないいことを明かした。
2016年の来日時はデニムのウエスタンシャツの下にアディダスのジャージ姿。
新しいファッションなのか?と驚いたが、足の疼痛のためらしい。
2018年にはこの人が何で?と思うまさかのクリスマス・アルバムを発表。
あいかわらずのクラプトン節ではあるが。
子供も3人でき、幸せな毎日なのだろう。クラプトンも後期高齢者である。
それでも2021年は全米ツアー、来日を予定してるという。
昔のようには弾けないから、レジェンドを見にくるつもりで来てくれ、と
クラプトンは言ってる。
多くのミュージシャンが加齢で残念な感じになっていく中、クラプトンは
歳をとっても渋く、カッコいいジジイであり続けた。
クラプトンみたいに・・・は無理だけど、彼のセンスを少しだけ取り入れ、
歳に抗うことなく自分なりの工夫をしてみたいものだ。
<脚注>