2023年6月24日土曜日

アンビエントの復権、The KLFのチルアウト。





<エレクトロ・アンビエントの流れ>

ブライアン・イーノのアンビエントと前後して、シンセサイザーを使
ったエレクトロ・ミュージックが数多く台頭した。

映画「炎のランナー」(1981)、「ブレードランナー」(1982)のサウン
ドトラックで有名になったヴァンゲリス(1)が1973年にフランスのTV
番組用に作った「動物の黙示録(L'Apocalypse des Animaux)」
はアンビエントとして聴ける。




↓ヴァンゲリスのCréation du mondeが聴けます。
https://youtu.be/wqs-yNPZuLs





昔、麻布十番がまだ陸の孤島だった頃、華園という古民家を改築した
洒落た中華料理店があり、ジャン・ミッシェル・ジャール(2)の「The 
Concerts In China」がかかっていた。





↑ジャン・ミッシェル・ジャール(写真:gettyimages)


1981年に北京と上海で開催した欧米のミュージシャン初の中国コン
サートをライブ録音したものである。
シンセ・サウンドに中国的な音階を取り入れ、さらに中国琴・二胡
奏者との共演
中国語の会話や街の雑踏がサンプリングされている。
東洋風のアンビエント感たっぷりであった。





↓Jonques De Pêcheurs Au Crepusculeが聴けます。
https://youtu.be/HUKJ0NhQoa4





↑40年前の中国はまだ人民服だった!



ヴァンゲリスもジャン・ミッシェル・ジャールもアンビエントにカテ
ゴライズされることはほとんどないだろう。

そもそもアンビエントという音楽ジャンルが確立してるわけではない。
その人の聴き方や受け止め方でアンビエントになるのではないか。
これはアンビエントとは区別したい、と思う音楽もあるけど。(3)




<アンビエント・テクノ、アンビエント・ハウス>

1980年代末〜1990年代前半にかけ、アンビエントは他のエレクトロ
ニック・ジャンルに吸収されていった。

たとえばアンビエント・テクノ、アンビエント・ハウス。(4)
レイブ(ダンス音楽イベント)ムーブメントやクラブシーンから派生
したチルアウト(ダンスで興奮した体と心をリラックスさせる)が
原点
だと言われる。






エイフェックス・ツイン、ジ・オーブ、The KLFはその代表格だ。
彼らはピンク・フロイド、ブライアン・イーノ、スティーヴ・ライヒ
など実験的な音楽の影響を受けている。






アンビエント・テクノ、またはアンビエント・ハウスはレイヴや
ラブのトランス状態からのカーム・ダウン(落ち着かせる)目的
としており、ダウンテンポながらビートはキープしている。

前述のジャン・ミッシェル・ジャールもそうだし、ヴァンゲリスも
そういう曲がある。


これに対しブライアン・イーノのアンビエントは主にパブリック・
スペースや個人の部屋で聴かれることを想定して作られており、
ビートはなく浮遊する音でどちらかというと「静」の世界である。



↑ブライアン・イーノ(写真:gettyimages)




<The KLF - チルアウトの出現。>

そのアンビエント・ハウスから奇跡の大名盤が突如現れる。
ビル・ドラモンドとジミー・コーティーの2人組ユニット、The KLF
が1990年に発表したアルバム「Chill Out」だ。
ジ・オーブのアレックス・パターソンの影響を受けている。





虫の声、羊の鳴き声、アムトラック(全米旅客鉄道)が通過する音、
踏切の警報機、ラジオ放送、モンゴルのホーミー(喉歌)、伝道師
の声、など
(多くはアメリカ南部で採取された)環境音が自由自在
に行き交い音のコラージュがトリップ空間を作り上げる

ペダルスティールギターの音やエルヴィスの「In The Ghetto」のサン
プリング音(無許可使用)
が混ざり、レイドバック感たっぷりだ。
後半ハウス系のサウンドが絡む。


↓The KLF - Chill Out (1990)が聴けます。
https://youtu.be/0t4Z-Qs32WI




イーノのアンビエントが「聴いてることを意識させない家具のような
存在」なら、「Chill Out」は時空を超えた音の旅に身を委ね、その
心地よさにしばし我を忘れて酔う
。そんな感じだろうか。

