2018年10月22日月曜日

まるで女優のように。ギタリスト、村治佳織。

10月3日、銀座山野楽器で開催された村治佳織ミニコンサートに行ってきた。
新譜「シネマ」の発売記念のインストア・イベントだ。

会場は7Fのホールで60席。立ち見を含めると100名ぎっしり。
時間は30分ほど。これくらいの規模のコンサートが今の僕にはちょうどいい。(1)
優雅で上質な演奏を間近でじっくり味わうことができた。




↑会場はこんな雰囲気(村治さんのInstagramより写真を借用しました)


2年ぶりの新作「シネマ」は村治佳織デビュー25周年記念アルバムになる。

映画音楽集という案はデッカのプロデューサー、ドミニク・ファイフからだが、
村治さん本人もかねてから映画音楽に思いを寄せていたため賛成したそうだ。
選曲はドミニクからの提案+日本側スタッフの意見で決めたとのこと。


この日は「シネマ」から5曲、生演奏を披露してくれた。

映画「ハウルの動く城」より〈人生のメリーゴーランド〉
映画「ふしぎな岬の物語」 から〈望郷〉
映画「ティファニーで朝食を」 から〈ムーン・リバー〉
映画「第三の男」 から〈テーマ〉
映画「 禁じられた遊び」から〈愛のロマンス〉


どの曲もギターの息づかい(ニュアンス)が伝わり、生音が素晴らしかった。
フォルテッシモは大胆かつ音はふくよか。ピアニッシモは甘く美しい。

ギターの前に小さな立ちマイクがあったが、PAを通した音は薄めだったはず。
後部席まで飛ばすための補完、あるいは観客が多く吸音されデッドな(残響音が
少ない)音響空間になるためリバーブを加えていたのかもしれない。



村治佳織というギタリストには「美学」がある。(2)

フレットボードを縦横無尽になめらかに動く左手の美しさ。ビブラートのかけ方。
力強く、時に繊細に。正確な右手のピッキング。トレモロの美しさ。
開放弦やハーモニクスを弾く時、弧を描くようにゆっくり宙を舞う右手。

ギターを慈しむように丁寧に奏でる姿、心から演奏に心酔している表情。
演奏を終え弦をミュートしてから満足そうに微笑むのがまたチャーミングだ。

曲全体の流れに身を任せるかのように、体で大きくリズムを取り弾く。
時に右足をトンと踏み込む。
足で4拍を刻み弾くことが多いロックやR&Bとクラシックとの違いを実感した。



この日、村治さんが持参したのはポール・ジェイコブスン(1992年製)。(3)
トップは杉材、サイド&バックはハカランダではないかと思う。

村治さんがデビューした頃に愛用していたギターでしばらく使っていなかった
が、また弾いてみたら熟成されたとてもいい音になっていたとのこと。
「ただ置いといただけなんですけどね」と彼女は楽しそうに笑う。


曲の合間にこうしたギター談義を本人の口から聞けるのは嬉しい。
レコーディング秘話も興味深かった。
彼女はトークでも観客の心を魅了する術を身につけている。





↑トーク中の村治さん(トーク中は撮影可。妻がiPhoneで撮った写真)
最近よく着用しているブルーの花柄のきれなワンピース(肩がレース地)の下に
茶系のチェックの薄手のパンツ(ステテコじゃないですよ(^^)、黒のパンプス。
よくお似合いだった。ベストドレッサー賞に選ばれたんですよね。
ギターと一緒に持っているのは膝に敷く滑り止めだと思う。


「シネマ」のレコーディングではこのギターを含め4台使用したそうだ。

そのうちの1台、トーレス(4)は150年前のギター(1859年製)らしい。
表面は波打ってるくらいのヴィンテージもの。
ギターはバイオリンと違って数百年を生き延びる楽器ではない。
音が遠くまで響かなくなる。コンサートには不向きのようだ。

一年前から借りているものの、どう使おうか思いあぐねていたが、今回
レコーディングに持って行ったら思いの他、良かったらしい。



遠くまで音を飛ばすライブと違い、レコーディングは本当に小さな音量で弾くため、
繊細で密度の高い演奏ができる。
トーレスは今回のレコーディングに相性が良かったのだろう。

