この漫画の連載が始まった1952年(1)には半世紀後、21世紀の2003年なんて本当
にそんな時代が来るんだろうか?と思うような遠い「未来」だった。
今は2016年。その「未来」も既に13年前の過去になっている。
1982年公開のSF映画「ブレードランナー」の舞台は2019年のロサンゼルスだった。
地球環境の悪化により人類の大半は宇宙に移住し、残った人々は高層ビル群が立ち
並ぶ人口過密の退廃した都市部での生活を強いられていた。
酸性雨が降りしきる近未来のロサンゼルスには眩い太陽もパームツリーもない。
アジア的で猥雑なサイバーパンクの街と化していた。
宇宙開拓の前線では遺伝子工学により開発された「レプリカント」(2)と呼ばれる
人造人間が奴隷として過酷な作業に従事していた。
彼らは外見上は本物の人間と見分けがつかない。が、寿命は4年しかなかった
レプリカントの中にも反乱を起こす者が現れ人間社会に紛れ込むようになった。
そんなレプリカントたちを処刑する専任捜査官が「ブレードランナー」(3)である。
ハリソン・フォード演じるデッカード(4)は自らの職に疑問を抱きつつ、人間を殺害
し脱走し密かに地球に帰還し潜伏していた最新レプリカント「ネクサス6型」の男女
4名(5)を狩るべく追う。
そしてそのリーダー格との死闘でやっと彼らの真意を知る。
レプリカントたちは「もっと生きたかった」のだ。
そのレプリカント「ネクサス6型」たちが製造された年が2016年(6)であった。
1982年の公開時は2016年なんて遠い遠い「未来」と誰もが思っただろう。
鉄腕アトムの時と同じだ。
この映画はフィリップ・K・ディック(7)のSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を
見るか?」を原作とし、英国人のリドリー・スコット監督によって制作された。
リドリー・スコットは「エイリアン」(1979年)に次ぐ本作でも、卓越した映像セ
ンスと美学を発揮し、SF映画にありがちだったクリーンな未来都市のイメージを打
ち破り、環境汚染にまみれた酸性雨が降る退廃的近未来都市像を描いた。
カオス的な未来都市はフランスの漫画家メビウスの作品をイメージしており、デッ
カードの役は「混沌とした未来社会でのフィリップ・マーロウ(8)的な探偵」とい
う設定になっている。
荒んだ街並、降り続ける酸性雨、煙と光、噴きあげる炎、そびえ立つ不気味な高層
ビル、空を飛び交うクルマ、様々な人種が入り乱れる薄汚れた雑踏。
「強力わかもと」「コルフ月品」「日本の料理」など漢字やカタカナのネオン看板、
コカコーラや芸者が映る大型ヴィジョン広告が印象的だった。
日本語が多い理由は、リドリー・スコットが来日した際に訪れた新宿歌舞伎町の様
子をヒントにしたとという話だ。
日本語の店主が切り盛りする露店、日本語のガヤ(話し声)が多用されている。
膨れ上がる予算と何度も遅延するスケジュール。
完璧主義者のリドリー・スコットは妥協しない。
疲労と不満、緊迫した撮影現場でアメリカ人スタッフとの関係も最悪だった。
この作品が製作されたのはCGなどまだ存在しなかった時代である。
最後のアナログSF映画とも言われる。デジタル処理が一切施されていないのだ。
気が遠くなるような繊細な模型やセット作り、入念に計算されたカメラワーク、根
気強いテイクの積み重ね、手間のかかるオプティカル処理、といった人力だけで仕
上げた奇跡的な作品である。
SFとフィルムノワールを融合させたSF映画の金字塔とも言われる。
1982年公開時は「E.T.」の大ヒットの陰に隠れて興業成績は全く振るわなかった。
心温まる健全なSFファンタジーが支持されていた時代に、暗く退廃的な「ブレード
ランナー」は受け入れられなかった。評論家たちも酷評した。
日本でも公開時は極端な不入りで早々に上映が打ち切られてしまった。
当時の配給会社が作った宣伝用キャッチコピーは「2020年、レプリカント軍団、
人類に宣戦布告!」と宇宙SF映画的なもので内容とギャップが大きかった。
その後、名画座での上映からしだいにカルトムービー的な評価を得て、ビデオが
