2024年2月6日火曜日

マイケル・マクドナルドの功罪。ある愚か者の場合。



(写真:GettyImages)



ロック・バンドはデビュー時と変革期がおもしろい。これは持論。

ドゥービー・ブラザーズの場合、デビュー・アルバムはイマイチだったが。




(写真:GettyImages)




<マイケル・マクドナルドによるドゥービー・ブラザーズ革命>

ドゥービー・ブラザーズくらいメンバー・チェンジが激しく、それに伴い
音楽性が大きく変容したバンドは珍しいかもしれない。

1970前半(トム・ジョンストン期)は豪快なサザン・ロックが柱だった。
ワイルドなツイン・ギターに加え、ツイン・ドラムと黒人ベーシストによる
力強いファンキーなリズムセクションでドゥービー・サウンドを確立する。






CSN&Y直系の美しく重厚なハーモニー、アコースティックギターを使った
カントリーやフォーク色の強い曲も魅力だった。

初期のドゥービー・サウンドは「ハーレーダビッドソンに跨って荒野の中、
アメリカの国道を爆走する」イメージと形容されることがある。
実際にステッペン・ウルフやオールマン・ブラザーズ・バンドと並んで、
ドゥービーズはバイカーに人気があった。




(写真:GettyImages)



1970年代後半バンドの顔だったトム・ジョンストンが健康状態悪化で脱退。
代役としてスティーリー・ダンのツアーメンバーだったマイケル・マクドナ
ルドが加入する。(マイケル・マクドナルド期

マクドナルドを推したのは、1975年にドゥービーズのメンバーに加わった
ジェフ・バクスターで、彼もスティーリー・ダン出身だった。



(写真:GettyImages)



バンドの音楽性は、トム・ジョンストン期の野性味あふれるアメリカン・
ロックから、洗練されたAOR(1)へと変化して行く

アルバム「Takin' It to the Streets」 (1976年)は従来のアメリカン・
ロックとスティーリー・ダン色の濃いAORの折衷的な作品となった。
バンドの変わり目となった本作が一番美味しい気がする。






マイケル・マクドナルド期のドゥービー・サウンドは「ロデオドライブ(2)
でかいアメ車をゆっくり転がす」イメージとも言われる。



1978年のアルバム「Minute by Minute」はマイケル・マクドナルド期の集
大成ともいえる作品で、全米1位を獲得。商業的成功と評価を得る。






収録曲「What a Fool Believes」も全米1位を獲得。
グラミー賞最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞を受賞した。
良くも悪くもドゥービーズの頂点であり、AORサウンドのスタンダードとして
一世を風靡した






↓ドゥービー・ブラザーズの「What a Fool Believes」が聴けます。
https://youtu.be/exnHAdopRxA?si=4Ud-tQwHgZkxuo6s



次作「One Step Closer」はもはやドゥービー・ブラザーズではなかった。
初期のメンバーはパット・シモンズのみ。
マクドナルド化がさらに進み、ロックと呼べない腑抜けの音になっていた。
イーグルスと共にアメリカを代表するロック・バンドはこうして解散した。




<「What a Fool Believes」はどうやって作られたか>


この曲はマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスの共作である。






ケニー・ロギンス宅に遊びに行った際、曲の原型はすでにでき上がっていて、
マクドナルドが例の印象的なピアノのリフを提案した、という説。

マクドナルドが原型を作り、彼の自宅を訪れたロギンスのアイディアでブリ
ッジ部分が完成した、という説。2つある。


ケニー・ロギンス版がアルバム「Nightwatch (1978年7月)」で先に発表
される。これは愛聴盤だった。





↓ケニー・ロギンスの「What a Fool Believes」が聴けます。
https://youtu.be/aczBRE2S6h4?si=po2xwdPsfSaY5ElK



同年12月にドゥービーズ版がアルバム「Minute by Minute」に収録。
シングルカットもされ、全米1位の大ヒットとなった。
一般的には「What a Fool Believes」といえばドゥービーズだろう。



      

ステージから降りてきたところを撮影したので汗びっしょりだそうだ。




イントロ〜ヴァースはあのスタッカートとシンコペーションが効いたピアノ
の伴奏に乗せて、親しみやすく耳にのこるメロディーが歌われる。

テンションコード(3)、分数コード(4)など、ジャズで用いられる複雑で難解な
コード進行が続き転調を繰り返すが、それを感じさせない美しいメロディ
せいか、聴いてる分にはポップなノリのいい曲だ。



