2019年8月22日木曜日

アビイ・ロードへと続く長く曲がりくねった道<前篇>

バック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンに乗って1969年に戻ってみよう。
緑字は当時の僕の目線。黒字は同時期ビートルズは何をしていたか。青字は注釈





1969年1月21日、ホワイト・アルバムの日本盤が店頭に並んだ。
英国でのリリースから2ヶ月遅れの発売だった。

中学一年生のお小遣い事情では4000円のLPは手が出ず。
学校の帰りチャリでヤマハに行っては、欲しいな〜と眺めていた。
同級生で3人が購入。カセットテープに録音させてもらった。

その頃、海の向こうのロンドンでビートルズがゲットバック・セッションを開始し
ていたこと、それがお蔵入りになり、紆余曲折あってアビイ・ロードが生まれる
ことを知る由もなかった。



年明けの1969年1月2日トゥイッケナム映画スタジオでリハーサルが始まった。


ホワイト・アルバム制作の過程でバンドの分裂を危惧したポールは「原点に帰ろう、
一発録りでオーバーダブはなし」と提案する。これにはジョンも賛成。

さらに「リハーサルからレコーディングの様子をフィルムに収め、TV特別番組として
放送する、そのフィナーレとして観客の前でのライブを行う」とポールは話を進める。
他の3人は映像収録、ライブ・ショー(1)には消極的。





寒々とした映画スタジオでのセッションはまとまりがなく不協和音が出始める。
ポールは仕切ろうと空回り。ジョンはやる気なしでヨーコといちゃつく。
ジョージは自分の曲をみんなが真剣にやらない、ポールに弾き方をあれこれ指示
れる、ジョンがヨーコの言いなりであることに不満を爆発させスタジオを出て行く。
1月14日にセッションは中断。


その後の話し合いで、ライブ・ショーの企画はなし、セッションの場所をアップル社
の地下スタジオに移すということになり、1月21日からセッションが再開された。

ジョージが誘ったビリー・プレストン(kb)の参加により音の厚み、R&B色が加わる。
またメンバー間の緊張感も和らぎ、雰囲気が良くなった。

曲も絞り込まれ、テイクを重ねていく。
映像作品のハイライトとして1月30日、アップル社屋上でライブを敢行。
翌31日、ライブ向きでない3曲をレコーディング。一応セッションは終了。







90時間以上の録音テープ、撮影フィルムが手つかずのまま残された。



2月22日、トライデントスタジオにてレコーディング再開。
3週間の中断はビリー・プレストン(kb)とプロデューサーのグリン・ジョンズ(2)
の不在、ジョージが扁桃腺手術で入院していたため。
この時点ではアビイ・ロードの構想はなくゲット・バックを仕上げる気だったらしい。




↑ポールの横に立っているのがプロデューサーのグリン・ジョンズ。




4人はアイ・ウォント・ユーに取り掛かる。
この日はリハーサルを兼ね、ベーシック・トラックを35テイク録音。
3つのテイクからいいとこ取りで編集し、マスター・テイクが作られた。
(試験的にポールが歌ったテイクもある→2019リミックスで聴けるのか?)


曲のアウトラインは既に1月中にできていたようだ。(3)
屋上コンサートのテープ・リール交換の間4人はGod Save the Queen(英国国歌)
を即興演奏したり、軽くジャムっている。
ジョンはアイ・ウォント・ユーを数小節、披露した。


2月25日にジョージは一人スタジオに赴き、サムシング、オールド・ブラウン・シュー
、オール・シングス・マスト・パスのデモを録音。(4)



↑ジョンのエピフォン・カジノを借りて弾くジョージ。


3月初旬、ジョンとポールはグリン・ジョンズにアルバム制作を依頼
「1月に録音した大量のテープのことは覚えてるよね?後はまかせるからよろしく」
もうゼネコン真っ青の丸投げ(汗)

グリン・ジョーンズは3月10日からゲット・バック・セッションをアルバムとして
まとめるべく、テープの山と格闘し使用する音源を選ぶ作業を開始する。



日本では3月21日にイエロー・サブマリンが発売された。(英国は1月17日発売)
ホワイト・アルバムからまだ2ヶ月しか経っていないのに。(映画公開は半年後)
店頭にはビートルズの新譜として、2枚のアルバムが並ぶことになった。


4月11日ゲット・バック/ドント・レット・ミー・ダウンのシングルが英国で発売。
(ポールがミックスやり直しを要求したため、店頭に並んだのは数日後だった)
日本盤の発売は6月1日。4月下旬にはもうラジオで流れていたような。




↑ホワイト・アルバムより写真を転用。あいかわらず雑なジャケットだ。
日本ではこのシングルからアップル・レーベルに変わり、ステレオ盤になった。



近いうちに新しいアルバムが発売される、という記事がミュージックライフに掲載。
タイトルはGet Back with Don’t Let Me Down and 9 other songsだとか。

デビュー・アルバムPlease Please Me with….のパロディとは気づかなかった。
もちろんPlease Please Me with….と同じ場所で撮影され、同じレイアウトのジャケ
ットが用意されている、ということも少なくとも日本では誰も知らなかっただろう。



5月13日マンチェスターのEMI本社で撮影場所も構図もデビュー・アルバムと同じ。




しかし一向にその長ったらしいタイトルのアルバムが出る気配はない。
どうなってるんだ?

間もなく次のシングル、ジョンとヨーコのバラード/オールド・ブラウン・シュー
が発売された。(英国は5月30日、日本は7月10日)
ゲット・バック発売から一ヶ月半、まだチャート1位だった時期である。



↑レボリューションのPVからキャプチャーした写真。そんなに宣材が乏しかったのか?



