2020年1月14日火曜日

史上最強バンド、クリームの軌跡。奏法〜使用楽器と機材。

<クリーム結成の経緯>

クラプトンが最初に名声を得たのはヤードバーズであった。
媚びないバンドのはずが、徐々にティーンエイジャー向けの売るためのポップ路線
へと舵を切っていたため、ブルースを追求していたクラプトンは嫌気がさし脱退。

ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズに参加。
クラプトンはレスポール+マーシャルのアンプのコンビネーションを確立 (1)

ディストーションの効いた切れ味鋭い音で、圧倒的な冴え渡ったプレイを披露。
ロンドン中で噂になり CLAPTON IS GOD (2)と言われるようになる。





クラプトンはアルバム一枚に参加しただけで脱退。
ジンジャー・ベイカーに新しいバンドに誘われたクラプトンは即座に受け入れるが、
ジャック・ブルースをベースとして迎えることが条件だった。(3)


ジョン・メイオールはライブ時のクラプトンの攻撃的なギターを評価しており、
当初はライブ盤を予定していた。
ベースにジャック・ブルースを招き実際に録音したがうまく録れていなかった。
クラプトンはその時、ブルースに会いその実力に感銘を受けたのだろう。


ベイカーはその提案に驚き、車(ローバー)をぶつけそうになったという。

クラプトンは知らなかったのだが、グレアム・ボンド・オーガニゼーションで
一緒だったベイカーとブルースは非常に仲が悪いことで有名だった。
お互いのスキルを尊敬してはいたが、二人ともエゴを抑制できなかったのだ。





1966年当時の英国の精鋭とも言える3人によるミニマムのユニットの誕生。
たった3人であんな分厚いサウンドを創り、ボーカルまでこなしていたとは!



クリームを始める際「今度は自分が歌うんだと思っていたが、ほとんどジャックが
歌うことになった。ジャックは作曲の面でも大量生産型だったしね」とクラプトン
は言っている。
クラプトンはまだ作曲力が十分ではなくボーカルも弱かった。





バンドは「クリーム」と名付けられた。
3人とも英国のミュージシャンの間で「cream of the crop(最高によりすぐった
、あるいは人)」と見なされていたからである。


最初のギグでクラプトンは「この二人には何か確執ある」と感じたそうだ。
ブルースとベイカーの対立はバンドに緊張をもたらした
メンバー同士がエゴむき出しで、お互いの意見を十分に聞かない。

クラプトンはある時、コンサート中に演奏を止めてみたが、ベイカーもブルースも
気づかず演奏を続けていた、と回想している。






<クリームの活動期間は3年しかなかった>

クリームは1966年7月にデビューする。
ロバート・スティグウッドのプロデュースでデビュー・アルバムFresh Cream
が録音され、同年の12月に発売。

ブルースのカヴァーが半分、ブルースが3曲、ベイカーが2曲提供した。
シングルI Feel Freeも同時リリースされた。


2枚目のDisraeli Gears(カラフル・クリーム)は1967年11月発売。
時代のせいか、サイケデリック色が強くなりオリジナル曲で構成された。
Strange BrewSunshine of Your Loveがシングルカットされている。





このアルバムからフェリックス・パパラルディ(後にマウンテンのベーシストに
なる)がプロデューサーとなる。

3枚目のWheels of Fire(クリームの素晴らしき世界)はスタジオ録音とライブ盤
の2枚組として、1968年8月に発売。White Roomがシングル・カットされた。
スタジオ録音は5分以内にまとめられているが、ライブは長尺で15分以上に及ぶ
もあった。


3人は1968年5月の全米ツアー中に解散を決断。7月に公式発表。
10〜11月の全米ツアー、11月25日と26日のロンドン公演で幕を閉じた。

翌1969年2月、ライブ演奏3曲とスタジオ録音3曲(4)Goodbyeを発表。
解散後に発売された4枚目のオリジナル・アルバムが最後となった。





結成時より抱えていた根源的な問題によりクリームはわずか3年で解散した。
にもかかわらず、クリームの存在感、ロック界に与えた影響は大きい



<クリームの音楽の特徴>

レコードでは3〜5分のタイトな演奏が多いが、ライブでは10〜15分を超える
長尺の演奏が中心になった。

大半はクラプトンの攻撃的なギターソロで占められるが、それに負けじとブルース
のベースの域に留まらない、リードベースとも言える攻撃的なフレーズが絡み
二人のソロが同時進行して行く。

