2023年4月9日日曜日

1965年に実現したチェット・アトキンスの来日公演。


↑一緒に来日したスキーター・デイヴィスと。ホテルの中庭と思われる。
チェットはダブルカッタウェイのカントリージェントルマンを持参。



<チェットが来日した1965年の日本>

チェット・アトキンスが来日したのは一度だけ。
1965年10月14日〜16日に開催されたパッケージ・ツアー、ポップ&
カントリー・フェスティバルに出演するためであった。

当時の日本は高度経済成長期の真っ只中。
前年1964年10月に東京オリンピックが開催され、東京の街が大きく
変わって行った時期であった。(1)


1965年1月にはベンチャーズ来日公演が若者に衝撃を与え、さらに
7月の再来日・全国ツアーでベンチャーズは一大ブームとなる。

エレキギターが人気を博し「勝ち抜きエレキ合戦」(2)が放送された。
12月に映画「エレキの若大将」(3)が公開され、エレキは社会現象と
なり、歌謡曲のサウンドにも影響を与えた。




チェット来日は1965年ベンチャーズの夏の全国ツアーの後である。
エレキギターがブームの最中、ノーキー・エドワーズにも影響を与
えたギターの神様が日本に来るのだから、もっと話題になってもよ
さそうなものだが、あまり人々の記憶に残っていない。
日本の音楽史にチェット来日がしっかり刻まれていないのが残念だ。

レコード業界の人に訊いても知ってる人は少なかった。
それはチェット・アトキンスがカントリーという日本ではマニアック
なジャンル(4)のギタリストであったからではないかと思う。



<ポップ&カントリー・フェスティバルとは>

チェットが出演したポップ&カントリー・フェスティバルとは何だっ
たのか?
それは1950年代後半から日本で起こったカントリー・ミュージック
愛好家のムーヴメント(5)から誕生したイベントである。

1957年に文化放送でラジオ番組「サンデー・ウエスタン」が開始。
番組のファンクラブ「サンデーウエスタン友の会」のメンバーが、
「東京グランド・オール・オープリー」(6)を起ちあげる。

カントリーのコンサートを有楽町ヴィデオ・ホールで定期的に開催。
出演はジミー時田とマウンテンプレイボーイズ、原田実とワゴンエー
ス、米軍バンド、学生バンドなどであった。



↑アメリカでもそうだが、カントリーといえばカウボーイだ。
(日本ではウエスタン、カントリー&ウエスタンと呼ばれていた)


1962年に駐留軍慰問のため来日したジョニー・キャッシュが、初めて
日本人向けに後楽園ホールで公演を行ったことでカントリー・ミュー
ジックの機運が高まる。

1963年にピート・シーガー、ファーリン・ファスキーが来日公演の際、
東京グランド・オール・オープリーに出演。
1964年にはハンク・スノウ、マーティ・ロビンス、ロイ・エイカフが
東京グランド・オール・オープリーに出演した。






<1965年 ポップ&カントリー・フェスティバルの概要>

そして1965年、日本でポップ&カントリー・フェスティバルが開催。
チェット・アトキンス率いるナッシュビル勢がやって来た
The End Of The Worldの大ヒットで知られるスキーター・デイヴィス、
コーラスグループのザ・ブラウンズ、ハンク・ロックリン、という一
どころのパッケージ・ツアーである。




招聘元(プロモーター)はどこだったんだろう?
東京グランド・オール・オープリーの関わり、役割は?

※招聘元はビクター芸能株式会社(今のビクターミュージックアーツ
(株)のようです。縞梟さん情報です。ありがとうございました
ただし呼び屋(興行主)は別に任せてる場合もある。


東京圏と大阪圏で9公演。(7)
後日チェットは「日本では各地を回って素晴らしい体験をし、素晴
らしい人たちと出会った」と述懐してる。



↑来日メンバーを皇居・二重橋に案内。
右からザ・ブラウンズの3人、チェット・アトキンス、ハンク・ロッ
クリン、スキーター・デイビス、チェットのツアーのベースマン。




公演は3部構成のオムニバス・コンサートであった。

(第1部)
ハンク・ロックリン、スキーター・デイヴィス、ザ・ブラウンズが
それぞれ3曲ずつ。30分くらいだったのだろう。



↑スキーター・デイヴィス。ベースはチェットのツアーでお馴染み。
ギタリストもアメリカから連れてきた人らしい


(第2部)
チェット・アトキンス登場!8曲演奏。MCを入れて30分程度か?
全曲バンド編成で、チェットはグレッチを弾いたと思われる。
ベースなどチェットのツアーバンド常連の姿も見られるが、日本の
ミュージシャンが多かったようだ。
機材も日本側が用意したらしい。アンプはエルクのように見える。




ライヴでJosephineを演奏するのは珍しい。
Sukiyakiは日本向けのサービスだろう。
関係者が録音したテープは残っていないのかな?