発売・レンタル化されてからは記録的なセールスとなる。
「ブレードランナー」ではシド・ミード(9)の美術デザイン、リドリー・スコット
の撮影センスに加え、ヴァンゲリスによるシンセサイザー音楽も独特な美学と世
界観の構築に大きく貢献している。
リドリー・スコットもヴァンゲリス(10)の音楽のおかげで想像力を膨らませること
ができた、ヴァンゲリスなしではこの映画は成立しなかった、と認めている。
実際に彼は撮影中の現場で雰囲気を出すために大音量でヴァンゲリスの音楽を鳴
り響かせたいたそうだ。
エンドロール中にサウンドトラックが発売される旨が書かれているが実際には発
売されず、正式にリリースされたのは1994年である。
ヴァンゲリスは「炎のランナー」のサウンドトラックで商業的成功を収めた直後
で、映画音楽家と思われる事を嫌ったためらしい。
台詞や効果音がコラージュされていて映画の雰囲気が味わえる。
映画を観ていない人でもこのサウンドトラックをヘッドフォンで聴きながら夜の
歌舞伎町や道頓堀(11)を歩けば、近未来のサイバーパンク都市のハードボイルド
気分に浸れるのではないかと思う。
↑写真をクリックすると「Love Theme」が聴けます。
中でも秀逸なのが「Love Theme」と「Blade Runner Blues」だ。
レプリカントを製造するタイレル社の秘書レイチェル(実は彼女もレプリカント
だった)のテーマ曲「Rachael's Song」でのメリー・ホプキンのスキャットも
聴きどころ。
尚2003年には1994年のサウンドトラック盤に収録されなかった曲、映画で使わ
れなかった作品を網羅した25周年記念の3枚組のCD発売されている。
今夏「ブレードランナー」の続編が2017年11月に全国公開されることが決定。
製作総指揮はリドリー・スコット、監督はドゥニ・ヴィルヌーヴが務める。
脚本は前作の脚色を手掛けたハンプトン・ファンチャーとマイケル・グリーン。
デッカード役はハリソン・フォードが続投するそうだ。
2019年から数十年後の話らしいがいったいどんな世界を見せてくれるんだろう?
そこに描かれる「未来」が実際に訪れた時(僕らの世代はもういないが)この続
編を若い頃に見た数十年後の大人たちは何を思うのだろうか?
<脚注>
(1)鉄腕アトムの連載が始まった1952年
1951年4月から一年に渡って連載された「アトム大使」の登場人物であったアト
ムを主人公とした「鉄腕アトム」が1952年4月から1968年にかけて月刊「少年」
(光文社)に連載された。
アトムの誕生日の4月7日は本作の連載が始まった「少年」の発売日であった。
1963年〜1966年にはフジテレビ系で日本で初の国産テレビアニメとして放映さ
れ、平均視聴率30%を超える人気を博した。
(2)レプリカント
リドリー・スコットは原作の「アンドロイド」が機械を連想させると考え、脚本
家デイヴィッド・ピープルズに別の名前の考案を依頼。
ピープルズは生化学を学んでいた娘からクローン技術の「細胞複製(レプリケー
ション)」を教わり、そこから「レプリカント」という言葉を造語した。
レプリカントは機械ではなく有機生命体だ、と本作でも述べられている。
(3)ブレードランナー
制作陣はデッカードにふさわしい職業名を探すうちに、ウィリアム・S・バロウ
ズの小説「映画:ブレードランナー」(本作とは内容の関連性はない)見つけ、
「ブレードランナー」という名称のみを借り受けることにした。
もともと「ブレードランナー」という名称はSF作家アラン・E・ナースの小説「
The Bladerunner」の中で「非合法医療器具(Blade)密売人」として登場する。
バロウズの小説もナースの作品が元になっている。
「ブレードランナー」という名称の使用、作品タイトルとするにあたって、ナー
スとバロウズに使用権料を払いエンドクレジットに謝辞を記している。
尚、当初予定されていたタイトルは「Dangerous Days」であった。
(4)ハリソン・フォード演じるデッカード
