2016年7月28日木曜日

待ってました!のハリウッドボウル<後編>

<新しいアルバムの概要>

9月9日に世界同時発売される(アナログ盤LPは11月18日発売)ビートルズの
「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」は、単に1977年のアルバムの
リマスターではない。

コンサートの模様を収めたオリジナルの3トラックテープまで遡り念入りなリ
ミックスとリマスターを施された、ある意味で新解釈のアルバムと言えるかも
しれない。

嬉しいことに今回は4曲の未発表音源が加えられている。



リミックスとリマスターはグラミーを受賞したプロデューサーのジャイルズ・
マーティン(ジョージ・マーティンの息子)と、やはりグラミーを受賞したエ
ンジニアのサム・オーケルが担当した。
使われたのは、あのアビーロード・スタジオだ。

ジャイルズ・マーティンは1977年の父、ジョージ・マーティンによるミックス
を基調としライヴの興奮を保持しながら、現在望みうる最高の鮮明さと音質で
イヴ・バンドとしてのビートルズのパフォーマンスを再現した。






プロデューサーのジャイルズ・マーティンは語る。

「何年か前にキャピトル・スタジオから『保管庫でハリウッドボウルの3トラッ
ク・テープが見つかった』という連絡があったんです。
コピーして聞いてみると、ロンドンの保管庫にあるテープよりも音質がいいこと
がわかりました」

「同時に僕はしばらく前から、技術エンジニアのジェイムズ・クラークが率いる
チームといっしょに、デミックスのテクノロジーに取り組んでいました。
これは単一のトラックから音を取りのぞいたり、分離したりする技術です。
サム・オーケルといっしょに僕はハリウッドボウルのテープをリミックスする作
業に取りかかりました」

「何年も前、父があの音源に取り組んだころに比べると技術は長足の進歩を遂げ
ています。
今では音の鮮明さも増していますし、その分かつてないほどの臨場感や生々しい
興奮を感じてもらえるようになったんです」

「今、僕らが耳にできるのは、自分たちを愛してくれる観客に向けていっしょに
プレイする4人の若者のむき出しのエネルギー。
父の言葉は今もその通りだと思います。
このアルバムを聞けば、ビートルマニアの最盛期にハリウッド・ボウルにいた人
たちにもっとも近い経験をすることができるでしょう。
ぜひ、ショウを楽しんでください」





<収録曲>
1.  Twist And Shout 1965年8月30日
2.  She's A Woman 1965年8月30日
3.  Dizzy Miss Lizzy 1965年8月30日(後半は8月29日の演奏)
4.  Ticket To Ride 1965年8月29日
5.  Can't Buy Me Love 1965年8月30日
6.  Things We Said Today 1964年8月23日
7.  Roll Over Beethoven 1964年8月23日
8.  Boys 1964年8月23日
9.  A Hard Day's Night 1965年8月30日(MCは8月29日のもの)
10. Help! 1965年8月30日
11. All My Loving 1964年8月23日
12. She Loves You 1964年8月23日
13. Long Tall Sally 1964年8月23日
14. You Can't Do That 1964年8月23日(未発表)
15. I Want To Hold Your Hand 1964年8月23日(未発表)
16. Everybody's Trying To Be My Baby 1965年8月30日(未発表)
17. Baby's In Black 1965年8月30日(未発表)






<未発表トラック(ブートで聴いた感想)>

You Can't Do That」は演奏内容が非常にいいものの、1977年のリリース
収録されなかった。
ポールとジョージの掛け合いで入る最初の「let you dawn」だけオフ気味だっ
たせいだろうが、今回はそこだけレベルを上げることが可能だったのか。


 「I Want To Hold Your Hand」も初の全米NO.1ヒットにもかかわらず、
1977年リリース時は外されていた。
ジョンとポールのボーカルの音量バランスが安定しないためかもしれないが、
気になるほどではない。


「次の曲はビートルズ1993から」とジョージが紹介する(本当は「Beatles
 ’65」に収録されている。アメリカ編集盤に対するのジョージ流の皮肉だろう)
Everybody's Trying To Be My Baby」は熱のこもったリードギターが
聴ける。


Baby's In Black」も演奏内容が良く、なぜ1977年のリリース時に収録さ
なかったのか不思議である。






<今回も収録されなかった曲(ブートで聴いた感想)>

★は1977年リリース時の収録曲。☆は今回追加される4曲。
それ以外の7曲が収録されなかった。


1964年8月23日 演奏曲
1.  Twist And Shout 
2.  You Can't Do That ☆
3.  All My Loving ★
4.  She Loves You ★
5.  Things We Said Today ★
6.  Roll Over Beethoven ★
7.  Can't Buy Me Love 
8.  If I Fell 
9. I Want To Hold Your Hand ☆
10. Boys ★
11. A Hard Day's Night 
12. Long Tall Sally ★

