2016年9月6日火曜日

ロデオの恋人。

今回もカントリーロックの名盤を紹介したい。
バースの「ロデオの恋人(Sweetheart Of The Rodeo)」だ。

まずタイトルがいい。そしてジャケットがすごく素敵なのだ。
秀逸なジャケットに駄作なしと言うが、まさにその見本のようなアルバムだ。


1968年発表の通算6作目のこのアルバムは、カントリーとロックを融合させる
新しい試みでバーズにとって大きな転機であると同時に後のポコ、イーグルスに
繋がるカントリーロックの源流とも言える重要な作品である。
僕の好みから言うと、この「ロデオの恋人」こそバーズの最高傑作だ。







バーズと言えば「ミスター・タンブリンマン」。それには異論はない。
ものすごく乱暴な言い方をすると、ボブ・ディランやピート・シーガーにビー
トルズのアプローチを加えることで、バーズは「フォークをロック風に演奏す
」いわばフォークロックというスタイル(1)を確立した。


バンドとは変革し進化していくのが常だが、バーズほどメンバーがころころ入れ
替わりその度に音楽性がガラッと変わったグループも珍しいかもしれない。

1965年にロサンゼルスでロジャー・マッギン、ジーン・クラーク、デヴィッド・
クロスビー、クリス・ヒルマン(b)、マイケル・クラーク(ds)の5人でスタートし
たバーズはフォークの柔らかい雰囲気とロックのリズム感、美しいハーモニーを
融合させた独特のサウンド(2)が持ち味であった。




ロジャー・マッギンはビートルズの映画「A Hard Day’s Night」を観てジョージ
・ハリソンが弾いていたリッケンバッカーの12弦ギターに魅せられ、同じモデル
(360/12)を入手しバーズを結成する。


ジョージのリッケンバッカー12弦はイントロ、オブリ、間奏のメロディーや曲
間のアルペジオなどに使われ、初期のビートル・サウンドの要になった。
ロジャー・マッギンの場合は曲を通してずっと鳴っている、いわゆるジングル
ジャングル・サウンドが特徴だ。

これを聴いたビートルズは「If I Needed Someone」でリッケンバッカー12弦
をバーズのように使う(もっと抑えめだが)試みをしている。
しかしこの一回だけだ。彼らは「やりすぎは良くない」ことを心得ていた。


初期のバーズはどの曲もジングルジャングルでやや食傷気味なのも事実。
ロジャー・マッギンのワンマン体制が音にも表れていると思う。




1966年初頭にジーン・クラークが脱退。
3枚目のアルバム「霧の5次元(Fifth Dimension)」はサイケデリック・ロッ
ク、アシッド・ロック的なアレンジが試みられた。

1967年の「昨日よりも若く(Younger Than Yesterday)」ではデヴィッド・
クロスビーの存在感が増し、フォークロックに立ち返る。

1968年の「名うてのバード兄弟(The Notorious Byrd Brothers)」はフォー
ク、カントリー、サイケデリックが渾然一体となり、曲も切れ目もなく全体で
一つの作品(バーズ版Sgt.Peppers?)といった趣。

メンバー間の確執が顕在化し、クロスビーが脱退。
レコーディングが終わる頃はロジャーとクリスの二人だけになっていた。



そこでクリス・ヒルマンはメンバー探しを行う。
ロジャー・マッギンはジャズ的なサウンドを考えていたため、ピアニストを探し
て欲しいと頼んでいたらしい。






が、ヒルマンが連れてきたのは頑固一徹のカントリー・ボーイ、グラム・パーソ
ンズ(ピアノも弾けた)とドラマーのケヴィン・ケリーだった。
グラム・パーソンズはナッシュヴィルでカントリー路線のレコーディングをする
ようロジャーをなんとか口説き落とそうと執拗な説得にかかる。


自分が考えていた音楽とは正反対の方向性ではあったが根負けしたのかロジャー
も決意し、新体制のバーズの4人とセッション・ギタリストのクラレンス・ホワイ
(3)はナッシュビルに向かう。
現地ではカントリー畑の腕利きミュージシャンもレコーディングに参加した。