ロバート・ミッチャムやダスティン・ホフマンが有力視されていたが、コッポラ
やルーカスやスピルバーグと仕事をしていたハリソン・フォードが起用された。
ショーン・コネリーとハリソン・フォードって追い詰められた時の表情がいい。
デッカードはレプリカントを処刑するという職に疑問を抱き、ブレードランナー
をリタイアしていたが、その優能さゆえに元上司から現場復帰を強要される。
リドリー・スコットは「デッカード自身もレプリカントだった」というアイディ
アも持っていて、それを示唆する「デッカードが見るユニコーンの夢」のシーン
を撮影している。
このシーンは後年ディレクターズ・カットで初めて使用された。
(5)「ネクサス6型」の男女4名
警察署でデッカードの上司ブライアントは、地球に侵入したレプリカントは「
男3人、女3人の計6名」で、うち1名は既に死亡していると説明している。
残りは5名となるはずだが、ブライアントは「4名が潜伏中」と言い劇中でも4
名しか登場しない。
実際は6人目のレプリカントの配役も決まっていたが、予算の都合で登場シーン
が撮影されなかった。そのため整合性がとれていない。
(6)「ネクサス6型」たちが製造された2016年
本作の舞台は当初2020年だった。
しかし視力検査で両眼2.0を表す言葉であるため2019年に舞台が変更された。
そのため2016年に製造されて4年生きるはずのレプリカントが1年早く寿命を迎
えてしまう、という矛盾が発生している。
(7)フィリップ・K・ディック
原作者のフィリップ・K・ディックは製作には関与していない。
彼は脚本第一稿に難色を示したが、改稿に基づく未完成フィルムの一部を見て満
足し、製作者に期待の手紙を送っている。
本作は「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」に先立つディック原
作の初映画化作品となったが、ディックは公開を待たず1982年3月に急逝した。
(8)フィリップ・マーロウ
アメリカの作家レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説の探偵。
地方検事局の捜査官をしていたが免職となりロサンゼルスで私立探偵を開業する。
警察に対しても服従しないのがポリシー。慎重に事件を調べる癖がある。
弱い者に対して非情に切り捨てる事ができない面もある。
(9)シド・ミード
アメリカの工業デザイナー。
映画「トロン」「スタートレック」「ブレードランナー」「エイリアン2」の未
来デザインで教祖的存在となる。
日本でもポスターアート、商業施設、テーマパーク、プロダクトデザインなど数
多く手掛けている。
(10)ヴァンゲリス
ギリシャのシンセサイザー奏者・作曲家。
メロディはシンプルで美しく強く印象に残るものが多い。
ギリシャおよび地中海東部地域に古くから伝わる5音階旋法にもとづくメロディ
を好んで使うことが多いのも特徴である。
アルバムはシンフォニーの様な複数楽章によって構成される。
作曲はマルチ・キーボード形式で各種楽器を周囲に配置し、それらを即興的に
弾きながら多重録音で音楽を造形していく。
ヤマハCS-80や各ポリフォニックシンセサイザーでオーケストラの様な厚みや
広がりを出すことを得意としている。
民族楽器や打楽器類を使って独特の色彩感や香りを出すアレンジも多い。
(11)歌舞伎町や道頓堀
リドリー・スコット監督による1989年公開の「ブラック・レイン」では大阪の
街を舞台に日米の刑事たちが協力してヤクザと戦う物語である。
リドリー・スコットは「ブレードランナー」で描かれたような猥雑な街のイメー
ジを求め、歌舞伎町での撮影を希望したが警察との折衝から不可能となり、融通
が効く大阪に変更された。
大阪のケバケバしいネオンがこの映画では幻想的にさえ見え「ブレードランナー
」を思い出した人も多かったと思う。
<参考資料:Wikipedia、 Amazon、TAP the SCENE>
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