後援がラジオ関東(現アール・エフ・ラジオ日本)なので、当時
放送したのであれば倉庫にテープが眠ってるかもしれない縞梟さん
からご指摘をいただきました)が、移転時に処分してる可能性大だ。





(第3部)
ハンク・ロックリン、スキーター・デイヴィス、ザ・ブラウンズ、
最後にチェットが2曲演奏。この部も30分でトータル1時間半か。


※以上「東京グランド・オール・オープリーの時代」を参考にさてい
ただき、写真も転用させてもらいました。
ご快諾いただき感謝です。

↓当時の貴重なお話と写真が載っています。

http://jtkanehira.com/konma.html




<チェット・アトキンス来日時のエピソード>

※以下「瀬谷福太郎のカントリー四方山話 CHET ATKINSとの思いで」
を参考にまとめました。写真も転用させていただいてます。

(瀬谷さんは残念ながら5年ほど前に亡くなられたとのことです。
謹んでお悔やみを申し上げます。
転用はサイトの管理者の方が快諾してくださいました。感謝です)


瀬谷さんは日本のカントリー・ギターの第一人者で、ジミー時田、原
田実など多くのシンガーと音楽活動をされていたそうです。


↓当時の貴重なお話と写真が載っています。
「故・成毛滋氏との思いで」も読み応えがあり感慨深い内容でした。
http://www1.tcn-catv.ne.jp/musicrow/A31_1.htm



瀬谷福太郎さんは1965年ポップ&カントリー・フェスティバルのツアー
に同行し、チェットと一緒に演奏をされたとのこと。
以下、その時のエピソードを抜粋して転載します。



↑スキーター・デイヴィスと。ミスター・ギターは三味線も弾ける?



・チェットはツアー中、衣装、ギターなどの荷物は人に任せなかった。
瀬谷さんが申し出ても「本国ではいつも自分でやっている事なので」
と自身で運んでいた。
特にギターは人任せにせず、肌身離さずという感じだった

・チェットは絶えずギターを弾いていた。
暇さえあればギターを弾いていた。瀬谷さんは感心したという。

いつものフレーズを違ったポジションで弾いたりちょっとフレーズ
を変えて弾いたりいくつかのフレーズを絶えず練習して弾いていた。

・「演奏中にミスをすることは?」と質問すると「もちろん神様じゃな
いからミスはするけど、ミスをミスにしないのがテクニックだ。
自分が絶えずいろいろなポジションでフレーズを弾いているのは、どこ
からでも次の音に繋げられるように指に慣れさせるための練習をしてい
る」と言っていたそうだ。
そして「自分が絶えずギターを体から離さないのは、私がギターを好き
だからだよ」とのことだった。

・「カントリーミュージックはアドリブはだめ曲に合ったフェイク(8)
にしなければならない」と教えられたそうだ。



↑チェットの左隣が
瀬谷さん。右後の女性はブラウンズのメンバー。


・ツアー中、瀬谷さんはチェット直伝で「Yakety Axe」を教わったそう
で、この曲は彼にとってチェットとの思い出を偲ぶ、心の中に秘めた宝
物だという。

・当時は今みたいに良い音響設備がなかった。(注:PAがまだなくステ
ージ上のギターアンプの音を直接客席に聴かせていた)

チェットのために用意されたギターアンプは国産で畳一畳もあるような
大型アンプ(写真から推察するにエルクではないか?ヤマハもばかデカい
アンプを作っていたが)でみなびっくりしたらしい。
チェットはステージ前には必ず時間をかけて入念に調整し使っていたが、
これは大変なことだった。
よくあのアンプでツアーを無事終了できたものだ、と瀬谷さんは語る。



↑チェットの隣はハンク・ロックリン。右側はブラウンズ。
後で白いエレキを弾いてる人が瀬谷さん。
右のアメリカから来たギタリストはフェンダーのアコギを弾いている。
ベースとスティールギターは日本のミュージシャンのようだ。


・ツアーの合間にTV出演があったらしい。
瀬谷さんはチェットのレコードから完コピした曲を選び演奏した。
演奏の後チェットに批評をしてもらうと、その曲はたまたまチェットが
間違えた部分があって気になっていたけどレコード化されたもの。
「私が間違えたフレーズまでコピーしましたね」と言われたそうだ。
アメリカでは多少の音の違いよりも全体の雰囲気の良い方を選ぶ、と
チェットは言っていたそうだ。


ツアーに関わっていた人の体験談は貴重だ。読んでて引き込まれる。
こうした「事実の記録」って少ないけど、すごく大事だと思う。




<チェットが日本限定で発売したレコード>

チェットは1973年に日本の伝統歌や童謡をカヴァーしたアルバム「日本
の詩」を日本限定で発売している。(1995年にBMGビクターよりCD化)



↑この頃、日本のオーディオは4チャンネルを売りにしてた。すぐ消えたが。
「日本の詩」のタイトルは金文字と黒文字の2種類あった。



日本の詩/チェット・アトキンス(Discover Japan)

