2019年9月21日土曜日

2019リミックス直前、アビイ・ロードの7つの事実<後篇>


3. 新曲は8曲だけ。他の9曲は以前のセッションで既に演奏していた。


が新曲。

カム・トゥゲザー 
サムシング  
マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー 
オー!ダーリン 
オクトパス・ガーデン 
アイ・ウォント・ユー 
ヒア・カムズ・ザ・サン 
ビコーズ 
ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー 
サン・キング 
ミーン・ミスター・マスタード 
ポリシーン・パン 
シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー
ゴールデン・スランバー 
キャリー・ザット・ウェイト 
ジ・エンド 
ハー・マジェスティ 


サムシングはホワイト・アルバム録音中ジョージが披露(1)している。

マックスウェルズ〜、オー!ダーリン、オクトパス・ガーデン、サン・キング、
アイ・ウォント・ユー、ミーン・ミスター・マスタード、シー・ケイム・イン・
スルー〜はゲット・バック・セッションで演奏されていたが多くは未完成。






サン・キングは1月2日のセッション初日、ジョンがドノヴァン直伝のスリーフ
ィンガーでF#m7→E6を繰り返し弾いているが、まだ手探り状態。
Quando para mucho〜のなんちゃってスペイン語の歌も付いていない。


アイ・ウォント・ユーは1月30日の屋上コンサートでテープリールを交換して
いる間に、ジョンがI want you〜のリフの部分を弾いているのが聴ける。

この曲は2月22日トライデント・スタジオでベーシック・トラックを録音。
(この時点ではアビイ・ロード構想はなくゲット・バック・セッションの延長)
ビリー・プレストンも再び参加している。
この日に録音したトラックは後半部(She’s so heavy〜)に使用された。





ミーン・ミスター・マスタード、ポリシーン・パンはホワイト・アルバム録音
前にジョージ宅に集まって録音したイーシャー・デモで聴くことができる。






4. ジョン不在または不参加の曲が多い。


カム・トゥゲザー 
サムシング (ジョンが何を弾いているか不明)
マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー →ジョン不参加
オー!ダーリン 
オクトパス・ガーデン
アイ・ウォント・ユー 
ヒア・カムズ・ザ・サン →ジョン不在
ビコーズ  
ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー →ジョン不在
サン・キング 
ミーン・ミスター・マスタード 
ポリシーン・パン 
シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー
ゴールデン・スランバー →ジョン不在
キャリー・ザット・ウェイト →ジョン不在
ジ・エンド →
ハー・マジェスティ (ポール単独)

★はジョンの曲。

自分の曲以外でジョンが参加しているのは3〜5曲
確実にジョンの演奏または声が確認できるのは以下の3曲だけである。

オクトパス・ガーデン(スリーフィンガーのギターとコーラス)
シー・ケイム・イン・スルー〜(12弦ギター、コーラス)
ジ・エンド(3人で回すギター・ソロ、コーラス)



サムシングの録音でエピフォン・カジノを弾いたという記録があるが、そのトラ
ックは消されたのだろう。
リズムギターはジョージがレズリーの回転スピーカーを通して弾いたテレキャス
ター)だし、イントロ〜見事なギター・ソロはもちろんジョージ本人である。

後半のオーヴァーダブ作業にもジョンは参加していない。
もしかしたらオルガン(簡単なコード)はジョンかもしれないが。






オー!ダーリンの録音開始の4月20日、ジョンはスタジオにいたかもしれない。
公開されたテイク4の52”辺りでジョンのYea!という声が聴こえる。

ポールがピアノを弾きながらガイド・ボーカル、ジョンがベースを弾いたという
記述もあるが。。。。いやいや、ジョンにはあんなベース弾けないでしょ。
弾いてたとしても、そのトラックを消してポールがベースを上書きしたはず(笑)


またジョンがピアノ、ポールがベースという説もある。
こっちの方が可能性はある。比較的シンプルなコードを弾いているので。

ただ2回目のサビの前からの叩きつける弾き方、7thを入れたり高い鍵盤に移る
技はやはりポールだろう。
この曲はファッツ・ドミノ+リトル・リチャードだもん(^^v)

ベーシック・トラックのテイク4で薄く入るオルガンがジョンだと思う。
しかし、そのオルガンは後に削除された。


8月11日のコーラス追加はジョンとジョージだと思う。
ジョンはこの頃アンチ・ポールだが、この曲はお気に入りらしく後に「自分なら
もっと上手く歌えた」と発言している。いやいや、言い過ぎでしょ!


