2022年1月21日金曜日

レット・イット・ビー2021リミックス Disc-1 レビュー。



ディズニープラス配信の新映画「ゲット・バック」についての連投で中断していた
が、レット・イット・ビー2021リミックスのレビューを再開したいと思う。
今回はスーパー・デラックス(5CD)のDisc1(通常盤1CD)。

Disc1は1970年にフィル・スペクターのリプロデュース(元はグリン・ジョンズ
が編集した未発表アルバム「ゲット・バック」)で発表されたアルバム「レット
・イット・ビー」のリミックス盤である。





<ゲット・バックからレット・イット・ビーへの経緯>

1969年1月2日〜31日の22日間がゲット・バック・セッションとされる。
しかし3週間後の2月22日(リンゴの映画撮影とグリン・ジョンズのアメリカ出
張で中断していた)ビートルズは再びビリー・プレストンと共にトライデント
スタジオで録音を再開。
アイ・ウォント・ユーのベーシック・トラックを録音した。
この時点ではゲット・バック・セッションの延長でアビイロードの構想はない。




3月ジョンとポールはグリン・ジョンズに1月に録音したテープからアルバム
を作るよう依頼
それまでの4人が主体となってアルバムを制作するというスタンスとは真逆の
ざっくりした、はっきり言ってゼネコン真っ青の丸投げ発注である。

当初の一発録り、原点に帰る、というコンセプトも揺らぎ、どの曲のどのテイ
クを選べばいいか、2人とも分からなくなっていた。
つまり、面倒くさくなったのだろう。






グリン・ジョンズはオリンピック・スタジオでミキシング作業を開始。
3月26日シングル発売のためゲット・バック、ドント・レット・ミー・ダウン
のミックスが作られるが却下。
翌日ポールの立会いの下ミックスをやり直す。(4月中旬シングル盤が発売)

この頃にはジョンだけではなくポールもグリン・ジョンズの力量を見限っていた
のではないかと思われる。
ジョージ・マーティンは助言はしていたが、一歩引いた立場で「グリン・ジョン
ズで始めたんだから彼で終わらせたい」と発言している。





4月中旬からアビイロードのレコーディングが始まるが、それと並行してグリン
・ジョンズはゲット・バックのミキシング作業を継続。

5月28日やっとアルバム「ゲット・バック」が完成。(俗にいう1st.ミックス
しかし4人は却下。特にジョンは「反吐が出そうだ」と不快感を露わにする。

既にこの日のマスターからサンプル盤が作られ米国のラジオ局用に配布されて
いて、後にそれが流出してブートの音源となる。




↑左はMASTER DISCレーベル、右は Vig-O-Toneレーベルのブート。
Yellow Dogレーベルが一番音が良かったと思う。ジャケットはダサいが。



ゲット・バックは半年間も放置されたままだったが、映画公開に併せてサウンド
トラック盤発売の必要性に迫られる
映画でジョージがアイ・ミー・マインを弾き語りするシーン、またジョンがアク
ロス・ザ・ユニヴァースを歌うシーンがあることから、整合性を取るためにこの
2曲が追加されることになる。




アイ・ミー・マインは録音してなかったため、1970年1月3日に急遽ジョン
既に脱退宣言をしていた)を除く3人が集まりこの日だけで録音完了
アクロス・ザ・ユニヴァースは1年前に録音した音源を流用することになる。


翌1月4日にはジョージ・マーティンの判断で、レット・イット・ビーにコーラス、
ブラス、ジョージのギター・ソロ、ポールのベーがスオーヴァーダブされる。
(当初の方針だった「一発録音」は反故にされた)


1月5日グリン・ジョンズが曲を入れ替え2nd.ミックスを作るが再び却下。
ジョンズは2曲追加で差し替えただけで、それ以外は手を加えてなかった
もうどうしたらいいのか分からなくなっていたのだろう。却下は当然だ。
しばらく放置される。





