2017年2月25日土曜日

黒い河のほとり。黒い山のふもと。<ジミー・ペイジ続篇>

ジミー・ペイジの音楽性、ギター・スタイルがブリティッシュ・トラッドフォーク、
アイリッシュ、カントリー、インド音楽、アラブ音楽の影響を受けているということ
を前回書いたが、それがよく表れている曲が「Black Mountain Side」だ。

レッド・ツェッペリンのデビュー・アルバムのB面2曲目に入っている2分ちょっとの
短いインストゥルメンタル曲であるが、B面の流れを作るのに重要なブリッジとなり、
またアルバム全体にオリエンタルな独特のスパイスを与えている。


1曲目の「Your Time Is Gonna Come」がフェイドアウトしきらないうちに、イン
ド音楽風のアコースティック・ギターとタブラ(北インドの太鼓)による「Black 
Mountain Side」が始まる。

その演奏がふっと唐突に終わり次の「Communication Breakdown」のイントロへ。
何度聴いてもカッコいい。




↑1970年BBCライヴ演奏の「Black Mountain Side」が聴けます。


ペイジはD♭A♭D♭G♭A♭オープン・チューニングのギブソンJ-200を弾いている。
CIA(Celtic, Indian & Arabic)チューニングをさらに半音下げているのだ。
テンションが緩いため共鳴弦のドローン効果が増し、東洋的な響きが得られる。


ペイジはこのチューニングについて以下のように語っている。

「ぼく流のケルトとインドとアラブの融合さ。
あのギターはインドのシタールのスタンダード・チューニングに似せてあるんだよ。
と言ってもインド風なところもあればアラブ的なところもあってね。
それらの組み合わせで出来上がった曲は最終的には西洋音楽色が強いかな」




ツェッペリンのファンにはよく知られている話だが、この「Black Mountain Side」
にはバート・ヤンシュ(1)の「Blackwaterside」という元ネタがある。
ヤンシュが英国トラッド・フォーク歌手アン・ブリッグス(2)に伝授されたアイルラ
ンド民謡「Down by Blackwaterside」(3)を独自のギター奏法でアレンジした曲だ。

ヤンシュの4枚目のアルバム「Jack Orion」(1966年)に初収録されている。
ツェッペリンのデビュー(1969年)の3年前のことだ。

ヤンシュのチューニングはDADGADまたはドロップD(DADGBE)らしい。
3フレットにカポをして(2フレットの時もある)弾いている。




↑バート・ヤンシュの「Blackwaterside」が視聴できます。


ペイジはこのヤンシュ版「Blackwaterside」の特徴的なギター奏法を自作のインス
ト曲に組み入れた「Black Mountain Side」を発表した。(4)
度を越した改竄、パクリ、盗作ではないかという人も多い。



ヤンシュは激怒したそうだ。
「有名なロックバンドのよく知られているやつがその演奏を持って行ったったんだ。
自分たちの録音にそのまま使っているよ」と言っている。
別のインタビューでは「もともとトラッドだから誰がどう演奏してもいい」と正反対
の答えをしてる。心中複雑なものがあったのではないだろうか。

地道にフォーク・クラブ(5)でキャリアを積み上げてきたヤンシュとしては、鳴り物入
りでデビューした人気バンドに無断でリフを使われて不愉快だったのは間違いない。



広い視野に立てば、音楽とは先人たちの礎に影響されながら形成されて行くものだし
、ツェッペリンという偉大なロック・バンドを刺戟し音楽的に成長させたヤンシュの
功績は大きいと言える。

ツェッペリンの「Black Mountain Side」をきっかけにヤンシュを聴くようになった
人も多いはずだ。さらに掘り下げてアン・ブリッグスを知った人もいるだろう。


問題は作曲クレジットである。
ヤンシュの「Blackwaterside」は(trad.arr.Jansch)と表記されていた。
ところがツェッペリンの「Black Mountain Side」は(Page)になっている。

作曲家・演奏家としては著作権(=印税)という現実的な問題も孕んでいるわけで、
元々は作者不詳の伝承歌をアレンジしたものを「自作」と称して印税を稼ぐのは
どうなのよ、ということになる。
またヤンシュの施したアレンジと奏法は著作隣接権の対象になるはずで、転用する
のであればヤンシュの名前がクレジットされるべきだろう。