1965年8月29日/30日 演奏曲
1.  Twist And Shout ★
2.  She's A Woman ★
3.  I Feel Fine 
4.  Dizzy Miss Lizzy ★
5.  Ticket To Ride ★
6.  Everybody's Trying To Be My Baby ☆
7.  Can't Buy Me Love ★
8.  Baby's In Black ☆
9.  I Wanna Be Your Man 
10. A Hard Day's Night ★
11. Help! ★
12. I’m Down 


「Twist And Shout」「Can't Buy Me Love」「A Hard Day's Night」の3
曲は1965年の演奏が収録されたので、1964年の演奏は外したのはいたし方な
いと思う。

しかし1964年の録音でしか聴けない「If I Fell」、1965年しか演奏してい
ない「I Feel Fine」「I Wanna Be Your Man」「I'm Down」の4曲は入れ
て欲しかった。







If I Fell」は演奏内容には特に非がない。
ボーカルのレベルが不安定になる箇所があるが許容範囲だと思う。
1曲くらいバラードがあってもいいのに。残念。

曲の前にジョンが「次の曲の前にジョージがギターを交換するから待ってね。
ムムム〜♪(ハミング)」が言ってるのが聴ける。
この頃は4人ともライヴを楽しんでいたんだろうなあ。。




I Feel Fine」が落ちたのは1965年8月29日収録分はポールとジョージのコ
ラスがまったく入っていなかったから、1965年8月30日収録分は途中でテー
がヨレてるのか回転数ムラが起きているからだろう。


この部分だけ8月29日の演奏から持ってきて差し替えることも今の技術では可
能なはずだ。(「Let It Be….Naked」で実践されてる)

今時のライブ盤なんて切り貼りは当たり前で、後日スタジオでボーカルを入れ
直したりオーヴァーダブを加えることも日常茶飯事である。


しかしジャイルズ・マーティンは「演奏についてはいささかも手を加えない、
ダビングは一切行わない」という父、ジョージ・マーティンによる1977年ミッ
クスの方針を遵守したのだろう。



I Wanna Be Your Man」は懸命に歌うリンゴに好感が持てる。
演奏自体は悪くない。特にジョーがなかなかいいオブリを聴かせてくれる。

1965年8月30日収録分はジョージのリードギターの音量が前半は小さすぎるが、
幸いそのトラックには彼の演奏しか入ってないから部分的にレベルを上げるこ
とも可能だったはずだ。



I'm Down」の1965年8月29日収録分はポールのボーカルとジョンの掛け合
コーラスははしっかり録れているが、ジョージの声が聴こえない。

1965年8月30日収録分は最初のブレイクの後、2回目のヴァースが始まってから
しばらく4人の演奏が半拍くらいズレたまま続くの箇所がある。
これは彼らが自分たちの演奏がちゃんと聴こえていなかった証でもある。


ジョージ・マーティンが言った「このレコードは二度と繰り返されることのな
い歴史の一断面」という点を考慮すれば、演奏のズレも当時の状況を語り継ぐ
貴重な記録だと思うのだが。
それにライヴでジョンがオルガンを弾いているのはこの曲だけだ。






そして1965年の演奏が採用されて1964年の演奏が落とされた3曲。

全体を通して言えることだが、1964年の方がオリジナルよりテンポが早く演奏
されていて、1965年の方がオリジナルと同じかややスローテンポの曲が多い。



Twist And Shout」は1964年、1965年どちらもオープニングに演奏され
たショート・ヴァージョンだが、この曲も1964年の方がテンポが早い。

また1964年の方は演奏が終わるとすぐ2曲目の「You Can't Do That」が始ま
る(これがカッコイイいいんだけどなー)。
そのためジョージが「You Can't Do That」で使う12弦のリッケンバッカー
360/12を1曲目の「Twist And Shout」でも弾いている。



Can't Buy Me Love」も1964年の方がテンポが早くノリがいい。
ジョージが間奏でちゃんとトレモロを使っているのも確認できる。


A Hard Day's Night」も1964年の方がテンポが早くノリがいい。
早い分、演奏がやや雑だがかえってワイルドでいいと個人的には思う。
リンゴのドラミングが力強い。
ジョンが歌詞を間違えるのも毎度のご愛嬌。