1月27日のゲット・セッションでのこの曲はジョンがポールにハモっている。
最後にジョンはヨーコの離婚が成立したことに触れ I’m free〜♪ と歌い出す。
(このテイクはアンソロジー3に収録された




↑カム・トゥゲザーのテイク5が公式にYouTubeにアップされています。

とにかく基本、自分の曲だけやりたい。それがジョンなのだ。
ポールの曲は嫌、ジョージの曲は興味なし、リンゴはいい奴だから協力する。

アビイ・ロード録音中の写真をいろいろ探したが、ジョンが写っているのが
なかなか見つからなかった。ほとんど他の3人の写真だ。



とはいえ、カム・トゥゲザー、アイ・ウォント・ユーという凄みのあるロック、
正反対にため息が出るくらい美しいビコーズは、さすがジョン!である。
B面メドレーで3曲提供しているし、ジ・エンドでは暴力的なソロを聴かせている。

アビイ・ロードはポール中心の作品と言う人も多いが、ジョンの存在感は大きい。
ジョンの攻撃的な面、それとは逆の美しい静的な世界観がなかったら、このアル
バムは名作にはならなかったと思う。



5. ジョージの貢献度が大。





ギターやコーラスでジョン不在を補い、ポールがピアノを弾く時はフェンダーの
ジャズ・ベースや6弦ベースを弾く、とジョージは大活躍だった。


そしてジョージの代表曲とも言えるサムシング、ヒア・カムズ・ザ・サンという
名曲でこのアルバムを飾っている。
ジョン、ポールに引けを取らないソングライターに成長(2)した言える。


サムシングのギター・ソロ(3)も円熟味があって素晴らしい。
演奏の面でも充実していて、この時期のジョージは自信もあったようだ。

ポールからいつもの「あーした方がこーした方が」という指摘を受けても「いや、
これでいいんだ」と譲らなかったらしい。(ジェフ・エメリック談)






6. 初めてモーグ・シンセサイザーが使用された。


アビイ・ロードでは「新しい音」が加えられた。
シタールの次にジョージがビートルズに持ち込んだのは当時、最新だったモーグ・
シンセサイザーである。(モーグ・シンセサイザーについてはこちらを参照)




アビイ・ロードでは絶妙な使い方をしている。
(こういうのはやり過ぎないことが大事)

マックス・ウェルズ・シルヴァー・ハンマー → 間奏、後半で入るメロディー
アイ・ウォント・ユー→ 後半のリフの繰り返しと轟音
ヒア・カムズ・ザ・サン→ イントロ後のヒュ〜、Sun sun sun…の変拍子部
ビコーズ→ 間奏
ミーン・ミスター・マスタード→ ベースとユニゾン
オールド・ブラウン・シュー→ベースとユニゾン(シンセ・ベースの先駆け)



7. 壮大なメドレーという新しい試み。

曲をつなげてアルバム全体に意味性を持たせる、という試みは既にサージェント・
ペパーズで成功し、コンセプト・アルバムの先駆けとなった。

ポールは今回は意味性やストーリー性よりも、複数の曲を音的に連続性を持たせて
壮大なメドレーにすることを重視。
ジョージ・マーティンもこのアイディアに賛同した。







7月1日、ユー・ネヴァー〜のバッキング・トラックに一人でボーカル録音をした
日辺りから、ポールはメドレーの構想を描いていたのではないかと思う。



翌2日〜4日に3人で(ジョンは交通事故で入院中)ゴールデン・スランバー〜
キャリー・ザット・ウェイトを録音しているが、この2曲は最初から続けて演奏
されている。
2019リミックスのアウトテイクでは2曲続けてのテイク1〜3が聴ける。


ジョン抜きの3人が「Boy, you're gonna carry that weight a long time(
やれやれ、君はこれからずっと重荷を背負って行くんだね」と歌っているのは
意味深。重荷とはあの人のことでしょうか。。。。