ベイカーのドラムもパターンを外れた自由な叩き方で、3人が対等な立場で火花
を散らすような演奏を繰り広げていた






歌が入る部分はヴァース、ブリッジ、コーラスの決められたコード進行に沿って
演奏されるが、一旦間奏に入ると上述のようにインプロヴィゼーション(アドリブ)
延々と続く。

ほとんどの曲はインプロに入ると、キーとリズムのみをキープしながら、コード
進行という枠は無視して自由に演奏された。

つまりキーがAならAのブルーノートスケールやペンタトニックスケールを基本
とし、そこから外れない限りどんどん広げて行ってもいいわけだ。



従来の「間奏は8小節」という既成概念からロックを解き放ちジャズのような
インタープレイを取り入れることで、ロックを新しい次元に昇華させたのである。

クリームは革新的だったが、それができるということは3人が卓越した演奏技術、
クリエイティヴ力を持っていたからこそ実現できたのだ。







<クラプトンの演奏スタイル、使用楽器、機材>

この人についてはもう説明の必要がないくらいだろう。

ロバート・ジョンソンを敬愛しブルースを追求し、最初は敬遠していたシカゴ・
ブルースにしだいに傾倒して行く。

中でもB.B.キングの影響は大きいようで、あの小刻みに揺らすヴィブラート
ベンディング、歌の合間に入れるオブリもB.B.から学んだものだろう。
B.B.のフレーズは単純で一つ一つが短いが、クラプトンは滞りなく流れるような
早いパッセージを、強弱や音色の微妙な変化も自在にコントロールしながら弾く。

ブルースブレイカーズで確立したギブソン+マーシャルのディストーション・
サウンドをクリームでも踏襲している。





クリームの初期は新たに入手した1964年製SG(ジョージ・ハリソンから寄贈
された)(5)にサイケデリックなカラフルなペイント(ザ・フールというアーテ
ィスト集団に依頼した)を施したものを主に使用していた。(6)
チューナーはグローバーに変更されている。


クリームの解散コンサートでも使用された1964年製チェリーレッドのES-335は、
ヤードバーズ時代に購入したもので、クリーム後期(1968年頃)からメインで
使用されている。






またクリーム時代にはファイヤーバードⅠ(1963〜65製)も使用している。
ミニハムバッカーをリアに1つだけマウントしたシンプルなモデルで、トレブリー
なサウンドが特徴的で鳴りがいい。

マーシャルのアンプはブルースブレイカーズ時代に使用していた45WのJTM45
から100WのJTM100ヘッドアンプにスタックス型キャビネットへグレードアップ。






クリームでのギターサウンドに欠かせないのがワウペダルだ。
1967年、世界初のワウペダルVOX Clyde McCoy Wah-Wah Pedalをニューヨーク
の楽器店で入手し、Disraeli Gears(カラフル・クリーム)で使用。

ペダルを踏みこむと高音域がブーストされ、上げた状態では中低音域がブースト
されるので音色の変化が得られる。White Roomもワウ抜きで成立しない曲だ。
クラプトンはワウペダルの名手と言っても過言ではない。(7)




<ジャック・ブルースの演奏スタイル、使用楽器、機材>

ジャック・ブルースはリズム隊としてのベースではなく、インプロヴィゼーション
でフレーズを構築していく、いわゆるリードベースの先駆者の一人である。





ヴァニラファッジのティム・ボガード、ザ・フーのジョン・エントウィッスルも
このスタイルのベース奏者だが、この2人とブルースの違いはフレージングにジャズ
やクラシックの要素が感じられる点である。


