2019年9月1日日曜日

アビイ・ロードへと続く長く曲がりくねった道<後篇>

5月6日オリンピック・スタジオでユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーに着手。
ポール(p)リンゴ(ds)ジョン(g)ジョージ(g)の編成で36テイクを録音。

・・・と記録にはあるが、ブートを聴く限りジョンは何をやってたんだろう?
テイク36が2019ミックスのアウトテイクに収録されるのでそれで判明するか?
ジョージのオブリは削られた箇所もあるが、ほとんど完成テイクに採用されている。
ポールのボーカルも部分的な差し替えとオーバーダブだろう。


↑ユー・ネヴァー〜テイク36。最後のはちゃめちゃな脱線ぶりがいいですな(^^)



この後2ヶ月近く、アビイ・ロード・セッションは中断。
その間アルバム「ゲット・バック」のミキシングが行われていたが、ジョージ以外
の3人は海外にいた。(本当に丸投げなんだ!)
ジョンはカナダで2回目のベッドインを行い「平和を我等に」を録音。


7月1日ポールがアビイ・ロード第2スタジオでユー・ネヴァー〜のヴォーカル録音。
この日を境にポールの頭の中ではアルバムの方向性が固まったらしい。

7月2日から本格的なセッションを再開。



↑楽しそう♪


ジョンはスコットランドで自動車事故を起こし(用水路に突っ込んだそうな)入院
していたため、7月7日までジョン不在のまま3人で行われた。


ポールは当時スタジオから歩いてすぐの所に住んでいたため、他のメンバーよりも
早く来て先に作業を始めていることが多かったようだ。
この日もマーティンD-28の弾き語りで、ハー・マジェスティーを3テイク録音。


その後3人でゴールデン・スランバーキャリー・ザット・ウェイトを録音。
この2曲は最初から併せて録音されている。(既にメドレーの構想があったのだろう)

ポール(p))ジョージ(b)リンゴ(ds)の編成で15テイク録音。
ジョージが弾いたのはフェンダー・ジャズベースだと思われる。






翌3日ポールとジョージがギターをオーバーダブ。
3人でBoy, you're gonna carry that weight … a long timeのコーラスを入れる。
つまり、あのユニゾンのコーラスにジョンは加わっていないということ。


ジョン不在のまま、7月7日にヒア・カムズ・ザ・サンを録音。
ジョージのアコギとガイドボーカル、ポール(b)リンゴ(ds)で13テイク録音。
翌8日にジョージのボーカル、ポールのコーラスを録音。

この後、断続的にオーバーダブが行われた。
7月16日にはハーモニウムと手拍子を。
8月6日、ジョージがエレキをオーバーダブ。
(このトラックは最終的に採用されなかった。潔くエレキをカットしたのは正解)



↑ヒア・カムズ・ザ・サンのカットされたエレキギターのトラックが聴けます。



7月9日マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマーのベーシック・トラックを録音。
この頃ジェフ・エメリック(1)もエンジニアの椅子に復帰している。

そして、この日やっとジョンがスタジオに戻ってきた。。。。が、、、

ヨーコは重傷で妊娠中だったため、絶対安静を命じられていた。
片時も離れられないジョンはヨーコのためにハロッズにダブルベッドを注文。
スタジオ内に運び込ませた。他の3人は唖然。。。。



↑ヨーコがベッドから撮った写真と思われる。みんな嫌だっただろうなー。



翌10日ポールのピアノとボーカル、ジョージ・マーティンのオルガン、ジョージ
のギター、コーラス、リンゴが叩くハンマーの音(2)をオーバーダブ。
ベッドでいちゃついているジョンへ「こっちに来て一緒に歌ってくれないか」と
ポールは声をかけたが、ジョンは「嫌だ」と断った。

ゲット・バック・セッションで何度もこの曲をやらされてジョンは嫌っていた。
したがってマックスウェルズ〜でもジョンは参加していない



7月17日オクトパス・ガーデンにブクブクのSEやコーラスを仲良く入れる。
翌18日リンゴのボーカル録音。



7月17〜23日までポールは一人で朝一(といっても昼過ぎ)でスタジオに来て、
オー・ダーリンを1回だけ歌って録音するという作業を繰り返す
何度も歌い込んでメロディーをモノにするのと、朝一の声の調子いい時を狙って
録音を繰り返したようだ。




サビの野太い声でのシャウトはこうした努力の賜物。
以前だったらこんなの一発でできたのに」とポールはとつぶやいたそうだ。
まだ27歳ですよ。でもアイム・ダウンの頃みたいに易々とは行かなかったんだ。

この曲は8月11日にジョンとジョージのコーラスをオーバーダブ。
ジョンは自分が好きな曲、リンゴの出番の時だけ協力するわけね。分りやすい。



7月23日早くもジ・エンドのベーシック・トラックを7テイク録音。
仮題が「Ending」となっており、アルバム最後の曲という認識で臨んだようだ。

3人のギター・ソロ回し部はこの時点では何を入れるか決まっていなかった。
And in the end….のピアノとボーカルの部分もまだない。

3人でソロを回すアイディアはジョン。彼は自分が3番目と主張していた。
ポールは最初を希望。
で、ポール→ジョージ→ジョンの順で2小節のソロを弾くことになった。
ジョンとポールはエピフォン・カジノ、ジョージはたぶんレスポールだと思う。




