2016年8月31日水曜日

僕たちがカントリー少年だったあの頃。

誰にでも思春期に夢中で聴いた音楽がある。

ミュージシャンやシンガーにもルーツとなる特別な音楽があるものだ。
彼らの音楽性は広がり進化し続ける。しかしある日ふと原点に戻りたくなる。


自己の音楽性に影響を与えた偉大なる先人たちへの愛情あふれる、ある意味では
恩返し的なカヴァー・アルバムを作ろう、と思うのだ。
それは自分の立脚点の確認であり、自分の手の内を明かすことにもなる。

単なる模倣に終わらずカヴァーでありながらも自分ならではの解釈、味付けをし
オリジナルを凌駕するくらいの出来に仕上げることが求められれる。
そのアーティストの力量が試される、かなりハードルの高い作業になるはずだ。



エリック・クラプトンはこれまで4枚のブルース・アルバム(1)を発表している。
ザ・バンドはオールディーズのカヴァー・アルバムを作った。(2)
ジョン・レノンとポール・マッカートニーもソロに成ってから、それぞれロック
ンロール・アルバムを出している(3)


ビートルズは1950年代のロックンロールを多数カヴァーしているが、そのクオリ
ティはオリジナルを超えるくらいレベルが高い。

4人はカントリーミュージックについてもかなりマニアックなファンであった。
「I’ve Just Seen A Face」「 Rocky Raccoon」はポール流のカントリーだ。
リンゴはバック・オウエンス(4)の「Act Naturaly」をカヴァーしている。

この曲ではジョージの素晴らしいカントリー・ギターが聴ける。
同時代に多くのギタリストたちがブルースを志向する中で、ジョージはロカビリ
ーやカントリーにこだわりビートルズに独自のサウンドをもたらした。







エルヴィス・プレスリーのルーツはカントリーとゴスペルであった。
イタリア系移民のエルヴィスが少年期に住んでいた家は黒人居住区に隣接してい
て、彼は黒人が集う教会でゴスペルに親しみ、ラジオから流れるカントリー・ミ
ュージックを毎日聴いていたのだ。

そんなエルヴィスのカントリーへの思い入れは、ナッシュヴィル録音のカントリ
ーソング集「Elvis Country (I'm 10,000 Years Old)」(1971)で聴ける。
ジャケットに使われているのはエルヴィスが2歳の頃の写真だ。

前回取り上げたナンシー・シナトラもカントリーの本場ナッシュビルで録音した
「Country,My Way」(1967)というアルバムをリリースしている。



アメリカのシンガーやバンドは多かれ少なかれカントリーの影響を受けている。
なぜならカントリーもブルースやゴスペルと同じく労働者階級から生まれたルー
ツ・ミュージックであり、今日のロックの源流だからだ。

特に1970年代前後に台頭したカントリーロック、フォークロック、そしてその
後に続くウエストコースト・ロック系のシンガー&ソングライターやバンドは
カントリー直系と言ってもいい。






今回紹介するロギンス&メッシーナの「So Fine」(1975)は彼らの6枚目となる
アルバムで、二人のルーツであるカントリーとリズム&ブルースのカヴァー作品
集であるが、彼らのオリジナルと言っても過言でないくらいの出色の出来である。

むしろ個人的にはロギンス&メッシーナでは一番好きなアルバムだ。
大げさな言い方かもしれないが、1970年代のウエストコースト・ロックのルーツ
を示した重要な作品でもあるのではないかと思う。



まずジャケットを見ていただきたい。
アルバムに貼られた古いモノクロの写真には、ガレージの前で手作りの木製の自
動車を組み立てている二人の少年が写っている。
一人はオーヴァーオールを履き、ゴールデンレトリバーの仔犬を抱えている。


裏ジャケットでは10年後に同じ場所で撮ったと思わせるようなカラー写真を誰か
が手にしている。
ガレージも木製の自動車も朽ちて、周囲は草ぼうぼうになってしまった。
そこにロギンス&メッシーナの二人がいる。

あの小さかったゴールデンレトリバーは立派に大きくなっている。
(と言うか、もう老犬だろう)
二人の少年も今や大人だ。
仔犬を抱えていたオーヴァーオールの少年はどうやらメッシーナだったらしい。