文字通りChill Outできる(ゆっくり時間を過ごす)一枚である。






この実験的なアルバムは奇作だが衝撃的であり、アンビエントの新境
地を開く金字塔
となった。
発売当時、銀座HMVに大量展示され試聴したものの、最初はついて
行けず、何年かしてフラッシュバックのように聴きたくなった。

エルヴィスの違法サンプリングのため発売中止になってしまったが、
その頃はまだ入手できた。
これを聴いてビートルズのRevolution No.9も理解できた気がする。


ジャケットの羊はピンクフロイドの「Atom Heart Mother(原子
心母)」へのオマージュである。(分かりますよね?)
環境音のコラージュも初期〜中期ピンクフロイドの影響だと思われる。
ジャン・ミッシェル・ジャールの影響も受けたそうだ。




↑ちなみに世界一有名なこの牛はルルベルIII世という名前だそうだ。



この歴史的大名盤はアンビエントにおいて、チルアウトという新しい
ジャンルを確立
してしまった。
が、残念なことに、The KLFの後に続くアーティストが現れない。

The KLF自体も以降の作品は毛色の違うハウスが続き、チルアウトに
匹敵するような名作は生まれなかった。
何度も問題を起こすお騒がせグループ(5)となり、2年後には解散した。
アルバム「Chill Out」も廃盤のままで再発されなかった。(6)


(続く)


<脚注>

(1)ヴァンゲリス

ギリシャの音楽家(シンセサイザー奏者・作曲家)。
この人も2022年に新型コロナウイルス感染症の治療中に亡くなった。
享年79歳。ご冥福をお祈りします。



(2)ジャン・ミッシェル・ジャール
フランスの音楽家、キーボード・シンセサイザー奏者。
サンプラーや電子音などによる効果音を多用する。
1976年に発表した「Oxygen(幻想惑星)」は世界中で売上1000万
枚を記録し、12枚のプラチナ・ディスクを獲得した。


(3)アンビエントと似て非なる音楽
1970年代後半ウィリアム・アッカーマン、ジョージ・ウィンストンら
による自然回帰志向のウィンダムヒル・レコードが注目された。
エンヤ、エニグマなどワールドミュージックを取り入れたエレクトロ
系も含めニューエイジと呼ばれる。
1990年代前半のエコロジー・ブームの頃、鳥の声や自然の音をシンセ
とミックスした薄っぺらいヒーリングミュージックが大量生産された。
これらはアンビエントとは区別したい、と個人的には思う。

ジョージ・ウィンストンは10年間癌と闘い6月6日亡くなった。
享年73歳。ご冥福をお祈りします。


(4)アンビエント・テクノとアンビエント・ハウス
アンビエントハウスは踊るためのアップテンポのハウスとは異なり、
4つ打ちビートを継承しつつも、ダウンテンポで穏やかなものが多い。
幻想的なシンセや自然の環境音がサンプリングされたものもある。
アンビエント・ハウスとアンビエント・テクノと類似しており、アー
ティストも重複する。同義語として使われる場合も多い。
アンビエント・テクノはシンセサイザーやドラムマシンの音をより
不明瞭にした音を特徴とし、リラックスできるような音楽である。


(5)The KLFの問題行動
The KLFはアバからビートルズまでど派手な盗用(サンプリング)
によって作品を作っていた。過激な発言や奇行も多かった。




(6)「Chill Out」の再編集
2021年2月に再編集され「Come Down Dawn」として、ストリーミ
ングのみでリリースされた。
「Chill Out」のプレ・ミックスと称しているが、エルヴィスのサンプ
リングがカットされ、後半10分は女性の声のサンプリングを加えた
新しいミックスになっている。

「Come Down Dawn」が聴けます。




<参考資料:discovermusic.jp、amass、ele-king、Wikipedia、
実験音楽・現代音楽・即興音楽・環境音楽・サウンドアートなどの
オンラインショップ、YouTube、Cinematheque Lounge Cafe、
GLOCAL RECORDS、AVYSS、block.fm、gettyimages、他>

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