キースがライ・クーダーのリフをパクった件も同じ。
でもそのおかげで「Honky Tonk Women」という名曲が世に出たのも事実。



1977年のインタビューでペイジは「あの曲は全部が僕のオリジナルじゃないんだ。
フォーク・クラブの功績さ。最初にあのリフを聴いたのはアン・ブリッグスの演奏だ。
同じように弾いたよ。次にバート・ヤンシュのヴァージョン。僕が知る限り、彼が
アコースティック演奏を結晶させたんだ」と転用を認めている。

また「一時は本当にバート・ヤンシュに心酔していた」ともペイジは語っている。



↑バート・ヤンシュとアン・ブリッグスの「Blackwaterside」が視聴できます。



実は初期のツェッペリの楽曲の中にはメンバーたちの著作権認識が甘く、後に問題
になり作曲クレジットを変更した例がいくつかある。(6)


「Black Mountain Side」は原曲がトラデッィショナルだったせいか訴訟問題に
は至らなかったが、作曲クレジットを(Trad. arranged by Jansch and Page)
に改めるべきだったのかもしれない。ヤンシュが生きているうちに。

しかしペイジはヤンシュの奏法を拝借したことは認めたものの、クレジットは変えず
(Page)のままで通している。なぜだろう?


「Black Mountain Side」をヤンシュの「Blackwaterside」に対する単なるオマー
ジュというだけではなく、ペイジの鋭敏な感性と考察によって換骨奪胎され、新たに
甦った混合体(アマルガム)と捉えるならば、それはもうペイジのオリジナルの領域ま
で昇華された作品と解釈することもできる。
だから彼は(Page)というクレジットに固執したのかもしれない。



↑プラントがブルースハープを吹いている。屋外で何の曲を録音してるのだろう?




余談だがツェッペリンのオフィシャル・フォーラムでは「Bron-Y-Aur Stomp
もヤンシュの「The Waggoner's Lad」をベースにしているのではないか?いや
違う曲だ、という論議がされている。


「The Waggoner's Lad」もトラディショナルで本来は歌がある。
ジョーン・バエズの歌を聴くと「Bron-Y-Aur Stomp」とはまったく違う曲。
ヤンシュのヴァージョンはインストゥルメンタルだ。

確かにギター奏法を聴くとペイジはこれを参考にしているようにも思えるけど、
まあ、これくらいいいじゃないの、名曲なんだから(笑)


ちなみにBron-Y-Aur Stompはウェールズ州スノウドニア地方ブロンイアーにある 
コテージのこと。電気も通ってないらしい。
ツェッペリンのメンバーたちはここで休暇を過し曲作りをした。
Stompは足踏みの意。ステップを踏んで踊るダンスのこと。

「Bron-Y-Aur Stomp」はロバート・プラントが愛犬ストライダーに捧げた曲。
犬好きの僕としては嬉しくなってしまう。(7)



クリックすると1975年のライヴ演奏「Bron-Y-Aur Stomp」が視聴できます。

2017年2月18日土曜日

ジミー・ペイジは下手だったのか?<後編>

<ペイジのアコースティック・ギターの使い方は天下一品>

中学三年の時「ビートルズは終わった。これからはツェッペリンだ」と意気込んでい
た友人が「Led Zeppelin III」を発売初日に買った。

後日、彼に感想を聞くと「あまり良くない」とのこと。
2nd.のようなハードさを期待したのにアコースティックが多く拍子抜けしたらしい。



だが、ツェッペリンはアコースティック・ナンバーこそ肝じゃないかと僕は思う。
ツェッペリンが並み居るハードロック・バンドと一線を画すのは、アコースティック
の曲の奥行きの深さ、ペイジのアコースティック・ギターのセンスが大きい。

ジミー・ペイジのアコースティック・ギターはブリティッシュ・トラッドフォーク、
アイリッシュ、カントリー、インド音楽、アラブ音楽の色合いが感じられ、幻想的か
どこか翳のある、美しくも不思議な響きを持っている。



エレキと同じくアコギでも変則チューニングを多用している点も特徴的だ。
たとえば「Black Mountain Side」(この曲については次回詳しく書く予定です)
はDADGADチューニングで(レコードではさらに半音下げて)演奏している。