ジャケットを眺めているだけでなんだか嬉しくなってしまう。
「このアルバムは僕たちが少年時代によく聴いた音楽で、大人になった今も大好
なんだよ」という二人のメッセージが伝わる素敵な演出だ。







1曲目の「Oh, Lonesome Me」はカントリー・シンガー、ドン・ギブソン(5)
が1958年にヒットさせたナンバー。

続く「My Baby Left Me」はエルヴィスの1956年のヒット曲。
バッファロー・スプリングフィールド、ポコのギタリストだったジム・メッシー
ナがご機嫌なパキパキのテレキャスター・サウンドを聴かせてくれる。
あまり挙げられることがないが、僕はジム・メッシーナは巧みなテレキャス使い
だと思う。

3曲目の「Wake Up Little Susie」は1957年にヒットしたエヴァリー・ブラザ
(6)の代表作の一つ。
オリジナルと同じく二人はクロース・ハーモニー(ずっと3度)で歌っている。

4曲目の「I’m Movin' On」はハンク・スノウ(7)の1950年のヒット・ナンバー。
列車の走る音を連想させる、いわゆるトレイン・ソングだ。
最後はテンポアップし、ギター、ハーモニカ、フィドルの掛け合いで盛り上がる。
メッシーナのヴォーカル

5曲目「Hello Mary Lou」は1961年にリッキー・ネルソン(8)がヒットさせた。
二人のハーモニーと小気味良いメッシーナのテレキャスターが印象的だ。
この曲はバンドでやったので思い入れがある。
僕はこのアルバムでリッキー・ネルソンがオリジナルであることを知るまでは、
CCRの曲だと思っていた(恥)

6曲目、LP盤ではA面ラストの曲は元祖シンガー&ソングライター、ハンク・ウィ
リアムズ(9)の1951年のヒット作「Hey, Good Lookin’」。
この曲も二人の相性のいいハモリが楽しめる。
フィドルからペダル・スティールに回すソロがいい。



後半(LP盤ではB面)はロックンロール、R&B色が濃くなる。


Splish Splash」はボビー・ダーリン(10)の1958年のヒット・ナンバー。
脂ギッシュなテナー・サックスにメッシーナのテレキャスターが絡む。

クライド・マクファター(11)(ドリフターズ)の1958年のヒット「A Lover's
 Question」はドゥワップ調の軽快な曲。
ケニー・ロギンスの声質はこういう曲によく合う。

You Never Can Tell」(1964)はチャック・ベリーのニューオリンズ調の曲。
二人のハモリが効いている。この曲もメッシーナのテレキャス・サウンドがいい。
余談だが映画「パルプ・フィクション」(12)ではユマ・サーマンとジョン・トラ
ボルタがツイスト・コンテストでこの曲に合わせて踊るシーンが印象的だった。

I Like It Like That」はR&Bのシンガー&ソングライター、クリス・ケナー
(13)アラン・トゥーサン(14)の共作で、ケナーが1961年に歌ってヒット。
後にザ・デイヴ・クラーク・ファイヴ(15)もカヴァーしている。
ソルフルなヴォーカルはケニー・ロギンスの面目躍如だ。

アルバム・タイトル曲「So Fine」はジョニー・オーティス(16)の作品で、ドゥ
ップのコーラス・グループ、ザ・フィエスタス(17)の1959年のデビュー曲。

アルバムの最後を飾るのはR&B系ピアニスト、オルガン奏者ビル・ドゲット(18)
が1956年にヒットさせたインストゥルメンタル曲「Honky Tonk Part II」。




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全編を通して曲の構成とアレンジはジム・メッシーナのセンスが光っている。
A面のカントリーとB面のR&B。その両方がロギンス&メッシーナのルーツなのだ。

メッシーナはR&Bナンバーにおいても、カントリーのアプローチで演奏している。
こうしたカントリーとR&Bの融合はグラム・パーソンズ(19)がバーズで試みたこと
でもあった。


