2016年7月17日日曜日

ビートルズ来日から50年(機材の検証)

<使われなかったジョンのオルガン>

5回のステージではヴォックスのコンティネンタル・オルガンが用意されていた。
「I’m Down」でジョンが弾くためである。
1965年のシェイ・スタジアムではノリノリのジョンが肘で弾く様子が見られる。




しかし武道館では一度も使われることがなかった。
初日はギターとベースのチューニングを半音下げていたので当然だが、他の回も
その気になれなかったのか。



<リンゴのドラムセット>

リンゴのドラムはお馴染みのラディック社のブラックオイスター・パールのセッ
(1)であるが、1965年から一回り大きくなっている。
バスドラムは20インチから22インチへ、それに合わせてタムタム、フロアタム
の口径も大きくなっている。





シェルはマホガニー/ポプラ/マホガニーの柔らかい材質を使った3プライ構造
で、補強のためにレインフォースにメイプルが使用されている。
コシがあるけど温かみのあるソフトな音、豊かな低音が特徴的だ。
遠くに音を飛ばすより近くで鳴るドラムでレコーディングには最適である。


初期のビートルズではタンタンと小気味好く鳴るスネアの音とハイハット開きっ
ぱなしのシャンシャンがサウンドの要だったが、中期以降はしだいに重い音に
なって行く。
リンゴはスネアドラムの底面にテープを貼って響きを抑えていた。


武道館で使われたのもこの2代目のラディック社のブラックオイスター・パール
のドラムセットだった。


集音は正面上方に立てたマイク1本のみ。
よくこれで拾ってるものだと思うが、この頃はこれがスタンダードだったのだ。
マイクは分からないがボーカル用と同じシュアーSM-58のように見える。





ドラムの音はおそらくボーカルと共に専用アンプで増幅したものを(当時はコン
ソールでミックスする技術もなく)ステージ上のギター・アンプの音とバランス
を取っていたのではないかと思われる。



<ボーカル・マイク>

前述のようにシュアーSM-58で間違いないだろう。
ビートルズのツアーではお約束のダイナミック・マイクロオフォンであるが、
日本側で用意したのではないだろうか。

初日グラグラ安定しなかったお粗末なマイクスタンドは会場側で手配したものだ。
2回目以降は黒いガムテープのようなものでしっかり固定されていた。


初日はリンゴのボーカル・マイクがかなり低い位置にセットされていて、それを
直そうともせず淡々と「I Wanna Be Your Man」を歌うリンゴの姿が見られる。





彼らはそれまでも劣悪な条件を体験していて、主催者が用意した状態を受け入れ
自分たちの仕事をその環境で全うする、という諦めにも似た融通無碍の境地だっ
たのかもしれない。

アンプのスピーカーキャビネットの前に立ちマイクが置かれているのは放送用の
収録のためだろう。
当時NHKなど各局で標準使用されていたソニーの単一指向性コンデンサーマイク
ロフォンC-38Bと思う。





<途中で交換されていたアンプの謎>

武道館のステージではヴォックス社のAC-100  Supere Deluxeが使用された。
ヴォックス社がビートルズのために開発したアンプ(2)で、それまでのAC-30や
AC-50(3)よりも大音量の100Wの真空管アンプである。
スピーカーキャビネットは30cm口径アルニコスピーカー(4)を4個搭載していた。




ポールのベースはヘッドは同じAC-100だが、スピーカーキャビネットは30cm口
径アルニコスピーカーに加え38cm口径スピーカーを搭載したベース用T60を組み
合わせている。
T-60は本来60Wのトランジスタアンプ・ヘッドを載せるのだが、用途に応じて組
み替えられるのがスタック・アンプ(5)の利点だ。






写真を見て気付かれた方もいると思うが、縦長のAC-100が使われたのは1回目の
6月1日夜と2回目の7月1日昼の部のみで3回目以降は横長のヴォックス7120が使
用されている。



なぜアンプが変更されたのか?実に興味深い。



初日にアンプの1台が故障し翌日同じものが航空便で届いた、という記録がある。
「同じもの」ということは7120ではなくAC-100なのだろう。

6月30日の映像を確認するとジョージのアンプから時々ノイズが発生している。
また出力も不安定な気がする。
ギターは常にチェックされているはずだし、シールドの問題であれば交換すれば済
む話だ。ということは、原因はアンプと考えていいのではないかと思う。