SIDE 1
1 浜辺の歌 2 ゆりかごの唄 3 里の秋 4 夏は来ぬ
5 みかんの花咲く丘 6 城ヶ島の雨 7 荒城の月

SIDE 2
1 赤とんぼ 2 椰子の実 3 花 4 波浮の 5 故郷 6 夕焼け小焼け


ギターの神様とは思えないくらいテクニックは控えめで、リヴァーブ深め
丁寧にメロディを紡ぐような演奏をしている。
バックの演奏といい、カントリーというより木村好夫とかムード歌謡ギタ
ーに近い?と思ってしまうが。。。

そこはチェット・アトキンス。
ギャロッピング奏法もハーモニクス奏法もミュート奏法も要所で聴ける。
何より日本の歌の叙情感をよく研究し、独自の解釈をしていてる。
グレッチ、クラシックギター、デル・ベッキオのリゾネーターギター、と
使い分け、実にきめ細かい行き届いた演奏を聴かせてくれる。


↓「日本の詩/チェット・アトキンス」が聴けます。
https://youtu.be/0yXx1QfnAXw







裏ジャケットの夕暮れとカラスがいかにも「日本人が忘れかけた心のメロ
ディを再確認しましょう」と訴えかけているようだ。
カヴァーアートとタイトルは日本側で考えたのではないかと思う。(9)

チェットの長い経歴でも異色のこのアルバムは日本限定ということもあり、
海外でもコレクターズ・アイテムになっているそうだ。


アルバムの制作については、日本のビクターが予めオケを用意していて、
チェットが来日した際にギターを録音した、という話をどこかで読んだ。
千駄ヶ谷のビクター・スタジオに行く機会があると、ああ、ここでチェッ
トがレコーディングして行ったんだなあ、と感慨に浸ったものである。

他のチェット・ファンもこの説を聞いたことがあるらしく、僕の勘違いで
はなさそうだ。
しかし1965年の来日時に録音したアルバムをなぜ1973年までリリースし
なかったのか、不可解であった。




改めて1995年にCD化された際の解説(1973年発売時のもの)を読んだ。
それによると、チェットは1965年に日本にツアーで訪れた時、街の中に
日本の古い歌が全く聴こえてこないことを非常に残念に思ったらしい。

アメリカに戻ってから、チェットは日本の楽曲を勉強したそうだ。
(日本のビクターにも音源を集めてもらうなど協力要請したのだろう)
そして独自の解釈で作られたアルバムが「日本の詩」である。

編曲もチェットが自ら行ったそうだ。
オーケストレーションはプロに譜面を書き起こしてもらったのだろう。
ギターのタイミング、音色、フレーズも絶妙でチェットならではである。
デル・ベッキオの多用など、1970年代のチェットの音作りだと思う。

1965年の来日から8年もかけたのは、納得できるまで曲を研究し自分流
の表現ができるまで発表しないチェットのプロ意識だろうか。(10)



↑スキーター・デイヴィスのレコーディング。J-50を弾いてる人は一緒に
来日したギタリストかも?(写真:Gettyimages)
訂正)若い頃のボビー・ベアのようです。ギターはB-25-12です。
Hさん、教えていただきありがとうございました。


チェット来日は1965年の1度だけで以降、日本に来ることはなかった。
いつかナッシュビルに行ってチェット・アトキンスのコンサートを見る、
という僕の夢も叶わなかった。


<脚注>

2023年4月1日土曜日

アメリカで発売されなかったチェット・アトキンスのライヴ盤。


↑1972-1980年に製造されたグレッチ 7690 Super Chet。
ブラックのフィルタートロン・ピックアップが2基。パーツはゴールド。
ヘッドストック、テールピース、指板にアバロンのインレイと豪華仕様。
ピックガード脇にコントロール・ノブを搭載し操作性を高めている。
(ピックガードを外せば回路のメンテナンスができるという利点もある)



<1980年にアメリカで発売されたチェット・アトキンスのライヴ盤>

初めて自分で買ったチェットのアルバムはライヴ盤だった。
渋谷にタワーレコードができる(1)前で輸入盤専門店シスコで見つけた。
アメリカ盤だったが、国内盤も発売されたらしい。


Chet Atkins – The Best Of Chet On The Road...Live (1980)





SIDE 1
This String
Dance With Me
Blind Willie
Stars And Stripes Forever
Medley: Freight Train / Chattanooga Train  *

SIDE 2
Wheels  *
Blue Angel  *
Recuerdos De La Alhambra  *
Medley: Something/Lady Madonna  *(edited)
When You Wish Upon A Star  *
Bill Cheatham  *

*印は1977年パリのオランピア劇場での録音。


↓「The Best Of Chet On The Road...Live」が全曲聴けます。
https://youtu.be/RmXkhXdpRyU





A面の1〜4まではナッシュビルで録音されたらしい。

This String
サイ・コーベンの楽しい曲。チェットは歌い間違えて客席の笑い声を
誘っており、和やかな雰囲気が伝わる。

Dance With Me
ジョン&ジョアンナ・ホールがオーリアンズ用に作った曲。
フュージョン・ブームの中、アール・クルーのカヴァーが大ヒット。
チェットのヴァージョンは他メンバーにソロを回すバンドならではの
醍醐味が味わえる。が、これはアール・クルーの勝ち。