もう一度力を合わせてアルバムを作ることに同意したものの、ジョンは自分の曲
以外には非協力的で、上述のように不参加(入院もあった)の曲が多い。


アンチ・ポールの姿勢は変わらず、自分の曲とポールの曲は続けて入れるなとか、
A面をすべて自分の曲、B面はポールの曲と分けろと言いたい放題。協調性ゼロ。
メドレーにも反対していた。

しかしポールが「メドレーを完成させるのに数曲足りない、何かないか?」と
協力を求めると、「そうだな、何曲かある」とジョンの態度も軟化。




サン・キングとミーン・ミスター・マスタードは最初から2曲続けて録音された。
今回アウトテイクとして収録されるテイク20もやはり続けて演奏されている。

サン・キングは半年前はまだ部分的で歌メロも歌詞もできていなかったが、
ジョンは美しい曲に書き上げ、4人の演奏力で美しい作品に仕上った。

Quando para mucho〜のスペイン語とイタリア語を混ぜたような意味不明の
歌詞はジョンならでは。ジョン、ポール、ジョージの3人がハモると美しい。






ミーン・ミスター・マスタードは前年のイーシャー・デモで聴くことができる。
ゲット・バック・セッションでも演奏されたが、うまく形にならなかった。

曲中でミスター・マスタードの妹シャーリーがパンに変更されたのは、メドレー
の次の曲、ポリシーン・パンとの関連性を持たせるためだった。

そのポリシーン・パンもイーシャー・デモで披露しているが、これもミーン・
ミスター・マスタードと同様、独立した1曲としては物足りない。


しかしメドレーではこの2曲が異色でいい味付けになっている。
作曲時はそんなつもりはなかったのに、前後のポール曲との相性、連動もよく
いい流れができているから不思議だ。
こういうところがビートルズのすごい所なんだね。


ポリシーン・パンとシー・ケイム・イン・スルー〜も2曲続けて録音された。
今回アウトテイクとして収録されるテイク27も2曲続けての演奏である。

ビートルズは2日間でメドレーの4曲のベーシック・トラックを完成させている。
やっぱり4人が結束すると早いし、いい仕事をするなー。






ジ・エンドは当初からメドレーの最後をしめくくる曲という認識だったようで、
7月23日の録音開始時の仮タイトルが「Ending」になっている。
この時点ではギターソロ、ボーカル部分がなく尺も1分12秒足らずだった。


Love you….の後の部分に何を入れるか協議になり、ジョージはギター・ソロ
を提案したが、ジョンが3人でギター・ソロを回すことを思いつく。
ジョンはトップ・バッターに名乗りを上げ、ポールは最後がいいと主張。
否応無しにジョージが真ん中ということで決定。

8月7日テイク7に3人のギター・ソロをオーバーダブ。
ジェフ・エメリックによると1テイクであのソロ回しを決めてしまったそうだ。






7月30日アルバムB面のメドレー全曲の仮編集の作業を行う。
この日からB面のメドレーをどうつなげていくかの試行錯誤が始まる。



ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー〜サン・キングはウィンド・チャイムの後クロス・
フェイドでつなげようと試みたが、オルガンを入れる案に変更。
最終的にポールが自宅で作ったコオロギの声などのSEでつなぐことになった。

キャリー・ザット・ウェイトでは途中で再びユー・ネヴァー・ギヴ・ミー〜
をリフレインさせる、というクラシックの手法も取り入れられた。
このデジャヴ感は聴いてる者に高揚感と組曲のドラマチック感を与える。


7月30日の仮編集では、ハー・マジェスティはミーン・ミスター・マスタード
ポリシーン・パンの間に収録されていた
今回のスーパー・デラックス・エディションでディスク3で聴くことができる。






プレイバックを聴いたポールはハー・マジェスティは省くようエンジニアに指示。
エンジニアがカットしたテープの処理を尋ねると、「捨てちゃえ」とポール。

「ビートルズに関してはどんな物も捨てるな」と上から言われていたエンジニア
は、編集テープの最後に20秒の無音部分を挟んで継ぎ足しておいた。

そのまま制作されたサンプルのラッカー盤を聴いたポールは、最後に予期せずに
聴こえてくるハー・マジェスティを面白がり残すことにした。


冒頭のジャ〜ンはミーン・ミスター・マスタードの最後のコード音だったのだ。
(Such a dirty old man... (E→C→B7)後のB→C→C#→D→A→Eの最後)