「That's the Way」は DGDGBD(オープンG)チューニング。
「Friends」はECGCAC(オープンC6)チューニング。
「Bron-Yr-Aur Stomp」はDADF#AD(オープンD)チューニング。(1)
「The Rain Song」はDGCGCD(オープンGsus4)チューニング。
美しいインスト曲「Bron-Yr-Aur」はCACGCE(オープンC6)チューニング。



↑写真をクリックすると「Bron-Yr-Aur」が聴けます。




<ジミー・ペイジ使用のアコースティック・ギター>


◆ギブソンJ-200

ツェッペリンの1枚目でペイジが使用しているのはギブソンJ-200。
ペイジの風貌にこのギターはよく似合う。が、本人のものではないそうだ。

1st.アルバムのレコーディングでアコースティック・ギターのサウンドが必要に
なったものの当時を所有していなかっため、ペイジはセッション仲間のビッグ・
ジム・サリヴァンに頼んで1963年製ギブソンJ-200を借りた。

「美しいギターだった。本当にすごいんだ。それまでそんな上質なギターに出会
ったことがなかった。すぐ弾けたよ。とても厚みのある音でね。ヘヴィー・ゲー
ジが張ってあったけど、そういう気分じゃなかった」とペイジは1977年のインタ
ビューで言っている。


近年の音楽雑誌で「『Babe I'm Gonna Leave You』ではアコースティック・
ギターにエレクトリック用の弦を張って弾いた」という記事を読んだことがある。
なるほど。あの緩んだような独特の音はそういうことだったのだ。

ペイジが抱えているJ-200の写真を見ると、確かにブロンズ弦ではなくシルバーの
ニッケル弦もしくはコンパウンド弦を張ってあるようだ。
3弦が巻き弦でないことからもエレキ用のニッケル弦と思われる。




↑クリックすると「Babe I'm Gonna Leave You」のレアなアウトテイクが聴けます。


1st.収録の「Your Time is Gonna Come」「Black Mountain Side」もこの
J-200を使用。
ペイジが1970年にマーティンのD-28を入手するまでJ-200は使用された。




◆マーティンD-28

ジミー・ペイジは1970年にマーティンD-28を手に入れる。
ヴィンテージではなくその当時のサイド&バックがインディアン・ローズウッド、
ピックガードが黒のスタンダード仕様のようだ。


D-28は3枚目〜4枚目のアルバムのレコーディングに、またそれ以降も頻繁に使用
されたと思われる。
前述のインスト曲「Bron-Yr-Aur」もD-28をオープンで弾いているらしい。
(かなり深いエコー処理がされている)


1975年にペイジはD-28にバーカスヴェリーのトランスデューサー型ピックアップ
(Model 1355)をブリッジ取り付け、同社のプリアンプ(Model 1330S)を
通すようになり、巨大スタジアムにおいてもD-28と他の楽器とのアンサンブルが
可能になった。

この頃のステージの写真では、ペイジのD-28にバーカスヴェリーがテープで固定
されてるいるのが確認できる。

1975年にロンドンのアールズ・コートで開催されたライヴではアコースティック
・セットが設けられ「Tangerine」「Going to California」「That's the Way」
「Bron-Y-Aur Stomp」の4曲がバーカスヴェリー装着のD-28で演奏された。




↑クリック!アールズ・コートでの「Bron-Y-Aur Stomp」ライヴ演奏 (1975)が聴けます。



1977年にペイジは2台目のD-28を購入。
同年のUSツアーでは先代のD-28をスタンダート・チューニング用に、2台目を
変則チューニング用にと使い分けていた。




◆ハーモニー・ソヴリン H1260

ペイジの愛器としてよく知られているのがこのハーモニー社のソヴリン。
「Stairway To Heaven」のあのアルペジオはこのギターでレコーディングされた。


ハーモニー社は1892年創業のアメリカのギター・メーカー。
カタログ販売でアメリカを席巻したシアーズ・ロバック社にOEM供給していた。
シアーズがシルバートーンというブランドで販売していたギター(2)は良質で安価だっ
たため初心者に人気があった。ハーモニー社もその製造メーカーの一つ。