この2曲は1977にグレッチが発売した7680アトキンス・スーパー・アッ
クス(2)が使用されたのではないかと思う。
大型のマホガニー・ソリッドボディーにギブソンっぽいハムバッカー
を2基搭載、トレモロユニットはなし。
コンプレッサーとフェイザー内蔵というグレッチでは異例ずくめの仕様。




This StringとDance With Meではアームならではのビブラートが聴か
れないのと、ソロではもろにコンプとフェイザーをかけた音になる。
フュージョンで流行ってたサウンドを意識したのだと思う。
(YouTubeにチェットがオレンジ色のスーパー・アックスでThis String
を演奏してる映像もアップされていた)


Blind Willie
盲目のブルースシンガー、ブラインド・ウィリー・マクテルのこと。
ブルースシンガーの傍らセッションギタリストとしても活動していた
ダニー・カルブ(3)の作品。
この曲だけスタジオで演奏に歓声を被せた擬似ライヴだと思われる。




Stars And Stripes Forever(星条旗よ永遠なれ)
And now, ladies and gentleman, the godfather of the guitar,  
Chet Atkinsという司会者で曲がスタート。(1曲目だったようだ)
チェットのナイロン弦ギターによる超絶テクニックが聴ける。
ガイ・ヴァンデューサー(4)がギター用に編曲したものにほぼ忠実。

いったいどう弾いてるのか?挑戦してみたが、まったく歯が立たない。
何度聴いても1台のギターで弾いてると思えない箇所があるのだ。
特に主メロを低音弦で弾きながら高音弦でカウンターメロディーを弾い
ている箇所は???だった。


↓Stars And Stripes Foreverが視聴できます。(他のライヴ映像)
https://youtu.be/V8BDYETDM5c


(動画を見て何をやってるか判明。ほぼ完コピできた。
じゃあ、チェットみたいに弾けるかというと話は別だ。しくしく)


Medley: Freight Train / Chattanooga Train
1977年パリのオランピア劇場(5)で行われたコンサートの音源。
フランスのチェットと呼ばれるマルセル・ダディ(6)との共演である。
(チェットのコンサートにダディがゲスト出演している)


(写真は1990年頃チェットがフランスでダディと共演した時のもの)


チェットがグレッチでイントロを弾き、マルセル・ダディがオベーシ
ョンのアダマス(7)で自作曲Chattanooga Trainを、2人でお馴染み、
エリザベス・コットン(8)のFreight Trainと息の合った演奏が聴ける。
最後の貨物列車の警笛音はチェットで、ハイポジションで3弦と2弦を
ベンディングしながらアームでビブラートをかける高度な技。


↓チェットとダディのFreight Train / Chattanooga Trainrが聴けます。
https://youtu.be/q4KQDsBBSPE




B面はすべて1977年パリのオランピア劇場での録音。
(マルセル・ダディがゲストを招聘して開催したカントリー・ショー
(9)の第2回目の特別ゲストとして、チェットの部があったようだ)




Wheels  *
1963年の「Travellin'」に収録された曲でライヴでも度々演奏される。
6弦と5弦をドロップするDGDGBEチューニング。

Blue Angel  *
1968年の「Hometown Guitar」収録曲。
ロス・インディオス・タバハラスのナト・リマの曲をチェットがアレ
ンジし、超絶的な速弾きを披露している。

Recuerdos De La Alhambra(アルハンブラの思い出)
タレガの有名な曲。目黒エンペラーのCM(10)を思い出す人もいる(笑)
最後のヴァースで1箇所チェットは6弦の経過音を加えている。

Medley: Something  * / Lady Madonna  *
ビートルズのメドレーだが本当は If I Fell / For No One/ Something 
/ Lady Madonna で演奏されている(後述)のを2曲だけに編集。
(後年 All My Loving / Here, There, and Everywhere / Something
 / Lady Madonna で演奏するようになった)




↓チェットのビートルズ・メドレーが視聴できます。(別なライヴ映像)
https://youtu.be/xa5nTUII0BQ


When You Wish Upon A Star(星に願いを)*
1940年のディズニー映画「ピノキオ」の主題歌。
1968年の「Solo Flights」1971年の「Pickin' My Way」に収録された。

Bill Cheatham  *
フォスターの曲。フィドルで演奏されるがチェットがギター用に編曲。
1975年の「The Night Atlanta Burned」に収録されている。

以上、B面6曲はナイロン弦ギターで演奏されている。




<1979年にフランス限定で発売されたチェットのライヴ盤>

実はこの前年、フランスでは2枚組のライヴ盤が発売されていた。


Chet Atkins – And Then Came Chet Atkins (1979)

1977年12月10日・11日にパリのオランピア劇場で録音された音源だ。
アメリカ盤のB面はここからの抜粋(*印)ということになる。




SIDE A
Wheels  *
Vincent
All Thumbs
Copper Kettle
Bill Cheatham  *

SIDE B
Cascade
You'd Be So Nice To Come Home To
Snowbird
Dizzy Fingers
Yakety Axe
The Peanut Vendor

