2016年3月14日月曜日

鍵盤にナイフを突き立てる勇姿を忘れない。

やれやれ。今度はキース・エマーソンの訃報だ。享年71歳。
サンタモニカの自宅において拳銃で頭を撃っての自殺だったという。

難治性の神経系疾患フォーカル・ジストニア(1)のため指が動かず、演奏が困難
になったことを憂い鬱状態だったそうだ。
この病気は手指を酷使する演奏家にとっては職業病とも言える。

日本でもこの世代の音楽関係者が病気から来る鬱で自殺している。
なんともやりきれない気持ちだ。





キース・エマーソンは(説明するまでもないが)’70年代に全盛を極めたプログレ
ッシブ・ロックのバンド、エマーソン、レイク&パーマー(ELP)のキーボード
奏者であり、ロックにおけるシンセサイザーの地位を確立した人である。


従来ロックバンドの最小ユニットは3ピース。ギター、ベース、ドラムだった。
しかしELPはギター不在でキーボード、ベース、ドラムの3ピース構成。
ジャズ・バンドのスタイルである。

ELPが登場した1970年はロックは歪んだ大音量のギターによる派手なリフ、パワ
ーコードを駆使した厚みのある音が主役であった。
しかしELPはギターが担っていたコード、リフなどサウンドの上層部全般をキー
ボードでやってしまうことで「ロックはギターが主役」の定石を覆したのだ。




キース・エマーソンはクラシック、オールドジャズを取り入れた卓越したテクニ
ックで、歪ませた鋭い音のハモンドオルガン(2)と当時まだ脇役のシンセを駆使し、
ギターと同等のロックサウンドを実現した。

( ELP=シンセサイザーのイメージが強いかもしれないが、ELPの特徴的なサウ
ンドのほとんどはハモンドオルガンで作られている。
シンセは音色が自由で連続音階が可能だが、単音しか出せないのでソロ用だ)


さらにベースのグレッグ・レイクはメロディアスなラインでキースのキーボー
ドに絡み、時にはベースにファズやワウもかけギター不在を十分補った。
また曲によって彼はアコースティック・ギターに持ち替え見事なプレイをする。

ドラムのカール・パーマーはどっしり安定したリズムをキープしながらも、手数
が多く歯切れがよいフィルを繰り出し迫力あるサウンドを作っている。





今までステージでは地味な存在になりがちだったキーボードをビジュアル的にも
主役の座に引っ張り上げたこともエマーソンの大きな功績だ。

2台のキーボード(上にモーグ・シンセサイザー(3)が置かれ、その背後には配線
むき出しの大きなモジュールなど機材が段積みされていた)を前後に配し、その
間に立ったまま全身で演奏するというスタイルは斬新であった。


音を鳴りっぱなしにさせるためハモンドオルガンの鍵盤にナイフを突き立てる
パフォーマンスも観客を沸かせ、彼のトレードマークになった。
(ステージ毎に鍵盤を交換していたらしい。使用不能になったものも多いとか)


ハモンドオルガンを傾けたり持ち上げ、上に乗って揺さぶったり、放り投げたり
蹴り飛ばして倒しハウリングを起こさせノイズを出すのも毎回であった。
本人は「ピート・タウンゼントがやっていることと変わらない」と言っている。

彼が痛めつけていたのはハモンドL-100である。(4)
ハモンド社は修理に応じていたが、扱い方を知ってからは断り続けたという。





こうしてELPはピンクフロイド、キングクリムゾン、イエスと並んでプログレッ
シブ・ロックの4大バンドになった。
ELPの名前を広く世に知らしめたのは「展覧会の絵」だろう。

19世紀のロシアの作曲家ムソルグスキーのピアノ組曲「展覧会の絵」をモーリス
・ラベルが管弦楽用に編曲したスコアを元に大胆なアレンジを施している。
ELP版「展覧会の絵」は組曲の全てではなく抜粋で、一部は歌詞を加え、また新
たにオリジナル曲を加えている。


重厚なハモンド・オルガンが響く「プロムナード」で始まりスピード感のある曲
からヘビーな曲とインストが続き、グレッグ・レイクがアコースティックギター
一本で美しいオリジナル曲「賢人」を歌う。
再びエマーソンの卓越した演奏とレイクのベース、パーマーのドラムが絡み合う
力強い楽曲が続き、最後はレイクが歌う「キエフの大門」で大作は幕を閉じる。

アンコールはチャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」の「行進曲」をこれま
た歯切れ良いロックにアレンジした「ナットラッカー」。



↑写真をクリックすると「展覧会の絵」が視聴できます。
(デビュー年の1970年­12月ロンドン、ライシアムで行ったコンサート)


ELPの「展覧会の絵」は1971年3月にイギリスのニューキャッスル・シティー・
ホールでライブ録音されたものである。
しかし5月には2枚目のアルバム「タルカス」が発売されることになっていて、
「展覧会の絵」は未定のままだった。

9月のメロディー・メーカー誌の人気投票では、前年のレッド・ツェッペリン
に代わってELPが首位になり「タルカス」もアルバム部門で首位を獲得。
ELP人気が高まる中、憂慮すべき事態も起きた。


「展覧会の絵」を含む2枚組の海賊盤が出回るようになったのだ。
その対処としてELP側は公式盤「展覧会の絵」(1枚)を11月に発売した。

そんな不本意な経緯で発表された作品だったが、売れ行きはすさまじく英国オ
フィシャルチャートで3位、米国ビルボードチャートで10位、日本のオリコン
チャートで2位を記録している。



翌1972年にはワールドツアーが行われ、7月には初来日。
後楽園球場と甲子園球場で野外コンサートが実現した。

後楽園球場では台風のため機材の調子が悪く、甲子園球場では観客がステージ
になだれ込み、途中で中止になるというアクシデントがあった。


後楽園球場のライブは10月にNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で放送
され(5)、エマーソンが鍵盤にナイフを突き立てるシーンも見ることができた。
「いいぞー!エマーソン」の野次まで聴こえた。

グレッグ・レイクがギブソンJ-200を弾きながら歌う「賢人」では、彼の手元
を凝視しながら自分のコピーが完璧であったことを確認し喜んだものだ。


↑写真をクリックすると1972年日本公演の「ホウダウン」が視聴できます。


1973年にリリースされた4枚目の「恐怖の頭脳改革」はELPの最高傑作と評価
も高い。友人に聴かせてもらったけど僕はあまりいいとは思わなかった。
その頃からだんだんELPから離れて行く。

ELP自体その後は活動休止状態が続き1977年に「ELP四部作(Works Vol.1)」
「作品第2番(Works Vol.2)」を発表するが、翌年3人は解散に合意。
(正式に解散が発表されたのは2年後の1980年2月だった)


僕が最後にELPの新譜を聴いたのは1979年10月に発売された「イン・コンサ
ート」(1977年のモントリオールでのライブ)だった。



ELPのアルバムでどれがいいか?と言われるとやはり「展覧会の絵」だと思う。
が、2枚目の「タルカス」も完成度が高く捨てがたい。

A面が想像上の怪物タルカスをモチーフにした組曲、B面はプログレ・ロック、
ホンキートンク・ジャズ、ロックンロール、賛美歌で構成されている。
このアルバムで「ELPっぽい音」が確立したと思う。



個人的には1972年に発売された4枚目の「トリロジー」もお気に入りだ。
「展覧会の絵」の成功の後で期待が高まった作品だったがやや散漫な印象だ。
でもA面はけっこう好きでよく聴くことが多い。(CDだと6曲目まで)


中でも一番好きなのが「フロム・ザ・ビギニング(From the Beginning)」
グレッグ・レイクの作品で、彼の透明感あるアコースティック・ギター演奏と
森の奥から聴こえるようなボーカル、穏やかなエレクトリック・ギター。
カール・パーマーはドラムを離れボンゴを叩いている。静かな作品だ。

主役のキース・エマーソンはお休みか?と思ってしまうが、最後の3分辺りか
ら絶妙なモーグ・シンセサイザーのソロで盛り上げてくれる。

シンセでこんな歌心のあるリフを弾くキーボード奏者って他にいただろうか。


↑写真をクリックすると「From The Beginning」が聴けます。

Rest in peace Keith Emerson.
Deepest respects.