プロデューサーのドミニクも気に入り「今の曲、トーレスでやってみてくれる?」
みたいな感じで結局、10曲でトーレスを起用することになったという。




↑トーレスを抱える村治佳織さん。
「電子版現代ギター18年10月号」に掲載されらインタビュー記事より。





ライナーノーツによると、デッカ移籍以降メインで愛用してるホセ・ルイス・ロマニ
リョス(舌を噛みそうな名前だな)1972年製と1990年製も使用されている。(5)



レコーディングは水戸のホール(6)を数日貸し切りにして行ったそうだ。
つまり客入れしない状態でホールの自然な残響音を生かして録音するわけだ。


通常はスタジオでデッドな(残響音が少ない)音響空間で演奏し、マイクで拾った
音にその場でリバーブをかける(かけ録り)か、素の音を録音して後からリバーブ、
ディレイ、コンプ、リミッターなどをかける(後録り)ことが多い。

しかしポップスでもサイモン&ガーファンクルやフィフス・ディメンションのように
ボーカルだけは教会で録った、という例もある。
ライブな(残響音が多い)音響空間で得られる音は倍音が豊かで美しいのだろう。

この水戸のホールの音響がすばらしく、プロデューサーのドミニクも「今まで使った
ホールの中で一番いい」と満足していたそうだ。





↑レコーディングに使用した水戸芸術館コンサートホールATM




「シネマ」は聴きやすいアルバムだ。流しておくと部屋の空気に自然に馴染む。
しかも聴くほどに一曲ごとの味わいが深まる。


個人的には1曲目の映画「プライドと偏見」から〈夜明け〉が一番好きだ。
深い森の奥から聴こえてくるようなピアニッシモのギターの音色が美しい。
少し霞がかかってるけど隅々まで見渡せるような、と表現すればいいだろうか。


この曲は弟の村治奏一さんとの合奏。(7)アルペジオと単音のメロディー。
そのためか自然なディレイのように聴こえてくるのかもしれない。

この映画は知らなかった。調べてみたらとても評判がいい。
機会があったらぜひ見てみたいと思う。


映画「ローカル・ヒーロー/夢に生きた男」の〈ワイルド・テーマ〉
が収録されてたのが意外でもあり、嬉しかった。
地味な英国映画だが、とぼけたユーモアと哀愁がツボで何度も繰り返し見ている。
マイケル・J・フォックスも「この映画は僕のバイブル」と言っていた。

曲はマーク・ノップラーが映画のために書き下ろしたもの。
選曲は英国人プロデューサーのドミニクさんのようだ。


映画「ティファニーで朝食を」 挿入歌のヘンリー・マンシーニの名曲〈ムーン・
リバー〉は村治さん自らが編曲をし、新たにイントロ、バリエーションと転調
が加えられ美しい仕上りになっている。




↑モノクロのカヴァー・ジャケット、ブックレット内の写真は繰上和美氏。(8)
撮影を依頼すると、「シネマ」だから女優になってもらうよ、と言われたとか。
写真をクリックすると「ムーン・リバー」が視聴できます。



映画「ラストエンペラー」のテーマ(作曲:坂本龍一)も村治佳織編曲で、
トレモロ奏法が効いている。

ニーノ・ロータ作曲の映画「ロミオとジュリエット」〈愛のテーマ〉もギター・
ソロの楽曲として聴くとまた格別の味わいがある。



僕が村治佳織というギタリストを知ったのは1999年にNHKで放送された「トップ
ランナー」(9)に出演していたのを見たのがきっかけだったと思う。
女子聖学院(10)を卒業しパリのエコールノルマル音楽院(11)に留学していた頃かな。
ロドリーゴ(12)に会いに行き彼の前で演奏した、という話をしていた。

21歳とは思えないくらい大人で、芯がぶれない女の子だなという印象だった。
映画「ディア・ハンター」(1979年)のテーマ曲「カヴァティーナ」をカヴァー
していることを知りCDを買った。(ジョン・ウィリアムス版は既に持っていた)


近年の村治さんはクラシックというジャンルを超え、いろいろな人と共演し、
インプロヴィゼーション(ロックやジャズで行う即興演奏。譜面に沿って演奏
するクラシックにはない)の技も身につけている。

J-WAVEの番組ナビゲーター(13)を務めたり、他のFM番組やテレビ番組にも出演
しているのを見かける。
いろいろな人との会話を楽しんでいるようだ。21歳の時より声が華やいでいる。

ギタリストという芯はぶれない。でもいろいろな役を演じ可能性を広げていく。
まるで女優のように。
村治佳織さんのこれからの活躍に期待したい。


<脚注> ↓続きを読むをクリック