2023年11月11日土曜日

ビートルズ最後の新曲「Now And Then」を深掘り。<前篇>



ビートルズ最後の新曲「Now And Then」が11月3日に発表された。
報道番組を始めいろいろなメディアで紹介されてる。
既に耳にした方も多いだろう。

主要な配信チャートで1位をつけ、全英シングル・チャートで1位を獲得。
1969年リリースの「The Ballad Of John And Yoko」以来54年ぶり。
通算18曲目となるそうだ。(エルヴィスの通算21曲に次ぐ歴代2位




↓「Now And Then」を試聴できます。
https://youtu.be/AW55J2zE3N4?si=yZXQp4ytOej7445F




<「Now And Then」はなぜこんなに注目され話題になっているのか?>

生前のジョンが自宅で録音したカセットテープのデモ音源からジョンの声だけ
抜き出し、生存するメンバーが演奏や歌を加えビートルズの曲として蘇らせた。

その点は1995年の「Anthology」プロジェクトで発表された「Free As A Bird」
「Real Love」と同じである。
それぞれ全英シングル・チャートで2位、4位をつけたが、それほど大きな話題
にはならなかった。


今回の「新曲」がこれだけクローズアップされてるのはなぜだろう?

ビートルズという偉大なロック・バンドが解散して半世紀が過ぎ、ジョン・レノン
の死から40年以上、ジョージ・ハリソンも2001年に他界し20年以上経っている。

1995年のリユニオンの際は限界があった「音質の悪いデモテープからジョンの
声をクリアーに抜き出す」作業が、最新テクノロジーのAIを使うことで可能にな
り、ビートルズの曲として完成した。

平たく言うと「AI」というキーワード × 「ビートルズというレジェンドの再生」
が人々の心の琴線に触れたのではないだろうか。





↓「Now And Then」のミュージック・ビデオが観られます。
https://youtu.be/Opxhh9Oh3rg?si=Krb4UA7osQhLiIji




<配信に加え、レコードとカセットテープでの発売>

配信+アナログ・レコードとカセットテープという発売形態も話題になった。




7インチ・シングルはブラック、クリア、ブルー、マーブル(ブルー&白)の4色。
10インチ・シングルはブラック。
12インチ・シングルはブラック、レッドの2色。

カセットテープはノーマル・ポジション。

要望が多かったせいか、後からCDの限定発売も追加された。





ジャケットのカヴァーアートは寒色の地に白抜きのタイトルだけ、とシンプル。
そっけないというか、寂しい感じもする。切ない曲調を踏まえてのことだろう。
「NOW AND THEN」を強調する狙いもあるのかもしれない。
12インチのレコードが店頭に並んだら、それなりにインパクトがありそうだ。



ジャケットの裏面はポップ。「THE BEATLES」のクレジットが入る。




B面はデビュー曲「Love Me Do」の2023リミックス。

赤盤・青盤の2023リミックス(ほぼ全ての曲がデミックス技術を使った最新
ステレオミックス、CDとLPで発売)への呼水、といったところか。
青盤の最後に「Now And Then」も収録されるらしい。






<ジョンが残したデモテープとは?>

ジョンは1970年代後半、主夫業に専念し音楽活動から遠ざかっていた。
「何年もギターは壁にかけたまま埃をかぶっていた」とジョンは言っていたが、
実際は時々ピアノやギターを弾きながら作曲をしカセットに録音していた。





1994年に「Anthology」プロジェクトが持ち上がり、ポールがオノ・ヨーコに
相談すると、ジョンの遺作3曲が入ったカセットテープを渡されたという。
ラベルに「For Paul」と手書きされたテープには「Free As A Bird」「Real 
Love」「Now And Then」の3曲が録音されていた。


実はジョンが残したデモ音源は他にも存在する。(1)
1996年にはそれらを編集したブート盤がVig-O-Toneレーベル系列のPeg Boy
から発売された。





↓ジョンがダコタハウスで録音したデモ音源集が聴けます。
https://youtu.be/E1CK4MV-zpM?si=Qq6nnpqOw4lALzPU







































1〜3曲目はヨーコがポールに委ねた音源。
「Real Love(Take 4)」のギター弾き語りヴァージョンは、映画「イマジン」の
冒頭で使われた。
「Anthology」で使用された Take 1(ピアノ弾き語り)より出来がいいと思う。

