2023年5月31日水曜日

ウィップラッシュ- 音楽映画の定型をぶち壊した師弟の壮絶バトル。



今回もドラマーの話。

ジャズ・ドラマーを目指す青年を主人公とした映画についてだ。

日本でも「セッション」という的外れでセンスのない邦題(翻訳が難しい
のは同情するが)で2015年に公開された。




<「Whiplash」に込められた意味>

原題は「Whiplash」で「鞭打ち症」という意味の造語だ。
首に大きな負荷がかかるドラマーの職業病でもある。

whip=鞭で打つ、打ち負かす、たたきのめす。
lash=鞭打ち、鞭のしなやかな部分、激しい衝突。 


主人公のドラマーの力強くしなやかなスティックさばきも表している。
指導者の苛烈なしごき、ぶつかり合いもイメージできる。


またスラングで、人の態度の豹変ぶりをwhiplashというらしい。
(例:衝動的で考えや立ち位置が変わるトランプ氏を揶揄する時など)






本作の原題でありテーマ曲として何度も演奏される「Whiplash」は、
ビッグバンド作曲家/サックス奏者のハンク・レヴィが1973年に書いた
作品である。


↓映画で演奏される「Whiplash」が聴けます。
https://youtu.be/-jAtHf9RA4w



ハンク・レヴィは目まぐるしくリズムの変わる曲作りを得意とする。
「Whiplash」のドラム(ブラスに合わせている)も激しく変化する。
物語が思いもよらぬ方向に突き進む、この映画の全てを示唆している




映画を見終わった時、英語圏の人は(ジャズに造詣が深い人であれば特
に)なるほどね、とタイトルに合点がいくはずだ。
それを日本語で表現するのは無理。だとしても「セッション」はないな。




<映画のあらすじ>

19歳のニーマン(マイルズ・テラー)はバディ・リッチのような偉大
なジャズドラマーになりたいと憧れ、全米屈指の名門音楽院に入学する。
(この学校はNYのジュリアード音楽院をモデルにしていると思われる)





バディ・リッチは圧倒的なスピードと正確無比なビートの天才ドラマー。
ビッグバンドで主役を食ってしまう「見せるドラマー」でもあった。
しかも長時間叩き続けても、まったくリズムが狂わずパワーも衰えない、
という超人である。



↓バディ・リッチがドラムを叩く「Caravan」が見れます。
(レギュラーグリップから
逆手マッチドグリップへの持ち替えに注目)
心臓病を患い医者から忠告されたにもかかわらず、退院すると再びドラム
を叩き始めたという逸話もある。



ニーマンの台詞で何度も引用されるバディ・リッチ的な生き方(音楽
取り憑かれた狂気)こそが、彼の人生の指針なのだろう。





ニーマンは伝説教師フレッチャー(J・K・シモンズ)に才能を見出され、
初等クラスから最上位クラスであるバンドに引き抜かれる。
喜んだニーマンを待ち受けていたのは、狂気のスパルタ指導だった。




フレッチャーは僅かなテンポのズレも許さない、異常なまでの完璧さを
求めるレッスンを繰り返す、狂気の鬼指導者だったのだ。
生徒全員が悪魔の形相のフレッチャーに怯え、恐怖に支配されていた。

ニーマンも初日から椅子を投げつけられ、頬を平手打ちされ、屈辱的な
言葉を浴びせられる。




↓「Whiplash(邦題:セッション)」の予告編が見れます。
https://youtu.be/v7jEDQlR9BY




もうパワハラ、イジメどころではない。
「巨人の星」の星一徹のちゃぶ台返し、「あしたのジョー」の丹下の
っちゃんも真っ青・・・と言っても、若い人たちには通じないだろう。
最近だと「教場」の鬼教官、風間公親? いや、もっと陰湿で暴力的だ。

ニーマンは悔しさをバネに血まみれの猛練習を続ける。
ハンク・レヴィの「Whiplash」を暗譜し、コンテストでの優勝に貢献。
主席ドラマーに昇格する。





ニーマン偉大なドラマーになることに取り憑かれ病み始めていた
「ドラム以外のことを考える時間がない」と恋人に一方的に別れを告げ、
家族も顧みなくなり、自身が疲弊し狂気に蝕まれていく。






コンクールの日、ニーマンはトラックと衝突事故を起こしてしまう。
血まみれで執念で会場にたどり着く。が、まともな演奏はできなかった。
フレッチャーに「お前は終わりだ」と冷たく言われたニーマンは、舞台
でフレッチャーに殴りかかる。





騒動でニーマンは退学処分になる。
弁護士の勧めで匿名で証言し、フレッチャーも音楽院から追放される。



ドラムから離れ穏やか生活を送っていたニーマンは、ある晩通りかかった
ジャズクラブに出演していたフレッチャーを見つける。
フレッチャーはニーマンに声をかけ、週末カーネギーホールで開催される
音楽際で彼が指揮をとるバンドが出演すること、曲は音楽院時代のレパー
トリーでデューク・エリントンの「Caravan」であることを伝え、ドラム
を叩かないかと話を持ちかける。

音楽祭は多くのスカウトマンも集まり、目に留まればブルーノートとの
契約などチャンスがある。ニーマンは誘いを受けることにした。




↓フレッチャーがニーマンとバーで会話するシーンでバックに流れる曲は、
スタン・ゲッツ&マイルス・デイヴィスの「Intoit」。渋い選曲だ。
ジェリー・マリガン、リー・コニッツ、ソニー・ロリンズ、ズート・シム
ズが参加している。何気にすごいメンツだな。
https://youtu.be/v9qjtwpli44