SIDE C
Autumn Leaves
When You Wish Upon A Star  *
Blue Angel  *
Recuerdos De La Alhambra  *
A Beatle Medley
(If I Tell / For No One / Something  */ Lady Madonna  *)

SIDE D
Charade
Black Mountain Rag
Drown In My Own Tears
Drive In
Medley (Trambone / Hello My Baby / I'll See You In My Dreams
/ Poor People Of Paris / Mister Sandman / Wildwood Flower / 
Freight Train)

*印はアメリカ盤「The Best Of Chet On The Road...Live」にも収録。


↓「And Then Came Chet Atkins」が全曲聴けます。
https://youtu.be/yxfsaXhx9G8






ざっくり言うと、SIDE Aはナイロン弦ギター、SIDE Bはエレキギター、
SIDE CとDの2曲目までが再びナイロン弦ギター、最後3曲はエレキギ
ター、と非常に聴きやすい。

(編集されてるとしても、実際のコンサートの曲順に近いと思える。
ナイロン弦ギターとエレキギターを頻繁に持ち替えるのは面倒だし、
変則チューニングの曲はまとめてやった方が無駄がない)



Wheels  *  
1963年の「Travellin'」に収録。DGDGBEチューニング。

Vincent
1972年の「Picks On The Hits」収録曲。ドン・マクリーン作曲。
前曲と同じDGDGBEチューニング。後半のハーモニクスが美しい。

All Thumbs
1977年の「Me And My Guitar」に収録された。
マーク・カステベンズのギター曲。全部親指=手先が不器用の意味。 
5弦をGからAに上げてDADGBEチューニングになった。

Copper Kettle
1962年「Guitar Country」に収録。Copper Kettleは銅製やかんのこと。
ジョーン・バエズやジョニ・ミッチェルもカヴァーしたフォークソング。
この曲からスタンダード・チューニングで演奏される。

Bill Cheatham  *
1975年「The Night Atlanta Burned」収録。フォスター作曲。
この曲までナイロン弦ギターの前半部。




Cascade
1977年の「Me And My Guitar」に収録。ここからエレキギターの部。
作曲者のジーン・スローンの演奏に忠実にチェットは弾いている。

You'd Be So Nice To Come Home To
1977年「Me And My Guitar」収録曲。ヘレン・メリルの歌がヒット。
チェットはギャロッピング・スタイルのギター曲にアレンジしてる。

Snowbird
1971年の「For The Good Times And Other Country に収録曲。
リン・アンダーソン、エルヴィスの歌唱が有名。
チェットはたっぷりリバーブをかけ単音メロディーを弾いている。

Dizzy Fingers
1920年代ゼズ・コンフリーが作曲したピアノ曲。邦題:めまいする指。
チェットはギターで速弾きを披露。ライヴでよく演奏される曲だ。

Yakety Axe
「More Of That Guitar Country」(1965)「Finger Pickin' Good」
(1972)に収録され、ライヴでもお馴染みのカントリーナンバー。
直訳すると「やかましい斧」。テナーサックス奏者ブーツ・ランドルフ
の曲Yakety Sax (やかましいサックス)のパロディーである。

The Peanut Vendor
1960年の「The Other Chet Atkin」に収録されている。
アフロ・キューバンのスタンダードナンバー。
南京豆売り露天商の掛け声から着想を得て、1927年に作曲された。
スタン・ケントン楽団が1940年代にヒットさせている。
チェットと他のメンバーはあえて調子外れの掛け声で雰囲気を出す。




Autumn Leaves
邦題「枯葉」。シャンソンのスタンダードでジャズのカヴァーも多い。
1968年の「Solo Flights」収録ヴァージョンはグレッチでキーはE♭m。
エド・サリヴァン・ショーではナイロン弦ギターで2カポでAm。
このライヴではカポなしのAm。
前半アダージョ、途中からギャロッピング・スタイルのアレンジ。
この曲からナイロン弦ギターの曲が続く。

When You Wish Upon A Star  *
1940年のディズニー映画「ピノキオ」の主題歌。
1968年の「Solo Flights」1971年の「Pickin' My Way」に収録。
チェットお得意の美しいハーモニクス奏法が聴ける。

Blue Angel  *
ロス・インディオス・タバハラスのナト・リマの曲をチェットがアレ
ンジした。1968年の「Hometown Guitar」収録曲。

Recuerdos De La Alhambra  *
1969年の「Lover's Guitar」に収録された。 
タレガの有名な曲でチェットはスコアに忠実に弾いているが、最後の
ヴァースで1箇所だけ原曲にない6弦の経過音が加えられている。

A Beatle Medley
(If I Fell / For No One / Something  */ Lady Madonna  *)
アメリカ盤は前半2曲がカットされているが、ここでは通して聴ける。

Charade
1976年の「Chet Atkins Goes To THe Movies」収録。
オードリー・ヘップバーン主演映画「シャレード」(1963)のテーマ。
ヘンリー・マンシー作曲。チェットは素敵なギャロッピング奏法にアレ
ンジしている。(この曲もかなり難しい)