ジョンとヨーコのバラードは二人が再婚した時の騒動を綴ったジョンの私的な曲。
プラスチック・オノ・バンドでやるべき内容だが、まだ結成前だった。
即リリースしたかったジョンはポールに電話で手伝ってくれるよう頼む。
ポールは二つ返事でオッケー。

4月14日リンゴとジョージが不在だったため、ジョンとポール二人だけで録音
ドラム役のポールにジョンが「Ready?Ringo」と言えばポールは「Okay George」。
ビートルズの仲が険悪になっていた時期だが、この日の二人は和気藹々。
これが功を奏したのではないだろうか。



↑リンダが撮影。いい写真だ。ポールもお気に入りだという一枚。





4月16日からサムシングオールド・ブラウン・シューに着手。
オールド・ブラウン・シューは4テイクでベーシック・トラックの録音を終了。
4月18日にはオルガンとギターをオーバーダブして完了。


この日はアイ・ウォント・ユー(2月22日にトライデントスタジオで制作したテイク
)にもジョンとジョージがギターをオーバーダブ。

4月20日にオー・ダーリンのベーシック・トラックを録音。
ポール(b)ジョン(p)ジョージ(g)リンゴ(d)の編成でライブで26テイク録られた。

4月26日からオクトパス・ガーデンの録音が始まる。
ポール(b)ジョン(g)ジョージ(g)リンゴ(d)の編成で32トラック収録。
ジョンはドノヴァン直伝の3フィンガーを弾いた。
リンゴの人柄のせいか、このセッションは和やかな雰囲気で行われた。

アイ・ウォント・ユー、オー・ダーリン、オクトパス・ガーデンの3曲はゲット・
バック・セッションでも断片的に演奏されている。
まだゲット・バックの延長線上という意識だったのではないか。





↑EMIアビイ・ロード第2スタジオ。階段の上にミキシングルームがある。


彼らにはグリン・ジョンズに丸投げしたゲット・バックの作業も残っていた
4月30日にはレット・イット・ビーにジョージがギター・ソロ(レズリーの回転
スピーカーに通した)がオーバーダブ。
「原点回帰で一発録り」のゲット・バックのコンセプトは既に崩れていた。



ポールはジョージ・マーティンに「もう一枚アルバムを作りたい。プロデュース
してくれないか。」と申し出る。

マーティンはホワイト・アルバムの中盤で降板し、ゲット・バック・セッションも
実質的にはグリン・ジョンズに任せ、ビートルズと距離を置いていた。
マーティンは「本当に昔のようにやるんだね?そうじゃないなら断る」と応え、
「ジョンが積極的に関わるなら」という条件で引き受けた。



4人は再びアビイ・ロードスタジオに集結する。








そのゲット・バックはグリン・ジョンズの苦労でアルバムの体裁が整ったのが5月28日。
ビートルズの意図を汲んで中途半端なリハーサルテイクや会話も散りばめられていた。
しかし却下。特にジョンは「ヘドが出そうだ」と嫌悪感を露わにした。

この日のマスター(5)からサンプル盤が作られ米国のラジオ曲に配布された(これを
元に海賊盤が作られた)にもかかわらず、延期に次ぐ延期(6)の泥沼状態。
先にアビイ・ロードが発売された。(英国9月26日、日本10月21日)



夏だったと思うが、ミュージックライフに「ビートルズの新譜はロックンロール・
アルバムになるだろう」と紹介されていた。
アビイ・ロードのこととは露知らず。
Get Back with….は何処へ?内容が変わったのか?と腑に落ちなかった。





アビイ・ロード・セッションはいつ始まったのか?

アイ・ウォント・ユーの録音開始と考えるなら2月22日と言えるだろう。

しかしこの時点では、いや、4月16日のサムシング、オールド・ブラウン・シュー、
4月20日〜のオー・ダーリン、4月26日〜のオクトパス・ガーデン5月2日〜のサムシン
グのリメイクの時点でもゲット・バック・セッションの延長と捉えていたのではないか。

もう一枚別なアルバムアビイ・ロード)の構想はまだなかったはずだ。

4月16日〜5月2日の録音はクリス・トーマスが立ち会っている。
が、5月5日(サムシングへのベースとギターのオーバーダブ)以降はすべてジョージ・
マーティンが仕切っている。
(ポールがマーティンにプロデシュースを依頼したのは4月下旬か5月頭か?)

ということは、5月6日のユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーの録音開始
本格な作スタート点と見ていかもしれない。
まだアルバムの全体像も見えずB面メドレーの着想もできていなかったようだが。

(後篇に続く)


<脚注>

2019年8月11日日曜日

アビイ・ロード 2019リミックスは買いか?<予習編>

50年前の1969年8月8日、世界で最も有名なバンドのメンバーがロンドンのEMI
レコーディング・スタジオに隣接するアビイ・ロードの横断歩道を一列で渡った。

ジョンを先頭にリンゴ、ポール、ジョージの4人は横断歩道を3往復した。
撮影された写真は6枚。
5枚目が彼らが最後に録音したアルバムのジャケットに使用された。
アルバムのタイトルはスタジオ前の並木道の名前に由来している。