さて、そのアルバムの内容であるが。
当然のごとくマンドリン、バンジョー、ペダルスティールを導入し、サウンドは
完全にカントリー寄りになった。
ロジャー・マッギンとクリス・ヒルマンが作曲に関わった曲はない。



1曲目の「You Ain't Going Nowhere」はディランの作品。
ペダルスティールがカントリーっぽい雰囲気を出している。
ロジャー・マッギンがヴォーカルだが、歌詞を入れ替えている箇所(4)がある。




↑写真をクリックすると「You Ain't Going Nowhere」が聴けます。



2曲目はギャロッピング奏法でチェット・アトキンスに多大な影響を与えたカント
リー・ギターの名手であり、シンガー&ソングライターでもあるマール・トラヴィ
スの「I Am A Pilgrim」。ヴォーカルはクリス・ヒルマン。

そしてカントリー・デュオ、ルーヴィン・ブラザーズの「The Christian Life」。
グラム・パーソンズはまさにカントリーを歌うために生まれてきたようなハリの
ある艶やかな、いい声をしている。
(後に一緒に歌うエミールー・ハリスとの相性も最高だった)


続く「You Don't Miss Your Water」はウィリアム・ベル作でオーティス・
レディングやタジ・マハールもカヴァーしているソウルのスタンダードだが、カン
リー・ワルツにうまくアレンジされている。
この辺がグラム・パーソンズが目指したカントリーとR&Bの融合なのだろう。

当初グラム・パーソンズのヴォーカルで録音されたが、彼の契約の問題(4)から
ロジャーの歌に差し替えられた。
CDのボーナストラックに収録されたが、この曲はグラムの歌の方がいい。


You're Still On my Mind」はカントリー・シンガー、ジョージ・ジョーン
カヴァーでグラム・パーソンズがヴォーカル。

LP盤ではA面ラストだった「Pretty Boy Floyd」はプロテスタント・フォーク
父、ウディ・ガスリーの名曲。
ブルーグラスにアレンジされロジャー・マッギンが歌っている。


B面1曲目、グラム・パーソンズのオリジナル曲「Hickory Wind」はペダルステ
ールとハーモニーが美しいスローワルツ。
(後にグラムはソロになってからエミルー・ハリスとデュエットしている)




↑写真をクリックすると「Hickory Wind」が聴けます。



続く「One Hundred Years From Now」もグラム・パーソンズの曲。
当初はグラムのヴォーカルで録音されが、ロジャー・マッギンのヴォーカルに差
し替えられている。

ロジャー版はバーズらしいソフトなフォークロック・ナンバーだが、グラムが歌
うと力強い初期イーグルスを彷彿させるようなカントリーロックに聴こえる。
クラレンス・ホワイトのストリングベンダー・ギターのソロが堪能できる。


女性カントリー・シンガー、シンディ・ウォーカー作の「The Blue Canadian
Rockies」はジム・リーヴス、ジーン・オートゥリー、ウィルフ・カーターも
カヴァーしたカントリー・ワルツ。
グラム・パーソンズがヴォーカルをとっている。

Life in prison」は先日他界した伝説のカントリー・シンガー、マール・ハガ
ードの曲。軽快なテンポにリアレンジされ、グラム・パーソンズが歌っている。

ラストを飾るのは再びディランの曲で「Nothing Was Delivered」。
ロジャー・マッギンのヴォーカルでバーズらしい爽やかなハーモニーが聴ける。



アルバム全編を通してグラム・パーソンズ主導で制作されたのがよく分かる。
当然リーダーで今までワンマン全開だったロジャー・マッギンは面白くない。
二人はことあるごとに対立していたようだ








グラム・パーソンズはリーダーのロジャーを差し置いて好き放題やったあげく、
アルバムが発表される2ヶ月前にバーズを脱退(6)してしまう。
彼がバーズに在籍していた期間はわずか5ヶ月。

しかもクリス・ヒルマンを引き抜きフライング・ブリトー・ブラザーズを結成。
ロジャーにとってはひょっこり入ってきたグラムに主導権を握られ、結果的には
「庇を貸して母屋を乗っ取られた」みたいな感じだったのかもしれない。