ハーモニー社のギターは安価で二流イメージがあったが、フラグシップ・モデルの
ソヴリンH1260はトップがスプルース単板、サイド&バックがマホガニー単板としっ
かりした造のジャンボ・サイズ。1958〜1971に生産された。(3)





低音がよく響くふくよかな箱鳴りのするギターで中古市場でもいい値が付いている。
こういうギターに目をつけるところにもペイジのセンスの良さが表れている。





◆エコー・レンジャーVI

エコー社はイタリアのギター・メーカーで1964年の創業以来、安価にもかかわらず
その丈夫さと信頼性はヨーロッパで定評があった。
レンジャーVIはトップ材にシトカ・スプルース単板、サイド&バックにマホガニー
合板を使用したドレッドノート・サイズ。

42mm幅の細ネックでボディとの接合はエレキと同じボルト・ジョイント方式。
エレキからの持ち替えでも違和感なく弾けたはずだ。
1960年代のギブソンのようにサドルが可変式で弦高調整が可能であった。



ツェッペリンの2nd.アルバムの「Thank You」はモーガン・サウンドスタジオで
このレンジャーVIでリズム・トラックを録音したという記述がある。
ということはD-28入手の一年前にこのギターを使っていたということか。







◆エコー・レンジャーXII エレクトラ

エコー・レンジャーの12弦ギター。
ギブソンのJ-160Eのように、サウンドホールとネックの間にマグネット・ピックア
ップが仕込まれ、トップにボリュームとトーンのコントロール・ノブが付いている。
エレクトリックとしての使用時のハウリング対策からすべて合板の仕様。


1972年2月のメルボルンでのステージで「Tangerine」を弾いたという記録がある。
「Led Zeppelin III」収録の「Tangerine」のレコーディングにエコー・レンジャー
VIが使用されたという記載もあるが、音を聴く限り12弦ギターだ。
このレンジャーXII エレクトラが仕様されたのではないだろうか。




◆ジャンニーニ・クラヴィオーラ GWSCRA12-P

ジャンニーニはブラジルの大手楽器メーカー。
ペイジはリオ・デジャネイロを訪問した際ジャンニーニからクラヴィオーラという
個性的なデザインのギターを2台プレゼントされた。
1台は6弦でもう1台が12弦ギターのモデルGWSCRA12-P。

スプルース単板のトップにサイド&バックはローズウッド単板。
見た目もさることながら、音も個性的でエキゾチックな響きがある。


1971〜1972年のステージで「Tangerine」がこの12弦ギターで演奏された。
写真を見ると立ちマイクで音を拾っている。
他の楽器とのアンサンブルは難しいのでギター一本の演奏だったようだ。(4)




↑クリックすると1972年LAでの「Tangerine」ライヴ演奏が聴けます。



◆その他

ツェッペリン解散後は1984年のUKツアーでオベーション・エリートを、1995-〜
1996年のツアーではオベーション・アダマス II、その後オベーションのWネック
を使用していたようだ。

また1994年にはルシアのアンディ・メイソンにトリプル・ネックのギター(6弦+
12弦+マンドリン)を特注している。
これはジョンジーがメイソンに作ってもらったトリプル・ネックを参考にしたとか。

エレキもそうだがペイジのアコースティック・ギター・コレクションも相当なもの
で、しかも一癖も二癖もあるギターが多そうだ。


<脚注>

2017年2月11日土曜日

ジミー・ペイジは下手だったのか?<中編>

<ジミー・ペイジの演奏の特色>

ジミー・ペイジ奏法については解説本やチュートリアル動画があると思うので、実
際の弾き方はそちらに譲るとして、ここでは簡単にその特色だけ述べよう。

ペイジのギターはブルースを基本としたもので、ソロの際のフレーズはブルーノート
(1)とペンタトニック(2)を応用していることが多い。
それ自体は特色のあるものではない。ただその組み合わせの妙なのだろう。
ペイジはキャッチーなリフを生み出す天才であった。





前回書いたように、ペイジは作曲家、アレンジャー、プロデューサーの視点で楽曲を
最大限に生かすバッキングに務め、ソロもきっちりと曲の中で収束させている。
荒削りなフレーズやミスタッチもあるが、それがペイジの持ち味でもあると思う。