8月7日たった1テイクで3人はギター・ソロを決めた。ボーカルもこの日に収録。
8月16日に最後の歌の前のピアノ(2小節だけ)をオーバーダブ。



ポールの描く壮大なメドレーにジョンは否定的かつ非協力的だった。(3)
しかし「メドレーを埋めるために数曲ないか?」とポールが頼むとサン・キング、
ミーン・ミスター・マスタード、ポリシーン・パン(4)を提供してくれた。



サン・キングと次の曲であるミーン・ミスター・マスタードは1曲として録音。
7月24日に35テイク録音。25日と29日にオーバーダブが行われ完成。

ポリシーン・パンとシー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ
1曲として録音された。
7月25日にジョン(ag)ポール(b)ジョージ(g)リンゴ(ds)の編成で39テイク録音。
28日と30日にボーカル、コーラス、エレピなどオーバーダブを施し完成。



そして7月30日にアルバム後半のメドレー全曲の仮編集の作業が行われた。
ここからB面のメドレーをいかにつなげていくかという試行錯誤が始まる。




ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー〜サン・キングはクロス・フェイドでつなげようと
何度も試みたが、オルガンを入れる案に替わり、最終的にコオロギの声などのSE
(ポールが自宅で作った)でつなぐ案が採用された。



ハー・マジェスティは仮編集の段階では、ミーン・ミスター・マスタードとポリシー
ン・パンの間に収録されていた
プレイバックを聴いたポールはハー・マジェスティは省くようエンジニアに指示。

エンジニアがテープをカットして「切った分どうします?」と訊くと、ポールは
「捨てちゃえ」とあっさり言ったとか。





しかし「ビートルズに関するどんな物も捨ててはならない」と上から言われていた
エンジニアは、編集テープの最後に20秒の無音部分を挟んで継ぎ足しておいた


そしてそのままサンプルのラッカー盤が制作されたのだ。
ラッカー盤を聴いたポールは、最後に思いがけず聴こえてくる隠しトラックのような
ハー・マジェスティを面白がり、そのまま残すことにした。

ハー・マジェスティの曲頭のジャ〜ンはミーン・ミスター・マスタードの最後の音
最後が尻切れなのは次のコードがポリシーン・パンのイントロだからである。






ジョンによる美しい曲、ビコーズはこのセッションで4人が最後に取り組んだ曲。
ヨーコが弾くベートーヴェンの月光のコード進行に着想を得て書いたそうだ。

8月1日ジョージ・マーティンによるエレクトリック・ハープシコード、ジョンの
ギター、ポールのベース、リンゴのハイハット(ガイドとして各自のヘッドフォン
に流されただけで録音されていない)の編成で23テイク録音。


テイク16が選ばれ、その日のうちににジョン、ポール、ジョージが三声のコーラス
を録音した。マーティン卿にどう歌えばいいかアドバイスをもらう。
8月4日、コーラスパートを2回ずつオーバーダブする。

8月5日、ジョージがモーグ・シンセサイザーで間奏を入れ終了。
(ビートルズの録音でモーグ・シンセサイザーが使われたのはこれが最初!)




それに触発されたのか、翌6日ポールがマックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
にモーグ・シンセサイザーをオーバーダブ。



8月5日はスタジオ前の道路で「アビイ・ロード」のジャケット用写真撮影

撮影が終わってから、ジ・エンドにドラムとベースをオーバーダブ。
その後ポールは一人でオー・ダーリンにギターとタンバリンを、ジョンはアイ・
ウォント・ユーにシンセによるノイズ(周囲は反対した)をオーバーダブ。






8月15日、ゴールデン・スランバー、キャリー・ザット・ウェイト、ジ・エンド
ヒア・カムズ・ザ・サン、サムシングにストリングスを重ねる。

ジェフ・エメリックによるとサムシングは残り1トラックでストリングスとジョ
ジのギター・ソロを一緒に入れなければならない、オーケストラはけつカッチン(5)
でもジョージは一発であの間奏を決めた(6)という。


8月20日は第3スタジオのコントロール・ルームでアイ・ウォント・ユーの編集。
ジョンはの2つのテイクのどちらを使うか迷い、結局2つを繋ぎ合せることにした。
(4分37秒「She's so」のブレイク直後に切り替わるのが分かる)
また突然ふっと切れるエンディング(7)もジョンの判断だ。



アビイ・ロードの録音は完了。4人がスタジオに集まるのもこの日が最後(8)だった。


<脚注>

2019年8月22日木曜日

アビイ・ロードへと続く長く曲がりくねった道<前篇>

バック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンに乗って1969年に戻ってみよう。
緑字は当時の僕の目線。黒字は同時期ビートルズは何をしていたか。青字は注釈





1969年1月21日、ホワイト・アルバムの日本盤が店頭に並んだ。
英国でのリリースから2ヶ月遅れの発売だった。

中学一年生のお小遣い事情では4000円のLPは手が出ず。
学校の帰りチャリでヤマハに行っては、欲しいな〜と眺めていた。
同級生で3人が購入。カセットテープに録音させてもらった。

その頃、海の向こうのロンドンでビートルズがゲットバック・セッションを開始し
ていたこと、それがお蔵入りになり、紆余曲折あってアビイ・ロードが生まれる
ことを知る由もなかった。