Black Mountain Rag
1953年のデビュー・アルバム「Gallopin' Guitar」以来の定番曲。
カントリーのトラディショナル・ソングで、ドク・ワトソン、ニッティ
ー・グリッティー・ダート・バンドなどの演奏が有名。
1971年の「Pickin' My Way」でナイロン弦ギター用にアレンジされた。
オープンG(DGDGBD)チューニング。ここまでナイロン弦ギター。



                            (写真:Gettyimages)

Drown In My Own Tears
1963年の「Our Man In Nashville」に収録。
レイ・チャールズのゴスペル・ソング。
チェットのギターもR&B感たっぷり。この曲からグレッチを使用。

Drive In
1968年の「Solo Flights」収録。ジェリー・リードによる曲。
これをちゃんと弾けるとカッコいい。




(Medley) 7曲
Trambone

1962年の「Down Home」収録。作曲はチェット。
タイトルはトロンボーン(trombon)の南部訛りが由来らしい。
ちなみにレコードではブーツ・ランドルフがサックスを弾いている。

Hello My Baby
女性4人のコーラス・グループ、コーデッツが1950年にアカペラで歌い
ヒットさせた。
「Stringin' Along with Chet Atkins」(1953年に10"LP(11)、1956年に
12曲入り12"LPで発売)に収録。

「Play Guitar With Chet Atkins Vol.6」(1967)でも取り上げている。



I'll See You In My Dreams
ジプシー・ジャズのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの曲。
1974年「The Atkins-Travis Traveling Show」でマール・トラヴィスと
共演している。

Poor People Of Paris
1956年にレス・バクスター楽団がヒットさせた。
チェットは1955年にシングル盤で発売。メドレーの定番曲である。
他にレス・ポール、ビング・クロスビー&ローズマリー・クルーニー、
ディーン・マーティンもカヴァーしている。

Mister Sandman
1954年にヴォーン・モンロー楽団が発表。
同年コーデッツの美しい4声コーラス・アレンジがヒット。
チェットもシングル盤で発売。(コーデッツの歌を参考にしている)
"Mr. Sandman, bring me a dream" の部分だけチェットが口ずさむ。
"Sandman, bring me some"と歌詞を変えている。

Wildwood Flower
カーター・ファミリーの演奏で知られるアメリカのフォークソング。
チェットもカーター・ファミリー・ピッキングを発展させている。
ライヴではメドレーで演奏される定番曲だが、公式録音は1966年
ボストン・ポップスとの「The "Pops" Goes Country」、1970年ナッ
シュビル・ストリング・バンド名義の「Down Home」のみ。

Freight Train
メドレー最後はエリザベス・コットン作曲のフォークソング。
ディラン、ジョーン・バエズ、PPMも歌い広く愛されてる曲だ。
チェットは原曲の良さを活かしながら複雑だが見事なフィンガーピ
ッキングの曲にアレンジした。
1963年の「Guitar Country」に収録されている。


内ジャケットに「私にとって初のライヴ・アルバムであり誇らしく
思う」とチェットの言葉が記されている。自信作だったのだ。



米国盤「The Best Of Chet On The Road...Live」(1980)はアメリカ
カントリーファンを中心とした幅広い層への受けを狙った編集だ。




フランス限定盤「And Then Came Chet Atkins」 (1979)は、1970
年代にチェットがアルバムで取り上げた曲が多い(個人的に好き)
前述のように、ナイロン弦のパート、エレキのパート、ナイロン弦の
パート、エレキのパートという曲構成もとても聴きやすい
実際の公演の曲順どおりでだったのではないか、と思える。

どちらのアルバムもCD化されることはなかった。
チェット存命中に発表された公式ライヴアルバムなのに。(12)




<マルセル・ダディとの共演ライヴ音源>

1977年12月10日・11日パリのオランピア劇場で開催されたカントリー
ショーではチェットとマルセル・ダディの共演も録音されている。




マルセル・ダディのライヴ盤「Marcel Dadi And Friends Volume 
- Olympia 77」にはチェットとの共演が収録された。

Windy And Warm
Medley: Winter Walkin' / Baby's Coming Home
Medley: Swedish Rapsody / Country Gentleman





アメリカ盤「The Best Of Chet On The Road...Live」A面最後に入って
いたMedley: Freight Train / Chattanooga Trainは収録されなかった。



このライヴ盤からMedley: Winter Walkin' / Baby's Coming Home
がマルセル・ダディ追悼アルバム「Hommage」(1997)に収録された。





Windy And Warmも何かで聴いたことがあるような気がするのだが、
たぶんマルセル・ダディとジャン・フェリックス・ララーン(13)との
共演(ライヴ)音源だろう。


「Marcel Dadi And Friends Volume 2 - Olympia 77」も未CD化。
と諦めていたのだが、なんと2016年にEMIフランスからVol.1&2から
抜粋した「Marcel Dadi And FriendsがCD化されていた!