ハー・マジェスティもキーEで演奏される。(2フレットにカポでDを弾く)
最後が尻切れなのは次のコードがポリシーン・パンのイントロだからである。






ポールはアビイ・ロードで確立したメドレーの手法をビートルズ解散後、ウィン
グスでしばしば応用(4)している。




<まとめ>

アビイ・ロードを一言で表現するとしたら。。。。
僕はビートルズ史上最高のメロウ・アルバムなのではないか、と思う。

楽曲の完成度の高さ、アレンジ力、演奏力、ボーカル、すべてにおいて円熟の域
に達したビートルズを聴くことができる。
オーディオの面でも、最も豊かなサウンドを堪能できるアルバムと言っていい。


屋上コンサート、アビイ・ロードを聴くとまだまだバンドとしていい作品を作れる
力があったのに、と惜しい気がする。





<後日談>

別にもう1枚アルバムが制作されていたという都市伝説も生まれた。
いわゆるホット・アズ・サン・セッションである。

1969年2月~5月にセッションが行われ、アビイ・ロードと別に1枚アルバムを出す
予定だったが、全16曲が収録されたがマスターテープが盗難に遭う。
EMIとアップルが海外の盗難犯に巨額の金を払い取り戻したが、空港のX線検査機
によりテープの音源が消去されてしまったという。

ローリングストーン誌1969年9月号がスクープした記事で、この幻のアルバムは
ホット・アズ・サンと呼ばれている。
収録曲とされるているのは、ポールが後にソロで発表した3曲、ゲット・バック・
セッションで演奏したものの公式には未発表の曲、不明曲など。(5)

このアルバムのブートも出回った。デモ音源、贋作の寄せ集めで聴く価値なし。
現在では詳細なレコーディングデータが明らかになり、ジェフ・エメリックもポ
ールもホット・アズ・サンの存在を否定している。








しかし最近、アビイ・ロード完成後ジョン、ポール、ジョージ3人のミーティング
を録音したテープ(腸の検査で不在だったリンゴのためにジョンが録音しておいた)
の存在(6)が明らかになり、意外な事実が分かった。

ジョンがアビイ・ロードの次のアルバムの可能性について話しているのだ。
ジョンはビートルズを解散したがっていたが、契約の問題があるためマネージャー
のアラン・クレインから口外しないように言われてた、というのが定説だった。
この発言とは矛盾している。

まあ、ジョンは気まぐれで矛盾だらけの人だから(笑)





ジョージもビートルズから離れたがっていた。
ポールはバンドを存続させたかったけど、5月にマンチェスターのEMI本社にて
ゲット・バックのジャケット写真(デビュー・アルバムと同じアングル)を撮影中、
もう長くないんだなと思ったという。アビイ・ロード録音の直前だった。

リンゴはアビイ・ロード制作時は誰も口に出さないけど、全員これが最後のアル
バムになるという気持ちでやっていた、だから全力を出し切っていい作品ができ
たんだ、と語っている。


<脚注>

2019年9月10日火曜日

2019リミックス直前、アビイ・ロードの7つの事実<前篇>

1.このアルバムだけソリッドステートの卓ミキサーで録音された。


アビイ・ロードの録音の前、1968年11月EMIアビイ・ロード第2スタジオのミキ
シング・コンソールが新しいソリッドステート(1)型TG12345に変更された。
つまり真空管から半導体トランジスタ製に置き換わった(2)ということだ。

前年のホワイト・アルバム録音の後半(1968年7月)EMIにやっと8トラック・
レコーダーが導入されたわけだが、従来のミキシング・コンソールREDD .3、
REDD .51では対応能力に限界があったようだ。





TG12345はEMIのエンジニアが開発した最新型のコンソールで、マイク入力
24系統、出力8系統、エコー4系統を有し、すべての入力チャンネルにイコライ
ザー、コンプレッサー/リミッターをかけることができた。


小型の半導体搭載により、より高密度の回路が実現しスペックが向上した。
EMIは新型のTG12345について、これまでのREDD .3、REDD .51に比べると、
よりクリーンでブライトでパンチのある音、より深く、ふっくらした、リッチ
な音が得られる、と説明している。