年明けの1969年1月2日トゥイッケナム映画スタジオでリハーサルが始まった。


ホワイト・アルバム制作の過程でバンドの分裂を危惧したポールは「原点に帰ろう、
一発録りでオーバーダブはなし」と提案する。これにはジョンも賛成。

さらに「リハーサルからレコーディングの様子をフィルムに収め、TV特別番組として
放送する、そのフィナーレとして観客の前でのライブを行う」とポールは話を進める。
他の3人は映像収録、ライブ・ショー(1)には消極的。





寒々とした映画スタジオでのセッションはまとまりがなく不協和音が出始める。
ポールは仕切ろうと空回り。ジョンはやる気なしでヨーコといちゃつく。
ジョージは自分の曲をみんなが真剣にやらない、ポールに弾き方をあれこれ指示
れる、ジョンがヨーコの言いなりであることに不満を爆発させスタジオを出て行く。
1月14日にセッションは中断。


その後の話し合いで、ライブ・ショーの企画はなし、セッションの場所をアップル社
の地下スタジオに移すということになり、1月21日からセッションが再開された。

ジョージが誘ったビリー・プレストン(kb)の参加により音の厚み、R&B色が加わる。
またメンバー間の緊張感も和らぎ、雰囲気が良くなった。

曲も絞り込まれ、テイクを重ねていく。
映像作品のハイライトとして1月30日、アップル社屋上でライブを敢行。
翌31日、ライブ向きでない3曲をレコーディング。一応セッションは終了。







90時間以上の録音テープ、撮影フィルムが手つかずのまま残された。



2月22日、トライデントスタジオにてレコーディング再開。
3週間の中断はビリー・プレストン(kb)とプロデューサーのグリン・ジョンズ(2)
の不在、ジョージが扁桃腺手術で入院していたため。
この時点ではアビイ・ロードの構想はなくゲット・バックを仕上げる気だったらしい。




↑ポールの横に立っているのがプロデューサーのグリン・ジョンズ。




4人はアイ・ウォント・ユーに取り掛かる。
この日はリハーサルを兼ね、ベーシック・トラックを35テイク録音。
3つのテイクからいいとこ取りで編集し、マスター・テイクが作られた。
(試験的にポールが歌ったテイクもある→2019リミックスで聴けるのか?)


曲のアウトラインは既に1月中にできていたようだ。(3)
屋上コンサートのテープ・リール交換の間4人はGod Save the Queen(英国国歌)
を即興演奏したり、軽くジャムっている。
ジョンはアイ・ウォント・ユーを数小節、披露した。


2月25日にジョージは一人スタジオに赴き、サムシング、オールド・ブラウン・シュー
、オール・シングス・マスト・パスのデモを録音。(4)



↑ジョンのエピフォン・カジノを借りて弾くジョージ。


3月初旬、ジョンとポールはグリン・ジョンズにアルバム制作を依頼
「1月に録音した大量のテープのことは覚えてるよね?後はまかせるからよろしく」
もうゼネコン真っ青の丸投げ(汗)

グリン・ジョーンズは3月10日からゲット・バック・セッションをアルバムとして
まとめるべく、テープの山と格闘し使用する音源を選ぶ作業を開始する。



日本では3月21日にイエロー・サブマリンが発売された。(英国は1月17日発売)
ホワイト・アルバムからまだ2ヶ月しか経っていないのに。(映画公開は半年後)
店頭にはビートルズの新譜として、2枚のアルバムが並ぶことになった。


4月11日ゲット・バック/ドント・レット・ミー・ダウンのシングルが英国で発売。
(ポールがミックスやり直しを要求したため、店頭に並んだのは数日後だった)
日本盤の発売は6月1日。4月下旬にはもうラジオで流れていたような。




↑ホワイト・アルバムより写真を転用。あいかわらず雑なジャケットだ。
日本ではこのシングルからアップル・レーベルに変わり、ステレオ盤になった。



近いうちに新しいアルバムが発売される、という記事がミュージックライフに掲載。
タイトルはGet Back with Don’t Let Me Down and 9 other songsだとか。

デビュー・アルバムPlease Please Me with….のパロディとは気づかなかった。
もちろんPlease Please Me with….と同じ場所で撮影され、同じレイアウトのジャケ
ットが用意されている、ということも少なくとも日本では誰も知らなかっただろう。



5月13日マンチェスターのEMI本社で撮影場所も構図もデビュー・アルバムと同じ。




しかし一向にその長ったらしいタイトルのアルバムが出る気配はない。
どうなってるんだ?

間もなく次のシングル、ジョンとヨーコのバラード/オールド・ブラウン・シュー
が発売された。(英国は5月30日、日本は7月10日)
ゲット・バック発売から一ヶ月半、まだチャート1位だった時期である。



↑レボリューションのPVからキャプチャーした写真。そんなに宣材が乏しかったのか?