↑こんな俯瞰の写真もあった?クレーンで撮ったのか?と思いきや。これはフェイク。
フリー・アズ・ア・バードのPVからキャプチャーしたらしい。




↑裏ジャケ写のアウトテイク?と思いがちだがこれもフェイク。PVからキャプチャー。



当初はアルバム・タイトルをエベレストとし、実際にヒマラヤで撮影するという案
も出ていたがメンバーたちは乗り気じゃなかった。特に旅行嫌いのリンゴは。

じゃあ、この近くで写真を撮ってアビイ・ロードというタイトルにすればいい
リンゴの発言だという説もあるし、ポールの案だとも言われている。





↑いずれにしても具体的なジャケ写のイメージはポールの頭の中にあったようた。
彼が描いたスケッチに沿って撮影が行われたことが伺える。



4人は朝10時にEMIスタジオに集合。門を出てすぐ外の横断歩道へ。
カメラマンのイアン・マクミランが脚立の上カメラを構え、警察官が信号を操作して
交通を遮断している10分間に撮影は行われた。

EMIスタジオの近所、キャベンディッシュ・アベニューに住んでいたポールはスーツ
にサンダル履き、という格好で現れた。暑い日だったという。




↑待機中の4人。ポールはサンダルを履いている。


今でこそこういう着崩しは一般的でクールだが、サンダルはまずいとカメラマンから
注文が入ってしまう。(なにしろホテルもサンダルでの入館は不可という時代だ)

ポールは「じゃ、脱げばいいんだろ」と裸足になる。
撮影前半はポールがまだサンダルを履いているカットもある。

ジョンのスーツにスプリングコート(フランスのテニスシューズ)も前衛的だ。





この日のレコーディングは2時半からだったため、撮影終了後に一旦解散。
ポールはジョンを連れて自宅へ戻り、ジョージはマル・エヴァンスと一緒にロンドン
動物園へ、リンゴは買い物に出掛けた。

2時半にスタジオに再集合。「ジ・エンド」にドラムとベースをオーバーダブ。
その後ポールは一人で「オー・ダーリン」にギターとタンバリンをオーバーダブ。
ジョンは「アイ・ウォント・ユー」にムーグによるノイズをオーバーダブ。


4月中旬から始まったセッションは終盤に差し掛かっていた。
8月20日に「アイ・ウォント・ユー」が完成(1)。アルバムの曲順(2)を決める。
4人がスタジオで集まってセッションしたのはこの日が最後となった。



1969年9月26日、アルバム「アビイ・ロード」発売。
ビートルズの最後のレコーディングにして最高傑作の誉れ高いロックの金字塔。

アビイ・ロードは世界一有名な横断歩道として今も観光客が絶えない。
毎年何万人ものファンがこの聖地を訪れ、横断歩道を渡る写真スポットでもある。

この場所は歴史的なランドマークとして保護され(横断歩道の位置は変わったが)、
アビイ・ロード・スタジオは世界の音楽業界でも象徴的な存在となっている。






あれから50年。9月27日に50周年記念2019リミックス盤が発売される




今回はサージェント・ペパーズの時と同じく通常盤(1CD)、デラックス・エディション
(2CD)、スーパー・デラックス・エディション(3CD+Blu-ray Audio)の3種。
プロデューサーはジャイルズ・マーティン、ミキシング・エンジニアはサム・オケル
と同じなので、音の傾向も同じだろう。

デラックス・エディション(2CD)はオリジナル・アルバムの2019年版リミックスCD
アウトテイク・デモ音源をアルバムの曲順に収録したCDがセットになっている。



スーパー・デラックス・エディション(3CD+Blu-ray Audio)はアウトテイク・
デモ音源が2枚のCDに収められ、LPサイズのボックス入り。。
尚、4枚中3枚のジャケットはアウトテイクの写真が使用されているようだ。

豪華ブックレットには未発表のレアな写真(ほとんどはリンダ・マッカートニー撮影)、
初出の手書き歌詞、スケッチ、ジョージ・マーティンの手書き楽譜、ビートルズ関係
の手紙のやり取り、レコーディング・シート、テープのボックス、印刷広告の復刻が
網羅されている。




※LP盤も1LP、3LP、1LP(ピクチャーディスク)が用意されている。



さて、どれを買うべきか?

マニアックなコレクターは迷わずスーパー・デラックス・エディションを選ぶだろう。
僕はデラックス・エディション(2CD)にするつもりだ。
Blu-ray Audioも豪華ブックレットも不要だし、ボックスが場所をとるのが嫌だから。


スーパー・デラックスでしか聴けないアウトテイクは?というと。。。




グッドバイ(ポールがメリー・ホプキンに用意したデモ。公式には初収録)(3)
カム・アンド・ゲット・イット(バッドフィンガー用のポールの多重録音デモ)(4)

ジョンとヨーコのバラード、オールドブラウン・シューのアウトテイク
→これはちょっと聴いてみたい。

ビコーズ、サムシング、ゴールデン・スランバー〜キャリー・ザット・ウェイトの
インスト、ストリングスのみ→要らない。

ザ・ロング・ワン(B面メドレーの仮編集、ハー・マジェスティが真ん中に入る。(5)

聴きたいものだけダウンロードすればいっかー、と割り切ることにした。


美味しいところはデラックス・エディション(2CD)に凝縮されていると思える。




そして肝心の本編のリミックス! かなり期待できそうですよ。
サムシングのみYouTubeにアップされているが、聴いて驚いた。

レスリーの回転スピーカーを通したテレキャスターによるバッキング、埋もれていた
オルガンがよく聴こえる。ストリングスも大きくなった(大きすぎじゃない?)。
ドラムの迫力。サビでのタム連打はセンターで響き、ハイハットが左から煽る。
ジョージによるオブリ、ソロのギターも艶っぽい。
やはりスライドだろうか?(ジェフ・エメリックはそう証言している)
ジョージの声も魅力的だ。ダブルトラッキングではセンターと左に分かれる。
サビではポールも一緒にハモっているような。