いや、そもそもエルヴィスやチャック・ベリーから生まれたロックンロール自体が、
れまでの白人のカントリーと黒人のR&Bを融合させたものだったのだ。

ロギンス&メッシーナはこのアルバムで、そうした先人たちの視線を自分たちで
辿ってみようとしたのかもしれない。


<脚注>

(1)エリック・クラプトンのブルース・アルバム
「From the Cradle」 (1994) US #1 
「Riding with the King」 (2000 with B.B.King)  
「Me and Mr. Johnson 」(2004) US #6 
「Sessions for Robert J」 (2004 CD+DVD)  
「Me and Mr. Johnson」「Sessions for Robert J」はクラプトンが特に敬愛する
ロバート・ジョンソンへのトリビュート・アルバムである。


(2)ザ・バンドのオールディーズのカヴァー・アルバム
「Moondog Matinee」(1973)
スランプに気味のメンバーが気分転換に古いレパートリー演奏しているうちにアル
バムになってしまったらしい。
曲を聴けばオールディーズだが、一流の職人集団ならではのサウンドはそのまま。


(3)ジョン・レノンとポール・マッカートニーのロックンロール・アルバム
「Rock 'n' Roll」(1975)
チャック・ベリーが「Come Together」は「You Can’t Catch Me」の盗作と主張
し、告訴しない条件に自分が出版権を持つ曲をカヴァーすることをジョンに要求。
ジョンは「You Can’t Catch Me」他ロックンロールのスタンダードのカヴァー・
アルバムを出すことにした。
プロデューサーのフィル・スペクターが精神的に破綻しマスターテープを持って
逃亡したため、4曲以外はジョンのプロデュースで録り直した。

「Run Devil Run」(1999)
前年に乳癌で死去した妻リンダの生前の提案によって作られたロックンロールの
カヴァー・アルバム。シングルB面などマニアックな選曲が多い。
ポールの新曲も3曲収められている。
ビートルズの最初のレコーディングに倣って、ポールはヘフナーのベースを弾き
ながら歌いすべての曲が一発録りされた。プロデューサーはクリス・トーマス。
デヴィッド・ギルモア、イアン・ペイスがバックを努めている。


(4)バック・オウエンス
ベイカーズフィールド・サウンドと呼ばれるカントリー音楽分野の開拓者。
1963年の「Act Naturally」以来、20曲のNo.1ヒットを出した。
ナッシュヴィル勢の独占を覆し、後のマール・ハガードへの道を開く。


(5)ドン・ギブソン
1958年自らが作り歌った「Oh, Lonesome Me」「I Can’t Stop Loving You」
カントリーの枠を超えてヒット。
「Oh, Lonesome Me」はニール・ヤング、ドリー・パートンがカヴァー。
「I Can’t Stop Loving You」はレイ・チャールズのカヴァーし、全米・全英で
No.1という全世界的なヒットになった。


(6)エヴァリー・ブラザーズ
1950年代後半から1960年代前半に活躍したドン&フィル・エヴァリー兄弟に
カントリーの伝統である「クロース・ハーモニー」という3度でずっとハモるスタ
イルでメロディーを奏でた。
どちらが主旋律が分からないハーモニーは、ビートルズやサイモン&ガーファン
クルなど多大な影響を与えた。
代表作は「Bye Bye Love」「Wake Up Little Susie」「Devoted to You 」
「All I Have to Do Is Dream」「Let It Be Me」など。


(7)ハンク・スノウ
カナダが出身のカントリー。シンガー。
1950年の「I'm Movin' On」が大ヒット。
1952年の「A Fool Such as I」は後にエルヴィスにもカヴァーされた。


(8)リッキー・ネルソン
アメリカのロック・シンガー、俳優。「リオ・ブラボー」などの映画に出演。
1957年「A Teenage Romance」とファッツ・ドミノのカヴァー「I’m Walikin’」
、1958年に「Poor Little Fool」がヒット。
1961年には「Travelin’  Man」「Hello Mary Lou」がヒット。
ネルソンはしだいにカントリーに傾倒して行った。


(9)ハンク・ウィリアムズ
カントリー音楽の歴史において最も重要な人物のひとりと見なされている
アメリカのシンガー&ソングライター。
1947年から29歳で亡くなる1953年までの短い間に「Hey Good Lookin'」
「Cold, Cold Heart」「Jambalaya (On the Bayou)」「Your Cheatin' Heart」
など11曲がビルボードのカントリー&ウェスタンチャートで1位を獲得。
さらに35枚のシングル盤がトップ10入りした。