ジョンとヨーコのバラードは二人が再婚した時の騒動を綴ったジョンの私的な曲。
プラスチック・オノ・バンドでやるべき内容だが、まだ結成前だった。
即リリースしたかったジョンはポールに電話で手伝ってくれるよう頼む。
ポールは二つ返事でオッケー。

4月14日リンゴとジョージが不在だったため、ジョンとポール二人だけで録音
ドラム役のポールにジョンが「Ready?Ringo」と言えばポールは「Okay George」。
ビートルズの仲が険悪になっていた時期だが、この日の二人は和気藹々。
これが功を奏したのではないだろうか。



↑リンダが撮影。いい写真だ。ポールもお気に入りだという一枚。





4月16日からサムシングオールド・ブラウン・シューに着手。
オールド・ブラウン・シューは4テイクでベーシック・トラックの録音を終了。
4月18日にはオルガンとギターをオーバーダブして完了。


この日はアイ・ウォント・ユー(2月22日にトライデントスタジオで制作したテイク
)にもジョンとジョージがギターをオーバーダブ。

4月20日にオー・ダーリンのベーシック・トラックを録音。
ポール(b)ジョン(p)ジョージ(g)リンゴ(d)の編成でライブで26テイク録られた。

4月26日からオクトパス・ガーデンの録音が始まる。
ポール(b)ジョン(g)ジョージ(g)リンゴ(d)の編成で32トラック収録。
ジョンはドノヴァン直伝の3フィンガーを弾いた。
リンゴの人柄のせいか、このセッションは和やかな雰囲気で行われた。

アイ・ウォント・ユー、オー・ダーリン、オクトパス・ガーデンの3曲はゲット・
バック・セッションでも断片的に演奏されている。
まだゲット・バックの延長線上という意識だったのではないか。





↑EMIアビイ・ロード第2スタジオ。階段の上にミキシングルームがある。


彼らにはグリン・ジョンズに丸投げしたゲット・バックの作業も残っていた
4月30日にはレット・イット・ビーにジョージがギター・ソロ(レズリーの回転
スピーカーに通した)がオーバーダブ。
「原点回帰で一発録り」のゲット・バックのコンセプトは既に崩れていた。



ポールはジョージ・マーティンに「もう一枚アルバムを作りたい。プロデュース
してくれないか。」と申し出る。

マーティンはホワイト・アルバムの中盤で降板し、ゲット・バック・セッションも
実質的にはグリン・ジョンズに任せ、ビートルズと距離を置いていた。
マーティンは「本当に昔のようにやるんだね?そうじゃないなら断る」と応え、
「ジョンが積極的に関わるなら」という条件で引き受けた。



4人は再びアビイ・ロードスタジオに集結する。








そのゲット・バックはグリン・ジョンズの苦労でアルバムの体裁が整ったのが5月28日。
ビートルズの意図を汲んで中途半端なリハーサルテイクや会話も散りばめられていた。
しかし却下。特にジョンは「ヘドが出そうだ」と嫌悪感を露わにした。

この日のマスター(5)からサンプル盤が作られ米国のラジオ曲に配布された(これを
元に海賊盤が作られた)にもかかわらず、延期に次ぐ延期(6)の泥沼状態。
先にアビイ・ロードが発売された。(英国9月26日、日本10月21日)



夏だったと思うが、ミュージックライフに「ビートルズの新譜はロックンロール・
アルバムになるだろう」と紹介されていた。
アビイ・ロードのこととは露知らず。
Get Back with….は何処へ?内容が変わったのか?と腑に落ちなかった。





アビイ・ロード・セッションはいつ始まったのか?

アイ・ウォント・ユーの録音開始と考えるなら2月22日と言えるだろう。

しかしこの時点では、いや、4月16日のサムシング、オールド・ブラウン・シュー、
4月20日〜のオー・ダーリン、4月26日〜のオクトパス・ガーデン5月2日〜のサムシン
グのリメイクの時点でもゲット・バック・セッションの延長と捉えていたのではないか。

もう一枚別なアルバムアビイ・ロード)の構想はまだなかったはずだ。

4月16日〜5月2日の録音はクリス・トーマスが立ち会っている。
が、5月5日(サムシングへのベースとギターのオーバーダブ)以降はすべてジョージ・
マーティンが仕切っている。
(ポールがマーティンにプロデシュースを依頼したのは4月下旬か5月頭か?)

ということは、5月6日のユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーの録音開始
本格な作スタート点と見ていかもしれない。
まだアルバムの全体像も見えずB面メドレーの着想もできていなかったようだが。

(後篇に続く)


<脚注>

2019年8月11日日曜日

アビイ・ロード 2019リミックスは買いか?<予習編>

50年前の1969年8月8日、世界で最も有名なバンドのメンバーがロンドンのEMI
レコーディング・スタジオに隣接するアビイ・ロードの横断歩道を一列で渡った。

ジョンを先頭にリンゴ、ポール、ジョージの4人は横断歩道を3往復した。
撮影された写真は6枚。
5枚目が彼らが最後に録音したアルバムのジャケットに使用された。
アルバムのタイトルはスタジオ前の並木道の名前に由来している。




↑こんな俯瞰の写真もあった?クレーンで撮ったのか?と思いきや。これはフェイク。
フリー・アズ・ア・バードのPVからキャプチャーしたらしい。




↑裏ジャケ写のアウトテイク?と思いがちだがこれもフェイク。PVからキャプチャー。



当初はアルバム・タイトルをエベレストとし、実際にヒマラヤで撮影するという案
も出ていたがメンバーたちは乗り気じゃなかった。特に旅行嫌いのリンゴは。

じゃあ、この近くで写真を撮ってアビイ・ロードというタイトルにすればいい
リンゴの発言だという説もあるし、ポールの案だとも言われている。





↑いずれにしても具体的なジャケ写のイメージはポールの頭の中にあったようた。
彼が描いたスケッチに沿って撮影が行われたことが伺える。



4人は朝10時にEMIスタジオに集合。門を出てすぐ外の横断歩道へ。
カメラマンのイアン・マクミランが脚立の上カメラを構え、警察官が信号を操作して
交通を遮断している10分間に撮影は行われた。