ブルースは10代の頃にチェロを学び、バッハに大きな影響を受けた。
ジャズ・バンドにも在籍し、グレアム・ボンド・オーガニゼーションではベイカー
とも一緒に演奏していた。

お互いに触発しながら即興的に演奏をしていくインタープレイもジャズからの影響
で、クリームではクラプトン、ベイカーと丁々発止の熱演が繰り広げられた。





奏法は、ほぼ人差し指のワンフィンガー、トレモロ気味に弾く時は中指も使っている
ようだが、とにかく右手のアタックが強い。ピッキングはブリッジ寄りのことが多い。

ボボボ、ブワーンと歪んだ独特の太いサウンドが特徴で、ブラックナイロン弦なの
かと思ったが、そうではないようだ。
ギブソン+マーシャルのセットでディストーションを得ているのだろう。

ジャック・ブルースといえばEB-3、というくらいトレードマークとなっている。
ギブソンのSGとボディの形状が同じなのでSGベースと呼ばれることもある。





ギブソン初のソリッドボディのエレキベースで、ブルースは1962年製を使用。
30.5インチというショートスケール。(フェンダーは34インチ)
テンションがゆるいため、サステインのある温かみのあるサウンドが得られる。
ショートスケールにしたのはベンディング(チョーキング)をやりたかったから、
とブルースは言っている。

フロントにハムバッカー、リアにはミニ・ハムバッカーと2基ピックアップを搭載。
フェンダーのように帯域は広くないが、中低音域に強い特徴がある。


ジャック・ブルースはボーカルの圧も強い
クラプトンは「ジャックには圧倒されっぱなしだった」と語っている。




<ジンジャー・ベイカーの演奏スタイル、使用楽器、機材>

ジャズを習得しており、ブルース、ロックを融合させ、アフリカ民族音楽も取り入れ、
独自のスタイルを確立している。
時には裏打ちなど、ビートのアクセントのつけ方も変化に富み他に類を見ない。





ジャズ畑出身ではあるが、クリームではジャズのレギュラー・グリップではなく、
ロック系に多いマッチド・グリップで叩いている

また普通はスティックのお尻から1/3のところに支点を置くように持つが、ベイカー
は端っこを握っている。スティックも長めのを使用しているようにも見える。
そのため力強いアタック音が得られるのだろう。ハードヒッターだ。

インタビューでは「アンプの音が大きすぎて自分の音が聞こえないから、目一杯叩か
なければならなかった」と答えている。(8)


ドラムソロでは一定のテンポを保ちながらルーディメンツ(スネアの連打)を派生
させていくパターンが多く、スネアを多用したジャズ寄りのソロ、タムを多用した
民族音楽的な叩き方が多い。





クリーム時代はラディックのシルバースパークルのセットを使用していた。
2バスドラムはロックにおける第一人者である。

2つのバスドラムは間隔をあけて角度をつけてセットしてある。
かなり足を開いてキックしていたはずだ。

2タム+2フロアタム、いずれも打面はほぼ水平にセッティングされている。
しっかり腕を上げ、真上から振り下ろさないと叩けない。
ベイカーのストロークが大きく見えるのは、そのためかもしれない。


ライド、クラッシュ、ハイハットなどシンバルはジルジャン(Zildjian)を使用。
カウベルやチャイナ・ゴングもセットされている。




↑ベイカーの後ろにWEMのキャビネットが見える。ヘッドアンプはHI-WATTだろうか。
クラプトンのギター用と思われる。デヴィッド・ギルモアもこの組み合わせだった。



次回はクリーム再結成について。

<脚注>

2020年1月5日日曜日

クリーム解散直前の全米ツアー、ロンドン公演が発売!