3月25日ジョンは自身のインスタント・カーマのプロデュースを任せたフィル・
スペクターにゲット・バック・セッションのテープを渡し、「ビートルズと仕事
がしたければこれでアルバムを作ってみろ」と依頼する。





既に過去の人になっていたスペクターにとっては起死回生のチャンスだった。
そうとうな張り切り様でEMIスタジオでミキシングに着手したらしい。
怒号が飛び交い、現場は戦々恐々とし、辞めたエンジニアもいたとか。


スペクターは手際よく作業した。
膨大なテープから使用する音源を選び出し、すべてのトラックにエコーをかけ、
オーヴァーダブを加え、新しいアルバムを1ヶ月で完成させた

従来アルバム制作は4人が立ちあいの下で行われていたが、グリン・ジョンズ
の時もフィル・スペクターの時も丸投げであった。
スタジオに見学に来たのはジョージだけともリンゴだけとも言われる。
(リンゴは4月1日にドラムのオーヴァーダブをしている)

スコットランドの自宅でソロ・アルバムを制作中だったポールはスペクターが
作業していることを知らされていなかった。





<フィル・スペクターの功罪>

スペクターの仕事ぶりをジョンとジョージは絶賛したが、発売直前に聴かされ
たポールは激怒し(特にロング&ワインディング・ロードにストリングス、
ブラス、コーラスを勝手に加えたことに)発売差し止めを要求。
しかしEMIとの契約上、発売は止められなかった。
ポールは脱退宣言をし、他の3人とアラン・クレインを相手に訴訟を起こす。

アルバム「レット・イット・ビー」はビートルズにピリオドを打つことになった。
今までのビートルズとは違う内容、サウンドに違和感を抱いたファンは多い。
半世紀経った今もスペクターの仕事に対しては賛否両論がある。



↑左からジョージ、アラン・クレイン、フィル・スペクター。



フィル・スペクターは一流の仕事をした
アラン・クレインの「ビートルズの幅広い音楽性を聴かせる」というオーダー
に応えて、ベストテイクを選び変化に富んだ編集をし音を上手く加工した

しかし、彼はやり過ぎた。お得意のスペクター・サウンドにしてしまった
オーケストラと女声コーラス併せて総勢50名による華麗で分厚いベールに覆われ
ビートルズの演奏が埋もれてしまった曲もある。
ビートルズのアルバムというより、ビートルズの録音を使ったフィル・スペクタ
ーの作品といった方がいいかもしれない。



↑アルバム「レット・イット・ビー」の裏ジャケ。
This is a new phase BEATLES albumはアラン・クレインが入れさせた。


元はと言えば、丸投げにしたビートルズに否がある。
オーヴァーダブをしない一発録音のコンセプトが揺らいでしまったこと、ジョン
とポールのアルバム作りに対する考え方が食い違っていたこと、マネジメント
についての見解の相違からメンバー間の亀裂が生じ話し合わなくなったこと。



<2021リミックスの傾向>

その曰く付きのアルバムのリミックスではあるが、脱スペクター・サウンド(Despectorization)ということではない。
ジョージ・マーティンが手がけたアルバムの時と同じリミックスの方針である。
今回もジャイルズ・マーティンとサム・オケイルがリミックスを担当。

これまでのサージェント・ペパーズ、ホワイト・アルバム、アビイロードのリ
ックスと同じく、ボーカルや演奏をよりクリアーないい音に埋もれてた楽器
が聴こえるように違和感のない自然な定位に是正され、聴きやすいサウンド
生まれ変わっている。