当日フレッチャーがバンドに演奏させたのは違う曲だった。
音楽院を追放されたことへの報復である。
知らない曲でうまく演奏できず、ニーマンは失態を晒してしまう。

ステージを降りたニーマンは意を決して引き返し、フレッチャーの曲の
紹介を無視し、バンドに「Caravan」と伝え激しく叩き出す。
メンバーたちはニーマンの気迫に押され「Caravan」を演奏し出す。




最後の9分に及ぶ「Caravan」は圧巻!
https://youtu.be/ZZY-Ytrw2co
https://youtu.be/2TAfvMn8_EQ




無我の境地で鬼気迫るドラミングをひたすら続けるニーマン
完全に主導権を奪われ戸惑っていたフレッチャーだったが、やがて歓び
の表情を浮かべる。そしてニーマンも。





<映画の評価>

本作は監督・脚本のデイミアン・チャゼルの体験が反映されている。
第87回アカデミー賞で5部門にノミネートされ、鬼教師フレッチャー役
J・K・シモンズの助演男優賞を含む3部門で受賞した。

ニーマンを演じたマイルズ・テラーの演技も大きく評価された。
テラーは2か月間、一日に3~4時間ジャズドラムの練習を続け、撮影
では自ら演奏した。作中の手からの出血はマイルズ本人のものである。




「Whiplash」は多くの映画賞でノミネートまたは受賞。
バラエティ紙は「音楽界の神童を扱った映画の定型を見事に壊した
伝統のある優雅なステージと最高の音楽学校のリハーサルスタジオと
いう舞台で、スポーツアリーナや戦場で繰り広げられるような壮絶な
心理ドラマが展開されている」と評している。

音楽映画お決まりの、拍手喝采でめでたしめでたしでは終わらない。
師と弟子がひしと抱き合い涙の和解、という感動的シーンもない。
別れた恋人が会場に駆けつけよりが戻ることもなかった。
ふっと突き放したようなエンディングがいい。





<劇中演奏曲「Caravan」について>

「Whiplash」とともに音楽院のクラスで何度も演奏され、ラストシーン
で圧倒的なドラム演奏が聴けるのが「Caravan」である。
シニア世代にはベンチャーズの演奏でお馴染みだろう。


この曲はデューク・エリントンと彼の楽団のトロンボーン奏者ファン・
ティゾールによる共作である。

アフロ・キューバンのリズムで始まり、砂漠を渡るキャラバン隊を思わ
せるエキゾチックなメロディー(非西洋の音階、ハーモニックマイナー・
スケール)と続き、アップテンポの4ビート・スウィングへと展開して
いくスリリングな曲である。





バディ・リッチの演奏ではドラム・ソロが入るが、この映画でもかなり
激しいフィルと長いドラム・ソロが聴ける。


↓映画で演奏された「Caravan」が聴けます。
僕はビッグバンドは聴かないが、このアレンジは文句なしにカッコいい!
https://youtu.be/38CRu1rCaKg





<映画で使われる音楽用語(英語)>

この映画の面白さはもう一つある。会話の中で使われる音楽用語だ。
英語ではこういう言い方をするのかと勉強になった。
以下、聞き取れた範囲だが。


rudiments(ルーディメンツ)
日本でも同じ言い方をする。スネア・ドラムの基本奏法。
ピアノのレッスンでやるハノンのようなもの。以下3つはその例。

roll(ロール)
スネアの連打。マーチングやブラスバンドの小太鼓で必ずやる。
サーカスでライオンが火の輪をくぐる前のタララララ・・・もそう。

paradiddle(パラディドル)
これもドラム用語として日本でも使われている。
シングル・ストロークとダブル・ストロークを組み合わせたもの。
(左はシングル・パラディドル、右はダブル・パラディドル)

flam(フラム)
主音の直前に装飾的な音を添えることでパラッといった音を出す。
2つの音量、ストロークのタイミングに差をつけるのがポイント。


double-time
倍のテンポで。

quarter note
四分音符

half note
二分音符

In four
四拍子で。



Trombone. Bars 21 to 23.
トロンボーンの21小節目から23小節目。bar=小節。

Could I have a B-flat please?
B♭を出してくれる?(チューニングのためピアノに頼むシーン)


We have an out-of tune player.
ピッチ(音程)の合ってない奏者がいる。
out-of tune、よく使いますね。これを言われたらキツイ。



Not quite my tempo.
俺が求めてる(指示した)テンポじゃない。



You're rushing.
rushは(リズムが)走ってる、早すぎる。

Dragging.
dragは(リズムが)もたついてる、遅れてる。

Keep counting!
数え続けろ!(テンポを意識しながら演奏しろ)



Here we go.
行くぞ。さあ、やろう。(曲の開始時のかけ声)

upsy-daisy
曲をやる前の掛け声。せーの、みたいな感じ。



All I want to do now is just give you both a crack at it all.
俺としては君たち2人両方に試しに(演奏を)やってもらいたい。
(アンドリューをライバルのコノリーと競わせるシーン)
have (take) a crack at itで~を試してみる、挑戦するの意味。






I'll cue in, Caravan!
入る所を合図する、(曲は)キャラバン!
(最後の演奏シーンで、ニームスがダブルベース奏者に言う。
制しようとしたフレッチャーにも、I'll cue youと言い黙らせる)





使いこなせると外国の方と演奏する時、役に立ちそうですね。


<参考資料:FILMAGA、billboard JAPAN、SOUNDZOO、
ジゴワットレポート、HBのとってもくわしいドラムレビュー、
Percussion Library、Momoska ドラムマガジン、TAP the POP、
That's interesting、YouTube、Wikipedia、他>

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