ロック畑のギタリストがコードネーム入りのリード譜を渡されたら、かなり
戸惑うのではないかと思う。「何だ、これ?どうやって弾くんだ?」と。
ピアノのコードをそのままギターで弾こうとすると無理がある。





スティーリー・ダン出身のジャフ・バクスターはお手のものだろうし、解散
前に加入したジョン・マクフィーも器用だから難なくこなせるだろう。
フォーク、ロック・ギタリストのパット・シモンズには敷居が高く、面食ら
ったのではないかと思うが、慣れてるのか弾きこなしていた。
プロってすごいんだな。。。




<「What a Fool Believes」の曲構成、複雑なコード進行>

調べてみたところ、採譜者によってコードネームがずいぶん異なる。
テンションコードは同じ構成音でも解釈しだいで、いろいろな代理コードと
して考えられるからだ。

テンションコードを用いると和音が濁る=コード進行を不明瞭になる。
コードが変わったことに気づかせない(コード・チェンジをスムーズに切れ
目なく行う)方が洗練されている、というジャズ・コード理論をマイケル・
マクドナルドはこの曲でも応用している。


小難しいコード進行に凝りすぎると、メロディが付けにくくなるものだが、
複雑な構造に包まれながら美しく聴きやすい作風に仕上げてるのがすごい。
サラッと聴けるし、深く掘り下げることもできる名曲である。




(写真:GettyImages)



曲は3つのパートで構成されている。
イントロ〜ヴァース(Aメロ)He came from somewhere back in her 
long ago〜は単純そうだが、かなり難解なコード進行(5) キー=D♭。


ブリッジ(Bメロ)She had a place in his life〜は素直なコード進行。
ここはケニー・ロギンスが作ったのかもしれない。

後半のAs he rises to her apology〜はコーラス(Cメロ)で転調するため
の伏線。
マイケル・マクドナルドならではの凝ったコード進行で、やや強引な転調
なのにそれを感じさせない繋げ方だ。


コーラス(Cメロ)What a fool believes, he see〜でキー=Eに転調。
メロディはそのまま続くのにコードだけ転調という離れ業!

ここも素直なコード進行。ケニー・ロギンスっぽいメロディーに思える。
ヴァース(Aメロ)で魔法のように元のキーに戻るのもお見事!


 




1993年にケニー・ロギンスがレッドウッド国立公園(6)で行った屋外ライヴ
では、マイケル・マクドナルドをゲストに招き「What a Fool Believes」
をデュエットしている。



↓ロギンス&マクドナルドの「What a Fool Believes」が聴けます。
https://youtu.be/SmHrlKaOBYc?si=gon8JUC4lTpapXLr






上述とは逆でヴァース(Aメロ)はケニー・ロギンス、ブリッジ(Bメロ)
はマイケル・マクドナルド、コーラス(Cメロ)はケニー・ロギンス主導
の二重唱である。

どっちがどのパートを作ったのか分からなくなってくる。
いずれにしても複雑なコード進行はマイケル・マクドナルドが考え、二人
で練り上げたのだろう。








マイケル・マクドナルドは米Vulture(7)のインタビュー(2021年)で
「What a Fool Believes」について「キーボード奏者のための最もオタク
な曲」「複雑なコード進行、カウンターリズム、キーの変化などの実験が
楽しくて夢中になっていた時期だ」と答えている。







<「What a Fool Believes」がもたらしたもの>

ドゥービー・ブラザースは、マイケル・マクドナルドの加入(とトム・ジョン
ストンの脱退)で土臭さを一掃。
ジャジーなキーボード主体の都会型ポップ・ロックに大変身した。

「What a Fool Believes」はその頂点であり、ヨットロック(AOR)(8)
典型として大量に増殖し、消費されて行くことになる。


(続く)


<脚注>

(1)AOR
大人の鑑賞に耐えうる洗練された、成熟した都市型ロック。
AORという言葉についてはいくつか解釈がある。
1970年代〜1980年代初め米国でAudio-Oriented Rockという言葉が使われた。
「音を重視するロック」という点でラウドなロックとは一線を画し、クロスオー
バー(後のフュージョン)・サウンドと大人向けのボーカルが特徴である。

その後シングルチャートではなくアルバム全体としての完成度を重視したロック
をAlbum-Oriented Rockと呼ぶようになる。
日本ではレコード業界の勘違いでAdult-Oriented Rock(大人向けロック)
勝手に解釈され、それが浸透していた。