どうやらこのAC-100は日本側で手配したものだったようだ。
今でこそ照明から音響まで機材一式、ステージ造形もすべて持ち込みが当たり前だ
が、この時代は各国の会場がそれぞれステージを設営し照明を準備し、アーティス
トの要望に従ってアンプやマイクなどの音響機材をそろえるのが普通だった。

主催側で用意したアンプだからこそ不具合が本番まで分からなかったのだろう。
ビートルズがリハーサルをやらなかったという点も準備不足の一つである。


初日のステージ終了後ロードマネージャーが急遽、本国に代替のAC-100を手配。
AC-100は翌7月1日の昼の部開演の12:30までにエアーで届けられた。
その日の夜に放送された7月1日昼の部の演奏を聴くと、ジョージのアンプからの
ノイズは解消され出力も安定している。



さて、これで問題は解決したはずだが7月1日の夜の部(3回目の公演)からはAC-
100ではなく7120(ベースアンプは430)を使用しているのだ。
7120は直前のドイツ公演で使用していたアンプで日本にも持って来たらしい。




「Revolver」のレコーディングで初めて使用され、1966年のドイツ公演、日本公
演の後半、「Sgt.Peppers」の前半のレコーディングで使用された。

7120はソリッドステート(トランジスタ)のプリアンプ部とチューブ(真空管)
パワーアンプ部を組み合わせたハイブリッド型であった。
チューブアンプは温かみのある太い音が特徴だが、ソリッドステートはジャキジ
ャキした硬質で攻撃的な音が出る。

出力は120Wで2チャンネルの入力が可能(1つはビブラート用)であった。
一方ベース用の430は出力は120W、4個の30cm口径アルニコスピーカーと43cm
口径のスピーカーを2個搭載している。


7120もハイブリッドとはいえ従来のヴォックスのチューブアンプと比べるとソリ
ッドな音のようだ。
7120を使用したドイツ公演とAC-100使用の日本公演を比べると違いが分る。
前者は高域が立ったシャープな音なのに対し、後者はややこもった感じの音である。


↑手前のテスコのアンプは前座が使用したもの。後方にVOX 7120が見える。


ビートルズが3回目のステージから7120に替えたのは武道館特有の吸い込まれるよ
うな音響特性から、AC-100では高域がクリアーでないと判断したためか。
ライブへの情熱を失ってたとはいえ少しでもいい音を届ける努力はしていたのだ。


この年の8月、最後となる全米ツアーではAC-100をバージョンアップした Super
Beatle(台形のソリッドステートアンプで3チャンネルを有しパワーは120W)が
使用された。






<脚注>

(1)ラディック社のドラムセット
デビュー直後のリンゴはプレミア社のマホガニーデュロプラスチックの茶色ドラ
キットセットを使っていた。
フロントヘッドにはRingo Starrと書かれていたが、後に甲虫の触角を模したThe 
Beatlesロゴが描かれるようになった。





1963年4月ラディックのオイスターブラック・パールのセットを購入。
リンゴはトリクソンの黒のセットを欲しがっていたがドラム・シティ楽器店に在庫
がなく、代わりにラディックのオイスターブラック・パールを見せたら即決。
後日もう1台購入。
ラディック・スーパークラシックとラディック・ダウンビートを組み合わせたセッ
トだったようだ。
バスドラムは20×14インチで有名なドロップTロゴ入りヘッドが装着された。
シンバルはジルジャン製かパイステ製。
スタンド類はプレミアのを流用したりラディックのものを使っていたようだ。

1965年に新しいラディックのオイスターブラック・パールのセットを2台購入。
バスドラムは22×14インチと大きくなり、フロアタム、タムタムも大きくなった。
スネアドラムは14×5.5インチのジャズ・フェスティバル。
シンバルはジルジャン製かパイステ製。スタンド類はラディック製。
スネアドラムの底面にはテープが貼られ鳴りを抑えて重くする工夫がされていた。
「Hey Jude」ではタム、フロアタムに毛布を被せ響きを極限まで抑えている。



