2022年11月6日日曜日

「リボルバー」2022リミックスを深掘りしてみる(1)追記あり



 <デミックスという新技術で生まれ変わったリボルバー>

リボルバー2022リミックスが発売された。
2017年のサージェント・ペパーズから昨年のゲット・バックまで一連のリミックス
同様、ジャイルズ・マーティンとサム・オケルが手がけている。


特筆すべきは、デミックスという新技術が使われた点だ。
映画「ゲット・バック」のためにピーター・ジャクソン監督の音響チームが開発し
た技術で、AIに4人の声を学習させることで楽器や騒音に埋もれた会話から各自の
声を鮮明に抜き出す、というものだ。(1)


ジャイルズはジャクソン監督に頼んでこの新技術を使わせてもらった。
ローリングストーン誌のインタビューで、ジャイルズはデミックスについてこう説
明している。

「たとえばもらったケーキを小麦粉、卵、砂糖と元の材料に戻して1時間後に戻っ
てくるようなものなんだ。
その材料にはケーキの痕跡、他と混ざっているものは残っていない」





従来はオーヴァーダブする前の4トラック・テープに遡って、デジタル化し再構築
という作業であった。
複数の楽器や声が同じトラックに録音されている場合は限界がある。


だがデミックス技術なら、ドラム、ベース、ギターが1トラックに録音されていて
も、それぞれをAIに学習させて分離できる
4トラックで録音してた頃はドラムに1トラックしか割り当てられなかった。
その1トラックからスドラム、タム、ハイハットを分離させて、ステレオで立体
感が出るように再構築することも可能だ。

ジョンとジョージが1本のマイクで歌っていても、声を個別に抜き出せる
4人の演奏や歌のディテールが、今まで以上に明瞭に聴こえるようになるわけだ。




ジャイルズはラバーソウルとリボルバーのリミックスに意欲を示していた。

特にリボルバーは当時としては革新的な技術が使われ、4人がスタジオでの実験的
な音作りに没頭して行く、まさに変革期の作品である。(次回解説予定)
それまでと比べ、音質も格段に良くなったアルバムである。

そのリボルバーをデミックス技術を使い、より鮮明で迫力のあるサウンド、古さを
じさせず聴きやすいステレオミックスで蘇らせたのが今回のリミックスだ。(2)



<デミックス効果でリボルバーはどう変わったか?>

一番驚いたのは先行シングルPaperback Writer/ Rainのリミックスだ。
(5CDスーパー・デラックスのDisc5 EP、または2CDデラックのDisc2に収録)

・Paperback Writer
従来は冒頭のドラムとギターは左で、ベースは右に入っていた。
今回はドラムとベースを中央に寄せ、ギターは中央やや右に配置。
ドラムとベースの迫力はビートルズ史上最高かも。ぐいぐい攻めてくる。
重層構造の掛け合いコーラスも左右と中央と広がりがある。



                                                                             (写真:gettyimages)

写真はPaperback Writerのプロモ・ビデオ(スタジオ篇)撮影。
クリックするとPaperback Writer (2022 Remix)が聴けます。


・Rain
スネアを叩く音の抜け感が良くなった。
この曲でのリンゴのドラミングは芸術的と言える。
ポールの唸るようなベースの鳴りもすごい。
キーはGだが、ジョンのギターは1弦をDに落としドローン効果を得ている。
また速度を上げて演奏したバッキングトラックの再生速度を落とすことで、レイ
バックしたサイケデリック・サウンドを創っている。
ヴォーカルのテープ逆回転もトリップ感に一役買っている。
それらがリミックスでより鮮明で煌びやかに聴こえる。
コーラスが中央やや左と右に振り分けられヴォーカルを包み込むようにだ。



Rainのプロモ・ビデオ(スタジオ篇)撮影。



次にアルバム本編(Disc1)を聴いてみよう。
1曲目のTaxmanからリミックス効果絶大だ。


1. Taxman

従来はギター、ベース、ドラムが左から聴こえでヴォーカルはセンター。
右は2ndヴァースでタンバリンとカウベルが入るまで無音だった。
今回は全体が中央寄りにミックス。
ベースはど真ん中ものすごい太さで力強くグルーヴしている。
ギターのカッティングはやや右。タンバリンは左、カウベルは右。
ドラムは立体感がある。途中からライドシンバル連打もよく聴こえる。
ジョージのダブルトラックのヴォーカルは中央から左右に響く。
ポールによるリードギターは右だったのがセンターに定位された。
フェイドアウトが若干早い。