(2)ロデオドライブ
ロサンゼルスの高級住宅地ビバリーヒルズに隣接する、高級ブランドが並ぶ
ショッピングストリート。


(3)テンションコード
テンション・ノートと呼ばれる音が追加されたコードのこと。
たいていのものは四和音を土台としている。
基本コードはルート(1度)、3度、5度で構成される。
テンションはこれに加えられる度数(9、11、13など)のこと。
テンションが複数に及ぶ場合、本来の構成音(特に5度)が省略されやすい。
また肝心のルート(1度)が省略される場合もあり、他のコードとして解釈
してもいい(代理コード)。





(4)分数コード
あえてルートとは違う音をベース音に指定したい時に、分数の形で表記される
コードのこと。
分子にあたる部分に書かれているのが和音のコード名。
分母にあたる部分はがベース音(単音)の音名を表わしている。
ベース音が本来の構成音ではない場合、それはテンションでもある。
ジャズだけではなく、ロックでも使われるので覚えておくと便利だ。






(5)「What a Fool Believes」の都会的で洗練されたコード進行
いくつかの採譜を参考に自分なりに原曲から耳コピし、「たぶんこーでは
ないかコード進行」をまとめてみた。

曲の構成  Intro-A-A'-B-C-C7-A7-B-C-C-C-C
(イントロ) キー=D♭
A♭sus4(add13)→G♭(6)→D♭/F(add9)→E♭m7→A♭7→B♭m7→A6(♭5)

ヴァース(A)He came from somewhere back in her long ago〜はイントロ
と同じコード進行。
A♭sus4(add13)=D♭add9 /A♭、A6(♭5)=D add9 /Aとも解釈できる。

A♭sus4(add13)→G♭(6)→D♭/F(add9)→E♭m7→A♭7→B♭m7→A6(♭5)
A♭sus4(add13)→G♭(6)→D♭/F(add9)→E♭m7→A♭7→B♭m7→A6(♭5)

ヴァース(A')She musters a smile〜も同じ。最後のコードだけ違う。
A♭sus4(add13)→G♭(6)→D♭/F(add9)→E♭m7→A♭7→B♭m7→A6(♭5)
A♭sus4(add13)→G♭(6)→D♭/F(add9)→E♭m7→A♭7→B♭m7→B♭m7/F

ブリッジ(B)She had a place in his life〜は素直なコード進行。
B♭m→A♭sus(add13)4→B♭m→A♭sus4(add13)
As he rises to her apology〜はコーラス (C )での転調への伏線。
E♭sus4→A♭→D♭→B♭m7/B→B♭m7→E♭sus4→A♭→B♭m7→B♭m/G
B♭m/G=Gm7♭5という解釈もできる。

コーラス(C)What a fool believes, he see〜 ★キー=Eに転調
F#m7→B7→EM7→C#m7→A→F#m7→B7→EM7→C#m7→A
ヴァース(A)に戻る。


(6)レッドウッド国立公園
カリフォルニア州北部の沿海の州立公園と国立公園から成る。
139,000エーカー(560㎢)の総面積を有す。
地球上で最も古く巨大な樹種の一つ、レッドウッド(セコイア)原生林
が有名である。


(7)Vulture
ニューヨーク・マガジンがWEBサイトで発行している雑誌の一つ。


(8)ヨットロック(AOR)
富裕層が好んで聴く洗練された耳障りのいいAORに対する軽い茶化しで
使わるようになった。
1976年〜1984年にヒットチャートを席巻したスムーズな音楽を指す。
それらはほとんどが、かつてAORと呼ばれていた曲と重なる。
AORの特徴は「爽やかでリッチな気分に浸れる大人のロック」と言える。
https://b-side-medley.blogspot.com/2019/10/blog-post.html

ヨット・ロックという言葉は2005年〜2010年にアメリカのネットTVチャ
ンネル101で放送していた「Yacht Rock」という番組から生まれた。
フェイク・ドキュメンタリーで、架空の音楽評論家、音楽業界人と
実在のミュージシャン(別人がモノマネで演じる)が登場し、名曲の
架空の誕生秘話をでっちあげる、という構成になっている。
「What A Fool Believes」誕生秘話(もちろんフェイク)も登場する。


<参考資料:Sheet Music 、Past Orange、amass、Vulture、
ギターマガジン、365日をJ棟で、YouTube、Wikipedia、GettyImages、
歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~、楽器.me、
TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、Word-Wise Web、他>

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは。
最近、ブログ更新が活発化しておりますが、何か心境の変化でもあったのでしょうか(笑)