確かにトランジスタ製はよりダイナミック、ブライト、歪みが少なくクリアー、
リッチなサウンドが得られると思う。が、深み、ふっくらした、という点では
むしろ真空管に軍配があがるのではないか。
真空管特有の太く、温かみのある音に比べトランジスタはソリッド(硬質)だ。





この違い、ギター・アンプを使用している方ならご存知だと思う。
いまだにチューブ・アンプ(真空管製)を好むギタリストは多い。
ファットで野太いサウンド、甘いディストーションは真空管ならではだ。

ビニール・レコードを好むオーデォオ・ファンの間でも真空管アンプの温かみ
のある柔らかくて滑らかな音の方がいい、とマッキントッシュ、ラックスマン
などは今でも人気が高い。



ちょっと専門的な話になってしまうが。。。。
真空管アンプは信号増幅時に偶数次の歪みが多く付加される。
超高域がカットされたCD音源には含まれないが、自然の音には含まれるもの。

真空管アンプは人間が好む倍音を増加させる
それに対して、トランジスタアンプは音の情報量は多く、ノイズは少なめで、
広範囲の音域をカバーしてくれる一方、真空管アンプと比べるとどことなく
冷たく、耳にきつい音と言われる。






engadget日本版「ハンドメイドなハイブリッド真空管アンプ」より転載)




エンジニアのジェフ・エメリックもこの新型コンソールに困惑したそうだ。
それまでのビートルズの音とは明らかに違う音痩せと彼は表現している。

エメリックはホワイト・アルバムの録音の中盤、ビートルズの険悪ムードに
嫌気がさし出て行ったのだが、ポール直々の依頼でアビイ・ロードの録音で
復帰することになった。


1969年1月のゲット・バック・セッションはトゥイッケナム映画スタジオ〜
アップル本社の地下スタジオで収録されており、ビートルズがEMIで録音する
のはホワイト・アルバム以来である。
つまり新しいミキシング・コンソールを使用するのはこれが初めてだった。

ジェフ・エメリックもジョージ・マーティンもホワイト・アルバム録音途中で
退出し、ゲット・バック・セッションも事実上グリン・ジョンズに任せていた
から、前年に設置されたTG12345を使用したことがなかったのだろう。







エメリックは、過去の作品との違和感がないよう音作りに苦労したという。
具体的な処理は分からないが、イコライジングで音をまろやかにするとか、
もしかしたらやや歪ませて倍音を発生させる、という技も使ったのか。


エメリックは「耳のいい人が聴くとアビイ・ロードが他のアルバムと音が違う
のが分かる」と言っているが、少なくとも当時はまったく気にならなかった。

それよりも翌年フィル・スペクターが手がけたレット・イット・ビーの方が
「今までのビートルズと音が違う」(3)と感じたものだ。


2019リミックスではその辺、どう扱われるのだろう?





なにしろリミックス=ミックスダウン前の個々のトラックに遡って、現代に
通用する音へと再構築するわけである。


エメリックの言う「真空管の音に近づける努力」が録音時に施されていたなら、
つまりエフェクトをかけながら録音されたなら、マルチトラックの元テープは
既に処理済みのはず。

素で録音したテープをミックスダウンする際、真空管の音に近づける処理が行わ
れていたとしたら、イコライジング前のテープが残っているということになる。

なんて、どうでもいい細かいことが気になってしまう(笑)


プロデューサーのジャイルズ・マーティンとミキシング・エンジニアのサム・
オケルから今回の作業で気を使った点、苦労話が出てくるのを期待しよう。




↑オー!ダーリンのテイク4が公式にYouTubeにアップされています。
ポールは声の調子のいい朝一に1テイクだけ録音する、という作業を連日繰り
返したという。このテイクでは途中で諦めたのか。でもカッコいい。



2. マルチトラックで余裕のある録音ができた。


前年のホワイト・アルバム録音の後半やっとEMIに8トラックが導入された。
ゲット・バック・セッションもやはり8トラックだが、前半はトゥイッケナム
映画スタジオ、後半はアップル本社の地下スタジオに急遽、機材を持ち込んで
の録音だった。