↑写真をクリックするとサムシング2019リミックスが聴けます。

※この他、ジョージ単独のデモ、ストリングスのみ(6)、もアップされている。
デモは既出のアンソロジーではギター弾き語りだったが、今回の音源はピアノも
オーバーダブされている。

<脚注>

2019年8月6日火曜日

ビートルズ完コピ呪縛から逃れ弾き語りしてみる(2)

前回ベン・テイラーの I Wll を紹介したが、今回は本家本元、父親のジェイムス・
テイラー節のビートルズ弾き語りを2つ紹介しよう。

最初のは JTが1970年にBBCスタジオ・ライブで披露した一曲。
With A Little Help From My Friends だ。


↑JTのWith A Little Help From My Friends (1970)が視聴できます。


JTはワーナーブラザーズからデビューした直後、まだ22歳という若さだ。
当時、恋仲であったジョニ・ミッチェルがプローションのため渡英してBBCに
出演するのに、一緒にくっついてきてしまったのだ。

BBCと観客、そして視聴者/聴取者にとっては嬉しいサプライズだっただろう。
理由は分からないが、TVではJT、ジョニそれぞれ単独出演として放送された。
(スタジオのセットは同じでピアノも置かれたままなので同日収録と思われる)

FMではジョニのソロ、JTのソロ、共演パートとしオンエアされている。


TVとFMでは収録曲も違う。

FMでのJTの演奏曲はRainy Day Man、Steamroller。
後半、Carolina In My Mind、California、For Free、The Circle Game、
You Can Close Your Eyesでジョニと共演している。

一方、TV版ではWith A Little Help From My Friends、Fire And Rain、
Rainy Day Man、Steamroller、Greensleeves、Carolina In My Mind、
Long Ago And Far Away、Riding On A Railroad、You Can Close Your Eyes
とたっぷりJTの弾き語りを堪能できる。
(Rainy Day Man、Steamrollerの2曲はFMと同じテイクである)


長髪に無精髭、ニットのベストの上に無造作に羽織ったローゲージカーディガン。
後のカート・コヴァーンにも通ずるカッコよさ、元祖グランジと言える。

ゴールデンボイスと言われたハリのあるいい声、ギブソンJ-50の押し殺したような
迫力のある鳴り(この頃はけっこうピッキングも強いのだろう)。
ギター一本で聴き手をこれだけ魅了してしまうのはすごい。



さて、そのTV版一発目のWith A Little Help From My Friends 。


まずビートルズのオリジナルのコード進行を見てみよう。キーはEだ。
リンゴに歌わせるためキーはビートルズの中では低め。

Verse
E→B→F#m→F#m→B→E  (repeat)

Chorus
D→A→E→D→A→E→A→E

Bridge(Do you need….)
C#m→F#→E→D→A  (repeat)



次にJT版With A Little Help From My Friends
1音下げてチューニング、1フレットにカポでDを弾いている。(つまりキーはD♭)

なぜこんなことをしているのかというと、前回述べたような1960年代ギブソンの
ネックの細さゆえのローコードの弾きにくさ、クルーソンのチューナーの固さ、
緩んだチューニング+カポによる低音弦の増幅感のため、と思われる。



まずイントロ。ここはもろにSweet Baby Jamesを流用している。

Verse
D→A→C add9→G→Em7→A7sus4→D  (repeat)

Chorus
C add9→G→D→C add9→G→D→C add9→G→D

Bridge(Do you need….)
Bm→E→E7 sus4→A→D→C add9→G  (repeat) →G on E


ビートルズより1音〜1音半低くなるので歌に余裕が出る。

注目したいのはヴァースの2小節目、本来ならEmの部分にC add9→Gを入れている点。
さらにコーラス、ブリッジでもC add9というテンションコードを多用することで、
独特のぼかし感を醸し出している。

自分の声質、歌い方、世界感に合ったコード選びは見習うべし。
そもそもオリジナルをコピーせずに、最初から自分流で完成させてるのだろう。

以下はTAB譜の一部。参考までに。




もう一つ。やはりJTだが比較的最近の演奏。

2010年にBBCで放映されたジョン・レノン没後30年ドキュメンタリー番組でJTが
披露した In My Life
これも見事にJT流に昇華している。

ギターがOlsonのため、40年前のJ-50の時と違ってソフトなタッチで芳醇な音色
を奏でている。


↑ジェイムス・テイラーのIn My Life (2010)が視聴できます。



まずビートルズのオリジナルのコード進行を見てみよう。キーはA。

Intro
A→D→A→D

Verse
A→F#m→E→A on G→D→Dm→A  (repeat)

Bridge
F#m→D→G→A→F#m→B→Dm→A


ジョンのIn My Lifeはヴァース2小節目のE→A on Gのアクセント
D→Dmの一時転調で哀愁をそそる。
ブリッジの3小節目のBもサプライズ・コード。続くDmの哀愁

この曲はメロディーの美しさとコード使いの妙が肝なのだ。



JT版 In My LifeはキーがD 。

Intro
D→A→D→A

Verse
D→D on C→Bm7→Am7 add11→G add9→C9→D→(A add9)

Bridge
Bm→F# on B→Bm7→E7→C→G→D→A7 on F#
Bm→F# on B→Bm7→E7→C9→D



JTはジョンのコードを無視して独自の解釈のコードをアサインしてる。
ヴァースではJTお得意のDからの下降(クリシェ)Am7 add11という
大胆なコード、これもよく使うG add9→C9でつなぎDに帰結させる。

ブリッジでもやはりお得意のBmからのクリシェで哀愁を出している。
そして2回目のC9でジャジーな響きを出してDに戻る。うまい!
ジョンとは違った角度からのアプローチで曲を美しく仕上げている。

以下、TAB譜を抜粋して載せるので研究&トライしてみてください。


2019年7月27日土曜日

ビートルズ完コピ呪縛から逃れ弾き語りしてみる(1)

<ビートルズ完コピ願望>

高校に入ってギターを始めた。最初はFやE♭が難関だ(よね?)
なんてったってビートルズを弾きたい!