年末に友人が教えてくれた。

2020年代のスタートを飾る貴重な発掘音源が2月に発売されるらしい。
1968年クリームが解散宣言後に行った10月の全米ツアーから3公演
11月26日のロンドン公演を全曲収録した4CDセットである。



Disc1~3に収録される全米ツアー3公演はオリジナル・テープより新たにリマ
スターされた最高音質で収録、とのことだ。

全35曲中、最後のアルバム「Goodbye Cream(1969)」に収録された3曲、
後にリリースされた「Live Cream Volume II(1972)」に収録された3曲、
クラプトンの自伝映画「Life In 12 Bars(2018)」OST盤収録の1曲以外は
すべて初登場の音源だ。

Disc4ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールでの最終公演をオリジナル
・マスターよりトランスファーされた初音源。
BBCテレビで放送され後に映像作品化ものより格段に高音質だろう。





↑Sunshine Of Your Love (Live At Oakland Coliseum)が公開されている。

音はかなりいい。ボーカルは二人ともセンター。
クラプトンのギターは右寄り、ジャック・ブルースのベースは左寄り
ベースもリードのような唸る演奏をしてるのでこの定位は聴きやすい
ジンジャー・ベイカーの4タム、2バスドラ、スネア、ハイハット〜ライド〜
クラッシュ・シンバルの強烈なアタック音が左右に広がり迫力満点だ。



以下が収録曲である。

DISC 1 – 1968/10/4 オークランド・コロシアム (USツアー初日)
White Room
Politician
Crossroads 
Sunshine Of Your Love 
Spoonful 
Deserted Cities Of The Heart
Passing The Time 
I'm So Glad 

*は「Live Cream Volume II(1972)」に収録。


DISC 2 – 1968/10/19 LAフォーラム
White Room 
Politician
I'm So Glad
Sitting On Top Of The World
Crossroads 
Sunshine Of Your Love 
Traintime 
Toad 
Spoonful**

*は「Goodbye Cream(1969)」に収録。
**は「Life In 12 Bars(2018)」OST盤収録。


DISC 3 – 1968/10/20 サンディエゴ・スポーツ・アリーナ(全曲未発表)

White Room 
Politician 
I'm So Glad 
Sitting On Top Of The World 
Sunshine Of Your Love 
Crossroads 
Traintime 
Toad 
Spoonful 


DISC 4 – 1968/11/26 ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール(初CD化)

White Room 
Politician 
I'm So Glad 
Sitting On Top Of The World 
Crossroads 
Toad 
Spoonful 
Sunshine Of Your Love 
Steppin' Out 



↑このツアーでクラプトンはギブソンのファイアバードとES-335を使用。
ジャック・ブルースはギブソンEB-3、アンプは二人ともマーシャル。
ジンジャー・ベイカーはラディックのシルバースパークル2バス・セット。
(シンバルはジルジャン)



多少の違いこそあるものの、Disc1~4のソングリストはほぼ同じ。
長尺の曲の演奏の出来を聴き比べるのは、けっこう根気が要りそうだ。

それとこのツアーがクリームのインタープレイ(1)の頂点か?と問われると、
うーん、どうなんでしょうねー。



個人的には以下2枚のライヴ盤がクリームの真骨頂ではないかと思う。
いずれも1968/3/10 サンフランシスコ・ウィンターランドでの録音。
クラプトンによる解散宣言が7月10日だから、その4ヶ月前のライヴだ。





Wheels of Fire(1968 クリームの素晴らしき世界)
2枚目(2)に収録のLive at the Fillmoreからの4曲。

Crossroads 
Spoonful 
Traintime 
Toad 


Live Cream(1970)

N.S.U. 
Sleepy Time Time 
Sweet Wine 
Rollin' and Tumblin' 
Lawdy Mama *1967年のスタジオ録音。Strange Blueと演奏は同じ。(3)




Live Creamの方はデビュー・アルバムのFresh Cream収録曲でのみで、
後のヒット曲は入ってないものの、緊張感がありながらよく制御された
4人のインタープレイが堪能できる

僕はヤマハの輸入盤セールでこのLive Creamを買って聴き込んだ。
ジャケットもいい。(ジャケ写は10月の全米ツアー時のものと思われる)
N.S.U.が特に好きでバンドでもやった。(僕はベース担当だった)


Live Creamの好評でLive Cream Volume II(1972)も発売された。

Deserted Cities of the Heart 
White Room 
Politician 
Tales of Brave Ulysses** 
Sunshine of Your Love 
Steppin' Out**