「Grow Old With Me」は生前ジョンが「結婚式で流れるようなスタンダード
・ナンバーにしたい」と願っていたそうだ。
ジョージ・マーティンによるストリングスが加えられ、1998年発売の「John 
Lennon Anthology」に収録された。

公式発表されていないが、「India」も個人的には好きな曲だ。

ヨーコは前述の3曲がビートルズとして完成させるのに相応しい(深読みすると、
「Grow Old With Me」はジョンの作品でありポールに委ねたくない?)と判断
したのだろうか。



<1994年「Anthology」プロジェクトでの取り組み>

当初は「Anthology1、2、3」それぞれに、ジョンの遺作に残された3人が演奏
と歌を加えた3曲を収録する予定だった。

ジョージの推薦でジェフ・リンがプロデューサーとなり、ピアノを弾きながら
歌うジョンの声だけを抜き出す試みが行われた。

(1994年当時はたぶんボーカル成分の1kHz周辺の音だけ残し、ピアノやノイズ
の周波数帯域をカットする、という作業が行われたのではないかと推測する)



Free As A Bird」は文句なしにいい曲だった。
それでいてサビは歌詞ができていなくていい加減に歌ってる。
ポール、ジョージ、リンゴが考えて手を加える余地があり、ジョンと一緒に演奏
してるような感覚で楽しかったという。

「後は君たちで完成させてくれ、とジョンがスタジオを出て行った」と考える
ことにしたんだ、とポールは言っていた。




一方「Real Love」は既に曲として完結していたため、ジョンの歌にオーヴァー
ダブを行う作業で、あまり気が乗らなかったという。

テンポアップのためか?テープ速度を上げ、キーが1音高くなっている。
その結果、ジョンの声は不自然に聴こえる。

(デジタル編集でキーを変えずに速度を上げられるようになるのは10年後。
この時点では、テープの回転数を上げる=ピッチが上がる方法しかなかった)


またコーラスやジョージのスライドギターも盛りすぎで、原曲の良さを損なっ
てるという印象を抱いた。
(ギター弾き語りヴァージョンのTake4と比べるとよけいそう思う)



3曲目の「Now And Then」は着手したものの、1日で中止となった。
元のテープの音質が悪くて断念したと言われるが、それは他の2曲も同じだが。
この音源には家電製品のビーというハムノイズや生活音も混ざっていた

早い段階でジョージが「この曲はやりたくない」と難色を示したらしい。
音質だけでなく、曲調や曲の構成についてもやりにくさを感じたためか。
ポールはジョージの意見を尊重して、「Now And Then」を諦めたのだろう。






<近年の驚異的な技術の進歩で蘇った「Now And Then」>

「Now and Then」は近年、奇跡的に進歩したスタジオの恩恵を受けている。

2021年に配信公開された3部作の長編ドキュメンタリー「Get Back」では、
ピーター・ジャクソン監督のチームが4人の会話と演奏をAIに学習させ、アルゴ
リズムを使って個々の成分を抽出し音を分離させるソフトウェアMALを開発

これにより複数の音が混ざり合っていても、ジョンの声、ポールの声、ギター、
ピアノ、とそれぞれクリアーに個別に取り出せるようになった。


このソフトウェアを使った「デミックス」と呼ばれる新しい手法はジャイルズ・
マーティンによって、「Revolver」2022リミックスに応用される。



この一連の技術革新を目の当たりにしたポールは、AIによるデミックスを使えば、
一度は諦めた「Now and Then」を完成させられる、と確信したようだ。

ポールは「Now and Then」を諦めきれずにいたのだろう。
リンゴも賛成し、2022年からポールとジャイルズ・マーティンのプロデュース
で再びこの曲が取り上げられ完成に至った。





その結果「Now and Then」は「Free As A Bird」の時よりいい音になった
ジョンの声は鮮明で生々しく、まるでアビイロード・スタジオで録音された
もののように聴こえる。