新興楽譜出版の「ビートルズ80」という楽譜集を買ってみた。
歌メロの譜面にコードダイアグラムが記載されてあるタイプのだ。


しかしその通り弾いてもビートルズっぽくならない。歌メロは合っているのに。

おそらく音大出の人とかに原曲を聴かせて、歌メロに合ったコードをアサイン
しているのだろう。
曲によってはキーも違う。これも日本人でも歌いやすくという配慮か。



いやいや、ビートルズはそういうふうに弾いてないでしょ!

彼らはセオリー通りのコードを選んでるのではなく、自分たちの好きな和音の響き、
多少強引でも斬新なコード進行、思いがけない効果を狙ってるのだから。



そして耳コピを始めた。最初はなかなか分からなかった。
映画を見て、そんなことをやってたのか!と目から鱗だったことも多い。

やってるうちにジョン、ポール、ジョージの手癖も分かってくる。
いわゆる「ビートル・コード」という押さえ方があるのだ。


You've Got To Hide Your Love Away(Lennon-McCartney)を例に挙げよう。

                                                   

出だしのローコードのGで2弦開放のBではなく3フレットを押さえてDにしている点、
その後Dsus4→F9→C→Gと常に1弦3フレットのGを8小節までキープし続けている
に注目していただきたい。

9〜10小節のD→D on C→D on B→D on Aとルート音がクリシェで下降するのも、
ジョンの得意技だ。


この曲はジョンのコード使いの妙、ストローク感さえ覚えれば、ほとんどの人が
オリジナルキーのままで歌える。
ギター一本でもサマになるし、カヴァーしやすいナンバーと言えるだろう。




が、いかんせんビートルズの曲は大概キーが高い。高すぎる。
ジョンとポールがユニゾンの部分も歌ってて苦しいが、ジョンが下でポールが上で
ハモる時のポールの高音部はもうお手上げだ。

ポールは高音部でもか細くならず、リトル・リチャード顔負けのシャウトができる。
かと思うとファルセットへの切り替えも上手い。
バラードでは美しいベルベット・ボイス、カントリー調のトーキングブルース(これ
も日本人にはなかなか真似できない)もお得意だ。

つまり演奏を完コピしたところで歌は無理。歌うな、ということですな(笑)



1980年代後半〜今まで聴いたことないようなビートルズのアウトテイクやデモ音源
が良質なブートCD化され出回るようになった。
曲の初期段階やオーバーダブする前の音源は、バッキングでどういう弾き方をしてる
のか、よく聴き取れる。耳コピの精度は上がった


加えて機材の進化
リズムプログラマーがあればリンゴ役を探さなくても、打ち込みでビートルズっぽい
ドラム演奏もできてしまう。

安価なカセットの4TR・MTRでも1回くらいのバウンス(ピンポン)なら使える。
1996年にはMD4式の4TRデジタルMTRが登場した。
これによってバウンス(ピンポン)を繰り返しても、ベーシックトラックは従来ほど
退行して聴こえない。
コピペもできるし、パンチイン・アウトも不自然じゃなくなった。

音源モジュールとMIDIでつなげばデジタルピアノはどんな音でも出せるし、スピード
は維持したままキーを変えることだってできる。

 



1990年代後半は機材の恩恵で、だいぶビートルズに近いオケができるようになった。
しかーし、ボーカルで一気にクオリティが落ちてしまう⤵︎のだ。
そもそも歌唱力がトホホだし。



近年は多重録音でそこそこの演奏に下手な歌を乗せて台無しにするのはもう諦め、
1音下げたギター一本で鼻歌ビートルズで楽しんでいる。

それでもBlackbird、Mother’s Nature’s Son、Her Majesty、I Wll、 I Me Mine、
Across The Universe、I’m Only Sleeping、Cry Baby Cry、 Revolution No.1…

どれも完コピしたギターで、気分だけビートルズで歌う。





何も完コピしなくても僕たちなりにやればいいじゃないですか、という人もいる。

僕は言い返す。僕たちなりができるのは上手でその人固有のものを持っている人だけ。
僕らのような下手な人間はオリジナルにどこまで近づけることができるか、少しでも
ビートルズの出してる音を解きあかせればそこに達成感があるんですよ、と。
少なくとも僕には「僕なりのビートルズ」はない。ビートルズ追求で精一杯だ。


もちろん世界中の一流アーティストたちがビートルズをカヴァーしている。
が、僕にとってはオリジナルを凌駕するようなものはほとんどない。
シナトラやエルヴィスがSomethingを歌ってもそれほどいいとは思わない。

ギャロッピング・スタイルの独自のギター・インストゥルメンタルに昇華させている
チェット・アトキンスのビートル・メドレーは大好きだけど。






<ビートルズを違う解釈で弾き語り〜の☆☆☆例>

ビートルズに関してはコンサヴァでオリジナルに勝るカヴァーなしと思ってる僕だが、
中にはこの弾き語りはクールだなー、こういう解釈もあるのか、と感心する例もある。

その3つの例をご紹介しよう。
僕も実際にそのカヴァーをコピーして譜面にしてみた。キーも無理なく歌える。
それぞれコード進行も一部歌詞も変えて、自分流ビートルズに仕立て直しているところ
がうまいと思う。