*は1968/3/9 サンフランシスコ・ウィンターランドで収録。
**1968/3/10 サンフランシスコ・ウィンターランドで収録。




前半の3曲は1968/10/4日 オークランド・コロシアム・アリーナで収録。
(つまり今回のDISC 1収録と同じテイクということになる)

クリームの代表曲が網羅された美味しい内容にもかかわらず、なんかバラ
け感があるし、ボーカルもインプロビゼーションもイマイチと感じた。


Goodbye Cream(1969)収録の3曲(今回のDISC 2と同じ)は好きだ。







DISC 1~3の全米ツアー3公演をリマスターされた音で通して聴くと、
今まで抱いていた解散前のライヴの印象が変わるかもしれない。







ロイヤル・アルバート・ホール最終公演は、映像とセットでHi-Fiとは言い難い
(会場の残響音のせいか?)というマイナスイメージが残っていた。

映像自体も暗く、カメラワークが落ち着きがなかった。
当時の演出なのかズームイン・アウトを繰り返し揺らしたり、カット割りが早
すぎて演奏してる姿が楽しめない。見ていて消化不良気味になる。



↑クラプトンは1964年製チェリーレッドのギブソンES-335を使用。
それに合わせたのか?赤いウエスタンシャツがカッコよかった。
ジーンズは映像から推測すると、リーバイス517ではないかと思う。


とはいえ当時、動いてるクリームは初めてなので見入ってしまった。
解散から数年後、NHKのヤング・ミュージックショー(4)という恥ずかしい
名前の番組で放送したのだ。


合間にクラプトンのインタビューとデモ演奏が入っているのも貴重だった。
サイケデリック・ペイントを施したギブソンSGを弾いてみせながら、
音色の作り方、フレーズの使い方、ビブラートのかけ方を説明している。

高校生だった僕はそれを見て、ベンディング(チョーキング)+ビブラート
を練習したものだ。



↑クリームの1968解散コンサートの映像が観られます。

17’00”からクラプトンのインタビュー&デモ演奏(字幕入り)が入る。
服装、髪型と髭、サイケSGを弾いてることから、このインタビューだけは
解散コンサート以前に撮られたものと思われる。



今回のDISC 4のロイヤル・アルバート・ホールでの最終公演はおそらく
残響音も処理され、DISC 1~3同様クリアーな音に一新されてるはずだ。



クリームは1966年にデビューして、わずか2年で解散してしまった。
しかし卓越したテクニックを持つ3人によるミニマムなユニットで、ブルース
ロックにジャズのインタープレイを取り入れた新しいスタイルを確立

解散から50年以上経った今でもスーパーバンドとして語り草になっているし、
彼らの鬼気迫るせめぎ合いの演奏は時代を超えてすごい!と思わせる。


そういう点で、この4CDセットはクリーム最後の貴重な音源である。
クリームのコアなファンだけでなく、次世代にも聴いてもらいたいと思う。





ジンジャー・ベイカーが昨年10月6日、80歳で他界した。
この数年、肺疾患、心臓疾患など健康面で様々な問題を抱えていたそうだ。

この4CDセット発売前に亡くなったのは残念である。
聴いたら「俺たちはやっぱり凄かった!」と誇らしげに言っだろう。



クラプトンは2020年2月17日ロンドンのハマースミス・アポロで盟友ジンジャー
・ベイカーの功績を讃える一夜限りのトリビュート・コンサートを行うことを
発表した。出演するゲストは今後発表される予定だ。

収益はベイカー家と近しいレナード・チェシャー(世界中の障害者が自立した
生活を送れるように支援する健康と福祉の慈善団体)に寄付される。


せっかくなので、次回もクリーム。
クリーム結成の経緯、3人の奏法、楽器、機材、再結成について掘り下げます。
乞うご期待!


<脚注>

2019年12月25日水曜日

チェット・アトキンスのクリスマスCD完全盤が出た!

