2016年7月23日土曜日

待ってました!のハリウッドボウル<前編>

タイトルでピンと来た人はかなりのビートルズ好きだと思う(笑)


7月20日についに発表されたのだ。
ビートルズの唯一の公式ライヴ・アルバム「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド
・ボウル」が9月9日に世界同時発売されます、と。


ビートルズのオリジナル・アルバムがCD化され出したのが30年前の1986年。
その後BBCの音源、未発表音源、リミックス、マッシュアップ、ベストなどが
発売され、オリジナル・アルバムも2009年にリマスターされた。

なのに「ハリウッドボウル」だけがずっとCD化されていなかったのである。


1977年5月にリリースされたこのアルバムは、1964年8月23日、1965年8月29日
と30日の3日間ハリウッドボウルで録音されたライブ演奏である。






<公式ライヴ盤リリースまでの経緯>

1964年に商魂たくましい米国キャピトル・レコード(1)はハリウッドボウル公演を
録音し米国内で発売したいとビートルズ側に要請。

ビートルズ側はオリジナル・アルバムでもっと良い音が聴けるし既発曲のライヴは
魅力がないと考え、それまでライヴ・アルバムの企画には至らなかった。(2)



依頼を受けたジョージ・マーティンが立会い、アメリカのスタッフによって1964
年8月23日の演奏が3トラックレコーダー(3)に録音された。
プロデューサー名義ではあるものの、外国人であるマーティンは口をはさめなかっ
たそうである。

3トラックレコーダーは当時アメリカでライヴ録音に使用されていたようで、通常
2トラックに演奏をステレオ録音して3番目のトラックはボーカル専用にする。
しかしこの時は「アメリカのスタッフたちがギターとボーカルを同じトラックに入
れる妙なミキシング(4)をしてた」マーティンは証言している。


この日の録音は米国キャピトル・スタジオでステレオ用2トラックにミックスダウ
され、イコライザー、リヴァーブ、リミッター処理がされたがボツになった。



米国キャピトルは翌年、再びハリウッドボウル公演の録音を試みる。
今度はジョージ・マーティン不在でアメリカのスタッフによって1965年8月29日、
30日のライヴ演奏が3トラックレコーダーに録音された。


しかし結局、録音状態が悪かったためリリースには至らなかった。

当時はステージに返し(モニター)がないため、ビートルズは自分たちの演奏が
ほとんど聴こえない状態で演奏していた。
「ビートルズのライブよりも18,700人の観客の金切り声を主眼に録音したような
感じだった」とマーティンは言っている。



ハリウッドボウル公演のテープは10年以上放置されていたが、1976年キャピトル
の社長が発見しジョージ・マーティンに再プロデュースを依頼。


1977年1月18日ロンドンのAIRスタジオで、ジョージ・マーティンとジェフ・エメ
リック、ナイジェル・ウォーカーがテープをクリーンアップし再処理を施す。

1964年8月23日、1965年8月29日と30日の3日間からのベストテイク13曲(5)
1977年5月に「The Beatles at the Hollywood Bowl(邦題:ザ・ビートルズ・ス
ーパー・ライヴ!」として発表された。


<収録曲>
Side A
1. Twist And Shout 1965年8月30日
2. She's A Woman 1965年8月30日
3. Dizzy Miss Lizzy 1965年8月30日(後半は8月29日の演奏)
4. Ticket To Ride 1965年8月29日
5. Can't Buy Me Love 1965年8月30日
6. Things We Said Today 1964年8月23日
7. Roll Over Beethoven 1964年8月23日

Side B
1. Boys 1964年8月23日
2. A Hard Day's Night 1965年8月30日(MCは8月29日のもの)
3. Help! 1965年8月30日
4. All My Loving 1964年8月23日
5. She Loves You 1964年8月23日
6. Long Tall Sally 1964年8月23日


↑写真をクリックすると「The Beatles at the Hollywood Bowl」が聴けます。


演奏は荒削りだがライヴ・バンドとしてのグルーヴ感が伝わるし、音も臨場感があ
り1964〜1965年のライヴ音源と思えないくらい迫力がある。魅力的なライヴだ。



<未CD化の理由>

ジョージ・マーティンは1977年に当時すでに製造中止になっていた3トラックレ
コーダーを探しレストアして使ったが、動作が安定せず苦労したそうである。
前述のようにギターとボーカルが同じトラックに録音されていてバランスが取れ
ない点も彼を悩ませたらしい。

「この作業は二度とやりたくない」とマーティンは言っていた。


1977年のミックスダウンをリマスターすれば一応CD化はできそうなものだが。
その辺は1990年代以降、入念なマーケティング計画で丁寧にビートルズという
ブランドを売っていこう、というアップル社の思惑がいろいろあったのだろう。