(1)フォーカル・ジストニア(局所性ジストニア)
神経疾患の一つ。筋肉収縮を引き起こし 主に手、指が動かなくなる。
演奏家に発症例が多い。治療法が発見されていない難治性の疾患である。
原因は過度の練習などによる特定の動作の過剰な反復で、神経伝達機能に過剰
な負荷がかかるためと見られている。

ピアニストの場合は鍵盤を叩く時に速い指の動きができない(巧緻動作障害)、
また指に力が入らないため垂直方向への鍵打が思うようにできなくなる、など
の症状が起きる。
<出典:音楽家のための専門的な鍼治療>


(2)ハモンドオルガン
パイプオルガンのパイプの代わりにトーンホイール(磁性金属の円盤)を回転さ
せ電磁ピックアップで拾った波形を音源として出力する電気楽器。
1934年にローレンス・ハモンドによって発明された。

1940年代にオルガン奏者ドン・レスリーが開発した回転する高音用ホーンと
低音用ローターを持つスピーカー(オルガンの音に空間的な広がりを持たせ
ビブラートをつけて厚みを増す)とセットで使われることが多い。
独特の力強い深みのある音色で、和音では重厚な響きが得られる。

もともと中小の教会でパイプオルガンの代わりに使われていたが、1940年代
からはジャズ、1950年代に入るとロックで使用されるようになった。
1960年代後半にはディープパープルやプロコルハルムのサウンドの要になる。


(3)モーグ・シンセサイザー
1964年にアメリカのロバート・モーグ博士が開発したアナログ・シンセサイ
ザー(電子楽器)。
モーグ・シンセサイザーとキース・エマーソンについては改めて書く予定。


(4)ハモンドL-100
家庭用タイプのスピネット・モデル。スピーカ内蔵で単体でも音が出る。
エマーソンはハモンドC3も使用しているがステージでのパフォーマンスには
もっぱらL-100を使っていた。

この他にスタンウェイ&ソンズのグランドピアノD274、ローレンスのエレク
トリック・ピアノを使用している。
「ナットロッカー」で弾いていたのはホーナー・クラビネットD6だ。


(5)「ヤング・ミュージック・ショー」
1971年10月から1986年12月までNHK総合テレビで不定期放送された音楽番組。
BBCが制作したコンサートやスタジオ・ライブの他、来日アーティストの公演を
NHKが収録したものも放送された。
クリーム、CCR、ELP、ローリングストーンズ、ディープパープル、ピンクロ

イド、スリー・ドッグ・ナイト、エルトン・ジョン、シカゴ、キッスなど。


<参考資料:鈴木楽器製作所、Keith Emerson's gear、Wikipedia他>

2 件のコメント:

縞梟 さんのコメント...

こんにちは。

質問ですが、E,L&Pの後楽園の映像はyoutubeに東京12チャンネルの生放送のものが
大量に出回っていますが
(台風接近中の悪天候の中、この生放送に合わせるため開園時間が1時間遅れたとか(苦笑)
ちなみに番組協賛にグレコの名前があるのが当時のメーカーの勢いを感じられて懐かしいですね)
「ヤング・ミュージック・ショー」も後追いで放送したのでしょうか?

http://musicnightwhisper.blog.fc2.com/blog-entry-1078.html

映像が見れなかった頃は、エマーソンが通常ハモンドに短剣を突き刺すのを
日本公演は日本刀で切りつけたというデマが広まってましたが
日本刀振り回したら銃刀法違反で逮捕されるだろうに(笑)

イエロードッグ さんのコメント...

縞梟さん

E,L&Pの後楽園は友人が見に行きました。
後からTVで見ましたが、ヤング・ミュージック・ショーかどうか?です。
グレッグ・レイクのThe Sageという曲をちゃんと弾けるようになる、
というのが高校生の頃の目標だったので、食い入るように見ましたよ。
耳コピしたのが全部合ってるのを確認した時は嬉しかったですねー。
ちゃんと弾けるかどうかは別として(笑)

日本刀で切りつけたのはZepのメンバーで、狼藉を働いたのはホテル。
切ったのは掛け軸だったと思います。
ピアノの足をのこぎりで切ろうとしたり。TVを窓からぶん投げるとか。
ボンゾは新幹線で泥酔して他の客の席で寝てしまったそうです。
大変だったみたいですよ。あちこち頭下げて弁償して。
当時アトランティックで担当してた方から直接聞いた話です。

逆にそういう暴れん坊がいない今のロック界は寂しい気もします。