アビイ・ロードは古巣のEMI第2スタジオで、黄金期のスタッフ、ジョージ・
マーティン、ジェフ・エメリックのコンビが復活して録音している。
4人の演奏や歌の癖も知り尽くし、マイクのセッティングからオーヴァーダブ
の工程まで、ビートルズのレコーディングの手順を心得ている二人だ。

メンバーたちは作業しやすかったに違いない。
たとえ誰かさんがスタジオにダブルベッドを持ち込んで居座ったとしても(笑)


アビイ・ロードはサージェント・ペパーズほどオーヴァーダブを重ね作り込まれ
たアルバムではないし、ホワイト・アルバムほどストレートでもない。
その中間、といったところか。

サージェント・ペパーズの時は4トラックを2台シンクロさせる裏技を駆使しつつ
、リダクションとオーヴァーダブを繰り返した。
アビイ・ロードは8トラックで録音。かつオーヴァーダブも少ない。
リダクション(バウンス)も1回で済んだのではないか。

だから余裕のあるレコーディングができ、その余裕が音質面にも出ている




↑コントロール・ルームで自分たちの演奏をモニターする3人。(ジョンは不在)
ジョージがジャックパーセルを履いてるのに注目!



ポールは8トラックを使用できるようになった時、贅沢だと思ったそうだ。

英国EMIは(ビールズの再三の要請があったのに)8トラック導入が遅れ、
ビートルズは不満を漏らしていた。


ビーチボーイズは既に1965年のペット・サウンズで8トラックを使用している。
サージェント・ペパーズ録音時EMIに8トラックがあれば、もっとスムーズに作業
ができ、リダクション〜オーヴァーダブが少なくなるので音も良かったはずだ。


ビールズは1968年7月ヘイ・ジュードを独立系トライデント・スタジオで録音。
気分転換と、トライデントの8トラックを試してみたかったからである。
EMIへの抗議、8トラック早く使わせろアピールもあったとのだろう(^^)(4)

リダクションしたテープがEMIの機材と規格が合わず、音質が悪かったのでジェフ
・エメリックがイコライジングでなんとか補正したという苦労話もある。





そういえばアイ・ウォント・ユーは2月にトライデント・スタジオで録音したベー
シック・トラックが後半部に使われているけど、今回は機材の規格の違いで音が
劣化、という事態はなかったのかな?なんて細かいことがまた気になる(笑)



とにかくアビイ・ロードがビートルズ史上、最も音がいいのは周知の事実。
それがリミックスで新しく蘇るのだから楽しみだ。



↑リンゴのドラムの前に立てられたマイクの数!
バスドラムに1本、スネアに1本、フロアタムに1本、2個のタムタムに2本、ハイ
ハットに1本、上の方にトップシンバル用の1本と贅沢にセットされている。
TG12345がマイク入力24系統も有しているからできたことだろう。

もちろんマイクの本数にトラックがアサインされるわけではなく、卓上でバランス

を取った上で1〜2トラックに録音していたと思われる。

後篇に続く


<脚注>

2019年9月1日日曜日

アビイ・ロードへと続く長く曲がりくねった道<後篇>

5月6日オリンピック・スタジオでユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーに着手。
ポール(p)リンゴ(ds)ジョン(g)ジョージ(g)の編成で36テイクを録音。

・・・と記録にはあるが、ブートを聴く限りジョンは何をやってたんだろう?
テイク36が2019ミックスのアウトテイクに収録されるのでそれで判明するか?
ジョージのオブリは削られた箇所もあるが、ほとんど完成テイクに採用されている。
ポールのボーカルも部分的な差し替えとオーバーダブだろう。


↑ユー・ネヴァー〜テイク36。最後のはちゃめちゃな脱線ぶりがいいですな(^^)



この後2ヶ月近く、アビイ・ロード・セッションは中断。
その間アルバム「ゲット・バック」のミキシングが行われていたが、ジョージ以外
の3人は海外にいた。(本当に丸投げなんだ!)
ジョンはカナダで2回目のベッドインを行い「平和を我等に」を録音。