うがった見方をすれば、もともとマンドリン奏者であったクリス・ヒルマンがグ
ラム・パーソンズを誘い、バーズでカントリーロックを試みたとも思える。



このアルバムが発表された時、カントリー界からは総スカン、ロック界(特に旧
バーズ・ファン)からは裏切り者扱いをされたようだ。
セールス的にも振るわなかった。
ウエストコースト・ロックが開花してからやっと評価されるようになったのだ。


僕のようにイーグルスから遡ってこのアルバムを聴いた者にとっては、カントリ
ーロックの瑞々しい出発点であり、時代を経ても褪せることのない完成度の高い
サウンドの本作はまさにロックの金字塔と呼べるアルバムだ。

そしてその最大の功労者は皮肉なことにロジャー・マッギンではなく、疾風ごと
くバーズを駆け抜けて行ったグラム・パーソンズであった。


ケヴィン・ケリーも脱退し、ロジャー・マッギン一人だけになってしまったバー
ズはクラレンス・ホワイトを正式メンバーとし、ジーン・パーソンズ(ds)、ジョ
ン・ヨーク (b)を加えることでライヴ・バンドとしての演奏力を高める。
だが音楽の内容としては、グラムの敷いたカントリーロックの路線を惰性で続け
ているだけだった。バーズは1973年に解散。







グラム・パーソンズが立ち上げたフライング・ブリトー・ブラザーズの2枚目の
アルバムでは後にイーグルスを結成するバーニー・レドンが参加している。

グラムはこのバンドも脱退し、1973年からソロ活動を始める。
後にカントリーの歌姫となるエミルー・ハリスとの黄金色のハーモニーは絶品。
リンダ・ロンシュタットもコーラスで参加している。


「ロデオの恋人」に始まりグラム・パーソンズが極めようとしたカントリーロッ
クはこの後、ウエストコースト・ロックに昇華されて行った

グラムはソロ2弾「グリーヴァス・エンジェル」発売前の1973年9月に麻薬の過剰
摂取により死去している。26歳という若さであった。


<脚注>


(1)フォークロック
1965年にはボブ・ディランがアコースティック・ギターからエレクトリック・ギタ
ーに持ち替え、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドを伴ってステージに
立ちフォークとブルース・ロックの融合を示唆した。


(2)バーズのサウンド
ディランやピート・シーガーの楽曲を取り上げたが、サウンドはビートルズを始め
とするブリティッシュ・インヴェイジョンの影響を強く受け、ビーチボーイズの透
明感あるハーモニーを取り入れている。


(3)クラレンス・ホワイト
アメリカのメイン州出身のギターリスト。
ブルーグラスでは伴奏楽器であったアコースティックギターをリード楽器として
定着させた第一人者である。
ジャズやR&Bの影響を受けリズムの変化を多用したり、音程を飛躍させることで
躍動感あふれる多彩なフレーズを生み出した。
エレクトリックギターでもストリングベンダー(スティールギターのような効果
を出す装置)を考案するなど、ブルーグラスおよびカントリー・ロックのギター
奏法に革新をもたらした。


(4)歌詞を入れ替えている箇所
ディランの詞で「Pick Up Your Money And Pack Up Your Tent」と歌われる箇所
ロジャー・マッギンは「Pack Up Your Money Pick Up Your Tent」と入れ替え
歌っている。(意図的なのか間違えたのか不明)
1971年の「Bob Dylan's Greatest Hits Vol.Ⅱ」にはディランのセルフ・カヴァー
が収録されいるが、「Pick Up Your Money Pack Up Your Tent, McGuin」とロジ
ー・マッギンに諭すように歌われている。


(5)契約の問題
グラム・パーソンズが在籍していたインターナショナル・サブマリン・バンドとレ
コード会社との契約がまだ残っていたため。


(6)グラム・パーソンズのバーズ脱退
人種差別を理由にバーズの南アフリカへのコンサート・ツアー同行を拒否。
親交を深めていたキース・リチャーズと行動を共にしたため、グラム・パーソンズ
はバーズを解雇された。


<参考資料:日経BP net、Wikipedia、レコードコレクターズ、他>

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