ビートルズのアルバム史上、唯一ジョージの曲が1曲目に据えられた。
(アルバム中ジョージが3曲提供というのも異例である)
ジョージが間奏のソロをうまく弾けず、ふてくされてスタジオを出てる間にポール
が見事なリードギターを録音。ジョージも満足の出来だった。



↑写真をクリックするとTaxman (2022 Remix)が聴けます。



2. Eleanor Rigby

従来のストリングスが中央、ポールのヴォーカルが右という違和感を解消。
ストリングスとコーラスは左右で振り分けられ、掛け合いの妙がよく分る
ストリングス・アンサンブルの持つ緊張感がぐっと増した。
主役のヴォーカルは中央。All the lonely people〜のダブルトラッキング部だけ
少し左右に分かれるのもいい。
歌い出しの「Ele」が左チャンネルに入っていた(ジョージ・マーティンのミッ
ス時のミス)音を中央に重ねる、という心憎い残し方をしている。


3. I'm Only Sleeping

従来はヴォーカルとベースが中央、ジョンのアコギとドラムは左でコーラスとジ
ョージの逆回転ギターが入って来るまで右チャンネルは無音だった。
新ミックスではすべての楽器が中央寄りにうまく配され広がりもある
ジョンのダブルトラッキングのヴォーカルは中央。
Runnning everywhere at such a speedでパッと左右に広がる。
掛け合いコーラスが左右から包むのもいい感じだ。
今まで目立たなかったドラムとベースの存在感が増した
リンゴのスネアのアタックってこんなに強かったのか、と感心する。

この曲は早めに演奏した録音を再生時にテープスピードを半音落として、ヴォー
カルを入れている。レイドバック感を表現するためだろう。




↑写真をクリックすると I'm Only Sleeping (2022 Remix)が聴けます。



4. Love You To

楽器の定位はあまり変わっていない。各楽器の音が鮮明にになった。


5. Here, There And Everywhere

特筆すべきはポールのベルベット・ヴォイスがより艶やかに聴こえること。
しかし左右の分離はなくなった。somethingの歯擦音が以前より気になる。
左寄りで塊で聴こえたコーラスが左右に拡がりヴォーカルを包み込む
ドラムとベース、ポールが弾くギターのアルペジオは控えめ。
最後のLove never diesで入るジョンのフィンガースナップ(指パッチン)が
埋もれて目立たなくなったのが残念だ。

ポールがジョンの家を訪ねた時、昼だったにもかかわらずに彼はまだ寝ていた。
ポールはプールサイドのサンデッキでギターを弾き始める。
ジョンも「このアルバムで1番好きな」美しいバラードはこうして生まれた。




↑クリックするとHere, There And Everywhere (2022 Remix)が聴けます。



6. Yellow Submarine

従来はリンゴのヴォーカルとコーラスは右、アコギ、ドラム、ベース、
パーカッションは左。波などのSE(効果音)やブラスとティンパニー、参加
者全員のよるYellow Submarine♫の合唱は中央という泣き別れミックス。
今回は主役のリンゴのヴォーカルを中央に配置している。
楽器は中央から左、コーラスは左右に振り分けSEはいろいろな方向から聴こ
えるように変更され、聴いてて楽しい。

この曲は「ポールがリンゴに歌わせるため作った曲」と言われて来たが、ジョン
が歌うデモが発見され、その定説が覆された。
内省的な歌詞はNowhere Manや後のソロ作品にも通じるものがある。
ジョンはそれ以上この曲を発展させられず、ポールに託したようだ。
Yellow Submarineに改作された曲をジョンが歌うデモも発表された。(後述)




7. She Said She Said

イントロのギターが別物に聴こえ、だいぶ印象が変わった。
ジョージの歪んだリードギターが中央で響き、左右にディレイが広がる
ジョンのリズムギターは右。
驚いたことに左から別なギターがイントロからヴァース途中まで単音を繰り返し、
Everything was right〜ではオルガン(これも初めて聴こえた)と同じリフを
オクターブ下で弾いている。たぶんジョージだろう。
以前は右にギター2台が一緒くたで、この隠しトラックのギターは埋もれてた。

左で鳴っていたドラムが中央寄りになりリンゴが暴れてる感がよく分る
空いた左チャンネルで上述のオルガンと3台目のギターが聴こえるように。
ボーカルは中央のままだがダブルトラッキングがよく分る。
ボーカルと混ざっていたコーラスは、やや左右に振り分けられた。
ベースは中央のまま。ポールと思えないくらい地味なプレイである。