7月1日ポールがアビイ・ロード第2スタジオでユー・ネヴァー〜のヴォーカル録音。
この日を境にポールの頭の中ではアルバムの方向性が固まったらしい。

7月2日から本格的なセッションを再開。



↑楽しそう♪


ジョンはスコットランドで自動車事故を起こし(用水路に突っ込んだそうな)入院
していたため、7月7日までジョン不在のまま3人で行われた。


ポールは当時スタジオから歩いてすぐの所に住んでいたため、他のメンバーよりも
早く来て先に作業を始めていることが多かったようだ。
この日もマーティンD-28の弾き語りで、ハー・マジェスティーを3テイク録音。


その後3人でゴールデン・スランバーキャリー・ザット・ウェイトを録音。
この2曲は最初から併せて録音されている。(既にメドレーの構想があったのだろう)

ポール(p))ジョージ(b)リンゴ(ds)の編成で15テイク録音。
ジョージが弾いたのはフェンダー・ジャズベースだと思われる。






翌3日ポールとジョージがギターをオーバーダブ。
3人でBoy, you're gonna carry that weight … a long timeのコーラスを入れる。
つまり、あのユニゾンのコーラスにジョンは加わっていないということ。


ジョン不在のまま、7月7日にヒア・カムズ・ザ・サンを録音。
ジョージのアコギとガイドボーカル、ポール(b)リンゴ(ds)で13テイク録音。
翌8日にジョージのボーカル、ポールのコーラスを録音。

この後、断続的にオーバーダブが行われた。
7月16日にはハーモニウムと手拍子を。
8月6日、ジョージがエレキをオーバーダブ。
(このトラックは最終的に採用されなかった。潔くエレキをカットしたのは正解)



↑ヒア・カムズ・ザ・サンのカットされたエレキギターのトラックが聴けます。



7月9日マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマーのベーシック・トラックを録音。
この頃ジェフ・エメリック(1)もエンジニアの椅子に復帰している。

そして、この日やっとジョンがスタジオに戻ってきた。。。。が、、、

ヨーコは重傷で妊娠中だったため、絶対安静を命じられていた。
片時も離れられないジョンはヨーコのためにハロッズにダブルベッドを注文。
スタジオ内に運び込ませた。他の3人は唖然。。。。



↑ヨーコがベッドから撮った写真と思われる。みんな嫌だっただろうなー。



翌10日ポールのピアノとボーカル、ジョージ・マーティンのオルガン、ジョージ
のギター、コーラス、リンゴが叩くハンマーの音(2)をオーバーダブ。
ベッドでいちゃついているジョンへ「こっちに来て一緒に歌ってくれないか」と
ポールは声をかけたが、ジョンは「嫌だ」と断った。

ゲット・バック・セッションで何度もこの曲をやらされてジョンは嫌っていた。
したがってマックスウェルズ〜でもジョンは参加していない



7月17日オクトパス・ガーデンにブクブクのSEやコーラスを仲良く入れる。
翌18日リンゴのボーカル録音。



7月17〜23日までポールは一人で朝一(といっても昼過ぎ)でスタジオに来て、
オー・ダーリンを1回だけ歌って録音するという作業を繰り返す
何度も歌い込んでメロディーをモノにするのと、朝一の声の調子いい時を狙って
録音を繰り返したようだ。




サビの野太い声でのシャウトはこうした努力の賜物。
以前だったらこんなの一発でできたのに」とポールはとつぶやいたそうだ。
まだ27歳ですよ。でもアイム・ダウンの頃みたいに易々とは行かなかったんだ。

この曲は8月11日にジョンとジョージのコーラスをオーバーダブ。
ジョンは自分が好きな曲、リンゴの出番の時だけ協力するわけね。分りやすい。



7月23日早くもジ・エンドのベーシック・トラックを7テイク録音。
仮題が「Ending」となっており、アルバム最後の曲という認識で臨んだようだ。

3人のギター・ソロ回し部はこの時点では何を入れるか決まっていなかった。
And in the end….のピアノとボーカルの部分もまだない。

3人でソロを回すアイディアはジョン。彼は自分が3番目と主張していた。
ポールは最初を希望。
で、ポール→ジョージ→ジョンの順で2小節のソロを弾くことになった。
ジョンとポールはエピフォン・カジノ、ジョージはたぶんレスポールだと思う。