チェット・アトキンスのクリスマスCD☃が発売された。
また?と思われる方もいるかもしれない。が、今回は決定版と言ってもいいだろう。

Chet Atkins - 
The Complete RCA Victor & Columbia Christmas Recordings




RCAビクター時代のアルバム、Christmas With Chet Atkins(1961)と
コロムビア移籍後のEast Tennessee Christmas(1983)。
この2枚はチェットのファンなら既に持ってるだろう。


今回のアルバムはその2枚に加え、アルバムには収録されていないシングル曲、
未発表曲、他アルバム収録のクリスマス関連曲、さらに1976年に再発された
Christmas With Chet Atkinsの新たに録り直された9曲まで網羅されているのだ。

しかも極上のリマスターが施されている。今までで一番音がいいと感じた。
レーベルはReal Gone Music。
RCAビクター、コロムビアの音源を使用した正規盤である。


↓RCA、Columbiaレーベルのピクチャー・ディスクが心憎い。
このRCAのニッパー犬に惹かれてつい買ってしまった(^^v)




装丁は薄型2枚組プラケースで表裏にディスクが収納されていて出しにくい。
ブックレットは28pカラーで当時のジャケ写、曲の解説(英文)がぎっしり。



さっそくディスク1の収録曲を解説。




1. The Bells Of St. Mary'sは1953年のシングル(B面Country Gentleman)
2. Jingle Bells / 3. Christmas Carolsは1955年のシングル。

4.Sleigh Bells, Reindeer and Snowはチェットによるオリジナル曲。
タイトルを訳すと「そりの鈴、トナカイと雪」。
チェットのギターと当時6才の愛娘マール(1)の歌が微笑ましい作品。

家族のために自宅スタジオ録音したもので未発表曲(2)
長年アトキンス家の棚に保管されていたらしい。



5. Greensleevesは名盤の誉れ高いChet Atkins In Hollywood(1959)より。

このアルバムは全編映画音楽で、タイトル通りハリウッドで録音された。
オーケストラをバックに控えめなギターが美しい。


↓夜景+チェットの愛器6122 Country Gentlemanのジャケットも人気だ。





6122 Country Gentlemanはグレッチ社とチェットの共同開発で1957年に発売。
チェットのトレードマークとも言えるシグネチャー・モデルのも代表格だ。

長年チェットのバックを務めたポール・ヤンデルによると、1959年製が最も
完成度が高いらしい。
後にジョージ・ハリソンが1962年製ダブルカッタウェイを愛用し、Country 
Gentlemanは世界中のギター・ファンに知られることになる。



6〜19.の14曲はRCAビクター時代のChristmas With Chet Atkins(1961)
アニタ・カー・シンガーズの美しいコーラスとの掛け合いがすばらしい。


↓雪景色+チェットの愛器6120 Nashvilleのジャケットにファンは萌えてしまう。


↑クリックするとJinglebell Rock(1961)が聴けます。



6120 Nashvilleもまたチェット名義のグレッチ社の名器である。(1955年発売)
当初はディアルモンドのシングルコイルP.U.を搭載していたが、1957年後半から
フィルタートロンP.U.が搭載に変更された。(3)
ギブソンのハムバッキングほどファットでもなく、フェンダーのシングルほど
非力でもないこのピックアップは、グレッチのホローボディと相性がいい。

ブレーシングが強化された時期があるが、それが除かれホローボディーの鳴りを
取り戻した1959年製は6120 Nashvilleの黄金期と言える。

Country GentlemanとNashvilleは使用している木材(メイプル)、フィルター
トロンのピックアップ、ビグズビーのトレモロアーム搭載など類似している。
違いはボディーの大きさ。

6120 Nashvilleはボディに厚みがあり、甘い箱鳴りの響きが得られる。
エディー・コクラン、デュアン・エディー・ブライアン・セッツァーが愛用し、
ロカビリー好きに人気がある。

一方Country GentlemanはNashvilleより幅広だがボディー厚が薄い。
そのためカラッとした、きらびやかなサウンドが特徴だ。



僕の推測では、ジャケ写は雪景色に映えるオレンジ色の6120 Nashvilleを使用
した (4)が、レコーディングは主にCountry Gentlemanを弾いてると思う。
後半はソロでクラシック・ギターを弾いてるが、使用器は不明。