ビートルズ後期はナチュラル(イエロー)のラディック・ハリウッドを使用。
黄色いLudwigのツータムのセットです。
専用ホルダーにタムが2個セットされクラッシュシンバルが一つ追加された。
「Get Back」セッションではバスドラムのフロントヘッドを取り外し毛布を突っ
込んでキック音を重くしている。(多くのドラマーが真似するようになった)
フロアタムにも布が被せられていた。
ハイハットタンバリンを装着しているのも確認できる。


(2)ヴォックスのアンプとビートルズ
ハンブルグ時代はスタークラブの備品のフェンダーを使っていたようだが、帰国
するとフェンダーの輸入数は少なく関税のためかなり高価だったらしい。
お金がなかったビートルズはまともなアンプを買えなかった。(ジョージ・マー
ティンが「最初の頃の彼らの機材はひどかった」と証言している)
ブライアン・エプスタインがイギリス製アンプの最高峰でクリフ・リチャード&
シャドウズも使っていたヴォックス社と交渉しエンドースメント契約を獲得。
以降ビートルズはただでヴォックスのアンプが使えることになった。




彼らは必ずしもヴォックスのアンプを望んでいたわけではないが、リッケンバッ
カー、グレッチ、ヘフナーといった帯域の狭い楽器と同じく中域がファットな
ヴォックスの真空管アンプの組み合わせのおかげで、真ん中にごつんと来る迫力
あるビートルズ・サウンドが誕生した。


「Help!」のレコーディングではソニックブルーのストラトキャスターが使われ、
併せてフェンダーのツインリバーブも使われた。
ジョンはツインリバーブの音が気に入っていたらしい。
「Rubber Soul」以降ギブソンSG、ES-345、ストラトキャスター、エピフォン・
カジノ、ポールのリッケンバッカー400/1ベースと楽器の選択肢が広がる。

ジョージは「グレッチとヴォックスだけじゃないってやっと気づいたのさ」とか
「グレッチとヴォックスの組み合わせはちゃちだ」とインタビューで答えている。
新しい音に興味が行っている時期だからそれまでのグレッチ、ヴォックスに否定
的であるが、それらが初期ビートルズのサウンドの要であったのは事実だ。


(3)ヴォックスAC-30/AC-50(VOX AC-30/AC-50)
ビートルズ初期のレコーディングで使用されたチューブアンプ。
真空管方式でコシのある独特な粘りのあるウォームサウンドで、グレッチ、リッケ
ンバッカーとの相性が非常に良かった。
デビュー直後はステージでも使用されたが出力が低いため、当時PAシステムのない
会場では非力であった。

AC-30は30Wのヘッドアンプと30cmアルニコスピーカー2個が一つのキャビネット
に収納された一体型。




AC-50は1964年にヴォックス社がビートルズのために開発した製品。
出力は50Wになり30cmアルニコスピーカー2個と高音用ホーンが搭載された。
同年スピーカーキャビネットの上にヘッドアンプ重ねて使うスタック・アンプ型の
AC-50 SUPER TWINも発売された。


(4)アルニコスピーカー
アルニコマグネットを使用したスピーカーで1950年〜1970年代まで主流だったが、
原材料のコバルトの高騰のためフェライトマグネットに主流の座を奪われた。
現在は高級スピーカーユニットにのみ使われる。
「低域の歯切れの良さはアルニコでなければ出せない」「アルニコはジャズ向き」
「フェライトの方が倍音が豊かでクラシック向き」という意見もある。


(5)スタック・アンプ
アンプヘッドとキャビネットが別々に分かれたギター(ベース)アンプ。 
ヘッドとキャビネットの組み合わせを変えたり、2段、3段積みにするなど拡張や
工夫ができる。


(6)レコーディングで使用されたアンプ
1965年からスタジオではフェンダーのアンプを使い始めたが、ステージではエン
ドースメント契約があるためヴォックスのアンプしか使えなかった。
おそらく契約は1967年までだったと思われる。
「Hello Good Bye」のプロモビデオではヴォックスのThe Conqueroを使用して
いる。(ポールのはベース用460のヘッドアンプと組み合わせている)
The ConquerorはAC-30に替わるハイブリッドアンプだ。