ジョンのLSD体験を元にしたサイケデリックな曲。
リボルバー・セッションの最後、6/21に録音された。
珍しくリハーサルだけで25テイクを費やしている。
後半ジョージがベースを担当(?)し、練習が必要だったのかもしれない。
ポール自身が「ジョンと口論してスタジオを飛び出したため、この曲の録音
には参加していない」と発言している。
(クレジットではポールがベースを弾いたことになっているが)




↑バーンズ(イギリスのメーカー)のNu Sonicベースを弾くジョージ。


8. Good Day Sunshine

イントロだけ中央であとは右チャンネルに入っていたピアノが、やや左寄り(コ
ド)と右(ベースライン)に振り分けられた。
左右逆の定位の方が鍵盤を弾いてる臨場感が出ると思うが)
マーティン卿によるピアノの間奏もやや右寄りで音像が鮮明になった。
ヴォーカルとコーラスも以前より前に出ている
最後のヴォーカルとコーラスの掛け合いは左右を駆け回る。
ドラムとベースはおとなしい。

この曲ではポールはピアノに専念しジョージにベースを任せている。
(クレジットにもベース:ジョージと記されている)




9. And Your Bird Can Sing

大きな定位の変化はないが、クリーンアップされスピード感が増した。
ドラムが中央やや左で音が大きくなっている
右後方で鳴るジョンのリズムギター、右のタンバリン、両側のハンドクラッピング
(手拍子)が前より鮮明に聴こえるようになった。
ポールは派手なベースラインを弾いているが、音量は抑えめ。

イントロと間奏のキャッチーなツインギターはジョージとポール。
ジョン本人はアルバムの穴埋めと言っているが、カッコいい曲だ。



↑クリックするとAnd Your Bird Can Sing (2022 Remix)が聴けます。



10. For No One

以前はポールの弾くクラヴィコードとピアノとドラムは右で、An in hereyes, 
you see nothingでベースとタンバリンが入るまで左は無音だった。
今回はクラヴィコードはやや左、ピアノはやや右と振り分けられた
それぞれの音が鮮明で美しい。
リンゴのドラムのキックは中央、スネアは右、キックとオープンハイハットは左
から聴こえる。(今まで埋もれていたが)
タンバリンとフレンチホルンは左で変わらず。
ベースは左から中央へ移動。音量は抑えめである。

この曲はポールとリンゴの2人だけで録音されたようだ。
アウトテイクではリンゴが「どうすればいい?」と言ってるのが聴ける。





11. Doctor Robert

ヴォーカルとジョンのギターがおとなしくなった印象。耳馴染みはいいが。
一方でやや左で鳴るリンゴのドラムは力強くなった。マラカスも聴こえる。
ベースもセンターで音が鮮明になった。
左から聴こえるジョージのギターは従来より歪みが少なくマイルドである。
Well well well you're feeling fineの単音連続でも何か物足りない。
右のオルガンは音がふくよかになった。これはこれでいいと思う。
全体にサイケデリック・ロック色が後退した感は否めない
これもLSDを題材にした曲なのだが。


12. I Want To Tell You

ジョージのギターの音色がストラトらしくなった。悪く言うと線が細い。
イントロは右からフェイドインして左へ、エンディングは左から右へフェイドア
ウトするように変更された。
従来はベースが右、ヴォーカルとハーモニーは中央右寄り、ピアノはやや左、手
拍子は左右、とセンター抜けのミックスだった。
今回はヴォーカルとハモり、ベースは中央。ピアノは左右に振り分けられた。
バスドラムとスネアは中央、フロアタムは右寄りで、連打では立体感が出る
手拍子とマラカス(なぜか頭拍だったり後拍だったり不規則?)は右。




13. Got To Get You Into My Life

従来はヴォーカルと最後に入るギターとキーボードのみ中央に定位。
ベース、ドラム、タンバリンは左。
曲の肝でもあるブラスが右からしか聴こえずステレオ盤は迫力不足だった。
新ミックスではイントロからブラスが左右めいっぱい拡がり、ブラスロックの
迫力が一気に増した
ヴォーカルとベース、タンバリンは中央。
バスドラムはスネアとタムは中央、ハイハットは左、フロアタムは右
連打ではマルチで録ったドラムのように立体的に聴こえる
最後に登場するジョージのギターはセンター。
以前、左でかすかに聴こえた低音弦のギターのリフ(ブラスを重ねる前に録音
)を潔くカットしたのは正解。
今回のリミックスの中で特にすばらしい出来だと思う。



