2016年1月12日火曜日

星月夜。

「Vincent」は1972年に発表されたドン・マクリーンの曲である。
フィンセント・ファン・ゴッホの伝記に感銘を受けて書かれたという。
「Starry Starry Night」という歌詞はゴッホの代表作の一つ「星月夜(The Starry
Night)」に由来している。









この絵はゴッホがプロヴァンスのサン=レミの修道院の精神病院で療養中に描かれた。

ゴッホは「夜空の星をみているといつも夢見心地になる。なぜ夜空に輝く点に近づく
ことができないのか不思議に思う。僕らは死によって星へと到達するのだ」と言った。


手を伸ばせばつかめそうな星の光をゴッホは「高貴な光」と呼んだ。
「夜は昼よりずっと色彩豊かだ」とも語っている。
青と黄色。月も星も雲もぐるぐる渦巻く。

狂気とも言われたゴッホの目には夜の世界がこんなふうに美しく映っていたのだろう。







「Vincent」でマクリーンはこう歌いかける。

Now I understand, what you tried to say to me
And how you suffered for your sanity
And how you tried to set them free they would not listen
They did not know how, perhaps they'll listen now
今なら僕にもわかる あなたが何を伝えたかったか どんなに狂気で苦しんだか 
どれだけ人々を解き放とうと努力してたか 
みんな聞く耳を持たなかった 分からなかったんだ きっと今なら聞いてくれるさ


そして終盤にはこうも歌われる。

This world was never meant for one  as beautiful as you 
この世界はあなたのような美しい心の人には向いていなかった

ブライアン・ウィルソンが「I Just Wasn't Made for These Times」と歌った(1)
ことを思い出しちょっと悲しくなってしまう。



僕はドン・マクリーンの歌をリアルタイムで聴いていたわけではない。
この美しい曲を知ったきっかけは敬愛するチェット・アトキンスがカバーしていた
からである。
チェットの演奏の中でも僕にとっては「Vincent」は特別な一曲である。

チェット自身この曲はお気に入りのようで何回か録音し直している。(2)
ライブでも度々演奏している。

チェットはドロップDチューニング(キーはG)で開放弦の響きを活かしている。
終盤のハーモニクス奏法も美しい。







最後に作曲者のドン・マクリーンについて少しだけ説明しておこう。
日本ではあまり馴染みがないかもしれないが「アメリカン・パイ」は聴いたこと
がある人も多いのではないだろうか。

「アメリカン・パイ(American Pie)」は1971年に発表された彼の代表作だ。
ビルボード誌で4週間1位のヒットを記録した。


「So bye-bye, Miss American Pie」と繰返される親しみやすいメロディーと
「Miss American Pie」とか「Drove my Chevy to the levee」(シボレーを
運転して土手へ)というフレーズから脳天気な歌を想像してしまいそうだが、
歌詞の内容は複雑で意味深である。

この曲はバディ・ホリーが犠牲になった飛行機事故(3)を題材にしている。
曲中で繰り返される「音楽が死んだ日(The Day the Music Died)」は事故の
当日をさしている。
新聞配達のアルバイトをしていたマクリーンは記事でこの惨劇を知る。


飛行機の名前が「American Pie」だったという説があるがそれは違うようだ。
豊かではあるが退廃的でぼろぼろ崩れ始めたアメリカを指しているのだろうか。

歌詞は散文的で他の意味が重ねられた言葉がいっぱいある。
アメリカの当時の事情を知らないと読み解くのは難しいと思う。
'50~'60年代のヒット曲やアーティストを暗喩したフレーズも色々出てくる。(4)


8分36秒に及ぶ大作でシングル片面に収め切れずA面とB面に分けて収録された。
にもかかわらず全米のラジオ局のDJたちは両面すべてオンエアーした。
それは彼らがこの歌を「アメリカに聴いてもらいたかった」からだろう。


(1)「I Just Wasn't Made for These Times」
ザ・ビーチ・ボーイズの楽曲。邦題は「駄目な僕」。
1966年発表のアルバム『ペット・サウンズ』に収録。
革新的な考えを持つ男が周囲の人とうまく折り合えず、最終的に自分から人々の
元を離れてしまうという歌詞の曲。
この時期のブライアン・ウィルソンの心情を反映している。
テルミン(ロシアで生まれた世界初の電子楽器)が初めて使用された曲である。


(2)チェット・アトキンスがカバーした「Vincent」
Picks On The Hits   (1972)  
Me And My Guitar   (1977)
And Then Came Chet Atkins ‎(1979 LIVE)
Read My Licks ‎(1994)

Picks On The Hits  (1972)収録版はストリングスと男女のコーラスが入る。
チェットはエレクトリックギター(Gretch Country Gentleman)を弾いている。
Me And My Guitar   (1977)はクラシックギター(おそらくPaul McGill)のソロ。
And Then Came Chet Atkins ‎(1979 LIVE)も同上。
Read My Licks ‎(1994)はソリッドボディーのナイロン弦ギターによるソロ演奏。
チェットが使っているのは Kirk Sand Chet Atkins Studio Classic。
チェットの構想を元にギブソン社でGibson Chet Atkins CE を開発したギター・
ビルダー、カーク・サンズが独立して立ち上げたSands Guitarsのギター。