EMIスタジオの近所、キャベンディッシュ・アベニューに住んでいたポールはスーツ
にサンダル履き、という格好で現れた。暑い日だったという。




↑待機中の4人。ポールはサンダルを履いている。


今でこそこういう着崩しは一般的でクールだが、サンダルはまずいとカメラマンから
注文が入ってしまう。(なにしろホテルもサンダルでの入館は不可という時代だ)

ポールは「じゃ、脱げばいいんだろ」と裸足になる。
撮影前半はポールがまだサンダルを履いているカットもある。

ジョンのスーツにスプリングコート(フランスのテニスシューズ)も前衛的だ。





この日のレコーディングは2時半からだったため、撮影終了後に一旦解散。
ポールはジョンを連れて自宅へ戻り、ジョージはマル・エヴァンスと一緒にロンドン
動物園へ、リンゴは買い物に出掛けた。

2時半にスタジオに再集合。「ジ・エンド」にドラムとベースをオーバーダブ。
その後ポールは一人で「オー・ダーリン」にギターとタンバリンをオーバーダブ。
ジョンは「アイ・ウォント・ユー」にムーグによるノイズをオーバーダブ。


4月中旬から始まったセッションは終盤に差し掛かっていた。
8月20日に「アイ・ウォント・ユー」が完成(1)。アルバムの曲順(2)を決める。
4人がスタジオで集まってセッションしたのはこの日が最後となった。



1969年9月26日、アルバム「アビイ・ロード」発売。
ビートルズの最後のレコーディングにして最高傑作の誉れ高いロックの金字塔。

アビイ・ロードは世界一有名な横断歩道として今も観光客が絶えない。
毎年何万人ものファンがこの聖地を訪れ、横断歩道を渡る写真スポットでもある。

この場所は歴史的なランドマークとして保護され(横断歩道の位置は変わったが)、
アビイ・ロード・スタジオは世界の音楽業界でも象徴的な存在となっている。






あれから50年。9月27日に50周年記念2019リミックス盤が発売される




今回はサージェント・ペパーズの時と同じく通常盤(1CD)、デラックス・エディション
(2CD)、スーパー・デラックス・エディション(3CD+Blu-ray Audio)の3種。
プロデューサーはジャイルズ・マーティン、ミキシング・エンジニアはサム・オケル
と同じなので、音の傾向も同じだろう。

デラックス・エディション(2CD)はオリジナル・アルバムの2019年版リミックスCD
アウトテイク・デモ音源をアルバムの曲順に収録したCDがセットになっている。



スーパー・デラックス・エディション(3CD+Blu-ray Audio)はアウトテイク・
デモ音源が2枚のCDに収められ、LPサイズのボックス入り。。
尚、4枚中3枚のジャケットはアウトテイクの写真が使用されているようだ。

豪華ブックレットには未発表のレアな写真(ほとんどはリンダ・マッカートニー撮影)、
初出の手書き歌詞、スケッチ、ジョージ・マーティンの手書き楽譜、ビートルズ関係
の手紙のやり取り、レコーディング・シート、テープのボックス、印刷広告の復刻が
網羅されている。




※LP盤も1LP、3LP、1LP(ピクチャーディスク)が用意されている。



さて、どれを買うべきか?

マニアックなコレクターは迷わずスーパー・デラックス・エディションを選ぶだろう。
僕はデラックス・エディション(2CD)にするつもりだ。
Blu-ray Audioも豪華ブックレットも不要だし、ボックスが場所をとるのが嫌だから。


スーパー・デラックスでしか聴けないアウトテイクは?というと。。。




グッドバイ(ポールがメリー・ホプキンに用意したデモ。公式には初収録)(3)
カム・アンド・ゲット・イット(バッドフィンガー用のポールの多重録音デモ)(4)

ジョンとヨーコのバラード、オールドブラウン・シューのアウトテイク
→これはちょっと聴いてみたい。

ビコーズ、サムシング、ゴールデン・スランバー〜キャリー・ザット・ウェイトの
インスト、ストリングスのみ→要らない。

ザ・ロング・ワン(B面メドレーの仮編集、ハー・マジェスティが真ん中に入る。(5)

聴きたいものだけダウンロードすればいっかー、と割り切ることにした。


美味しいところはデラックス・エディション(2CD)に凝縮されていると思える。




そして肝心の本編のリミックス! かなり期待できそうですよ。
サムシングのみYouTubeにアップされているが、聴いて驚いた。

レスリーの回転スピーカーを通したテレキャスターによるバッキング、埋もれていた
オルガンがよく聴こえる。ストリングスも大きくなった(大きすぎじゃない?)。
ドラムの迫力。サビでのタム連打はセンターで響き、ハイハットが左から煽る。
ジョージによるオブリ、ソロのギターも艶っぽい。
やはりスライドだろうか?(ジェフ・エメリックはそう証言している)
ジョージの声も魅力的だ。ダブルトラッキングではセンターと左に分かれる。
サビではポールも一緒にハモっているような。