バッキングにおいてはペイジはパワーコードを多用した。
パワーコードとはハイポジションのフォームで低音弦側(6〜4弦のみ、または5〜3
弦のみ)を弾く奏法のこと。(3)

ルート音+5度のみで構成され3度が省かれるため、マイナーコードなのかメジャー
コードなのか分からないまま、ガツン!とダイナミックで重厚感のある音が出せる。







以降ハードロック、メタル系の音作りには欠かせない奏法として定着した。
パワーコードの先駆者はペイジだったのではないかと思う。
またペイジはパワーコードに開放弦を加えることでさらに重厚な響きを出していた。

ハイポジションのEではしばしば6弦の開放弦を、またハイポジションのAでは5弦
の開放弦を活かして共鳴させている。
この際2弦まで弾き、ルート音+3度+5度の和音を出すことも多かった。
ローポジションのAで6弦3フレットのGをAにベンドするのもペイジの得意技だ。



↑写真をクリックするとパワーコードを駆使したペイジ奏法のデモが視聴できます。




<ジミー・ペイジの使用ギター>

当時の写真からジミー・ペイジ=レスポール+マーシャルという思い込みがあった
が、ツェッペリンの1st.はすべてテレキャスターでレコーディングされたそうだ。
2nd.からレスポールが登場するが「Whole Lotta Love」「Stairway to Heaven」
間奏はテレキャスターを使用したという。

ペイジに言わせると「レスポールに聴こえるだろう?そういう音作りをしてるんだよ
。実はテレキャスターとレスポールの音は似てるんだ」とのことである。


ペイジが使用していたのは1959年製テレキャスター
ヤードバーズ時代にジェフ・ベックから譲り受けた(ベックがメインギターをエスク
ワイヤーに変更したため)もので、クリーム色のボディにはペイジ本人によるサイ
デリックなドラゴンのペイントが施されている。指板はローズウッド。






このテレキャスターはヤードバーズからツェッペリンの初期のレコーディングやツア
ーで使用された。
1970年代に友人にペイントを上描きされ、垂れた塗料で回路が破損したため使用不
能となり、ネックのみ1953年製チョコレート色のテレキャスター(パーソンズ製の
ストリングベンダー(4)搭載)に移植された。


ペイジの使用ギターで最も有名なのが1958年製レスポール・スタンダードのチェリ
・サンバースト(塗装が褪色しハニー・サンバーストに変化)だろう。(通称No.1)
トップのメイプル材の木目がはっきりしていて左右非対称なのが確認できる。(5)

1969年にジョー・ウォルシュから購入。同年の北米ツアーから使用され始めた。
ネックが削られ薄型のオーバル型になっているのは「テレキャスターから持ち替えて
レスポールの厚みのあるかまぼこ型ネックが弾きにくかったから」という説があるが、
ペイジによると「入手時には既にネックは削ってあった」とのこと。
ペグはゴールドのグローバー製ロートマチック式チューナー交換されている。





サブ・ギターとして使用されたのが1959年製レスポール・スタンダードのチェリー・
サンバースト(通称No.2)で、こちらの塗装も褪色しタバコ・サンバーストに近い。
木目はNo1.ほどはっきりしない。ネックは左右非対称に削られ幅が細くなっている。
ピックアップはセイモア・ダンカンに、ペグはニッケルのグローバーに交換してある。

No.2はバックアップ用として1973年に購入したとのこと。
1975年頃(ツェッペリン後期)から使用しているのが確認されている。
ツェッペリン解散後は回路が大幅に改造されたそうだ。



この他に1968年製レスポール・スタンダード(通称No.3)も使用していた。
元はゴールド・トップだったのをワインレッドにリフィニッシュし、ピックアップは
P-90(シングルコイル)からハムバッキングに交換されている。
ストリング・ベンダーも組み込まれているらしい。


ペイジが最初に手に入れたレスポールは1960年製のレスポール・カスタム・ブラック
ビューティ(3ピックアップ、ビグスビーのトレモロアーム付)だそうだ。
1962年に中古で購入し、セッション・マンとして活躍していた頃から愛用していた。
(前回掲載したセッション・マン時代のペイジの写真にも映っている)
このギターは1970年ツェッペリンのカナダ・ツアー中に盗難に遭ったそうだ。(6)