「Sgt.Peppers」のレコーディングでもヴォックスのThe Conquerorや7120を使
ていたようで、1967年まではフェンダーと併用していたらしい。
フェンダーのツインリバーブが見られるのは「Revolution」のプロモビデオ以降。
映画「Let It Be」でもツインリバーブを使用していた。


<参考資料:レコードコレクターズ2012年4月「ビートルズ来日学」、ビートル
ズギア、The VOX Showroom、Wikipedia、その他>

4 件のコメント:

provia さんのコメント...

こんにちは。

面白いですね。

アンプの違いについては写真を見て「あれ!違うアンプ使ってる」と
思った事はありますが、それで終わりです(笑)

ヘルプでソニックブルーのストラトというのも興味深いです。
私の中でビートルズとストラトというイメージが結びつきません。

あの時代の各バンドの楽器から使用マイクに至るまでの
データ本みたいなものがあったら面白いと個人的には思いますが、
セールスには結びつかないんでしょうね。

このビートルズに関する一連の記事、とても面白く読ませて頂きました。
ありがとうございます。

イエロードッグ さんのコメント...

>proviaさん

長文の投稿を読んでくださってありがとうございます。
つい書くことが増えてしまって(笑)

来日10周年ということで特集やムック本で当時の関係者、観客、
客室乗務員、ホテル従業員の話も載ってるのですが、楽器や機材の
記述は全然ないんです。
個人的にはすごく興味があるんですけど。

ソニックブルーのストラトはジョンが抱えてる写真もありますが、
ジョージとお揃いで買ったのか共用してたのか不明です。
I Need YouやNowhere Manでジョージが弾いたそうです。
1967年にはサイケデリックペイントがされました。

以前ポップステーションのサイトでタイガースの使用楽器が書いて
あったと記憶してますがすごく面白かったです。
先日スパイダーズの映画をBSで見ました。
内容はトホホですが曲がいいのと楽器が見られて良かったです。
初期のストーンズの楽器も機会があったら調べてみたいですね。

provia さんのコメント...

再びこんにちは。

「タイガースの使用楽器」について書いてあったのは
私のHPですよ(念のため.....)

最近はいろいろなムック本などで昔を振り返る企画がありますが、
私はどれも不満足に感じてます。

リアルタイムで当時を知らない人が書いてることが多いので、
難しい面もあるんでしょうね。


私はGSが使った楽器や機材などに関してデータをまとめたいと
思ってましたが、GSのメンバーが協力的でない(金にならないから)、
記憶がきわめて曖昧など、やる気をなくしてしまいました。

以前、タイガースのマネージャーをやっていた中井さんに
お会いした時にもいろいろ聞きましたが、記憶が薄れて
いたので写真を見ないと思い出せないと
仰ってました。

イエロードッグ さんのコメント...

>proviaさん

あ、そうでしたか(汗)思い違いで大変失礼しました。
改めてGITAR FUNの記事を読み直してみました。

そうそう。
加橋かつみのリッケンバッカーが国産のコピーモデルというのが
意外だったというか、すっかり本物と信じ込んでました。
ES-335よりエピフォン・カジノの方が抱えやすく弾きやすく、
歌伴としてもクリアーなコード音が得られたのでしょうね。
グレッチのカッタウェイはキース・リチャーズの影響でしょうか。

タイガースはビートルズと同じシュアーのSM-58を使ってたと、
どこかで読んだ記憶があるのですがAKGでしたか。
アンプはテスコだったんですね。
大野克己がヴォックスのオルガンを使ってましたけど、アンプは
違うのかな?
スパイダーズも楽器にこだわってましたよね。

そういえば知らない間にTHE TIGERS ON STAGE(1967年大手町
サンケイホールで録音されたザ・タイガース・ア・ゴー・ゴー)
がCD化されてました。

前回書き忘れましたが、You’re Going To Loose That Girlの間奏
もストラトです。
映画の演奏シーンではグレッチのテネシアンを弾いてますが、
もしかしたらグレッチともエンドースメント契約をしていたのか
もしれないですね。