20. I Heard The Bells On Christmas DayはRCAのアーティストたちに
よるコンピレーション・アルバムNashville Christmas Party ‎(1962)に収録。
これはレアだ!初めて聴いた。

チェットはゴスペル曲集アルバムPlays Back Home Hymns(1962)のレコーデ
ィング期間中にこの曲を録音したらしい。
Plays Back Home Hymnsに収録されててもしっくり来そうな曲だ。

このアルバムはスキーター・デイヴィス、エディー・アーノルド、アニタ・
カー・シンガーズ、ハンク・スノウ、フロイド・クレイマーも参加(未CD化)



↑クリックすると I Heard The Bells On Christmas Dayが聴けます。


21. Winter Walkin’はアルバムGuitar Country(1964)に収録されている。
ジェリー・リードの曲でチェットはTVショーやライブでも弾いている。

22. Ave MariaはアルバムClass Guitar(1967)収録曲。
このアルバムはこの曲も含め全てクラシック・ギターで演奏されている。




続いてディスク2収録曲の解説。




1. GreensleevesはChet Atkins In Hollywood(1961)より。
あれ?ディスク1の5曲目にあったはず、と気づかれた方も多いと思う。

チェットは1959年に発売したこのアルバムを1961年に再録しているのだ。
オケは前回のを流用。
ナッシュビルの自宅スタジオでギターのみ全曲分、録り直したそうだ。

どちらもあまりに完成度の高い演奏なので、言われないと気づかないが、
よく注意して聴き比べるとフレーズが違ってるのに気づく。
またミックスダウンをやり直したらしく、オケの定位が1959年盤と異なる。


↓ジャケットも1961年盤は女の子+ギターに変わった。




ギターはグレッチの6125 Anniversaryのように見える。
薄型のフル・アコースティック(センター・ブロックがない)モデルだ。
1958年発売で6120と同じメイプル材でフィルタートロンP.U.搭載。

しかし6120のような6弦側フレットボードにポジション・マークではなく、
ギブソンJ-200のようなクラウン・インレイである点、コントロール・ノブ
の位置、ピックアップもディアルモンド社のシングルコイルに見える、と
通常の6125と相違点も見られる。これが何か?わかる方、教えてください。


このギターを撮影に使用したのは色調が合ったからではないかと思う。
実際のレコーディングでは別なギターを使用している可能性がある。
心なしか、In Hollywoodの1961年再録盤はハムバッカーよりも細い音の
ような気がするが、イコライジングのせいかもしれない。

あるいは1959年に6120 Nashville の廉価版として開発されたチェットの
シグネチャーモデルの6119 Tennessean (5)を弾いてるかもしれない。


TennesseanのハイロートロンP.U.はフィルタートロン(ハムバッカー)の
片側コイルからポールピースを抜き取って音を拾わないようにし、もう片方
のシングルコイルからのみ音を拾うように改造したもの。
これによってノイズを除去するハムバッカーの役割は残しつつ、サウンドは
シングルコイルの立ち上がりが早い高域が冴えた音となる。



2曲目のBells Of Saint Mary'sはアルバムSuperpickers(1973)収録曲。


3〜11曲はChristmas With Chet Atkins(1961)を1976年に再発する
にあたって、チェットがギターのみ録り直した9曲
(バックの演奏、コーラスは1961年のものを流用。)

ギターの音色、弾き方の違いは慎重に聴き比べないと分からない。

The First NoelSilent Nightは1961年盤でクラシック・ギターを弾いている
が、1976年再録盤はエルベッキオのリゾネーターを使用している。

クラシックギターはハスカル・ヘイルかマヌエル・ベラスケスではないか。
Little Drummer Boyではクラシックギターの音がやや硬い印象。
ピエソP.U.を通した音と生音をミックスしているのかもしれない。(6)