↑写真をクリックするとサムシング2019リミックスが聴けます。

※この他、ジョージ単独のデモ、ストリングスのみ(6)、もアップされている。
デモは既出のアンソロジーではギター弾き語りだったが、今回の音源はピアノも
オーバーダブされている。

<脚注>

2019年8月6日火曜日

ビートルズ完コピ呪縛から逃れ弾き語りしてみる(2)

前回ベン・テイラーの I Wll を紹介したが、今回は本家本元、父親のジェイムス・
テイラー節のビートルズ弾き語りを2つ紹介しよう。

最初のは JTが1970年にBBCスタジオ・ライブで披露した一曲。
With A Little Help From My Friends だ。


↑JTのWith A Little Help From My Friends (1970)が視聴できます。


JTはワーナーブラザーズからデビューした直後、まだ22歳という若さだ。
当時、恋仲であったジョニ・ミッチェルがプローションのため渡英してBBCに
出演するのに、一緒にくっついてきてしまったのだ。

BBCと観客、そして視聴者/聴取者にとっては嬉しいサプライズだっただろう。
理由は分からないが、TVではJT、ジョニそれぞれ単独出演として放送された。
(スタジオのセットは同じでピアノも置かれたままなので同日収録と思われる)

FMではジョニのソロ、JTのソロ、共演パートとしオンエアされている。


TVとFMでは収録曲も違う。

FMでのJTの演奏曲はRainy Day Man、Steamroller。
後半、Carolina In My Mind、California、For Free、The Circle Game、
You Can Close Your Eyesでジョニと共演している。

一方、TV版ではWith A Little Help From My Friends、Fire And Rain、
Rainy Day Man、Steamroller、Greensleeves、Carolina In My Mind、
Long Ago And Far Away、Riding On A Railroad、You Can Close Your Eyes
とたっぷりJTの弾き語りを堪能できる。
(Rainy Day Man、Steamrollerの2曲はFMと同じテイクである)


長髪に無精髭、ニットのベストの上に無造作に羽織ったローゲージカーディガン。
後のカート・コヴァーンにも通ずるカッコよさ、元祖グランジと言える。

ゴールデンボイスと言われたハリのあるいい声、ギブソンJ-50の押し殺したような
迫力のある鳴り(この頃はけっこうピッキングも強いのだろう)。
ギター一本で聴き手をこれだけ魅了してしまうのはすごい。



さて、そのTV版一発目のWith A Little Help From My Friends 。


まずビートルズのオリジナルのコード進行を見てみよう。キーはEだ。
リンゴに歌わせるためキーはビートルズの中では低め。

Verse
E→B→F#m→F#m→B→E  (repeat)

Chorus
D→A→E→D→A→E→A→E

Bridge(Do you need….)
C#m→F#→E→D→A  (repeat)



次にJT版With A Little Help From My Friends
1音下げてチューニング、1フレットにカポでDを弾いている。(つまりキーはD♭)

なぜこんなことをしているのかというと、前回述べたような1960年代ギブソンの
ネックの細さゆえのローコードの弾きにくさ、クルーソンのチューナーの固さ、
緩んだチューニング+カポによる低音弦の増幅感のため、と思われる。



まずイントロ。ここはもろにSweet Baby Jamesを流用している。

Verse
D→A→C add9→G→Em7→A7sus4→D  (repeat)

Chorus
C add9→G→D→C add9→G→D→C add9→G→D

Bridge(Do you need….)
Bm→E→E7 sus4→A→D→C add9→G  (repeat) →G on E


ビートルズより1音〜1音半低くなるので歌に余裕が出る。

注目したいのはヴァースの2小節目、本来ならEmの部分にC add9→Gを入れている点。
さらにコーラス、ブリッジでもC add9というテンションコードを多用することで、
独特のぼかし感を醸し出している。

自分の声質、歌い方、世界感に合ったコード選びは見習うべし。
そもそもオリジナルをコピーせずに、最初から自分流で完成させてるのだろう。

以下はTAB譜の一部。参考までに。




もう一つ。やはりJTだが比較的最近の演奏。

2010年にBBCで放映されたジョン・レノン没後30年ドキュメンタリー番組でJTが
披露した In My Life
これも見事にJT流に昇華している。

ギターがOlsonのため、40年前のJ-50の時と違ってソフトなタッチで芳醇な音色
を奏でている。


↑ジェイムス・テイラーのIn My Life (2010)が視聴できます。



まずビートルズのオリジナルのコード進行を見てみよう。キーはA。

Intro
A→D→A→D

Verse
A→F#m→E→A on G→D→Dm→A  (repeat)

Bridge
F#m→D→G→A→F#m→B→Dm→A


ジョンのIn My Lifeはヴァース2小節目のE→A on Gのアクセント
D→Dmの一時転調で哀愁をそそる。
ブリッジの3小節目のBもサプライズ・コード。続くDmの哀愁

この曲はメロディーの美しさとコード使いの妙が肝なのだ。



JT版 In My LifeはキーがD 。

Intro
D→A→D→A

Verse
D→D on C→Bm7→Am7 add11→G add9→C9→D→(A add9)

Bridge
Bm→F# on B→Bm7→E7→C→G→D→A7 on F#
Bm→F# on B→Bm7→E7→C9→D



JTはジョンのコードを無視して独自の解釈のコードをアサインしてる。
ヴァースではJTお得意のDからの下降(クリシェ)Am7 add11という
大胆なコード、これもよく使うG add9→C9でつなぎDに帰結させる。

ブリッジでもやはりお得意のBmからのクリシェで哀愁を出している。
そして2回目のC9でジャジーな響きを出してDに戻る。うまい!
ジョンとは違った角度からのアプローチで曲を美しく仕上げている。

以下、TAB譜を抜粋して載せるので研究&トライしてみてください。


2019年7月27日土曜日

ビートルズ完コピ呪縛から逃れ弾き語りしてみる(1)

<ビートルズ完コピ願望>

高校に入ってギターを始めた。最初はFやE♭が難関だ(よね?)
なんてったってビートルズを弾きたい!