熱心なファンとしては1964年8月23日の全12曲、1965年8月29日〜30日の
全12曲を演奏順に完全収録して欲しかった、というのが正直なところだ。

しかしより多くの人にビートルズのライヴを楽しんでもらうのに耐えうるク
リティが優先されたのだろう。





<ミックスについての考察>

ジョージ・マーティンが口をはさめなかったと言った「妙なミックス」だが、
トラック1にベースとドラム、トラック2にボーカルすべてとジョンのリズム
ギター、トラック3にジョージのリードギターが録音されている。

「妙な」と指摘したのはトラック2にボーカルとジョンのギターを一緒に録音
したことだと思われるが、これは2トラック・ステレオにした際ジョージのギ
ターの音と混ざらないようにという配慮ではないかと思う。


リズムギターであればボーカルと一緒でもそれほど処理に困らない。
3トラックという制約でステレオ・ミックスを作る前提なら妥当かと思う。

「All My Loving」ではジョンの3連早弾きのリズムギターがボーカルの邪魔に
なると判断したらしく、ジョージのリードギターと一緒にまとめてトラック3
に録音されている。
「Long Tall Sally」も同じくギター2台がトラック3にまとめられている。



1964年の録音は4日後の8月27日アメリカのキャピトル・スタジオでステレオ
・ミックスとモノラル・ミックスが作られた。
イコライザー、リヴァーブ、リミッター処理が施されたという記録がある。
ジョージ・マーティンもビートルズも立ち会っていない。

1965年の2日間の録音もジョージ・マーティン不在でステレオ・ミックスが作
られている。

いずれもトラック1(ベースとドラム)が左、トラック2(ボーカルとジョン
のリズムギター)がセンター、トラック3(ジョージのリードギター)が右に
定位されていた。





1977年のジョージ・マーティンのミックスでは左右の音をややセンターに寄せ
不自然さを解消しながら程よいステレオ感が味わえるようになった。
リヴァーブもいい感じで、サラウンドかと錯覚しそうな音の拡がりでライヴの
臨場感たっぷりである。

客席の悲鳴が大きすぎて演奏やボーカルと一緒に録音されてしまっている。
それがかえって当時のビートルズのライヴの興奮、熱狂ぶりを再現してくれる。
いや、今時のオーディエンス用マイクを立てて客席の音を収録するやり方じゃ

ないからこそ、リアリティーがあるのだろう。


おそらくこの時期には16チャンネル・マルチトラックが導入されていたはずで、
各トラックのコピーを別なチャンネルに配し少しズラして再生する、という手
法も採っていたのではないかと思う。



今回はジャイルズ・マーティンの言う「デミックス」で同じトラックに入った
複数の音(たとえばボーカルとギター、ベースとドラム)を個別に取り出すこ
とが可能になったのではないだろうか。

3トラックからマルチトラックを作成し、そこからミックスダウンするわけだか
今までよりはるかにセパレーションのいいクリアーな音が楽器ごとに得られ
臨場感と拡がりのあるステレオになっているのではないかと期待している。


<参考資料:ユニヴァーサル・ミュージック、ビートルズ・レコーディング・
セッション、他>

2 件のコメント:

provia さんのコメント...

こんばんは。

興味深い話で面白いです。

このCDの発売の知らせが届いてすぐに予約を入れました。
映画も含めてとても楽しみです。

でも3トラックレコーディングとは凄いですね。

1973年頃に私がバンドのマネジメントをやっていた時には
8トラックでしたから、ビートルズから10年足らずで
大進歩したんですね。

でもトラック数が少ない方が音楽の精気を
取り込みやすい気もします。

2トラックで一発録りが良いのかなとも
思います。

イエロードッグ さんのコメント...

>proviaさん

コメントをありがとうございます。

3トラックレコーダーというのが不思議ですよね。
既に4トラックが普及していて、英国EMIより米国Capitolの方が
機材の導入は早かったはずなんですが。
もしかしたら4トラックは持ち出し厳禁だったのでしょうか。

ビートルズが8トラックを使えるようになったのは1968年、ホワ
イト・アルバムのレコーディング中だったそうです。

ビクター・スタジオは1969年、ソニーの六本木スタジオは
1972年に16トラックを導入したそうです。
日本ってこういう面は進んでたんですね。

僕が会社のスタジオに出入りするようになったのは1979年。
STUDERの16トラックが使われてましたよ。
でも1975年頃から24トラックに移行していたようです。

作り込んだ音もいいけど、一発録りも魅力的ですよね。
特にバンドサウンドはその場の空気感やエネルギーが伝わります。

ライブって演奏技術がどうかより、いかに観客を乗せてるかだ
と思うんですよ。
その点ではこのハリウッドボウルは最高です。
ストーンズも成熟期より歓声がすごい1966年のライヴの方が
好きです。