ポールは「魔法のような素晴らしい経験だった」とBBCラジオ1に話した。
「スタジオにいると、ジョンの声が耳に入ってくるから、すぐ隣のボーカル・
ブースにジョンがいると想像できた。
また一緒に曲を作っているんだと思えて、とてもうれしかった」と。
リンゴも「ジョンが部屋にいるみたいな感覚で最高だった」と言う。




「Now And Then」は1978年に録音したジョンの声、1994年にポール、ジョ
ージ、リンゴが加えた演奏とボーカル、そして2022年にポールとリンゴが新た
に録音した演奏と歌、と時代を超えてビートルズ4人全員が参加している。

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの全員がクレジットされる曲としては最後
のものになるかもしれない、と言われる。
ロック史上最も偉大なバンド、ビートルズのラスト・ソングだ。



「Now And Then」はジョンが「君が恋しい」と歌っている「切ない」曲だ、
聴く人が「愛する気持ち」になってくれるといい、ビートルズは愛を広めようと
していたから、「気持ち」がキーワードだと思うとポールは言っている。




<音楽業界の「Now and Then」への評価>

ローリングストーン誌は「ビートルズとファンに実にふさわしい、見事な最後
の作品だ」と評した。
「今も昔も君が恋しい(Now and then I miss you)」という歌詞が出てくる
瞬間は、控えめに言っても実に強烈な印象だ」としている。

BBCラジオ6ミュージックのローレン・ラヴァーンは「ひたすら美しくて泣いて
しまった」と話した。

英国ガーディアン紙は星5つのうち4つをつけて「バンドの絆を愛情たっぷりに
たたえた」曲だと評した。




音楽サイトCLASH は「幸福感に満ちたセンチメンタルな曲で、素晴らしい感染力
がある」と評している。

一方で、これまでのビートルズの曲には匹敵しないという意見も出ている。
英国テレグラフ紙は3つ星をつけたうえで「ビートルズの最高級のバラードに見合
うほどの高みには届かない」と指摘した。

米芸能業界誌ヴァラエティは「ビートルズの全作品とメンバー各自のソロ全作品
という偉大過ぎる業績に匹敵するか?という質問は不公平だ」としている。
「もちろん匹敵しない。それでも、思わぬ喜びを与えてくれた」と。



<「Now and Then」を聴いた印象>

以前デモ音源を聴いた時は「Mind Games(1973) 」以降のジョンの作品にあり
がちな、ちょっと陰鬱な曲という印象を受けた。
「Double Fantasy(1980)」に入ってても違和感がないだろう。

同時にこれをビートルズの楽曲として完成させるのは難しい、とも思った。



しかし2023年の新曲「Now and Then」は喪失感は残しつつも、陰鬱さは払拭
し、きれいにまとまっている。しかも、いろいろなアイディア、仕掛けが満載だ。

次回詳しく書くが、唐突感のある転調の2nd.ヴァース(サビ)をカットして1st.
ヴァースとコーラス部だけにしたのは正解だったと思う。
ジョンだけではなくジョージへのオマージュも感じる工夫もされている。





ヴァラエティ誌が評しているように、過去の作品と比べるのはフェアじゃない。
既にこの世にいない2人と生き残った2人、最新技術のおかげで4人の共演が実現
し、2023年にビートルズの「新曲」を聴けたことを素直に喜ぶべきだろう。


※次回は、カットされたサビと曲構成、加筆された歌詞、ポールが歌った部分、
ギターの間奏、凝ったコード進行と巧みな転調など、深掘りします。



<脚注>

(1)ジョンが残したデモ音源

ジョンの死後、そのデモテープはビートルズ時代の音源と共に1988〜1992年に
かけてアメリカのラジオ局Westwood Oneの番組「The Lost Lennon Tapes」
で放送される。(音源はヨーコが提供したものである)
膨大なラジオ音源ははブートレグ盤「The Lost Lennon Tapes」(LPで35枚、
CDで16枚だったと思う)となり、コレクターズ・アイテムとなった。
デモを集めたPeg Boyのブート盤「Free As A Bird the Dakota Beatle Demos」
も「The Lost Lennon Tapes」が音源になっていると思われる。




<参考資料:music review site MIKIKI、GIZMODE、RKBオンライン、
TECHNOEDGE、RollingStone、Wikipedia、YouTube、他>

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