当時の音にこだわる人には受け入れられないだろうが、アップデートされた音で
作品を聴くと新鮮であり、個人的には大歓迎だ。






<レット・イット・ビー2021リミックス Disc-1は何が変わったか?>

1.トゥ・オブ・アス 
一発目のこの曲から「変わった!」と思える
真ん中でハモっていたジョンとポールが、ポール→やや左、ジョン→やや右に
なったことで、それぞれが弾くアコースティック・ギター側へ。
二人の位置関係をイメージできる
ポールの下でハモるジョンの声が分離されて明確になった
楽器の定位は大きな変化はない。
もともとフィル・スペクター版もアコースティック・ギター2台の鳴り方は
臨場感があり全面に出てくる印象だった。
今回はさらに両側からふわっと全体を包むように響きわたる豊かな音になった。
リンゴのバスドラムのキックが力強くなっている。
この人はタムやスネアのフィル、要所でのシンバルの入れ方が本当に上手い。
ジョージが低音域で弾いてるメロディーもはっきり聴こえるようになった。



↑2021リミックスのトゥ・オブ・アスが聴けます。



2.ディグ・ア・ポニー 
楽器の定位は変わっていない。
左右でユニゾンのジョンとジョージのギターが抑えられマイルドになった。
その分ポールのベースが大きく聴こえる
ここは好みの分かれるところだ。ギター聴きたい派としてはビミョーだろう。
リンゴのドラムの迫力が増したのは歓迎だ。
(尚、最初と最後のリフの後ポールとジョージが歌うAll I need isはフィル・
スペクターが編集でカットしているが、これは正解だったと思う)



↑2021リミックスのディグ・ア・ポニーが聴けます。



3.アクロス・ザ・ユニバース
フィル・スペクターは1968年2月のレディ・マドンナのセッション時の録音から
エレキ、タンブーラ、女の子のコーラスを除き、半音スピードを落とし、新たに
ストリングスと女性コーラスを加えた。
Jai guru deva om〜のストリングスやコーラスも幻想的に包み込むように拡がる
スペクター版ではあまりステレオ感がなくすべてが塊となって聴こえていた。
(それが彼の目指したウォール・オブ・サウンドなのかもしれないが)



4.アイ・ミー・マイン
2台のエレキ・ギターが左右のチャンネルでソリッドな音を出していたのが、左の
オブリはややセンター寄りになり、2台ともエレキはマイルドになった。
アコースティック・ギターもコードを弾く左、オブリの右ときれいに分離された。
オルガンの存在感が増した。ポールのベースは小さめのまま。
右で小さく鳴ってたストリングスがきれいに聴こえる。
リンゴのドラムはタム〜バスタムのステレオ感が出るようになった。





5.ディグ・イット
大きな違いは感じられない。この曲はなぜか左のピアノ以外センターに固まっている。
それでもリミックスは音の分離がいいので、ジョージのギターが大きく聴こえ、ジョ
ンが6弦ベースをコード弾きしてるのも聴き取れる。



6.レット・イット・ビー 
出だしのピアノで変わったのが分かる。左寄りの定位。低域〜中域のステレオ感
そして豊かな響き。ポールのボーカルも艶やかである。
Let it be〜♪ではハーモニーが左右に広がり後ろでコーラス隊が歌っているようだ。
スペクターがディレイをかけて16ビートにしたハイハットも嫌味ではなくなった。
次に入る(ジョンの6弦ベースに上書きされた)ポールのベースとリンゴのドラムは
いささか音が大き過ぎたのが是正された。
リフレインで入る金属的で耳障りだったブラスもソフトになっている。
間奏前のギターとエレピのブリッジはセンターから右へ。続く右のオルガンは同じ。
埋もれていたポールのピアノが左寄りに定位したことで、聴き取れるようになった。
ギター・ソロの後半、ピアノがオクターブ上のコードを弾いてるのまで分かる。
そのジョージの(オーヴァーダブされた)ギターも金属的なトレブリー感が抑えられ
目立ち過ぎないようになった。後半のオブリも同様。
リンゴのシンバルは響きがきれいになり、オーヴァーダブしたマラカスとタムもステ
レオ感が出てていい感じだ。この曲が一番リミックスで良くなったかもしれない。