ペイジの愛器でレスポールの次に有名なのがギブソンSGダブルネックEDS-1275
ライヴで「Stairway to Heaven」を演奏する際12弦側でコードやアルペジオを奏で、
後半のソロは6弦側と効果的な使い方をしていた。





発売当初は受注生産のカスタムメイド・ギターであり、配線や外観など詳細は発注者
のリクエストにより異なっていたという。
ペイジのEDS-1275は1970〜1972年に製造されたもののようだ。




ダンエレクトロ3021は変則チューニング(7)でスライド用に使っていた。
チープな造りで線の細い芯のないサウンドと評されるが、逆に個性的な人間味のある
音色とも言えるわけで、こういうギターを使うところがペイジならではの目利きだ。
シンプルでレトロな外観もビジュアル重視のペイジのお眼鏡にかなったのだろう。





この他「Thank You」「Living Loving Maid」のレコーディングで使用したという
ヴォックス12弦ギター、フェンダー・エレクトリックXII、ツェッペリン後期に使っ
ていた1956年製ストラトキャスター(メイプルネック、サンバースト)、1966年
製テレキャスター (メイプルネック、ホワイトボディ、パーソンズ製Bベンダー搭
載)などペイジのギターを検証し始めるとキリがない。




<ジミー・ペイジのアンプとセッティング>

レスポールと同じく「ジミー・ペイジといえばマーシャル」のイメージが強い。

しかしツェッペリンの1st.は全編を通してスプロ(Supro)の小型コンボ・アンプ
1624T Dual Toneとテレキャスターという組み合わせだったそうだ。
このアンプの温かみのある音がペイジの言う「レスポールに似た音」を生み出す
イントになっていたのかもしれない。

ペイジが使用していたスプロはインプット・ゲインを上げ、スピーカーも入れ替え、
トレモロ用のフットスイッチを加えるなど、かなり改造されている。




ペイジの足元にあるのがスプロ1624T Dual Tone。
後の2台はリッケンバッカーTransonic)
写真をクリックするとスプロ1624T Dual Toneのデモ演奏が視聴できます。


2nd.からはレスポール+マーシャル1959の組み合わせがメインとなる。
が、1969〜1971年にツェッペリンのライヴにおいてメインで使用されていたの
ハイワットのカスタム100Wヘッドでキャビネットはマーシャル1960である。(8)






ジミー・ペイジ特有のあの「歪み」はファズやオーヴァードライヴなどのエフェクタ
ーによるものではなく、ハイワットのゲインを上げて得られたものだ。

ペイジがツェッペリン初期に使用していたエフェクターは、マエストロ社のエコープ
レックスEP-3(テープエコー)(9)とヴォックスのグレー・ワウ(10)のみである。(11)




↑マーシャルの上に置かれたエコープレックスEP-3を調整するペイジ。



ジミー・ペイジのサウンドの要はギター本体とアンプのセッティングにある。
ペイジ本人も絶賛したという米国のツェッペリン・トリビュート・バンドのギタリス
ト、ジミー桜井氏の解説によると・・・・

アンプ側のセッティングはトレブル10、プレゼンス9、ミドル8、ベースは0に設定。
ローカットに徹しているがマーシャルのキャビネットの箱鳴りが低域の迫力を補う。
さらに前述のエコープレックスEP-3をブースターとして通すことで、低音域をカット
し高音域を強調しながらも温かみのある太い音作りをしているらしい。


ギター本体のピックアップはフロント+リアのミックス
ヴォリューム、トーンのコントロールによって(アンプ側のセッティングを変えるこ
となく)音色に変化を与えている。
ギター本体のヴォリュームを上げれば太く歪んだ甘い音色が得られる。
ヴォリュームを絞った時はきらびやかなクリーントーンが出せるわけだ。






※次回はジミー・ペイジのアコースティック・ギターについて書く予定です。


<脚注>

2017年2月5日日曜日

ジョン・ウェットンの隠れた名作。

ジョン・ウェットンが亡くなった。
「結腸癌の治療に専念するため北米で開催するエイジアのツアーに参加できない。
残念だが年内にはステージに戻るつもりだ」と復帰を誓っていたばかりだった。