なにしろ1996年の「アンソロジー」の際ジョージ・マーティンが商品化したい
意向を語っていたプロモ・ビデオ集の発売が作年やっと発売されたくらいだ。



CD化が実現することになったのは、今年9月に公開される新作ドキュメンタリー
映画「The Beatles: Eight Days A Week - The Touring Years」のサウンド
ックとして、という意味合いがあるようだ。
ハリウッドボウルのCD化と映画の相乗効果を狙っているのだろう。

ロン・ハワード監督によるこの映画はビートルズが精力的にライヴ活動をこなし
ていた1962年~1966年にスポットを当て、貴重なライヴの映像も見られる。

CD化が遅れた分、技術は進歩したわけで音質的にはかなり期待できそうだ。


その内容については次回、書きます!


<脚注>

(1)商魂たくましい米国キャピトル・レコード
当時のアメリカではレコードの収録曲数が12曲までに制限されていた。
1曲ごとの著作権料(著作権協会のマージン)がアメリカでは高かったためだ。
レコード会社としては儲けを削って14曲のまま売る気はない。
ビートルズやストーンズも本国イギリス盤では14曲が標準だが、アメリカ盤で
は2曲カットされ12曲入りで発売されていた。
余った曲は次のアルバムに順送り、あるいはシングル曲と独自編集したLPとし
て発売された。
本国イギリスよりも多くのアルバムを乱発して稼げる、というメリットもある。
当然アーティストの意図しないアルバムが流通することになり、ビートルズ側
は快く思わず意を唱えていた。

1966〜1967年になると戦後のベビーブーム世代が青年層になり、レコードの
売り上げも増えた。レコード会社の収益は向上。
またアルバム=シングル曲の寄せ集めではなく、コンセプトを持った作品集と
なりアルバムのミリオンセラーも生まれるようになった。
アルバムとしての完成度を壊すのは逆効果とアメリカのレコード会社も気づく。
そこで12曲という制限が撤廃され自由になったのだ。

折しもビートルズ側は新作「Sgt.Peppers」はオリジナル収録曲を変えるなら
キャピトルでの販売は認めない、と強く主張していた。
「売ってもらってる」ではなく「売らせてやってる」立場になっていたのだ。


(2)ライブ・アルバムの企画には至らなかった。
ビートルズのデビューに際してジョージ・マーティンはキャバーン・クラブに
演奏を聴きに行き、この迫力をそのままレコードにした方がいいと考える。
しかし当時はライヴをうまく録音できる技術がなかった。
そのためマーティンはスタジオで一発録りで演奏させることを思いつく。
デビュー・アルバム「 Please Please Me」のシングル既発4曲以外の10曲は
1日で10時間足らずで、すべてスタジオ・ライヴで録音されている。

1964年当時もライヴ録音の機材はあまり充実しておらず、ましてビートルズ
の演奏は観客の叫び声で書き消されてしまうという状況で、マーティンはキャ
ピトルからの依頼のライヴの収録を「やりたくなかった」と言っている。


(3)3トラックレコーダー
アンペックスというアメリカのメーカーが開発した3トラックを有する業務用
テープレコーダーで1/2インチ・テープに録音する方式だった。
フィル・スぺクターのウォール・オブ・サウンド、モータウンの初期などポッ
プスのレコーディングに1960年代中頃まで使用された。
4トラックレコーダーは既に開発されていたがスタンダードになるのは1960
年代後期になってからであった。
(ビートルズやストーンズは早くから4トラックレコーダーを使用している)
ハリウッドボウルの録音に使われたのもAmpex Model 300-3C-SSではない
と思われる。


(4)ギターとボーカルを同じトラックに入れる妙なミキシング
通常は2つのトラックに演奏を録音し、残りの1トラックにボーカルを入れ、
2トラックのステレオまたは1トラックのモノラルにミックスダウンされる。
その方がボーカルと演奏の音量が調整しやすいし、演奏を左右に振り分けて
ボーカルをセンターという王道のミックスが作れる。
ハリウッドボウルのレコーディングでプロデューサーとエンジニアがなぜギ
ターとボーカルを同じトラックに入れていたのかは謎である。


(5)3日間からのベストテイク13曲
8月29日収録分の冒頭4曲はマイクのトラブルでポールの声が録音されていな
いないなどの理由で使いものにならなかった。
「Dizzy Miss Lizzy」後半のポールのボーカルが入らない部分と、ポールが歌
っていない「Ticket To Ride」、「A Hard Day's Night」の曲前MCの部分
のみ8月29日収録音源が使用されている。


<参考資料:耳こそはすべてージョージ・マーティン、「ザ・ビートルズ・
スーパー・ライヴ!」ライナーノーツ、The History Of Ampex、Wikipedia>

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