↑クリックするとGot To Get You Into My Life (2022 Remix)が聴けます。


14. Tomorrow Never Knows

全編で流れるシタールのドローン音が中央からやや左右に振り分けられた
ドラムのテープループも中央から右に流れるように変更された。
かもめの鳴き声などSEのテープループも左右に乱舞するように行き交う
逆回転のギターとエンディングのピアノも左右に移動
サイケデリック・ロック感が増した。これもリミックスの成功例。

この曲の課題はMark 1.だった。
カモメの鳴き声はポールがAh...Ah...と言ってる声の速度を上げて作成。
ワイングラスのぶつかる音、ディストーションをかけたギターやベース。
そのテープループを5台のテープマシーンでかけフェーダーを上げ下げした。
ミックスダウンの際、エンジニアは大忙しだっただろう。


これまでと同じくリミックスには賛否両論あり、評価が分かれるだろう。
当時聴いた音を重視するファンにとって、リミックスは冒涜かもしれない。

しかし当時の技術的な制約から解き放って、ビートルズを古く感じさせな
い(1960年代のステレオ・ミックスは今聴くと不自然だ)現代でも輝く
音楽として蘇らせることは、個人的には賛成だ。

リボルバー2022リミックスは世界の音楽誌も絶賛している。(3)

デミックスという新しい技術の恩恵を受けたこともあるが、もともとリボルバー
が挑戦的で完成度の
高いアルバムであったという事実が大前提にある。


<続く>


<追記>
週プレNEWSで市川紗椰さんがリボルバー2022について解説してます。
目、いや、耳の付け所が違う。なかなか面白いです。

<脚注>

(1)映画「ゲット・バック」の4人の会話

4人の間にセットされた無指向性マイクで拾った音を、撮影カメラと同期する
スイス製小型オープンリール・テープレコーダーNAGRAで録音していた。
(通常はカメラ備え付けのマイクから音声を拾う。
時々ビープ音が入り、同じタイミングでフィルムにはパルス信号が記録される。
本篇で使用する音源は別途Hi-Fiで録音され、SEや音楽が追加さる。
編集段階でフィルムのパルスとナグラ・テープのビープ音をシンクロすることで、
映像と別に録音された音の位置合わせの目安となる)

レコーディング用テープより劣るものの音質は良好である。 (AM放送並み)
4人は会話を聞かれたくない時は、アンプの音量を上げてむやみにギターをかき
鳴らしていた。


(2)デミックスを応用したステレオミックス
デビュー・アルバムのプリーズ・プリーズ・ミーは2トラック・レコーダーで
一発録音だから、ステレオにミックスすること自体に無理がある
が、この技術を使えば「誰も聴いたことがない」ステレオ音場ができそうだ。
こうしたデミックス・ソフトは既に民生用が販売されていて、プリーズ・プリー
ズ・ミーのデミックス・ステレオ盤が早くもブート化されている。


(3)世界の音楽誌も絶賛している

アルバムの14曲が素晴らしいものであることは周知の事実である。
ジャイルズ・マーティンは不朽の名曲を美しく磨き上げるように敬意を込めて
レストアを行い、特に感情的なパンチを与えている。
(クラシック・ロック誌)

サウンドはよりリッチで暖かく、噛み応え十分だ。(中略)ビートルズがこの
ように生き生きと蘇ったのを聴くのは、この秋の音楽の楽しみの一つだ。
(デイリー・メイル紙)

若きマーティンは現代的な洗練やトリックを加えることで21世紀の耳に合わせ
るようなことはしていない。
彼が行ったアプローチは、元々あった楽曲のニュアンスを現代の視点から増幅
することであり、聴き慣れた曲でさえ新鮮に聴こえてくる。
(ガーディアン紙)

サージェント・ペパーズ2017リミックスの万華鏡のような深みは必ずしもない
が、リボルバーの新しいディテールは曲のより深い意味を教えてくれる。
(ガーディアン紙)

ジャイルズ・マーティンはアルバムにシャープな音を与えている。
ヴォーカルはより際立っていて、新ミックスの中で失われることはない。
彼は父親がやったことをすべて取り入れながら、それぞれの曲のある側面を強
調している。
曲の美しいアレンジを維持しつつ、新しいミックスの恩恵を与えている。
(スピル・マガジン誌)


<参考資料:ユニバーサル・ミュージック、BARKS、Udiscovermusic.jp、
Rollingstone、Wikipedia、Amazon、YouTube、gettyimages、他>

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