ウェットンの名前はプログレ・ファン以外にはあまり馴染みがないかもしれない。

第3期キング・クリムゾン(1973〜1974年「太陽と戦慄」〜「レッド」)でヴォ
ーカルとベースを担当し、解散後ユーライア・ヒープに移籍(1975〜1976年)。
1978年にはU.K.を結成。

1980年代にはスティーヴ・ハウ(元イエス)、カール・パーマー(元ELP)、ジェ
フ・ダウンズ(元イエス)と共にプログレ界のスーパーグループ、エイジアを結成。
「プログレッシヴ・ロックのエッセンスをポップスとして鏤めた3分半の楽曲」とい
うスタイルを確立し成功を収めている。





ウェットンは第6期ロキシー・ミュージックに参加していた時期もある。(1976年)
その間はロキシーの新作が制作されていないので、彼の演奏が聴けるのはライヴ盤
「Viva! 」のみであるが。

このロキシー在籍時に一緒だったギタリストのフィル・マンザネラとの連名で一枚
だけ「ウェットン・マンザネラ(Wetton Manzanera)」(1987年)というアル
バムを発表していたのをご存知だろうか。


エイジアのバンド内に軋轢が生まれスティーヴ・ハウが脱退。
3作目の「アストラ」(1985年)が期待したほど売れずエイジアは活動を凍結。
ウェットン・マンザネラはその直後の単発プロジェクトであった。




エイジアのようなプログレ感、ドラマ性や重厚さはなく、メロディアスでノリがよ
く程よくライト。
AORに通じるような聴きやすさ。円熟した大人ロックなのだがそこは英国流。
全編を通して微かな翳りと憂いが感じられ、独特の雰囲気を漂わせている。

連名ではあるがすべてウェットンの作品でミディアム〜スローな曲が続く。
「It's Just Love」「Round In Circles」はキレのいいリズムに乗せた哀感漂う
メロディと仕立てのいい服のような上質なサウンドが魅力で癖になりそう。
「Suzanne」はバラードの名曲中の名曲と言っても過言ではない。
この3曲はカセットのコンピレーションに入れて車でもよく聴いた。




↑クリックするとウェットン・マンザネラの「It's Just Love」が聴けます。



エイジアのプレッシャーから解放されたかのようなリラックスしたウェットンの
のびのびした(良い意味でまったりした)ヴォーカルとメリハリの効いたベースが
堪能できる。

全編にまぶされたフィル・マンザネラのギターは煌びやかで浮遊感があり、さり気
ないが小粋な味付けになっている。
ロキシーの「アヴァロン」のサウンドは大好きだけど、ブライン・フェリーの変態
っぽい歌い方が苦手、という人にも聴きやすいと思う。






アラン・ホワイト(イエス)がドラムで、ケヴィン・ゴドレイ(10CC、ゴドレイ
&クリーム)がコーラスで参加している点も見逃せない。
そのせいか「It's Just Love」は10CCのアルバムに入っていてもおかしくないよ
うな気がする。

キング・クリムゾンはデビユー作の「クリムゾン・キングの宮殿」だけ、エイジア
もほとんど聴かなかった、という僕だがなぜかこの地味なアルバムは思い出深い。



ジョン・ウェットンの訃報を受けフィル・マンザネラが追悼コメントを発表した。


Very sad to hear about the death of my good friend and fellow musical 
explorer John Wetton. 
We had so many fun times together 
its difficult to comprehend that he wont be around to share our experiences. 
His extraordinary talent as bass player, singer and composer was a wonder 
to behold .
it was a joy and privilege to know him. We will all miss him. RIP.
Phil Manzanera


良き友であり音楽を探求してきた仲間であるジョン・ウェットンの死を知りとても
悲しんでいます。
私たちは一緒にすばらい時間を過ごしました。
もうそばにいていろいろなことを共にできないのがうまく受け入れられません。
彼のベーシスト、シンガー、作曲家としての並外れた才能は本当にみごとでした。
ジョンと知り合えたことは大きな喜びであり特権もあります。
彼がいなくなってとても寂しくなりますね。ご冥福をお祈りします。

注)「RIP.」は「rest in peace」の略語で「安らかに眠れ」の意味。


<参考資料:BARKS、amass、Wikipedia他>