新興楽譜出版の「ビートルズ80」という楽譜集を買ってみた。
歌メロの譜面にコードダイアグラムが記載されてあるタイプのだ。


しかしその通り弾いてもビートルズっぽくならない。歌メロは合っているのに。

おそらく音大出の人とかに原曲を聴かせて、歌メロに合ったコードをアサイン
しているのだろう。
曲によってはキーも違う。これも日本人でも歌いやすくという配慮か。



いやいや、ビートルズはそういうふうに弾いてないでしょ!

彼らはセオリー通りのコードを選んでるのではなく、自分たちの好きな和音の響き、
多少強引でも斬新なコード進行、思いがけない効果を狙ってるのだから。



そして耳コピを始めた。最初はなかなか分からなかった。
映画を見て、そんなことをやってたのか!と目から鱗だったことも多い。

やってるうちにジョン、ポール、ジョージの手癖も分かってくる。
いわゆる「ビートル・コード」という押さえ方があるのだ。


You've Got To Hide Your Love Away(Lennon-McCartney)を例に挙げよう。

                                                   

出だしのローコードのGで2弦開放のBではなく3フレットを押さえてDにしている点、
その後Dsus4→F9→C→Gと常に1弦3フレットのGを8小節までキープし続けている
に注目していただきたい。

9〜10小節のD→D on C→D on B→D on Aとルート音がクリシェで下降するのも、
ジョンの得意技だ。


この曲はジョンのコード使いの妙、ストローク感さえ覚えれば、ほとんどの人が
オリジナルキーのままで歌える。
ギター一本でもサマになるし、カヴァーしやすいナンバーと言えるだろう。




が、いかんせんビートルズの曲は大概キーが高い。高すぎる。
ジョンとポールがユニゾンの部分も歌ってて苦しいが、ジョンが下でポールが上で
ハモる時のポールの高音部はもうお手上げだ。

ポールは高音部でもか細くならず、リトル・リチャード顔負けのシャウトができる。
かと思うとファルセットへの切り替えも上手い。
バラードでは美しいベルベット・ボイス、カントリー調のトーキングブルース(これ
も日本人にはなかなか真似できない)もお得意だ。

つまり演奏を完コピしたところで歌は無理。歌うな、ということですな(笑)



1980年代後半〜今まで聴いたことないようなビートルズのアウトテイクやデモ音源
が良質なブートCD化され出回るようになった。
曲の初期段階やオーバーダブする前の音源は、バッキングでどういう弾き方をしてる
のか、よく聴き取れる。耳コピの精度は上がった


加えて機材の進化
リズムプログラマーがあればリンゴ役を探さなくても、打ち込みでビートルズっぽい
ドラム演奏もできてしまう。

安価なカセットの4TR・MTRでも1回くらいのバウンス(ピンポン)なら使える。
1996年にはMD4式の4TRデジタルMTRが登場した。
これによってバウンス(ピンポン)を繰り返しても、ベーシックトラックは従来ほど
退行して聴こえない。
コピペもできるし、パンチイン・アウトも不自然じゃなくなった。

音源モジュールとMIDIでつなげばデジタルピアノはどんな音でも出せるし、スピード
は維持したままキーを変えることだってできる。

 



1990年代後半は機材の恩恵で、だいぶビートルズに近いオケができるようになった。
しかーし、ボーカルで一気にクオリティが落ちてしまう⤵︎のだ。
そもそも歌唱力がトホホだし。



近年は多重録音でそこそこの演奏に下手な歌を乗せて台無しにするのはもう諦め、
1音下げたギター一本で鼻歌ビートルズで楽しんでいる。

それでもBlackbird、Mother’s Nature’s Son、Her Majesty、I Wll、 I Me Mine、
Across The Universe、I’m Only Sleeping、Cry Baby Cry、 Revolution No.1…

どれも完コピしたギターで、気分だけビートルズで歌う。





何も完コピしなくても僕たちなりにやればいいじゃないですか、という人もいる。

僕は言い返す。僕たちなりができるのは上手でその人固有のものを持っている人だけ。
僕らのような下手な人間はオリジナルにどこまで近づけることができるか、少しでも
ビートルズの出してる音を解きあかせればそこに達成感があるんですよ、と。
少なくとも僕には「僕なりのビートルズ」はない。ビートルズ追求で精一杯だ。


もちろん世界中の一流アーティストたちがビートルズをカヴァーしている。
が、僕にとってはオリジナルを凌駕するようなものはほとんどない。
シナトラやエルヴィスがSomethingを歌ってもそれほどいいとは思わない。