↑2021リミックスのレット・イット・ビーが聴けます。



7.マギー・メイ
ジョンとポールの立ち位置は同じだが両方とも左右泣き別れからセンター寄りに。
リンゴのドラミングが何をやってたか分かるようになった。



8.アイヴ・ガッタ・フィーリング
これも屋上でのライヴ音源で、ディグ・ア・ポ二ーと同じくハードからマイルドで
クリアへと音が変わっている。それでも充分、迫力は伝わる。
左右泣き別れだった2台のギターはややセンター寄りに、音も抑え目になった。
ポールのベースもやや引っ込んだ印象。
リンゴのドラムとビリー・プレストンのエレピが以前よりよく聴こえる



↑2021リミックスのアイヴ・ガッタ・フィーリングが聴けます。



9.ワン・アフター・909
この曲も屋上でのライヴ音源。同じくギターとベースが抑えめでやや物足りない。
ジョージのギターとポールのベースのバトルが聴きどころだからだ。
ドラムとエレピの音が大きくなり、バンド・サウンドとしてのバランスはいい。


10.ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
因縁の曲。フィル・スペクターが被せた仰々しいストリングス、ブラスや女性コー
ラスが控えめになり、ビートルズの演奏が聴こえるようになった。
主従がやっと本来の形に近づいた。(当時これくらいならポールも許してたかも?)
ポールのピアノも最後まで聴こえる。リンゴのシンバルも煌びやかな音
回転スピーカーに通したジョージのアコギの音(ジョージ・マーティンの提案だった)
も聴こえるようになった。
一方、ジョンの6弦ベースは後退しほとんど聴こえない。
ジョンのベースはミスが多く、スペクターはストリングスやブラスでそれを隠したと
言われるが、それでも低域のボトムにはなっていた。
今回ストリングスやブラスを抑えた分、ベースの粗が目立つから低くしたのか。
そのため低域が薄く、きれいではあるがどっしり感がないという気がする。
エンディングのハープはポールの「消してくれ」という希望でかなり小さくなった。




↑2021リミックスのロング・アンド・ワインディング・ロードが聴けます。



11.フォー・ユー・ブルー
大きな変化はない。
イントロの後ジョージのアコースティック・ギター(この曲の肝でもある)を消して
しまったのはスペクターの愚行であり、それが改善されなかったのは残念。
紙を挟んでミュートさせたポールのピアノは右からセンターに拡がるようになった。






12.ゲット・バック
これもそれほど大きな差異は感じられない。
1月28日のステジオ録音テイクだが、屋上ライヴの収録曲と同じく抑えめのサウンド
になった。
ジョンのギター、ポールのベースが後退し、ジョージのギターはよりクリアに。
ビリー・プレストンのエレピとリンゴのドラムが全面に出てきた。
この2つが中心でグルーヴ感が出ているとも言えるので、正解ではないかと思う。
ポールのヴォーカルに絡むジョンのハモリはやや右になり独立して聴きやすい。



<レット・イット・ビー2021リミックス Disc-1の総括>

「より聴きやすく鮮明に」はこれまでの3作と同路線であった。
が、「埋もれていた音をクリアにする」はフィル・スペクターの「音が混ざり合った
塊で壮大な壁を作る」方法論と相反するわけで、落とし所が難しかっただろう。


トゥ・オブ・アスとレット・イット・ビーの2曲が今回のリミックスにおいて最も
バランスの取れた成功例ではないかと思う。私見だが。

アクロス・ザ・ユニバース、ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードはスペク
ターのストリングスがやり過ぎと批判されたが、今回のリミックスではビートルズの
演奏を邪魔せず、全体にきれいに溶け込むようなサウンドに仕上がっている。




屋上での3曲、ゲット・バック、アイ・ミー・マインはギターとベースが抑えられ
きやすいバランスになったが、その分ロック色も薄くなってしまった

もしフィル・スペクターが生きていて、冷静に判断できるまともな精神状態で、聴覚
も衰えていなかったとしたら、このリミックスを聴いて何と言っただろう?


<続く>

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