カントリー界ではハンク・ウィリアムズ、ハンク・トンプソン、ハンク・スノウ
をスリー・ハンクと呼ぶらしい。


(10)ボビー・ダーリン
ニューヨーク出身の男性シンガー、作曲家、マルチ・プレイヤー。
自作曲のロックンロールやジャズ・スタンダード、フォークソングに至るまで
自分のスタイルで歌いこなす。
「Splish Splash」「Mack The Knife」「Dream Lover」などヒット多数。


(11)クライド・マクファター(ドリフターズ)
アメリカの黒人歌手。
ビリー・ワード&ザ・ドミノスを経て、1950年代〜1960年代にかけて隆盛した
黒人コーラス・グループ、ドリフターズで活躍。その後、ソロ歌手になる。
ハイテナーボイスと張りのある声で「A Lover’s Quetion」をヒットさせた。


(12)パルプ・フィクション
クエンティン・タランティーノ監督による1994年のアメリカ映画。
同年のアカデミー賞で7部門にノミネートされ脚本賞を受賞。
カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールを受賞した。
オムニバスかつ、くだらない話(パルプ・フィクション)の複合交差体。
マフィアの話で、その中にいる人間の短編ストーリーとなっているが、時間的
な順序とは異なった流れで構成されている。
出演者:ジョン・トラボルタ、ユマ・サーマン、サミュエル・L・ジャクソン、
ブルース・ウィリス、ティム・ロス


(13)クリス・ケナー
ニューオーリンズの黒人R&B歌手・作曲家。
1961年アラン・トゥーサンと共作の「I Like It Like That」が大ヒット。
1962年の「Land of a Thousand Dances(ダンス天国)」はウィルソン・ピケ
ット、パティー・スミス、ウォーカー・ブラザーズにカヴァーされヒットした。


(14)アラン・トゥーサン
ニューオーリンズ出身のピアニスト、シンガー&ソングライター、プロデューサ
ー、アレンジャー。
自らの演奏活動の他に1960年代〜1970年代にかけて数多くのアーティストのプ
ロデュース、作曲、編曲を手がけ、ニューオーリンズのR&Bシーンを支えた。
彼が関わったアーティストは、アーマ・トーマス、リー・ドーシー、アーニー・
ケイドー、ミーターズ、ラベル、ポール・サイモン、ザ・バンドなど多数。


(15)デイヴ・クラーク・ファイヴ
1960年代にブリティッシュ・インヴェイジョン勢力のバンドとして活躍した。
ロンドン北部の下町トッテナムで1962年に結成し1963年デビュー。
「Glad All Over」のヒットで脚光を浴び、ビートルズの好敵手と目される。
その後も代表曲となる「Because」などがヒット。
テナーサックス、オルガンをフィーチャーした肉厚なサウンドスタイルで他のバ
ンドとの差別化を図ったその音はトッテナム・サウンドとも呼ばれた。


(16)ジョニー・オーティス
1940年代から活躍したドラマー、ヴィブラフォン奏者、ビッグバンド・リーダー。
ビッグバンド推戴後はR&Bへシフトして「Harlem Nocturn」をヒットさせた。
オーティスは搾取されていた黒人ミュージシャンを積極的に雇い対等に扱った。
若手のソングライティング・チーム、ジェリー・リーバー&マイク・ストーラー
を起用し「Hound Dog」を書かせ、後のエルヴィスの大ヒットに繋がったことも
オーティスの功績の一つだろう。


(17)ザ・フィエスタス
ニュージャージー出身のR&Bグループ。
代表曲の「So Fine」(1958)はゴスペル風のアップテンポの曲を重厚なコーラス
でハモるドゥワップ・スタイルの作品。


(18)ビル・ドゲット
1930年代からキャリアのあるR&Bオルガン/キーボード奏者。
ビリー・バトラーとの共作によるR&Bインストゥルメンタル「Honky Tonk」
は400枚を超える1956年の大ヒット・ナンバー。
R&Bの定番曲として今日まで数多くのバンドにカヴァーされている。


(19)グラム・パーソンズ
フロリダ州出身のシンガー、ギタリスト。
バーズのアルバム「ロデオの恋人」に参加し、カントリーロックという新たな
流れを生み出したことで知られる。ドラッグの過剰摂取により26歳で死去。


<参考資料: Wikipedia他>

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