僕の一押しはベン・テイラーの I Will だ。
ベンはジェイムス・テイラーとカーリー・サイモンの息子である。
地味な存在だが、ジェイムス・テイラー直系の声質や歌い方、ギターの弾き方を受け
継ぐユニークなシンガー&ソングライターだ。

この I Wll は1995年に映画「Bye Bye, Love」挿入歌として録音され、同映画のOST
に収録されている。彼のソロ・アルバムには入っていない。
ベンはまだ18歳で初々しい。なかなかのイケメンである。(近年はそうでもない)


↑クリックするとBen Taylor - I Willが聴けます。
※プロモーション・ビデオ版はOSTとギターの弾き方がところどころ違う。
また最後のFOもプロモーション・ビデオ編の方が長い。


コード進行を独自の解釈で変えてしまっているところが耳新しく感じる



ビートルズ版 I Will はキーがF。

Verse
F→Dm→Gm→C7→F→Dm→Am→F7→B♭→Am→Dm→Gm→C7→F→(F7)

Bridge
B♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7→B♭→Am→Dm→G→C7

※Chorus部のFmaj7とGはポールならではの隠し味(エンデイング近くのD♭7も)


上記の実音表記を度数表記(ディグリーネーム)にしてみよう。
キーのトニック(この場合はF)からの度数、役割、コード進行が理解しやすい。
別なキーに転調されていても、応用が利くというメリットがある。

Verse
I→VIm→IIm→V7→I→ VIm→IIIm→I7→IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I→(I7)

Bridge
IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I maj7→IV♭→IIIm→IVm→II→V7



ベン・テイラー版の I Will 。キーはB。2フレットにカポでAを弾く。

※PVではギブソン・ハミングバードの4フレットにカポをして弾いている。
これは以下の理由からだと思われる。

1) クルーソンのチューナーが固く周りにくいため上がりきらない→1音下げた。
2) 緩めに合わせると低音弦の振幅が大きくなる。さらにカポをすると音が締まり、
 低音弦がよく響く(ドノヴァンもJ-45でこの方法を取っている)
3) 1960年代のギブソンはネックが細く2〜5フレットでカポをした方が弾きやすい。


ベンは父親譲りのMark Whitebook、Olsonの他、数多くのギターを所有しているが、
ギブソンのヴィンテージがお気に入りらしい。J-50も愛用している。





さて実際に弾いてるコードポジションのAをキーとしてコード進行を見てみよう。

Verse
A add9→F#m7→Gmaj7→Em7→A add9→F#m7→Gmaj7→A7→D→E7
→A add on F#→D→E7→A(A7)

Bridge
D→E7→A add9 on F#→D→E7→A maj7→D→E7→A add9 on F#→F#m7
→B7→E7


度数表記(ディグリーネーム)にしてみると。。。。

Verse
I→VIm7→VII♭maj7→Vm7→I→ VIm7→VII♭maj7 on E→I 7→IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I(I 7)

Bridge
IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I maj7→IV→V7→I add9 on VI→IV→VIm7→II 7→V7



ビートルズの I Will とはかなり違うことが分かる。
オリジナルのヴァースの最初はF→Dm→Gm→C7(I→VIm→IIm→V7)
循環コードの王道だ。


ベン・テイラーの方はA add9→F#m7→Gmaj7→Em7(I→VIm7→VII♭maj7→Vm7)。
循環コードなら3小節目でBm7→E7に行くはずだが、いきなりGmaj7で意表をつく
長年ビートルズで慣れ親しんだ耳には斬新、まさに耳からじゃなかった、目から鱗だ。


ビートルズ版サビはB♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7と哀愁の下降コード
(Fmaj7はポールらしい味付け、2回目のGmをGに変え展開を見せる裏技も最高)

対してベン・テイラーはD→E7→Aを繰り返し、F#m7→B7→E7でヴァースのAに
帰結させるドライな展開になっている。


以下TAB譜の一部を載せるので参考にしてください。


歌い方もベン・テイラーは父親譲りのJT節というか、ややぶっきら棒な歌い回し。
歌詞も一部、変えている。
最後のヴァース、And When I at last I find you は And when I finally find youに。

エンディングもビートルズ版ではポールの美しいファルセット二重唱。
Mm mm mm…..Da da da da…..で終わる(ここが高くて出ないんだよね)

ベン・テイラー版はI Willを繰り返しながらFO。(PVはOSTより長い)



そりゃビートルズの I Will は美しいけどベン・テイラー版もクールでしょ?


↑ベン・テイラー&父のJT

2019年7月17日水曜日

今更?ジェイムス・テイラー、ワーナー時代作品リマスター。

ジェイムス・テイラーのワーナーブラザーズ時代のアルバム6タイトルが、やっと
リマスターされ6枚組ボックスセットで7月19日に発売される。

JAMES TAYLOR The Warner Bros Albums 1970-1976





Amazonではだいぶ前から出ていたがCDの販売価格がずっと未定のまま。
今朝見たらなんと3,133円。おおっ、これは安い!すぐポチッ。

夕方見たら5,029円に上がっていた。Amazon価格は猫の目のように変わる。
最低価格が保証されるので、僕は3,133円で注文しておいてよかった。


★追記:その後Amazon価格はころころ変わり発送も2ヶ月先になってしまった。

マーケットプレイスで英国の業者が送料込みで2,740円で出品してたので、
そとらに注文し直した。既に発送済みだが、今週中に届くかな?