(3)バディ・ホリーが犠牲になった飛行機事故
1959年2月3日未明にミュージシャンのリッチー・ヴァレンス、バディ・ホリー、
ビッグ・ボッパーの乗ったミネソタ州ムーアヘッド行きのチャーター機が、アイオワ
州で墜落した。


(4)'50~'60年代のヒット曲やアーティストを暗喩したフレーズ
This'll be the day that I die → バディ・ホリーのヒット曲「That'll be the Day」
(when I die)のもじり。 
「That'll be the Day」は「あり得ないでしょ」「まさかね」の常套句。
「今日死ぬなんてありえない」という歌だったが皮肉にも本当になってしまった。
a girl who sang the blues → ジャニス・ジョプリンのこと。
the last train for the coast → モンキーズのヒット曲「Last Train To Clarksville
(邦題:恋の終列車)に掛けていると思われる。
rollin' stone → ローリングストーンズか?ディランの「Like A Rolling Stone」か?
Helter Skelter → ビートルズの「Helter Skelter」のこと。
The birds → ザ・バーズのこと。
Eight miles high and falling fast → 「Eight Miles High」はザ・バーズの曲。
ビートルズの「Helter Skelter」の歌詞「I'm coming down fast , but I'm miles 
above you」にも掛けているように思える。
While the Sergeants played a marching tune → ビートルズのこと。
Jack Flash sat on a candlestick → ストーンズの「 Jampin’ Jack Flash」。
No angel born in hell Could break that Satan's spell → ストーンズのコンサート
でヘルスエンジェルスが死者を出してしまったことを指しているのか?
ストーンズのアルバム「Satanic Majesty」にも掛けている可能性がある。
When the jester sang for the King and Queen → jester=道化師。
J. F. ケネディとジャッキーが招待されたマーチン・ルーサー・キングの集会で
ディランが歌ったことを指しているのかもしれない。
Kingはエルヴィス?という解釈もできるが。

(以上、気がついた範囲で)

<参考資料:Salvastyle.com、Discogs、Wikipedia他>

4 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

美しい曲ですね。
ゴッホの「星月夜」は大好きな絵です。
サン=ポール・ド・モゾル修道院の精神病院で療養中に描かれた絵ですが、
ゴッホの目には、きっと美しいものが強調されて見えて、
あんなふうに描かれたのかなあとも思いました。

チェット・アトキンスの「Vincent」もまろやかな音色が
とろけるような優しく美しいですね。

この曲かなり胸に響きました。

イエロードッグ さんのコメント...

>Mary Ppmさん

チェットの演奏で聴いてる時は曲の意味を知りませんでした。
それでも充分美しい曲だなあと感動しましたけどね。
チェットは余裕で弾いてますがこのアレンジはやってみると難しいです。
何度も練習したのにライブ本番では何度かつまずきました(涙)
10年前のことです。
どう弾くかすっかり忘れてしまいました。
また挑戦してみようかな。

絵のことはお詳しそうですね。
僕はよく分かりませんがゴーギャンとゴッホは好きなんです。
ゴッホは視覚を司る脳神経が麻痺していたのでしょうか。
滲んだように見える星や渦巻き状の雲や月はそのせいかなあ。
「ひまわり」「アルルの跳ね橋」も好きです。

「アルルの跳ね橋」は中学の時に買ったビゼーの「アルルの女」の
レコード・ジャケットに使われてました。
ゴッホには別に「アルルの女」という絵もあるんですけどね。
「アルルの跳ね橋」の方が一般受けするからかな?

余談ですが中学の音楽の授業でビゼーの「アルルの女」を「アルル
のひと」と読んだ奴がいました。
演歌じゃないんだから(笑)
彼はロールハッシャーテストでも「何に見えますか?」と訊かれて
「もよう」と答えた強者です。

Provia さんのコメント...

こんにちは。

チェットのVincentは私も好きですが、
個人的には何となく晩年のアルバム
「Almost Alone」を連想してしまい、
淋しさを感じる曲です。

しかしリンクされた映像を見ると改めて
チェットはもうこの世にいないのだという事を
実感してさらに淋しくなります。

こういう歌心のあるギタリスト、今はなかなか
いないですね。
やっぱり偉大なギタリストだと思います。

イエロードッグ さんのコメント...

>Proviaさん

Vincentはとても好きな曲です。
チェットの選曲のセンスの良さとアレンジの巧さのいい例です。
個人的には’70年代のチェットが特に好きなんです。
Vincentが入ってるMe And My Guitarはお気に入りのアルバムです。
Picks On The Hitsに入ってるアニタ・カー。シンガーズのような
コーラスが入ってるヴァージョンもいいですね。

最近YouTubeにアップされたチェットの動画を見ながらまたコピー
し直したりしていますが、やはり素晴らしいですね。
テクニック云々というより絶妙なズレのタイミング、タメ感とか。
ため息が出てしまいます。
歌心のあるギタリスト。確かにそうですね。