8月7日たった1テイクで3人はギター・ソロを決めた。ボーカルもこの日に収録。
8月16日に最後の歌の前のピアノ(2小節だけ)をオーバーダブ。



ポールの描く壮大なメドレーにジョンは否定的かつ非協力的だった。(3)
しかし「メドレーを埋めるために数曲ないか?」とポールが頼むとサン・キング、
ミーン・ミスター・マスタード、ポリシーン・パン(4)を提供してくれた。



サン・キングと次の曲であるミーン・ミスター・マスタードは1曲として録音。
7月24日に35テイク録音。25日と29日にオーバーダブが行われ完成。

ポリシーン・パンとシー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ
1曲として録音された。
7月25日にジョン(ag)ポール(b)ジョージ(g)リンゴ(ds)の編成で39テイク録音。
28日と30日にボーカル、コーラス、エレピなどオーバーダブを施し完成。



そして7月30日にアルバム後半のメドレー全曲の仮編集の作業が行われた。
ここからB面のメドレーをいかにつなげていくかという試行錯誤が始まる。




ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー〜サン・キングはクロス・フェイドでつなげようと
何度も試みたが、オルガンを入れる案に替わり、最終的にコオロギの声などのSE
(ポールが自宅で作った)でつなぐ案が採用された。



ハー・マジェスティは仮編集の段階では、ミーン・ミスター・マスタードとポリシー
ン・パンの間に収録されていた
プレイバックを聴いたポールはハー・マジェスティは省くようエンジニアに指示。

エンジニアがテープをカットして「切った分どうします?」と訊くと、ポールは
「捨てちゃえ」とあっさり言ったとか。





しかし「ビートルズに関するどんな物も捨ててはならない」と上から言われていた
エンジニアは、編集テープの最後に20秒の無音部分を挟んで継ぎ足しておいた


そしてそのままサンプルのラッカー盤が制作されたのだ。
ラッカー盤を聴いたポールは、最後に思いがけず聴こえてくる隠しトラックのような
ハー・マジェスティを面白がり、そのまま残すことにした。

ハー・マジェスティの曲頭のジャ〜ンはミーン・ミスター・マスタードの最後の音
最後が尻切れなのは次のコードがポリシーン・パンのイントロだからである。






ジョンによる美しい曲、ビコーズはこのセッションで4人が最後に取り組んだ曲。
ヨーコが弾くベートーヴェンの月光のコード進行に着想を得て書いたそうだ。

8月1日ジョージ・マーティンによるエレクトリック・ハープシコード、ジョンの
ギター、ポールのベース、リンゴのハイハット(ガイドとして各自のヘッドフォン
に流されただけで録音されていない)の編成で23テイク録音。


テイク16が選ばれ、その日のうちににジョン、ポール、ジョージが三声のコーラス
を録音した。マーティン卿にどう歌えばいいかアドバイスをもらう。
8月4日、コーラスパートを2回ずつオーバーダブする。

8月5日、ジョージがモーグ・シンセサイザーで間奏を入れ終了。
(ビートルズの録音でモーグ・シンセサイザーが使われたのはこれが最初!)




それに触発されたのか、翌6日ポールがマックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
にモーグ・シンセサイザーをオーバーダブ。



8月5日はスタジオ前の道路で「アビイ・ロード」のジャケット用写真撮影

撮影が終わってから、ジ・エンドにドラムとベースをオーバーダブ。
その後ポールは一人でオー・ダーリンにギターとタンバリンを、ジョンはアイ・
ウォント・ユーにシンセによるノイズ(周囲は反対した)をオーバーダブ。






8月15日、ゴールデン・スランバー、キャリー・ザット・ウェイト、ジ・エンド
ヒア・カムズ・ザ・サン、サムシングにストリングスを重ねる。

ジェフ・エメリックによるとサムシングは残り1トラックでストリングスとジョ
ジのギター・ソロを一緒に入れなければならない、オーケストラはけつカッチン(5)
でもジョージは一発であの間奏を決めた(6)という。


8月20日は第3スタジオのコントロール・ルームでアイ・ウォント・ユーの編集。
ジョンはの2つのテイクのどちらを使うか迷い、結局2つを繋ぎ合せることにした。
(4分37秒「She's so」のブレイク直後に切り替わるのが分かる)
また突然ふっと切れるエンディング(7)もジョンの判断だ。



アビイ・ロードの録音は完了。4人がスタジオに集まるのもこの日が最後(8)だった。


<脚注>