近年多いCD5枚組の簡素なボックスの廉価版とは一線を画す装丁だ。
しかもリマスターが施され6枚組。
残念なのはピクチャー・ディスクが慣れ親しんだバーバンク・スタジオのパーム
ツリー・ストリートのレーベルではなく、抹茶色の後年のレーベルである点だ。


★訂正:ジャケットの印刷の質は高い。レーベルは初期3枚が抹茶色、 Walking 
Man 以降がバーバンクのパームツリー・レーベルでした。




今回はワーナーブラザーズのライセンスの下RHINOレーベルからのリリースだ。
またしてもRHINO、いい仕事をしてます。

内容は1970〜1976年にワーナーブラザーズよりリリースされたJTのオリジナル・
アルバム6枚、JTの黄金期の名盤が最新のリマスターで聴ける。



Sweet Baby James (1970) 
ビートルズのアップル社からデビューしたものの不発に終わり、失意のもと
帰国したJTが心機一転、ワーナーブラザーズと契約し発表した再デビュー盤。
フォーク、カントリー、ブルース色が濃いがどこか洗練されているのが魅力。
プロデューサーはピーター・アッシャー。(1)
旧友のダニー・コーチマー(g)、以降JTのバックを務めるラス・カンケル(ds)、
キャロル・キング(p)、ランディー・マイズナー(b)が参加している。


Mud Slide Slim And The Blue Horizon (1971) 
2枚目も同じ路線を踏襲。You've Got a Friendのヒットで不動の地位を得た。
プロデューサーは同じくピーター・アッシャー。
ダニー・コーチマー(g)、ラス・カンケル(ds)、ルーランド・スクラー(b)と
後にザ・セクションのメンバーとなる3人が揃った。
キャロル・キング(p)、ジョニ・ミッチェル(cho)が参加している。





One Man Dog (1972) 
クレイグ・ドージ(p)が加わり初めてザ・セクション(2)というバンド名となる。
ジョン・マクラフリン(g)、ブレッカー・ブラザーズの参加により音楽的にも
深みが出ている。
マクラフリンが使用しているマーク・ホワイトブックのギターをJTは気に入り、
自分と妻となるカーリー・サイモンのためにオーダーしている。
キャロル・キング、リンダ・ロンシュタット、カーリー・サイモン、そして
アレックス、ヒュー。ケイトとJTの3人の兄弟たちがコーラスで参加。
プロデューサーはピーター・アッシャー。
スクイブノケットにあるJTの別荘の納屋に作られたスタジオで録音された。


Walking Man (1974) 
前作から2年を経て心機一転、NYCでレコーディングを行う。
セッション・ギタリストのデヴィッド・スピノザ(3)をプロデューサーに起用。
スピノザ(g)、ヒュー・マックラケン(g)、ドン・グロルニック(p)、リック・
マロッタ(ds)などNY勢で固め、今までのR&B、カントリー色は退行し都会的で
洗練されたサウンドとなった。
ジャケットのモノクロ写真はリチャード・アヴェドンによるもの。


Gorilla (1975) 
再びLAに戻りレコーディング。
NYCで得たソリッドなエッセンスと西海岸の解放的な明るい空気感が融合。
ウエストコースト・ロックの立役者、ラス・タイトルマン(4)、レニー・ワロッカ
(5)がプロデュースを担当し、ワーナーのバーバンク・スタジオで録音された。
ダニー・コーチマー(g)、ラス・カンケル(ds)、ルーランド・スクラー(b)の常連、
アル・パーキンス(ps)、デヴィッド・グリスマン(m)、ローウェル・ジョージ(g)、
ジム・ケルトナー(ds)、ウィリー・ウィークス(b)、デヴィッド・サンボーン(s)、
ニック・デカロ(ac)、クラレンス・マクドナルド(p)と豪華な顔ぶれ。
特筆すべきは、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、カーリー・サイ
モン、ヴァレリー・カーターによる美しい透明感のあるコーラスだ。
ジャケットの写真は数々のアーティストを手がけたノーマン・シーフが撮影。





In The Pocket (1976) 
ワーナーでの最後のアルバム。プロデューサーも前作と同じで続編的な内容。
ザ・セクションの4人がまた集結。
ワディ・ワクテル(g)、アーニー・ワッツ(s)、マイケル・ブレッカー(s)の他、
スティービー・ワンダーが1曲ハーモニカで参加している。
アート・ガーファンクルとのデュエットも聴きもの。
ジャケ写は引き続きノーマン・シーフ。
裏ジャケットでスーツの中に前作GorillaのTシャツと洒落が効いている。





以上6枚のオリジナル・アルバムが収められている。
アウトテイク、未発表曲、デモ音源などのボーナス・トラックは一切なし

近年の傾向としてアルバムはリリース時と同じ形態で、ボーナス・ディスクで
レアな音源をというのが主流だが、そのボーナス・ディスクもない。


JTはコロムビアに移籍する前に、ワーナーからGreatest Hitsを出している。
その中でアップル・デビュー時の作品、Something in the Way She Moves、
Carolina in My Mindを1976年に新たに録音している。

またこのベスト・アルバムにはSteamrollerのライブ音源が収録されている。
今回この3曲は残念ながら聴けない。



さらに言わせてもらうと、One Man Dog (1972) とWalking Man (1974)の
間が空いたため、ワーナーはライブ盤を出そうとしていた
1972年オークランドで収録された音源だ。当然、公式録音なので音質は良い。
どうせならこの未発表ライブ盤も目玉として付けて欲しかった





1974年にNY勢をバックにカーネギー・ホールで行われたライブ音源(カーリー
・サイモンが飛び入りでMockingbirdをデュエット)も素晴らしい内容だ。
いずれも良質なブートが出ている。