ギャロッピング・スタイルの独自のギター・インストゥルメンタルに昇華させている
チェット・アトキンスのビートル・メドレーは大好きだけど。






<ビートルズを違う解釈で弾き語り〜の☆☆☆例>

ビートルズに関してはコンサヴァでオリジナルに勝るカヴァーなしと思ってる僕だが、
中にはこの弾き語りはクールだなー、こういう解釈もあるのか、と感心する例もある。

その3つの例をご紹介しよう。
僕も実際にそのカヴァーをコピーして譜面にしてみた。キーも無理なく歌える。
それぞれコード進行も一部歌詞も変えて、自分流ビートルズに仕立て直しているところ
がうまいと思う。



僕の一押しはベン・テイラーの I Will だ。
ベンはジェイムス・テイラーとカーリー・サイモンの息子である。
地味な存在だが、ジェイムス・テイラー直系の声質や歌い方、ギターの弾き方を受け
継ぐユニークなシンガー&ソングライターだ。

この I Wll は1995年に映画「Bye Bye, Love」挿入歌として録音され、同映画のOST
に収録されている。彼のソロ・アルバムには入っていない。
ベンはまだ18歳で初々しい。なかなかのイケメンである。(近年はそうでもない)


↑クリックするとBen Taylor - I Willが聴けます。
※プロモーション・ビデオ版はOSTとギターの弾き方がところどころ違う。
また最後のFOもプロモーション・ビデオ編の方が長い。


コード進行を独自の解釈で変えてしまっているところが耳新しく感じる



ビートルズ版 I Will はキーがF。

Verse
F→Dm→Gm→C7→F→Dm→Am→F7→B♭→Am→Dm→Gm→C7→F→(F7)

Bridge
B♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7→B♭→Am→Dm→G→C7

※Chorus部のFmaj7とGはポールならではの隠し味(エンデイング近くのD♭7も)


上記の実音表記を度数表記(ディグリーネーム)にしてみよう。
キーのトニック(この場合はF)からの度数、役割、コード進行が理解しやすい。
別なキーに転調されていても、応用が利くというメリットがある。

Verse
I→VIm→IIm→V7→I→ VIm→IIIm→I7→IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I→(I7)

Bridge
IV♭→IIIm→VIm→IIm→V7→I maj7→IV♭→IIIm→IVm→II→V7



ベン・テイラー版の I Will 。キーはB。2フレットにカポでAを弾く。

※PVではギブソン・ハミングバードの4フレットにカポをして弾いている。
これは以下の理由からだと思われる。

1) クルーソンのチューナーが固く周りにくいため上がりきらない→1音下げた。
2) 緩めに合わせると低音弦の振幅が大きくなる。さらにカポをすると音が締まり、
 低音弦がよく響く(ドノヴァンもJ-45でこの方法を取っている)
3) 1960年代のギブソンはネックが細く2〜5フレットでカポをした方が弾きやすい。


ベンは父親譲りのMark Whitebook、Olsonの他、数多くのギターを所有しているが、
ギブソンのヴィンテージがお気に入りらしい。J-50も愛用している。





さて実際に弾いてるコードポジションのAをキーとしてコード進行を見てみよう。

Verse
A add9→F#m7→Gmaj7→Em7→A add9→F#m7→Gmaj7→A7→D→E7
→A add on F#→D→E7→A(A7)

Bridge
D→E7→A add9 on F#→D→E7→A maj7→D→E7→A add9 on F#→F#m7
→B7→E7


度数表記(ディグリーネーム)にしてみると。。。。

Verse
I→VIm7→VII♭maj7→Vm7→I→ VIm7→VII♭maj7 on E→I 7→IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I(I 7)

Bridge
IV→V7→I add9 on VI→IV→V7→I maj7→IV→V7→I add9 on VI→IV→VIm7→II 7→V7



ビートルズの I Will とはかなり違うことが分かる。
オリジナルのヴァースの最初はF→Dm→Gm→C7(I→VIm→IIm→V7)
循環コードの王道だ。


ベン・テイラーの方はA add9→F#m7→Gmaj7→Em7(I→VIm7→VII♭maj7→Vm7)。
循環コードなら3小節目でBm7→E7に行くはずだが、いきなりGmaj7で意表をつく
長年ビートルズで慣れ親しんだ耳には斬新、まさに耳からじゃなかった、目から鱗だ。


ビートルズ版サビはB♭→Am→Dm→Gm→C7→Fmaj7と哀愁の下降コード
(Fmaj7はポールらしい味付け、2回目のGmをGに変え展開を見せる裏技も最高)

対してベン・テイラーはD→E7→Aを繰り返し、F#m7→B7→E7でヴァースのAに
帰結させるドライな展開になっている。


以下TAB譜の一部を載せるので参考にしてください。


歌い方もベン・テイラーは父親譲りのJT節というか、ややぶっきら棒な歌い回し。
歌詞も一部、変えている。
最後のヴァース、And When I at last I find you は And when I finally find youに。

エンディングもビートルズ版ではポールの美しいファルセット二重唱。
Mm mm mm…..Da da da da…..で終わる(ここが高くて出ないんだよね)

ベン・テイラー版はI Willを繰り返しながらFO。(PVはOSTより長い)



そりゃビートルズの I Will は美しいけどベン・テイラー版もクールでしょ?


↑ベン・テイラー&父のJT