「マイケル・マクドナルドの功罪」とあるので、マクドナルドさんの罪とは何だろう?と思い
読みましたが、複雑なコード進行の説明は良く分かりませんでしたが、
さっくりとサウンドが都会化(AOR化)したことを意味してるのでしょうか。
リトル・フィートやスティーリー・ダンもそうですが、ウエストコースト4大バンドで
AROに背を向けたイーグルスが潔かったかどうかは別として
この頃のスタジオ録音技術の発展でどこのスタジオでも同じ音が作れるようになったため
イースト、ウエスト、サウスなどと地域を区分する意味がなくなり、
80年代直前に時代に迎合したサウンドに変化しなければバンドは生き残れなかったと思うので
仕方なかったと思うのです。

ジェフ・バクスターって面白いことにスティーリー・ダン脱退後、あれだけのミュージシャンが
招集されているのに、スティーリー・ダンから一度も声がかかってないんですよね(笑)
それと軍事オタクという話は聞いてましたが、アメリカ国防総省の軍事顧問に就任したのには
驚きましたね。

ケニー・ロギンスはボブ・ジェイムスのプロデュースでガラっとイメージ変わって
「フットルース」を歌っているのがロギンス&メッシーナのロギンスと同じことを知って
驚いたことがあります。

70年代後半から80年代に大量消費される質の商業音楽化への変遷は実に興味深いものです。

縞梟 さんのコメント...

すみません、投稿名が匿名になってしまいましたがさっきの投稿は縞梟でした(苦笑)

イエロードッグ さんのコメント...

>縞梟さん

こんにちは。
ブログを書くのはわりと体調のいい時ですね。
あまり無理したくないので。なにしろ高齢ですから。
これについて書きたいと思っても、なかなか本腰を入れられなくて、
うだうだ過ごしてしまう時もあります。

「What A Fool Believes」は当時、難しそうと手を出さなかったけど、
コードをリズムを解明してみたくなりました。

ドゥービー・ブラザーズってトム・ジョンストン期が好きな人と、
マイケル・マクドナルドから入った人がいますね。
「Takin' It to the Streets」「Livin' on the Fault Line」あたりが
新旧入り混じってて個人的には好きです。
「One Step Closer」はマクドナルド・バンドに占領されてた感じ。
やりすぎだと思い、がっかりしました。

同じようにイーグルスにもジョー・ウォルシュ功罪があると思ってます。
よりコンテンポラリー、ハードな音になりましたが(ドン・ヘンリー、
グレン・フライが望んだのでしょう)、カントリーロックの要素は
後退してしまいました。
昔からの良さも残して欲しかった、というのはファンのですかね。

縞梟 さんのコメント...

イーグルスについてちょびっと補足

ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」への返歌のような「ホテル・カリフォルニア」は
個人によって様々な曲解釈がされていますが、


You can check out anytime you like~But you can never leave
「やめたいけどやめられない」

殆どの人がコリータスをマリファナと解釈し60年代のアメリカンドリーム、
自由を旗印にした酒・女・ドラッグに溺れるヒッピー文化に象徴される敵わぬ夢から
覚めないカリフォルニアをあざ笑ったかのような意味で解釈されてきましたが、
メンバーが語った歌詞の意味は以下の通りです。

・アメリカ文化の節操のないところとメンバーが知っているある女の子たちについての曲
・芸術と商業の危ういバランスついての曲
・未熟な状態から成熟した状態へ変容していく道のりについて歌った曲
・コリータス(colitas)は砂漠に生息している植物のことでマリファナのことではない
・一般的なカリフォルニアのイメージがベースになっている

特に「芸術と商業の危ういバランスついての曲」に注目ですが
大量消費すなわち大量破棄される80年以降の商業音楽は心に残るフォーエバーな楽曲ではなく
瞬間的にバカ売れしてポイ捨てする音楽を生業にしているので忙しない商業サイクルベースに乗せられ、
アーチスト意向の好むと好まざるに関係なく時代に迎合した音作りを要求され、
セールスが伴わない70年代のバンドはここで脱落するしかなかったわけで、
サージェント・ペッパーズから始まった実験的なコンセプトアルバム作りは敬遠され
私の好きなプログレバンドは殆どここで死滅しました。
そのため私の洋楽の知識は現在もほぼ70年代で止まったままなのです(苦笑)

私のような頭の固いファンはいつまでも良かった時期に固執しているため時代に即したアーチストの革新性などに
抵抗する保守勢力なのですが、その面倒臭い保守勢力を裏切っても、新たなサウンド作りで
新規ファンを獲得したアーチストが80年代を生き残ったのはご存じの通りです。