この2枚は今後のRHINOに期待するとしよう。



まだ現物が届いていないのでレビューもできないが、YouTubeに公式で3曲
アップされているので、ヘッドホンで聴いてみた。
確かに一つ一つの音はクリアで臨場感は増している。が、大きな差異はない?
特に楽器やコーラスの多重が多い後半のアルバムは、塊で聴こえて来るせいか。

Shower the Peopleの美しく重厚なコーラス、ダブルトラッキングで録られた
ギター、はリマスターではなくリミックスで左右に広がったらどんなに美しい
だろう、と思った。

実際にディスクを再生して部屋の空気に流すともっと良さが分かるのかも。


★追記:Amazonにレビューが1件。あまり音が良くなった感はないそうだ。
アメリカのAmazonは入荷が8/2予定でまだレビューもなかった。

★追記:8/6到着。 1枚目を聴いてみた。音はクリアで温かみも深みもある。
J-50の生音も以前より聴こえる。一番驚いたのはFire And Rainでのラス・カン
ケルのドラミングの迫力だ。他のアルバムも楽しみ〜♪


↑クリックするとFire and Rain (2019 Remaster)が聴けます。



↑クリックするとShower the People (2019 Remaster)が聴けます。



それにしても、JTのワーナー時代のリマスターは本当に長い間、待たされた。
待ちくたびれたという思いと、何で今さら?感もある。

JTが1970〜1976年にワーナーブラザーズに残した彼の黄金期ともいえる6枚の
アルバムが初CD化されたのは1984年であった。

まだCD創世記で16bitサンプリングのAAD(アナログ編集)である。
当然のことながら音は粗く痩せている。ふくよかさも広がりも奥行きもない。
それでも当時はLPよりクリアに聴こえる、と喜んだものだ。



1990年に入るといろいろな作品がリマスターされ出した。
JTのコロムビア移籍後、1977年以降のアルバムは1990年にやっとCD化されたが、
2000年にはすぐにリマスターされ格段に音が良くなった

(その際、1991年リリースのNew Moon Shine以降の作品は対象外だった。
つまりアナログ録音の1977〜1988年のアルバムだけをリマスターし、1991年以降
最初からデジタルレコーディングされた作品はそのままでよし、という考えだろう。

そのためNew Moon Shine(1991)より、後からリマスターJされたT(1977)、Flag
(1979)の方が音圧が高く、よりブライトな音という逆転現象が起きた)






しかしワーナー時代のアルバムは一向にリマスターされない
ワーナー洋楽部のJTのA&R(宣伝担当)に訊いてみたら「一度リマスターはしてる
んですけどね」ということだった。

JTのワーナー時代6作品が日本盤として発売されたのは1991年である。
それはリシューであり、リマスターではない。
US盤はそのままで、日本だけ独自にリマスターが施されるわけがない。
サンプル盤をもらって聴いてみたが、最初に出たUS盤と音は変わらなかった。

「初回ロットが1000枚行かないんですよ」とA&Rが嘆いていたのを記憶している。
そりゃそうだ。買う人は輸入盤を既に買っている。僕だってそうだ。


まあ、日本ではその程度で好きな人に細々と売れる1970年代のシンガー・ソング
ライターという捉えられ方が正直なところで、そんなに売れないだろう。
だから、あえてお金をかけてリマスターしても・・・というのは分かる。

が、アメリカでは団塊世代、ポスト団塊を中心に根強いファンが多いはずだ。
彼らがコンサート会場で涙しながら合唱するのは、やはり1970年代の曲なのだ。
当然CDの進化に伴って、もっといい音で聴きたいニーズも生まれるはずだ。





JTはいまだに美声が衰えず、ライブ・パフォーマンスもが完成度が高い。
スローペースだが新譜(代わり映えしない)も出している。

本人としては俺は懐メロ歌手じゃない、今の歌声を聴いてくれ、という現役意識が
強いのかもしれない。



1990年代後半にはビートルズを発端にAnthologyブームが起き、レコード会社も
ここぞ商機とばかりいろいろなアーティストのボックスセットをリリースした。

その多くは駆け足でアーティストの軌跡を追いつつ、未発表曲、デモ音源、別テイク、
未発表ライブ音源、などの目玉が加えられ、ついその餌に惹かれて買ってしまう。


そんな最中、JTとジャクソン・ブラウンはAnthologyを出さなかった
ジャクソン・ブラウンは現役意識が強く、過去ばかり評価されるのを嫌がっている、
という話は聞いたことがある。

JTも過去の曲は宝としながら、今のパフォーマンスで聴いてほしいという気持ちが
強かったのではないだろうか。


公式ライブ盤もLive(1993)、One Man Band(2007)、Live at the Troubadour
(2010)と近年のものしかリリースしていない。







ブートで出回っていたジョニ・ミッチェルとの共演音源、BBC In Concert(1970)
もようやく2004年にマイナー・レーベルから発売された。
ジョニと出演したAmchitka(1971)も2009年に発売されたが知る人ぞ知る存在。
前述のように1970年代のいい時期のライブ音源があるのにと思ってしまう。


さて、ここまで頑としてリマスターを怠り続けたJTが(満を持しすぎた感もあるが)
やっとリマスターに踏み切った理由は何だろう?





おそらく原盤権の問題ではないか?と思う。
来年には1970年リリース作品が50年経ち、原盤の独占権が消失する。
そうなると、創世記のCDをコピーしたブート盤が大っぴらに出まわるだろう。

それを見据えて、重い腰を上げ今回のリマスターが実現したのではないだろうか。


<脚注>