その他、Winter WonderlandWhite Christmasで弾き方が違う。
また再録盤はミックスダウンでアニタ・カー・シンガーズのコーラスが少し
抑え気味で、曲によってはコーラスの定位も変わっている。(7)



以前チェットはインタビューで完成した自分の作品は聴かないと言っていた。
聴くと、やり直したくなってしまうから、とのこと。
あんなに完璧なのに。こうやった方が、と思ってしまうのだろうか。

またチェットは部分的に弾いて差し替えたりせず、必ず一曲丸ごと頭から
終わりまで通して弾くそうだ。
だからIn HollywoodにもChristmas Withもテイク違いとして聴けるのだ。



12〜23.はコロムビア移籍後2枚目のEast Tennessee Christmas(1983)。





1981年に完成した世界初ソリッド・ボディーのエレガット、ギブソンの
Chet Atkins CE (CEC) Classicalが使用されている。(8)


チェットはグレッチ社にソリッド・ボディーのナイロン弦ギターの構想を
持ちかけていたが、そんなの売れるわけないと拒まれていた。
(そこに至るまでポール・マクギルに依頼して試作品製作を重ねている)

グレッチ社は何度か経営不振に陥り、1980年にギターの製造を中止。
その1年前の1979年にチェットとのエンドースメントも解消していた。

そこでチェットはソリッド・ボディーのエレガットの企画をギブソン社に
持ちかけ、ギター・ビルダーのカーク・サンドとの共同開発で完成させた。




トップはスプルース、マホガニーのソリッドボディー。
サドル下にピエゾP.U.を配するのではなく、6弦独立のサドル自体がL.R.
Baggs製のピエゾP.U.という画期的な構造で、弦の振動を効率良く伝達。



East Tennessee Christmas冒頭のJingle Bell Rock、White Christmas
Let It Snow, Let It Snow, Let It Snowの3曲はエレクトリック・ギター
使用しているが、まろやかだけれど音が細く、どちらかと言えばフェンダー
系のシングルコイルP.U.のソリッドボディーの音に聴こえる。

おそらくギブソンがチェットのために製作したCGP Phasorだろう。






ストラトを角ばらせたようなボルドー色のボディ、上にチューナーを一列に
配したビグズビー式のヘッド、リア寄りにシングルコイルP.U.を2基搭載。

チェットが使用したこのモデルにはフェイザーが取り付けられていた。
アルバムではWhite Christmasでそのフェイザーをかけた音が聴ける (9)




↑クリックするとWhite Christmas(1983)が聴けます。




East Tennessee Christmasでは、セミホロウ・ボディーでハムバッカーの
ギターのように聴こえる曲もある。グレッチを使用したのか?
ギブソン版Country Gentlemanの発売は1987年だが、この時点で既に
プロトタイプが作られ使用されていたのかもしれない。
I'll Be Home for Christmasはエルベッキオのリゾネーターの音だ。


24. Ave MariaはアルバムAlmost Alone(1996)収録曲。
ギブソンから独立したカーク・サンドが製作した新しいエレガット一本
でのソロ演奏で2枚組は幕を閉じる。




以上だが、補足。実はチェットにはもう一枚、クリスマスCDがある。
チェットがギターを弾き、女優のエイミー・グラントが朗読する童話だ。

Chet Atkins, Amy Grant ‎– 
The Story Of The Gingham Dog And The Calico Cat
Rabbit Ears Musicレーベルから1999年に限定発売。現在は入手困難だ。




ギター+童話が20分程度でその後、チェットの演奏だけのトラックを収録。
全曲アコースティックで、チェットは多重録音で2台弾いている。
珍しくスチール弦のフラットトップ・ギター(ギブソン)も使用している。

同じモチーフを少しずつアレンジを変え演奏しているが、その1つはアルバム
Almost Alone(1996)収録のWaiting For Susie B.(10)である。

もう1つはチェット最後のアルバムとなったトミー。エマニエルとの共演盤
The Day Finger Pickers Took Over The World(1997)収録の
Smokey Mountain Lullaby。

どちらもチェットらしい美しい曲である。

<脚注>