LPに入ってたチェットとのデュエット3曲も収録されている。(14)
(それ以外は大人数でのカントリー・フュージョンとか、あまり聴き
くない歌ものも入っている。アルバムとしては散漫かもしれない)
既に廃盤のため、プレミアムが付いている。





<脚注>

2023年3月24日金曜日

チェット・アトキンスは他ギタリストとの共演を聴くべし。


↑盟友ジェリー・リード(右)と。


チェット・アトキンスの名前だけは中学生の頃から知っていた。
All My Lovingのギター・ソロでジョージ・ハリソンはチェット・
アトキンス奏法をやっている(1)と音楽誌かLPのライナーノーツに
書いてあったからだ。

高校の頃か、音楽誌に「ジェフ・ベックの演奏はチェット・アト
キンスの足元にも及ばない」という批評(2)が載っていた。
(これは音楽評論家の傲慢な偏見であり的外れである)



初めてチェットを聴いたのは、友人が貸してくれたマール・トラ
ィスとの共演盤The Atkins-Travis Traveling Show」(1974)
だった。




全曲アコースティックギターのデュオである。
カントリーギターのレジェンド2人の共演だが、丁々発止とか、
せめぎ合いはなく、余裕の演奏でどちらかというと牧歌的。
演奏しながらの2人の掛け合い、テキトーな歌も楽しそうだ。

とは言っても、どっしりしたマールのスタイル、御大に敬意を表
しつつ凄テクで合わせてくるチェットのギターはさすがである。


マール・トラヴィスはチェット・アトキンス奏法の元となった
ギャロッピング・スタイルの元祖(3)である。


                                                                     
↑マールのギターはマーティンD-28のボディーにビグズビー製ネック
をくっつけたもの。
   (写真:Gettyimages)



マールは2フィンガーで常に6弦を豪快に弾く
(たとえばコードがCでもベース音は、6弦のGにガツンとサムピ
ックを当て、5弦のCはゴースト音として鳴らす)
残りの4〜1弦も人差し指だけで同じく豪快に弾く。

ズンチャッ!ズンチャッ!のギャロッピング(馬の駆け足)感が
強調され、その跳ね感がグルーヴになる。
2フィンガーは3フィンガーのような小技ができないが力強い。(4)




そのためマール・トラヴィスは男性的、正確に弦に当てて音を
出すチェット・アトキンスは女性的と評する人もいる。

それは間違いである。チェットのピッキングもかなり強い。
このアルバムを聴いても、2人が同じ音圧であることが分かる。
(マールが全盛期を過ぎていたとはいえ)


まあ、そんな理屈は置いといてリラックスして聴いてほしい。
嬉しそうなチェットの様子が伝わるだろうか。
マールの大ファンなのだ。
なにしろ娘にマールと命名しちゃうくらいだから。



↑左からチェット、マール・トラヴィス、ジェリー・リード。
チェットは珍しくマーティンのD-45を弾いている。。。

↓と思いきや。縦ロゴMARTINではない?何と書いてあるんだろう?
ヘッドストックの角も欠けたような形だ。カスタムメイドか?



https://youtu.be/ubJdFC6Fq6k
チェットとマールの「Dance Of The Goldenrod」が聴けます。
マール作曲のカントリー・ワルツで、チェットはかつてマールがや
ってたようにハーモニクスを活かしたリードプレイをしている。





チェットは彼にとってもう一人のギター・ヒーロー、レス・ポール
ともChester & Lester」(1976)で共演を果たす。

カントリーを洗練されたポピュラー音楽に昇華させたチェットと、
彼が敬愛して止まないエレクトリック・ギターの父、名プレーヤー
にして発明家であるレス・ポールによる珠玉のコラボレーションだ。






ジャケットの写真が表しているように、どの曲も音が温かく相手へ
の尊敬の念を感じさせてくれる素敵な作品である。

マール・トラヴィスとの共演と同じく、2人の会話や笑い声が混じり、
聴いてる方もにんまりしてしまう。
スタジオでのライヴ演奏だったらしいが、さぞかし和やかでスムーズ
なセッションだったのだろう。



https://youtu.be/GtCFTmgroK8
↑チェット&レス・ポールの「Avalon」が聴けます。
左がチェット、右がレス・ポール。
一旦終了してから再開する演奏がまた白眉もの。



この時チェットは50代に差し掛かり、レス・ポールは60代。
レス・ポールが「Two dirty old men」と言って大笑いしてるのと逆で
、この巨匠たちはギター少年のように心から楽しんでいるようだ。

2人とも極限まで磨き上げた確かなテクニックを持ってるからこそ
できる余裕の演奏である。展開力というか、音の会話というか。
そう来たか、じゃあ、これでどう?みたいな球の投げ合いが続く。





マールの時と違い、レス・ポールとチェットは演奏スタイルが違う。
レス・ポールのクリーントーンで次々繰り出されるトリッキーなフレ
ーズ、それに応えるチェットの心地よいリズムと驚異的な指捌き
その際立ちがこの作品を特別な一枚にしている。




↑レス・ポールと彼の奥さんで歌手でもあるメアリー・フォード。



「Chester & Lester」はグラミー賞カントリー・インストゥルメン
タル部門で最優秀賞を獲得した。
ギターを嗜む人なら一度聴いて損はないと思う。



グラミー賞授賞式。左からレス・ポール、ドリー・パートン、チェット。
(写真:Gettyimages)



何回かCD化されているが、2007年にRCAが発売したリイシュー盤
は、ボーナストラック(ボツにした曲、アウトテイク)を収録。
 (Amazonでまだ入手できるようなので欲しい方はお早めに)



https://youtu.be/1_1z6_rlP2U
↑ボーナストラック「The World Is Waiting for the Sunrise」が
聴けます。こんな音源があったなんてびっくり。




尚、2人は1978年に再共演し「Guitar Monsters」を発表している。



https://youtu.be/0UKG_SCzrEE
↑「Guitar Monsters」プロモーションのためNBC「Today Show」
2人で出演。It Don't Mean A ThingLimehouse Bluesを演奏。




共演回数でいえば、盟友ジェリー・リードとは腐れ縁だろうか。

「Chet Atkins And Jerry Reed – Me And Jerry」(1970)
「Jerry Reed And Chet Atkins – Me And Chet」(1972)

と1970年代に共演アルバムを2枚出している。
さらに共演ではないが、チェットは全曲ジェリー・リード作品を
カヴァーした「Picks On Jerry Reed」(1974)も発表している。






ジェリー・リードはチェットよりカントリー色が強い。
ナイロン弦ギターを多用するが、バンジョーのような速弾き
得意とするギタリストだ。
作曲家としても優れ、チェットを筆頭に多くのフィンガーピッカー
がジェリーの曲を取り上げている




Me And Jerry」(1970)ではマール・トラヴィスの「Cannonball 
Rag」の他、「Bridge Over Troubled Water」「Something」など
当時のヒット曲をカヴァーしている。



https://youtu.be/IKwVSoM5ups
↑チェットとジェリー・リードのWreck Of the John Bが聴けます。
バハマ民謡。ビーチボーイズはSloop John Bという曲名でカヴァー。
他にもI Want to Go Homeなど複数の呼び方がある。
右がチェット。左がジェリー。ゆるーい歌と口笛がいい。




続編の「Me and Chet」(1972)は2人の速弾きが聴ける「Jerry’s 
Breakdown」、エルヴィスのヒット曲「Mystery Train」、レス・
ポールとも演奏した「Limehouse Blues」などを収録。
グラミー賞にノミネートされたが受賞は逃した。



https://youtu.be/Ni8KBhnebwE
↑1975年Pop! Goes the Country出演時のチェットとジェリーに
よるJerry’s Breakdown演奏が観れます。
右のやんちゃなオッサンみたいな人がジェリー・リード。




Picks On Jerry Reed」(1974)ではジェリーは参加していない
が、「I'll Say She Does」「East Wind」「Remembering」
「Down Home」「Baby's Coming Home」「The Early Dawn」
「Steeplechase Lane」などチェットが好んで演奏してきた曲
収録されている。




↑2009年にRavenレーベルから発売された「Me And Jerry」「
Me adn Chet2in1CDは、ボーナストラックに「Picks On 
Jerry Reed」から6曲、さらにチェットがカヴァーしたジェリー
作品を2曲をプラスしたお買い得盤。(TVショッピングみたい?)




https://youtu.be/LOgJvpQdcKQ
↑チェットとジェリーのBaby's Coming Homeが観れます。





https://youtu.be/KD4XjAU28F0
↑チェットとジェリーのI´ll Say She Doesが観れます。



この2人は20年後の1991年に「Sneakin' Around」でまた共演。
どんだけ仲良しなんでしょう?(笑)
グラミー賞カントリー・インストゥルメンタル部門で最優秀賞
を受賞している。(長年の功労賞ってことかな?)






他にも共演盤はまだある。
ハンク・スノウとのデュオで「Reminiscing」(1964)、「By 
Special Request」(1969)(2枚ともCD化されていない)

 


 

ドク・ワトソンとの共演「Reflections」(1980)、マーク・ノ
ップラーとの共演「Neck And Neck」(1990)。

最後のアルバムとなったトミー・エマニュエルとの共演作、
The Day Finger Pickers Took Over The World」(1997)

ギタリスト以外にもフロイド・クレイマー、ダニー・デイヴィス、
ブーツ・ランドルフ、ボストン・ポップス・オーケストラ、ジム
・リーヴス、スージー・ボガス、ドリー・パートンなどなど。



最後に地味だけどとても気に入ってるアルバムを紹介したい。
チェットの影響を強く受けた理論派にして技巧派ジャズ・ギタリ
スト、レニー・ブローとの共演作「Standard Brands」(1981)。
全曲2人ともクラシックギターを弾いている。隠れた名盤だ。



https://youtu.be/ffOkzDuHwzA
↑「This Can't Be Love」が聴けます。
左がレニー・ブロー、右がチェット。



レニー・ブローは薬物中毒の問題を抱え43歳で他界している。
この共演もレニーを復帰させたいチェットの計らいだった。


<脚注>